政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

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頂門の一針3091号  2013・10・7(月)

2013/10/07

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  わたなべ りやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」 3090号
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           2013(平成25)年10月7日(月)



                   山口の自己主張は度が過ぎる:杉浦正章

                     天武・持統天皇の国づくり:伊勢雅臣

                   老化現象早見表26カ条で思う:岩見隆夫

                       私の「身辺雑記」(38):平井修一


                     「あきたこまち」の誕生:渡部亮次郎
                               話 の 福 袋      
                                反     響
                    身 辺 雑 記


□■■□  ──────────────────────────□■■□
第3090号
                             発行周期 不定期(原則日曜日発行)
             

 
               御意見・御感想は:
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山口の自己主張は度が過ぎる
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       杉浦 正章

いまや狼少年の「連立離脱」

「スピッツが手に負えんなぁ」と自民党幹部が嘆いている。公明党代表・
山口那津男の一連の「安倍政治」批判に対してである。最近では憲法改正
や集団的自衛権問題に関連して、たびたび連立解消をほのめかすにまでに
至っている。その主張も政権内にある政党党首とは思えないほどの食い違
いである。

むしろ自社対決時代の何でも反対の社会党のようですらある。15日から
の臨時国会では、国家安全保障会議(日本版NSC)創設法案とこれに密
接に関連する特定秘密保護法案が焦点となるが、秘密保護法案にも極めて
慎重である。

首相・安倍晋三はこのまま「政権内野党」を野放しにしておくことも出来
なくなる可能性が出てきた。安倍はノイジー・マイノリティ(声高なる少
数派)よりサイレント・マジョリティ(物言わぬ多数派)を選択すべきで
ある。

自公連立政権は、民主党政権時代を除いて1999年から続いているが、今回
の連立の最大の欠陥は、自公の力関係と時代背景ががらりと変わったにも
かかわらず無条件で継続させたことにある。最大の勢力関係の変化は自民
党が衆院で294議席と31議席の公明党の10倍を確保して、衆院での 連立が
不要になったことだ。

参院自民党は113議席で121の過半数に足りないが、公明党が離れて も維
新と連立し、その9議席で124議席となり過半数を維持できること だ。時
代背景は極東情勢の激変である。この3年間で自民党幹事長・石破 茂が
いみじくも「米ソ冷戦後の世界はこれであったか」と極東の緊張状態 を
指摘した通りだ。

中国の海洋進出が尖閣をめぐる厳しい緊張関係をもたらし、北朝鮮は核と
ミサイルのどう喝を繰り返す。まさに「極東冷戦」の状況の現出だ。

この変化を全く意識しないで、自公両党は過去の“習癖”を踏襲するとばか
りに連立を組んだ。連立に先立ち少なくとも極東情勢の変化とその変化へ
の安全保障上の対応が急迫していることくらいは、安倍と山口の間で重要
ポイントとして確認すべきであった。

この結果山口は、絶対平和主義の創価学会の言うがままに天から平和が
降ってくるとばかりに、およそ時代にそぐわない発言を繰り返すに至った
のだ。その象徴的な例が、集団的自衛権での憲法解釈変更が、「近隣諸国
の理解を得る必要がある」などという、驚くべき認識欠如の発言につながる。

すべては近隣諸国による著しい軍事圧力によって触発されての集団的自衛
権なのである。国民が衆参両院の選挙で自民党を圧勝させた最大の理由
も、民主党がぼろぼろにした安全保障体制の再構築にある。

山口はそこが全く分かっておらず、思考停止状態であるかのように、一時
代前の野党の主張を繰り返す。まさに創価学会婦人部のレベルを国政に持
ち込んでいるのである。

その何でも反対路線が臨時国会にも反映されかねない状況もある。公明党
はNSC設置法案と秘密保護法案の分離審議を主張しだしたのだ。是非の
最終判断決定も臨時国会にずれ込ませる方針だ。これは明らかに秘密保護
法案をつぶすか、骨抜きにしたい意図がありありと見える。

政権与党であるなら、まず与党間の調整をすべきなのに、それをろくろく
せずにわなを仕掛ける。共産党でもしないような陰謀だ。さすがにそれに
気付いた安倍と幹事長・石破茂は「両法案一括審議」を決めたが、危うい
ところであった。

さらに山口は、安倍が8%への引き上げを決めたばかりなのに、今度は
「10%引き上げの際の暫定税率導入を現段階で決めよ」と唱え始めた。
食料品や新聞などへの課税を軽減する暫定税率の主張の背景には創価学会
と新聞首脳の強い働きかけがあるようだ。

安倍は再来年10月の10%への移行が可能となるかどうかを見極めざる を
得ない状況にある。来年4月は何とか切り抜けても10%引き上げの連 続
パンチに、日本経済が耐えられるかどうかは全くの未知数だ。そのよう
な政権全体の浮沈にかかわる問題を支持団体や一部マスコミの思惑などに
左右されて主張するのは、まさに国会を村議会並みに考えているとしか思
えない。

山口の主張を分析すれば、確かに冒頭紹介したようにスピッツ的である。
少なくとも連立政権の一方の政党を代表するのなら、野党のようにマスコ
ミに向けてまず発言して、マスコミの“同意”を求めるポピュリズムに走る
べきではない。

自らを「ブレーキ役」と位置づけているが、新幹線のブレーキにバイクの
ブレーキを取り付けても壊れるだけだ。自らの政党の勢力を顧みてみるべ
きだ。

衆院で自民党の10分の1、参院で5分の1の勢力でしかないでは ない
か。この力関係では自民党の主張を10通した上で、自分は1の主張 を
慎ましく通すことが正しい。

それが国民の国政選挙における選択でもあるのだ。集団的自衛権にせよ改
憲にせよ安倍の政策の1丁目1番地は分かっていたはずだ。これに反対す
るのなら、最初から連立への参加を拒否すべきだった。

公明党は過去の連立政権ではこれほどの“与党内野党”の姿勢は示さなかっ
た。自らの主張をして最後には妥協へと動いて、政権を長期に維持してき
た。これに比べて山口はことあるごとに連立離脱をほのめかしながらのけ
ん制である。集団的自衛権の解釈変更を来春以降に先送りさせたことも、
みずからの影響力の強さを誇りたいかのような口ぶりだ。

しかし、政権政党であることの“蜜の味”が、学会絡みの陳情や政策実現に
どれほど効果を生じさせているかは、公明党自身が分かっていることであ
る。これがなければ創価学会の勢力は見る影もなく縮小していたという見
方が強い。

だから一見、反対のように見せかけて最後は政権につく“意図”が見え見え
なのだ。まさに陋劣(ろうれつ)なる性格の側面を保有しているとしか言
いようがない。自民党は臨時国会が集団的自衛権と改憲をめぐる公明党と
の駆け引きの前哨戦と心得るべきである。

秘密保護法案は衆院は難なく通過できるが、参院でもし公明が抵抗すれ
ば、維新と組んででも成立を図るべきだ。数に応じた対応を自信を持って
進めればよい。山口の強硬姿勢の背景には「学会票が自民党に回らなく
なってもいいのか」というどう喝があるが、集団的自衛権や改憲は、それ
を覚悟で断行する価値がある。

公明党と創価学会というノイジー・マイノリティにひきづり回されて、サ
イレント・マジョリティの存在を見失うと災難は自民党に降りかかる。

       (政治評論家)<2013年10月07日>



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天武・持統天皇の国づくり
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       伊勢 雅臣

■1.「国づくりが完成に近づいた」

自由社版『新しい歴史教科書』では、「天武天皇と持統天皇の政治」の節
を次のように結論づけている。

<」ここに、聖徳太子の新政以来の律令国家をめざす国づくりが完成に近
づいた。日本という国号が用いられるようになったのも、このころである>。

「律令」の律は刑法、令は行政法。したがって「律令国家をめざす」と
は、それまでの豪族が土地や人民を私有し、勝手な人治を行っていた部族
社会を脱して、公地公民を国家が法で治める法治国家を目指すことだった。

弊誌では、聖徳太子の十七条憲法[a]から、天智天皇の大化の改新[b]と、
律令国家を目指す努力を辿ってきたが、天武・持統天皇の時代にその「完
成に近づいた」とする視点は、この時代の先人たちが継承してきた理想的
な国づくりへの志を理解する上で重要である。

この部分を東京書籍版『新しい社会、歴史』では、こう書いている。

<大宝律令 701(大宝元)年、唐の法律にならった大宝律令がつくられ、
全国を支配するしくみが細かく定められました。律令にもとづいて政治を
行う国家を、律令国家といいます。律令国家は、天皇と、天皇から高い位
をあたえられて貴族となった、近畿地方の有力豪族が中心になって、運営
されました>。[2,p34]

これでは、この「律令国家」とは、天皇と有力豪族が法律で全国を支配す
る細かな仕組みを作った、というだけで、いかにもマルクス主義の言う階
級搾取が行われたかのようだ。それも「中国にならった大宝律令」という
表現で、単なる人マネのように描く。

歴史の中に理想国家建設への志を見るのか、階級搾取への欲望を見るの
か、両者はまったく異なる影響を生徒たちに与えるだろう。どちらの見方
がより史実に近いのか、具体的に見てみよう。


■2.「敗戦を教訓にした律令国家」

自由社版で興味深いのは、「敗戦を教訓にした律令国家」というコラムで
ある。そこでは白村江の敗戦に関して次のように述べている。

「 ・・・百済、新羅、高句麗の三国は、古来、激しい抗争を繰り返して
おり、そこに唐の軍事介入を招いてしまった。

まず、唐・新羅軍は百済を滅ぼし、今度は高句麗を南北から挟み撃ちして
滅亡させた。日本も百済の救援に赴いたが、百戦錬磨の唐軍に対して、日
本は各豪族軍の寄せ集めで作戦もまとまらず、大敗を喫した。

天智天皇は敗戦の原因を分析し、唐帝国に学んで、律令の整備と中央集権
化を目指した。天智・天武天皇は東アジアの興亡と敗戦の経験を教訓に国
づくりを進めたのだった」。[1,p57]

朝鮮半島のように小国家に分かれて内部抗争を繰り返している状態、ある
いは日本のように国家としてまとまってはいても、各豪族の寄せ集めの状
態では、中央集権国家としてまとまった唐に抗すべくもなかった。

白村江の敗戦のあとで、唐軍の侵攻を恐れた日本は、軍事的な備えのみな
らず、中央集権国家としての整備を急ぐ必要があった。わが国はもともと
皇室を中心に各部族がまとまって成立したので、さらなる国家統合を進め
る上でも、天皇を中心に豪族が私有する土地や民を公地公民として統合し
ていくのが、自然な道であった。

それは聖徳太子が憲法十七条で描いた統一国家のビジョンでもあった。


■3.改新の後退

自由社版での「天武天皇と持統天皇の政治」の詳細を見てみよう。

<天智天皇がなくなった後の672年、天皇の子の大友皇子(おおとものお
うじ)と、天皇の弟の大海人皇子(おおあまとおうじ)の間で、皇位継承
をめぐって内乱がおこった。これを壬申(じんしん)の乱という。大海人
皇子は、東国の豪族を味方につけ、機敏な行動で大勝利をおさめた。

この争いの中で豪族達は分裂し、政治への発言力を弱めた。こうして、天
皇を中心に国全体の発展をはかる体制がつくられていった。>[1,p57]

歴史学者の坂本太郎・東大名誉教授は、天智天皇が豪族の持っていた土地
や人民を取り上げて国家のものとしたが、豪族の不満は大きく、白村江の
敗戦の後には、その不満を和らげるために、人民私有を復活させたりし
て、改新の後退を余儀なくされた、と述べている。[3,p251]

同時に自由社版では天智天皇の項で、「全国的な戸籍をつくった」事績を
紹介しており、旧来の豪族勢力と妥協しながらも、公地公民化への準備を
怠らなかった様が窺える。


■4.「われらの大君」

天智天皇の子、大友皇子は偉丈夫で、文武の才にすぐれていた。しかし、
大友皇子の支持基盤は、父・天智天皇が妥協を余儀なくされた旧来からの
中央の大豪族であった。

一方、大海人皇子を支持したのは下級役人や地方豪族であった。だからこ
そ、皇子はいったん東国に逃れて、そこから挙兵したのである。坂本博士
はこう述べる。

「この乱によって、大豪族に囲まれて成立していた近江朝廷(JOG注:天
智天皇−大友皇子)が破れ、舎人(とねり)のような下級の役人や、国造
(くにのみやつこ)・郡司(ぐんじ)などの地方の豪族に支持されていた
大海人皇子が勝利を得たことの意味は大きい。

中央の豪族・貴族にくらべると、これらの下級の役人や地方の豪族は、む
しろ一般民衆の側にも近かった。そして、かれらにとって、大海人皇子の
成功は自分たちの成功と感じられた。この皇子こそわれらの大君である、
と感じたに違いない」。[3,p270]

こうして、白村江敗戦以来、一時、停滞していた改新への流れが、壬申の
乱によって中央の豪族ら「抵抗勢力」を排除できたことで、また勢いを得
たのである。

東書版の「律令国家は、天皇と、天皇から高い位をあたえられて貴族と
なった、近畿地方の有力豪族が中心になって、運営されました」という記
述では、中学生の学ぶ内容はまるで逆である。


■5.国づくりが「完成に近づいた」

中央の豪族という抵抗勢力を打破した大海人皇子、後の天武天皇は、その
後、いかに改新を進めていったか。自由社版はこう描く。

<内乱に勝利した大海人皇子は、天武天皇として即位し、皇室の地位を高
め、公地公民をめざす改新の動きを力強く進めた。天武天皇は、中国の律
令制度にならった国家の法律の制定と、国の歴史書の編纂に着手した。ま
た、国を運営する役人の位や昇進の制度を整え、豪族たちをこの制度の中
に組み入れていった。>[1,p57]


役人の位や昇進の制度を整えたのも、豪族たちが権勢をほしいままにして
いた状態から、位を得た官僚が政治を行うという国家を目指したものであ
る。そこでは豪族の生まれでなくとも昇進の機会があり、また豪族に生ま
れても、官僚として出世しなければ、政治に関われない。

さらに歴史書の編纂は、人民一人一人に部族の一員であるよりも国家の一
員であるという国民意識を持たせることを狙ったものだろう。この作業が
後に、『古事記』『日本書紀』として結実する。


<天武天皇のあと、皇后の持統天皇が即位して、改革を受けついだ。持統
天皇は、都として、奈良盆地南部の地に、藤原京を建設した。これは、初
めて中国にならってつくられる大規模な都の建設だった>。[1,p57]

都は、国家統合の中心である天皇の宮殿を戴き、国家の行政を担当する官
僚たちが仕事をする場である。有力部族がそれぞれの所有地で割拠した部
族連合国家から、朝廷が政治を行う中央集権国家への脱皮において、都の
建設は重要なステップであった。

これらはいずれも聖徳太子が理想を描き、天智天皇が大化の改新でその実
現に大きく踏み出した国づくりを完成させようという動きである。天武・
持統朝の治世で、そうした理想の国づくりが「完成に近づいた」のである。


■6.国号「日本」の誕生

自由社版では「国づくりが完成に近づいた」という結論に続いて、「日本
という国号が用いられるようになったのも、このころである」と述べてい
るが、その後に「『日本』という国名のおこり」というコラムに2頁も割
いている。

 そこでは、「日本」という国名の意味を、「日」は太陽、「本」は
「・・・の下」と説明して、次のように説いている。

「日本」という国名は、607年の遣唐使の国書に「日出づる処」と書かれ
ていたように、「太陽の昇るところ(昇る太陽の下)にある国という意味
になります。

これは、自分たちの国にゆるぎない自信をもち、その歴史にも誇りを持っ
た古代のご先祖が、わが国に最もふさわしい国名として選んだものといえ
ます。>[1,p58]


そして、再度、聖徳太子の新政から大化の改新、天武・持統天皇の改革の
流れの総括した後で、


<こうして、それまでの政治改革の成果をまとめた飛鳥浄御原令(あすか
きよみはらりょう)という法律で、「日本」という国名が公式に定められ
たと考えられます。>[1,p59]


「日本」とは、聖徳太子以来の政治改革の結果として新生なった国家につ
けられた名称なのである。


■7.1300年も続く国名「日本」

 このコラムはさらに、こう指摘する。

<それから約1300年を経たこんにちまで、この国名はまったく変わること
なく使われ続けています。中国や朝鮮半島の国々が、王朝が変わるごとに
国名が変わってきたことと比較すると、それが特別のことであるのがわか
ります。

わが国の国名が、この長い年月の間変わらなかったのは、その間、国がと
だえたり、他の民族にとってかわられたりすることがなかったからです。
わが国は、世界でもっとも長い歴史を持つ国です。>[1,p59]

 わが国が以降、国名を決して変えなかったという事実は、中国や朝鮮半
島の数々の、現れては消えていった国々とは対照的だ。そこにわが国の独
自性がある。

東書版では注で「『日本』という国号や「天皇」という称号は、このころ
正式に定められました」と書いてあるだけである。日本の歴史を学ぶ教科
書で、「日本」という国号の意味も経緯も独自性も書いていないのは重大
な欠陥ではないか。


■8.共同体国家「日本」の誕生

以上、「律令国家」建設への歩みを見てきたが、この「律令国家」という
歴史用語自体が「律令」という法的側面だけしか指していないし、また中
国の律令体制との違いも明らかにしていない。

本講座736号[c]でも述べたように、わが国では古来から人民に対して「知
らす」と「うしは(領)く」という厳密な区別をしてきた。

中国の皇帝は人民を家畜のように財産として「領有」したが、日本の皇室
は、民の喜びや悲しみを「知らし」たまい、民の安寧を祈る事を務めとし
てきた。そして神武天皇は建国に際し「一つ屋根の下の大家族のように仲
よくくらそうではないか」と宣言された。[d]

人民が皇帝の財産、すなわち奴隷だとすれば、そこでの法律は奴隷を支配
する命令である。しかし、家族の中での法律は仲良くやっていくために互
いに守るべきルールとなる。同じく「律令」と言っても、国家の有り様が
違えば、その意味合いはまったく別のものになる。

聖徳太子から天智、天武、持統天皇と受けつがれた志は、実は神武天皇以
来の「一つ屋根の下の大家族のように仲よくくらそう」という理想を、現
実の政治体制の中で実現しようとする努力であったと解釈できよう。

とすれば、それは「律令国家」というよりも、「共同体国家」と呼ぶ方が
ふさわしい。部族連合国家として生まれた「大和の国」は、ここに共同体
国家として元服して、「日本」という新たな名前を得たのである。


■リンク■

a. JOG(788) 歴史教科書読み比べ(8) 〜 聖徳太子の理想国家建設
 聖徳太子は人々の「和」による美しい国作りを目指した。
http://blog.jog-net.jp/201303/article_1.html

b. JOG(799) 歴史教科書読み比べ(9) 〜 大化の改新 権力闘争か、理想国
家建設か
http://blog.jog-net.jp/201305/article_4.html

c. JOG(736) 井上毅 〜 有徳国家をめざして(下)
 井上毅が発見した我が国の国家成立の原理は、また教育の淵源をなすも
のであった。
http://blog.jog-net.jp/201202/article_7.html

d. JOG(074) 「おおみたから」と「一つ屋根」
 神話にこめられた建国の理想を読む。
http://www2s.biglobe.ne.jp/%257enippon/jogbd_h11_1/jog074.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1.藤岡信勝『新しい歴史教科書―市販本 中学社会』★★★、自由社、H23
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4915237613/japanontheg01-22/

2.五味文彦他『新編 新しい社会 歴史』、東京書籍、H17検定済み

3.坂本太郎『日本の歴史文庫〈2〉国家の誕生』★★★、講談社、S50



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老化現象早見表26カ条で思う
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        岩見 隆夫

老化現象早見表のことを知ったのは、亡くなった作家、小島直記さんの
本である。『人生まだ七十の坂』(新潮社・1990年刊)を頂戴した時 は
私もまだ五十代なかばで、そのうちに、と本棚に収めておいた。

病を得て暇ができたというのもおかしいが、生前何かとお世話になった
小島さんのこの本を取り出してみると、男性の老い方徹底研究のような内
容で、いまの私にはフィットする。面白いだけでなく、人生勉強になる。
なかに次の記述があった。

〈『サンデー毎日』に市川三郎という人の「只今商談中」というのが20年
間も連載されていたことがあり、私も愛読したものです。その昭和55年5
月11日号にのった老化現象早見表とでもいうべき26カ条の老 人性症候群
は……〉

市川さんの人気コラムは私も記憶が鮮明だ。洒脱(しやだつ)でワサビ
が利き、それでいてどこかとぼけたような文章の味が忘れられない。さっ
そく、毎日新聞社にお願いして、市川コラムのファクスを送ってもらった。

26カ条を一読してみて、失笑、苦笑なのだが、昭和55年と言え ばいまか
ら33年前、従って通用するものもあれば、しないものもあ る。この年
は、たしか大平正芳首相が急死して、衆参ダブルとか奇妙な選 挙が行わ
れ、政情騒然としていた。しかし世相はそうでもなく、なんとな く浮つ
いていた記憶がある。

まあ、26カ条の早見表をとりあえずご覧いただこう−−。

 (1)二日酔いするほど飲まなくなったとは、思いませんか。

 (2)近所の娘さんをお見それするようなことは、ありませんか。

 (3)駅の改札口で、駅名を3度ぐらいいわなければ、係員に通じない
ことはありませんか。

 (4)買い物に出かけて、何を買いにきたのか、忘れてしまうようなこ
とはありませんか。

 (5)電話のダイヤルをまわしきらないうちに、指をはなしてしまうこ
とはありませんか。

 (6)おしゃべりしているBGたちも、あなたの顔を見るとピタリとや
めるようなことはありませんか。

 (7)会社のあなたのデスクの引き出しに、竹製の耳かきが入っていま
せんか。

 (8)憎まれ役を買って出ようと思ったことは、ありませんか。

 (9)奥さんに注意されるまでツメののびているのに、気がつかないこ
とはありませんか。

 (10)きのうの新聞を、きょうの新聞だと思って読むようなことはあ
りませんか。

 (11)あなたのシャレがバーのマダムにも通じないようなことはあり
ませんか。

 (12)バスつきのルームでは温泉へきたような感じがしないと、思っ
たことはありませんか。

(13)立ち上がるとき「どっこいしょ」と思わずいうようなことはあり
ませんか。

 (14)おでん屋のオヤジに「ダンナ、お気をつけなすってッ」とかえ
りぎわに、いわれたことありませんか。元気な人には絶対にいわないコト
バですからね。

 (15)「新喜劇でも見に行くか」と、思ったことありませんか。

 (16)叱ろうと思いながらも「まァいいさ、いいさ」というような こ
とはありませんか。

 (17)「愛情」ということばより「情愛」ということばに心ひかれる
ようなことはありませんか。

 (18)乾杯の音頭取りをたのまれたことありませんか。

 (19)よく気がつく女のコが相手だと、くたびれるようなことはあり
ませんか。

 (20)パーティーへ行って、イスがほしいとは思いませんか。

 (21)バーやキャバレーに行っても「さァ、ボチボチ引きあげよう
か」と口火を切って、いちばん先に腰を浮かしたい衝動にかられませんか。

 (22)出張費を浮かすよりいい宿でゆっくり休みたくはありませんか。

 (23)だまされた経験ばかりだったと、ふと思うようなことはありま
せんか。

 (24)駅のベンチで、ヒトリゴトをいうようなことはありませんか。

 (25)宴会に出席しても、芸者に「まァ、ここへすわれ」といわなけ
れば、芸者が素通りしてしまうようなことはありませんか。

 (26)「まァ、めずらしく甘いモノをほしがるのね」と、奥さんにい
われることありませんか。

〈以上、自分は達者だと思っていても、老化現象はソコハカトナクしのび
こんできたのですぞッ〉

 というのが市川さんの締めの言葉。

 ◇高齢社会を生きる知恵〈老人らしさ〉を教えて

小島さんによると、高名な英文学者の中野好夫さんも、この26カ条 を見
ていて、『私の消極哲学』というエッセーのなかで、(1)(5)
(13)(16)(18)(20)(23)(25)の8カ条をピック アップし、

〈まことにドンピシャリである。もっとも市川氏によれば、これらはすべ
て老化現象の初期徴候だそうだから、すでに齢(よわい)喜寿を過ぎた筆
者が、一針チクリと刺されるのはむしろ当然かもしれぬ〉

と呑気に書いたそうだ。このうち(5)だけは、いまの若い人にはわか
らない。だが、中野さんはこの時すでに77歳(1985年81歳で 死去)。老
化の初期徴候どころか、老人そのものである。それがどうも曖 昧なまま
自覚されていなかったらしい。

26カ条まで引用させてもらいながら恐縮だが、市川さん、小島さん、 中
野さんら先輩世代は、あのころ、〈老人〉という年齢的線引きのわきま
えがなく、ぼんやり老化現象として眺めていた。だから、早見表を見て楽
しむ、日本はまだ結構な時代だった。

いまは人口構成の状況がガラリと一変、65歳以上の高齢者(老人) が総
人口のうち3千万人を超えてしまったのだ。老化現象などと言ってる 暇
はない。高齢社会を上手に円満に生き抜くには、〈老人らしさ〉のほう
が問われているように思う。どなたか、〈らしさ〉の早見表をつくってい
ただけませんか。

<今週のひと言>

 ことのほか、秋がいい。あの夏のあとだから。

2013年10月02日サンデー時評
(いわみ・たかお=毎日新聞客員編集委員)
(サンデー毎日2013年10月13日号)




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私の「身辺雑記」(38)
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     平井 修一

■9月30日(月)。朝は室温23.5度、快晴、涼しい。午前は屋上塔屋の排水
口の掃除。6年前に防水工事をした際に業者が排水口の蓋の上から塗料を
塗ったために蓋がはずせなくなり、きれいに掃除できずに雑草が根を張っ
てしまい、困っていた箇所だ。

タガネとハンマーで根気よく作業し、どうにか蓋がとれて掃除できたが、
無理な姿勢をつづけたので腰がガタガタになった。

塔屋からの眺めはいい。南に多摩丘陵、東に東名高速、北東遥かにはスカ
イツリー、北には西新宿の高層ビル群、西にはよみうりランドの絶叫タ
ワーが見晴らせる。

疲れても主夫業は休めず、子・孫5人に和風焼うどんの昼食を用意。夜は
チキンカレー、和風麻婆豆腐など。孫がいるから鷹の爪は使えないのでい
ささか物足りない味だが、長女によるとタバスコのように各自の好みでふ
りかける辛味のホットソースというのがあるそうだ。

調べてみたらトリイソースの「カレーがからくおいしくなるスパイス」の
ようだ。こうある。

<「本当は辛口のカレーが好きなんだけど子供用、大人用に鍋を2つ用意
する暇がなくて...」といった声から出来上がりました。甘口のカレーに
かけるだけで簡単に辛口カレーなるスパイスです>

420円。スーパーで探してみよう。

■10月1日(火)。朝は室温24.5度、曇、涼しい。昨日の屋上塔屋攻略戦で
体中が痛いので無理をせずに終日読書・パソコン。

■10月2日(水)。朝は室温25度、雨。散歩は犬の大きな楽しみで、連れて
いけとせがむ。11時に雨が止んだので、それとばかりに出かけたが、帰っ
てきたらまた降り出した。運が良かった。犬は大満足で昼寝。

夕食は孫娘のリクエストでオムライス。3人前の巨大なのを作った。他に
は手抜きの冷凍トンカツとコロッケ。ポテトサラダも予定していたが、パ
ワーがなくなったので朝の残り物のトマトサラダ。

■10月3日(木)。朝は室温26.5度、快晴、少し暑い。夕食は鶏もも肉の生
姜焼き、ポテトサラダ、ケンチンなどを7人で。

■10月4日(金)。朝は室温24.5度、曇、少し寒い。5か月の孫娘が初めて
寝返りをし、おんぶも初体験。カミサンの背中ですぐに寝たが、歴史の浅
い前抱っこより数千年の伝統あるおんぶの方が遥かにいいと小生は思う
が、ママさんたちはほとんどが前抱っこである。なぜか。

<昭和50年代の後半、元歌手の山口百恵さんが赤ちゃんを前抱っこで育て
ていることがマスコミで報道された頃から、おんぶひも自体の消費量が激
減し、主流が前で抱っこする抱っこ紐に移っていったそうです>(北極し
ろくま堂)

ただの流行でしかない。

夕食は8人で親子丼、肉ジャガ、手抜きの冷凍餃子など。夜は22.5度まで
下がり、ストーブが欲しいくらい。完全武装で寝る。

■10月5日(土)。朝は室温21度、雨、寒い。ストーブの掃除と試運転後、
小雨のなか散歩。数か月ぶりの長袖、長ズボンにジャンパーだ。夕食は3
人でタイの煮魚など。カミサンは宴会。(2013/10/5)




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「あきたこまち」の誕生
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    渡部 亮次郎

郷里の秋田県産の米「あきたこまち」が届けられ、コメの美味しさを堪能
した。新米が早く食べたいと、南国の早稲を買っていたが、
比べるのもおかしいぐらい秋田産が美味い。

「あきたこまち」の食味について公的食味試験機関「日本穀物検定協会」
1984年11月の総合評価は「0・944」。これは新潟県産「コシヒカリ」「0・
7〜0・8」、同「ササニシキ」は「0・5〜0・6」を大きく上回るものだった。

穀物検査官は「『あきたこまち』の高い数値はこれまで出たことがなかっ
た」と評した。これを契機にマスコミや流通業界の関心が高まり、とくに
県外における知名度向上に弾みがつき29年の歴史が流れた。

29年前の1984年9月7日に秋田県品種対策協議会を開催し、県農業試験場
が作り出した「秋田31号」を奨励品種に採用することを決定した。

同日、知事が県農協中央会長、県農業試験場長同席のもと記者会見を行
い、品種名を「あきたこまち」と命名し奨励品種に採用したことを発表した。

命名の由来は、秋田県雄勝町に生まれとされる美人の誉れ高い平安時代の
歌人「小野小町」にちなみ、秋田で育成した美味しい米として、末永く愛
されるように願いを込めた。

「あきたこまち」は、母親の「コシヒカリ」から良食味性を、父親の「奥
羽292号」から早熟性を受け継いでいる。このことから、寒冷地北部でも
新潟の「コシヒカリ」並の良食味米栽培が可能となり、倒伏や「いもち」
病に対する抵抗性も「コシヒカリ」以上の特性を持っている。

さらに、炊飯すると米粒に美しい光沢と粘りがあり、食味に関する特性は
申し分がなかった。

米どころ秋田県とは言いながら10a(1反歩=300坪)当たり平均収量は、
戦前(1945年以前)の200?台から1950年頃には350?台に急増。

その後、1955(昭和30)年は450?、1965(昭和40)年には550?と大幅な伸び
を示した。この要因は、戦後の食糧難時代に、農地解放に伴う生産者の増
産意欲の高揚とともに、保温折衷苗代、三早栽培(早播き、早植え、早刈
り)などの普及及び県の増産運動「健康な稲作り運動」と相まって、全県
民的な普及によって助長された。

こうした技術開発と多収品種の導入により1976年、1977年、
1980年には「単収日本一」となり全国で最も安定多収県として位置づけら
れた。また、全国の多収穫競作会では秋田県から「米作日本一」が続出す
るなど、多収技術が開花した時代であった。

しかし1970年代に入ると、全国的に米の生産過剰となり生産調整が始まっ
た。秋田県も政府米の在庫を抱えながら、多収栽培から脱却できない産地
であった。つまり、多収栽培を行うのではなく量より質、消費者に喜ばれ
る、売れる米づくりへと転換せざるを得なかった。

このような背景から、1974年に秋田県農協中央会が水稲育種事業の実施を
県に要請し、翌年に県が水稲育種事業の開始(再開)を決定した。

つまり秋田県では1913年から1941年までの25年間、交雑育種を手掛けて育
成したが、その後中断していたのだ。1977年の福井県農業試験場へ調査・
享受の折、同場で75年に交配した「コシヒカリ」(母)×奥羽292号(父)の
「福交60−6」のF2種子1株を譲り受けた。

譲受けた「福交60−6」は、1981年に系統選抜4年目(F6)を迎え、系統
名(地方番号)を「秋田31号」と命名した。1983年には系統選抜6年目
(F8)を迎え、1群8系統の栽植し2系統20株を選抜し育成段階を終了した。

当時「コシヒカリ」は育成して約30年になっていたが、それまで「コシヒ
カリ」を親に交配した品種を奨励品種に採用した事例がなく、「秋田31
号」が最初の品種であった。

しかも、「コシヒカリ」の欠点である耐病性、耐倒伏性、収量性を改善し
た早生品種で、食味は「コシヒカリ」を上回った。

県農協中央会と農協経済連が「美人を育てる秋田米」のキャッチフレーズ
を発表し、秋田県初の水稲新品種誕生に花を添えた。

県外出荷が開始された「あきたこまち」は、新品種?類の中で破格の仮渡
し金60Kg20,133円の高値で取引された。また、キャンペンガール「こまち
娘」が誕生し、市女傘を身につけた平安朝の姿と、秋田で育成した美味し
い米「あきたこまち」として大いに印象づけた。

出典:秋田県農林水産技術センター農業試験場次長 児玉 徹 氏作成の資料。



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話 の 福 袋
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◎米の国際的地位は低下、政府機関閉鎖で専門家ら指摘

【AFP=時事】米国の同盟国の間でも、米国に敵対的な国の間において
も、米国の国際的な地位は著しく損なわれた──予算不成立による政府機関
の一部閉鎖を受けてバラク・オバマ(Barack Obama)大統領がアジア歴訪
を取りやめた影響について一部の専門家はこのように指摘している。速や
かな問題解決の兆しが見えない中、「世界最大の超大国における政治の機
能不全は、この国の安全保障に対する大きな脅威になっている」と警告す
る声さえ上がっている。

 一方、米国が一貫して奨励してきた民主主義や言論の自由、政府の透明
性などの価値観を受け入れ難いものとしてきた国々は、自らまひ状態に
陥った米国をほくそ笑んで見ていることだろう。中国など一部の国にとっ
ては、大きな混乱のシグナルを発している米政府とはかけ離れた高い「安
定性」や「信頼性」があるというイメージを打ち出す、願ってもない機会だ。

■米国を見切る?  アジア諸国

 オバマ大統領は政府機関の閉鎖を理由として、アジアで開催されるアジ
ア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議と東アジアサミット(East Asia
Summit)への出席を取りやめた。これらの会議は、「アジアに軸足を置く」
というオバマ政権の方針を推進するものとされてきた。

 しかしアナリストらは、どういう理由でオバマ大統領がこれらの会議へ
の出席を取りやめたのか、ということは世界全体にとってそれほど重要で
はないと指摘する。米シンクタンク「戦略国際問題研究所(Center for
Strategic and International Studies、CSIS)」のアーネスト・バウ
アー(Ernest Bower)氏は、「(欠席の具体的な理由など)中国は気にも
掛けていない。率直に言って米国の同盟国も戦略的パートナーたちも、親
しい友人たちもそうだ。結論を言えば、米国の大統領が出席できないな
ら、アジア諸国が自分たちで会議をまとめていくということだ」と述べ
た。【翻訳編集】AFPBB News【AFP=時事】2013年10月05日

〔情報収録 − 坂元 誠〕



 ◎2013年9月の新宿区の人口:前田 正晶

新宿区役所の“広報新宿”10月5日号は、8月と同じで外国人が230人も減少
し33,089人になったと報じていた。このマイナスの数字には何となく
Koreatownの沈滞傾向と関係があるような気がする。尤も、今年の5月には
1,184人の増加で33,705人だったという記録があったが。

13年9月の区の人口が32万2,802人と、前月比で100人の減少となってい
た。8月が7人の増加、7月が238人の減少だったから大きな変化ではない。
実は、5月には全体で2,041人も増えていたのだった。

8月と比較すれば、日本人は男女合計で130人の微増で、内訳は男が67人の
増加で女は63人の増加だった。外国人は男が140人、女が90人の減少と
なっていた。

先月から引き続いて感覚的には韓国人も兎も角中国の何処かとイスラム教
国からの流入者が相変わらず増え続けていると感じる。何も大久保通りに
行かないでも韓国語か中国語以外の言葉で語り合っているアジア系の若い
男女が多い。それらはタイとヴェトナム人だという説も聞く。

新大久保駅前の文化通りのハラル・フードを売る店の前には外交官ナン
バーの車も異邦人の不法駐車が多い。パキスタン、バングラデシュ、ネ
パールと覚しき服装の者たちも依然として数多く見受けられる。

9月の新宿区の人口中に日本人が占める率は7月が89.68%に対して89.65%
というごくわずかな減少だった。外国人は23人の減少で全体の10.25%で8
月の10.318%で、7月の10.32%と6月の10.39%と対比すれば「微減」と言え
るだろう。因みに、5月は10.43%、4月は10.13%、3月は10.17%、2月は
10.23%、1月は(33,574人で)10.45%だった。
参考資料:“広報新宿” 13年10月5日号



 ◎<突風>住宅30棟一部破損、倉庫1棟倒壊 宮崎・高鍋町

6日午前7時半ごろ、宮崎県高鍋町南高鍋で突風が発生、住宅30棟の
屋根の一部が破損し、倉庫1棟が倒壊した。けが人はなかった。

県警高鍋署によると、被害は高鍋保健所の南付近から東側に向けて直線
で約2.5キロの間に集中。官舎で目撃した同署幹部は「つむじ風のよう
に雲がくるくる回っているのが見えた。高さは2階建て住宅の上ぐらいま
であり、間もなく消えた」と話した。

宮崎地方気象台は同日、機動調査班2班6人を編成し、竜巻の可能性も
あるとみて被害状況を現地で調査する。
毎日新聞 10月6日(日)12時41分配信



 ◎<軍艦島>進む崩壊、維持・復元どこまで 財政負担大きく

2015年の世界文化遺産登録を目指し政府の推薦が決まった「明治日 本の
産業革命遺産 九州・山口と関連地域(産業革命遺産)」に含まれる 長
崎市の端島(はしま)炭坑(通称・軍艦島)。

世界遺産登録に向けて国 の文化財指定を受けることが最初のハードルと
なり「現状維持」が求めら れる。しかし島の高層住居などは劣化が進
み、このままでは朽ち果てる運 命をたどりかねない。市は保護に乗り出
す構えだが、財政負担が大きな課 題となっている。
毎日新聞 10月6日(日)11時41分配信



 ◎宮里美香が2度目の日本女子OP制覇 最終18番でスーパーパット

◇国内女子◇日本女子オープンゴルフ選手権競技 最終日◇相模原ゴルフク
ラブ 東コース(神奈川県)◇6652ヤード(パー72)

初日から首位を走り続けた宮里美香が苦難の末に、勝利をつかんだ。

後続に5打差をつけて迎えた最終ラウンドは、前半アウトで4ボギーを叩
く厳しいラウンド。後半14番、15番の連続ボギーで、同じ最終組の菊地絵
理香に一時逆転された。

しかし通算1オーバーの首位タイで先にホールア ウトしていた佐伯三貴
と並んで迎えた最終18番(パー5)、左奥から6 メートル下りのバー
ディパットを沈め、鮮やかに勝ち越し。通算イーブン パー、72ホール目
での決着に涙を浮かべた。

佐伯と菊地が1オーバーの2位。最終日に4ストローク伸ばした森田理香
子のほか、野村敏京、テレサ・ルー(台湾)、申智愛(韓国)が4位タイ
に入った。

横峯さくら、アン・ソンジュ、イ・ボミ(ともに韓国)が通算3オーバー
の8位タイでフィニッシュし、宮里藍は通算16オーバーの45位タイで4日
間を終えた。GDO 10月6日(日)16時26分配信



 ◎絶滅の九州クマのDNA型特定 西中国地方と同じ集団か

 【城真弓】絶滅したとされる九州のツキノワグマのものとみられる
DNA型を特定したと、研究者らのグループが5日、明らかにした。西中
国地方のツキノワグマの型と似ており、かつては九州と西中国のツキノワ
グマは連続した同じ集団だった可能性があるという。

研究者などでつくる「日本クマネットワーク」のメンバーが、大分市で
あったシンポジウムで公表した。

それによると、日本のツキノワグマのDNA型は3系統あり、東日本、
西日本、紀伊半島・四国の3地域の分布と重なる。今回は、九州で見つ
かった3点の骨から採取したDNAを分析。その結果、宮崎県諸塚村で江
戸時代末期に捕獲されたクマの骨、熊本県八代市で見つかった紀元前のク
マの骨は、これまでにない型だった。大きくは西日本系統に属し、西中国
地方の型と似ているという。
朝日新聞デジタル 10月6日(日)15時5分配信



 ◎在日朝鮮人は日本で大規模テロを起こせ!!」 金正恩が日本国内で戦
争突入命令!

金正恩が在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)に戦時態勢を指示、「戦争突
入命令」― 朝鮮総連中央委 。北朝鮮が今年3月、在日本朝鮮人総連合会
(朝鮮総連)に戦時態勢を指示していたことが2日、判明した。ただ、テ
ロ扇動に突き進んだ韓国親北野党議員らのように、朝鮮総連が実際に準備
に動いた形跡はない。

「会議では重要な決定がなされた」。

金第1書記の「戦争突入命令」に基づく指示が示された朝鮮総連中央委の
会議について幹部の一人はこう指摘した。北朝鮮の挑発攻勢を見て、韓
国・統合進歩党議員の李石基被告らは素早い反応をみせた。

起訴状などに よると、3月の秘密会合で「戦争の雰囲気が熟している」
と述べ、米軍情 報の収集など戦時に向けた指針を明示。5月の会合では
「鉄塔を破壊する ことが軍事的に非常に重要だ。同時多発的に戦争すれ
ば新たな勝利が…」 とインフラ施設を狙った襲撃にも言及した。  【保守
速報】2013年10月06 日22:19

  詳細 2013/10/6

http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20131006/frn1310061445001-n1.htm
〔情報収録 − 坂元 誠〕



 ◎対中で通信傍受施設「必要不可欠だ」 防衛相が硫黄島視察

小野寺五典(いつのり)防衛相は6日、太平洋戦争の激戦地で、海空自衛
隊が駐屯している硫黄島(いおうとう=東京都小笠原村)を訪問し、中国
の海洋進出に対応するため、防衛省が建設を計画している通信傍受施設の
候補地などを視察した。視察後、小野寺氏は記者団に「海洋権益を守って
いくためにも情報収集は重要で、施設は必要不可欠だ」と強調した。

建設が計画されているのは艦艇・航空機の通信傍受用のアンテナを中心と
した施設で、総工費は約130億円。防衛省は平成26年度予算案の概算要求
に調査費など約4.5億円を盛り込んでおり、29年度の運用開始を目指す。

中国は近年、太平洋まで活動範囲を広げつつある。5月には潜水艦を南大
東島(沖縄県)周辺の接続水域で潜没航行させた。7月には海軍艦艇が日
本列島を一周し、軍用機が初めて南西諸島を超えて飛行。日本最南端の沖
ノ鳥島周辺のEEZ内にも9年ぶりに海洋調査船が現れた。

硫黄島は本土や沖縄、日本最東端の南鳥島、グアムからほぼ等距離
(1250〜1380キロ)にあり、長い滑走路も備えた戦略上の要地。
小野寺氏は「ここを1つの拠点に、太平洋の離島防衛をしっかりやってい
きたい」と述べた。

小野寺氏はまた、遺骨収集のために実施している滑走路地下のレーダー探
査の状況などを視察。慰霊碑に献花し、2万を超える英霊の冥福を祈っ
た。同日に南鳥島も訪問する予定だったが、現地が悪天候で取りやめた。
【産経ニュース】 2013.10.6 21:07

〔情報収録 − 坂元 誠〕



 ◎【櫻井よしこ 美しき勁き国へ】信念に基づき行動を

安倍晋三首相は信念に基づいていま、行動するのがよい。日本立て直しの
宿命的課題を解決する好機はいまをおいてないであろう。

米国の国際社会への影響力が釣瓶(つるべ)落としのように低下し、世界
が新しい国際秩序の構築に至る混迷の時代のとば口に立ったいま、日本の
役割はかつてないほど重要である。意識を高め、力を強化し、責任を全う
できる国へと生まれ変わる絶好の機会である。

国内政治において失政を重ねたオバマ政権は議会対策にも失敗し、10月
1日、政府機関の一部閉鎖に追い込まれた。17日までに連邦債務の上限
を引き上げなければ、史上初の債務不履行に陥る。

世界をも混乱に陥れかねない危機の余波で、米大統領は8日からインドネ
シアのバリ島で開催されるTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)首脳会
合を欠席する。インドネシアのみならず、ブルネイ、マレーシア、フィリ
ピンへの訪問も中止された。

米大統領の欠席を横目に見ながら中国の習近平主席はインドネシアとマ
レーシアを、李克強首相はブルネイ、タイ、ベトナムを前後して訪れる。
島を巡り中国と対立するフィリピンだけは徹底的に外し、孤立させる戦略
である。

一方で中国は、フィリピン領有の南シナ海スカボロー礁で巨大なコンク
リートブロックを積み上げて建造物建築の準備に入った。12万もの国民
を殺害したシリア政府に対して全く軍事介入しなかったオバマ大統領を、
有事にも動けない大統領と、中国が見切った結果であろうか。

シリア問題を巡る優柔不断でロシアのプーチン大統領に外交的敗北を喫し
たのと同様の敗北を、中国に対しても繰り返そうとしているのがオバマ政
権だ。南シナ海沿岸のASEAN諸国の米国に対する信頼は揺らがざるを
得ず、アジア諸国の信頼が厚い日本の貢献が切望されるゆえんだ。

日本がより大きな役割を果たすべきとの希望を米国も強く打ち出した。3
日、東京で開催された日米安全保障協議委員会(2+2)である。

米国側が「真に歴史的」な意義があると捉えて日本で開催した2+2は、
日米同盟の新しい地平を示す画期的な内容だった。安全保障会議の設置や
集団的自衛権の行使を含む法的基盤の整備、防衛大綱の見直し、東南アジ
ア諸国への貢献の拡大など、安倍首相が進める施策を米国が全面的に支持
し、米国とともに日本がアジア・太平洋のより広い地域でより多く貢献す
ることに深く踏み込んだ。

背景にはリチャード・アーミテージ元国務副長官が巧まずして述べたよう
に、アジア・太平洋地域における「日本の評判の良さ」が「過去70年間
の大半にわたり、米国に恩恵を及ぼした」(9月29日「読売新聞」『地
球を読む』)という評価もある。                  

日本がまともな国になるこの好機を首相は確実につかみつつあり、私はそ
のことを高く評価する一方で、もうひとつの重要事、日本国の精神的土台
を成す靖国神社参拝について物申したい。

過日、伊勢神宮の式年遷宮に首相以下多くの閣僚が参列した。皇祖神、天
照大神(あまてらすおおみかみ)を新しい御社殿にお移しする遷御(せん
ぎょ)の儀は、このあと65棟もの新しいお社を建造する大事業である。
総費用5550億円は全国津々浦々の国民の寄付で賄われる。ご遷宮には国
民の願いと心、日本の長い歴史を通して伝えられてきた価値観が凝縮され
ている。

私も参列したが、遷御の儀の厳かな雰囲気の中で思わず知らず頭を垂れ、
神様に手を合わせる人々の姿が多く見られた。ご遷宮に国民を代表して参
列した首相に感謝し、安心を得た人々も多かったことだろう。日本国の繁
栄と日本国民の幸福への祈りは理屈抜きの自然発生的なもので、その日本
人の心情を素直に表現しているのが神道であると実感したことだった。

同様に、日本人は靖国神社と御社に眠る英霊に素直な心情として尊崇の念
を寄せてきた。だからこそ、伊勢神宮に祈りと感謝を奉じたように、首相
は靖国神社にも国民の心を代表して正式参拝するのが自然であり、正しい
のだ。

シーファー元駐日米大使は首相の参拝に関して「敬意を表したいという感
情は理解できる」と述べた。祖国に殉じた英霊に尊崇の念を表するのは国
際社会において、自然かつ最も重要な政府の責務だ。

アーミテージ氏も、ニューヨーク・タイムズ紙東京支局長のマーティン・
ファクラー氏も靖国参拝は日本にとって「自滅点」となり、単に中国を有
利な立場に置くことになると警告する。たしかに首相の靖国参拝は中国と
韓国の尋常ならざる非難に直面することだろう。

だが、日本国民は日本の 戦後の平和の歩みに自信を持とうではないか。
わが国は他国の領土も盗ま ず異民族も虐殺していない。仏像も盗んでは
いない。歴史の捏造(ねつぞ う)もしていない。日本の勁(つよ)さは
こうした六十数年の誠実さの積 み重ねに根ざしている。

前述のように米国の一部には靖国参拝を危ぶむ声もある。だが、米国の日
本理解には首相参拝の真意をくみとるだけの深さがあるはずだ。何よりも
米国の国益は、中国、ロシアの攻勢の前で、日本の力をあらゆる意味で強
化することではないか。

日本の真の再生は日本人が日本の心と誇りを取り 戻してこそ、可能であ
る。真に再生した日本は、アメリカにとっていまよ りはるかに信頼でき
る同盟国となり得る。その一歩は安倍首相の静かな決 意に支えられた参
拝から始まるのである。【産経ニュース】 2013.10.7 03:38

〔情報収録 − 坂元 誠〕


 
━━━━━━━
反     響
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 1)「頂門の一針」 3089号 反響欄のご意見に対して:寺本 孝一
少し長い文章になりましたが読んでください。

>寺本様の教育論、違和感をおぼえます。日本の公立小学校、ほとん
>どが私服ですが、すべての児童が寺本さんの言われるように 元気溌
>剌、幸せいっぱいで授業にのぞんでいるか、といえばNOでしょう。

 20年ほど前、NHK総合テレビの教育特集番組でオーストラリアのある公立
中学校を紹介していましたが、そこの唯一の校則は「全ての生徒は学校を
エンジョイする権利がある」です。もちろん制服もありません。

其れに引き換え、日本の私服の学校は一見自由のようですがご存知のよう
に実態は程遠いものがあります。私は「自分らしく個性を発揮して自由青
春を謳歌しなさい」を提言しています。制服さえ廃止すればよいなどとい
うことではありません。

>近所の小学生を見ると、なかには親に茶髪に染められたりアメリカだっ
たら反体制派に属するような髪型服装をしたり、 髑髏マークの模様の服
を着たり、と、まるで大人のミニ版のような恰好の児童がけっこういる。

>人様の服装・髪型に干渉しないというのがエチケットです。ひんしゅく
を買うとすれば人間の本質はお互い様です。それよりも、学校としては、
生徒が外見などの関心を忘れるぐらいの魅力ある授業を実践すべきです。

>英国と豪州では、公立小学校でも学校によって色と形を指定し、制服が
ある。学校によっては色と形に合致すれば私服でもよいところもあるよう
であるが、なにしろ統一しているのです。 それに異議を唱える意見はき
いたことがない。>

日本も正式には標準服であり、詰襟・セーラー服などを着たい人はいつで
も誰でも着る権利は保障されています。私は、制服を強制することが表現
の自由を保障した憲法に違反しているということです。法治国家における
国民教育の場が学校ですから、憲法を守ることからスタートします。

>これに対してアメリカでは 一部を除いてほとんど制服はないようであ
る。だからと言って、アメリカの児童生徒が皆、元気溌剌幸せいっぱいで
学園生活を送っているのだろうか?もしそうなら学校で銃撃事件が起こる
はずはないとおもうが。>

人種差別、貧富の格差などは日本と比較できないほどの深刻さです。
小学校から、麻薬・拳銃・レイプと、殺伐とした気の毒な国家です。

>共通していることは、国旗掲揚国歌斉唱に反対する教職員はいないこと>。

当然です。190近くの国家が国境を挟んでお互い凌ぎを削っているのが現
実ですから、国旗国歌の下に全国民が一丸にならなければ、収奪侵略の犠
牲になりかねません。国旗国歌に反対する教職員がいるとすれば、間接的
に何らかの外国の意を受けた工作員の疑いがあります。

>豪州の、厳しいことで定評のある一流私立男子校では、校則違反の髪型
の生徒を先生がハサミで髪の毛を切っていたものだ>。

日本では、傷害事件として刑事告発いたします。豪州も野蛮な学校がある
のですね。

>因みに近所の公立中学が今までの制服をやめ、生徒の間から募集したデ
ザインに変えたのだが、これが醜悪で見るに堪えない。生徒が気の毒。評
判も悪い。なんでも古いものを捨て新しくしたらよくなるか、とおもった
らとんでもない、といういい例である。>

デザインを募集したところで、統一するからこのような問題が生じます。
制服が好きな人は自分で自分の制服を決めて、毎日それを着て登校すれば
いいことです。どのような服であろうともその人の文化なのですから。
但し、人に迷惑を掛けないことが原則ですから、異臭・騒音・まぶしい光
を発する服装は他の生徒の学習の妨げになります。

>福田恒存氏は、個性は一度潰してから、ほんとうの個性が表出する、と
言った。その通りであるとおもう。同じ親から
生まれてきた兄弟姉妹でさえ個性が違うのだから同じにしようとおもって
もできるわけがない>。 
 
わざわざ個性を潰すような労力は不要です。持って生まれた個性を日ごろ
から尊重するのが人権教育です。

>国連に「日本の学校の制服は人権侵害である」と訴えに行った子供達が
いたが「学校で勉強できるのはとても幸運なことだよ」と諭され、相手に
されなかったときく>。

有名なデマです。1998年の日本の予備審査で、政府とならんでNGO枠で出
席していた高校生と委員のあいだのやりとりに端を発しているようです。
その直後、6月18日号(11日発売)の「週刊文春」がこれを取り上げた。

DCI(子どもの権利のための国連NGO)日本支部の福田雅章代表(一
橋大学名誉教授)は「当日の録画ビデオでも、委員からそんな発言はな
く、記事はねつ造。背後には『豊かな国にいて何の不満があるのか、この
甘ったれ』という高圧的な子ども観がある」と話す。

98年当時、国連の委員会で発言した高校生たちはずいぶん非難されたよう
で、その年の12月に来日した委員長は、「発言を改めて称讃し、『心ない
メディアが彼らをおとしめた』ことに憤りを表明した」(読売新聞)そう
です。

98年12月に来日したカープ・国連子どもの権利委員会委員。各地で子ども
たちと会い、「堂々と自分の意見を述べて」と励ました。子どもの意見を
聞くことの大切さ、子どもがあらゆる政策決定のプロセスに最初から参加
することの必要性を、繰り返し強調されました。

「子どもの希望や選択は、子どもがおとなと話し合うことができなけれ
ば、おとなに伝わりませんし、子どもがどう思っているかわからなけれ
ば、おとなは『子どもにとっての最善の利益』が何か、けっしてわからな
いのです」「子どもこそが子どもの専門家なのです」と。

たしなめられたのは高校生たちではなく、子どもたちの意見表明権、自己
決定権を否定したいがために、国連委員会のお墨付きが出たとの間違った
情報を流し、それを鵜のみにし、ふりかざしたおとなたちだったのです。

そして国連委員会の日本への所見は、「とくに学校生活において、一般の
子どもたちが参加権を行使するうえで困難に直面していることを、とりわ
け懸念するものである」としていて、委員たちは制服の例を持ち出した高
校生たちのプレゼンテーションをもっともだと受けとめたことがわかります。

意見表明権と自己決定権は、子どもの権利条約のなかでもきわめて重要な
権利だが、子どもの権利など認めたくないおとなたちが子どもたちの頭を
押さえつけている。

ユニセフのインノチェンティ研究所が行った「金持ち国の子どもの幸せ度
調査」で、日本の子どもたちがダントツに不幸だと感じているという結果
が出た。

>それは国連人権委員会に「従軍慰安婦は性奴隷であった」と訴えて認め
させ、世界に広めた戸塚悦郎弁護士を思い起こさせるのです。
寺本氏には「はだしのゲン」問題についてのご意見を伺いたいとおもいま
した>。(憂国主婦)

作者は日本共産党や日教組の意のままに、多分、反日捏造資料を手渡され
て描きまくったのであろう。残虐な描写や天皇制を否定する内容であり、
せいぜい、「左翼が反日思想を宣伝するために利用したマンガ」として大
学研究室での一資料にしかなりません。
一般の小・中・高学校の図書室に置くなどもってのほかです。
  (「子どもの感性を育む会」代表)



 2)「我慢」という名のいじめ

私は、大きい学校を卒業していないので難しい事はわからん。しかし、こ
の件について一言、いやちょっと思った事を書きたい。

学生服、理不尽な校則に「我慢」をすると何故、「いじめ」に繋がるのか
ようわからん。

なんか、学生服→我慢→人権問題云々に無理やり話を繋げているように見え
るが、どうであろうか?

学生服について、今はどうか知らないが、教室が暑けりゃ脱いで、学生服
を椅子に掛けて授業を受けていた。先生にその旨を伝えれば文句は出ない
はずである。それでも学生服を強要するならPTA、他の先生に相談すれ
ば良いだけである。

昔ドラマ「ルーツ」のクンタ・キンテの様にムチで拷問される事は現在で
は無いのだから。まさか、やんごとなき学校では有るのか?たしかに拷問
はいじめになるが・・・

まず学生服(セーラー服も含)に不満があるのなら、親または先生と予め
進路選択で十分に吟味して、ブレザーや私服の学校を選択すれば良いだけ
である。現在なら、昔と違って学校が国公立、私立と多数あるので選り取
りみどりである。

何も難しいことは無い、簡単である。これで学生服を強要されずにすむ
し、悩む必要もないであろう。

今の学生さまは、学生服の3年間がそれほまでに我慢できないほど苦痛な
のであろうか?大人になったら、背広や作業服はその何倍もの期間を着用
するのである。これは苦痛にならないのか?いや、毎回購入する費用は、
苦痛でなく、サイフ、懐が痛む。

私の家は貧乏だった。よって学生服があったので学校行くのに大いに助
かっていた。自由な私服だと毎日が同じ着たきりスズメの私は恥ずかしい
のある。服下にワイシャツが有る時と無い時がある。これも枚数が限られ
ていたから、学生服さま様である。

二番目の学校に「憲法違反」って、何があるのだ?昔、学校の先生がスト
ライキだとか言って暴れていた、ぐらいしか思いつかんが・・・まさか、
日の丸・君が代の事か?これは日教組の先生のことだね。これは学生に関
係ないか。

三、四番目の「人権侵害」、「自己決定権」なんじゃこれは?昔、学校に
直ぐに殴るおかしな先生がいたけど、他の先生や教頭に話してたら直ぐに
解決。普通これで解決しなけや。現在は、PTA、教育委員会等があじゃ
ないか。地元の市会、県会や国会議員先生に助けて貰えばよい。今ならマ
スコミに駆け込む手段もある。

また、自己決定権であるが、何を自己決定すのかな?まさかタバコを吸う
権利を決定する権利とは言わないだろう?

ところで学生って何様だ?学生様は何を決定できるのであろうか?大抵の
学生が親のスネをガジって学校に通っている未成年者である。法律では、
タバコ、酒そして選挙権も二十歳からとなっている。

彼らは知識も経験も足りないまだ未熟な人間である。未熟な彼らを学校と
いう小さな世界(共同体)で、世間に出て生活して行けるように、必要な
知識と決められたルールを守るという経験を学校で学ばなければならない
のである。

彼らが決められる物と言えば、答案のマルバツや、学級会、生徒会関係だ
と私は思う。あと友人関係も選択できたな・・・分かっている人は、未成
年者が必要となる大層な自己決定権は一体何なのか教えて頂きたいもので
ある。学生に必要な事なのか?

五番目の親権侵害?とあるが、PTAの事?親に文句を言うなって?まさ
か、これって人権侵害の事か?それとも学習の機会を奪ったりする事なのか?

よく元気な少年(本当は悪ガキ)が教室で問題を起こして、注意されたこ
とで暴れて、謹慎・停学になると、よく「学校に来る権利」云々の事を言
うのであろうか。

それと、もう一つ「馬鹿げた校則」とあったのが気になった。「馬鹿げた
校則の強制には反発抵抗するのが当たり前」とあるが、これは少し短絡的
ではないか?学生にとって厳しい理不尽な校則はどこにでもある。大人に
なっても理不尽な事は多々あるのである。

私の経験では、生徒から相応しくないと思われる校則を変更したい時は、
クラスから生徒会へと校則を変更・修正してもらう議論をしたものであ
る。これにより、私の学校は3年がかりで校則の一部を変更することがで
きた。(学生服でも私服でも服装は自由になった)

これは学生達が出来る数少ない「自己決定権」である。学生は、自分たち
の持てる知識、経験から考えるし、実行力もある。この決定権を使えば、
学級崩壊、ましては校内暴力は起きないと思うが。

但し、ここで勘違いされても困るが、少し前の府中の学校で日の丸問題で
校長を土下座までさせてた事件があったが、あくまでも学校と静かに常識
のある範囲で、誰もが納得できる論理で説得するのである。某世界市民と
か自称しているプロ市民と学生は違うのである。

「精神的虐待」って、まさか暴力変態教師に虐待されているのか?だとし
ら、最初に書いたことと同様に、他の先生やPTA、委員会に報告すれば
良いだけである。

もしかして学校で自分の意見が通らないと「いじめ」になるのか?大概に
して、元気のいい学生は、我儘をいっているだけである。大人(親や先
生)は子供をきちんと叱って、諭してやる。そして、学校の先生はけっし
て友達では無いことをきっちと教えるべきであ
る。

たしかに本人は伸び伸びと自由に青春を謳歌しているつもりだろう。しか
し、彼が反発して暴れた場合、周りの学生に迷惑を掛けて、他の学生に対
しての学習の機会が奪われていることを忘れていけない。

この場合、よくテレビで見る事件と同じで、加害者の人権ばかりが守られ
て、被害者の人権はおざなり無視されている事と同じである。 サイレン
トマジョリティは無視されもいいのであろうか?

闇雲に権利・権利、反対・反対と文句を言うだけなら、幼稚・小学年の子
供である。まるで、どこかの某社○党、某民○党を見るだけで、もう充分で
ある。

今も昔も学生さまだってバカじゃない!理不尽と思われる校則なら、ただ
暴れて権利を主張するなんてしゃしない。現在の校則をどうすればよい
か、変更・修正などを考え、自分達に相応しい解決策を学校に提案するは
ずである。出来ないなら只の学習ロボットである。

だれかが言っていたのを思い出した。『人間は考える葦である』と。。。
今、ぐぐったらパスカル先生だ。

私は、自分らしく、そして、かなり個性を発揮して自由に伸び伸びと学生
時代に青春を過ごしてきた。まあ、美人の彼女はゲットなかったが・・・
学生服や校則に縛られて、それなりに楽しかった。

学生さまは、だた単に勉強すれば良いだけのいい身分である。これ、すご
く簡単な義務である。昔、私の周りにも勉強したくても、させて貰えない
友人が少なからずいたものである。

また、学生さまは勉強の気休めに好きな趣味や音楽やスポーツ等で身を休
めればいい。これは学生さまの権利なのだから。大人になったら、休みは
日曜日だけである。夏休等の長期休暇は無いのである。

そして、学生さまには、日に三度の食事と少しの小遣いが貰える。これは
大変有難いことである。大人は子供に教育を受けさせるため概は、身を粉
にして働いているのである。親に感謝して欲しい。

日本は、戦後68年間も戦争が無く、実に平和な時間を過ごして来ている。
国民に貧富の差がそれ程無く、日々食べるに困らない理想の世界ある。犯
罪も少なく、誰もが好きな事を言える。

だいぶ昔で申し訳ないが、雑誌か、N○Kスペシャルか、何かで、ゴビー
が「日本は理想的な社会主義社会だ」と言ったのを記憶している。始めの
社会主義の目的は、この様な国家を作る事だったと。

ソ連崩壊の前後で、日本は資本主義、ソ連は社会主義と誰もが思っていた
時代だっただけに、当時は、まさに眼からウロコ状態になったものであ
る。そう言えば、昔日本史で公地公民制って習っている。

今回、「我儘」をいじめと云々とか小難しい事を言ってられるのも、日本
が、まさしく「平和」であるからである。だから、我々はもっと日本を大
事にしたい。

今日も、無事おまんまの食いっぱぐれをしないのも、日本の先人たち苦労
のお陰である。彼らに、感謝を言いたい。

「アホな我々に日本を残してくれて、有難う」(北海のトド)




 3)気象病とは:前田 正晶

8月29日の退院以降、今年の夏の酷暑に散々苦しめられた。中でも35度を
も超える暑さと、空調した室内の(約26度で湿度は50%程度)との条件の
違いが、病み上がりの身体には誠に辛いものだった。

身体がその急激な変化に対応できず、室内では何時まで経っても身体がほ
てっており、身の置き所がない苦しさが続くことだったのである。かと
言って急激に温度を下げれば寒さが厳しくて耐えられないという事態を招く。

この暑さも9月が過ぎれば終わるだろうと希望的に考えていたが、何と10
月になっても一向に秋には成ってくれず苦戦が続いた。すると、2日だっ
たかにTBSが昼間のニュースショーとでもいうような番組で専門の医師を
ゲストに招いて「気象病」の解説をしていた。当方無学にして「気象病」
というものがあったとは知らず、思わず広辞苑をみてしまった。すると、
チャンとあるのだった。

専門の医師の説明は基本的には広辞苑と同じ内容だった。即ち、簡単に言
えば「急激な温度(と湿度)の上下の変動は頭痛、ぜんそく、脳梗塞、心
筋梗塞、神経痛、自律神経失調症等と関わりが深いというか、招きやすい
というものである」となるそうだ。納得であった。

私のように精神的に弱い者が大病の後であの気温の厳しい上限の変動にあ
えば、直ちに対応できなかったために、謂わば自律神経失調症のような状
態に至っていたらしいのだ。

これまででも、毎年冬が来れば「この冬を無事に乗り切れるだろうか」、
夏になれば「この夏を何とか乗り切らねば」と思わないことはなかった。
今年も「この酷暑も残るは半月か」と思った途端に二度目の心筋梗塞に襲
われた。その大難関を無事乗り切らせて頂いて退院すれば、今度は気象病
が牙をむいてきたのだと痛感した。

そこに去る4日と5日の20度にも達しない寒さが襲ってきた。何事にも影響
されやすい当方はこの2日間の寒さに、気象病の恐怖を感じていた。4日に
は午前中に外出せざるを得ない用事があって厚手の長袖のポロシャツ(と
いう表現は正確か否か知らないが)に冬にも通用するジャンパーを着て恐
る恐る出てみた。

するとどうだろう、帰途に先日隣の公園で語り合ったオレゴン州ユージー
ンから来たというアメリカ人に再会した。彼は何と半袖は当たり前だが、
Tシャツだけの軽装だった。

この程度の薄着はあの地方ではごく当たり前だと先刻承知しているが、自
分との落差に驚きながら暫し語り合って再会を約して別れた。因みに、
1993年11月にワシントン州南部(と言っても寒い地域)の工場の連中を宮
城県石巻に案内した時にも、彼らは夜食を食べに半袖シャツ1枚で出てき
て「心地良い涼しさだ」と言ってのけた。彼らには気象病の悩みなどない
のだろうと、今にして思う。

一方、弱虫の当方は十分に20度以下の条件に備えた格好で5日も午前中に
短時間外出したが、室内に戻った後も26度60%に馴れるまでに自律神経の
調整のために毛布を被ってしまった。そして熱いお茶を飲んで漸く人心地
が付いた次第。今では「気象病」なんて知らなければ良かったと悔やんで
いる。



 4)北野幸伯さんのメルマガ「ロシア政治経済ジャーナル」 No.970 
2013/10/7
http://archive.mag2.com/0000012950/20131007000000002.html

で、つぎの資料が紹介されていました。1944年当時のビルマ地域で米軍の
捕虜になった朝鮮人慰安婦の尋問報告書です。戦地慰安所と慰安婦の実情
が記されています。韓国がいう「性的奴隷」とどちらが本当なのでしょう
か。  
                 
★米陸軍インド・ビルマ戦域軍所属の戦時情報局心理作戦班の捕虜(朝鮮
人慰安婦20名)の尋問報告書 1944年10月1日
http://texas-daddy.com/comfortwomen.html

                  (品川 阿生居士)



 5)郡上八幡城は美しい山城です。郡上八幡は、郡上踊りの夏が去って
も、いい観光地です。今頃は金木犀が咲いています。「郡上八幡城」。
(まこと)
http://www.gujohachiman.com/siro/



 6)東京・八王子の慰安婦展示(10/4〜6)パネルですが、英訳版を作
成中だそうです。

このパネルは朝鮮併合前の朝鮮半島の実態(近代以前を象徴する人民の奴
隷状態など)やその後、日本による莫大なインフラ投資など、その現実を
赤裸々に映した欧米人の言葉なども随所に紹介しているので、相当なイン
パクトがあります。

朝鮮1000年の歴史、とりわけ李氏朝鮮は官僚制度が堕落の極にあり、首都
も道路には人糞、牛糞が溢れ、異様な匂いが漂っていたそ。神州清潔の
民・日本民族には耐えられない惨状でした。

韓国人はこういう歴史を教えられていないのでしょう。この実態を知った
ら、恥ずかしくて世界の往来を歩けなくなります(いや、平気?)。

朝鮮社会における「妓女」の世界も世襲制で、職業の自由もなかった。い
ま韓国から売春婦が10万人以上(一説には20万人とも)が世界に”羽ばた
いている”のも、こういう過去の歴史を引きずって、また2004年の「売春
特別法」の施行により、売春婦達が働き場所を失ったがゆえのようです。
それも含めてのパネル内容です。

日本人の名誉を蹂躙せんとして世界中に捏造情報をばらまく韓国への逆襲
として、これでもか、これでもか・・・・という作成者の執念が溢れた歴
史の事実に基づく傑作です。

このパネル展を既に従軍慰安婦像(碑)が設置されたアメリカの市などで
も開催すれば、大きな波紋を呼ぶのではないでしょうか。松木国俊氏ほか
の御本なども、さらに版を重ねて社会への影響を拡げてもらいた
いと願います。

これから、日本が巻き返す時です。(濱田 實)


 
━━━━━━━
身 辺 雑 記 
━━━━━━━

猿江公園では何箇所かで金木犀が満開だが、私には全く香りが感じられな
い。数年前に嗅覚を全く失ったからである。だからホームレスの臭いのも
感じない。せめて自分の体が臭くならないよう、格別の注意が必要だ。

7日の東京湾岸は曇天。長袖にするか半袖にするか迷う天候。結局、散歩
には長袖で行ったが、少々汗をかいた。


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  • 名無しさん2013/10/07

    2013年10月07日22:05

     



    【米国】「日系人に英語を教えるな」 反日韓国系団体の暴挙 「もはや、日本人に対する偏見を創り出す運動だ」と藤井厳喜氏

    http://master-asia.livedoor.biz/archives/8089479.html

  • 名無しさん2013/10/07

    しまむら土下座強要女が逮捕されました。

    どうやら〇〇人だったことが判明したようです。









     <札幌東署>しまむら店員に土下座させる…強要容疑で女逮捕

     毎日新聞 - 2013年10月07日 12:19



     衣料品店で商品にクレームをつけ、店員に土下座をさせたとして、札幌東署は7日、札幌市白石区菊水元町10の1、介護職員、青木万利子容疑者(43)を強要容疑で逮捕した。



      容疑は、9月3日午後6時ごろ、札幌市東区本町の「ファッションセンターしまむら苗穂店」で、前日に購入したタオルケットに穴が開いていたとして、店員の女性2人に土下座をさせ、携帯電話で撮影したほか、自宅に謝罪に訪れることを約束する文書を書かせていたとしている。青木容疑者は「強要はしていない」と容疑を否認している。



      同署によると、青木容疑者は土下座の写真をツイッターに投稿していた。【山下智恵】

  • 名無しさん2013/10/07

    白村江の戦いとは、日本の属国から唐の属国になって寝返った新羅に対しての、日本と唐の宗主国同士の争いであった。

  • 名無しさん2013/10/07

    ■■ Japan On the Globe(442)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■



             Common Sense: 「科学から空想へ」

                            〜 現代日本の教育思想の源流



                    「子供の権利」「自己決定権」「個性尊重」など

                    の教育思想の源泉にある「空想」。

    http://melma.com/backnumber_115_3160774/ 



  • 名無しさん2013/10/07

    「まさかそんなこと、起こるはずがない」ということが、しばしば起きます。



    議会と大統領の間で一向に折り合いがつかない米国予算の問題ですが、今のところ、ほとんどの史上関係者が「まず、デフォルトはないだろう」という見方です。まさか、米国経済を破壊し、世界経済にスーパーメガトン級の衝撃を与えるような選択を、米国の下院議員がするはずがないというもの。



    しかし、下院共和党に強い影響を持つ「ティーパーティー派」の人々のなかには、「世界経済なんかどうなってもいい。米国人のなかでも貧乏人がどうなろうと知ったことではない」と過激なことを言っている人がいます。その人たちは「世界をまるっきり変えよう」という幻想にとりつかれているようです。



    問題は、このウルトラ保守派の協力がないと、下院の共和党員の多くが次の選挙で当選できないことです。それゆえ、米国と世界を危機に向かわせているのがわかっていても、無謀なチキン・レースを演じているのです。はたして本当に、この人々が10月17日の債務上限引き上げ期限までに大統領と妥協するか、誰にもわかりません。



    いずれにせよ、たとえデフォルトが直前で回避されたとしても、こんな無責任なことをする人々が牛耳る米国に、世界の基軸通貨をまかせていくわけにはいかないと、多くの人が思い始めています。2011年の騒動の際もそうでしたが、また再び、「ドルじゃない基軸通貨を」という声が強くなるでしょう。



  • 名無しさん2013/10/07

    地震、津波、火山噴火、戦争、疫病、経済危機。うんざりするような災いが連続しています。地球温暖化もそのひとつ。ついに日本海の若狭湾にまで熱帯魚が回遊する時代になりそうです。



  • 名無しさん2013/10/07

    最後の噴火から300年。沈黙を守っている富士山ですが、これほど長い間静かなのも珍しいそうです。地下のマグマは十分にたまっており、東日本大震災の巨大なエネルギーが日本列島全体をゆがめてしまったこともあって、いつ、次の噴火が起きてもおかしくないというのが専門家の一致した見方です。



    ひとたび富士が噴火したら、東京をはじめとした首都圏全体にどれほど恐ろしい被害が及ぶか。みな、かつて起こったことであり、公的機関もそのように予測する内容です。自治体の中には、噴火にそなえた準備をしはじめるとこともあるようです。









    ■横浜市が防災計画に初の火山対策 富士山噴火の降灰に備え



    2013.10.3 22:46



     富士山の噴火に備え、横浜市は市防災計画に初めて火山災害対策を盛り込む。降灰対策が中心で、12月に原案をまとめて来年度に運用を開始する。背景には東日本大震災の発生を受けた防災意識の高まりなどがあり、除灰や資機材の準備、市民への啓発活動といった市の取り組みはようやくスタートラインに立つ。(小野晋史)



     対策では、江戸時代の宝永4(1707)年に起きた宝永噴火と同規模の噴火を想定。市内全域に平均10センチ前後の灰が積もり、総量は約5800万立方メートル(容量45リットルのゴミ袋で約13億袋分に相当)を見込む。



     その結果、道路や鉄道が使えずに人や物の流通がほぼ止まるほか、火山灰が電柱に付着して停電を引き起こしたり、目やのどなどに入って健康を害するといったさまざまな影響が生じると想定した。



     そのため市では、除灰用の資機材や人員の確保▽水道や電気などライフラインの円滑な復旧▽除灰の実施主体の明確化▽火山灰の収集、運搬、処分▽火山灰の仮置き場や処分場の確保▽市外からの避難者受け入れ−などに関する対策を規定。このうち、住宅や事業所などの除灰は原則として各所有者が自ら行う。



     取り除いた火山灰の仮置き場としては、空き地や未利用地などの確保を明記。一方で火山灰を海に捨てることは法律上許されず、最終処分場の確保は今後の課題とした。



     また、宝永噴火の経験から、大量の降灰で川底が高くなって洪水が発生しやすくなったり、火山灰が堆積した傾斜地で雨が降って土石流が起こったりすることも懸念。これらは既存の風水害対策を援用して対処する。



     策定にあたっては、火山研究の第一人者である藤井敏嗣・東大名誉教授に助言を求めたほか、火山活動が活発な桜島や新燃岳などの麓にある鹿児島市や霧島市(鹿児島県)に職員を派遣。市危機対処計画課は「万が一、噴火したときは社会的な影響が大きい。できるだけ事前に準備しておきたい」と強調する。今後、区役所や自治会、町内会などを通じ、啓発や訓練といった対策も進める。



     市は防災計画に反映させるため、31日まで市民から意見を募集。計画の概要は、同課ホームページ(http://www.city.yokohama.lg.jp/somu/org/kikikanri/)で閲覧できる。問い合わせは同課(電)045・671・4096。

  • 名無しさん2013/10/07

    若い人に聞くとほとんど小林よしのり氏のことを知らないという。彼に影響力があった時代を知る人も高齢化しつつある。若くても30代後半以上か。しかも支持していた読者の多くは離れてしまっている。完全に過去の人となっているようだ。トドメを刺すかたちで女系天皇論を潰す。

      

    漫画家小林よしのり氏らが皇統保守勢力との学術論争から逃げ、嘘やデタラメを繰り返しても一般大衆向けに女系天皇論を広めようとするのは戦術論としては正しいと思う。今の時代、一般世論は無視できない。ただし、その点でも今の小林氏は、世の中に対する影響力では皇統男系の竹田恒泰先生と比較にならない。