政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針3003号  2013・7・9(火)

2013/07/09

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  わたなべ りやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」 3003号
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        2013(平成25)年7月9日(火)



         安倍は規制委の人員を増やし効率上げよ:杉浦正章

                      中曽根康弘と石原慎太郎:平井修一

                海亀組にも冷たい世間の仕打ち:宮崎正弘

  治安部隊と衝突、51人死亡=同胞団「蜂起」?:古澤 襄

                              自滅する台湾:Andy Chang

                                       話 の 福 袋
                                反     響
                    身 辺 雑 記


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第3003号
                             発行周期 不定期(原則日曜日発行)
             

 
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安倍は規制委の人員を増やし効率上げよ
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             杉浦 正章

〜原発再稼働〜

新潟知事はパフォーマンスせず大局を見よ

原子力規制委の新規制基準の施行を受け、4電力会社が計5原発10基の
再稼働に向けた安全審査を申請した。いずれも基準合致が有力視される原
発ばかりであり、半年後には第一号の再稼働が実現しよう。

福島事故以来2年4か月、反原発運動に阻害されたエネルギー萎縮の風潮
を乗り越え、安全配慮の再稼働によるエネルギーミックス時代の幕開けと
なる。参院選に不利になるにもかかわらず首相・安倍晋三も幹事長・石破
茂もあえて早期再稼働実現を明言しており、選挙結果がすべてを決着させ
ることになる。

しかし規制委の審査方針は逼迫した電力事情を考慮に入れておらず、余り
にも遅遅たるものがある。安倍は第三者委員会の性格上審査に一切の関与
をすべきではないが、特例措置で支援の専門家の人数を増やし早期再稼働
にこぎ着けるべきである。
 
なぜ遅遅たるものかと言えば、1原発の審査に何と半年もかけるのであ
る。80人体制で3チームに分けて審査するから3原発が稼働するのに半
年かかる。全原発をクリアするのには8年3か月もかかる計算になる。専
門家によると規制委の基準をクリヤ出来そうな原発は50基のうちの3分
の2はあるという。

33基前後の原発が再稼働可能となる計算だ。規制委は伊方と玄海の両原
発審査を先行させる方針とみられ、トップ合格が最有力視される。規制委
はできる限り効率第一を心がけるべきだ。電力会社も規制委も既に大まか
な取捨選択の判断は出来る状況と思う。

従って廃炉になりそうな原発は全部後回しにして、クリア出来そうなもの
から審査にかけるべきことなどは言うまでもない。

それにしても審査に時間がかかりすぎる。経団連会長・米倉弘昌は「もう
少し人数を拡充するなど安全審査を行う仕組みが大切」と述べている。

自民党幹部筋も「サボタージュではないか」とまで批判している。年間に
アラブなどに流出する国富は4兆円に達しており、電気料金値上げで中小
企業や国民はあえいでいる。ここは何としてでも審査の効率化を図るため
に、専門家を動員する態勢を国が作るべき時ではないか。

これに対して規制委委員長・田中俊一は増員に応じない方針だという。専
門性の高い審査を出来る職員が限られていることがその理由のようだ。

し かし、専門家は鉦(かね)と太鼓で集めればいくらでもいる。田中は
「審 査の中で魂が入るかどうかで真価が問われる」と述べているが、規
制委の 遅延で国のエネルギーが破たんしては、それこそ「仏作って魂入
れず」で はないか。

安倍は知恵を絞って専門家をかき集めて規制委に投入すべきだ。年間4兆
円の国富流出を思えば人件費などは安いものだ。
 
一方、規制委の厳正なる科学的な判断とは別に、最終的には政治家の判断
と、法的には求められていないが自治体の長の判断が必要となる。産経新
聞は安倍と官房長官・菅義偉が8日の街頭演説で原発再稼働に触れなかっ
たことを取り上げ、「争点隠し」と批判している。これは産経にしては珍
しい誤判断だ。

安倍はテレビでは再稼働を明言しているではないか。NHKでも「再稼働
に向けて政府は一丸となって対応し、出来るだけ早期に実現したい」と言
い切った。石破も「日本の経済に責任を持とうと思えば安全、安心が確認
された原発の再稼働は避けて通れない。我々はそこから逃げることはな
い」と述べた。

これは昨年の選挙前の発言と同じであり、一貫して安倍政権が姿勢を変え
ていないことを意味する。おりから8日付日経の参院選序盤ツイッター分
析では、「原発問題」が公示前の1日数千件が公示後は1万件前後に増加
して各種の政策論議のトップに立った。

筆者が予想したとおり選挙の最先鋭の争点は原発だ。それにもかかわらず
総選挙と同じで自民党が敗れる流れは生じていない。原発反対派のマスコ
ミも政党も再び原発政策で敗れることになる。
 
総選挙の際もそうだったが、自治体の長がパフォーマンスで反原発を唱え
てしゃしゃり出るケースが多い。政党まで作ってつぶれた滋賀県知事・嘉
田由紀子がいい例だが、今回は新潟県知事・泉田裕彦だ。なぜパフォーマ
ンスかと言えば東電社長・広瀬直己とのやりとりをテレビを入れて公開した。

その中で泉田は「年内の黒字を意識した申請か」と尋ね、広瀬が「意識し
ている」と答えると「不安を解消するよりも、お金を意識したのですね」
と勝ちほこったように問い詰めた。テレビ向けにはめたのだ。民放テレビ
は喜んで報道しても、心ある有識者は嫌らしいと看破したのではないか。

泉田に関して元産業省官僚の古賀茂明が、面白い情報をロイターに漏らし
ている。通産省の後輩である泉田に対して「包囲網が形成されている」と
いうのだ。

「泉田裕彦は経産省で出来が悪くて知事に転出した。省内で出世できな
かったことを根に持って抵抗している、というストーリーを経産省がこの
1年間、ずっと流している」と述べている。さもありなんである。

泉田はなんと規制委の新規制基準にまで反対している。要するにに経産省
絡みのものは皆反対なのである。江戸の敵を長崎で討つという大局欠如の
偏狭さだ。

知事は反対でも地元の市町村長は賛成派が圧倒的だ。15年の 任期切れで
4選を目指そうという姿勢がありありだが、市町村長が怒って おり本当
に包囲網が形成されれば選挙は危うい。

   (政治評論家)<2013年07月09日>



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中曽根康弘と石原慎太郎
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       平井 修一

「誰であっても大統領は、決断をしなければならない。誰かに責任を転嫁
することはできないのだ。誰も自分の代わりに決断をすることはできな
い。それが大統領の職務だからだ。責任は私がとる」

米国第33代大統領(在任1945年4月12日〜1953年1月20日)ハリー・S・ト
ルーマンの言葉である。日本への原爆投下を命じ、マッカーサーを通じた
日本占領政策に大きな影響を与えた。戦後日本の生みの親である。日本人
としては悔しいが、敗戦とはそういうことだ。

国政をあずかる政治家は原爆投下のように周囲の反対を押し切っても国益
のために非情な決断をする。冒頭の言葉は敵国の親玉の言葉ではあるが、
その職の重さを伝えている。

昭和の初め(1929年7月2日〜1931年4月14日)に首相を務めた浜口雄幸
(おさち)は理想の政治家たらんと修養、努力を惜しまなかった。「政治
は浜口の唯一の趣味道楽だ」という声もあったが、浜口は「政治が趣味道
楽であってたまるものか、およそ政治ほど真剣なものはない、命賭けけで
や るべきものである」「政治は国民道徳の最高水準たるべし」 との姿勢
を 守り通した。

政治の重さを承知していた。「一国の政治の方針と運用ならびに政治家の
態度と心術とが、一国文化の上に及ぼす所のその影響は実に広大無辺」と
も書いている。

昭和5年、浜口は東京駅で暴漢に撃たれたが、死を目前に して「男子の本
懐だ」と呟いた。もう自分は一身を燃焼させて命を賭けて やってきたの
だから、ここで斃れても思い残すことはない、ということだ ろう。

言うまでもなく政治家は、職業として執政にあたり、国家経営を推進して
いく指導者である。

日本では国会議員、地方議員、地方首長などが政治家 の代表で、国権の
最高機関である国会には722人の議員がいるが、浜口の 言う「国家を率い
る政治家こそ最高の道徳が追求される、政治は最高の道 徳を行うもので
なければならない」と思っている政治家が今はいかほどい るのだろうか。

浜口雄幸を尊敬する中曽根康弘(1918年:大正7年5月27日 - )は95歳に
なった。評価はいろいろだが、政治家、その最高地位である宰相としての
責任、覚悟をもっていた人だろう。彼から見ると今の政治家は物足りない
ようだ。

「我々先輩の政治家から見ると、2世、3世は図太さがなく、根性が弱い。
何となく根っこに不敵なものが欠けている感じがする」(2008年9月3日読
売新聞)

4年11か月に及ぶ長期政権を担った中曽根は“総理の資質”についてこう
語っている。

「総理大臣になった途端に官僚や新聞記者から冷たい目で見られる。彼ら
は能力が高く、今までの歴史を熟知し、歴代総理の在り方を研究したうえ
で現役総理を眺めている。そこに身を晒している。それを克服するだけの
人間的魅力と能力がなくては一人前の総理大臣とは言えない。

能力とは先見力、説得力、国際性。そして政治家同士を提携させる、学者
との関係を適切にやる、ジャーナリズムとの関係をうまく導き、同じ志を
持つ者を集める結合力。それらが非常に重要な要素になっている。多少時
間がかかっても克服しなくてはならない。それが宿命だ。

権力者は孤独だ。権力と相対しているとそれが責任感、孤独感に転じてい
くのだ。責任を果たさなければならないという気持ちが一人でいるときに
孤独感を誘引してくる。

総理官邸で夜中に考え事をしていると、梟(ふく ろう)の鳴き声が聞こ
えたことがあった。浜口雄幸総理の随感録にも同じ ことが載っていた。
同じように梟の声を聞いて先輩と政治責任を分かち合 う気持ちは、総理
官邸に住んだ者にしかわからない」(SAPIO 2012年11月号)

中曽根が「最後の国士」として評価した前野徹(元東急エージェンシー社
長)は、晩年の著書で石原慎太郎を「ぜひ総理に」と推奨している。こうだ。

「新生日本の国家ビジョンを実現する礎と確かな道筋をつくりイニシア
ティブをとっていく、この難業を完遂するには従来の為政者を越えた実行
力と決断力をもち、強靭なリーダーシップを発揮できる人物でなければ務
まらない。この役割を担えるのは石原慎太郎さん以外にはない」(「戦後
六十年の大ウソ」)

石原慎太郎は1932年:昭和7年9月30日生まれだから80歳である。保守政治
家ということで中曽根康弘とも昵懇だが、宰相を務めた中曽根に比べて言
動が軽い印象は否めない。

石原は都知事から17年ぶりに国政に復帰し、橋 下徹大阪市長とともに
「日本維新の会」共同代表を務めているが、石原が 橋下という国政経験
のない「テレビタレント」と手を組んだのは、小生か らみれば「ずいぶ
ん軽いなあ」と思う。人気者の集票力を当てにしたのか もしれない。

橋下は、かつて横山ノックを大阪府知事に選んだ「テレビ白痴症」と同じ
人々が支持しているのだろうが、人気は当てにはならない。日本維新の会
はこの6月の東京都議会議員選挙では惨敗した。今月7月21日の参議院議員
通常選挙でも失敗すれば日本維新の会は消えるかもしれない。

石原は年初に軽い脳梗塞を患った。いくら若々しいと言っても傘寿であ
る。橋下人気にあやかった日本維新の会が空中分解すれば石原の再起も難
しいだろう。

佐々淳行(1930年:昭和5年12月11日 - )は第3次中曽根内閣で初代の内
閣官房内閣安全保障室長に就任している。2007年:平成19年の東京都知事
選挙では石原の要請で選挙対策本部長を務めており、今では石原応援団長
のようである。佐々は石原より2歳年長の82歳で、これまた元気な老人だ
なあと思っていたら、7月から病気療養で休業した。

加齢とともに肉体は弱る。それは誰も避けることはできない。石原も20代
のように障子を突き破ることはできまい。「太陽の季節」も終わりになろ
うとしている。(2013/07/08)



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海亀組にも冷たい世間の仕打ち
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
   平成25(2013)年7月9日(火曜日)
         通巻第3977号 <前日発行>
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 海亀組にも冷たい世間の仕打ちは日本と似てきた
  中国人留学生260万、毎年40万人が帰国しているが
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「外国の大学を卒業して、中国に帰国したらたいそうな厚遇」
 「華為技術も微博もアリババも、みんな留学帰りが興したベンチャー企
業が出発点だ」

そうしたかけ声が、「海外に留学した中国人は帰国して中国の発展に寄与
せよ」という公式の呼びかけと変わり、累計で260万の海外留学組みのう
ちの、およそ110万人が帰国した。

近年は毎年40万人規模の留学生が帰ってきた。これを古巣に帰る亀に喩え
て「海亀」と呼んだ。

彼らは高級・厚遇で中国企業に迎えられ、引っ張りだこだった。

環境は変わった。

海亀組が意欲満々、中国へ帰国しても就職先がないのである。大幅な景気
後退ばかりが原因ではなかった。

第一にIT産業や、ソフト開発は頭打ち、無用な人間は解雇される。

第二に中国市場独特の市場事情を掌握できていない海亀組は役立たずのシ
ロモノで、むしろ国内で販売傾向、マーケット情報に詳しい国内大卒組の
ほうが役に立つ。

第三に海亀組を看る国内の目がかわった。特別視する傾向は皆無となり、
よほどの才能を持つ留学組は国内へもどるより、米欧にとどまったほうが
有利という傾向もでた。
  
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◎ BOOKREVIEW ◆書評 ◇しょひょう ▼ブックレビュー 
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本当は怖い中国投資だったのに、嘘の情報で投資を促した張本人は誰か?
井戸を掘った全日空もパナソニックもひどい目にあったんですがねぇ。
 
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青木直人『誰も書かない中国進出企業の非情なる現実』(祥伝社新書)
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「井戸を最初に掘った恩を忘れない」と周恩来は言った。

岡崎達之助が率いた全日空は北京と西安にホテルも開業した。いまは2つ
とも人手にわたった。

パナソニックもひどい目にあって、北京のショールームを畳んだ。ヤオハ
ンはまんまとだまし取られ、伊勢丹は瀋陽から撤退、ヤマダ電器は南京か
ら撤退した。しかし、この程度で納まるわけはない。

井戸を掘った恩人を忘れないと言ったではないか、と日本側が文句を付け
ると、中国側は言う。

「北京に井戸はありません。水道水を飲んでいます」

こうなると「すぐに中国から撤退をするべきだ」というのが本書の結論で
ある。

その結論に至るまでの中国でのビジネス実態を、とくにそのブラックな部
分を本書は執拗に実名入りで次々と暴いていく。凄まじい汚職の闇、たか
りの実態をこれほどの具体例と実名をあげた本は珍しい。

典型例が伊藤忠であり、いかに腐敗した共産党と面妖なコネクションを拡
大し、共産党のご用聞きをやってきたか、その次はトヨタ、そして王子製
紙など。つくづくと思うのは、中国進出を進めてきた代理人、政治家、
ジャーナリストの責任である。

旧満州へ出た企業はどうなったか? 身ぐるみ剥がされて、命からがら逃
げてこられたのは幸運だった。大半は殺害されたか、抑留された。残留孤
児の悲劇がおきた。

今度もまた同じことがおきるだろう。

著者の青木氏は「撤退」も選択肢として薦めるものの、評者(宮崎)に言
わしめれば「中国への進出そのものが間違いだった」のである。

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 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 930】      
  ――「喧噪と臭気との他弁別し難い様な人の波だ」(小林の18)
「杭州」「満州の印象」他(小林秀雄『世界紀行文学全集』修道社 昭和
46年)

小林の思考はいよいよ核心に迫ってゆく。

「明治以来、わが国文化は西洋文化を輸入し爛熟して来たのだが、これを
日本のものとして輸出するほどの完成を見たわけではない」。完成させえ
ないうちに、前年の昭和12(1937年)7月の盧溝橋事件をキッカケにして
「(支那)事変が来た」。

そこで「事変の影響するところ、西洋模倣の行詰りを言い、日本独特の文
化の建設を叫ぶ、声高い説が沢山現れたが、声高さはいずれ一時のもので
ある」と切り捨てる。

小林は時流という敵に向かって一太刀、鋭い切っ先を振り下ろした。

「西洋模倣の行詰りと言うが、模倣が行詰るというのもおかしな事で、模
倣の果てには真の理解が現れざるをえない」はずだ。だから「模倣の行詰
り」なんぞと軽々しく口にしてはいけない。

いわば、「真の理解」を現すまでに真剣に模倣してこなかっただけではな
いか。かくて「相手を征服するのに相手を真に理解し尽くすという武器よ
り強い武器はない。

これは文化の定法であって、わが国文化は、明治以来この定法通りに進ん
で来た。事変がどの様な力を持とうとも、この定法を変える力はない」。
「この定法通りの文化の進行」に、事変は「僕等の嘗て知らなかった拍車
を掛ける」だろう。かくて小林は、「やがてそうなる」と確信を持って言
い切った。

これを要するに、事変は維新以来進めてきた西洋文化の「模倣の行詰り」
を物語っているのではなく、むしろ、はしなくも模倣の不徹底を浮かび上
がらせた。だから今こそ、「相手を真に理解し尽くすという」「文化の定
法」を貫徹すべきだというのだろう。

当時、日本回帰がブームになり、勇ましく「日本のインテリゲンチャよ、
日本に還れ、という叫び」が聞かれた。

小林は「嘗ての僕等の西洋崇拝の裏には」、「西洋恐怖が宿っていた」と
指摘し、日本回帰の虚しさを説く。「日本に還れ」というが、「現在ある
自分自身より他に還る場所はない」。であればこそ、問題は「現在ある自
分自身」にあるはずだ。

かくて「現在ある自分自身というものを語るについて、現在の日本人達は
何という舌足らずであるか」と、強い危惧の念を表明する。舌足らずのま
まに、「日本のインテリゲンチャよ、日本に還れ」と叫んだところで、な
にやら精神の自家中毒に陥るだけではないか。

「日本に還れ」と徒に口にする前に、「現在ある自分自身」に還るべきで
あり、「自分自身というものを語る」べきだろう。そこで問われるべき
は、必然的に「現在ある自分自身」ということになってくる。

 日本人は「日本人たる事を止めた事はない」。西欧の思想である自由主
義やらマルクス主義を受け入れたが、「今日これを省みれば、僕等は何と
日本人的受取方で受け取って来た」だろうか。だが「総じて習い覚えた主
義とか思想というものには、人間を根底から変える力など」ない。

「その根底のところにある変わらぬ日本人というものの姿を、僕等は今日
捕らえあぐんでいる」と語る小林からしてみれば、「日本のインテリゲン
チャよ、日本に還れ」という当時の流行り言葉は、なにやら日本人が日本
人を「捕らえあぐねている」ことの悲しい“告白”であり、不徹底な思想的
営為の断末魔の叫びに思えたのではなかったか。

 西洋の思想が「僕等を毒した」わけでも、「僕等の精神を塗り潰して
了った」わけでもない。西洋の思想に揺り動かされ大変微妙なものになっ
てしまった「伝統的な日本人の心」に「関する的確な表現を現代の日本人
は持っていない」と、小林は自らを問うた。
《QED》
 
*******************

【知道中国 931】        
 ――「喧噪と臭気との他弁別し難い様な人の波だ」(小林の19)
「杭州」「満州の印象」他(小林秀雄『世界紀行文学全集』修道社 昭和
46年)

当時、盛んに叫ばれるようになった日本主義運動、国体明徴運動、国民精
神総動員運動などに対し、小林は「その趣旨に反対するものではない」と
断わりながらも、それらが「思想運動として全然成功していない」のは、
国民に「世上の紋切り型の表現」でしか接することが出来ないからだ、と
指摘する。それもそうだ。解り切ったようなことを「紋切り型の文句で演
説」したところで、国民は聞き飽きるばかり。共感を得られるわけがない。

支那事変という「国運を賭する程の大事件にぶつかり乍ら、その思想的表
現に於いて日本国民は、何という貧寒な言葉しか持ち合わせていないの
か」と、嘆息を洩らす。

「この様な事変はそもそも思想的表現に堪えられない」「自分の表現は現
代に入れられぬ」といった議論が流布しているが、それは嘘っぱちであ
る。こういう“弁明”に努めるヤツラを、「僕等がこれからどうにかしてや
り遂げねばならない難しい仕事に、単に気が付き度くない怠け者に過ぎな
い」と斬って捨てた。

この考えは、事変から80年近くが過ぎた現在でも十二分に通用するものだ
と思う。

たとえばアベノミクスという「国運を賭する程の大事件にぶつかり乍ら、
その思想的表現に於いて日本国民は、何という貧寒な言葉しか持ち合わせ
ていないのか」。株価が下がればアベノミクスは失敗だと囃し立て、上が
れば上がったで、もっと上がってこそアベノミクスは成功といえるのだと
ノー天気なゴ託宣を並べ立てる。

「二の矢」を番えろ、もっと効果的な「三の矢」を考え出せと、徒に催促
するばかり。円安・円高に一喜一憂し、儲かったら北叟笑み、いや損した
と不平不満の大合唱。加えるに欧米の高名な経済学者が“お墨付き”を呉れ
たの呉れないの。ああ言った、こう言った。世界的な投資家やら巨大ヘッ
ジファンドが動いたの動かないの・・・。「何という貧寒な言葉しか持ち
合わせていないのか」。

思うに、アベノミクスを単に日本経済回生策に止めてはならないはずだ。
現に安倍は「日本を、取り戻す」と主張していた。安倍の言う「日本」は
大企業の蝟集する経団連を指すわけではあるまい。日本経済だけではな
く、日本そのもののではないか。ならばアベノミクスは、一大思想運動に
転化・昇化されてしかるべき性質の大政策と看做すべきなのだ。

日本列島を取巻く情況に素直に目をやれば、中国とは尖閣、韓国とは従軍
慰安婦、北朝鮮とは拉致、そしてアメリカとは沖縄基地と、「国運を賭す
る程の大事件」は枚挙に暇がない。

にもかかわらずTVコメンテーターやら評論家やらの愚にも付かない“解説”
を聞かされ、目先の功名争いに明け暮れる政治家と称する目立ちたがり屋
の“秘密暴露”や小田原評定を見せ付けられるばかり。こんな解り切った
「世上の紋切り型の表現」に付き合わされ、「紋切り型の文句で演説」を
聞かされたら、国民がソッポを向くのも当たり前だろう。

「現在ある自分自身というものを語るについて、現在の日本人達は何とい
う舌足らずであるか」という小林の嘆きに倣うなら、「現在ある自分自身
というものを語るについて」、

21世紀初頭の現在を生きる日本人も「何という舌足らず」・・・いやそう
ではない。じつは無駄口を叩くことに狎れ過ぎてしまったのだ。無駄口を
聞かされることに不感症になりすぎてしまっている。無自覚で鈍感、そう
に違いない。

ただそれだけ。それだけなのだ。

小林は「事変の性質の未聞の複雑さ、その進行の意外さは万人の見るとこ
ろだ。そしてこれに処した政府の方針や声明の曖昧さを、智識人面した多
くが責めた。無論自分達に事変の見透しや実情に即した見解があったわけ
ではない。今から思えば、ただ批評みたいなことを喋りたかったに過ぎ
ぬ」と続ける。
昔も「智識人面した多く」がいたらしい。
《QED》

**********************

【知道中国 932】      
  ――「喧噪と臭気との他弁別し難い様な人の波だ」(小林の20)
「杭州」「満州の印象」他(小林秀雄『世界紀行文学全集』修道社 昭和
46年)


「智識人面した多く」がなにを喋ろうが、「事変はいよいよ拡大し、国民
の一致団結は少しも乱れない」。

この団結を支えているのは「日本民族の血の無意識の団結という様な単純
なものではない」。「伝統を爛熟させて来て、これを明治以後の急激な西
洋文化の影響の下に鍛錬したところの一種異様な聰明さなのだ。智慧なの
だ」と、小林は考える。

「今度の事変の最大の特徴」は、「この事変に国民が黙って処した」こと
だ。一方、「事変とともに輩出したデマゴオグ達は、自分達の指導原理が
成功した様な錯覚を持っているだろうが、それはあらゆる場合にデマゴオ
グには必至の錯覚に過ぎ」ない。

小林は「実は黒河での第一夜は、次々に湧いてくる様々な思いに悩まさ
れ、よく眠れなかった」と告白している。それというのも日本の近代文学
は、外国人にも解るように「日本人の心というものの近代的な見事な表現
を完成しているだろうか」と考えたからである。

事変は外国人の日本への関心を高めた。だから「日本の政治的動きに関す
る精細な分析という様なものは沢山見られる様だ」。だが、「その底にあ
る近代日本人の心については、まるで手がつけられていない」と慨嘆しつ
つ、明治以来日本人が「自己表現を完成」させえなかったではないかと深
く省みる。

確かに「軍人も政治かも学者も、日本人の美質について、一生懸命語って
いるわけだが、残念な事には現代日本人の美質なるものは、彼等の紋切型
の表現には、到底手に負えぬ微妙なものになっている」。「現代日本人の
美質」を外国人に解らせるように「自己表現」しうる近代文学を持ち得な
いことがもどかしい。
小林は苛立つ。

「欠陥は事変前から持ち越された、事変後にも未だそのまま残るであろ
う」。おそらく小林にとっては事変の勝利以上に切実に手にしたかったの
は、日本人としての「自己表現」の完成だったはずだ。軍人は敵を殲滅す
るために銃を持つ。だが小林は銃ではなく筆を執る。

「日本人の心というものの近代的な見事な表現」という筆で、外国人をネ
ジ伏せるのだ。

考えに考え、うつらうつらしているうちに、黒河での最初の夜が明けた。
「頭が重かった」。だが「頭を重くしているどころの段ではなく、僕はキ
ラキラする街に飛び出した。もう何も考えなかった」。

賭博場を覗いてみる。「貧しい服装の労働者らしい人達が、犇き合
い・・・揉みくちゃに紙幣やら銅貨やらを、黙々と賭けていた」。「賭博
場の裏手は、東京で言えば玉の井の路地で、雪を被った脊の低い見穿しい
同じ様な屋並みがつづき、窓の二重ガラスの合間に、籾殻を敷き、その上
に造花の薔薇やダリヤを並べている。千代紙の切れ端をばら撒いた窓も
あった」。この黒河の早朝こそ、中国人にとっては当たり前の朝の景色な
のだろう。

「夥しい氷塊を浮かべた黒い水が、意外な速さで流れていた」。「黒い
水」、黒龍江だ。「対岸は思ったより近い」。確かに黒龍江の岸に立った
時のことを思い出すと、対岸のブラゴヴェシチェンスクは指呼の間だ。
「白亜の兵舎が立ち、丘の上にはトオチカらしいものが見える。

兵舎からは、兵隊の合唱する歌声が聞えてくる」。「何となく暢気な調子
で、・・・ともかく軍歌ではないらしい」。「雪の斜面でスキーを楽しん
でいる一団がある」。そして「こちらの岸には凍り付いた材木を剥がして
は、馬に曳かせて運搬するので、労働者が群がっている。見たとところ表
面はいかにも平和な国境風景だ」。

ここで「だが果たして表面は、だろうか。そんな事はあるまい」と自問自
答した後、「キラキラする河面を見詰めながら」、「未来も過去も観念の
塊に過ぎぬ」と呟いた。
《QED》


(ひいずみかつお氏は愛知大学教授。京劇、華僑研究の第一人者。本コラ
ムは小誌に独占的に連載されております)
      
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ♪
(読者の声1)最も身近ながら、あまり考える事のない「お金」につい
て、その本質とお金の世界から見た現代の深層を、元 三菱UFJ信託銀行経
営企画課長の生田一夫先生が語ります。

         記

日時  7月13日(土) 14時〜16時30分(開場:13時40分)
会場  文京シビック4階 シルバーセンター4階ホール(文京シビックセ
ンター内)
参加費 事前申込:1000円、当日申込:1500円(事前申込の学
生:500円、高校生以下無料)

生田 一夫(いくた かずお)先生(戒名:寶鏡一舟(ほうきょう いっしゅ
う)伊豆小室山禅堂堂長
http://izu-komuroyama-zendou.com/entry4.html
1967年生まれ。三菱信託銀行入社後、法人融資畑を歩み、新規開拓では平
均的な社員の3倍以上の成績を上げ続ける。2007年、三菱UFJ信託銀行 経
営企画部 CSR(企業の社会的責任統括部署)課長。

2013年3月、三菱UFJ信託 銀行退職。2013年4月、一舟株式会社 代表取締
役社長。2003年より働きな がら坐禅修行を始める。 2012年、臨済宗 伊
豆小室山禅堂堂長を兼務。明 治神宮武道場「至誠館」門人、生田神社雅
楽部員等。1988年、西宮戎神社 福男。現在、お金の専門家として、「お
金の本質と、国際情勢について」 等の講演活動を行っている。

なお懇親会は17時〜19時頃 参加費:事前申込3500円 (事前申込の
学生3000円)です。当日申込4000円 (当日申込の学生3500円)
【申込先】 7月12日23時迄にメール又はFAXにて(当日受付も可)(懇
親会は7月11日 23時迄)。当日は混雑が予想される為 事前申込の無い方
の入場は講演10分前とさせて頂きます。
主催 「士気の集い・青年部」 千田宛て http://blog.goo.ne.jp
/morale_meeting
   FAX 03-5682-0018 
E-mail:morale_meeting@yahoo.co.jp

 

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治安部隊と衝突、51人死亡=同胞団「蜂起」?
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                 古澤 襄

中東情勢に強い仏AFPと契約している日本の時事は、8日未明、エジプ
ト・カイロの共和国防衛隊司令部付近で、治安部隊が発射した催涙ガスか
ら逃げる市民(AFP=時事)の画像で伝える一方で、 中東の衛星テレ
ビ局アルジャジーラなどが相次いで伝えたエジプト軍とムスリム同胞団の
蜂起・衝突を報じている。

 <【カイロ時事】エジプトの首都カイロ東部の共和国防衛隊司令部付近
で8日、軍によるモルシ前大統領解任に抗議していたイスラム組織ムスリ
ム同胞団支持者らのデモ隊が治安部隊と衝突し、救急当局によると少なく
とも51人が死亡、435人が負傷した。中東の衛星テレビ局アルジャ
ジーラなどが伝えた。

 AFP通信は、治安部隊ではない私服の集団がデモ隊を銃撃したとの目
撃証言を伝えており、何者かが軍を敵視するデモ隊を過激化させ、攻撃を
仕掛けるよう仕向けた可能性もある。エジプト軍は「武装したテロリス
ト」が司令部への突入を図って軍部隊や警察を攻撃し、軍側にも死傷者が
出たと主張している。

 同胞団の政治部門「自由公正党」は声明を出し、「戦車で革命(の成
果)を奪おうとする者に対する偉大なエジプト人による蜂起」を呼び掛
け、国際社会に「さらなる虐殺を防ぐための介入」を求めた。モルシ氏解
任を支持するエルバラダイ前国際原子力機関(IAEA)事務局長は、衝
突事件を非難した上で「独立した調査が必要だ」と訴えた。マンスール暫
定大統領は、衝突事件に関する司法委員会を設置し、調査するよう命じた。

デモ隊は銃撃された際、抗議の座り込みを展開していたが、イスラム教の
礼拝を行っていた人もいたという。事件がエジプト国内の敬虔(けいけ
ん)なイスラム教徒の怒りを招くのは必至で、エジプト情勢は一層の混迷
を避けられない見通しだ。

 現場一帯は治安当局に封鎖され、救急車の通行も阻まれるなど大きく混
乱した。カイロでは衝突の後、武装した同胞団支持者の集団が、兵士2人
を拉致する事件も発生。エジプト検察は、自由公正党の本部から可燃性の
液体やナイフなどの武器が見つかったとして、同本部の閉鎖を命じた。

 事件を受け、イスラム法の厳格な適用を求める「光の党」は暫定政権樹
立に向けた協議から離脱すると表明した。政権移行プロセスにイスラム主
義勢力を取り込むことができなければ挙国一致体制の構築は不可能で、暫
定政権に対する国民の信頼は大きく損なわれる。

 2012年の大統領選に出馬した有力政治家アブルフトゥーハ氏は、暫定大
統領の辞任を要求した。しかし、ロイター通信によると、暫定大統領ス
ポークスマンは「組閣作業が妨げられることはない」と述べた。(時
事)>2013.07.09 Tuesday name : kajikablog


  
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自滅する台湾
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  Andy Chang

6月8日に習近平とオバマがロス近郊で会談したあと、台湾の馬英九はあ
わてて呉伯雄を中国に派遣して13日に習近平と会見し、台湾と中国は漢民
族、中華民族は同源など強調し、中国傾斜を早める結果となった。台湾人
は敏感に反応し危機感を高めている。

ところが民間の危機感をよそに民進党の謝長廷は月末に香港の会議に出席
した後、広東で中国側の張志軍と会見し、「民共交流」(民進党と共産党
の交流)の新路線を発表した。

人民は民進党に大いに失望しているが、未だに民進党に依頼する心理が強
いので民進党を排除する機運が生まれず、彷徨を続けている。台湾の自滅
が早まった感がある。

●民意を無視する民進党

民進党は選挙しか考えていない。民意を聞かず中国に叩頭すれば政権を取
れると思っている。人民が反対しても選挙になれば民進党を支持せざるを
得ないと尊大に構えている。だが人民は投票を拒否する動きがある。いく
らあがいても国民党の独裁選挙には勝てない。

人民が民進党を見放した理由は三つある。第1に民進党には政見がない、
第2に、蔡英文、謝長廷、蘇貞昌の有力候補の支持率が低い、第3に民進
党は独立を捨てて中国に叩頭するからである。

ある幹部は台湾が国連加盟を果たすまでは独立できないから、それまで独
立運動をする必要がないと述べた。無知にもほどがある。独立国でなけれ
ば国連加盟はできない。加盟できたら既に独立しているはずである。

ある幹部は台湾が独立するのは20年、30年もかかるから、いまは独立運動
をする必要はない、政権(中華民国の)を取るのが先だと得意がって放言
した。今から努力しても20年かかるのであって、20年たったら自然に独立
できるのではない。

中華民国の政権をとったら台湾建国はできない。国名を変更する、新しい
憲法を作るなどはみんなウソである。独立は20年後の若者に任せて、自分
は中華民国の政権を取って利権を獲得するつもりの餓鬼どもが台湾を自滅
に導くのである。

中華民国の体制は国民党の作ったものである。民進党は政権を取ってから
中華民国体制を台湾国に変更するつもりだが、正名制憲は国民党の反対だ
けでなく、中国も反対するはずだ。その代わり、国民党は現体制を維持し
ながら中国と「一国二制」を推進する可能性が強い。これが真の台湾の危
機なのである。

中国は馬英九を使って迅速に中国人の台湾侵略を進めている。独立は20年
もかかるというが中国の台湾併呑は数年内に達成できるのではないか。

謝長廷は民意を無視し、中国の援助で中華民国政権を取ろうとしている。
国民党に勝てないから中国の助けを借りるつもりだが、これが実現すれば
中国に大きな借りを作り、正名制憲はできないばかりか中国の台湾併呑を
早める結果となるだろう。

●曖昧な米国の台湾政策

米国は台湾問題について曖昧間政策を取ってきたが、そのため台湾に対す
る認識があいまいになり、アメリカ人は中華民国と台湾の区別がつかなく
なっている。これは非常に危険である。米国は台湾海峡の両側が平和裏に
解決すべきだと言うが、海峡両側の中国人が解決するのではなく、中国人
と台湾人が解決すべき問題である。

台湾の安全は米国の台湾関係法によって維持されてきたが、米国会では新
たな台湾政策法案(H.R. 419:Taiwan Policy Act)が提案され議決を待つ
ばかりとなった。この法案の骨子とは台湾の将来は平和裡に解決すべき、
ということである。

しかし、この法案もまた台湾と中華民国の区別がハッキリしない新たな曖
昧法案である。この法案によると、「台湾」は中華民国政府になり、台湾
の民主を保護すると謳いながら、悪化しつつある中華民国の独裁をどうす
ることもできない。更に悪いことに、この法案は中華民国の存在を認める
結果となり、中国が反対すれば台湾独立は平和的でないといわれる可能性
も含んでいる。

●中国の台湾謀略

米国が平和解決を主張していることを踏まえ、中国は馬英九政権を使って
中国人の移入で台湾侵略をしている。中国は台湾人の独立意識を混乱さ
せ、弱体化させる策略を取っている。米国の台湾関係法に抵触しないで台
湾独立を骨なしにするのだ。

中国は、台湾人の独立意識を消滅させるため、謝長廷その他の民進党幹部
を買収し優遇する。民進党は中国の傀儡と化し、民進党と人民の乖離が進
む。民進党の目標は選挙に勝つことだけだが、人民の支持がなければ選挙
には勝てない。

その次に中国は、独立派の論述に違った意見を乱立させ、相互批判で意見
の統一を阻止する。台湾は既に独立した国家であるとか、台湾は民主国家
であると煽てて中華民国政権を維持し、中国人の台湾移入を増加させ、中
国の属国化する。中国人の移民は見えない侵略だから米国は反対できない。

●台湾人の自救運動

習近平の訪米と呉伯雄の訪中のあと台湾の危機を叫ぶ人が増えたが、民間
の討論にまとまった行動計画がない。政治家はみんな「お山の大将」にな
りたがって団結しない。政府に対する悪罵や批判が多く、台湾を救う行動
計画が無い。政府を批判しても効果がない。

台湾が危機に瀕していると言いながらチベット独立支持、エジプト革命な
どで勝手な論争ばかりやっている。

台湾の自救運動は真っ先に民進党を捨てることである。民進党は中国の傀
儡である。民衆は民進党に頼るべきではない。台湾独立は中華民国を打倒
する方針が肝要である。

中華民国の選挙をやめて打倒政府のデモを始める、アメリカ国会に手紙攻
勢を始めるなど、人民の団結と行動が大切である。馬英九政権を打倒する
なら選挙をやめて街頭運動から始めるべきである。



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話 の 福 袋
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 ◎中華や小中華の文化は、偽装・贋物も文化のうちだが

どうも信用ならない。
高岡氏より転送

【旅客機事故】
「アシアナ事故機の操縦士、B777運航経歴わずか43時間」
2013年07月08日16:34

アシアナ航空機のサンフランシスコ空港着陸衝突事故と関連し、国土交通
部(国土部)は7日、「該当航空機を43時間しか運航していない操縦士
が機長席に座り、操縦桿を握った」と明らかにした。

 これを受け、国土部は今回の事故が社内教育訓練過程で発生した可能性
もあるとみて現地調査に着手し、波紋が予想される。

 7日の国土部とアシアナ航空によると、6日午前11時28分(現地時
間)に米サンフランシスコ空港で事故を起こしたアシアナ航空OZ214
便では、事故当時、イ・ガングク機長(46)が機長席に座っていたこと
が分かった。

 イ・ガングク機長はアシアナ航空運航インターン出身で、01年運送用
操縦士の資格を取得し、これまで中型航空機A320などを9793時間
運航しているが、今回事故が発生した大型航空機B777−200ERの
場合、機種免許の取得後43時間しか運航していない。

航空機は機種ごとに操縦法が異なるため、他の航空機を操縦するためには
新しく機種免許を取得する必要がある。

航空操縦士は2人1組で航空機を運航する場合、原則的に機長席に座る操
縦士が離着陸など操縦を担当することになっている。

経験が多いイ・ジョンミン機長(46)は事故当時、非常状況で主導的に航
空機を運航する役割を担当し、副機長席に座っていた。

これに関し、国土部の関係者は「出発から事故発生までイ・ガングク機長
が機長席に座り、操縦桿を握ったことが確認された」とし、「今回の飛行
は“教官”のイ・ジョンミン機長と“教育訓練生”のイ・ガングク機長の教育
訓練飛行として進行された」と述べた。

事故当時、サンフランシスコ空港28L滑走路は航法誘導装置が故障して
いたため、操縦士が手動で着陸を試み、事故が発生した。

グライドスロープ(glide slope)と呼ばれるこのコンピュー
ターシステムは着陸する航空機の下降経路を計算し、随時航空機に送る役
割をする装置。当時サンフランシスコ空港の航法誘導装置の故障は世界航
空会社にあらかじめ通知されていた。

尹永斗(ナユン・ヨンド)アシアナ航空社長(62)はこの日の記者会見
で、「計器に異常が発生すれば本社に設置された指揮装備に自動で異常内
容が表示されるが、今回は飛行機が着陸するまで異常信号がなかった」と
述べ、機体の欠陥の可能性を排除した。

アシアナ航空旅客機は7日午前3時28分(日本時間)、米サンフランシス
コ空港に着陸する際、地上に衝突した。

飛行機には韓国人77人を含む乗客と乗務員の計307人が搭乗し、うち2
人が死亡した。

死亡したのは中国人女子高校生の王琳佳さん(16)と王琳佳さん
(17)。負傷者181人(重傷49人)のうち5人は状態が深刻だ。

この日の事故は、飛行機の後部が海に接した空港の防波堤に衝突して発生
したという。

衝突した旅客機は滑走路を離脱し、翼・エンジンなどが胴体から分離破断
した。事故機は乗客が避難した後、火災が発生し、機体の大半が焼けた。

米運輸安全委員会(NTSB)が事故原因の調査に着手し、韓国国土部は
この日午後1時、事故調査班を米国に派遣した。

NTSBは事故機の機体からフライトレコーダー(別名ブラックボック
ス)を回収した後、精密分析のためにワシントンに移した。
 (情報収録;中山)  


 ◎NSAスキャンダルから企業が得られる教訓
監視活動「PRISM」を暴露したPowerPoint資料に書かれていたこと

[James Furbush,TechTarget] 2013年07月09日 08時00分 UPDATE
http://techtarget.itmedia.co.jp/tt/news/1307/09/news03.html

IT部門は、自社のプライバシーポリシーや情報セキュリティシステム、取
引先企業、サービス品質保証契約などにあらためて目を向ける必要がある
と専門家は指摘する。

米国家安全保障局(NSA)がさまざまなIT企業から大量のユーザー情報を
収集していたことが発覚した。これをきっかけとして多くのIT専門職が、
ユーザーポリシーと情報プライバシー戦略について再考を迫られている。

NSAによる監視活動のニュースを巡っては、多くの関係者が情報プライバ
シー侵害を懸念する一方で、企業のIT部門がモバイルコンピューティング
計画や企業のファイアウォール越しにデータをクラウドへと移す計画を変
更するまでには至っていない。

それでもIT部門は、自社のプライバシーポリシーや情報セキュリティシス
テム、取引先企業、サービス品質保証契約などにあらためて目を向ける必
要があると、米ITコンサルタントMetroStar Systemsのモバイルプラク
ティスディレクター、マット・ラウダーバック氏は指摘する。

こうしたことをある程度実行しているのが、米出版社のMoney Crashers
Personal Financeだ。同社のIT部門責任者ギュテ・パク氏によると、同社
は従業員や取引先、サードパーティーベンダーとの間の秘密保持契約を、
できる限り全てを網羅する包括的なものへと改定した。ポリシーの規定も
強化し、機密性が高いデータにアクセスできるのは、IT部門の上層部のみ
とした。

ただ、Money CrashersがNSAの監視活動を巡るスキャンダルから学んだの
は、ファイアウォール外で動くデータを本質的に信用してはいけないとい
うことではなく、それよりも、従業員に対して無条件に全面的な信頼を置
いてはいけないという教訓だった。

パク氏は言う。「懸念すべきは、誰がわれわれのデータにアクセスしたか
が分からないことではない。最も望ましくないのは、組織内の人間がわが
社に関する社外秘情報を全てリークしようという気を起こすことだ」

一般的に、IT管理者は組織内で最も信頼されている人物であり、全ての
データにアクセスすることが可能だ。まさにエリック・スノーデン氏がそ
うだったとパク氏は指摘する。

〔情報収録 − 坂元 誠〕



━━━━━━━
反     響
━━━━━━━


 1)法務省入管局以外にまだそのような役所があるのかと驚きました。
問い合わせの電話も必ず10分以上アナウンスが出てからやっとつながる
ような状態が日常茶飯事に続いており、改善の兆しさえありません。

外国人の家内の在留カードを申請しておりますが、申請書類提出後42日を
経過してもまだ申請中とのこと。

いつ終わるのかも分からず、ひたすら待ちの状態が続いています。厳格な
審査をしているとのことですが、ならばなぜ外国人犯罪が後を絶たないのか。

以前も向学心ある外国の若者に3度申請しても修学ビザが発給されず、そ
の学生の貴重な時間を無駄にしました。すべてではないでしょうが、入国
を許可された者の犯罪が後を絶たないのはなぜでしょう。

書類審査だけで面接を行わない。以前このメルマガでも最近の医者は患者
に触れないでパソコンばかり見ているとの指摘がありましたが、人を見な
いで書類だけを見ているからではないでしょうか。もっと審査をオープン
にする必要があると思います。(宮本)



 2)年間、そして、3000号突破!!!

おめでとうございます。

こんな格調の高い、素晴らしいメルマガを知ったのは上西さんからのメッ
セージでした。読者にさせていただいて 感謝です。

頂門の一針は、日本の良心です。

これからも どうぞご宝体を大切になさって、ますます日本のためーーひ
いては世界のためとなりますーーによろしくお願い申し上げます。感謝合
掌 貝塚拝


 3)今年の夏も大して暑くないのか?:前田正晶

関東地方に梅雨明け宣言が出たと聞いた途端に、ここ数日34〜35度に達
し、熱中症に対する警戒警報が発せられている。事実、昨7日には数百人
が熱中症に倒れ、お気の毒に死者まで出たと報じられていた。先ず、ご冥
福をお祈りします。

ところがである、昭和1桁生まれの当方は、年齢が進むにつれて暑さ・寒
さに鈍感になってきた。昨日も一歩外に出て「何だ、これが三十数度の暑
さか」と感じたほど何でも無かったのだった。しかし、10分近く歩いてい
る間に少し蒸し暑さを感じ汗ばんでは来たが、耐えられないほどのことで
はなかった。

実は、70歳を超えた辺りからこの鈍感力がついて来たと感じ始めていた。
39歳から始まったアメリカ出張で経験するようになった時差に対する感度
である。当初はアメリカ西海岸に早朝に到着した日の午後3時頃に襲って
くる猛烈な眠気に苦しめられたのだった。多くの経験者に「ここで寝てし
まえば、一生時差に馴れないぞ」と警告され、必死で耐えていたものだった。

1972年8月の初めての渡米では、LAに一泊した後に到着した3時間の時差が
あるアトランタでの最初の朝には、シャワーの温度をいくら上げても何と
も感じず、震えまで来て「これは到着早々に何らかの病気に襲われたの
か」と不安におののいたものだった。

そして、午後になってこのまま倒れるかと思ったほどの強烈な眠さを経験
して「もしかしてこれが噂に聞いた時差(="jet lag"。因みに、私は
「時差ぼけ」などという言葉に嫌悪を感じているので、絶対に使わない)
かな」と、初めて気が付いたほどの鈍感さだった。

しかし、この時差を10年ほど経験し50歳台に入った頃には、日米間の往復
が頻繁になったことも手伝ってか、時差を感じることがほとんど無くなっ
ていた。ところがである、50歳台後半に達すると、それまでには移動の当
日か遅くとも1日後に感じていた時差が襲ってくるのが、2〜3日遅れるよ
うになってきた。

実は、この「遅れ」と「感じなくなった」と混同していた後になって解っ
たのだ。即ち、年齢が進めば身体が何かにつけて反応するのか遅くなって
いただけで、決して時差に馴れたわけではなく、時間差攻撃をかけてきた
だけだったと解った。

今朝ほど、ジムのロッカールームで語り合った同年代だと思う顔なじみに
「マスコミが騒ぐほど暑さを感じなくなったのは明らかに老化現象で、決
して油断してはならないと自覚している。昨日辺りから兎に角家の中での
熱中症を回避すべく、水ばかり飲んでいた」と言われた。これには全く同
感だった。当方も昨日は朝から晩まで「ポカリスエット」ばかり飲んでいた。

年齢を重ねると、必ずしも頭脳の回転が遅くなるだけではなく身体の感度
も鈍ってくるのだと、あらためて認識したのだった。実際に、先ほど11時
頃に暑さをものともせずにジムから帰宅したが、途中では「少し暑いか
な」と感じた程度で、「矢張りこれも老化現象の一部かな」と思いなが
ら、まぶしい日光を真正面から浴びる南の方向の我が家に向かっていた。



 4)大江健三郎は初めからどうも胡散臭い男だと思っていた。
だから、彼の著書は1冊も読んでいない。
ノーベル賞を取っても感動もなければ感激もなかった。

大体、ノーベル平和賞、と文学賞はリベラル=左翼系の
人士(金大中、オバマ、村上春樹は候補と騒がれたが、等)
が多い。だから全く評価しない。

その謎が平井氏の4日 付け  「反日」教祖大江の源流付け」
の詳細な解説により彼の反日の謎が解けたのは有り難かった。

友人、同士にも転送させて頂いた。感謝。
                (東京都・松村 隆彦)


━━━━━━━
身 辺 雑 記 
━━━━━━━

あす10日は休刊させていただきます。糖尿病とそれに伴う眼底の定期健診
のためです。眼底検査のために受ける瞳孔拡大薬が夕方まできいてPC作
業がほとんど夕方までできなくなるのです。わたしが糖尿病を発症したの
は48歳の夏。DNAの遺伝と暴飲暴食がきっかけでした。

爾来約30年。インスリン注射のおかげで人並みに生活できています。イン
スリンの自己注射ができるのは秘書官当時の厚生大臣園田直の大決断のた
まもの。患者団体がそれまで80に及ぶ陳情にたいして官僚は医師会圧力に
屈して許可しなかった。

園田決断の結果、医療機器メーカーの競争が活発になり、いまや注射針の
細さは世界一になり、ほとんど痛みはかんじなくなっている。そういう偉
大な決断をした園田さん自身、40代から重篤な糖尿病患者だったが、注射
の痛さを怖がり、逃げた。ために70歳の若さで死んだ。自己注射を80年間
も許可しなかった厚生官僚の犠牲者となった。

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創刊日:2004-01-18  
最終発行日:  
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  • 名無しさん2013/07/11

    アメリカの老人



     

    今からもう十数年前、私が仕事でアメリカへ行ったときに聞いた話をします。

    (具体的な内容は個人が特定されそうなので書けません、ご了承ください)



    当時、アメリカの企業と日本の企業が共同でとある実験施設を作る計画が立ち上がった。

    私の会社はそこに大きな機械をいくつも納入する事になったため、私を含め会社の10名ほどが現地の視察や今後の打ち合わせをするために向かう事になった。

    場所はアメリカ中部の砂漠地帯、かなりの田舎にある場所で、周囲には寂れた町が一つあるだけだった。



    その町に到着して3日ほどしたある日。

    丁度私と上司が打ち合わせするはずだった人がこちらに来られなくなり、上司から先に帰っていても良いと言われ、私は一足先に宿泊先のモーテルに帰ることにした。

    先ほども書いたようにそこは辺鄙なアメリカの田舎町。

    モーテルにいてもする事が無い。

    私は暇をもてあまし、特にあても無く町中をブラブラする事にした。

    が、やはり暇で目的もないため、近場にあったお酒の飲めそうなレストランに入る事にした。



    そこはどうもレストランというより酒がメインだったようで、時間が早い事もあり自分以外には東洋系の老人が一人いるだけだった。

    テーブルにつき食べ物やビールを注文していると、先客の老人が

    「あなたは日本人か?」

    と尋ねて来た。

    私が

    「……そうですが」

    と答えると、老人は

    「やっぱり、もしお暇でしたら少しお話をしませんか?」

    と言ってきた。

    私は断る理由もないので、はいと答えた。

    その時私は、単に老人のとりとめのない世間話や昔話を聞くだけだと思っていた。



    が、実際には違った。

    老人の話は非常に重く、恐ろしく、おぞましい、老人の過去にまつわる話だった。

    老人は1960年代後半にアメリカへ移住してきた移民一世だった。

    元は中国のとある省の生まれらしい。

    老人はある事件をきっかけになけなしの蓄えを全て賄賂につぎ込んで中国を脱出し、着の身着のままアメリカへと移民してきた人だった。



    その事件とは、1966年から中国に吹き荒れた文化大革命に関係するものだった。

    文革当時、老人は結婚したばかりの奥さんとまだ小さな子供の3人で小さな靴屋を経営していたらしい。

    老人の話によると、文革が起きたといっても都市部で小さな靴屋を経営している老人には当初殆ど影響が無く、町中でプロパガンダの広告や街宣車を見かけても何か遠くで起きている出来事のようにしか感じなかったとか。

    しかし「反革命的」という言葉を聴くようになってから自分の周囲の何かがおかしくなり始めたらしい。

    最初は、近所にあったお寺の僧侶が連行されたという話だった。

    その僧侶は結局帰ってこなかったという。

    僧侶が連行されたのを皮切りに、近所の教師や医者や金持ち、政府に批判的な人などが次々と「連行」されていなくなり始めた。

    そして、ついにはそれらとは全く関係の無い一般人も次々と「連行」され始めた。

    老人には何が起きているのかわからず、ただただ恐ろしく自分達の身にこの不幸が降りかからないよう身を潜めるしかなかったという。



    老人は店に来た客からある噂を聞いた。

    「どうも連行された人達は子供たちに密告された結果らしい。子供たちは自分の親や学校の教師ですら躊躇無く“密告”している」

    と。

    老人には信じられなかった。

    子供たちの何人かは老人も知っていて親と共に自分の店に靴を買いに来たこともある。

    そんなごく普通の子供たちが、自分の親や教師を密告している。

    あまりにも現実離れしていた。

    しかし、老人の町にも「紅衛兵」と呼ばれる集団がやってくると老人もその事実を信じざるをえなくなったらしい。



    そんなある日、老人が国を捨てる決定的な出来事が起きた。

    その日、共産党からの命令で老人はある学校に生徒用の靴を納入しに行く事になった。

    老人が荷車に靴を載せて学校につくと、学校の裏庭から何かを調理する良い臭いがしてきた。

    臭いが気になった老人は荷物を係りの人に渡すと何気に裏庭に回ってみたのだという。

    そして、そこで老人は信じられない光景を目にした。

    そこにあったのは、うず高く積み上げられた死体と、嬉しそうにそれらを解体し調理する子供たちの姿と、無表情に子供たちにあれこれと指示を出す地元の共産党員の姿だった。

    死体の中には、老人のよく知っている医者の姿もあったらしい。

    (実際にはかなり生々しく、具体的に“調理の様子”が語られたのですが、あまりにも酷い内容なのでカットします)

    老人はその場を離れると、その場では何事も無かったかのように振る舞い学校から逃げ出した。

    そして人気の無いところに行くと胃液しかでなくなるまで吐き続けた。

    老人は今でもあの光景を夢に見て夜中に目が覚めるのだという。

    家に帰ると老人はなけなしの蓄えをかき集め、奥さんには殆ど事情も話さず夜逃げの準備をさせ、その日のうちに町から逃げ出した。

    老人は仕事のツテや昔アメリカに移民した親戚などを頼り、貨物船の船長に賄賂を渡して密航しタイ経由でアメリカに移民したのだという。

    その後も共産党に怯えながらアメリカの田舎でひっそりと暮らしてきたらしい。



    恐ろしい話だった。

    文化大革命がかなり酷い事件だったとは知っていたが、ここまでとは知らなかった私は老人の話をただただ聞くしかできなかった。

    老人は最後にこう言った。

    「当時人間を解体し食っていた子供たちは今どうなっていると思う?」

    と。

    私が

    「わからないです」

    と答えた。

    すると老人は、その後ある程度外国との手紙のやり取りなどが自由になり、中国に残っている知人などから聞いた話によるとと前置きし

    「大半は紅衛兵となりその後地方へ追放されたらしいが、共産党に従順だった子供たちは出世を重ね、今は共産党の幹部になっている」

    そして、こういう事は当時中国全土で起きていたらしいのだという。

    老人は続けた。

    「当時の子供たちは今は40代後半から50代、いずれ共産党の幹部として国を動かす立場になるだろう。人としての第一線を超えてしまったやつらが国を動かす事になるのだ」

    老人は立ち上がると去り際にこういった。

    「あいつらを信じてはいけない、あいつらは悪魔だ、日本人ならこの事は決して忘れてはいけない」



    以上、これが当時私が老人から聞いた話の全てです。

  • 名無しさん2013/07/09

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