政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針3048号  2013・8・26(月)

2013/08/26

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  わたなべ りやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」 3048号
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           2013(平成25)年8月26日(月)



        「安倍官邸」はピントが外れ始めたのか:杉浦正章

      8月15日の後、何故軍政布告は止まったか:西村眞悟

             母方のルーツを求めての信州への旅:古澤 襄

                         池田王国の臨終(中):平井修一

                洪水で「ワニ数千匹が脱走」!?:西見由章

                                      話 の 福 袋
                                反     響
                    身 辺 雑 記


□■■□  ──────────────────────────□■■□
第3048号
                             発行周期 不定期(原則日曜日発行)
             

 
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「安倍官邸」はピントが外れ始めたのか
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             杉浦 正章

消費増税見送りなら「政局化」必至

首相・安倍晋三はいったん成立して来年4月1日の施行を待つだけとなっ
ている超重要法の消費税法を、今さらひっくり返せると思っているの だ
ろうか。自らアベノミクスを水戸黄門の印籠のように高々と掲げれば、
国内も海外も「ははっ」とひれ伏すとでも思っているのだろうか。

思っているとしたら慢心のなせるわざとしか思えない。政界は「まさかや
るまい」と思っているから動きが出ないが、本気で安倍が打ち出せば、間
違いなく「政局化」する。自民党内各派は来月にかけて数年ぶりに研修会
や、政策勉強会を開始するが、予定通りの実施論が強まることは避けられ
ない。

党内は消費増税見送りを断行すれば反安倍勢力が結集し、息も絶え絶えの
民主党も息を吹き返す。逆に黄門ではないが「この状況が見えないか」と
言いたい。再び総選挙をして国民の信を問うべきほどの問題であることを
官房長官・菅義偉も含めた「安倍官邸」は理解していないのだ。状況認識
が甘いのだ。

安倍の“悪あがき”は相当なものがある。側近学者で内閣官房参与・浜田宏
一の消費増税延期論の旗色が悪くなると、今度は応援にやはり延期論者の
官房参与・本田悦朗を繰り出した。

大蔵官僚で次官になれなかった敗戦組の本田は、テレビでまるで財務省へ
の意趣返しであるかのように延期論をぶちまくり始めた。「1年待って欲
しい。来年の4月はタイミングが悪い」と、まるで首相になったかのよう
な口ぶりだ。

無理もない。官邸筋によると11日に安倍とゴルフをした際に安倍が 1%
ずつ引き上げる構想を「深く研究して欲しい」とけしかけているのだ。

安倍としては堀の深さを測ろうとしているのだろうが、さらに一層馬鹿馬
鹿しいのはきょう26日から始まる有識者なる者60人からの意見聴取 だ。
政府は6日間の日程で経済団体や連合、それに業界団体や自治体の代 表
のほか、エコノミストや経済に詳しい大学教授などから意見を聴く。

この意見聴取なるものはまるで、賛成論と反対論を選んで世論調査をする
ようなもので、何の意味も持たない。本来なら有権者の生の声を聞いて当
選した自民党内からまず意見を聞くべきものだが、狙いは別にある。

増税延期賛成論があたかも反対論と“同等”であるかのように際立たせるこ
とにより、それを受けた安倍の最終判断をやりやすくしようというのだ。
外堀を埋めてからあわよくば党内論議を進めようという狙いが見え見えで
ある。

しかし党内の空気は安倍が判断するように甘くはない。まず幹事長・石破
茂は4月実施論だ。「反対なら福祉財源はどこに求めるのか」と、究極の
反論をしている。石破は法律の景気の動向を考慮して実施を判断する「景
気条項」についても「経済状況の激変、例えばリーマンショックのような
ケースを想定している。

法律はそう読むべきだ」と発言している。自民党幹部筋は「中国のバブル
が弾けるようなケースでも生じない限り予定通り実施が既定路線」と述べ
ている。

だいたい首相側近の学者らの理論武装はなっていない。浜田は77年の増
税が税収にマイナスに作用したと強調しているが、学者にしては勉強不足
だ。減収はリーマンショック、アジア通貨危機など外的要因によるもので
あり、消費増税が直接要因ではない。本田も1%づつの増税を主張してい
るが徴税の実態を知らない。

今の徴税能力ではまず国税庁が機能的にパンクしてしまう。毎年1%づつ
増税されては中小企業は真綿で首を絞められるような結果となる。価格に
転嫁できないのだ。小刻みの実施だと累計の税収が2020年までに10兆
円減収となるという民間調査もある。

だいいち4〜6月のGDPは年率2.6%であり、これは増税ゴーの青信号に
他ならない。来年4月の時点で状況がよくなっているという保障は全くな
い。その場合、ずるずる延期を続けるのか。

本田は「デフレ脱却の途上での増税は横から弾丸を浴びせるようなもの
だ」と述べるが、増税を断念した場合の国際的影響を無視している。すで
に消費増税は国際公約となっており、市場関係者の大多数が、「見送れば
日本売り」と判断している。

長期金利が暴騰し、国債が売られてデフレ対策どころではなくなる状況に
陥るというのだ。要するに虎視眈々(たんたん)と狙うハゲタカファンド
の餌食になり、日本経済はそれこそ横からミサイルを受けるようなことに
なる。

米欧など先進諸国は消費税15%、20%が常識であり、5%の消費税を
たったの3%上げられなかった事に対する日本の政治への不信は頂点を極
めるだろう。

そもそも消費税法は国権の最高機関である国会が多数で決定したものであ
り、たとえ首相といえども恣意的な判断でその結果を左右できるものでは
ない。もしどうしてもやるというのなら、まず手始めに自民党内の正式機
関の論議を経るべきであろう。

昨年8月の3党合意での法案成立に際して、安倍は自民党内で一言も反対
論を発していない。さらに総裁となった後の総選挙の公約では「消費増税
に伴い、食料品等への複数税率の導入検討」をかかげているではないか。
増税を前提にした公約を掲げておいて、いまさら見直しというなら再度国
民の信を問うしかあるまい。

それが憲政の常道である。国会も支離滅裂のみんなの党を除いては4月の
増税是認が潮流だ。安倍は10月7日から開かれるAPEC(アジア太平
洋経済協力会議)の首脳会議の前までに判断することになる見通しだが、
安倍にあえて潮流に棹さす勇気があるのか。

またひっくり返すなら秋の臨時国会で、見直し法案を上程して1から論議
をやり直さなければならない。とてもその時間と余裕はない。首相たる者
未練たらしい恣意的な増税見送りへのイニシアチブはやめた方がいい。

        (政治評論家)<2013年08月26日>


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8月15日の後、何故軍政布告は止まったか 
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              西村 眞悟

 如何にして8月15日に漕ぎ着けたのか。その任を果たした人物のことに
触れたい。

それは、鈴木貫太郎(慶応3日泉州堺久世地区生まれ、昭和23年4月17日
没)である。昭和20年4月7日、鈴木貫太郎77歳は「江戸時代に生まれた
総理」となる。

 「老人でございますから」と固辞する鈴木に、陛下が、「もはや卿しか
いないのだ」と言われた。

皇太后も、陛下の父親と思って引き受けて欲しい、と言われた。長年侍従
長を務めた鈴木の妻は、陛下の乳母であり、陛下は鈴木の妻を母のように
慕っておられた。

この陛下の言われた「もはや卿しかいない」という言葉の意味は、戦を収
めること、つまり終戦に漕ぎ着けることができるのは鈴木しかいないとい
う意味である。この時、戦を収めることほどの困難はなかったのだ。
  
さて、天は鈴木に、昭和20年8月15日の為に命を与えてきた。鈴木は、幼
い頃、暴走する馬の足の下に倒れた。しかし死ななかった。それを観てい
た人は、鈴木の運の強さに驚いた。

 海軍士官となった鈴木は、水雷艇艇長(日清戦争)そして駆逐艦司令
(日露戦争)となって、それぞれの海戦で、敵艦に機銃が届く至近距離ま
で肉薄して魚雷を放つという命知らずの必殺の戦法をとって敵戦艦数隻を
撃沈する殊勲をあげた。つまり、特攻作戦である。生きているのが不思議
といわれた。部下は彼のことを鬼貫太郎、鬼貫と呼んだ。

 昭和11年2月26日未明、侍従長であった鈴木は、安藤輝三大尉の率いる
歩兵第三聯隊の兵に襲われ、頭部、胸そして大腿に銃弾をうけて昏倒した。

トドメをさそうとする安藤大尉に、鈴木の妻が「おやめください。老人で
すからトドメはささないでください。どうしてもというなら私がトドメを
さします」と言って止めた。

 安藤大尉は、鈴木に敬礼して退出した。その後妻が、意識のなくなった
鈴木の耳元で、「あなた、しっかりしなさい」と叫ぶと、鈴木は目を開け
蘇生した。

 昭和23年に鈴木は死ぬが、彼を火葬したあとに遺骨と共に2・26事件の
時に撃ち込まれた銃弾があった。

昭和20年4月7日、小磯内閣総辞職をうけて鈴木は総理大臣に就任した。
4月12日、アメリカ大統領ルーズベルトが死去する。

 鈴木は直ちに、優秀な戦争指導者を失ったアメリカ国民に対して心より
哀悼の意を表するとのメッセージを送信した。同時期、ヒットラーがルー
ズベルトを罵るメッセージをアメリカに送信した。

アメリカに亡命していたドイツ人作家トーマス・マンは、「東洋の国日本
に騎士道が残っている」との賞賛のコメントを発した。

 翌4月13日、東京は3月10日に続く大空襲をうけた。トーマス・マン
は、ドイツと共にアメリカにも騎士道などないと思い知ったであろう。4
月30日、ヒットラー自殺。

 我々日本国民は、そして、アメリカ国民も、日本国総理大臣鈴木貫太郎
が、都市住民の無差別殺戮という国際法無視の残虐な敵襲の中において
も、その敵国のルーズベルトという大統領の死に対して武士道の精神に基
づきアメリカ国民に対して哀悼の意を表したことを忘れてはならない。

8月14日、御前会議に於いてポツダム宣言受諾決定。同日、玉音を録音。
戦争継続派軍人、録音版奪取失敗、クーデター派自決(宮城事件)。

 8月15日、未明、阿南陸軍大臣自決。正午、玉音放送。鈴木内閣総辞職。

 以上のように、鈴木貫太郎は役目を果たした。陸海軍は抗戦を止め、武
装を解除していくが、次の戦いを担ったのは、武器を持たない隻脚の外交
官重光葵(しげみつ まもる)である。
  
 鈴木内閣の後を受けて、8月17日、東久邇宮内閣が成立した。この東久
邇宮内閣が担う降伏文書調印の全権が、外務大臣に就任した重光葵と陸軍
大将の梅津美治郎であった。

 8月28日、重光は夜行列車に乗って伊勢に赴き、伊勢神宮に参拝する。

我が国を 造りましたる 大神に 心をこめて 我は祈りぬ

8月30日、マッカーサー厚木に到着9月2日、午前6時45分、重光と梅津
ら横浜桟橋から米駆逐艦に乗り戦艦ミズーリ号に向かう。
  
ミズーリ号には大勢の新聞記者とカメラマンが待ちかまえ、シンガポール
で山下奉文中将に降伏した英軍のアーサー・パーシバルやフィリピンのバ
ターン半島で本間雅晴中将に降伏した米軍のジョナサン・ウェインライト
等も待っていた。

大勢の将兵が鈴なりになって隻脚に義足を付けてタラップを登る重光等を
見ていた。
  
つまり、マッカーサーは、日本側全権を晒し者にして勝者としての優位性
を効果的に示そうと演出したのである。旅順の敵将降伏に際して、敗者の
心情に配慮して各国のカメラマンの取材を許さなかった乃木希典大将の示
した武士道精神の奥ゆかしさと、マッカーサーは正反対の人物であった。
  
 定刻9時にマッカーサーはミズーリ号の甲板に姿を現す。礼装ではなく
簡易な夏服。重光はシルクハットにモーニング。

 9月3日、マッカ−サー、GHQは、日本に軍政を実施しようとする。
重光は、敢然とGHQ本部に乗り込みマッカーサーと直談判した。

ドイツは政府が崩壊した。従って軍政は致し方ない。しかし、日本政府は
壊滅していない、機能している。

 重光は、「ポツダム宣言は、日本政府の存在、即ち日本の主権の存在を
前提にしている。従って軍政を敷くことはポツダム宣言を逸脱するもので
ある」とマッカーサーに迫った。

この重光の主張に対して、遂にマッカーサーは、軍政の布告を取り下げ
る、と答えたのだ。このようにして、昭和20年9月以降も、我が国政府は
機能し続ける。
  
 仮に軍政が敷かれておれば、日本国政府への国民の信頼はなくなり、日
本人は植民地の民の如く白人の異民族統治のお家芸である「分割統治」
(デバイド アンド コントロール)のもとで「異民族の支配者」に媚び
へつらって恩恵を受けようとせざるを得なかったであろう。日本人は徹底
的に植民地の被支配民となったであろう。

それは、イギリス軍に支配された体験を綴った「アーロン収容所」(会田
雄次著)に書かれたおぞましい世界である。
  
なお、分割統治とは、例えば少数者に特権を与えて多数者を支配させるこ
とである。このように、被支配者を分断して利害が相反する構造にしてお
けば、両者が一致団結して抵抗するという面倒なことは起こらない。これ
が白人が学んだ異民族支配の方策である。
  
イギリスは、ビルマで大多数のビルマ族を少数民族に支配させた。独立し
たビルマがミャンマーになった今も少数民族との武力衝突が続いているの
は、イギリスのこの分割統治という植民地支配に原因がある。

また、イギリスやオランダは、東南アジアでは、少数の華僑に経済を支配
させて大多数の現地民を支配した。この華僑の経済的特権構造は、今もこ
の地域の政情不安の原因になっている。
  
この白人のアジア統治のやり口を観て、我が国での「軍政」が仮に実施さ
れたらどうなったかを考えるならば、あり得べきは、少数者の朝鮮人に特
権を与えて多数者の日本人を支配させるやり方である。

事実、敗戦直後は、朝鮮人が「敗戦国民」の日本人に対してGHQの威光
を背景にかなり威張っていたと、その当時を知る人から聞いた。マッカー
サーは、軍政を敷こうとして、朝鮮人と日本人の分割統治方式を頭に描い
ていたのかもしれない。

この我が国の屈辱であり、民族の本性を歪めるおぞましい異民族による軍
政。これを断固として止めさせたのが重光葵である。

それは終戦直後、戦時中に鈴木貫太郎の敵対勢力つまり徹底抗戦を強硬に
主張していた者ほど、マッカーサーの力にひれ伏して占領軍様に従順な忠
犬の如くなっていた時期である。

この時、敢然とマッカーサーに抗議して軍政布告を取り止めさせた重光葵
は、やはり真の外交官、つまり、礼服を着た戦士であった。

以上、本日は、我が郷里の堺に生まれた鬼貫こと鈴木貫太郎と重光葵が決
死の思いで何をしたのかを書いた。これからも、8月15日以降の戦いを忘
れないために、「8月15日の後」を時々書いていきたい。

それは、日本と日本人の戦前と戦後の連続性を自覚すること、つまり、日
本を取り戻すことに繋がっていくからである。

2013.08.25 Sunday name : kajikablog



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母方のルーツを求めての信州への旅
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           古澤 襄

私の父方のルーツは12年間の歳月をかけて解明したが、信州の母方のルー
ツはまだ解明できていない。3年前の夏、次女を連れて千曲市の市役所を
訪れたのだが、「明治時代に上山田の大地主だった山崎家のことを知りた
い」と無理な注文をした。だが、親切な女性職員が雲を掴むような話を調
べてくれた。

「それなら千曲市上山田町の新山地内にある”桔梗寺”が古いお寺ですか
ら、そこで調べたら・・・」と言ってくれた。

桔梗の寺・・・信州七草寺霊場のひとつで天正3年(1575)に真言宗の僧
祐昌庵主によって創建され、慶長年間に寺号を「見性」に改めた曹洞宗の
古刹。450年近い歴史を刻んだお寺である。

この時は調査が不発に終わったが、思い切って古刹・見性寺に電話をして
みた。大黒さんが出てきて「新山地内には山崎姓が多いのですが、名前は
分かりますか」と言う。母の従兄に当たる善兵衛さんの名前を告げたら
「ああ、それなら漆原の山崎家です。檀家総代をして頂いた旧家です」。

ルーツ探しは、こんな偶然から糸がほぐれてくる。父方のルーツ探しの
きっかけは父の小説「びしゃもんだて夜話」から、小説と事実の解明から
始まった。

母方のルーツ探しは母の小説「碧き湖は彼方」の一節から始まった。私に
とって実の祖父は、この上山田の旧家・山崎家から上田の木村家の一人
娘・静司のところに婿入りしてきた。明治43年の話である。

しかし祖父は大酒飲みだったので、2年で離縁となっている。だから母も
実父の顔を知らない。

 <それは(実践女子大の英文科の)予科の1年の夏休みだった。杏子
は、レポートを口実に、はじめて独りで、10日間をこの温泉宿ですごし
た。それを知った老女が、どうしても杏子に逢いたいと言って、車を迎え
によこしたのだ。>小説「碧き湖は彼方」の一節である。

 母が18歳の時にすごした温泉宿はどこなのか?。山崎家の”ご隠居様”、
母の小説に出てくる”老女”とは誰なのか?。3年前には雲を掴む話だった
のが、いまはかなり解明されている。

この29日に私は信州に一人旅に出る。私のブログを読んだ山崎家の当主・
善彦さんが雲を掴む話の謎を解いてくれた。善彦さんは私と血が繋がる再
従兄弟。この1年余りはメールでのやりとりだったが、初めて再従兄弟が
膝を交えて話し合うことになった。

そのうえ、私が泊まる宿は母が18歳の時にすごした温泉宿・荻原館を予約
して戴いてある。胸が躍る思いで来週の信州旅行を待ちこがれている。3
年前の杜父魚ブログの記事を再掲してみた。

 <「直指人心 見性成仏」の見性寺 古沢襄>

 骨髄腫で余命3年と告知されてから7年が経つ。われながらしぶとく生
きているという思いがするが、それだけ先の寿命が短くなっているのは否
めない。不思議なもので先の寿命が短いとなると一日を生きるのが大切に
なる。あれをしておきたい、これもしなくてはならぬと健康な時よりも忙
しく走り回る日々が続いている。

とはいえ、一人では好きな旅をすることが出来なくなった。2人の娘のど
ちらかが旅の介添えについてきてくれる。40歳台を迎えた2人の娘は家庭
を持っているが、亭主殿たちは妻の実家の父親の我儘を許してくれてい
る。それどころか実家に揃ってやってきて、晩酌に付き合ってくれている。

今年は例年になく体調がいい。6月は作家の高橋克彦さんと公開の対談講
演会をすることになったが、3泊4日間の東北旅行に介添えなしで一人で
出掛けた。

無事に旅行を終えて気が緩んだのであろう。上野駅で常磐線のホームに行
く下り階段で転落して大怪我をしてしまった。頭を打ち、左腕に激痛が
走って、眼鏡が飛んで血だらけになる醜態を演じてしまった。

いよいよ年貢の納め時がきたと階段下のホームで倒れていたら、孫のよう
な若い娘さんが抱き起こしてくれた。何人かの人が駆け寄ってくれてくれ
ている。荒んだ世の中だと考えてきたが、日本は捨てたものではないと若
い娘さんが出してくれた濡れたテイシュで顔の血を拭ってお礼を言った。

それから1ヶ月、病院の整形外科通いだったが、傷が癒えるとまたぞろ信
州旅行に出掛けた。どの道、先の寿命が短いと観念しているので、生きて
いる中にやることはやっておきたいと開き直っている。その強気が私の寿
命を延ばしているのかもしれない。

 今度は次女が介添えに付いてきてくれた。小さな会社の経営者だから娘
の都合に合わせての信州旅行になったが、思った以上の収穫があった調査
旅行になった。

その夜は上田市の温泉ホテル「?園」で父娘ふたりだけの祝宴となった
が、4合ビンの冷やの地酒を2本飲んだ。次女も生ビールの大ジョッキを
2杯。仕上げに2人でワインを飲んで、お開き。

 翌日、帰ってきたが体調がすこぶる良い。1泊2日の旅行だったので、
調査がすべて出来たわけでない。昨日は思い切って上山田町新山にある古
刹・見性寺に電話をしてみた。

 私の母方の祖父は、この上山田から上田の旧家の一人娘のところに婿入
りしてきた。明治43年の話である。しかし大酒飲みだったので、2年で離
縁となっている。一人娘の祖母との間に生まれたのが母。その祖父の消息
を探る旅だった。千曲市役所の戸籍係に雲を掴むような調査を汗をかきな
がらお願いしたら、祖父は離縁後に京都に行って、その地で昭和9年に没
していた。

それなら祖父の墓は京都にあるのではないか。しかし母・真喜は実践女子
大の英文科を卒業して間もなく上山田にある実父の墓を詣でたと小説「碧
き湖」に書いている。小説はフィクションなのだろうか。謎解きは終わっ
ていない。

いずれにしても祖父の実家の菩提寺を探し当てるしかないと、次女との祝
宴で語り合った。千曲市役所の調査で祖父の実家が千曲市上山田町の新山
地内にあることが分かった。後は新聞記者のカンである。新山地内にある
お寺をグーグルの航空地図で探して見当をつけた。

 明治時代には上山田村の大地主だったという亡母の証言を手がかりに一
番可能性がある古刹・見性寺に思い切って電話をしてみた。「新山地内に
は山崎姓が多いのですが、名前は分かりますか」と電話に出た人は、初老
を思わせる丁寧な応対をしてくれた女性。

名前を告げると「ああ、それなら漆原の山崎家です。檀家総代をして頂い
た旧家です」。案ずるは生むに易し、謎解きが一気にほぐれた。

それを上田市にいる従弟に知らせたら「直指人心 見性成仏(じきしにん
しん けんしょうじょうぶつ)の見性寺です」と教えてくれた。「一点山
玉泉寺物語」という寺史を書いた私だが、見性寺の由来は知らないできた。

あらためて勉強してみると「直指人心 見性成仏」は「禅」の特性を表わ
す代表的な語だという。座禅を組んだこともなく、菩提寺の広間で昼寝す
るしか能がない怠け者の私だから、親友の全英和尚もあえて教えてくれな
かったのだろう。

 「直指」とは、直ちに指すこと。文字、言葉などの他の方法によらず、
直接的に指し示すことをいい、「人心」とは、感情的な「心」ではなく、
自分の心の奥底に存在する、仏になる可能性ともいうべき本心・本性・仏
心・仏性といわれるものだという。

 「見性」の”見”とは、ただ物を対象的に見るのではなく、対象そのもの
になり切る、一体、一枚になること。”性”とは、直指人心、すなわち、仏
心仏性を意味する。

 「成仏」とは、世間でいう死ぬことではない。仏陀(覚者)になるこ
と、覚った人間になることで「見性成仏」は、すなわち、自分の奥底に存
在する仏心仏性になり切って、真実の人間になることだという。あらため
て気がついたのだが、全国に見性寺というお寺がかなりある。

 有り難いことには、文字も、言葉も、経験も、祖師も、坐禅も、すべて
覚者になるためには不必要だ! 自分の心に向かって究める以外に法はな
い、と教えている。怠け者の私にとって、まさに天の声。秋になったら、
上山田の見性寺を訪れようと心に決めている。(杜父魚ブログ 
2010.08.05 Thursday name : kajikablog )
2013.08.24 Saturday name : kajikablog



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池田王国の臨終(中)
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     平井 修一
  
1953年、志茂田景樹少年と1951年に第2代会長に就任した戸田城聖は会っ
たのだが、そのころには戸田はかなり体調を崩していたようだ。就任以
来、戸田は悲壮な決意で75万世帯へ信者を拡大する「折伏大行進」の先頭
に立っていた。

当時を知っている古参幹部は、<(戸田先生は眉間から)メラメラと火が
噴きだしているみたいな気迫でしゃべるのさ。信心の塊みたいなお方だっ
た>と回顧している。しかし、病魔に侵されていき、<会長になられたば
かりに身も心も消耗しつくして、お体なんか、亡くなる何年も前からボロ
ボロだったのよ、心臓、肝臓をやられて、喘息、リューマチも>という状
態だった。

志茂田が見た時の戸田はすでに体力も落ち始めていた頃で、また、会長で
はあっても派閥抗争から後継指名もできないという苦しい時期だったよう
だ。志茂田の回想。

<思い浮かべたのは、死の床で自らの命を敗北のなかで完結させざるをえ
なかった孤独な折伏の鬼の姿であった。思えば(1953年の)あの夜、わた
しに「坊や」と声をかけた戸田城聖はすでに自滅への道程から逃れようと
する気迫も体力も失って、ただ一般会員の心とふれあうことを唯一の支え
として生きていたのかもしれない>

戸田は「信仰で病気は治る」と言って折伏していた手前、病院にかかるこ
ともできずに1958年4月に病没した(58歳)。強引なやり口から批判も浴
びたが、75万世帯折伏を達成しての「折伏鬼」の戦死だった。

●池田大作の登場

戦後の戸田の事業にかかわっていたのが池田大作だった。池田が戸田の折
伏で入信したのは1947年8月で、その席にいた古参会員の話。

<大(だい、池田大作)ったら、痩せこけて昼間出た幽霊みたいな姿で連
れてこられて、いうことだけは、ゲーテがどうの、西田幾多郎がどうのと
小賢(こざか)しげでしょ。だから戸田先生が、小説読んで腹が満腹にな
るか、哲学やって病気が治るか、ってどなられたのよ。

この肺病ったかり、陰気小僧、信心しなきゃ死ぬぞ、って戸田先生にびし
びしやられて(池田大作は)シュンとなってうつむいて。どうにもならな
くなって信心したのよ>

池田大作の出自について。

<池田は昭和3年(1928)東京・大森海岸の海苔とりの5男として生まれて
いる。15年に高等小学校に入ったが、貧しい家計を助けるために新聞配達
をするほか、父親の海苔とりを手伝わなければならないありさまだった。
戦後は文選工の見習いになり、そのときに創価学会入りしたのである。
(池田の姉の話)「弟とは肉親ともきょうだいとも思っていません。いま
は赤の他人同然です」>

入信したころの池田は病苦と貧苦に喘いでいたようだが、信仰心は生涯全
くなかっただろう。戸田と創価学会に立身出世の運命をかけたのだ。

信仰心と「教団、社会における栄達」は別物で、小説「赤と黒」(1830
年、スタンダール著)の主人公は出世のために聖書を丸暗記したが、信仰
心は全くなかった。そういうことは昔からあり、本質的には事業家であっ
た戸田城聖にしても信仰心があったかどうかは分からない。ビジネスとし
て宗教を見る人は今でも少なくないはずだ。

池田大作は戸田の事業に密着することで戸田の片腕になっていった。貸金
業では数人の青年部員を連れて債権取り立てという荒仕事もした。押しも
きき弁もたつ有能な社員だったろう。古参幹部の話。

<戸田先生は池田先生のことを、大よ大よ、と親しみをこめて呼んでおら
れた。けどそれは池田先生が戸田先生のやっておられた出版社や金融会社
で働いておられたし、信心活動のときも仕事の延長で、カバン持ちのよう
にいつもぴったりくっついていたから便利に思われて、ご用事をお言いつ
けになっていただけのことさ>

池田はやがて派閥抗争の中、出世の階段を昇り、参謀室長、会長代理職の
総務へと進む。この間に公職選挙法違反(買収)の疑いで逮捕され勾留、
起訴され、池田大作の学会における知名度は大いに高まった(1957年、判
決は無罪)。この「大阪事件」の際に池田を担当した元刑事の話。

<K署におったときのことや。わし、池田大作を取り調べたでえ。あの
男、まだ30になる前やったと覚えとるが、えろう強情で手え焼かされた
わ。連中は口が固くて往生したわ。調べて分かったんやが、池田を絶対に
有罪にするなちゅう戸田の厳命が出とって、関係会員はみなこれ(箝口
令)になってたんやな。

創価学会は日本中を折伏して国民に朝晩、題目を唱えさせるつもりかと訊
いたら、広宣流布など必要ありません、だと。わしが広宣流布ちゅうもん
本気に考えとんなら革命や、世の中ひっくりかえすことと同じやないかと
つっかかったら、広宣流布は絵に描いた餅です、と言いよったでえ>

広宣流布とは布教のことで、学会によれば「仏の悟りである正法を人々に
流布し、万人を仏の境涯に導くことこそが仏法の目標です。“日本国の一
切衆生の盲目をひらける功徳あり”、広宣流布こそ日蓮大聖人の根本精神
です」という。池田は学会が信奉する日蓮大聖人の根本精神、広宣流布や
日蓮正宗そのものもどうでもいいのであり、「学会は自分の栄達のための
手段」でしかないのである。

戸田の意向がどうであったかは知らないが、戸田亡きあと、池田大作は
1960年5月、32歳の若さで創価学会第3代会長に就任した。理事の石田次男
を会長に推す幹部ら200名が直後に脱会したから、派閥抗争が激しかった
のだろう。

●池田教の完成と終焉

池田が会長になってからのもろもろのことはスキャンダルを含めて広く紹
介されているので、今さらここに記すまでもないだろう。

よく知られているように創価学会は日蓮正宗(本山は大石寺)の「講」、
すなわち信徒団体として発足した。池田は会長就任以来、大石寺に毎年数
億円を寄進し、信徒のトップである「講頭」として公認されていた。

<しかし創価学会がしだいに池田を神格化し、池田を教祖とする新興宗教
の様相を帯びてきたため、日蓮正宗との間で次第に対立が激しくなり、
1991年11月、創価学会は日蓮正宗から破門されて「宗門」と「信徒団体」
という関係は消滅した>(ウィキ)

小生は真言宗の寺の檀家だが、信者というほどではないものの、寺を守り
発展させていくのが檀家や信徒だとは心得ている。寺は「主」で信徒は
「従」だ。それを信徒代表が、自分の言いなりにならない、自分を縛るか
らと言って「クソ坊主め、誰のおかげで大きくなれたと思っているんだ」
などと寺と喧嘩するなど狂気の沙汰である。

寺から破門されて池田は清々したろう。そうなるように仕掛けてきたのも
池田だった。ここに創価学会という母胎からモンスター池田を教祖、独裁
者とする「池田教」が完成したのである。池田は63歳だった。(この項続
く)(2013/08/25)



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洪水で「ワニ数千匹が脱走」!?
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        西見 由章

8月中旬から続く豪雨で中国各地に洪水被害が広がるなか、ネット上では
虚実入り乱れた情報が拡散し、混乱を招いている。「死者・行方不明者が
3千人を超えた」。「養殖場からワニが数千匹逃げ出した」。まことしや
かな情報に振り回されるネットユーザーたち。背景には、情報統制が行わ
れている官製メディアや行政当局への根深い不信感がある。

「犠牲者3千人」

中国では8月14日ごろから続く豪雨で洪水被害が相次ぎ、死者・行方不明
者が少なくとも230人を超えた。そんな中、中国版ツイッター「微博(ウ
エイボー)」で18日、あるユーザーが「遼寧省撫順市では死者・行方不明
者が3千人を超えた」として救援を呼び掛け、被災地の写真を掲載。ネッ
ト上では瞬く間にこの情報が広まった。

共産党機関紙の人民日報系サイト「人民網」は22日、この情報を打ち消す
かのように、市政府担当者の話として「確認されている死者は63人、行方
不明者101人」と報じ、ウエイボーの情報がデマであることを示唆した。

「ウエイボーで発信したアホはどうやって犠牲者が3千人と分かったん
だ?他人の言うことを何でも信じるな」。ネット上では人民網の記事を支
持する意見が出る一方、反発の声もわき起こった。

「ネットがデマを飛ばしたと言ってるが、ならばお前たちは事実を公表し
ているのか?朝から晩まで耳障りのいい話だけ報じてもダメだ。お天道さ
まは怒っているぞ」

「私は現地住民だ。3千人という数字は信じないが、少なくとも犠牲者は
600人はいるだろう。本当に大災害だ」

果ては「政府の情報は民間人より不正確だ」との意見まで出る始末で、
ネット民たちの不信感は尽きない。

中国のテレビ局が外国の災害を詳報するワケ

今月17、18日には別のウエイボーの利用者が、広東省普寧市の浸水の様子
をとらえた写真を次々とアップ。女性の水死体が放置されたまま水中を
漂っているショッキングな画像も含まれ、大きな反響を呼んだ。

これに対し、北京紙・新京報は現地の市当局者の話として、「女性の遺体
の情報はまだ把握していない」とのコメントを紹介。「政府が救援に力を
尽くしていない」とのネットユーザーの批判に対しては、「現地では多く
の人員が救助活動にあたっている」とする目撃者の話を伝えた。

ネット情報の“火消し”に躍起な既存メディアに対し、国内の被災状況を伝
える報道の少なさにも批判が集まった。特にやり玉に挙げられたのが、国
内の代表的な映像メディアである中国中央テレビ。

「実は『アメリカ中央テレビ』だったのではないか」。同局は普段、米国
など海外の災害や事件事故の報道には力を入れていることから、こう皮肉
られた。

「なぜ中国中央テレビの記者は、わざわざ海を渡って危険を冒し、(中国
の災害は無視して)アメリカのハリケーン被害を追うのか」。ネットユー
ザーの推測によれば、考えられるいくつかの理由は以下の通り。(1)高
尚な国際主義(2)崇高なジャーナリズム(3)今年の予算をまだ使い
切っていない(4)アメリカの荒探しに絶好の機会だから−。

最後に挙げられた理由は痛烈だ。(5)中国の指導者たちに見せるため。
なぜなら彼らの子弟はみな、アメリカに住んでいるから−。

ワニの脱走騒ぎ

一方、広東省スワトー市のネットユーザーたちが今月18日以降に発信した
情報は、現地にパニックを引き起こした。ダム下流にあるワニ養殖場を洪
水が襲って数千匹のワニが逃げ出し、人を襲っているとの情報が拡散した
のだ。

市当局はすぐにネット上で「そうした事実はない」と打ち消したが、人民
網は20日、「少なくともワニ二十数匹が逃げ出し、うち19匹が捕獲され
た」との養殖業者の話を伝えた。

 人民網によると、現地では18日未明からダムの急激な放流などによ
り、養殖池の外壁などが崩壊。池で飼っていたシャムワニ(最大で体長約
4メートル)の一部が逃げ出した。ワニは食材用などとして養殖されてい
たという。

 ただ養殖池には全体で1万4千匹余りいたとの報道もあり、ネット上で
は「逃げたワニは本当に二十数匹だけか」と疑念が広がっている。人民網
は人的被害を否定しているが、「人が襲われた」との発信も後を絶たない。

デマ流すと逮捕も

ネット上にウソと真実が錯綜(さくそう)するなか、意図的にデマを流し
た人間を摘発する動きも出ている。21日の人民日報(電子版)によると、
北京の公安当局は騒乱挑発罪で、ネット関連企業に勤務する男(30)ら4
人を逮捕した。

報道によると、男らは2011年7月に浙江省温州市で起きた高速鉄道事故に
関して、ウエイボーに「外国人の犠牲者には補償金として破格の2億元
(約32億円)が支払われた」と書き込むなど、数々のデマをネットで発信
し続けた。男らは動機について「フォロワーを増やしたかった」と説明し
ているという。

こうした故意のデマを取り締まる当局の動きに対してはネットユーザーの
間で支持する声が多い半面、警戒感も広がっている。 

さきの豪雨被害に関しては、こうした書き込みも見られた。

「政府が発表するあらゆるデータを疑うことは許されない。さもなければ
“デマを飛ばした”とレッテルを貼られてしまう」

産経ニュース2013.8.25 【中国ネットウオッチ】



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話 の 福 袋
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 ◎振り込め詐欺、未成年摘発急増 バイト感覚で「出し子」

【津田六平】振り込め詐欺事件で摘発される未成年の若者が急増してい
る。大半が「出し子」「受け子」と呼ばれる金の引き出し役や受け取り役
だ。今年に入って過去最悪ペースで増える被害を、小遣いほしさの少年た
ちが助長する構図が生まれている。

「稼げる仕事をしないか。月70万円くらいになるぞ」

 東京都内の少年(17)は遊び仲間を通じて知り合った解体工の男(20)
に誘われた。昨年初めのことだ。男のいう「仕事」とは、振り込め詐欺グ
ループの口座に被害者から振り込まれた金を引き出す役だった。

朝日新聞デジタル 8月25日(日)10時5分配信



 ◎DNA鑑定10年で87倍 人カネ不足、処理追いつかず

【樫本淳】犯罪捜査でのDNA型鑑定の実施件数が急速に増えている。全
国の警察が2012年に行った鑑定は約26万7千件で、10年前の87倍にのぼる。

今年も上半期(1〜6月)に14万件を超え、過去最多ペース。捜査に欠か
せない存在になっている一方、担当する職員や予算は不足気味で、警察庁
は「このままでは対応が難しくなる」と懸念する。

警察庁によると、DNA型鑑定は、容疑者の口内の粘膜や事件現場に残さ
れた血液などを採取し、分析する。12年に実施した鑑定のうち、約11万9
千件は容疑者の資料、約14万9千件が現場での資料だ。

すべての都道府県警で鑑定が行われるようになった1992年の実施数は22
件。年々増加し、02年は3076件、04年に1万件を突破した。その後、年1
万〜5万件台のペースで増え続けている。

警察庁は04年12月から鑑定結果のデータベース(DB)化も開始。全国の
警察とオンラインで結び、新たに鑑定した結果とDB記録を照合し、容疑
者の絞り込みや余罪の確認につなげている。

DBへの登録件数は今年6月末時点で約40万件。12年にDB記録と新たな
鑑定結果が一致したのは8382件だった。
朝日新聞デジタル 8月25日(日)13時36分配信


 ◎新幹線貸し切り恩師の退職祝い…涙声の車内放送

九州新幹線を貸し切りにして、福岡県豊前市の市立千束(ちづか)中の卒業
生ら約260人が、中学時代の恩師の退職を祝うイベントが24日、博多―鹿児
島中央間で行われた。

JR九州が、鹿児島ルートの全線開業2周年記念として企画。かなえたい
夢を公募し、九州内外から寄せられた1539件の中から、同中OBの自営
業、末延(すえのぶ)道尚(みちひさ)さん(31)の案が選ばれた。

恩師は、今春定年退職した同市の木原純子さん(60)。末延さんは「みん
なの母親のような存在。思い出に残る退職祝いを」と同級生らと内容を練
り上げた。

新幹線はこの日午後、車内放送で校歌を流しながら博多駅を出発。車中で
は、車掌の制服を着た木原さんが巡回し、教え子らの切符にスタンプを押
した。食事はコッペパンやオレンジジュースなど当時の給食を再現。

教え子の女性から“卒業証書”を贈られた木原さんは到着を告げる車内放送
で、「経験したことのない喜び。私ほど幸せな教師はいないんじゃない
か」と涙声で感謝を伝えた。
読売新聞 8月25日(日)11時26分配信



 ◎シリアでの化学兵器使用、米が軍事行動を検討か

シリア政府軍は、反体制派が支配していた地域から化学兵器が発見された
と発表しました。しかし、反体制派ではなく、アサド政権側が化学兵器を
使用したと判断しているアメリカ政府は、政権に対する軍事オプションの
検討に入ったとみられます。

シリア政府軍は24日、ダマスカス近郊の反体制派が使っていたという地下
壕でタンクやガスマスクなどの化学兵器関連の物を押収したとして、24
日、外国のメディアにも撮影させました。

シリアでは21日、複数の地域で、化学兵器が使われたとみられ、多くの死
傷者が出ました。欧米の情報機関はアサド政権側が使用したとの暫定的な
結論に達していますが、シリア政権側は使用を否定しています。

こうした中、アメリカのオバマ大統領は 24日、NSC=国家安全保障会
議を開き、ケリー国務長官やヘーゲル国防長官と対応を協議。シリア政権
に対する空爆を含む軍事行動の選択肢について詳細な説明を受け、今後の
介入のあり方について具体的な検討に入ったものとみられます。

これに先立ち、ヘーゲル国防長官は「大統領があらゆる不測の事態に対応
できるよう準備を進めている」と述べました。

オバマ大統領はこれまで、政権が化学兵器を使用すれば、軍事行動も辞さ
ない姿勢を明確にしており、アメリカ政府が介入する可能性が一段と具体
性をおびてきました。(TBS系(JNN) 8月25日(日)11時57分配信)



 ◎【誇れる国、日本(3)】ミサイル防衛より攻撃用兵器の保持 戦争抑
止には現実的な防衛力整備を[ZakZak=夕刊フジ]  2013.08.25

中国は軍事費を20年以上も2ケタ増させ、今や米国、ロシアに次ぐ軍事
大国となった。一方、日本は防衛費を減らし続け、ようやく安倍晋三政権
となった2013年度、11年ぶりに防衛費をプラスにした。そして、来
年度も2・9%増の予定だ。これで2年続けての増額となる。

私は、安倍首相の決断を支持する者だが、中国と競い合うように「防衛費
をどんどん増やせ」といった意見にはくみしない。日本のGDP(国内総
生産)はこの20年間、増減はあるが伸びていない。防衛費だけを突出さ
せるのは疑問で、この先、経済力がついてくれば増額を図るべきだ。

日本の防衛費は専守防衛を基本とする憲法上の制約もあり、効率的に使わ
れていない。「攻撃は最大の防御なり」との言葉があるように、1兆円以
上かけても役に立たないMDシステム(ミサイル防衛)で備えるより、抑
止力としての攻撃用兵器(弾道ミサイルや巡航ミサイルなど)を持つこと
は、安上がりな防衛費で効果的だ。

実は、最も安上がりの防衛兵器は核兵器だが、それには世論の支持が必要
だろう。

以前、台湾の政治家と会談し、中国に対抗する軍事戦略を聞いたことがあ
る。彼は「中国が台湾侵略に着手したら、上海だけを徹底的に攻撃し、破
壊する。台湾にはその能力がある。これこそ抑止力だ」と語っていた。

相手の攻撃をためらわせる十分な反撃能力を持つことが抑止力というの
は、日本以外の国際常識である。日本の領空・領海を侵犯する他国の軍用
機や船舶が絶えないのは、「どうせ、日本は何もできない」と見透かして
いるからだ。

戦争は軍事のパワーバランスが崩れると誘発される。中国は、チベットや
ウイグル、内モンゴルなどを吸収して拡大してきた。今、その矛先が日本
に向かってきている。

領土・領海を守り、悲惨な戦争を二度と起こさないためにも、台湾のよう
に、日本も攻撃されたら北京だけを徹底的に破壊する戦力だけを持てばよ
い。そのような現実的な防衛力整備を考えるべきだろう。

安倍政権は、海上自衛隊の救難飛行艇「US2」をインドに輸出する手続
きに着手した。フィリピン沿岸警備隊を支援するため、巡視船10隻を供
与する意向も表明した。これからは武器を国産化して輸出もできるように
すれば、防衛産業の発展と防衛予算の効率的使用にもつながる。

「最大の反日国家は『日本』である」と言われている。東京五輪の開催決
定を機に「日本民族の誇り」を取り戻すことを合言葉にし、劇的に減速す
る中国経済を抜き、再び世界第2位の経済大国を目指すべきだ。

そのうえで、国民の3分の2以上が「憲法改正」に賛成になるまで世論を
醸成し、国会で現憲法破棄を決議し、自主憲法を制定すべきだ。膨張する
中国と、暫時撤退をしていく米国の力の空白域を埋めることが、日本に課
せられた使命であり、日本の繁栄が東アジアの繁栄と平和に貢献すること
である。

■元谷外志雄(もとや・としお) 石川県小松市生まれ。信用金庫勤務
後、27歳で注文住宅会社を創業し、その後、ホテルやマンション、都市
開発事業などを手がけるアパグループを一代で築き上げる。同グループ代
表。国内外の多くの要人と交友関係があり、政治や経済、軍事に関する知
識も豊富で、社会時評エッセーも執筆する。著書に「誇れる祖国『日
本』」(幻冬舎)、「報道されない近現代史」(産経新聞出版)など。

〔情報収録 − 坂元 誠〕



 
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反     響
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 1)皆さまのご一読と併せ、多くの方にもお知らせください。
図書館へのリクエストなどもお願いします。


推奨本『日本のロケット/真実の軌跡』

(宮川輝子著/ルネッサンスアイ/1500円+税)

*本書は単にロケットに関わる内容だけでなく、日本人本来の凛々しい生
き方、志操の確認であり、日本人本来の強さと自信を取り戻すための、ア
イデンティティ回復を示唆するものでもあることを確認したいと思います。

先日、私は家内と一緒に友人である宮川輝子女史(環境公害研究所主宰)
宅を訪れた折、女史より新著(表記)をご紹介いただいた。早速帰宅後、
気持ちが惹かれて一気に拝読、久々の感動と清涼感に浸ることができた。

本書を貫くそれは、1に「もの作り」(ロケット開発)に命を捧げた亡
夫・科学者宮川行雄氏の戦前戦後を生き抜いてきた男らしい生き様と国策
貢献であり、2に「どうしてもこの本を書かねば・・」という女史の信念
と動機にある。

ついでに付け加えれば、現象世界における人の成功を喜ばない人間のやっ
かみや、毀誉褒貶、隣国人を笑えない小賢しさ、あるいは無知と偏見・・
マスコミの堕落の種々相であろうか。

女史は「はじめに」でこう書かれている。「私はこの本を出版するために
生まれてきたのかもしれない。私だからやらなければならない。私にしか
できない・・・」と。私がこの本に惹かれた理由も、このひとことで察し
がつくであろう。

宮川行雄、大正13年(1924年)2月、青森県弘前市生まれ。昭和17年、当
時“身震いするような秀才の集まり”といわれた東京帝国大学工学部機械工
学科に入学。その猛勉強ぶりは学習履修表でうかがわれる。

新聞で目にする「ロケット開発」というも、宮川氏をはじめとする人達に
よる膨大な知識と研究研鑽の成果であることを知る。宮川氏もその隠れた
逸材の一人であったが、一方で小惑星探査機「はやぶさ」がのちに「イト
カワ」と命名されるようになった背景は“真実ならざる現象世界の一端”を
物語るようで、皆様にも共有していただきたい。

宮川行雄氏が所属していた航空宇宙技術研究所のH液体燃料ロケットと、
バズーカ砲のレプリカ、ペンシルロケットを祖とする東大宇宙研(糸川英
夫氏)の固体燃料ロケットとは、まったく別のものであるという。東大宇
宙研のなかにも、マスコミ、その影響を受けている一般国民の多くも、そ
の違いを認識していない。

過去、大きな推力を持つ液体燃料ロケットの研究開発の本流を支えてきた
のは行雄氏が所属してきた科学技術庁・航空宇宙技術研究所の科学者、技
術者達であった。個体燃料ロケットの技術は既に戦前から、わが国でも高
い技術を有していた。

戦艦「大和」に搭載された43センチ砲がその証左で射程46kmともいわれ
た。(昭和30年より国策として正式スタートしたロケット事業は、今でこ
そ宇宙航空研究開発機構[JAXA]に一本化され、開発研究から利用までの一
貫体制が整ったが、組織一本化の途中には、東大宇宙件研の介入による雑
音で悩まされたという。

あるパーティーで輝子女史が糸川英夫氏と偶然隣り合わせになり、「私は
宮川行雄の家内でございます」と挨拶したとき、“糸川氏は急に固まっ
て、その場からそそくさと立ち去った”という不思議なエピソードは一体
何を物語るのであろうか?・・本書の面白いところでもある)

不思議なことは、ロケット史が語られるとき、なぜかこの事実が無視され
るという。

「ペンシルロケットが徐々に技術を向上させて、ロケットが大型化して
いった」というかたちでNHKも放映している。そういえば私も昔、そのよ
うに聞いて理解していた。だとすれば、国民は壮大なウソを思いこまされ
てきたことになる。

「糸川伝説を感動ドラマとして語り継がねば・・・」という謎の理由でも
あるのだろうか?それは吉田松陰先生のいう「狂愚」の「愚」に通じるあ
るものが・・・?

本書はロケット開発の本流を明かしてくれる。そして宮川氏が、地味なが
らも重要なロケットエンジンに用いられる液体酸素、液体窒素ターボプン
プ支持軸受の潤滑法研究の隠れた大家であり、H?、H?ロケットエンジンの
実現と、飛翔成功率向上に、いかに貢献したか計り知れないものがある。
(詳しくは本書参照。ドラマ性もあってズンズン引き込まれる内容である)。

ついでに、宮川行雄氏が書斎でメモを置いて考え込んでいる姿は、厳粛な
雰囲気が漂っていて、声をかけられないような、近寄りがたいものがあっ
たという。古来、啓示とか、天来からのインスピレーションとは、人間意
識の集中と静謐のなかに聴こえてくるのであろう。そこには真実に迫ろう
という人間精神の眞も不可欠であるが。天才が思考中、やたら声をかけた
りして、思考の邪魔をしてはいけないことも教えられる。

かくしてロケット開発で疾風の如く走ってきた行雄氏も、平成4年5月、68
歳の人生を閉じた。輝子女史は平成25年8月24日、弘前市にある宮川家の
お墓に詣で、行雄氏とご先祖の御霊に出版の報告をされたという。本書は
輝子女史の教養に満ちた筆力もさることながら、亡夫行雄氏の国策事業に
かけた献身を側で見、肌で感じてきた女史と行雄氏との、時代を超えた清
らかな夫婦愛の物語でもある。



*糸川英夫氏に関わる真実も書で確認いただきたい。

*過般の戦争原因に関わる女史の健全な想いもうかがわれます。

*戦後の目覚ましい科学技術、産業の発展を支えてきたものは、戦前の優
秀な先人達が蓄えてきた遺産に寄るものです(随所に紹介)。今の我々大
人たちは、果たしてどういう遺産を、子や孫に残すのでしょうか? 

*本書は、これからの将来ある高校生、大学生、20〜30代の若者にもぜひ
読ませたいというのが私の正直な実感と想いです。とりわけ理学、工学の
道を目指す若人は、日本人がいかにモノづくりの分野で、欧米に比肩すべ
き高い独創性を有する民族であるかなど、大事なことを学び奮起すると確
信します。

*宮川輝子女史との連絡を希望される方は濱田が中継ぎ可能。遠慮なくど
うぞ。<濱田 實>



 2)「偏向マスコミへの公憤」伊勢 雅臣を読んで。

まったく問題にされませんが、このころ竹中平蔵元日本国国務大臣が李韓
国大統領の政治的顧問になっていたことです。私はこのころの対日政策が
余りにも見事に日本に浸透したのは、竹中氏のツボを押さえたバックアッ
プが在ったからだと思っております。韓国のロビイストだったと。
                       (MOMO  岡山) 


 3)アメリカは、ほとんどすべて民営化。監獄も。

 豪州はライフラインの民営化で、コスト削減のため、電気など事故が起
こった。

(電線の上に埃がたまり、火花が散って、その辺り停電など。)

英国でも発送電分離がおこなわれたが、する前と比較すると 電気のロス
が多いという。



TPPは小泉構造改革の総仕上げーーアメリカ?に国力を提供することだ
が、国防をアメリカに頼る日本は国防費の一部だと割り切るしかない。

米を護るためには、日本国民がお米を食べればよいーーーパンもパスタも
米粉を使う!

 ミャンマーは英国の植民地だった。グローバリズムは、売春を援助交際
と言い変えるが如しの、世界支配の植民地主義にほかならない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『三橋貴明の「新」日本経済新聞』 2013/08/26

●再生可能エネルギー固定価格買取制度の「闇」
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-11596703871.html

●政商たちの真実
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-11597408571.html

●続 政商たちの真実
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-11598060068.html


間もなくミャンマー取材を受けて書き上げた「ミャンマー 驚きの素顔 
【現地取材】 アジア最後のフロンティア」が発売になるのですが、本書
の中で「ミャンマーの所得格差」を取り上げた章があります。

とにかく、ミャンマーの格差は途轍もなく、中国や南米とジニ係数で争え
るほどに国民の所得に開きが出ています。もっとも、ミャンマー政府は碌
に統計を取っていないので、ミャンマーの正確なジニ係数は誰にもわから
ないのですが。

ヤンゴンの街を自動車で通ると、ボロマンションが密集する貧困地帯と、
道路一つ挟んだところに「大豪邸」が建っているのを見かけます。それは
もう、日本では絶対にありえない規模の大豪邸で、豪奢な庭園に巨大な
プールがあり、

「こ、ここは、ビバリーヒルズか・・・?」と思いたくなるほどです。
もっとも、ビバリーヒルズは「地域」として富豪やハリウッドスターの豪
邸が集まっているわけで、道路の向こう側に貧困地帯があったりはしない
でしょうが。

ちなみに、かのアウン・サン・スーチー氏が幽閉されていた邸宅も、かな
りの大豪邸です。もっとも、スーチー氏の邸宅はお父さんのアウンサン将
軍(ビルマ建国の英雄)から受け継いだものなのですが。

ミャンマーの「極端な所得格差」をもたらしたものは、何でしょうか。実
は、「政商」の存在です。政商とは、政治家と結びついたビジネスマンの
ことで、法律等で各種の「既得権益」を保有し、独占的、寡占的に「巨額
の所得」を稼ぐ人々を意味しています。

ポイントは、「政治と結びつき、既得権益を確保する」という部分になり
ます。例えば、ミャンマーでは「輸入」が認可制です。一般国民が勝手に
外国から製品を輸入することはできず、政府(というか、軍官僚)の許可
が必要だったのです。

軍官僚に取り入り(当然「賄賂」を使います)、ミャンマーへの製品輸入
の権利を獲得した一部の政商が、独占的に輸入業を営むことで、巨万の富
を築き上げたという話です。何しろ、政府の認可が無ければ輸入業を営め
ませんので、政商は軍官僚と「巧くやる」ことで、いわゆる過剰利潤を獲
得し放題になります。もちろん、認可を出した軍官僚の方も、大いに個人
の所得を増やします。

何を言いたいのかと言えば、ビジネスで過剰利潤を上げるには、「独占的
構造」を築くのが最も手っ取り早いという話です。特に、「必需品」の市
場において独占的構造を作れれば、言うことはありません。

例えば、医薬品はミャンマー国民が生きる上で、必須の製品です。この種
の必需品の輸入まで、ミャンマーは認可制でした(今は変わってきていま
すが)。ミャンマー国民は、「この医薬品を使わなければ、死ぬ」と言う
形で「選択肢がない」状況で、特定の(政府から認可を受けた)政商から
購入するしかないわけで、二重の意味で選択肢を奪われてしまいます。そ
れはもう、政商側は笑いが止まらないでしょう。

この「消費者(国民)側に選択肢がない」状況を打破するものこそが、本
来は「市場競争」のはずなのです。ミャンマー政府が輸入認可制を停止
し、ミャンマー国民であれば誰でも製品を輸入できるようにすれば、「市
場競争」の働きで政商が過剰利潤を得ることは不可能になります。

ところが、アメリカや日本の新自由主義者、構造改革主義者たちは、まさ
に上記の「市場競争」をお題目に、ビジネスの独占的構造を築き上げよう
としてくるため、厄介なのです。

例えば、「水道事業を民営化し、市場競争を導入しよう」「発送電分離を
行い、発電分野に市場競争を導入しよう」などのレトリックが典型になり
ます。

水道や電気などの公共財とは、国民の選択肢がほとんどないが故に「公
共」財なのです。例えば、水道事業の民営化が行われ、「水道株式会社」
が料金の値上げをしてきたとき、国民側に「他の水道会社から水を購入す
る」という選択肢はありません。何しろ、水道を供給するインフラを別個
に整備するには、とんでもない投資が必要になります。

あるいは、発送電分離後に発電会社のM&Aが進み、次第に「独占」が構
成されてしまうと、やはり国民は「選択肢」がない形で、高い電気料金を
支払わされることになります。

そもそも、公共財の分野には「市場競争」は向いていないのです。

何しろ、国民側に財、サービスに対する選択肢がほとんどありません。

しかも、政府が民間の公共財供給会社の料金を規制しようとすると、会社
側は「利益」を上げるために、インフラ整備のコストを削ってくるでしょ
う。そうなると、提供されるサービスの品質が落ち、インフラの老朽化が
放置され、国民は不便を被ることになります。ところが、国民側に「別の
会社」からサービスを購入する選択肢はないのです。

などと書くと、「彼ら」は、「ならば、料金を簡単に値上げできないよう
な形で、さらにインフラ投資を十分に行わせる形で民営化しよう」など
と、意味不明なことを言い出します。まずは「Aという民営化、規制緩和
をしよう」と持ちかけ、「いや、Bという問題が発生するからダメだ」と
反論すると、「ならば、Bという問題が発生しない形で、Aを実施しよ
う」と言ってくるわけです。

例えば、「TPPに参加しよう」⇒「TPPは○○という問題が発生するか
らダメだ」⇒「ならば○○が起きないように交渉し、TPPに参加しよう」
といった感じです。彼らに対し、「いやいや。そもそもなぜAという民営
化、規制緩和を実施し、TPPに参加しなければならないんだ? 

一体全体、国民に何のメリットがあるんだ?」という、根本的な反論をし
ていかなければならないわけです。その際の反論用の「アイテム」は複数
あり、例えば「経世済民」であり、「安全保障」であり、「経済成長」で
あり、「政府はNPO(非営利団体)」になります。

というわけで、今後の三橋は押し寄せる「構造改革」の波に対抗するために、

「経世済民」「安全保障」「経済成長」「政府はNPO」等で反論する本
を立て続けに出していくことになります。


PS
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 「アメリカ格差社会〜グローバル資本主義の悪夢」。
http://www.keieikagakupub.com/sp/38NEWS_SAMPLE
/index_usa_mag_sl.php(情報収録;中山)



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身 辺 雑 記 
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晴天の猿江恩賜公園(北部)を散歩してきた。暑いから散歩者は少ない。
だが、秋は来月の彼岸を過ぎないとこない。それまではポカリをのみのみ
歩くしかない。ダルのコマーシャルにつられて。


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  • ネットを正す会2013/08/27











    ////////////////////////////////////////////////////////////////////////



    渡部亮次郎がまたも盗作し、発覚しました。二度目です。



    渡部亮次郎氏の「素人に内閣法制局長官が務まる理由」(3037号 2012・8・15)は、

    下記の通り明白な盗作でした。

    http://melma.com/backnumber_108241_5876400/



    盗作元は、「黒猫のつぶやき」という弁護士さんが書いておられるブログです。

    この中の、8月8日付けの「法解釈の素人に内閣法制局長官が務まるのか?」を読んでいただければ明白です。

    http://blog.goo.ne.jp/9605-sak/e/d0b459d81c41d9ed767ae6955e6e3c07?st=0#comment-form



    さらに悪どいことに、渡部氏は他人のブログへも投稿していました。

    ご存じの杜父魚文庫ブログです。

    http://blog.kajika.net/?eid=1004659



    なお、盗作元の「黒猫のつぶやき」および、巻き込まれ品格を汚された、投稿先の杜父魚文庫ブログへは、コメント欄を通じてお知らせしてあります。

    杜父魚文庫ブログのほうは、自動的にコメントが表示されないようなので無視されるかもしれません。

    (追伸) 良識ある杜父魚文庫ブログは、現在この盗作文書は削除しております。

    前回の盗作事件同様、渡部亮次郎から謝罪文が届き次第、謝罪文を併記したものを再アップすると思われます。



    渡部氏は、原作者はもとより読者にも、ただちに謝罪すべきです。

    盗作がばれたのは2度目ですよね。



    このコメントが他のコメントで被されても何度でも書き込みますし、

    反省のこもった正式な謝罪が掲載されるまで告発を続けます。



    ///////////////////////////////////////////////////////////////////////



    渡部亮次郎の盗作告発から10日以上がたつが、読者に対する謝罪はない。

    反省は無いものと判断し、前回の盗作、謝罪の顛末を記すことにする。

    こうご期待。



  • 名無しさん2013/08/26

    仏壇とお墓について記述する.まあほとんどは、こんなお墓と仏壇はやめてくれと言う先祖霊の要望ですな!まず仏壇である.

    置く場所ですけど、トイレの隣、階段の下、外の物置は先祖霊が嫌がります.やはり適度に太陽の光と風が入って、人間が心地良い場所を好みます.やはり居間に置かれるのが良いです.

    置く向きですけど、先祖霊が嫌がる置き方では、南を仏壇を背にして、北向きに置くのをもっとも嫌がる先祖霊が多いです.それをすると、因縁が噴出します.まあ一般的には北を仏壇の背にして南向きとか、浄土宗や浄土真宗では、東を背にして西向きが良いようです.置く高さですけど、やはり、高さ90センチ以上は厳禁です.やはり低い位置が好ましいです.それとたまに神社の御札を仏壇に入れたり、近くに置く方が居られるが、あれすると先祖霊が苦しみます.特に伊勢神宮の神宮大麻を仏壇に入れると、先祖霊を苦しめる原因となります.例えるなら、自分の目の中に太陽光を入れるようなものです.また仏壇を上に置いて、下に神棚を置く.または隣に神棚を置くと、あれも先祖霊が苦しみますな!先祖霊にとっては太陽光よりも、月光が心地よいからです.その理論で言えば、薬師如来や地蔵菩薩や阿弥陀如来の仏像と御札は相性が良いようです.

    どの仏壇が良いかと言えば、金仏壇と唐木仏壇が一般的です.ただ年収200万円程度なのに、バカでかい仏壇は先祖霊が嫌がります.自分の霊層に不相応な仏壇と言うのは、先祖霊が恥をかくからです.先祖霊は肉体がないので、恥ずかしいと思う気持ちも十倍化するようです.現代ではプラスティックやアルミニウム、プリント合板があるが、あれは江戸時代から前の先祖霊が相当嫌がります.平成時代に生きている人間にとってはそれでも良いのだが、やはり昭和初期の人間にとっては、黒壇や紫壇(したん)が落ち着くようです.後は地方の慣習に従うべきです.

    位牌ですけど、最近、クリスタル製など変わった位牌があるかと思う.そもそも位牌とは何かを説明する.位牌に先祖霊が寄りかかる.49日までは白木だが、49日以後は黒に変える必要がある.それと位牌が無いと、生きている子孫の背骨に先祖霊が寄りかかる.もし家系の良くなければ、病気を発生するなどよくありません.色々とゴタゴタのある家系が仏壇と位牌を置くと、ピタリをなくなるそうです.それと一つの仏壇に父方と母方の位牌の同居は厳禁です.人間に例えるなら、一つの家に、夫の両親と、嫁の両親が同居するようなものです.その影響で夫婦生活にゴタゴタが生じます.

    やはり一番リクエストの多い位牌は、黒塗りで、金の文字の位牌が一番好まれます.先祖霊は数が多いので、ベンサムの言う最大多数の最大幸福を採用する.これですな!

    次はお墓です.これも仏壇と同じ理論で、自然が美しくて、小高い丘で綺麗な場所を好みます.また自分の家系に不相応なお墓は避けるべし.たいしたことない家系なのに、多宝塔はある.狛犬の像がある.植え込みがたくさんある.でっかい観音様まで飾っていると、あれもあの世で先祖霊がたいへん恥をかくそうです.

    また個人の趣味を全面的に出した墓は、他の先祖霊やこれから墓に入る子孫が迷惑を受ける.例えば林家ペーがピンクが好きだからと言って、墓石をピンクにスプレーをして、ピンクパンサーの像を建てる.楳図かずおが生前 まことちゃんをブレイクさせたからと言って、まことちゃん像で墓を作る.巻き石をビチグソ模様にする.さらに、どど彦さま、らん丸、ろくちゃんなどグロキャラ像を多宝塔代わりに建立する.本人にとっては良いのだが、先祖霊が大変恥かくようです.また子孫の我々も、そんなお墓に入りたくはないと思います.また麻雀牌やギター、バイクの形で墓石を作るがあれも子孫の我々にゴタゴタが生じるので駄目です.また河原の自然石を墓にするのも突然の病気など生じるので避けるべきですな!まあお墓についても隣の墓と同じにするのが無難かと思います.どうしても資金面で行き詰る人も居る.そんな人はまず仏壇と位牌を作る.次にお墓を作れば良いかと思います.ただご先祖さまには、不況で年収とボーナスカットで金に困っているなんて言うべきですな!どの先祖もそうだが、言われなければ分からない先祖霊が圧倒的多数ですから.

  • 名無しさん2013/08/26

    よく皆が思うことはこんな事だろう.何故、貧乏なのだろう?何故、異性にもてないのだろう?何故、結婚した相手が冴えないのだろう?何故、病気がちなのだろう?何故、対人関係が悪いのだろう?おおよそこんな所かと思われる.まあ一番の原因は、自分の生き様が今の自分を形成しているとのことです.今の自分の先祖霊と言うのは、その結果に過ぎません.



    よくインターネットでブラック企業と検索すると、その企業名が分かる.そのブラック企業に勤務している人の先祖霊と言うのは、おおよそ、あまり良い霊界ではないと思われる.中有霊界下段が圧倒的多数を占めるかと思われる.あの世で引越しの肉体労働の辛い仕事をする割には、一日の報酬がご飯一杯、味噌汁一杯、タクワン二枚程度だろう.そんな先祖霊の霊流を受けるために、本人がどんなに頑張って仕事をしても、転職をして環境を変えても、同じような仕事しか出来ないし、同じような報酬しか得られないようです.まあ中有霊界下段ならまだ良いだろう.問題は地獄霊界に堕ちている先祖霊です.そんな先祖が居たらそれはたまらないかと思う.



    一応京都の行事を説明すると、8月8日ぐらいから、精霊(しょうりょう)迎え万燈会が行われる.この世とあの世は表裏一体でして、この世の様があのまま霊界につながるようです.この世とあの世の唯一の違いは、厳格な身分制度がある.少しでも霊層が違えば、違う階層の先祖霊に会えないそうです.特に下から上には行けないそうです.だから、あの世ではこの世のジイサンバアサン以上に、御魂の素養が全く変わらないです.逆にこの世は善人も凡人も悪人も一緒に暮らしているので、御魂磨きが進むようです.どの先祖霊も思うこととして、「もっとこの世で努力したら良かった!」と思うそうです.50歳の人が、「もっと若い頃に勉強したら良かった?」と思うのと似ています.もう一つの違いは肉体が無い.だから喜怒哀楽の感情が10倍化するようです.天国霊界に居る先祖霊にとっては悦びと歓喜が10倍化して良いのだが、地獄霊界に堕ちている先祖霊にとってはたまらない.こんな地獄の苦痛が10倍化するからです.



    地獄霊界に居る先祖霊は、地獄の責めから解放されて、この世に戻ってくる.京都では盆の精霊(しょうりょう)を迎えるために、門火を焚く.お迎え火(8月12日、13日)くらいに仏壇の掃除から始める.精霊棚を設けて、草市で買ってきた百味五果の供物を蓮の葉に乗せて供える.夕方になって日が落ちると、各家庭の戸口に打ち水などをして、しょうらいさん迎えをするため、苧(お)ガラを焚く.これが済むとお迎え団子を作る.さらに湯葉、かんぴょう、高野豆腐などの精進料理、ずいき和えなど作って供える.15日ごろには蓮の葉に白い強飯(こわめし)を包んで、蓮の飯、送り団子を供えて精霊送りの時にいっしょに川に流す.ウリの馬、ナスの牛など、ウリやナスに苧ガラの足を付けて精霊棚に飾るのも、霊の乗り物を想定したものです.こうやって先祖霊をお迎えして、16日の大文字と共に、あの世へ送霊するのである.この場合は中有霊界中段から上の先祖霊にとってはこれで満足かと思われます.だが地獄霊界からやってきた先祖霊にとっては不満かと思います.16日以降にまた、針山に登るかと思えば憂鬱になるからです.先祖霊によっては地獄霊界に戻るのが嫌で、この世に留まって子孫にすがりつくようですけど、これは霊界法則で重罪となるそうです.地獄霊界の先祖霊にとっては、こうした行事は、ただの慰めにしか過ぎないようです.

    それゆえ、8月に入ると先祖供養を求めるようです.実際に子孫がこうしたことをすると、地獄の針山に登っている先祖霊の周囲だけ芝生のようになる.そして引きあげられて、もう少しマシな地獄霊界となって苦痛が軽減されるそうです.文献上では等活地獄、黒縄地獄、衆合地獄、叫喚地獄、大叫喚地獄、灼熱地獄、大灼熱地獄、阿鼻叫喚地獄があるようです.ただウソをつくと大叫喚地獄に堕ちるとあるが、これこそウソだと思う.やはりどれだけの人数の人に肉体的な苦痛を与えたか?どれだけの人に経済的損失を与えたか?どれだけの人に精神的な苦痛を与えたか?どれだけ自分が天津罪を犯したか?(天津罪とは怠けの罪、自殺が天津罪の極地)、この絶対量によって決まるようです.私がよく思うこととして、先に先祖が変わってくれたら子孫が変わると何回も考えた.だがこの考えは無駄です.例えるなら還暦過ぎたジイサンバアサンの生き様を変える以上に難しいことです.よく嫁姑の喧嘩があるが、あれなんか姑は変わらないから若い人が折れるしか方法がありません.それと同じで、子孫が先祖供養をして先祖の霊的環境を変えるしか方法が無いように思われます.こうやって結果として今の自分が変わるように思われます. 

  • 名無しさん2013/08/26

    ポリ袋で売買される「母乳」、金持ちの男に吸われる「乳母」…中国揺るがす第2次粉ミルクショック

    2013.8.26 07:00 

    http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/130826/waf13082607000000-n1.htm