政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針3033号  2013・8・11(日)

2013/08/11

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  わたなべ りやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」 3033号
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           2013(平成25)年8月11日(日)



                       「原発ゼロ」の理論ゼロ:平井修一

           靖国神社は薩長官軍の招魂社:山堂コラム 482

                    「痰の話」で思い出す支那:石岡荘十

                   我が国は軽佻浮薄化したのか:前田正晶

             命の使い方 〜 『永遠のゼロ』から:伊勢雅臣

                                       話 の 福 袋
                                反     響
                    身 辺 雑 記


□■■□  ──────────────────────────□■■□
第3033号
                             発行周期 不定期(原則日曜日発行)
             

 
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「原発ゼロ」の理論ゼロ
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      平井 修一

今朝(8月10日)は6時にはすでに室温は33度、9時には34度、正午にはな
んと37度とわが家の記録を更新した。今日も終日クーラーの世話になるだ
ろうが、電力供給は大丈夫なのか。東電も関電も使用量は能力の90%を超
えているというから、かなり限界に近づいているようだ。

資源エネルギー庁によると、日本の総発電量に占める原子力発電の比率
は、震災前の2010年12月に32%だったのが、震災後の2012年12月は2%ま
で減少した。今はどうなっているのかは分からないが、安倍政権は「原発
の再稼働を進める」と言っているから、まあシェア3割復帰が当面の目標
なのだろう。

一方で「原発ゼロ」を目指すべきだと言う人は多数派のようだ。日共が応
援している「首都圏反原発連合」はこうアピールしている。

<原発ゼロを望む国民の声は圧倒的多数であり、もはや原発を残す理由は
何ひとつありません。それにもかかわらず政府は「原発の活用」を掲げ、
原発再稼働と輸出に躍起になり、まるで福島の事故などなかったかのよう
に振る舞っています。私たちはこうした政府の再稼働姿勢に真っ向から反
対します>

「戦争ゼロ」にも皆賛成だろうが、理想と現実は違うもので、「原発ゼ
ロ」を目指すのなら電力をどう確保するのかという代案を提示すべきなの
に、彼らは基本的に「代案ゼロ」である。

太陽光発電が有力だという人もいるが、「太陽光発電の設置容量は増加し
ているが、発電量には2007年時点ではほとんど寄与していない」(環境
省)。事情は今も同じだろう。

冷静に考えれば、現在と同じような低廉・便利な電化生活をしたければ原
発を活用するしかないし、それが嫌だというのなら生活の質を落とさなけ
ればならない。30%節電すれば原発は不要になるだろうが、原発ゼロを主
張する人で30%節電している人はゼロだろうから、主張していることと行
為が矛盾している。

昨年の原発事故による年間死傷者はゼロだが、交通事故によるそれは、30
日以内死者数5237人、負傷者数82万5396人、合わせて83万人である。それ
なら「原発ゼロ」を言う前に「車ゼロ」と大いに主張すべきなのに誰も言
わない。圧倒的多数が便利なのだから少数の犠牲はやむを得ないと思って
いるのだ。これでは政治マターにならない。

つまりは「原発ゼロ」は“ためにする”主張であり、責任ある言論とはとて
も言えない、ただの妄言である。かつて反徳川勢力が「攘夷断行」を迫り
倒幕した例にならい、自民党政権に無理難題をふっかけて倒閣し、あわよ
くば容共左派の政権を再び作りたいというのが本音である。民主党政権の
失敗、社民党の凋落に懲りてはいない。

こうした政治マターに騒動師は群がるから、辻元清美も当然名乗りを上げ
る。ブログにこう書いている。

<「脱原発ロードマップの会」で事務局長を務めてこられた平岡秀夫さん
が無所属で立候補されました。平岡さんは原発ゼロ社会の実現になくては
ならない存在です。ぜひ平岡さんをもう一度国会へ!>(4月10日)

2004年4月にイラクで反米武装勢力の“人質”となった「イラク三馬鹿」の
一人、高遠菜穂子も健在で、「脱原発にシフトしたドイツへ福島の高校生
を派遣します」(7月22日)と資金を募っていた。

反日教祖の大江健三郎も「さようなら原発集会」を呼び掛けて大いにア
ジったものである。

原発事故の影響は死傷者ゼロとはいえすこぶる大きい。未だに避難生活を
強いられている人はとても辛いだろう。小生は多少の寄付をしたくらい
で、「避難先として我が家を提供する」などの具体的な支援をする気はな
い。被災者と会ったところで「お気の毒です、ご不自由でしょうが頑張っ
てください」と慰め励ますことしかできない。

小生ができないことを国、自治体は一生懸命にやってくれているだろう
が、被災者の不運のすべてを解消することはできない。最終的には本人が
踏ん張って生活を再建するしかない。不運は誰も避けられず、嘆いていた
ところでどうしようもない。

忘れもしない昭和33年夏、台風で多摩川の支流が氾濫し、わが家は床上浸
水になり、7歳の小生は避難する際に溺れた。夜が明けていたので助けら
れたが、夜中だったら行方不明となり死んでいたろう。不運ながらも九死
に一生を得た。

町の記録には「駅前から橋までの商店街は胸まで増水し、全家屋とも床上
浸水」とある。わが家は建物は残っていたが、ほとんどすべてを失い、母
は泣いていた。救援物資は毛布1枚だった。父母は必死で生活を再建し
た。洪水を免れた隣の町内の悪童は「ざまあみろ」と喜んでいた。

この世に悪童、悪人がいるように、人災も天災もあり、当たり前のことな
がら100%の安全はなく、運が悪ければ被害者になる、被災する。そこか
ら立ち上がるのは基本的かつ最終的に自分自身の努力である。「原発ゼ
ロ」「憲法九条」と唱えていても安全は保障されない、国会デモの帰りに
事故に遭うかもしれない。万全の対策をとっていても想定外のことは起き
る、人生はそういうものだ。

科学技術発展の恩恵を受けながら、これはOK、これはNOと仕分けする
ことはできやしない。温暖化が心配なら火力発電も自動車もゼロにすべき
で、放射能が嫌ならレントゲンや放射線治療も拒否すべきだろう。核を否
定するのなら米軍の寄港や駐留も否定することになる。それなら勝手に
「原発ゼロ村」を作って原始時代の生活をするがいい。(2013/08/10)



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靖国神社は薩長官軍の招魂社
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     山堂コラム 482

今年も8月15日の終戦の日が近づいた。総理やその閣僚が靖国神社に参拝
するとかしないとか。そんなドタバタ、と云うかどうでもいいことが高校
野球と並ぶ日本の夏のニュース、風物詩。平和だなあとつくづく思う―――

祖国に命を捧げた英霊に感謝し哀悼の意を捧げるのは日本人なら当然の気
持である。そのために靖国に参るのが己の信念、或いは政治信条ならば
黙って静かに参拝をすればいい。

修学旅行のガキではあるまいに、ヘラヘラ笑いながら集団参拝したり、
「福島原発で死者などいない」と発言した自民党の女・政調会長ら。ただ
ただ騒ぎ立てるだけで醜悪なパフォーマンス以外の何ものでもない。

昭和のミカドは「所謂・A級合祀」を境に靖国への御出座(おでまし)を
お止めになった。越前・平泉右翼の一宮司が勝手に合祀したのがことの起
こり。なのに、逆にそのミカドの御心をこのごろ蔑(ないがし)ろにして
憚らない似非右翼もいる。

ミカドは自らの信念で御出座をお止めになったのである。臣の誰其に言わ
れたとか唆されたとか、ましてや中国や韓国への外交的配慮からかとか、
そんなことでは決してない。

A級合祀の問題をめぐっては東京・極東軍事裁判の正否からはじまって国
内でいろいろと議論が続いていることは承知している。しかし日本国は戦
勝国側の要求を受け入れて桑港講和会議で調印し、主権回復を実現した。

現に自民党・安倍政権。みずから今年の4月28日、「主権回復の日」とし
て今上天皇・皇后陛下の行幸を仰いで式典を挙行したのではなかったか。

麻生副総理は2月25日、韓国の朴・新大統領の就任式に出席した。その際
「米国アーリントン墓地には奴隷制維持で戦った南軍兵士の霊も眠ってい
る」と・・・朴に言わずもがなの説教を垂れた。

「靖国神社の所謂A級戦犯合祀も同じ」と説明したかったのだろう。しか
しその説得は稚拙、というよりも安倍総理の歴史認識についてオバマ米大
統領への朴の告げ口を誘発しただけである。

上州国定村・赤城山も今宵限り・・・で福田世襲2代目康夫総理。彼は靖
国神社に代わる別の戦没者慰霊施設を作るのが政治信条であった。当人は
多くを語らなかった。しかし慮るに、その最大の理由は「靖国」が特定の
宗教施設、つまり国家神道の社殿であるということ・・・それが一つ。

それに元を辿れば靖国神社。戊辰戦争の官軍(長州・薩摩)の戦没者招魂
社だということ。オラの長州の官幣大社、そう大村益次郎よ。ことほど左
様に同じ自民党の総理総裁でも長州と上州とでは刷毛とハゲほどの違いが
あるのだ。会津ほかの幕軍兵士や西郷隆盛など。日本国の同じ国士・殉難
者であっても、彼らはミゾウユウが言う「南軍の兵士」のように祀られる
ことは決してないのだポコペン。

こうした靖国信仰というか、日本国の戦争犠牲者・英霊を祀るのに「なぜ
靖国か」という説明は未だ日本国民には充分なされていない。憲法改正論
議で第9条平和条項・国防軍可否の議論は活発だが第20条。信教の自由
条項はどうだろう。

第20条、信教の自由に対する自民党の改正草案はこうなっている。「信
教の自由は、何人に対してもこれを保障する」のその「何人に対しても」
を削除。最後の「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動
もしてはならない」に加筆・但し書きを加える。

「ただし社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないものについては、こ
の限りではない」と。

さらに第89条で公金・公共財産を特定の宗教へ使うことを禁止している政
教分離条項も「公金・公の財産は第20条の但し書きに規定する場合を除
き」との草案を加えた。

これは靖国神社を念頭に「これを別格官幣大社にする」ための改正草案以
外の何ものでもないということは・・・そう、バカでなければ長州人でな
くてもすぐ分かる。

「ワイマール憲法を密かに骨抜きにしてナチス憲法(そんなものは元々な
かったのだが)にする手法」なる「未曾有発言(麻生発言)」はその後本
人が撤回した。それでも自民党は、現憲法のあちこちを密かに骨抜きにし
てナチス憲法にするようなやり方を狙っている―――それが善良でごく普通
の我ら国民も最近になって「そうではないかなあ」と、何となく安倍・自
民党政治に抱き始めた最大の疑念なのである。(了)



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「痰の話」で思い出す支那
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      石岡 荘十

‘35京都で生まれ、そのすぐ後から敗戦2年後まで中国(当時は支那)に留
め置かれた。幼い頃の記憶はもちろんないが、物心ついて以降、見聞きし
たかの国の“文化”といまの日本のギャップを、思い起こさせた。 

幼い頃の記憶はこうだ。

その1。

夏の日、父の仕事が休みのある日、「支那人と犬入るべからず」という立
て札が入り口にある公園に家族そろって出かけ、公園の中の、支那人以外
のためのプールで家族で泳ぐ。ある日、帰りに天津市内でも最高級の中華
料理店でそろって子豚の丸焼きを食った。

糞をしたくなって、用を足そうと便所へ行くと便器のはるか暗い、深い底
にうごめく動物がいて、驚いて下を見ると、数匹の豚が新鮮な私の排泄物
をむさぼっていた。今思えばここでは完璧な“食の循環”が実現している。

だが、これで私は完全に食欲を失った。これがトラウマになって、決して
宗教上の理由ではなく、長い間、私はブタが食えなかった。

その2。

小学校の同級生に、当時の天津領事の息子(小山田あきら?)がいて、放
課後、いつも領事館へ遊びにいっていた。ほとんどは広大な領事公邸の中
で遊んでいたが、ある日、門の外に来る物売りの声に誘われて外に出た。

天秤にかけた台に切り分けた瓜が載っていた。それが喰いたくて「どれが
うまい?」と私たちに付き添ってきた領事館の守衛に聞いた。守衛は「ツ
エーガ(これだよ)」と指差したのは、ハエが一番多く群がっている瓜
だった。

“動物学的”に言ってそれはそうだろうと納得したのはずっと後のことだ
が、ハエがたかっているのは汚いという考え方は彼らにはないらしい。

いつだったか大分昔、多分、日中国交回復の頃、「中国にいまや1匹のハ
エもいなくなった」という提灯記事をどこかの新聞で読んだ記憶がある
が、決して信じなかった。私の幼い頃の確かな記憶が記事のウソを見破った。

その3。

父が勤めていた会社の管理職住宅は鉄筋コンクリートの一戸建ての“豪邸”
で、玄関を入ったところに、日本流で言うと、女中部屋があった。女は阿
媽(アマ)と私たちが呼んでいた纏足の小柄な女だったが、時々、旦那が
小さな女の子を連れて泊まりに来ていた。

女中部屋は6畳ほどの小さな部屋だったが、遊びに行くと、部屋の隅に花
瓶のような形の壷が置いてあって、そこに時々、「ペッ」と痰を吐く、と
いうか飛ばす。

それがまた結構遠くから正確に痰壷のど真ん中に命中するのを、何の不思
議もなく見ていたのを思い出した。ホールインワンどころではない。アル
バトロス級である。北京オリンピックで「痰飛投」などという種目が出来
たら間違いなく金だろう。

人前での屁は慎むが、食事中、げっぷは割と平気でやる。屁は平気だけ
ど、げっぷは禁忌という国もあると聞く。生活習慣がそんなに違う民が十
数億人もすぐそこにいる。

痰。さてどうするか。
                               
(ジャーナリスト)




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我が国は軽佻浮薄化したのか
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        前田 正晶

遺憾ながら高齢化が進むつれて、この世には「イヤだな。軽すぎるな」と
思うことがドンドン増えてきた。言ってみれば、些末な出来事だが、それ
らを採り上げて少し溜飲を下げてみようかと思う。

*チョキを出す:
どうやらこれを「ピース・サイン」とか「V(ブイ)サイン」と言うらし
い。下品で気に入らない。と言うのも、若者というか、テレビなどに出て
くる連中は何かと言えばチョキを出すし、一般人も写真を撮る場合などに
「これを出せ」と何処かの誰かに刷り込まれているらしい。

他人(ひと)がやるから自分もやるという軽さがイヤだ。「ブイサイン」
だが、学校でろくな英語と言うべきか、アルファベットを教えないからこ
ういうことになるのだが、あれは「ブイ」ではなく「ヴィー」である。そ
の流れの中にあるのが「拳骨で撲る」で、本来は「拳骨」というべきを
「グーで撲る」など言うのもイヤらしい。

*ら抜き言葉:
これが国語教育の堕落だ等言いたい気もするが、そんな大それたことまで
考えていない。イヤなことであり笑ってしまうのが、テレビに出てくる十
分な学校教育を経てこなかったタレントどころか、彼らが言う一般の人ま
でも「ら抜き言葉」しか話せない時代に入ってしまった。情けない。

そこに輪をかけるのがテレビのスーパーインポーズとやらで、必ずら抜き
言葉でないように修正が施されている。そんな配慮をするくらいならば、
安物のタレントどもに国語の試験でもしてから出せばどうか。

*中折れ帽もどき:
軽佻浮薄なタレントどもやアーティストと誤認されている歌手もどきの間
の流行である。昔は大人が被っていた中折れ帽と同じ格好をした安物の帽
子を額を丸出しにして被って登場するのを見せられると、胸が悪くなる思
いだ。

あの格好は何とか言う即席で謎がけを解いてみせる漫才コンビがしたのを
見たのが最初だったと思う。今や一般人までに大流行である。一般の若者
が軽佻浮薄なタレントの真似をする流行が情けない。

*野球のカタカナ語:
8日からだったか高校球児の憧れ、甲子園の野球が始まった。ここで何も
甲子園野球の中継だけを槍玉に挙げるのは不公平、イヤ、民主的ではない
かも知れない。だが、くさしておこう。

野球のカタカナ語はその99%が造語であって、英語の通りなのは「ストラ
イク」と「ボール」、「アウト」と「セーフ」くらいだと敢えて言ってお
く。兎に角「ピッチャーが良いストレートを投げ」て、それが「アウト
コース」に決まるか、時には「デッドボール」にもなってしまう。

そして次には4番打者が「ネクストバッターズサークル」に控えていたり
するのだ。昨日も「見事なバックホーム」で得点を許さなかった場面が
あった。

多くの方がそれが「日本語となって通用しているのだから、目くじら立て
ることはないじゃないか」と言われるが、当にその通りであり、放ってお
いても良いこと。だが、NHKのご用解説者は兎も角、アナウンサーさんた
ちはあのカタカナ語に対する英語がどうなっているかくらいを心得ている
のかなと問い掛けたくなる。「ランニングホームラン」や「ランニングス
ロー」が文法的に奇怪であると考えても良いのじゃないかな。

*サザンオールスターズとAKB48とジャニーズ:
私はこの程度の連中をCMに使いたがる広告宣伝会社も兎も角、スポンサー
様方が如何に消費者を見下しているのかと思う時、とても情けなくなって
しまう。しかも、多くのミーちゃんとハーちゃんは彼らを崇め奉って、コ
ンサートなり何なりに殺到する。その昔「蓼食う虫も好き好き」という格
調高き諺があったが、これらの何処をお好きでも、私が介入することでは
ない。だが、良い趣味だとは思えないのが残念だ。

だが、何としても気に入らないのは「あの程度の芸人(の域に達している
のは桑田佳祐一味だけだろうが)を出しておけば、視聴者が喜んでCMを見
るもの」と決めつけているかの如きスポンサー様も、国民の民度が低いと
思い込んでいるかの如きで情けないのだ。

こんなことだがから、アメリカでどんな階層の者たちの中で流行っている
かを知らないようで、学校教育の科目の中にダンスを取り入れたりする官
庁があるのだ。何時になったらマカーサー時代の愚民教育から脱却できる
のか。だが、遺憾ながらすでに彼が目指した愚民を十分に育て上げてし
まった間が否定できないのが情けない。



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命の使い方 〜 『永遠のゼロ』から
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          伊勢 雅臣

■1.「僕の心はきれいな水で洗われたかのごとく清々しさで満たされた」

百田尚樹氏の『永遠のゼロ』が売れ続けている。すでに240万部に達し、
年末には映画も公開される。その裏表紙には、内容をこう紹介している。

「娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」。そう言い続けた
男は、なぜ自ら零戦に乗り命を落としたのか。終戦から60年目の夏、健太
郎は死んだ祖父の生涯を調べていた。天才だが臆病者。想像と違う人物像
に戸惑いつつも、1つの謎が浮かんでくるーー。記憶の断片が揃う時、明
らかになる真実とは。

小説としての出来も素晴らしい。文庫本で600頁近い大作でありながら、
読者をぐいぐいと引っ張っていく構成と筆力は見事だ。最後の結末は圧巻
で、芸能界きっての読書家として知られる故・児玉清氏は、「解説」で次
のように書いている。[1,p588]

なぜ、あれだけ死を避け、生にこだわった宮部久蔵が特攻で死んだのか。
それは読んでのお楽しみだが、僕は号泣するのを懸命に歯を食いしばって
こらえた。が、ダメだった。目から涙がとめどなく溢れた。・・・

なんと美(うるわ)しい心の持主なのか。なんと美しい心を描く見事な作
家なのか。なんと爽やかな心か。涙の流れ落ちたあと、僕の心はきれいな
水で洗われたかのごとく清々しさで満たされた。

私も同様の思いをした。人間の美しい真心を描いて、大東亜戦争を戦った
日本軍兵士は軍国主義に騙されて無駄死にをした、という戦後のイデオロ
ギーを粉砕している。

この本が、一人でも多くの人に読まれることを願って、以下、私が二番目
に感動したシーンをご紹介したい。一番目はもちろんラストシーンだが、
それは読者自ら原作を読んで、「心をきれいな水で洗われる」体験をして
いただきたい。


■2.「お前にもぜひ聞いてもらいたいのだ」

健太郎は姉と共に、かつて祖父と一緒に戦ったことのある元海軍飛行兵曹
長・井崎源次郎を都内の病院に訪ねた。ロビーには、井崎の娘という50代
の女性と、その息子が待っていた。息子は髪を金髪に染め、派手にペイン
トしたオートバイ用のヘルメットを抱えている。

「父は戦友会から、宮部さんのお孫さんから連絡があったと知らされた時
は、大変驚いておりました。父の体はかなり悪くて、医者からは、あまり
興奮するような話はしないようにと言われていましたが、どうしても会う
と言って聞きませんでした」

病室に入ると、ベッドの上に痩せた老人が正座していた。「お父さん、
座ってなんかいて大丈夫なんですか」と慌てる娘に、「大丈夫だ」と力強
く応えて、「井崎源次郎です」と頭を下げた。

それから孫に向かって、「誠一、お前も一緒に聞きなさい」
「俺には関係ねえこどだろ」
「関係はないが、お前にもぜひ聞いてもらいたいのだ」

井崎は健太郎の方に向き直ると、もう一度居住まいを正して、「宮部さん
と出会ったのはラバウルです」と、ゆっくり話し始めた。

■3.「何という凄腕! 何という早業!」

宮部らがニューギニア島のラバウルにやってきたのは、昭和17(1942)年7
月だった。皆に挨拶があって、解散してから、宮部は井崎に「よろしくお
願いします」と声をかけた。

階級章を見ると一飛曹(一等飛行兵曹)で、下士官の一番上の階級であ
る。一飛兵(一等飛行兵)の自分とは、とてつもない差がある。井崎は慌て
て「こちらこそ、よろしくお願いします。わたくしは井崎一等飛行兵と言
います」と大きな声で答えた。

「自分は宮部久蔵一飛曹です。よろしくお願いします」と軽く頭を下げ
た。こんな丁寧な口をきく上官にあったのは初めてだった。よほど育ちが
良いのか、あるいは馬鹿なのか、どちらかだと思った。

翌日、ポートモレスビーに出撃。ここには連合軍の基地があり、ここを奪
えばオーストラリアはすぐ先にある。一小隊3機、3小隊の9機編成で、
一番後方の小隊の2番機が宮部、3番機が井崎だった。

スタンレー山脈を越え、わとわずかでポートモレスビーが見える地点に来
た時、突如、上空の雲の隙間から敵機が襲いかかってきた。隊の一番、後
方に位置していた井崎機に、敵の一番機が背中から食いついてきた。「や
られる!」と井崎は思った。

その時、井崎機を狙っていた敵戦闘機が突然火を吹いて吹き飛んだ。次の
瞬間、井崎の目の前を1機の零戦がすごいスピードですり抜けた。宮部機
だった。宮部は更にもう1機を撃墜し、旋回して逃げようとする敵機の背
後に鋭い旋回で回り込み、一連射で撃ち落とした。

この間、僅か数秒。何という凄腕! 何という早業! 井崎は鳥肌が立っ
た。この頃の零戦は世界の戦闘機の中でも抜きんでた性能を誇っていた
[a]。その名機を宮部は完璧に使いこなしていた。


■4.「敵を堕とすより、敵に堕とされない方がずっと大事だ」

空襲を終えて基地に戻ると、井崎は真っ先に宮部に礼を言いに行った。宮
部は笑っただけだった。 しかし、その後、一緒に戦っていると、ただ一
つ、ひっかかる事があった。宮部はひっきりなしに後方を振り返り、また
死角となる下方を見るために背面飛行も頻繁にやる。乱戦になると、いち
早く逃げ出して、同じように戦域から逃れてきた敵機を狙う。臆病者かと
思った。

やがて宮部が小隊長になり、井崎はそのまま列機を務めるようになった。
「他の小隊から妙に思われるので、丁寧言葉はおやめ下さい」と、井崎は
頼んだ。

宮部の消極的な戦い方を物足りなく思った井崎は、一度、小隊を離れて、
敵戦闘機の背後にへばりついた事があった。敵機を撃ち落としたと思った
瞬間、後ろから撃たれた。2機の敵機が背後から挟み撃ちするようにくっ
ついている。左右どちらに逃げてもやられる。井崎は死を覚悟した。

次の瞬間、敵の銃撃が止んだ。後ろを見ると、一機の敵機が火を噴いて錐
揉み状態で墜ちていった。もう一機は急降下で逃げていった。後ろには零
戦が一機いた。宮部機だった。宮部に命を救われたのは、これで2度目
だった。

基地に戻った時、礼を言う井崎に、宮部はにこりともせずに言った。「い
いか、井崎。敵を堕とすより、敵に堕とされない方がずっと大事だ。たと
え敵機を討ち漏らしても、生き残ることが出来れば、また敵機を撃墜する
機会はある。しかし、一度でも撃ち落とされれば、それでもうおしまい
だ」 死を覚悟した直後のせいか、宮部の言葉は心の底にずっしりと響いた。

「私がこの後、何度も数え切れないほどの空戦で生き延びることが出来た
のも、この時の宮部小隊長の言葉のおかげです」とベッドの上の井崎は、
健太郎たちに語った。


■5.「娘に会うためには、何としても死ねない」

宮部はいつも夜半に宿舎を離れ、1時間以上も戻ってこなかった。ある日
の夕暮れ、井崎が隊舎から離れた川に一人で釣りに行った帰りに、宮部が
上半身裸になって、壊れた飛行機の銃身を片手で何度も持ち上げている光
景を見た。

宮部が立ち去った後、井崎は自分でその銃身を持ち上げようとしたが、重
くてまったく持ち上がらない。両手でやっと持ち上げることができた。こ
れを片腕一本で上下動させられるとはなんたる怪力。宮部一飛曹の華麗な
る操縦技術はこの怪力に支えられていたのだ。

翌日、「小隊長は毎日やっておられるのですか」と聞くと、黙って頷く。
「今日はもうやめようと思う日はないのですか」とさらに聞くと、おもむ
ろに胸ポケットから布袋を取り出し、その中に入っていた写真を見せた。
それは若い婦人が生まれて間もない赤ん坊を抱いている写真だった。

「6月に生まれました。ミッドウェーから戻ってすぐに生まれたのです
が、休暇が取れず、会いにいくことが叶いませんでした。ですからまだ一
度も会ってないのです。辛い、もう辞めようと、そう思った時、これを見
るのです。これを見ると、勇気が湧いてきます。」

それから宮部小隊長は、写真を胸ポケットにしまうと、つぶやくようにこ
う言った。「娘に会うためには、何としても死ねない」 その顔は普段の
温和な彼からは想像もつかないほど恐ろしい顔だった。


■6.「無理だ。こんな距離では戦えない」

8月7日、ガダルカナルの戦いが始まった。ラバウルから約千キロもあ
る。「無理だ。こんな距離では戦えない」と、宮部は悲痛な声で言った。
それを聞いた若い一人の士官が怒髪天を衝くが如くの形相で向かってきた。

「貴様、今、何と言った」と言うが早いか、宮部の顔面を殴った。「貴様
は宮部だな。貴様の噂は聞いているぞ、この臆病者め!」 士官はそれだ
け言うと、その場を立ち去った。

片道千キロでは巡航速度で3時間もかかる。戦闘時間は10分少々で、また
3時間かかって戻る。その間に敵機が待ち伏せているかもしれないし、方
位を見失って無駄な航路を取ると、燃料が足りずに帰還できなくなる恐れ
もある。

その日、出撃した17機の零戦のうち、帰還できたのはわずか10機だった。
その後に日本海軍のエース・パイロット坂井三郎[b]も重傷を負って、な
んとか帰還した。宮部と井崎は、翌日出撃し、なんとか無事に帰還した
が、爆撃機の方は大半が帰還できなかった。そんな戦いが連日続いた。


■7.「貴様が死ぬことで悲しむ人間がいないのか」

10月のある日も宮部の小隊はガダルカナル攻撃に参加したが、3番機の小
山上等兵は宮部の命令を無視して、敵を深追いして、グラマンを2機撃墜
した。しかし、それによって燃料を使い過ぎた。

ラバウルへの帰還途中、小山は「ラバウルに帰れそうもないから、ガダル
カナルに戻って自爆する」と合図をしてきた。宮部は「何とか頑張って、
帰還しろ」と合図し、燃料を節約するための高度や速度で細かい指示を小
山に与えた。

しかし、基地まであと10分という所で燃料が尽き、小山機は海上に不時着
して沈没、小山は海に飛び込んだ。基地に帰還した後、すぐに水上機を向
かわせたが、すでに小山の姿はなく、数匹の鱶(ふか)が泳いでいた、と
いう。

井崎は悔しさのあまり、宮部を問い詰めた。「どうして小山に自爆させて
やらなかったのですか?」 宮部は「飛び続ければ助かるかもしれない
が、自爆すれば、かならず死ぬ。死ぬのはいつでもできる。生きるために
努力をすべきだ」と答えた。

「どうせ、自分たちは生き残ることは出来ません。もしわたくしが被弾し
たなら、潔く自爆させてください」と井崎が悔し泣きしながら訴えると、
宮部はその胸ぐらを掴んで、こう言った。


「井崎! 馬鹿なことを言うな。命は一つしなかい。貴様には家族がいな
いのか、貴様が死ぬことで悲しむ人間がいないのか」。

その時、不意に5歳の弟、太一の顔が脳裏に浮かんだ。泣きじゃくる顔が
見えた。後にも先にも宮部に怒鳴られたのは、この時だけだった。しか
し、この時の宮部の言葉は、井崎の心に深く沈んだ。


■8.「なぜ、今日まで生きてきたのか、今、わかりました」

その後、井崎はラバウルを離れ、空母「翔鶴」の搭乗員となった。昭和
19(1944)年のマリアナ沖海戦で、敵戦闘機と激しい空中戦の結果、燃料タ
ンクを撃ち抜かれた。もはや母艦にも帰れず、せめて敵機を道連れにして
やれと、体当たりを決意した。

その時、宮部の怒鳴り声が頭の中に響いた。「井崎! 貴様はまだわから
ないのか!」 同時に幼い弟の顔が浮かんだ。井崎はなんとか敵機の編隊
から抜け出し、海面に不時着してから、9時間も泳いで、グアム島に泳ぎ
着いた。何度も諦めかけたが、その都度、「兄ちゃん、兄ちゃん」と泣き
ながら呼ぶ弟の顔が浮かんできて奮い立った。

「しかし本当に私を助けてくれたのは、宮部小隊長だったと思っていま
す」と、ベッドの上で井崎は語った。そして、こう続けた。

「実は、私は、ガンです。半年前に、医者からあと3ヶ月と言われまし
た。それがどうしたわけか、まだ生きています。

なぜ、今日まで生きてきたのか、今、わかりました。この話をあなたたち
に語るために生かされてきたのです」。[1,p252]

その時、井崎の孫が大きな声で泣き出した。その母親もハンカチで目を抑
えていた。健太郎の姉も嗚咽を漏らしていた。

井崎は窓の外の空を見つめて言った。「小隊長、あなたのお孫さんが見え
ましたよ。二人とも素晴らしい人です。男の子はあなたに似て、立派な若
者です。小隊長---、見えますか」

しばらく後、井崎源次郎の訃報を受けとった。焼香の時、孫の誠一を見か
けたが、長い髪は短くなり、金髪は黒くなっていた。言葉は交わさなかっ
たが、健太郎に深々と頭を下げた。

健太郎の中でも変化が起こっていた。しばらく諦めていた司法試験にもう
一度挑戦してみようという気になっていた。かつて人々のために尽くした
いと弁護士を志した気持ちを取り戻したのだった。

家族や世のため人のために自分の命を使おうと思えばこそ、その大切さに
気がつくのである。


■リンク■

a. JOG(475) 零戦 〜 世界の航空常識を覆した3日間
 1941年12月8日からの3日間に、世界の航空史は新しい時代を迎えた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/%257enippon/jogdb_h18/jog475.html

b. JOG(174)_大空のサムライ〜坂井三郎
 撃墜王の「苦難と勇壮の物語は、万人の胸にうったえる」とニューヨー
ク・タイムズは評した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/%257enippon/jogbd_h13/jog174.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 百田尚樹『永遠の0』 ★★★、講談社文庫、H21
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/406276413X/japanontheg01-22/


━━━━━━━
話 の 福 袋
━━━━━━━


 ◎●●◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇写真情報網

*******週刊AWACS 2013年8月11日********

8月15日の敗戦日は靖国神社に行きます。いつ参拝してもいいのですが、
この日は格別です。安倍首相が参拝できずに悔しい思いをしたのはよく分
かります。どんな理屈を付けようとも他国の宗教にケチをつけるのは先進
国として恥ずべきこと。国を守った兵士たちの慰霊をするのはどこの国で
も同じです。在日米軍の司令官殿にもご参拝いただきたいものです。

では、今週号をお楽しみください。
http://datefile.iza.ne.jp/blog/entry/3155154/

2013/8/11  唸声



 ◎韓国か、産経新聞に懐柔巨大広告をうつ!

10日の産経新聞本紙を4面広告を包む特別編集。なんと「東方神起」とい
う韓流男子アイドルグループのフジテ レビ大宣伝打っていた。露骨な産
経新聞懐柔策。感想を10,11日募集ということで電話。
06−6633−9509大阪”営業部”で編集部で はないの
が面白い。

「しっかり儲けとけよ!」と激励をしておいた。稔るほど頭を下げる稲穂
ではなく、叩けば叩くほど広告が増える。大韓民国は 大揺れだ。
                          岡山 MOMO




 ◎日本列島は10日、朝から猛烈な暑さに見舞われ、甲府市と高知県四万
十(しまんと)市で昼過ぎに、国内の観測所別の最高気温では史上4番目
の高温となる40.7度を記録した。40度を超えたのは2007年8月
以来6年ぶり。

この日、36 度以上の猛暑日になったのは、全国927 観測地点のうち約32
%に当たる295 地点で、史上最多だった。熱中症などで搬送される人も全
国で多数に上った。11日も北海道や北陸など一部を除き、猛烈な暑さが予
想されている。 (毎日新聞)




 ◎<内閣府世論調査>現在の生活「満足」「まあ満足」は71%

内閣府は10日、「国民生活に関する世論調査」の結果を発表した。現在の
生活に「満足している」(10
.3%)と「まあ満足している」(60 .7%)を合わせると71%で、前
回調査した2012 年6月の67.3%から3.7ポイント増えた。「満足」
が7割を超えたのは、72.7%だった1995年の調査以来、18 年ぶり。今
後の生活の見通しについては「同じようなもの」との回答も前回より
5.2ポイント増の64 .1%を占め、現状を肯定的に受け止める国民の
意識をより鮮明にした。
毎日新聞 8月10日(土)19時44分配信



    
 ◎韓国は、朝鮮通信使の昔から、日本がうらやましく妬ましいとおもっ
ている。

その日本に併合されたから、さあ大変。 どんなに尽くしても最後は裏切
る韓国。世界中に日本悪者論を振りまいているコリアン。

その「韓国を助けよ」とのたまう人は、どういう利害関係があってのころ
だろう??

【断末魔の韓国経済】

競合する韓国に情けは無用 対岸の火事は放置せよ 三橋貴明氏
2013.08.05

連載第4回で「韓国経済はウォン安の追い風を受け、技術を外国から購入
し、国民の損に基づきグローバル市場を中心に稼ぐモデル」と書いた。だ
が、韓国にはもう1つ、「外国」から絶対に買わなければならないものが
ある。すなわち、シリコンウェハー(=半導体に欠かせない材料基板)に
代表される資材、工作機械といった「資本財」だ。

そして、韓国がどの国から資本財を購入しているかといえば、もちろんわ
が国・日本である。

というわけで、韓国の製品の輸出と日本の対韓輸出は、面白いほどに相関
関係がある。韓国の輸出が伸びれば、日本の対韓輸出は増える。逆に、韓
国の輸出が減少局面になると、わが国の対韓輸出もまた減ってしまうので
ある。

これを受け、「サムスンや現代自動車が不調に陥ると、日本経済もダメー
ジを受ける。韓国経済の失速は他人ごとではない」などと、知った風な口
を利く人がいるが、完全に他人ごとだ。

何しろ、サムスン電子にせよ、現代自動車にせよ、日本の家電産業や自動
車産業のコンペ(=競合相手)なのだ。アベノミクスによる円安ウォン高
で、韓国の大手企業が輸出競争力を喪失したとき、必ず反対側でコンペで
ある日本企業の競争力が回復している。

これまで、韓国に資本財を輸出していた日本の資本財メーカーは、売り先
を日本の家電企業、自動車企業に変えればすむ話である。

別に、重商主義的な話をしたいわけではないが、韓国経済が失速し、日本
の製造業の国際競争力が伸び、何か問題なのだろうか。

このまま円安傾向が続き、日本企業のグローバル市場におけるシェアが高
まっていけば、日本国内の雇用に必ず好影響を与える。企業によっては、
国外に移した工場を日本に戻すという、いわゆる「リショアリング」に踏
み切るところも出てくるだろう。

今後の韓国経済は、国内の不動産バブルによる経済のデフレ化、さらに通
貨高による輸出減少に苦しめられることになるだろう。さらに国民資本が
脆弱な韓国は、常に「通貨危機」というリスクを抱えている。とはいえ、
韓国は自国の経済モデルを構築する際に「日本」を参考にした。

韓国は日本の競合相手であって、両国は補完関係にはなれない。

韓国経済が苦境に陥ると、またもや「日本は韓国を助けるべきだ」なる奇
妙なことを言い出す人が出てくるだろう。

とはいえ、繰り返すが韓国は日本の競合相手なのだ。そうである以上、対
岸の火事は放置するべきなのである。 =おわり

 ■三橋貴明(みつはし・たかあき) 1969年、熊本県生まれ。経済評論
家、中小企業診断士。大学卒業後、外資系IT業界数社に勤務。現在は株
式会社「三橋貴明」事務所社長。著書に「目覚めよ! 日本経済と国防の
教科書」(中経出版)、「日本大復活の真相」(あさ出版)、「いよい
よ、韓国経済が崩壊するこれだけの理由」(ワック)など多数。
(情報収録:中山)


 ◎集団自決の真実----これも共産主義に洗脳されている沖縄マスコが、
隠したい事実なのだろう。

論説委員・石川水穂 封じられた集団自決の真実2013.8.11 産經新聞

■琉球新報が敗訴

先月末、沖縄で集団自決の新聞掲載をめぐり、注目すべき判決が出された。

沖縄戦のドキュメンタリー作家、上原正稔氏が琉球新報に連載した「パン
ドラの箱を開ける時」の中で、慶良間諸島での集団自決の部分の掲載を拒
否されたのは契約違反だと訴えた訴訟で、福岡高裁那覇支部は上原氏の訴
えを一部認め、琉球新報に105万円の支払いを命じた。

集団自決は昭和20年3月、渡嘉敷、座間味両島で起き、計約500人の住民
が手榴弾などで自決した事件である。「鉄の暴風」(昭和25年、沖縄タイ
ムス社)では、それぞれの島の守備隊長だった赤松嘉次大尉と梅澤裕少佐
の自決命令によるものとされ、その誤った事実が教科書などで独り歩きし
てきた。

「パンドラの箱を開ける時」の連載が始まったのは平成19年5月下旬だ。
集団自決が日本軍の命令(強制)だったとする教科書記述に、文部科学省
が「命令の有無は明らかでない。誤解の恐れがある」と検定意見を付け、
これに地元紙の琉球新報や沖縄タイムスなどが強く反発していた時期である。

掲載を拒否されたのは第1章の第2話「慶良間で何が起きたか」だ。上原
氏は渡嘉敷島の集団自決を目撃した元米兵、グレン・シアレス伍長の手記
や、同じ場面を報じた1945(昭和20)年4月2日付ニューヨーク・タイム
ズの記事を引用し、日本側の記録や住民の証言をまじえながら、数十回の
原稿に仕上げる予定だった。

元米兵の手記やニューヨーク・タイムズの記事は上原氏が発見し、琉球新
報の以前の連載でも取り上げたものだ。

■赤松元大尉の手紙

上原氏はさらに、「パンドラの箱を開ける時」の最終回で、掲載拒否され
た第2話を要約した原稿を書き、琉球新報に見せたが、これも拒否された。

座間味島の女子青年団長だった女性が後に「梅澤少佐の自決命令はなかっ
た」と告白した事実や、「遺族に援護法を適用するため、軍命令があった
ことにした」という元琉球政府援護担当者の証言を報じた産経新聞の記事
(平成18年8月27日付)などを取り上げた内容だ。

 赤松氏が渡嘉敷島の元巡査に宛てて書いた次の手紙も紹介されていた。

「真相が明白にされ、私たちの汚名がぬぐい去られる日を期待して努力し
ております。一日も早く沖縄の人々にも理解していただき、私たちと島民
が心を合わせてともに戦ったように、次の世代が憎しみあうことなく本土
の人々と仲よくやってゆけることを祈ってやみません」

この手紙は新資料である。

訴訟で、琉球新報側は掲載拒否の理由について「前と同じことを書いてい
る」「新味のない焼き直し」などと主張した。

上原氏側の徳永信一弁護士は「新聞社の編集権と作家の表現の自由との衝
突という裁判を想定していたが、そうはならなかった」と振り返る。

19年、琉球新報は「軍命の事実は消せない」(7月5日付社説)、「断固
譲れない検定意見撤回」(9月8日付社説)などと繰り返し文科省の検定
を批判した。掲載拒否の真の理由は、「軍命がなかった」とする上原氏の
原稿が同紙の検定批判キャンペーンに水をさすと考えたからではないか。

1審・沖縄地裁は琉球新報の主張を認め、上原氏の請求を棄却したが、2
審・福岡高裁那覇支部は「合理的な理由なく、掲載を一方的に拒否した」
と判断し、上原氏が逆転勝訴した。

集団自決のような戦争のある場面について、以前に発表した資料を引用し
つつ、新資料を加えて再検証する手法は、単なる焼き直しではない。琉球
新報の主張には、無理がある。

■芽生えた自由な言論

20年2月、梅澤少佐の伝令役だった座間味島の民宿経営者が「梅澤少佐は
住民の集団自決を止めようとした」と産経などに証言した。民宿経営者は
その前に、琉球新報と沖縄タイムスにも「真実を話したい」と連絡した
が、どちらも取材に来なかったという。沖縄のメディアには今も、異論を
認めようとしない空気があるようだ。

21年、沖縄県浦添市文化協会発刊の「うらそえ文藝」に、集団自決の軍命
令はなかった−とする上原氏と詩人で同誌編集長の星雅彦氏による特集記
事が掲載され、反響を呼んだ。

閉ざされた沖縄の言語空間の中で芽生えた2人の自由な言論活動の今後に
注目したい。(いしかわ みずほ)  (情報収録・中山) 

 
 ◎王切開、20年で倍増 背景に訴訟問題

帝王切開とは

【岡崎明子】帝王切開で出産する人の割合が約19%と、この20年でほぼ倍
増している。厚生労働省のデータでわかった。日本産婦人科医会の詳しい
統計分析でも2011年に18・6%と、世界保健機関(WHO)が推奨する目
安を超えていた。自然分娩(ぶんべん)では予期せぬ事故が起こることも
あり、医療訴訟などを避けたい医療者側の思惑が背景にありそうだ。

厚労省による医療機関へのサンプル調査によると、帝王切開の割合は、
1990年の10・0%、02年の15・2%、11年は19・2%と増
え続けている。

鈴鹿医療科学大学の石川薫特任教授らは、同医会による07〜11年の出
産に関する全国データを初めて分析した。都道府県別では、最高は23・
5%の栃木県で、最低の秋田県は11・8%と2倍の差があった。WHO
は、母子の健康リスクを避ける目安として、10〜15%に抑えるよう示
しているが、43都道府県でこれを超えていた。帝王切開率と周産期死亡
率には相関関係はなかった。
朝日新聞デジタル 8月11日(日)8時57分配信


 ◎今の日本は、コミンテルンとコリアンが支配しているといってよい。
ソ連崩壊の後は 朝日新聞NHKなどはチャイナの工作に追随している。

日本解体が目標の、部落解放同盟と在日組織は、外国勢力と手を結びマス
コミのトップも握っている。

日本を戦争に追い込んだルーズベルトも共産主義に影響され、政治の中心
にいたハリマン(駐ソ大使、NY市長)はスターリン(および金融マフィ
ア)と深く結びついていた。 

結局、戦前も戦後も共産(社会)主義.に操られている日本と世界。

高岡氏: 終戦時、日本がコミンテルンに浸透されているとの噂があった
が、やはりそうだったのかとガックリ。

防大初代幹事の松谷誠陸将(終戦時首相秘書官、陸軍大佐、陸士35期、陸
大43期)が日本の共産化を是認していたとは驚いた。
------------------------------------------------------------
2013.8.11産經新聞東京版一面

「日本政府が共産主義に降伏」「米の再興機密」終戦間際、中国武官が打
電 ソ連の中枢浸透説を補強

終戦間際の昭和20(1945)年6月、スイスのベルン駐在の中国国民政府の
陸軍武官が米国からの最高機密情報として、「日本政府が共産主義者たち
に降伏している」と重慶に機密電報で報告していたことがロンドンの英国
立公文書館所蔵の最高機密文書ULTRAで明らかになった。

戦局が厳しい状況に追いこまれる中、日本がソ連に接近して和平仲介を進
めたのは、ソ連およびコミンテルン国際共産主義が日本中枢に浸透してい
たためとの説を補強するものとして論議を呼びそうだ。 (岡部伸)
         =3面に「共産国家構想」

英所蔵文書で判明


機密電報は1945年6月22日付で中国国民政府のベルン駐在チッン(中国
名・斎焌)陸軍武官が重慶の参謀本部に伝えた。

英国のブレッチリー・パーク(Bletchley Park 政府暗号学校)が傍受、
解読し、ULTRAにまとめ、公文書館に保管されていた。英国は交戦国だっ
たドイツ、日本だけでなく、中国など同盟国を含め三十数カ国の電報を傍
受、解読していた。

<ブレッチリー・パーク (Bletchley Park) は、イギリス バッキンガム
シャー ミルトン・キーンズ ブレッチリーにある庭園と邸宅。かつてのス
テーションX (Station X) の暗号名でも知られる。第二次世界大戦期に政
府暗号学校が置かれたことから、現在は第二次世界大戦の暗号解読をテー
マとした博物館となっている。>

電報の内容は「米国から得た最高機密情報」として、「国家を救うため、
日本政府の重要メンバーの多くが日本の共産主義者たちに完全に降伏(魂
を明け渡)している」と政権中枢がコミンテルンに汚染されていることを
指摘。そのうえで、「あらゆる分野で行動することを認められている彼ら
(共産主義者たち)は、全ての他国の共産党と連携しながら、モスクワ
(ソ連)に助けを求めている」とした。

そして「日本人は、皇室の維持だけを条件に、完全に共産主義者たちに取
り仕切られた日本政府をソ連が助けてくれるはずだと(米英との和平工作
を)提案している」と解説している。

敗色が色濃くなった日本では同年5月のドイツ降伏を契機に、ソ連を仲介
とする和平案が検討され、電報が打たれた6月には、鈴木貫太郎内閣によ
る最高戦争指導会議で国策として正式に決まった。

斎焌武官は、この電報のほかにも同年2月のヤルタ会談で、ソ連が対日参
戦を正式に決めたと打電したほか、5月からベルンで繰り広げられた米国
との直接和平工作の動きを察知して逐一報告するなど、日本の動静を詳細
に把握していた。


「中ソと同盟」終戦構想 共産国家 陸軍中枢「天皇制両立できる」

ベルン駐在中国国民政府の武官が米国からの最重要情報として「日本政府
が共産主義者たちに降伏している」と打電した背景には何があるのか。陸
軍中枢にはソ連に接近し、天皇制存続を条件に戦後、ソ連や中国共産党と
同盟を結び、共産主義国家の創設を目指す「終戦構想」があった。

鈴木貫太郎首相(肩書は当時)は昭和20年6月22日の最高戦争指導会議
で、ソ連仲介の和平案を国策として決めた際、「(共産党書記長の)ス
ターリンは西郷隆盛に似ているような気がする」と、スターリンを評価す
る発言をした。

この発言に影響を与えたとみられるのが、首相秘書官を務めた松谷誠・陸
軍大佐が、4月に国家再建策として作成した「終戦処理案」だ。松谷氏は
回顧録『大東亜戦収拾の真相』で「スターリンは人権の機微があり、日本
の国体を破壊しようとは考えられない」「ソ連の民族政策は寛容。国体と
共産主義は相容れざるものとは考えない」などと、日本が共産化しても天
皇制は維持できるとの見方を示していた。

さらに「戦後日本の経済形態は表面上不可避的に社会主義的方向を辿り、
この点からも対ソ接近は可能。米国の民主主義よりソ連流人民政府組織の
方が復興できる」として、戦後はソ連流の共産主義国家を目指すべきだと
している。

同年4月に陸軍参謀本部戦争指導班長、種村佐孝大佐がまとめた終戦工作
の原案「今後の対ソ施策に対する意見」でも、?米国ではなくソ連主導で
戦争終結?領土を可能な限りソ連に与え日本を包囲させる?ソ連、中共と同
盟結ぶと書かれている。

陸軍内の動きについて、近衛文麿元首相=同上=は20年2月、「国体護持
にもっとも憂うべき共産革命に急速に進行しつつあり、共産分子は国体
(天皇制)と共産主義の両立論で少壮軍人をひきずろうとしている」と上
奏文で天皇に警告した。

また、真珠湾攻撃目前の16年10月、ソ連のスパイ、リヒャルト・ゾルゲの
協力者として逮捕された尾崎秀美は「(われわれの目標は)コミンテルン
の最終目標である全世界での共産主義革命の遂行」で、狭義には「ソ連を
日本帝国主義から守ること」と供述している。

岸信介元首相は、25年に出版された三田村武夫著『戦争と共産主義』序文
で「近衛、東条英機の両首相をはじめ、大東亜戦争を指導した我々は、ス
ターリンと尾崎に踊らされた操り人形だった」と振り返
っている。  (岡部伸)




”愚策”の謎を解く一次史料  半藤氏

昭和史に詳しい作家、半藤一利氏の話「愚策といわれる大戦末期のソ連仲
裁和平工作の謎を解く一次史料だ。当時、統制派を中心とする陸軍中枢が
共産主義(コミンテルン)に汚染され、傾斜していたことがだんだんと知
られ、大本営の元参謀から『中枢にソ連のスパイがいた』と聞いたことが
あったが、それを裏付ける確証がなかった。近衛上奏文など状況証拠はあ
るが、直接証拠はなかった。

英国が傍受解読した秘密文書で判明した意義は大きい。米国の情報源は、
ベルンで活発に諜報活動をしていた米中央情報局(CIA)の前身、戦略情
報局(OSS)欧州総局長、アレン・ダレスだろう。

当時、米国と中国国民党政府は、日本の首脳部が赤化していると判断して
いたことがうかがえる。ベルンで米国側からピースフィーラー(和平工作
者)の動きが出てくるのは、こうした認識から戦争を早く終わらせ、アジ
アの共産化を防ぎたかったからだろう」--だがアメリカ政府そのものが赤
化していたのでそれはかなわなかった。アメリカは蒋介石から手を引き、
毛沢東に乗り換えた。


日本を転換する周到な工作 中西氏

コミンテルンの浸透工作など大戦期のインテリジェンスに詳しい中西輝政
京都大学名誉教授の話「英国立公文書館所蔵の機密文書の信頼性は高く、
第一級の史料である。第三国のインテリジェンスで、日本の指導層とりわ
け陸軍中枢にソ連工作が浸透していたことを浮き彫りにしている。米国の
最重要情報源とは、OSSのアレン・ダレスで、日本に対するOSSの分析だろう。

また当時は国共合作していたため、武官は、中国共産党員の可能性もあ
る。統制派を中心とした日本陸軍の指導層にはソ連に親和性を感じ、ソ連
共産党に通じた共産主義者(コミンテルン)がいて、敗戦革命を起こして
戦後、ソ連型国家を目指す者がいた。

ゾルゲ=尾崎事件では、軍部は捜査を受けず、人事も刷新されず、コミン
テルンによる浸透工作が継続していた。『ヴェノナ』文書により、米国の
ルーズベルト政権ですら、200人以上のソ連のスパイないし協力者がいた
ことが判明したが、防諜が弱かった日本でも、総力戦体制の中でソ連の浸
透が進んでいた。ソ連を頼り、和平を委ねたのは、日本を共産主義国家へ
転換する周到な工作だったとも考えられる」
 (情報収録:中山)



 ◎【Facebook抜粋】 −  ◆新型護衛艦「いずも」考◆

稲村公望 via Yuji Katagiri
12 hours ago ?

新型護衛艦「いずも」が、8月6日に進水式を行った。このことに対して
様々な反応が内外である。
2009年に政権交代をした時に、国民新党がそれまで党是としていた郵政関
連問題、マクロ経済政策、積極財政政策以外で、最初に政権に要望を申し
入れたのが、この22DDH・いずもである。要望を入れた時期は、その年の9
月後半か10月はじめである。正に政権交代をして政府予算案を積み上げて
いる真っ最中である。そういう要望をして、その後、プッシュをして、な
んと案が通ってしまったのが22DDHで、実際、その結果を見て驚いたくら
いである。

この経緯を知っている防衛関係者が以前、私に、このDDHの名前を、当時
国民新党の代表をしておられた亀井静香議員の名前をとって「しずか」に
しようと言ってくれたことがあったが、もちろん、即刻「それだけはやめ
たほうが良いです」と断った。

今年は、出雲大社のご遷宮の年でもあるし、出雲といえば2009年当時、国
民新党のメンバーであった亀井久興・亜紀子両議員の地元でもあるので、
とても良いネーミングだと思う。

2009年に22DDHの要望書を出した時、その要望書でこの艦を大型の「病院
船にもなるもの」と表現している。つまり、3.11のような災害時などでの
使用も念頭に入れているわけで、実際、このようなことにおける活躍は非
常に期待できるだろう。津波災害など災害時は陸路が遮断されていること
もあるので、海路が有効なアプローチになる場合、絶大な効果を発揮する
だろう。
この22DDHは、政府の憲法解釈で保有をしないことにしている正規空母で
はない。あの形状を見ても分かる通り、ヘリコプター搭載を目的とする
言ってみれば軽空母だ。実際、まだ軽空母なのだ。ヘリコプター搭載はも
ちろんオスプレイ搭載も視野に入っていると思うが、F35などの戦闘機搭
載については不明だ。実際、軽空母なのでそこまで行くとは思わない。
このように様々なことを想定して造られているのがこの「いずも」であ
る。実は私がその「要望書」を作成したのでその時のことをよく憶えている。

他国が非常に警戒感を出しているが、そこまで言うほどのことではなく、
実際は日本国と日本国民にとって非常に有効な力となる新型艦という性格
が強いものと私は思っている。実際、他国を攻撃する力を持っているとは
全く思えない。
日本の海上防衛を考えるのなら、島嶼部が多いこと、また災害が多発する
わが国の国情を考えれば、この「いずも型護衛艦」があと三隻必要だろ
う。また、3.11の際、航空自衛隊松島基地が壊滅して、米空母がそのカ
バーを行ったことを考えれば、カタパルトのついた戦闘機を搭載できる本
格的な空母が2隻必要だろう。これだけあれば、ある程度、完璧だと思う
が、それでも外洋に出て他国をターゲットにするには程遠い。
このように様々な事情を考えれば、他国が警戒感を表明している本心は、
このいずもによって攻撃されることを恐れているのではなく、その警戒感
を表明している国が日本を攻撃する際、このいずもによって阻まれること
を警戒しているに過ぎないことは明らかだ。
いずれにせよ、4年前は一遍の要望書の文字であった22DDHが、今、あれだ
けの姿になり進水した光景を見ると、非常に感慨深いものがある。政治の
世界にいて「いずも」実現の一助となれたことは心から嬉しく思う。

ちょっと話がそれるが、上記で私の古巣国民新党のことを書いた。この
22DDHを要望した頃の国民新党はとても良い状況であった。その当時は、
神道界で高位の綿貫代表や高貴で立派な亀井久興幹事長の精神がしっかり
と息づき、高い見識を持ち、気骨がある政党で、経済・財政政策も先進的
であった。しかし、2010年6月に連立与党から離脱しようとして出来ず、
その時からおかしくなった。民主党の言いなりになってしまった感じで
あった。その4ヶ月後、そのおかしさがダメで私は辞め、その後もどんど
んおかしくなった。ただ、亀井静香議員と亀井亜紀子前議員がいる間は、
何とか保っていたが、最終的に親とも言える創業者お二人を追い出すとい
う非道なことが行われ、お二人は離脱、その後は第二民主党となり、魂と
気骨が全くないめちゃくちゃになってしまった。
この22DDHの要望を出した頃は、党もしっかりとしていたし、連立政権発
足後間もないころで要望も通りやすかったのだが、いずれにせよ、私が国
民新党と書いて読者の方々があの無様な最後の国民新党をイメージされる
のは心外なので敢えてここで書いた。

話を戻す。
以下のリンクの記事で『中国メディア、新護衛艦「いずも」を批判』とあ
る。色々と難癖をつけているようにしか私には見えないが、記事の最終部
分に『さらに「装備などから空母の特徴を持っている」、「日本は、空母
の保有を許されていない」と、強く反発しています。』とある。
この「日本は、空母の保有を許されていない」とは一体どういうことなの
だろうか? 説明をして欲しいと思う。国際間でそんなことが決められて
いるのだろうか? 日本の主権・自衛権を侵害する国際間での密約でもあ
るのだろうか? そのようなものがあったら大問題だろう。
日本政府は憲法の「専守防衛と戦力の不保持の原則に背く」という憲法解
釈により、固定翼機を運用する正規空母を持たないとしているが、それは
日本の国内問題であって、日本が空母保有を許されていないという表現と
は違うものだ。このことを根拠にそのような表現になるのならそれは内政
干渉以外のなにものでもない。
また、専守防衛という枠組みにおいて、他国の戦力と比して、日本が空母
を持つ必要があるのなら持つべきだと思う。日本が守られなければ平和憲
法もまた他国によって蹂躙されるわけだから、当然だろう。
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20130807-00000015-jnn-int

また、以下のリンクの記事では、『日本のヘリ搭載型護衛艦「いずも」に
中国が猛反発』とあり、記事には『中国共産党系の新聞「環球時報」など
は7日朝、「いずも」の進水式の写真を1面に掲載し、「日本最大の戦艦の
進水は、中韓を刺激している」と報じた。』とある。
この「日本最大の戦艦の進水は、中韓を刺激している」とは一体どういう
ことであろうか? 中国が反発するのはわかるが、韓国の話になるのはお
かしいのではないだろうか? 韓国は言わずと知れた米韓同盟の国であ
る。日本は日米同盟を組み、日米韓で連携がされているわけである。この
ような関係性において日本がいずもを建造していることで韓国が中国と同
じように刺激されるのはおかしい。ありえないことである。むしろ喜ぶべ
きことだろう。
韓国はこのような見解に対して否定と申し開きをすべきだろう。韓国が過
去のことを様々に言うのは自由だが、その前に韓国はまず「現在」のこと
をしっかりとやって欲しいものである。
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00251390.html

今回も様々な挑発があるが、日本は冷静に、挑発にのらず、準備を怠ら
ず、打つべき手を粛々と確実に静かに打つべきだ。そして「敵を憎まず」
である。敵を憎むと判断を誤る。また「敵を恐れない」である。敵を恐れ
れば敵を本当の姿が見えなくなる。そして自分を見失う。あくまでも冷静
に、打つべき手を粛々と打つべきだろう。

中国メディア、新護衛艦「いずも」を批判(TBS系(JNN)) - Y!ニュース
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稲村公望 転載いたしました。片桐さん、ありがとうございます。
11 hours ago ? Edited ? Like ? 3

柴本勉宏 先日の短い時間でのお話、全て理解できました!。ありがとう
ございます。
11 hours ago ? Like ? 2

Seiya Nakagaki 内容について非常に勉強になりました。更に、「きちん
と緻密に論をすすめる事」により説得性のある文章を作る事の重要性も学
ばせていただきました。
11 hours ago ? Like ? 3

Masaharu Isshiki 戦前の日本帝国海軍が、なぜ世界最強であったかとい
うと、装備はもとより、優秀な人材を取り揃えていたからです。軍艦は数
年で造ることができますが、人材育成には10年単位の月日が必要です。
未熟な人材を実戦に送り出せば、どうなるかということは先の大戦で日本
は学んだはずです。今、最も急がれるのは人材の育成だと思います。すい
ません、決して装備をおろそかにしてはいけないという話ではありませんので
11 hours ago ? Like ? 5

井形淳 ありがとうございます。
11 hours ago via mobile ? Like ? 1

Toyoaki Yoshida 粛々と日本の自立&自律の為に、自主防衛体制を構築し
て欲しいですね。
11 hours ago ? Unlike ? 3

稲村公望 逆に,人材をおろそかにすると、政策がゆるくなり、国家はすぐ
に衰退します。夕日のつるべオチのようになります。日本の霞ヶ関のよう
な感じもします。市場原理主義の政治経済は、人材を破壊して、単なる瀬
崎としてのカラス天狗の化け物を大量に作り出しました。怖い話です。
10 hours ago ? Unlike ? 5

Masaharu Isshiki もう一つの問題は、官僚の年功序列等による紋切り型
の人事です。平時は問題がないのですが、世界最強の機動部隊を壊滅させ
たのも、兵学校のハンモックナンバーによる人事かと
10 hours ago ? Unlike ? 3

Ken Tokura 同意です。
9 hours ago ? Like ? 1

稲村公望 意外と、学校秀才の場合には出世競争があって、人間の魅力が
無くなって,実際には指導力が無いか、低いかのことがままある。
8 hours ago ? Unlike ? 3

Toyoaki Yoshida 人材を育てるには、正統な評価が必要です。正統な評価
は総合的な会計が必要です。今の、公的な会計は、損益計算書がありませ
ん。仕事の評価が出来ないのです。これでは、仕事しないと思います。人
/事業別の損益計算書だけでなく貸借対照表も作るべきです。民間企業に
できて、何で公的会計に適用出来ないのでしょうか?そんな会計制度作ら
れたら、霞ヶ関の言い逃れが出来ないから、わざと前近代的な会計制度で
留めているのでしょうか?本当は、今の会計制度は税の徴収の為の会計制
度ですから、されに進めて、経営や行政を的確に評価できる会計制度を再
構築する必要があると考えています。その見本ですが、参考にして頂けれ
ば幸いです。http://www3.ocn.ne.jp/~csl/hybridac.PDF
8 hours ago ? Unlike ? 2

Mak Sakamoto ご教示有難うございます。おかげさまで、少し見えてきた
部分もあります。ぜひ「シェア」させてください。
8 hours ago ? Like ? 2

Toyoaki Yoshida この本支店会計制度は、高度です。手作業で、会計伝票
を起票すると、間違いが多くなります。そこで、仕訳伝票の起票もプログ
ラム化した方が良いでしょう。私は、以下のようにしました。
http://www3.ocn.ne.jp/~csl/hybridrei.tif なるべく多くの企業や地公
体で研究して欲しいものです。

http://www3.ocn.ne.jp/~csl/hybridrei.tif
www3.ocn.ne.jp
7 hours ago ? Like ? 1

Wataru Nagai こういう話を知ることが出来ることはインターネットの持
つ良い可能性のひとつだと改めて感じました。ありがとうございます。
about an hour ago ? Like ? 1

稲村公望 個人個人を分断するのが、新自由主義ですが、そうではなく
て、絆を仮想空間で創り上げるのが、その新しい通信技術です。しかし、
仮想空間ですから,ウソもまじりますし、わかりにくいところがありま
す。実態を作ることで世界が広がるように思います。
about an hour ago ? Edited ? Like ? 1

Wataru Nagai これまではメディアの情報を鵜呑みにしていても許された
かもしれませんが、今はそうではなく、自分でも情報源を調べたり、他の
情報と比べて確認したり、情報を受ける側の力も試される時代になってい
ると感じています。それを私自身が適切に出来ているかどうかは自分では
分かりませんが、稲村先生からの情報にはいつも勉強させて頂いておりま
す。※マハティール元首相の本は1回目がようやく終わりそうです。
54 minutes ago ? Like ? 2

稲村公望 お役に立てて、ありがとうございます。年の功かな。
10 minutes ago ? Like ? 2

〔情報収録 − 坂元 誠〕



━━━━━━━
反     響
━━━━━━━

 
 1)何で182球も投げさせたの:前田 正晶

先に結論を言えば「監督は勝たねばならず、子供たちを勝たせてやらねば
ならず、彼自身も絶対に勝って帰らねばならない重い荷を背負っているか
ら」なのだ。しかし、浦和学院の小島投手は善戦健闘だったし、勝たせて
やりたいと言うよりも「勝って貰いたかった」が、可哀想な結果に終わった。

甲子園の野球とその精神の在り方を余り肯定的に見ていない私にとって
は、昨10日の浦和学院の監督の姿勢には悲しくなるほど?怒っていた。あ
れでは、春の選抜に「安楽投手を無残に使い倒して負けた」と厳しく批判
した愛媛の済美の監督と同等の暴挙であると決め付けたい。酷すぎる。

小島投手が9回の裏にあの状態になるまで投げさせたのは「正常な運動競
技の監督ではあり得ない采配と健康管理」と断じる。

こと野球に関しては、苟も甲子園にたった一度だけ出てしかも優勝してし
まった高校の出身で、同じ組に(何で「クラス」等というカタカナ語を使
うのか)前高野連会長の脇村君を初め優勝メンバーが3人もいたので、私
は国体の決勝で負けてしまったサッカー部員であっても、彼ら野球部員か
ら十分に薫陶を受けていたので、それなりの経験と知識があるつもりだ。

あの小島投手の1回の裏の乱調を見て、この冷静な評論家は「ここまでで
スパッと彼を諦めて、もしも彼に執着するのならば、一塁手か外野に残し
て第二投手を出しておく方が適切ではないか」と閃いていた。そして、滅
茶苦茶なコントロールで押し出しを含めて6点も取られてしまった。浦学
は撃つ方も結構な力があるので10点を取って見せたが、小島君は立ち直れ
ず、可哀想に恐らく脱水症状もあったのだろうが、足が痙攣を起こしたよ
うで引っ込まざるを得なくなった。

あの負け方は全面的に監督の失態であると言いたい。彼の失敗が子供たち
の春からの連覇の願いを粉砕したのだ。私には何故甲子園に出てくる監督
は子供たちに過剰労働を強いるのかと不思議に思って見ている。しかも、
昨日もそうだったが、安楽君の際にも、解説者もアナウンサーもその点に
一向に触れようとしない。飽くまでも「澄んだ瞳を持った汚れなき高校球
児の真摯な戦いを讃えよ、美化せよ」と、恰も高野連かNHKに言いくるめ
られているかの如きだ。

すでに指摘したが、兵庫県の海沿いの地での夏場の高温と高湿は経験して
みないと解らないかも知れないが、私のような東京生まれには脅威で驚異
的だった。しかも昨今の観測史上希な高温の下の甲子園で、真っ昼間に野
球をやらせているのだ。勝ちたい意欲も結構だが、健康管理に120%の配
慮をすべきではないか。あの監督は小島君を甲子園と同様の気象条件で鍛
えておいたのかな。あり得ないだろう。

私の関心事は*あの監督が(済美の監督もそうだが)この経験から何を学
習したか、*小島君がどれほど強靱な精神力の持ち主か(そうであって欲
しい)、*主催者の朝日新聞と高野連が何を学んだか、にある。夏の昼間
に試合をやるのもどうかと思うが、朝の8時から開始するもの一寸残酷だ
なと思うのだが、甲子園に出られる方にとっては、その程度は些細なこと
なのかなと疑っている。


 2)読めば、ナイーブさが伝わってくる。幼子のお母さんを思うように
も見える。 オスプレーが落ちたところで誰が困るわけでもない、筵旗立
てて正義を説いても、来るときは来る、来たときには、世界平和とを叫ん
で村人こぞって絶命する。

そんなこと、ついさっき経験したのに、もう忘れてしまって、反対抗議行
動に浮かれ、演説までし出す市長もいる。

内に向かって責任ある者が責任を果たさなかったことを責め、外に向かっ
ては世界平和ではなく、原爆投下の主犯者をあぶり出して責めるのが筋の
はずだし、「オレのモノはオレのモノ」と言い、かつ行動をしなければ失
うだけだ。

今のままで、いつまでたっても、70年前の繰り返しに向かうだけだ戦争は
外交手段と思い詰める国々がある以上、戦争は日本を捨て置くことはな
い。 アホなトップを抱える組織はもろく崩れ去る。今も、当時と同じよ
うなことをしてはいまいか、自問自答の季節、1ヶ月間の最中だ。静謐を
守ることは同朋の犠牲を増やすだけだ。

戦争終結をめぐる日本の戦略――対ソ工作を中心として  庄司潤一郎著
http://www.nids.go.jp/event/forum/pdf/2009/09.pdfというのがある。
抜粋してみ
る。
 
1943年6月大本営政府連絡会議は「当面ノ対『ソ』施策ニ関スル件」を決
定、それは「日『ソ』間ノ静謐ヲ保持シ『ソ』連ヲシテ日『ソ』中立条約
ヲ厳守セシムル」ために、「日『ソ』各種懸案ノ積極的解決ヲ図ル」とさ
れた。

すなわち、独ソ和平に代わり、北樺太の石油及び石炭利権や漁業問題など
長年の日ソ間の懸案を解決することを通して、両国関係の安定化、ひいて
は「北方静謐」を確保することを目指したのである。

梅津美治郎参謀総長は、「ソ連に対しては、凡有戦政略施策を講じて日ソ
戦の惹起を防遏するに努む」と述べていた。 

また、対ソ工作の「代償」として、南樺太や北千島の譲渡といった最大限
の譲歩を行えば、ソ連を説得することが可能であると考えられていた。

この背景には、この時点にいたっても、ソ連と米英の間に対立が生じ、そ
れを好機として生かし得るとの認識があった。例えば、重光外相は、「戦
況ノ彼等ニ有利ニ進ムニ従ヒ彼等相互ノ間ニ将来ニ対スル利害ノ相違ヲ展
開スルハ必然ニシテ此点カ今日ニ於テハ吾人ノ利用シ得ヘキ唯一ノ敵ノ弱
点トナルニ至レリ」と述べ、杉山陸相は、地中海・バルカン方面における
英ソの対立から、「米ソ戦争の可能性さへ包蔵している」と指摘していた
のである。

しかし、1944年11月の革命記念日前夜にスターリンは、初めて日本を
「侵略国」と非難する演説を行っており、日本側の認識は国際情勢に対す
る希望的観測に過ぎなかった。しかし、その後も、ソ連の対日政策に重大
な変化はないであろうとの楽観を抱き続けたのである。

1945年4月鈴木内閣が成立するが、ほぼ同時にソ連は中立条約を延長しな
い旨通告してきた。しかし佐藤駐ソ大使は、不延長の通告は米英との間で
生じつつある確執の緩和に目的があり、国交断絶や対日参戦につながるも
のではないとの判断を東京に報告しており、日本側に一層の期待を抱かせ
ることになった。

河辺虎四郎参謀次長は、「彼レ(スターリン)ノ対日好感、対米非共同心
ヲ期待スルモノニアラザルモ、打算ニ長ゼル彼レガ今ニ於テ東洋ニ新戦場
ヲ求ムルコトナルベシ」と判断していたのである。

8月8日モロトフ外相から佐藤駐ソ大使に伝えられた回答は、特使派遣受
諾ではなく、開戦の通告であり、鈴木内閣の期待は裏切られたのであっ
た。特使を予定されていた近衛元首相は、「鈴木貫太郎内閣はソ連の誠意
を信用し過ぎて誤った。ソ連における政府の諜報活動は弱体で、それが政
府を誤らせた」と指摘していたのである。

より強い衝撃を受けたのは陸軍で、河辺参謀次長は日誌に、「嗚呼遂ニ
『ソ』ハ起チタルカ、余ノ判断ハ外レタリ」と記し、これまで本土決戦を
主張していた阿南陸相、梅津参謀総長など陸軍首脳も、敗北を認めざるを
得なかった。陸軍が主張した本土決戦による戦争継続は、ソ連の中立を大
前提としていたが、ソ連の対日参戦によりその主張は崩壊した。近衛元首
相や米内海相は、ソ連の参戦は陸軍を抑え終戦に導く「天佑」であると指
摘したが、8月15日日本は終戦を迎えることになる。

ソ連参戦後の9日、陸軍が作成した「『ソ』ノ参戦ニ伴フ戦争指導大綱
(案)」においては、ソ連に対して宣戦布告は行わず、ソ連もしくは中立
国を利用して、好機に乗じて戦争終結に努力するとともに、当分対ソ交渉
を継続すると記されていたのでる。ソ連の対日参戦後でさえ、陸軍内には
ソ連に対するむなしい期待が存在していたが、満州の広野では、激戦と悲
劇が展開されていたのである。(酒井 富雄)

  

 3)BSフジ月〜金20時スタートの2時間情報番組はかなり評価できる。
今週は日本の「国柄」を考えるテーマで7日桜井よしこ氏が日中関係を
解説した。その該博な知識と、いかに中国が世界制覇を考えているかが
独特のソフトな語り口で良く理解できた。

それに比べ、8日 黒田勝弘氏の韓国関係には期待したが韓国べったりで
失望した。氏は書くと語るでは大いに落差がある。(松村 隆彦)



 4)自民党の小泉進次郎氏が、7日の党外交・国防合同部会で沖縄の米
軍基地キャンプ・ハンセン内での米空軍ヘリコプター墜落事故について、
「多くの人の受け止めは、またかということ。ただ、事故のヘリは東日本
大震災で捜索救難活動の実績もあるトモダチ作戦の大きな功労者だ」とも
強調、事故で犠牲になった隊員に哀悼の意を表し、墜落のみを大騒ぎする
一部メディアを牽制したという。(10日産経ニュース)

そのとおりである。これでは、隣国の韓国のメディアやサッカーフアンの
度外れた対日非難の慎みのなさを貶しておれない。

米軍に事故防止を申し入れるのは当然として、多くはなぜか単にそれだけ
に留まっている。同盟国の要員の危難について弔意や見舞いが併せて発せ
られるのが筋ではないのか。わが国もまた礼節を失ってきているのでない
か。(品川 阿生居士)



 5)加瀬様
先日は小生の感情的な拙文にわざわざお返事くださり恐縮です。あの時小
生は、ソウルで『漢南』などという名前は聞いたことがないと書きました
が、後から考えると『漢南』の付く名称は色々あったことを思い出しまし
た。地名において『漢南洞』は大使館街、『漢南大橋』は交通情報を聞い
ていれば毎日のように登場しますし、駅名にも『漢南駅』がありました。
誠に恥ずかしい限りで、お詫びいたします。申し訳ありません。
室 佳之


 
━━━━━━━
身 辺 雑 記 
━━━━━━━ 

11日,起床直後の空腹時血糖値は「102」最高血圧は「120」


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  • 名無しさん2013/08/12

    「日本政府が共産主義者に降伏」 終戦間際、中国武官が「米の最高機密」として打電

    2013.8.12 09:51 (1/2ページ)

    http://sankei.jp.msn.com/world/news/130812/chn13081209400000-n1.htm

  • 名無しさん2013/08/12

    さて、昨日から帰省ラッシュが始まったようですが

    私はお盆中はずっとお仕事です



     お母さんの実家がお寺だから…お墓参りはいつでも行けるので





  • 名無しさん2013/08/12

    朝鮮人が、日本に対し尊大で傲慢なのは、強烈な劣等感があるわけで日本人に対して自分たちが劣っていることを認めざるを得ないだけに、そのみじめさで底なしの自己嫌悪感に精神的に堪えられないのであろう。

    これは、日常生活においても絶えず襲ってくる強迫観念であり、それを払拭するためには日本という国が劣悪であることを、寝ても覚めても呪い、恨み、罵り続けなくてはならない。

     彼らはそれを意識の底に押し込めても押し込めても、日々の生活の不満からふつふつと死霊のようによみがえり、それを吐き出さないと精神が安定しないのである。

    それほどまでに、実は彼らは自分たちの民族性を自ら嫌悪し、呪わしく思っているのだ。

     確かに、このようなみじめな民族の歴史を自覚し、隣には、訪米白人列強と互角に戦い負けたといえども結果として亜細亜を解放した勇敢で輝かしい民族がいることを知れば、 彼らの精神的不安も理解できなくはない。

    しかし、これは民族の病理ともいうべきもので、このような精神の病をこそ最新の精神分析学は研究対象としてほしい。

    しかし、この、世にも不幸な民族的宿&#30132;を持つ隣人に我々日本人は本当に関わりたく ないのだが一切関わらずにということが現実問題できるのだろうか。

    ただ、少なくとも彼らが我々に向けてくる迷妄を、面倒だからとこれまで唯々諾々と あやしてきた我々の態度は、彼らの病識を自覚させるどころか、ますます深い混迷に陥れたにすぎなかったといえる。

     日本のマスコミなどのリベラル勢力の主張する彼らへの宥和的態度は、この病を治癒どころかさらなる重篤な妄想の極北まで連れて行くことになろう。

  • 名無しさん2013/08/12

    【韓流の街】新大久保がゴーストタウン化しているらしい件。有田ヨシフさんのせいですね分かります。 

    http://gogotorimaru.blog19.fc2.com/blog-entry-7625.html

  • 名無しさん2013/08/11

    スイスに「黒人差別存在」 年収74億円、米セレブと知らず…店員「あなたには買えない」

    http://sankei.jp.msn.com/world/news/130811/erp13081109360001-n1.htm

  • 名無しさん2013/08/11

    チャイニーズだろ。↓

  • 名無しさん2013/08/11

    もうチャイナと朝鮮人とは 係らぬように経済断絶し。早く倒産させろ、勝手に内乱させよ、世界最悪の民族だ。黒ラブ

  • 名無しさん2013/08/11

    麻生太郎のいわゆる「ナチス発言」が世間を賑わせた。 騒がれた割には発言要旨を見れば何のことはない。  



    麻生太郎「ナチス発言」から「隷属への道」を振り返るhttp://conservative.jugem.jp/?eid=352

  • 名無しさん2013/08/11

    【外信コラム】

    ソウルからヨボセヨ 同じ100メートルでも…

    http://sankei.jp.msn.com/world/news/130810/kor13081003320000-n1.htm