政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

全て表示する >

頂門の一針2987号  2013・6・24(月)

2013/06/24

□■■□──────────────────────────□■■□
  わたなべ りやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」 2987号
□■■□━━━───────────────────────□■■□



        2013(平成25)年6月24日(月)



              参院選は自公で安定多数が視野に:杉浦正章

                    「安倍首相」が争点だった:五嶋 清

                  中国特派員は「三猿」境遇:渡部亮次郎

                中国のスパイ スノーデン亡命:宮崎正弘

              文士・村上浪六と烈士・山口二矢:平井修一

                     話 の 福 袋
                    反     響
                    身 辺 雑 記


□■■□  ──────────────────────────□■■□
第2987号
                             発行周期 不定期(原則日曜日発行)
             

 
               御意見・御感想は:
                  ryochan@polka.plala.or.jp

                購読(無料)申し込み御希望の方は
                    下記のホームページで手続きして下さい。
  
       http://www.max.hi-ho.ne.jp/azur/ryojiro/chomon.htm
    バックナムバーは http://www.melma.com/backnumber_108241/

    ブログアドレスは http://chomon-ryojiro.iza.ne.jp/blog/





━━━━━━━━━━━━━━━
参院選は自公で安定多数が視野に
━━━━━━━━━━━━━━━
  

         杉浦 正章

浮動票なしの都議選が連動へ
 
国政選挙とほぼ確実に連動する都議選で自民党と公明党が3分の2議席ま
であと2議席の圧勝となった。

背景を分析すれば、内閣・政党への高支持率が如実に反映されたことを物
語る。浮動層の棄権による投票率低下は支持率を確信的に選挙に反映させ
たことになる。この高支持率はよほどの失政、大失言がない限り参院選ま
で継続し、自公に弾みを付け過半数はおろか安定多数まで視野に入る流れ
となった。

壊滅的敗北の民主、維新両党は最大の原因が党首の能力不足にあるにもか
かわらず、交代できる情勢も時間もなく、訴求力とリーダーシップ欠如の
まま参院選に臨む。これが自公を側面から“支援”する流れでもある。

選挙結果は都議選史上2番目に低い投票率43.5%がすべてを物語る言っ
てもよい。無党派層が投票に行かず、支持基盤の強い組織政党である自
民、公明、共産の3党に有利に働いた。出口調査が投票の動向を一番正確
に物語るが、NHKの調査では民主11%、自民39%、公明7%、共産
7%、みんな5%であった。

4年前の調査は自民27%、民主32%であったから、支持率が完全に逆転し
たことになる。無党派層は選挙に“風”を吹かせる最大の要因であり、民
主、維新などポピュリズムに基盤を置く政党には不可欠の要素だ。

これが自民59、公明23、共産17,民主15、みんな7,ネット3,維新2と
いう選挙結果をもたらした。

最大の注目点は自民党が1人区7を独占したことにある。これは参院選1
人区31選挙区の動向を占うカギとなるものでもあろう。

大敗北の民主党も維新も執行部の責任が極めて大きいと言わなければなる
まい。それもトップリーダーの能力欠如という側面が大きい。

民主党は総選挙敗北で一線級がすべて逃げ、二線級ばかりが執行部を担当
した。党勢の立て直しという大事業には党の総力を挙げて臨まなければな
らないにもかかわらず、岡田克也も前原誠司もろくな役職に就かず事実上
“傍観”を極め込んだ。

代表・海江田万里はもともと底が知れているが、嘱望された幹事長・細野
豪志は外見だけで内容が伴わない姿を露呈した。海江田・細野コンビでは
3年3か月の大失政の穴埋めと党勢建て直しはもともと不可能であったのだ。

民主党はまさに壊滅的敗北で共産党より下の第4党に転落したにもかかわ
らず、海江田は「都議選は参院選との一体の選挙で、選挙戦は途中だ」と
続投を表明している。

一方、維新は共同代表の石原慎太郎も橋下徹も全く選挙に力量を発揮しな
かった。投票まで数日のぎりぎりの局面になって、石原が敗北の責任をす
べて橋下に押しつけたが、まさに老獪(ろうかい)の形容がぴったりの姿
を露呈した。

石原がほとぼりの冷めかかった慰安婦発言をなぜ持ちだしたかといえば、
落選必至の子飼いの候補らへの言い訳がある。すべてを橋下の慰安婦発言
のせいにしたかったのだ。落選候補らへのガス抜きが必要であったことを
物語る。

本来ならば前東京都知事であり、地元の責任者として陣頭指揮で都議選に
当たり、その結果責任を負うべき立場であるはずの石原が“逃げ”を打って
は勝つはずもない選挙であった。34人を公認して改選前の3議席すら確保
できず2議席にとどまったことは、維新の失速度のひどさを明確に物語る。

この結果、橋下だけの進退が焦点になってしまったが、維新幹事長・松井
一郎は橋下の進退について「石原慎太郎共同代表と最後までやろうと話を
しているし、党のメンバーがそういう思いであれば逃げることはないと思
う」と完全否定している。

こうして7月21日の参院選までは民主も維新も現体制を維持する方向と
なった。責任論が台頭しても、参院選まで1か月を切った。時間切れだ。
自公両党にとってこれほどありがたいことはあるまい。

「ポピュリスト風がなければただの人」であり、「風」は依然アベノミク
スに対して吹いている。この構造は少なくとも参院選挙までは維持されそ
うな雲行きだ。都議選と同様にアベノミクスを前面に立てれば、憲法も原
発再稼働もかすむことが証明された。

都議選と国政選挙の連動が外れたことは小泉純一郎が2005年に都議選
で負けて衆院選で圧勝したケースをのぞけば、ほぼない。自民党にとって
“舌禍魔女”でしかない政調会長・高市早苗を黙らせれば、まずこのままの
流れが参院選挙まで続くとみて良いだろう。

      (政治評論家)<2013年06月24日>



━━━━━━━━━━━━
「安倍首相」が争点だった
━━━━━━━━━━━━


       五嶋 清

争点は「安倍晋三首相」そのものへの評価にあった。衆院選などと同様
に、安倍首相の政策の是非が問われた、政権選択選挙だったと言ってもい
い。そんな東京都議選だった。

もちろん東京都政について、語るべき課題がなかったわけではない。待機
児童問題や地下鉄経営一元化、首都直下型地震対策などを選挙戦で強く訴
えた候補者もいた。

だが、4年前の都議選と比較して、主張に多少の変化をみせた政党はある
ものの、それが選挙結果に大きく影響を及ぼしたとは思えない。にもかか
わらず、前回選挙で第一党に躍り出た民主党が今回、自民党の後塵(こう
じん)を拝したのは、選挙戦において都政が問題だったのではなく、国政
が問われたことを示している。都議選はまさに参院選の前哨戦だったのだ。

特に各党が注目したのは安倍内閣の経済政策「アベノミクス」と憲法改正
である。安倍首相は各地の応援演説で、「1年前の日本はどうだったかを
思いだしてほしい。景気は停滞し経済は低迷していた」と訴えた。

民主党政権時代と比べることで、安倍・自民党政権の優位性を強調したわ
けだ。これに対して、民主党はアベノミクスで本当に暮らしが豊かになっ
たのかと問い、憲法96条改正にも疑問を投げかけた。

アベノミクスの成否を判断するのは、今少し時間をおかなければならない
が、昨年12月の政権発足時からみれば、株価は上昇し、円高も是正され
た。大きな成果である。

その半面、最近になって株式や為替相場の乱高下が続いており、一部の識
者や野党から批判の声が上がっている。このため、自民党内に戸惑いの色
が見え始めている。

また、憲法改正は、安倍首相の念願だが、いくつかの世論調査では、自民
党がかねて検討してきた改憲要件を緩和する憲法96条改正について反対派
が賛成派を上回っている。その影響や公明党への配慮もあってか、96条改
正に関する最近の安倍首相の発言には若干のぶれがみられる。

これらは良くない兆候である。

橋本龍太郎政権の下で実施された平成10年の参院選では、恒久減税をめぐ
る橋本首相や閣僚の発言が迷走して批判を受け、自民党は議席を大幅に減
らした。敗因はそれだけではないが、主張のぶれが支持を失う原因のひと
つだったことは間違いない。

都議選では、民主党が大きく後退した。3年3カ月間の政権担当期間の政
策の迷走によって国民の信頼を失ったことが響いた。日本維新の会は都議
選前に混乱し、国民の不信を招いた。逆に、主張がぶれなかった共産党は
議席を伸ばした。

アベノミクスの先行きはいまだ不透明だが、有権者は安倍政権への期待感
を表明した。参院選も似たような結果になるかどうかは分からない。だ
が、安倍首相はぶれずに自らが信じる政策を推し進めるしかない。

(ごじま・きよし)産経新聞政治部長
産経ニュース2013.6.24 03:33 



━━━━━━━━━━━━
中国特派員は「三猿」境遇
━━━━━━━━━━━━


      渡部 亮次郎

中国にいる日本の特派員は「真実」を取材する自由がない。知ったことを
自由に送信する自由も無い。常に言動を中国官憲に監視され、牽制され、
二六時中、本国送還に怯産経えている。「見ざる 言わざる 聞かざ
る」。特派員だけれども記者ではない?

実は容共国会議員たちが日中国交回復以前に結んでしまった日中記者交
換協定に縛られていて、実際、国外退去処分を体験しているからである。
殆 どの評論家はこのことを知らず「日本のマスコミは中国にだらしな
い」と 非難する。

中国からの国外退去処分の具体的な事件としては、産経新聞の北京支局
長・柴田穂氏が、中国の壁新聞(街頭に貼ってある新聞)を翻訳し日本へ
紹介し1967年追放処分を受けた 。この時期、他の新聞社も、朝日新
聞を 除いて追放処分を受けている。

80年代に共同通信社の北京特派員であった辺見秀逸記者が、中国共産党の
機密文書をスクープし、その後、処分を受けた。

90年代には読売新聞社の北京特派員記者が、「1996年以降、中国の国家秘
密を違法に報道した」などとして、当局から国外退去処分を通告された例
がある。読売新聞社は、記者の行動は通常の取材活動の範囲内だったと確
信している、としている。

艱難辛苦。中国語を覚えてなぜマスコミに就職したか、と言えば、中国に
出かけて報道に携わりたいからである。しかし、行ってみたら報道の自由
が全く無い。

さりとて協定をかいくぐって「特種」を1度取ったところで、国外退去と
なれば2度と再び中国へは行けなくなる。国内で翻訳係りで一生を終わる
事になりかねない。では冒険を止めるしかない。いくら批判、非難されて
もメシの食い上げは避けようとなるのは自然である。

日中記者交換協定は、日中国交再開に先立つ1964(昭和39)年4月19日、日
本と中国の間で取り交わされた。国交正常化に向けて取材競争を焦った日
本側マスコミ各社が、松村謙三氏ら自民党親日派をせっついて結んでし
まった。正式名は「日中双方の新聞記者交換に関するメモ」。

(1)日本政府は中国を敵視してはならない

(2)米国に追随して「2つの中国」をつくる陰謀を弄しない

(3)中日両国関係が正常化の方向に発展するのを妨げない
すなわち、中国政府(中国共産党)に不利な言動を行なわない

日中関係の妨げになる言動を行なわない・台湾(中華民国)独立を肯定し
ないことが取り決められている。違反すると、記者が中国国内から追放さ
れる。これらの協定により、中国に対する正しい報道がなされていないわ
けだ。

新聞・TV各社がお互いに他社に先んじて中国(北京、上海など)に自社記
者、カメラマンを常駐させてハナを開かせたいとの競争を展開した結果、
中国側に足元を見られ、屈辱的な協定にゴーサインを出してしまったので
ある。しかも政府は関与していない。国交が無いから。

1964(昭和39)年4月19日、当時LT貿易を扱っていた高碕達之助事務所と廖
承志(早大出身)事務所は、その会談において、日中双方の新聞記者交換
と、貿易連絡所の相互設置に関する事項を取り決めた。

会談の代表者は、松村謙三・衆議院議員と廖承志・中日友好協会会長。こ
の会談には、日本側から竹山祐太郎、岡崎嘉平太、古井喜実、大久保任晴
が参加し、中国側から孫平化、王暁雲が参加した。

1968(昭和43)年3月6日、「日中覚書貿易会談コミュニケ」(日本日中覚書
貿易事務所代表・中国中日備忘録貿易弁事処代表の会談コミュニケ)が発
表され、LT貿易に替わり覚書貿易が制度化された。

滞中記者の活動については、例の3点の遵守が取り決められただけだった。

当時日本新聞協会と中国新聞工作者協会との間で交渉が進められているに
も拘わらず、対中関係を改善しようとする自民党一部親中によって頭越し
に決められたという側面があるように見える。しかし実際は承認していた。

日本側は記者を北京に派遣するにあたって、中国の意に反する報道を行わ
ないことを約束したものであり、当時北京に常駐記者をおいていた朝日新
聞、読売新聞、毎日新聞、NHKなどと今後北京に常駐を希望する報道各社
にもこの文書を承認することが要求された。

以上の条文を厳守しない場合は中国に支社を置き記者を常駐させることを
禁じられた。

田中角栄首相による1972年9月29日、「日本国政府と中華人民共和国政府
の共同声明」(日中共同声明)が発表され、日中両国間の国交は正常化
した。

1974年1月5日には両国政府間で日中貿易協定が結ばれ、同日には「日中常
駐記者交換に関する覚書」(日中常駐記者交換覚書)も交わされた。しか
し日中記者交換協定は全く改善されていない。

対中政策は、以前と異なって中国の大学で中国語を学んだ「チャイナス
クール」によって独占されているから、協定を変えようと提案する動きな
ど出るわけが無い。

かくて現在に至るまで、中国へ不利な記事の報道や対中ODAに関する報道
は自粛されている。(再掲)


 

━━━━━━━━━━━━━━
中国のスパイ スノーデン亡命
━━━━━━━━━━━━━━
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◇◆◇◆  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
   平成25(2013)年6月24日(月曜日)
        通巻第3970号 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 中国のスパイ、スノーデンの亡命を受け入れたエクアドル
  チャベス死去以後のラテン・アメリカ世界の「反米」も様々に
*********************************

米国の機密を漏洩し、中国の明らかな保護の下、香港の豪華ホテルに滞在
していたスノーデン(元CIA職員)が、突如モスクワを経由してエクア
ドルへ向かった。事実上の亡命劇を背後で演出したのは中国の情報機関と
推測される。

第一にスノーデンの機密暴露は、習近平がオバマとの首脳会談のためカリ
フォルニア入りする直前であった。

政治的タイミングからいえば抜群である。
 
第二にオバマは習近平に対して中国情報機関によるハッカー攻撃を非難す
る段取りだったのに、「米国も中国にハッカーをかけていた」とするノー
デン証言で、中国の立場はイーブンになったことである。

第三にエクアドルへ亡命させるという政治的配慮だ。

米国の目の間にキューバがあるように、その沖合を南下すればベネズエ
ラ。急逝したチャベス前大統領は反米の旗を高く掲げて、ペルー、コロン
ビアなどを糾合しラテン・アメリカの反米運動のトップだった。

これに替わろうとする反米政治家が、エクアドルのコレア大統領である。

エクアドルは近年、中国との貿易が急造し、中国からの援助で潤い、反米
色をますます鮮明にした。

ところがおかしな事に反米国家でありながらエクアドル国内に通用するの
は米ドルなのである。

この点ではベネズエラも、いやベトナムでも、カンボジアでも、あのイラ
ンでも米ドルが通貨である。ましてエクアドルは自国通貨を廃止し、法定
通貨を米ドルにしたばかりである。

米国がもし本格的にエクアドルに経済制裁を加えれば、ガラパゴスという
唯一の観光資源しかない経済小国(日本はバナナを輸入しているが)、結
局そう長くはスノーデン亡命を放置できないのではないか。緊急避難先と
いう色合いが強いのではないか、と思われる。
       
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◎ BOOKREVIEW ◆書評 ◇しょひょう ▼ブックレビュー 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 奇跡を起こせアベノミクス、日本の底力は武士道だ
  あえて中国に塩を送り、アジアのリーダーとしての日本の復活を

 ♪
ペマ・ギャルポ『日本の危機、中国の危うさ』(あうん)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

日本とインドの強い絆に明日の日本の安全を見いだすという、従来の日本
の国防論議が欠落させてきた戦略的な視点にもとづき、ペマさんが日本を
論じている。

ブータンの国王夫妻が来日されて「国民総幸福論」(GNH)」を語った
とき、とりわけ日本の若い世代が感激した。

GDPより、人間にとって、もっと大事なことは幸福である。

そのブータン国王に随伴して、ペマ・ギャルポ博士は行く先々で国王を案
内され、助言していた映像を評者(宮崎)は、偶然テレビニュースで見
た。そうだった。ペマ博士はブータン国王顧問でもある。そして『ワン
チュク国王から教わったこと』(PHP研究所)という書籍も上梓された。

さて本書は日本こそがアジアのリーダーであり、また日本しか中国の野心
をくだき、その軍事的野心と膨張を阻止することは出来ないとし、日本は
覚醒しなければならないと説く、精神力回復のための書である。大局を語
る書でもある。

巻末に教育勅語が掲載されており、「よく武士道を語るときに、『武士道
と云ふは死ぬことと見つけたり』という『葉隠』の有名な一節があげられ
ますが、それは単なる『滅私の心』ではありません」とペマ博士は述べて
いる。

「本当は主君の心を直し、国家を硬め直すことが忠節である。というのが
その本意なのです。つまり、武士道とは『命をかけて主君に諫言するとい
うものだといっているのが『葉隠』です。

(中略)命をかけて主君に諫言できる忠節の士を、『葉隠』では、『曲
者』と云います。曲者というのは、普段は変わり者扱いされているような
人物だったのでしょう。赤穂浪士の大石内藏助のように、討ち入りの行動
にうつる前には『昼行灯』などと揶揄されるような、のんびりとした人物
だったのかも知れません。

ところが一朝ことあるときには知られざる底力を発揮する(中略)日本に
いま、求められるのが武士道の精神と即応力ではないか」と力説されるの
である。

中国が発行した新しいパスポートのヴィザ欄には南シナ海でベトナム、
フィリピンと領土問題を争う箇所が地図に明示され、しかもインドとの領
土係争地も、中国領と印刷されている。

このためフィリピン、ベトナム、インドはこのパスポートを拒否するとい
う措置をとり、パソポートに出入国スタンプとヴィザを掲載しないで、別
紙扱いとしたほど厳格に対応した。

主権国家の外交としては当然であるが、日本はこの3カ国の真似さえ出来
ないのではないか。
 

(余滴)先週土曜、ペマ・ギャルポ博士の「還暦祝い」が都内のホテルで
開かれ、教え子を中心に300名が集まりました。懐かしき中根千絵先生の
顔もありました。小生も招かれて祝辞を述べました。
   
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◎ BOOKREVIEW ◆書評 ◇しょひょう ▼ブックレビュー 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 コンクリートから人への民主党マニフェストで日本経済は沈没寸前だっ
た。アベノミクスのめざす路線の中核思想は、これである

 ♪
藤井聡『強靭化の思想』(育鵬社)
@@@@@@@@@@@@@@

コンクリートから人へ、などと頭の悪い人たちの集まりがメディアにがな
りたてた所為で、ついに日本のGDPは世界3位に転落した。主因は公共
事業を「悪」にみたてばっさりと削減したからだ。

日本の国力を弱めたのは頭が悪い左翼政党、頭も質(たち)も悪い左翼
ジャーナリズムばかりか、背後に某外国のスパイの暗躍があった。公共事
業はせめて十年前の水準にまで戻さなければ、この国はおしまいになる、
という基本的考えに本書は基づいている。

そのうえ、耐久年度を越えて、道路もトンネルも建て替えなければいけな
い時期にきた。

「人のコンクリート」と並べ替え、日本全土の強靭化を唱えた著者は、い
ま内閣官房参与、そして本書で訴えた耐震列島への公共工事で日本を強靭
化することが経済の飛躍にも繋がると言われる。

アベノミクスの中核にある考え方は、これである。

株高、円安状況となったアベノミクスのめざす「3本目の矢」は、「強
く、しなやかに、逞しく」であり、その具体的処方が書かれている。

つまり「力なきものには、如何なる危機も突破することなど出来ず、ただ
ただその危機に飲み込まれ、うちひしがれている他はありません」
と藤井教授は言うのだ。

鳩山、菅、野田と「うちひしがれいる」間に、日本のGDPは本来なら
11200兆円に達していたのに、500兆円しかなく、700兆円が失われたと著
者は嘆く。

とはいえ、日本の強靭化は単に公共事業を増加させて、日本列島改造論の
新盤のごとく土木事業だけでは無意味である。

精神の強靭化をどうするか、本書にはなにも記述がない。
 
ところが本書のところどころに挟まれているコラムに関心を持った。精神
が述べられている随筆が、一種清涼剤の役目を果たしている。

 イーストウッドの映画「硫黄島からの手紙」に感動した筆者は、それを三
島由紀夫が『英霊の声』に描いた特攻隊の精神と比較しながら日本の精神
に迫る箇所があり、「しかし今日の日本人の想像力は、三島の想像力はい
うまでもなく、クリントイーストウッドのそれですら上回ることが出来な
いほど脆弱なものになり果てた」と慨嘆する。

驚くなかれ、新世代の論客においても、三島が高く評価されている。内閣
参与である著者と、安倍首相も吉田松陰、三島由紀夫の崇拝者であること
を評者(宮崎)は連想するのだった。

かと思えば、巻末付近にかなり長い村上春樹論が展開され、しかも村上春
樹文学なるものは三島由紀夫の割腹をさけて通り、「なんら関係のない」
と記述する主人公を登場させながらも、しょせん村上が三島の呪縛から逃
れられないという出発点をえぐっていて、その慧眼ぶりにも注目した。
 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ♪
樋泉克夫のコラム
@@@@@@@@

【知道中国 925】          
  ――「喧噪と臭気との他弁別し難い様な人の波だ」(小林の13)
杭州」「満州の印象」他(小林秀雄『世界紀行文学全集』修道社 昭和46年)


  ▽
蘇州は「骨董屋の実に多い街だ。或る通りは殆んど軒並みだが、安物ばか
りだ。歯医者も非常に多いが、大概眼鏡屋と兼業で、どういう因果関係が
あるのかはっきりしないが、恐らく極く浅薄な関係を結んでいるのであろ
う」。

街の中心にある玄妙観という道教寺院には「丁度浅草の観音様の趣で」店
があって混雑しているが、「売っているものは、食い物と安物の日用品ば
かりだ。うろつく人々の顔は和やかだが、店々の色彩は乏しく、生活は苦
しいのである」。

戦争の惨禍も加わり、貧しさが増しているということだろう。「デパート
に這入っても(デパートといっても平屋の粗末なものだが)」、店頭に並
んでいる商品の大部分は生活必需品ばかり。「食堂で茶を飲んでいる客は
多いが、物を食っているものは一人もいない」。

小林が焼売を食っていると、「茶ばかり飲んでいる周囲の客は羨まし気に
見ている」。

すると「チンタン、チンタンと言って手を出す」者がいる。

仁丹のことだった。都合が悪いことに仁丹を持っていなかったので、代わ
りに「エビオスとクレオ丸を掌にのせてやる」と、「もうその頃は人だか
りでやかましい」。

サトウキビを売っている店を覗くと、「日除けの幕の下で、台の上に皮を
剥いただけの砂糖黍を積上げ、しきりにバケツの水をかけて、涼し気に見
せている」。だが恐ろしいことに、「水は恐ろしく汚き」。それでも売る
方も買う方も、一向に気にしない。それが・・・中国。

ただ、ひたすらなる雑踏の中を歩きながら、小林は「やや感傷的になり、
一方何かはっきりしない事をしきりに考え込」み、彼らの振る舞いの根底
にあるものに思いを致す。

「生活というものの他何も目指さず、ただひたすら生活する生活、目的な
どというものを全く仮定しない生活、最後にそういうものにぶつかって、
どんな観念でも壊れて了うのだ。

なによりもそういうものが強いからだ」と考えながら、「この考えは果た
して陰気な考えだろうか」と自問し、「陰気? 陰気とは何だ。そんな馬
鹿な事はない」と自答した後、「まあそう言ったあんばいに僕の頭は廻っ
ているらしかった」と、一先ず納得する。

「生活というものの他何も目指さず、ただひたすら生活する生活、目的な
どというものを全く仮定しない生活」とは、あるいは中国庶民の日常の生
活ぶりをズバリと言い当てた的確な表現かもしれない。

数千年来、平時でも戦時でも自然災害に遭っても、「ただひたすら生活す
る生活」を繰り返してきた。過去もそうだったし、現在もそうだ。ならば
未来もまたそうに違いない、と考えるべきではなかろう。
 
政治がすべてであった毛沢東、向銭看(ゼニ、銭、ゼニ)が天下公認と
なった?小平、反日教育と走出去(海外に飛び出せ)の江沢民、出来もし
ない寝言だった和諧(調和)社会の胡錦濤――激変する社会にあって、中国
人は「生活というものの他何も目指さず、ただひたすら生活する生活、目
的などというものを全く仮定しない生活」を送ってきたに違いない。

だからこそ彼らは、その場限り。無手勝流で身勝手で無反省。であるから
こそ、さしもの媚中派代表格とされる丹羽前中国大使ですら、「中国人は
自己中心で創造力ゼロ」(6月15日、福岡市での日中友好団体講演で)と
公言せざるをえなかったのだろうに。

 さて小林だが、留園、西園、可園、遂園、拙政園、滄浪園など蘇州の名
庭園を廻っている。

だが「どれも大同小異」であり、「どれも庭園というよりも廃園と言うべ
きで、それも別して荒れたという趣もなく、ただ下らぬものが下らなく
腐って壊れている様だ」。

かくて小林は「ただもう呆れ返った不様である」と嘆息し、暫し苦笑する
しかなかった。
《QED》

(宮崎正弘のコメント)文中の「留園、西園、可園、遂園、拙政園、滄浪
園など蘇州の名庭園」ですが、小生もいつぞや全部を廻ってみて、感想は
小林さんとほぼ同感ですが、唯一の例外は「蹌踉園」でした。最近、おそ
らく手入れをおこなったと推測できますが、いささか日本庭園的趣きが一
部にありました。あとは、入場料が高い割に、あれはゴミ箱ですね。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読
者之声
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

(読者の声1)前号貴誌のコメント「ファシスト=共産主義」は独裁とい
う文脈での総括でしょうが、ファシストのファッショはイタリア語で「団
結」「固い絆」という意味です。ムッソリーニはイタリア保守思想から言
えば、いまも英雄です」
についてですが、宮崎先生の仰る通りです。訂正させていただきます。
ファシスト=共産主義ではありません。
ムッソリーニはチャーチルもヒトラーも憧れたファシストで、たしかに
かっこいいですよね。私が言いたかったのは、ファシストの指導者たちの
思想的経歴です。

多くは最初は社会主義者として出発し、最後はファシストやナチスになっ
たということです。日本でもそうです。

最初は左翼だった人が「天皇を認めるという社会主義者」つまり「戦前右
翼」に転向し、戦時中の経済政策を作成しました。こいつらはシナ事変を
終わらせないように画策しました。

なぜなら戦争をやっている限り緊急事態なので米国のSHIT(失礼)Fルー
ズベルトのようになんでもできますからね。

実際、シナ事変から大東亜戦争中に次から次へ社会主義立法が日本ででき
ました。ドイツでは共産党員のナチス党員への転向、あるいはその逆がひ
じょうに容易なことは広くしられています。

1933年以前の独、1922年以前の伊はどちらも共産主義者とナチスの間で激
しく衝突しました。核マル派と中核派の内ゲバのように。つまり、リク
ルートする人間のタイプが同じだったのです。

支持を獲得しようとするとぶつかっていわゆる商売敵になってしまったの
です。詳細は、渡辺先生の「甲殻類の研究」に書いてあります。ザリガニ
と沢がにのメタファーが今でも印象に残っています。(R生、ハノイ)



 ♪
(読者の声2)以下を最初の「産経新聞(インターネット版、6月22日付
け)から転載し、そのあとで感想を述べます。

(引用開始)「書評:FDR and the Holocaust: 
A Breach of Faith 邦訳:FDRとホロコースト:背
信と裏切り 出版社:Rafael Medoff、Wyman 
Institute

リベラル派の英雄もひと皮剥けばユダヤ人嫌いだった。 アメリカ第32
代大統領、フランクリン・D・ルーズベルトといえば、1933年から
45年まで12年間、大統領職にあった「民主党リベラル派の大政治
家」。米政治史上、2期以上大統領職を務めた唯一の大統領である。
(のちに憲法が改正され、大統領は2期までと定められた。)

リベラル派 から見ると、ニューディール政策をはじめとする福祉国家的
政策を導入し、アメリカを大恐慌から脱皮させ、外交面では日独の侵略を
阻止するべく第2次大戦に 参戦、戦後の国際秩序を確立させた「英雄」
である。

だが、「小さな政府」を提唱する保守派はニューディール政策に極めて否
定的な評価をしている。外交面でもソ連のスターリンに対する容共的なス
タンスをとり、ソ連の侵略行為を黙認していたといった批判がある。

日本人から見ると、ルーズベルトは日本が1941年12月8日、米ハワイの真
珠湾を反撃したときの大統領。

「ルーズベルトは、かっこいいことを言っていたが、実は徹底したユダヤ
人嫌いだった」そう言い切ったのが、本書の著者、ラッファエル・メドッ
フ博士だ。

オハイオ州立大学やニューヨーク州立大学で教鞭をとったのち、現在ワシ
ントンにある「ディビッド・ワイマン・ホロコースト問題研究所」の所長
を務めている。ホロコースト研究の一人者だ。膨大な資料を基にメドッフ
は、ルーズベルトのユダヤ人嫌いを示す新たな証拠を以下のように列挙し
ている。

 (1)ルーズベルトは1923年、ハーバード大学にはあまりに多くのユダ
ヤ人が在籍しているとして、移民割り当て制度を導入させた。

 (2)ルーズベルトは38年、ポーランドにおける反ユダヤの風潮は、ユ
ダヤ人がポーランド経済を牛耳っているからだと私的会合で述べていた。

 (3)ルーズベルトは41年の閣議の席上で、オレゴン州の連邦政府機関
で働くユダヤ人は多すぎると言明。

 (4)ルーズベルトは43年、チャーチル英首相と会談した際に、ニュー
ヨーク州知事当時、地元ハイドパーク各地区に4,5人ずつのユダヤ人を
住ませたことで反ユダヤにはならなかったことを例に上げて、「ユダヤ人
を世界中にばらばらに住ませるのがいい」と発言。

 (5)ルーズベルトは、「あなたの家計にはユダヤ人の血が流れている
のか」との質問に「私の大動脈にはユダヤの血など一滴も流れていない」
と力説。(ルーズ ベルト家は1650年前後にオランダからニューヨークに
移住したクラース・ヴァン・ルーズベルトに始まるユダヤ系といわれている。

こう した個人的なユダヤ人観を反映してか、政策面では33年6月、ベル
リンに赴任するウィリアム・ドッド大使に、「ナチス・ドイツがドイツ在
住のユダヤ人にひどい仕打ちをしているようだが、犠牲者がアメリカ国籍
でない限り、アメリカ政府としては何も出来ない。ドイツへの対応は非公
式、かつ個人的なレベルでの影 響力を行使するのみだ」と指摘していた
(引用止め)

感想です。

これを見るとルーズベルトはナチスの実質協力者であったといえよう。こ
のため欧州脱出を望むユダヤ人は日本しか頼れなかった。

そこでソ連経由で上海に逃れ、戦争が終わるまで住んでいた。ユダヤ人の
人口は2万五千人と言うから、杉原領事以外の在欧州日本公館が1万九千
通のビザを発給していたことになる。
(東海子)



  ♪
(読者の声3)「バブル崩壊後の長い低迷続く中で、特に、中小企業の倒
産が激増した背景に邦銀がいた。都銀、地銀の別なく、中小企業や自営業
者を廃業に追い込んだ元凶は金融機関であったと断言できる」との投稿あ
りました。

バブル崩壊以前に大企業に貸付けていた巨額の債権が不良債権と化す中
で、バブル崩壊後は超低金利時代に突入し、大企業に融資していた巨額の
不良債権は放棄しながら、中小企業や健全な自営業者に対しては融資を拒
絶し続け、容赦なく貸付金を引き上げて経営を圧迫し倒産、廃業に追い込
んだ。

その一方で、金融機関も長期低迷が続く中でも吸収合併、離合集散を繰り
返してさらに巨大化していった。同時に、個人や弱小企業の預金者の預金
の引き出しにまで手数料を課し、様々な名目の手数料を取立て、見事に生
き残りながら、中小企業や自営業者は直接相手にしなくなった。

弱者の中小企業や自営業者は背に腹は変えられず、サラ金(無許可も含
む)の高利の融資に手を染めた。その結果、行き着くところは言わずもが
なの厳しい取立てに苦しみ、廃業、倒産、破産、夜逃げ、全国の裁判所に
は競売物件の資料が山積みとなる有様、自殺者が3万人を超える事態が続
いた。

この間の、サラ金の黄金時代に金融機関はどの様な営業をしていたのかが
不思議でならなかったが、その答えは簡単明瞭、金融機関は弱者に直接貸
し付けるのを避け、サラ金に融資していたのである。

「武富士」を筆頭に、全国に数多あるサラ金は我が世の春を謳歌してい
た。私は、再三政府機関に意見を具申したが反応はなかった。郵政民営化
に取組んでいた小泉政権時代に、メルマガに下記のような「猛抗議の意見
書」をメールで投稿した。

「低金利時代に、市中金利を前世紀の遺物の如き高金利のままに放置し続
けていては無能の謗りを免れない」

すると、小泉内閣は郵政民営化の目処がついた頃、市中金利の上限を定め
る法改正を推進し成立させた。その結果、それまで本来の高金利の上に、
暴力的な取り立てや、想像以上の実質金利の上にあぐらを掻き、傍若無人
の経営姿勢を貫いてきたサラ金業者が、武富士を筆頭に軒並み破綻して
いった。

私の縁籍に三代続いた酒屋がいた。老齢の経営者は規制緩和の波に押し流
され、サラ金の餌食となり、身の丈以上の高額(億単位)の負債にもがき
続けて倒産し、全てを失って破産してしまった。

事業の経営は自己責任であるが、小泉政権の法改正が数年早ければ、倒産
廃業は免れただろう。

<この項蛇足>「私は、小泉政権の郵政民営化には今でも反対意見であ
る。それは、民営化の手法が間違っているからである。郵政の民営化は、
国鉄の民営化と同じ形態の地域別に分割し、地域密着の企業にすべきで
あったと確信する。

現在の民営化の残滓は、一つの郵便局に四つの部門(会社)があり、四人
の責任者(長)がいる。それそれが独立していても、これほど非効率の企
業組織はない。元に戻すのも、やり直すのも至難のことだが、
民営化の手法の間違いが惜しまれる。
  (一読者)



━━━━━━━━━━━━━━━
文士・村上浪六と烈士・山口二矢
━━━━━━━━━━━━━━━


         平井 修一

時は明治23年某月某日、大隈重信率いる自由民権運動の牙城、立憲改進党
寄りの日刊紙「郵便報知新聞」(東京・有楽町)は、ライバルの自由党の
壮士、野波某の襲撃を受ける。野波はすでに何回か郵便報知に難癖をつけ
に来ており、その日は大荒れになりそうな雲行きだった。

編集長の森田思軒は迎撃態勢を指示した。「村上浪六は日ごろから侠客を
もって任じているから、応対は彼にさせよ」

準備万端整えると、待つほどもなく野波がやってきた。浪六は「さあこっ
ちへ」と3階の応接室へ案内する。姿見の大鏡を背に浪六がソファーに腰
かけるや、野波は文句抜きの実力行使で、布に包んだ石を浪六めがけて投
げつける。浪六、それをかわすや、後ろの大鏡が割れてガラガラと壊れる
大音響。

「おのれっ!」と浪六は、近くにあった炭のいけてある煙草盆を握るが早
いか野波めがけてハッシと投げつけると見事に命中。おこった炭が野波の
襟首へ散らばって入ったからたまらない。野波、この逆襲に「アツー、ア
ツ!」と絶叫し、着物を脱いで炭をかい出すうちに足を踏み外して階段か
らズテンドーと2階の編集局へ転がり落ちた。

手ぐすね引いていた編集局員一同、得たりや応と野波を袋叩きにし、警察
へ突き出した。さすがに侠気侠骨の浪六、警察へ名乗り出て一部始終を陳
述しておとがめなし。敵は火傷の殴られ損となった。村上浪六武勇伝、出
世の侠客実演、まずはこれまで(篠田鉱造「明治百話」を脚色)。

村上浪六(1865:慶応元年 - 1944:昭和19年)は和泉国(大阪府)堺生
まれ。本名は信(まこと)。腕っぷしが強い侠客自慢だけの男ではない。
凄い経歴である。

早く父を失い、貧窮の中を母の手で育てられた。逆境からくる反抗心と生
来の粗暴により幼年時代から札付きの乱暴者で、暴力行為によりたびたび
退学させられ、小学校を転々とする。しかし学業は優秀で、明治14年、堺
県知事の税所篤に認められ上京。税所と同じ薩摩出身の吉井友実など政府
高官の書生となる。

<そのまま大人しくしていれば高級官僚への就職は間違いないところだっ
たが、何を思ったか明治16年、面白半分に岡山の警察に傭(やとい)とし
て就職。傭は通常月俸2円40銭、警部の月俸20円の時代に、なんと24円の
高給だったというから、政府高官のお声がかりなのは間違いない。

明治17年、警察の仕事に飽きて辞職し、再上京。政府高官のつてで農商務
省に勤めるがすぐに辞職。どういうわけか故郷の堺に戻り、相場師になっ
て大儲け。その金で2年間遊んで暮らす。

明治19年、金が尽きたので上京するが、贅沢な生活が祟って脚気になり、
また堺へ帰郷。明治21年、脚気も完治し、また相場を張るが今度は失敗。
朝鮮に渡ろうと策すが果たせず。金が尽きたので明治23年に上京し、報知
新聞の校正係となる。月給5円。

翌年の明治24年、報知の編集長、森田思軒に見出され同紙の日曜付録「報
知叢話」に小説「三日月」を発表、主人公の男だて三日月次郎吉の痛快な
活躍ぶりが読者に喜ばれ、幸田露伴の作かとまでもてはやされた。その
後、朝日新聞社の専属作家となり、多くの任侠小説を書き、大衆小説の大
家と仰がれた。

以上の経歴からも分かるように、浪六はただの校正ではなかった。報知新
聞の校正なんて、当座の小遣い稼ぎにやっていた腰掛けの仕事にすぎな
かったのである>(「出版社不運録」より)

村上浪六が書いたのはほとんど時代小説。勇ましくも華麗な講談調の文章
と、変幻自在・奇想天外の趣向、更には任侠心・義侠心の鼓吹とによって、
大衆を引き付け離さなかった。浪六は作品点数はさほど多くはないが、こ
れはほとんどが新聞連載の長編小説だったためで、明治期に出した本は69
冊、大正でも35冊、昭和にも14冊と、明治・大正・昭和の三代にわたって書
きまくった。

しかし文壇側からは正統な作家とみなされず、浪六自身も文壇に重きを置
かなかったが、現在では「近代大衆文学の祖の一人」と評価されている。昭
和19年、東京・下谷根岸の自宅で下痢がもとで老衰死。80歳。

浪六の三女を母とする孫に、日本社会党の党首・浅沼稲次郎を刺殺した山
口二矢(おとや、1943 - 1960年)がいる。二矢は右翼活動家、民族主義
者。玉川学園高等部を中退し、大東文化大学の聴講生になったが、大学在
学中の1960年10月12日、演説中の浅沼を刀で殺害した。逮捕後に「天皇陛
下万歳、七生報国」と遺書を残し自殺した。17歳。

浅沼殺害時に二矢がポケットに入れていた斬奸状にはこうある。

「汝、浅沼稲次郎は日本赤化をはかっている。自分は、汝個人に恨みはな
いが、社会党の指導的立場にいる者としての責任と、訪中に際しての暴言
と、国会乱入の直接のせん動者としての責任からして、汝を許しておくこ
とはできない。ここに於て我、汝に対し天誅を下す。 皇紀二千六百二十
年十月十二日 山口二矢」

彼は早くから右翼思想を持った兄の影響を受けて育ち、1959年、16歳で愛
国党総裁・赤尾敏の演説に感銘し、赤尾率いる大日本愛国党に入党、青年
本部員となった。二矢は赤尾の演説に対して野次を飛ばす者がいると殴り
かかっていくなどを繰り返し、ビラ貼り中に警察官と取っ組み合いの乱闘
をしたこともあった。愛国党入党後半年で10回検挙され、1959年12月に保
護観察4年の処分を受けている。

供述調書に見る二矢は17歳とはとても思えないほどに志操堅固だ。

「私の人生観は大義に生きることです。人間必ずや死というものが訪れる
ものであります。そのとき富や権力を信義に恥ずるような方法で得たより
も、例え富や権力を得なくても、自己の信念に基いて生きて来た人生であ
る方が、より有意義であると確信しています。

自分の信念に基いて行なった行動が、例え現在の社会で受け入れられない
ものでも、また如何に罰せられようとも、私は悩むところも恥ずるところ
もないと存じます。

私がこういう人生観を抱くに至った経緯、思想の推移について係官から生
い立ち、家庭の環境、影響を与えた人などいろいろお尋ねがありました
が、私は生まれて現在まで接したすべての人たちの影響もあってこのよう
な考えになったことは否定致しませんが、環境によってのみ思想的影響を
与えるという考え方は、いわゆるユダヤ的唯物論から見た考え方で間違っ
ていると思っております。

私には日本人の血が流れており、唯物論ではとうてい割り切れない持って
生まれた日本精神という唯心論的なものがたぎっており、天性からこうい
う人生観、思想などが形成されたと思っています。本当の日本人であれ
ば、私のような人生観、思想というものが心の奥底には必ずあると思いま
す」

赤尾敏と愛国党に迷惑をかけぬようにとの配慮からだろう、1960年5月に
は同志党員2人らとともにを脱党している。

村上浪六の知性と侠気と腕っぷしが孫の二矢に隔世遺伝したかのようだ。
この恐るべき17歳を当時25歳の反日左翼の大江健三郎は大いに恐れたのだ
ろう、1961年に「政治少年死す」を書いて「性に耽溺し、政治に陶酔する
右翼少年」として二矢を貶め嘲笑した。

しかし、右翼団体から発行元の文藝春秋等に脅迫が行われたため「政治少
年死す」は半世紀を経た今でも単行本に収められていないままで、この事
件以来、大江自身もテロルの恐怖を抱いていることだろう。山口二矢は死
後50年を経た今でも愛国右派から「烈士」と敬意を表されている。大江は
ノーベル賞受賞で標的としての価値は上がったから恐怖も倍増しているの
ではないか。鬼神となった二矢は反日教祖・大江のトラウマだろう。
(2013/06/23)

     

━━━━━━━
話 の 福 袋
━━━━━━━



 ◎朝鮮での日本人慰安婦の場合ーーー恥を知り、他人のために自己犠牲
になる気高い人生   前原美樹

拳を突き上げ「日本人がワリイー」と叫ぶーー「旧日本軍の従軍慰安婦」
だったという韓国人老女の抗議団。

若い女性達や宗教関係者に守られて居るとはいえ、高齢の身に同情は沸く
にしても、何か寒々としか言いようのない哀れを誘うのはなぜなのかか。

吉田清治の売らんが為の偽作発表以後、戦後70年にもなろうというのに、
韓国人老女のこの慰安婦騒動、韓国の反日のシンボルとなり、韓国国民栄
誉賞までもらう勢い。

今回ご登場の「強制連行されて性奴隷になった旧日本軍慰安婦」はーー
金福童(キンボットン)さん87歳。 吉元玉(キルウオノク)さんは84歳。

二人は沖縄、広島、岡山、大阪で街宣をやり、東京で橋下大阪市長と会見
の予定だった、が、「橋下発言」で会見はキャンセル。その事が外国人記
者団の発信で世界中に広がった。

韓国政府のユン・ビヨンセ外相は、国際裁判所に提訴する、と口走る騒ぎ
でした。私個人としては、竹島問題もあり、OK待ってましたーーやって下
さいよと言いたいところでしたーーー。しかし、提訴発言は即刻立ち消え
に。一方、韓国の捏造で有名な「戦争記念館」は、あらたな観光客で質問
が飛びかい活況だという。一時的にせよ、好奇の視線が注がれるのでしよう。

それと連動して、在米コリアンの反日活動は更に活気づいて、旧日本軍は
20万の慰安婦を強制連行し性奴隷にしたと、今度は英語版のパンフ10万部
を空から撒くということです。なぜ「旧日本軍慰安婦」なのか? 不思議
に思う人は居ないのでしょうか。「従軍」というからには「従軍記者」
「従軍看護婦」つまり軍属であるはず。 朝鮮人慰安婦は朝鮮ピーさんで
す。慰安婦は、旧日本軍の軍属ではありませんでした。 嘘を見破る見識
をもつ人は何処に?

70年前の戦時、朝鮮人娼婦より遥かに多かったのが日本人娼婦です。それ
だのに、戦時、従軍慰安婦だったという日本人女性は一人も現れた形跡は
ありません。 私達同窓生が調べた限り、娼婦たちの多くはそっと消え
去っています。(例外を後記します) 親しかった常連さんに電話で別れ
の挨拶をして、そっと消えて行ったという話が大半です。

1945年8月の朝鮮半島の南北は、米ソの進駐に時間差が生じ、半島内に居
た70万人の日本人の引揚げ世話人会を組織するための初会合は8月16日、
つまり「玉音放送」のあった翌日でした。 

以後、米軍の進駐で朝鮮総督から占領軍へ正式調印が行われ、統治は日本
人から進駐軍へ引き継がれます。 アーノルド長官との調印が完了するま
での間、日本人世話会の組織化は雑多大混乱で四方八方壁だらけ。 事態
を素早く察知して闇舟で家財や荷物を積んで日本本土に帰国した人、逆に
日本本土から朝鮮に帰還した人も。

その混乱の上に日ソ不可侵条約を破って、8月7日には満州から北朝鮮へ南
進してきたソ連軍、それに追随して乱暴を働く朝鮮人軍。彼らの略奪、強
姦、放火。半島全土は無法地帯と化して大混乱。

そういうなかで、遊廓に居た娼婦たちはどうしたか。幾つかのエピソード
のなかから、混乱の半島情勢と共に、娼婦物語をひとつご紹介します。

「朝鮮終戦の記録 米ソ両軍の進駐と日本人の引揚」(森田芳夫著、巖南
堂書店)で分かるのですが、米ソが進駐してくれば直ちに日本軍は武装解
除の運命です。 

だからこそ自衛のための民間組織の編成、業務遂行の手順は急がなければ
ならないわけです。 首都京城の民間有力者は、穂積真六郎京城電気社長
はじめ朝鮮繊維産業会社長、朝鮮商工会議所会頭、朝鮮農地開発営団理事
長ら。 阿部信行総督と遠藤柳作政務総監に向かって穂積氏がこう訴える
場面がある。

「われわれは小さい時から義士銘々伝や、忠臣蔵を何のために読んだり見
たりしてきたのであろう。為政者に、大石の城明け渡しぐらいの決心がな
いとしたならば、なんのかんばせあって、朝鮮の終末を祖国に報じうるで
あろう。しっかりして欲しい」と。阿部、遠藤両氏とも、それぞれ身動き
とれない事情はあったのですが、それはさて置き。

「忠臣蔵」は当時の日本人には不可欠の娯楽の王者。明治末期から昭和30
年代まで映画制作は絶えた事がなく年末のなくてはならない日本人の風物
詩だった。激戦時の2年間は映画は激減ですが、それでも絶えたわけでは
なく、GHQに時代劇映画の制作が禁じられても、サンフランシスコ講和条
約締結直後には復活し、昭和27年(1952年)「赤穂城」を製作。1950年代
は9本も忠臣蔵の映画が作られています。昭和33年、爆発的に普及するテ
レビに押しまくられて、この映画も衰退へ。

穂積氏の引揚げ業務についてのこの発意は、迅速に黙々と進める組織力、
一糸乱れぬ無血開城の、それこそが、この乱世の日本人の心髄だったと言
えそうです。

この世話人会で拾った日本人娼婦の姿が、日本人ならでは、いいえ日本人
なればこその話なのでご紹介したいと思います。

38度線南部に伝わってくる北部のソ連兵の婦女子への暴行の情報はひど
いものでした。朝鮮人、日本人に限らず女と見れば、夜な夜な襲いくる粗
暴なソ連兵。

ニッポン男子たちが団結して防戦するも相手は銃剣もちで叶わない。女は
頭を丸坊主に刈りあげ男に変装。神社に逃げ込んだ二人の姉妹が拒んだた
めに命中弾を浴びて殺されたり、略奪に対して歯向かった男性は殺され
て、看護婦が暴行され、マダム、ダワイ(マダム来い)は忽ち有名になり
ます。

終戦の翌年には恐怖感より食料や衣服など生活に窮乏が際立ち、食べ物の
ために逆にソ連兵を求めるものが現れたり、正式にソ連軍中尉と結婚した
日本女性も居た程、混乱と変化が相次ぎます。

38度線の南への避難民は日を追って増え、引揚げ列車に乗り込むまで、京
城府内の学校や寺などが待機避難所になりますが、忽ちどこもここも避難
民で一杯になるのです。そこへ置き去りにされた子どもや老人たちの話も
伝わってきます。

彼らの惨状を知って元遊廓の娼婦たちが動き出します。
「私達の体はもう汚れ切って居る。このまま日本に帰ってもろくな生き方
は出来まい。ね、そうでしょ。そうよ。ね。だから最後に何か世間様の、
お役に立つ事をしようじゃないの」と、彼女らは前記の引揚者世話人会に
申し出て、2人連れ、3人連れになって、38度線を越え、孤児や老人や病
人の救出に北上して行ッたのです。

放置されたままの幼児をおぶったり、ある時は良家の姉妹を救うために、
自分が身代わりになって身を投げだし、姉妹を逃がす。老人を背負い、腕
を取って救出して戻ってくる。 世話人会からきた軍服を脱いだ元憲兵や
 シャツ姿のGIに、彼らを引き渡し、いっとき休養を取って少しばかりの
食事の宴を張って元気を出し、また2、3人ずつ連れ立って38度線を越
えて北上していく という英断を挙行し続けたのです。

「出かけていく時に、形ばかりの宴会をやるのよ。その場面が今も目に浮
かびます。もと遊女だから三味線がなくても歌は上手いし。詩吟とか股旅
物をよくやってました。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、と。

欲を捨てて 身を投げだしてしまえば、生きる道は開けるものよ。捨て身
の戦法でさ あ、出発。行きましょう、とね。月形半平太なんかよく歌っ
たり踊ったり して気合を入れてました。月様、雨が、春雨じゃあ 濡れ
ていこう、みん なあの名場面がお得意でした。踊りも巧くてね、今も目
に浮かびます」

これは京城府立第一高女の1年生だった小村恵美子の目撃談です。もとも
と彼女の両親は満州ハルピンでカフェの経営者。父親が失踪、のち母ひと
り子ひとり。 母親はサングラスをかけた超美人で有名、京城本町で食堂
を経営。 ところが引揚げが始まった段階で寝ついてとうとう帰らぬ人
に。一人っ子になった小村さんは引揚げ世話人会のお世話で、この旭町遊
廓の空き家に寝泊まりすることになり、保護者として九州の同郷者が現れ
るまでの半年間、彼女らと同居した結果、元娼婦たちの、この捨て身の戦
法を目撃する事になったというわけです。

「娼婦たちは、入れ代わり立ち代わりで、ばらばらですが、全部で10人
くらい居たでしょうか。」「人間欲を捨てたら道は開けるーーー今も通じ
る教訓だと思います」と小村さん。
この方の引揚げは翌21年3月、釜山港から博多港へ。 今81歳。福岡に居
られます。
                                 
2013年6月16日記
(注:韓国人留学生によると、売春が禁止されるまで、韓国軍のための売
春婦は国家公務員だったらしい。) 

 (情報収録:中山杏子)



 ◎警視庁の「来日外国人犯罪の検挙状況」(平成23年確定値)の「来日
外国人の国籍・地域別検挙状況」によれば、来日外国人の総検挙件数は
「17,272件」とされています。

 1.検挙した件数であり、未検挙の犯罪、事件は含んでいない。 

その、あくまでもの「検挙数」(平成23年)の一位が「中国」で「7,839
件」(45.4%)。二位が「ベトナム」で「1,749件」(10.1%)。三位が
「ブラジル」で「1,572件」(9.1%)。四位が「韓国」で「1,181件」
(6.8%)となっています。

いわば、“上位四カ国”で全体の7割を超え、「中韓」という特亜二カ国だ
けでもすでに過半数である様子が一応判ります。

  2. 「来日外国人」は観光や留学などの名目で来日した者に限定さ
れ、いわゆる「在日外国人」はこともあろうに“日本人扱い”しているため
に上記に加算されていません。



 3. 未登録の不法滞在者はこの数に含まれていません。

在日外国人(外国籍者)の数は「2,033,656人」(平成24年末現在)とさ
れ、そのうち「中国籍」が一位で「652,555人」。二位が「韓国・朝鮮
籍」で「530,046人」と統計されています。「特亜(特定亜細亜)」の在
日外国人だけで全体の58%を超えています。但し、これは、あくまでも在
留外国人(登録外国人)の数であります。

不法滞在はどれくらい いるのか、推定だけでも出してほしいものです。



▼ 警視庁の「来日外国人犯罪の検挙状況」(平成23年確定値)
 http://www.npa.go.jp/sosikihanzai/kokusaisousa/kokusai/H23_rainichi.pdf
  (情報収録:中山)



 ◎パナソニックなど国産PCの奮闘続く “日本製”が生き残る道とは

パソコン(PC)業界で、国内での「ものづくり」の奮闘が続いている。
安価な新興国製PCやタブレット端末、スマートフォン(高機能携帯電
話)の普及に対抗するため、高品質、高性能製品に的を絞っている。各社
とも価格競争とは違う土俵で戦い、勝ち残りを目指す。

神戸市西区にあるパナソニック神戸工場は、ノートPCの主力製品「レッ
ツノート」を生産している。同社は「顧客ニーズをいち早く製品に反映す
る」ため、生産拠点と設計・開発部門、営業部門を国内に集約した。同工
場にはコールセンターや修理部門もある。

同社の狙いが端的に表れているのが「一品一様」と呼ぶ多品種少量生産
だ。顧客ごとに仕様変更(カスタマイズ)したノートPCの生産は、1カ
月あたり数百種類に及ぶ。売り上げが堅調な法人向けについては、カスタ
マイズ率を現在の3割ほどから平成27年度には約7割まで引き上げる予
定だ。

細かなサービスに乗り出した背景には、国内PC市場の低迷に対する危機
感がある。業界団体の電子情報技術産業協会(JEITA)によると、24
年度の出荷台数は前年度比1・1%減の1115万2000台。出荷額は7952億円
で、落ち込み幅は出荷台数より大きい8・3%と価格下落は鮮明だ。

パナソニックの原田秀昭ITプロダクツ事業部長は、「たゆまざる技術革
新しか、メイド・イン・ジャパンが生き残っていく道はない。サービスと
一品一様の生産体制によって価値を届ける」と話す。

 富士通も「高品質、高性能にこだわった」機種は島根県と福島県で生産
しているだ。格安モデルを委託しているアジアの工場では生産ラインに約
120人が並ぶが、国内工場では自動化を進め、ラインの人員はそれぞれ
16人ほど。調達部材を共通化するなどし「購買や加工費で為替に左右さ
れない工場」(担当者)に進化しているという。

ソニーは、ノートPC「VAIO」シリーズの一部を長野県で生産。「日
本の高い技術力と国内の設計部門を一体化することで、国内でしか量産で
きないモデルを生み出す」という。各社とも、今年の夏モデルは高機能型
が中心。投入機種を増やすより利幅の大きいモデルの販売を強化すること
で、収益改善を目指している。
SankeiBiz2013/6/23 09:12


 ◎中国、都市住民77%に呼吸器異常…PM2・5が影響

23日付の中国紙、京華時報によると、中国医師協会などがまとめた報告書
で、中国の都市住民の77%に呼吸器系の異常があることが分かった。専門
家は大気中の微小粒子状物質「PM2・5」が主な原因だと指摘している。

調査結果が掲載された報告書は「中国都市住民健康白書」。北京、上海、
広東省広州などの20都市・地域の住民を対象に計約68万件の健康診断の
データを基に分析した。

調査の結果、呼吸器系では特に、のどの炎症や気管の異常などが多かっ
た。異常がみられた人の大半は、子どもや高齢者だった。

また43%の住民が、動悸や目まいなど循環器系の異常による症状を経験し
たことがあると訴えた。北京、上海、広州では2009年の調査に比べ、循環
器系の異常を訴えた割合が大幅に増えたという。(共同)
産経ニュース 2013.6.23 17:39 



 ◎【尖閣問題】「中国政府の許可を得た」バハマ船籍の海洋調査船、ワ
イヤのようなものを引きEEZを航行
  高岡氏より転送





【尖閣問題】
「中国政府の許可を得た」バハマ船籍の海洋調査船、ワイヤのようなもの
を引きEEZを航行
2013-06-23 21:00:15

Research and Survey Vessels in the Bahamas Flag ”DISCOVERER2- IMO
9079315”

 沖縄県石垣市の尖閣諸島久場島沖の日本の排他的経済水域(EEZ)
で、23日午前、バハマ船籍の海洋調査船「DISCOVERER2」が
ワイヤのようなものを引きながら航行した。

17日以来で今年2回目。

 第11管区海上保安本部(那覇市)によると、23日午前5時50分ご
ろ、海上保安庁の航空機が、久場島の北北西112キロの海域を8本のワ
イヤのようなものを引きながら航行している調査船を発見した。

 航空機が「わが国の排他的経済水域内での同意のない調査活動は認めら
れない」と警告したのに対し、「中国政府の許可を得ている」と応答した
という。(情報収録:中山)



━━━━━━━
反     響
━━━━━━━


 1)転送です。(粕谷レポートより)

ジム・アワー氏が、韓国将校に、自衛隊との協力が必要と説いたところ、
「政治が許さない」と答えた  @株式日記と経済展望
2013年6月22日 土曜日

ジム・アワー氏が、韓国海軍の将校に、日本の自衛隊との協力体制が必要
と説いたところ、「実はそうしたいのだが、政治が許さない」と答えたと
いう。

◆慰安婦問題で認識を深化させる優れたアメリカ人  6月21日 島田洋一
今日は朝8時から、国家基本問題研究所の企画委員会に出た。9時にゲスト
のジム・アワー氏(Jim Auer 米バンダービルト大学教授、元国防総省日
本部長)が来訪。

特に、最近の同氏訪韓時の話が面白かった。

韓国の有力政治家が慰安婦問題を持ちだしたのに対し、アワー氏は、貧し
さから家族に売られる女性が多い時代だった、慰安所には日本女性も多数
おり朝鮮人強制連行の枠組で語るのは間違いではないか等と反論し、歴史
カードで日本を叩く姿勢に苦言を呈したという。

田久保忠衛・国基研副理事長によれば、アワー氏も以前は、河野談話的イ
メージに拘束されたきらいがあり、会話中、この問題になると場に違和感
が流れるのが常だったそうだ。

やはり、日本側が丁寧に情理を尽くして説明し続ければ、聞く耳を持つ優
れたアメリカ人なら徐々に認識を改める。アワー氏の話を聞いていて、そ
のことを強く感じた。

アメリカの慰安婦認識は変えられない、だから先回りして謝罪するのが賢
明という、外務省エリートに典型的な敗北主義ないし先制降伏主義は、ア
ワー氏という実例に照らし、はっきり誤りである。

アワー氏が紹介したエピソードをもう一つ引いておこう。

韓国海軍の将校に、日本の自衛隊との協力体制が必要と説いたところ、相
手は急に囁くような声になり、「実はそうしたいのだが、政治が許さな
い」と答えたという。

韓国政治をわれわれが直接変えることは出来ないが、日本政治に巣くう敗
北主義は、民間からの突き上げで変えることが出来る。

日本の政治が変われば、アメリカの認識も変えられる。アメリカが変われ
ば、韓国も従来のようには歴史カードを使えなくなろう。それでも慰安婦
カードで日本叩きを続ければ、白い目で見られるのは韓国ということになる。

その展望が、薄闇の向こうに見えたと、本日の会合で感じた。

なお、投稿者は本メールの送信者欄に表示されている方です。
(濱田 實)



 2)またもやコンフェデ杯でみっともない敗戦:前田 正晶

最早、我が代表のサッカーの試合を見る気力が失せかけていたので、23日
の朝はゆっくりと起きて、念のためにNHKのBSにすると丁度2点目を取られ
る場面だった。矢張りかと益々気力が萎えては来たが、ここはマスコミの
常套句「気持ちを切り替えて」テレビ観戦を続けた。ここで確認事項だ
が、当方はザケローニを評価していない。

確かにメキシコは世界的水準で上手いし、国際試合慣れした小狡い反則も
するし、オーストラリアや中近東勢とは巧妙さの次元が違う乱暴なプレー
で危機を未然に防ぐ「上手さ」がある。

それに「何時まで経っても同じゲームプラン」でフェアープレーで戦うの
だから無理があったと思う。まるで、政府の外交下手のレプリカを見せら
れているかのようだった。

言っておくが、不利な展開をしているゲームで気持ちを切り替えて反転攻
勢に出た経験もなければ、気持ちを切り替えるのは彼らがしたり顔で言う
ほど簡単ではないと思う。一度落としたモメンタムを試合中に取り返した
経験があるなら何処でどうやって取り戻せたかを聞かせて欲しい。

先ほど終わったTBSのサンデーモーニングで、中西がこの代表ティームの
問題点の一つに「監督の選手交代」を挙げていた。彼が協会と如何なる関
係があるか知らないが、遠慮せずにもっとハッキリとあの出鱈目な交替を
批判しても良かったともう。

私は今回だけではないが、我らが代表が技術的にも戦術的にも低位安定的
なレベルに定着していると悲観的に見ている。その原因の一つがあの監督
であると声を大にして言いたい。

あのレベルから抜け出さねばならないと本田、香川、長友が言っているの
に、あの監督がその対策を講じているとは思えない。それだけならまだし
も、一向に機能しない彼の伝家の錆びた宝刀の3−4−3だったかを強制し
ている不手際振りだ。彼が就任後にティームが同じ場所(高さ)から動け
ないでいることに気が付いていないらしい。協会はあれで良いと思ってい
るのだろうか。

2点も負けていながら、攻めることが必要な場面で、欧州で一応の成功を
見せてきた乾だの未だ伸びしろがある清武などを、限界しか見えていない
前田や木偶の坊のハーフナーに替えて出してみる勇気がないようでは、監
督失格であると思う。

しかも、遠藤の後継が細貝だ等とアナウンサーにまで解ったようなことを
言わせてどうする。使わねば伸びないとは知っているが、細貝はその器で
はない。

メキシコ相手に後半の途中までシュート無しだと聞こえた。確かに苦し紛
れかと思うようなキープから繋いではいたが、相手があれほど引いていた
のでは壁に向かって蹴っている形で跳ね返されてばかり。本田には切り裂
くスピードがなく、香川は執拗なマークに遭って不発だった。解説の福西
が「最後に取った1点の形が理想的だ」と言っていた。

あれしかあの形が出来なかったのは、3−4−3監督はあの形をやろうとい
う作戦を立てていなかったのかと疑ってしまった。選手たちからも画面を
通しての気力を感じなかったのは何故だろう。一所懸命にやっていたのは
解るが、何故迸るような気迫が感じられないのだろうか。まさか、監督の
への不信感か。そうでないことを祈りたい。立て直すには後1年しか残っ
ていないのだから。



 3)原子力規制委員会の再稼働に向けての審査基準への疑問:
前田正晶

私は田中原子力規制委員会委員長とやらの左巻きの経歴、民主党政権の置
き土産的な委員の構成、活断層の検査に見せた露骨な反原発の姿勢、今回
の審査基準にも見るように、かなり明白に原発ゼロないしは脱原発に偏っ
ている存在だと思って眺めている。彼らには経済的な配慮も考慮もないよ
うだ。

そのことが是か非かについては、意見や見解や立場が別れるのは仕方がな
いが、現在のように大多数の原発を止めたままでいることが、産業政策上
から見て芳しいことか否かには疑問の余地がある。私は偏見と言われよう
と何だろうと、現在の原発を危険視する思想は菅直人の原子力行政におけ
る悪政と一般的な失政の最悪の遺産だと思っている。彼が「原発即危険な
存在」という気風を醸成したと思い込んでいる。

何度も言われたことが、福島の崩壊の物理的且つ科学的な原因究明が出来
ていない。いや、無知蒙昧な菅直人が東電とともに解明を遅延させたので
あると言いたい。その結果として、福島県民には限りない負担と迷惑を与
え、「もう原発は不要だ」としか言いようがない空気を醸し出した。

菅直人の頭脳には原発を止めたままにした場合のエネルギー・コスト上昇
が、我が国が世界に誇る製造業界にどれほどの追加の負担となったかなど
という観念は存在しなかった。しかも化石燃料を輸入に依存している事実
すら認識できていなかったのだろう。だからこそ、安易に太陽光パネルが
再生可能エネルギー源だなどと思い込んだのだろう。

それだけではない。彼と民主党は原子力発電所そのものが危険な存在とい
う概念を植え付けるのにまんまと成功し、「原発を止めよう」という世論
まで形成した。しかし、3.11級の地震と津波であそこまで破壊されたの
は、現在まで福島のみであるが、浜岡を止めさせて全ての原発の危険性を
強調した。

私は現在蔓延している「原発危険論」は「原発が天災等によって福島のよ
うに破壊された際に生ずるだろう放射能汚染等の危険性」と混同されてい
るような気がしてならない。そこに、左がかった規制委員会が「世界一厳
しい」と自画自賛している再稼働の基準を作り上げて世論に阿っているか
とすら思いたくなる事態だ。原発を無くしさえすれば「危険なものを根か
ら絶つ」のは間違いないだろうが、その場合の副作用を考えていないのが
問題だ、

しかも、アベノミクスで円安を狙い通りに導入したために、石化燃料コス
トが更に上昇し、産業界どころか一般家庭にもエネルギー・コスト上昇を
もたらしてしまった。私は安倍政権と雖もここで原発安全説を強行せず、
民主党政権の置き土産委員会の言うがままにしているかに見えるのは世論
迎合的かとすら考えている。国会承認人事のはずだった委員長を選んだ民
主党政権の置き土産を放置するのは、不当ではないか。

今朝も森元総理だったか、「株価の為替の変動に一喜一憂するな」と語っ
ていた。だが、その通りだったとすれば、遠からぬ将来にまた円安傾向が
戻ればエネルギー・コストが再度上昇するだろう。そうであれば電気代値
上げを阻止できなくなるし、戦時中であるかの如き我々消費者に落ち度が
なくても「節電」を強要されるのは真っ平御免である。東電の体質改善な
どできる訳がないのだから、政府が強権を発動しても電気事業法等を廃棄
して、何とかいう原価法を根絶やしにして貰いたい。

安倍政権もここまでは善戦健闘されて世の中が明るくなってきた。民主党
が残していった負の遺産をアベノミクス等を活かして排除してきた。だ
が、我が国の政治・経済を取り巻く状況には難問が山積している。参議院
選挙で民主党以下の悪の野党を一掃する努力も忘れて貰いたくないが、産
業界が設備投資の意欲を回復するような政策も絶対に必要である。

現在のような円安傾向とエネルギー・コスト上昇に攻められていては、真
の意味での物価上昇やインフレにはなり得ないと危惧するものである。総
理、貴方が頼りです。宜しくお願い申し上げます。
                         



━━━━━━━
身 辺 雑 記 
━━━━━━━

東京に政治記者OB会というのがある。きょう24日、その総会が久しぶりに
開かれるので、出席する。共同OB後藤謙次氏が「参院選挙の見通しと選挙
後の安倍内閣の課題」を語る予定。久しぶりに蒸篭を着る。

読者:5199人

ご投稿、ご感想をお待ちしています。下記。↓
ryochan@polka.plala.or.jp

◆メルマ!メルマガの退会・解除はこちら
→ http://melma.com/contents/taikai/
-- 
渡部 亮次郎 <ryochan@polka.plala.or.jp>

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2004-01-18  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
Score!: 97 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • 名無しさん2013/06/25

    【拡散希望】

    アメリカ下院121号決議を撤廃する署名をにサインをお願いいたします。

    なでしこアクション

    http://sakura.a.la9.jp/japan/



    韓国人が捏造した慰安婦ヒストリーに、アメリカ人がどんどん騙されていってます。 

    デトロイト、イリノイ州、カナダのトロントからシンガポールまで変な銅像を建てようとしています。 

    嘘が広まるのを一刻も早く阻止するため、ご協力をお願いいたします。 

    英語解らなくても大丈夫です。みんなでやりましょう。



  • 名無しさん2013/06/25

    スーパームーンという現象が、各地で話題になったようだ。



     













    楕円軌道を描いて地球を周回する月が、地球に最も接近する時と満月が重なる現象を「スーパームーン」というそうだ。



    日本では、23日午前7時32分に最大になったそうだ。要するに、ふだんより大きなお月様が見れるわけだよね。



     



    NASAによると、通常の満月に比べて大きさで14%、明るさは30%増して見えるそうだ。年に一度のペースで観測されている。



     













    まあ、皆既日食のように珍しい現象でもないし、とくべつ見ごたえのあるものでもないけど、でも身近な月だけに、気になるところではある。



     



    そもそも月には何か不思議な魅力があり、古来から月をテーマにした文学や芸術作品は、枚挙にいとまがないほどだ。



     



    月に関していろいろ聞いているけど、科学的なこと以外に大きな影響をたくさん地球におよぼしている。



     



    「月は「ツキ」と読むが、これはそのまま「ツキ・運」につながっている。〜金もうけや恋人探し、家探しに勝負事まで、直接的ご利益をもたらしてくれる。文章が上手になれるのも、月の霊波動がカギを握っている」



    「インド世界の仏教に相当している。〜太陽のように、あまり隅々まで照らしすぎず、適当に煩悩や悪さを容認して、手を変え品を替えて説教し、少しずつ衆生を本来の道へと導かれる。まさに、満月、半月、三日月と姿を変えて、夜空に輝く月のようではないか」



    もちろん他にも大事なことがあるけど、人間は太陽と月の影響を大きく受けながら、悲喜交々の人生を過ごしているそうだ。 



    占星術も、生まれたときの月や太陽、惑星などの配置から人の一生を占う。



    なかでも月や太陽の影響が大きいようだ。



     



    そういうことを改めて思い出すと、スーパームーン現象も、なにやらありがたいことに思えてきた。



     



    せっかくなのでスーパームーンを見ながら祈ってみようかな。



    といっても昨日が最接近だったらしく、これから二週間かけて、最も遠くに離れてしまうそうだ。



    まあ、それでも普段よりは大きく見えるだろうから。









    今日の夜は晴れそうかなあ。



















    古代ギリシャの人たちも月に祈っていた。ギリシャ神話には、月の女神様もいる。