政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

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頂門の一針2945号  2013・5・1(水)

2013/05/01

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  わたなべ りやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」 2945 号
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        2013(平成25)年5月1日(水)
 
                        フランス大統領 6月に初訪日へ:古澤 襄

                                            台湾の土壌と文化:加瀬英明

              モラエス  〜 最後の冒険者の求めた道:伊勢雅臣

                   「給料半減、仕事は倍増」の再雇用:平井修一

                                         光無き砂漠の静寂:渡部亮次郎
 
                      話 の 福 袋
                    反     響
                    身 辺 雑 記


□■■□  ──────────────────────────□■■□
第2945 号
                              発行周期 不定期(原則日曜日発行)
             
               御意見・御感想は:
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フランス大統領 6月に初訪日へ
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                              古澤  襄
 
日独関係が冷え込む一方で日仏関係が良好なまま維持されている。明治以
降、ドイツは日本に政治、軍事の面でもっとも影響を及ぼした国だったが、
中国重視のアンゲラ・メルケル首相の下では関係が徐々に薄くなった感が
ある。
 
フランスはファッションや美術、料理など、文化的に高い評価を受ける国
として日本人に人気が高い。毎年多数の日本人観光客が高級ブランドや美
術館巡り、グルメツアーなどを目的にフランスを訪れている。

また、音楽、美術、料理を学ぶためにフランスに渡る日本人も多く、在仏
日本人は3万5千人に及ぶ。柔道の競技人口が日本を上回るといわれる程の
人気がある。
 
ジャック・シラク元大統領は大の親日家。来日は公私合わせて45回。外
交政策的にも日本を重視した姿勢が見られ、「日本のいない安保理は馬鹿
げている」とまで言い切った。森喜朗元首相との会談で、2016年の東京五
輪招致について「日本を支持したい。日本しかないと考えている」と述べ
ている。
 
だがサルコジ前大統領はメルケル独首相と同様に巨大市場としての中国重
視に傾き、日本との関係が希薄になった観が否めない。これに対してオラ
ンド仏大統領は、共通の価値観を持った日本との関係を重視し、訪日して
経済をはじめ安全保障やテロ対策などの幅広い分野で、日仏関係の強化を
目指す方針だという。
 
<フランスのオランド大統領は、就任後、初めて6月6日から日本を訪問
する方向で調整を進めており、経済をはじめ安全保障やテロ対策などの幅
広い分野で、日本とフランスの関係の強化を目指す方針です。
 
関係者によりますと、日仏両政府は、オランド大統領が6月6日から3日
間の日程で国賓として日本を訪問する方向で調整を進めており、日本政府
は大型連休明けの閣議で正式に決定する方針です。
 
オランド大統領が日本を訪れるのは、去年5月の就任以来、初めてで日本
に滞在中、天皇陛下と会見するほか、安倍総理大臣と首脳会談を行う予定
です。
 
首脳会談では、日本とEU=ヨーロッパ連合とのEPA=経済連携協定な
どを念頭に、経済面での協力の強化が主な議題となる見通しで、フランス
としては日本市場の一層の開放を求め、フランス企業による鉄道事業への
参入などを目指すものとみられます。
 
両国はまた、文化や安全保障、それに、ことし1月に起きた「アルジェリ
ア人質事件」を受けたテロ対策など、幅広い分野で関係強化を目指す方針
です。
 
景気の低迷や高い失業率に苦しむフランスは、経済成長が著しいアジア諸
国との関係強化を図っていますが、サルコジ前政権が巨大市場としての中
国を重視したのに対し、オランド政権は共通の価値観を持った日本との関
係を重視する姿勢を打ち出しており、今回の訪問をその重要な一歩と位置
づけています。(NHK)>

2013.04.30 Tuesday name : kajikablog 

   

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台湾の土壌と文化
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    加瀬 英明

1月に、岸田文雄外相が台湾は「重要なパートナー」であり、「民主、自由、
平和といった基本的価値観を共有している」と、表明した。

昨年12月に、ワシントンで古本屋を覗いたら、1924(大正13)年に刊行さ
れた『GLIMPSE OF JAPAN AND TAIWAN』と題する本が売られていたので、
求めた。「日本、台湾一瞥(いちべつ)」とでも、訳せようか。

著者はハリー・フランクという紀行作家で、235ページある。帰りの機内
で手に取ったが、90年あまり前の台湾が、アメリカ人作家の眼にどのよう
に映ったのか、興味深かった。

著者は中国福建省の福州(フーチョウ)から、海路で基隆港に到着する。

中国から台湾に直航して、タイホクをはじめとする市街が、「あまりに清
潔(クリーン)」で「整然(オーダリー)としている」ので、「不可思議(ア
ンカニー)な気分にとらわれる」。

「台湾人が住んでいる区域ですら、中国の街のような、堪えられない不潔
さ(フイルス)がない。ニューヨークの住宅区よりも、清潔だ」。「日本人
の厳格(エクザクトネス)については、プロシア人ですら、ここまで実現し
たことはなかろう。日本人はかつての中国式の生活に、落ち着きと秩序を
もたらした」と、驚嘆している。

著者は緑繁るマルヤマ公園を訪れて、台湾神社を見学する。今日ここには、
圓山大飯店が建っている。

「まるでキョウトを、そのまま移してきたようだ。シントウの神社が市内
にいくつかあるが、みな日本の清らか(クリーン)な雰囲気が保たれて、台
湾人が拝む極彩色で、喧騒をきわめる廟と、まったく対照的(インコムパ
ティブル)だ」。「台湾海峡の対岸と較べて、人力車の車夫の着衣、編笠(
マッシュルームハット)までが清潔で快い」。

「中国では鉄道を利用しても、旅といえば無政府状態(アナーキック)だが、
日本の列車に乗って、近代に戻ることができた。(略)車内の検札係は3
等車でさえ、〃顔のない〃乗客に対して、まず制帽を脱いでお辞儀をする。
(略)

中国と違って、日本の美的水準(パルクラチュード)によって、客車の床下
が掃ききよめられ、水が打たれている」。

中国と違って、「どこへ行っても、悪臭(オードー)がない」。

著者は冒険心に富んでいて、地方をまわった時に、「台湾式旅舘(フォー
モサン・イン)」で一晩を過す。

食事が「悪臭(ノイサム)がして」、カーテンも寝具も、「おそらく一度も
洗ったことがなく」、中国人客の声が一晩中、「まるで喧嘩(クオルラス)
をしているように煩(うるさ)かった」。もちろん、入浴する習慣がないか
ら、風呂場がなかった。

日本が「僅か20年あまり努力(注・統治)したことによって、何と大きな
(グレイト・)変化(チェンジ)がもたらされたことか。おそらく、世界の人
々はいまだに台湾(フオーモサ)といえば、禁断の山々が密林によって覆わ
れ、野蛮人が蟠踞(ばんきよ)する島だと思っていよう」。

本に著者の撮った写真が、多くある。一等車に乗る子連れの台湾人夫婦、
三等車の日本髪を結った女性、「縣立臺南神社」の大鳥居を通して見る、
鎮(ち)木(ぎ)をのせた拝殿。

こざっぱりした服に、草履の台湾人小学生(日本が台湾中に、立派な校舎
を建てたと説明されている)、白い制服を着た日本人駐在を中心にして、
満面笑っている山岳民族の少年男女(「つい最近まで、首狩族(ヘッドハ
ンター)だった」と説明)などだ。

読み進んでゆくと、著者は「このところ国際世論のなかで、中国が無秩序
(セミ・アナキー)にあるよりも、しっかりとした勢力の〃保護領〃となっ
たほうがよい――というよりも、必要があるという声が聞こえてくるが、
台湾の現状を見ると、日本に統治させたらどうなるか、という展(クリア
・)望(アイディア)をいだかせる。

しかし、それよりも天上(セレスティアル)の国(注・中国)に住んでいる
と思っている人々は、不潔(ダート)や、混乱(ディスオーダー)のほうを好
んでいるのだろうか」と、述べている。

台湾と中国とは、民族も、文化も、まったく異なっている。

まず、台湾人(タイワンレン)は大漢民族(ダハンミンズ)の一員でない。対
岸の福建省の人々は、(びん)と呼ばれた種族だった。東南アジアから沿岸
まで住む民である。五代十国の一つの名で、今の福建省だが、三代目に南
唐によって滅ぼされた。

北京政権は漢民族が中華民族(ツオンファミンズ)のなかで、もっとも上に
立つ「老大(ラオダ)」であると、称している。スターリンがソ連時代にロ
シア民族がウクライナから、チェチェンにいたる諸民族の上に立つといっ
たのと、変わりがない。

もし、中国が台湾を呑み込むことがあれば、台湾を少数民族の自治区では
なく、同じ漢族の台湾省としよう。

だが、17世紀から19世紀にかけて、台湾に渡ってきた人々は、漢人ではな
い。中華民族にいたっては、北京政権製の政治的な概念だ。習近平中国国
家主席が「中華民族の偉大な復興」を、さかんに唱えているが、かつての
華夷秩序による、覇権主義の復活を目指しているのだ。

文化とは何かというと、文化人類学者のあいだで論争が絶えない。

いうまでもなく、文化は複雑な概念だ。私なりに定義してみれば、一つの
国か、一つの社会の文化は、共有する知識、記憶、歴史的体験、清潔度も
含めた習慣、行動様式、未来への期待などによってつくられていよう。
台湾は文化的にいっても、中国に属していない。

今回、日本政府が台湾が「パートナー」だと言及したのは、昭和47
(1972)年の日中国交正常化によって、台湾と断交してから、はじめての
ことだった。

私はもし台湾が滅びることがあれば、日本も滅びてしまうから、日台が同
体であると、かねてから論じてきた。

日本にとってアジアのなかで、台湾の他にこのような関係にある国はない。
日本が存続するために、台湾が同じ価値観を分かち合う政権のもとにある
ことが、不可欠である。

かりに、韓国が再び李氏朝鮮時代のように中国の属国になるか、あるいは
北朝鮮によって呑み込まれることがあったとしても、日本にとって重大な
脅威となろうが、日本が亡びることはない。

そうでなくても、韓国は日本に対して癒しようがない、深い憎しみをいだ
いている敵性国である。

台湾がその一部にせよ、中国に属していたことは、明、清朝のごく一時期
でしかない。

清の乾隆帝といえば侵略によって、中華帝国の範図をもっとも大きく拡げ
たが、正史『清史』の『外国列伝』が台湾北部にある鶏卵国が、日本に属
すると記している。

明治4(1872)年に、琉球人が台湾に漂着し、原住民に虐殺される事件が
発生して、日本が清国に抗議した時に、清国は台湾が「化外(統治が及ば
ない)の地」だと、回答している。「牡丹(ぼたん)社事件」として、知ら
れる。

台湾は人種的にも、文化的にも、中国大陸と違う。

台湾は日本統治によって、「価値観を共有」するようになった。もう一つ
の日本なのだ。日本国民は、なぜ、もう一つの日本を擁護しようとしない
のか。

「撲東京富士山頭揚漢旗(プトンチンフシュサントウャンハンチ)!」(東
京を爆撃して、富士山頂に漢旗〈五星紅旗〉を立てよう!)〈最新の人民
解放軍軍歌〉

台湾に漢旗(ハンチ)を立てさせては、絶対にならない。台湾が滅びたら、
日本も亡びる。日本の生命線である海上交通路を、絶たれることになる。

この原稿を書きながら、東京ドームからの日本勢対台湾チームの、WBC
のラジオ実況放送を聴いた。アナウンサーが「台湾の旗が揺れています!」
と叫んだが、中華民国在台湾の青天白日旗だ。このなかの「日」は、日の
丸なのだ。李登輝元総統が大陸から逃れてきて、台湾を占領した中華民国
を、「中華民国在台湾」と呼び替えた。



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モラエス  〜 最後の冒険者の求めた道
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           伊勢 雅臣

海洋大国ポルトガルの最後の冒険者モラエスは、日本に何を求めたのか。


■1.「海洋大国ポルトガルの最後の冒険者」

まだ4月末だというのに、ポルトガルの首都リスボンの日差しは日本の
初夏のようにまぶしい。しかし、海からの風が爽やかで、それほど暑さ
は感じない。

狭い坂道を上ったり降りたりしながら、テージョ川が大西洋にそそぐ河
口に着くと、そこには高さ50メートル以上もの「発見のモニュメント」
がある。

大航海時代の幕を開いたエンリケ航海王子、アフリカ南端を回ってイン
ドへの航路を開いたヴァスコ・ダ・ガマ、ブラジルに到達したペドロ・
アルヴァレス・カブラル、世界一周を達成したマゼランなどの巨大な石
像が、帆船の舳先に並ぶように立っている。

モニュメント前の広場には、大理石のモザイクで世界地図と各地の発見
年号が記されており、日本には「1541」と書かれている。彼らが、日本
を「発見」した年である。ポルトガル人は最初に日本にやってきたヨー
ロッパ人であった。

そこから河下に向かってさらに10分ほど歩くと、河口を護る要塞、ベレ
ンの塔に着く。その屋上からは、はるかに広がる大西洋が見渡せる。大
航海時代には、ベレンの塔が見下ろす河口を何隻もの巨大な帆船が出港
していっただろう。

本編の主人公、海洋大国ポルトガルの最後の冒険者と言われるヴェンセ
スラウ・ジョゼ・デ・ソーザ・モラエスも、この塔に見守られて、海に
乗り出した一人であった。


■2.「神に祝福されたこの地」

モラエスが最初に日本を訪れたのは、1889(明治22)年8月、35歳の時だっ
た。長身に金髪、青い目をしたモラエスは、貴公子然として物思いにふ
ける控えめな男だった。その彼が副官を務める砲艦「リオ・リマ」は本
拠地マカオを出発し、香港、上海に立ち寄った後、東シナ海を横断して、
長崎に入港したのだった。

最初に訪れた諏訪神社からは、坂と石畳の街が眼下に広がり、険しい山
並みに囲まれた長崎湾が明るく輝いていた。その光景は、彼の故郷リス
ボンを偲ばせたが、日本の山並みを覆う深い活き活きとした緑は、その
比ではなかった。


「ぼくはすばらしい国、日本にいる。ここ長崎で、世界に類のないこれ
らの木々のかげでぼくは余生を送りたいものだ」。[1,p8]

諏訪神社の鳥居をくぐった参道では、茶店に入り、優雅で可愛い着物を
着た2人の娘の出迎えを受けた。丁重なおじぎに驚かされ、日本茶とカ
ステラが出された。

任地マカオと、それを取り巻く中国の荒廃と苦悩、不潔と混濁に比べれ
ば、日本の地は「まるでまっ暗な洞窟から花園に出たような」驚きを与
えた。魅入られるような10日間を過ごした長崎を去るにあたって、リス
ボンにいる姉のエミリアには、こう書き送った。

<みごとな風景にあふれ、花にあふれ、微笑にあふれる、神に祝福され
たこの地を去るよ。魂がやさしい想念にいだかれるようにと、生活に疲
れた精神がなお浄化されて神慮に対して感謝を捧げることのできるよう
にと作られたこの地を>。[1,p9]

「神に祝福されたこの地」で、「余生を送りたいものだ」という願いは、
モラエスの人生を導く予感だったのかもしれない。


■3.おヨネとの幸福な日々

1899(明治32)年、数年がかりの本国への嘆願が認められて、ようやく神
戸に副領事館を開き、副領事として来日する事ができた。

モラエスはある料亭で、おヨネという芸者と出会った。どこか愁いを宿
したような美しい目鼻立ちの女性であった。モラエスは料亭に何度も足
を運び、自宅にも招いて、熱心に求愛した。

おヨネは自分が病気がちなことや、学歴も教養もないことを語ったが、
モラエスは「そんなこと、何も問題ではありません」と言って、取り合
わなかった。おヨネが療養に故郷の徳島に帰った時も見舞いにいった。

そうしたモラエスのひたむきさにおヨネは根負けしたようで、明治33
(1900)年11月、結婚式をあげた。神戸きっての料亭で披露宴が行われ、神
戸在住の外交官や知名人が多数招待された。モラエスは羽織、袴(はかま)
姿で緊張し、白装束の花嫁・おヨネは息を呑むような美しさだったとモラ
エスの友人は回想している。

モラエス40歳、長い彷徨の(ほうこう)の末にようやくたどり着いた幸
せであった。おヨネはつつましく後ろに控えながらも、いつも相手のこ
とを気遣う女性だった。

モラエスは、おヨネの体を気遣って、お手伝いを2人おいたが、おヨネ
は「私も何かしなくては」と、領事館に花を飾り、モラエスの身の回り
の世話を焼いた。おヨネの存在が領事館をしっとりと、それでいて華や
いだものにした。領事館を訪れた人々は、モラエスに影のように寄り添
うおヨネの領事夫人ぶりに感嘆した。

モラエスは早朝と夕方に、おヨネを伴って散歩した。近くの布引の滝や、
生田神社の森、そしておヨネの体調の良い時には須磨の一ノ谷あたりま
で足を延ばした。

三つ揃えの背広姿のモラエスと、束ねた髪にべっ甲のかんざしを挿し、
粋な着物姿のおヨネの二人連れは、仲の良い夫婦として近所の評判になっ
た。


■4.「日本の風景」、「孝」

おヨネとの安らぎの日々は、モラエスの文筆への意欲を蘇らせた。マカ
オに駐在していた頃から、故国の雑誌に記事を送っていたが、おヨネと
一緒になってからは日本人の生き方や文化、自然について、味わい深い
文章を次々と発表した。それらは故国ポルトガルやブラジルで広く読ま
れるようになった。

たとえば、「日本の風景」と題した小品では、富士山や近江八景などの
名所を紹介しつつ、次のように述べている。


<絶望と苦悩を感ずる壮観な風景はめったに日本の名所にはない。繊細
で、ほほ笑ましくて、たいていはやさしく美しい景色ばかりであって、
ただ時々、思いがけなく恐ろしい天災−台風、洪水、地震−が、一時悲
しい外観にするだけである。

・・・人間を愛し、人間を楽しますために、娘のように美しくきらびや
かな色調の着物を着飾っている家庭的自然である>。[1,p127]

また、大津の石山に蛍狩りに行った際に、偶然知り合った女性から聞か
された身の上話という設定で、「幸」という随筆を発表している。「お
ゆき」という女性が裕福な商人の家庭に生まれ育ったが、15歳で父が病
死して、京都で芸妓となり、病気の母親や幼い弟妹を養っているという
話である。

モラエスが「これから先、どうするのか」と訪ねると、おゆきは「先の
ことは少しも心配していないし、成り行き任せ」と答えて、闇夜に光を
放ちながら飛ぶ蛍を指す。闇の中を、自ら光を発しながら飛ぶ小さな蛍
のように、おゆきは生きている。

自らの人生を犠牲にしてまで家族のために尽くす生き方は、近代的な個
人主義が広まりつつあった西洋人に対して、かつての古き良き時代を思
い起こさせるものであったかも知れない。


■5.「オヨネサン ヨクナラナイ ワタシ コマリマス」

明治42(1909)年、モラエスは55歳になっていた。おヨネは病気がちとな
り、熱を出して床に伏せることが多くなった。おヨネはモラエスに心配
をかけることが心苦しく、悲しげな表情で詫びた。

明治45(1912)年6月20日、長雨がカラリと晴れ上がった爽やかな朝、
おヨネは気分がよいのか、起き上がって朝食の準備を始めた。モラエス
は久しぶりにおヨネとの外出を思い立ち、人力車で一の谷に赴いた。淡
路島が浮かぶ穏やかな海には、遠くに白い帆船も見えた。

道路の脇には、簡素ながらも威厳のある3メートルほどの高さの五輪塔
が建っている。一の谷の合戦で、熊谷次郎直実に討ち取られた平家の若
き公達(きんだち)、敦盛(あつもり)の墓である。

墓石のざらざらした褐色の表面に、ヨーロッパの大男の無骨な手と、日
本女性のしなやかな小さい手が重なった。墓石はまるで血が通っている
かのように生のぬくもりが感じられた。

その数日後、おヨネの容態が急変した。オランダ人の医者に、身内を呼
んだほうがいいと言われ、モラエスは徳島にいるおヨネの姉のユキに電
報を打った。翌朝、ユキと娘のコハルが駆けつけ、看病を続けた。

モラエスは仕事も手につかず、「オヨネサン ヨクナラナイ ワタシ 
コマリマス」といいながら、部屋の中を右往左往していた。


■6.相次ぐ悲しい出来事

7月末、明治天皇が崩御された。モラエスは、日本が明治天皇のもとに
国民が一体となって発展している様を好ましく思っていただけに、日本
の一つの時代が終わったと感じた。

この頃、母国ポルトガルでは国王と王子が共和党に暗殺され、次男が一
度は王位についたが、すぐにイギリスに亡命するという革命が起きて、
800年の歴史を持つポルトガルの王制は崩壊した。モラエスは政党には関
わり合いを持たなかったが、新しい共和国には、自分の居場所はないと
感じた。

8月10日過ぎのこと、おヨネが、もうだめなような気がする、と、か細
い声で呟いた。モラエスは、きっと治るると励まし、おヨネのやせ細っ
た手を握りしめた。おヨネは首を振り、「でも、もう少し、生きたかっ
た」と哀願するようなまなざしを向けた。左の薬指にさした金の結婚指
輪がゆるんで、ずり落ちそうだった。

おヨネは、モラエスにこれまでの礼を述べ、遠慮がちに身内の将来のこ
とを頼んだ。死を悟りながらも、なお身内を案じ続けるおヨネの優しさ
がモラエスにはたまらなかった。そして、最愛の女性を助けてやれない
自分の無力さに耐えきれずに、涙ぐんだ。

後に、モラエスは隠遁の地として徳島を選んだ理由の一つとして、この
時のやるせない思いをあげ、「今でも手を握られている気がする」と書
いている。8月20日、おヨネが世を去った。享年38だった。

明治天皇の崩御、祖国の動乱、そしておヨネの死と、相次ぐ悲しい出来
事に、モラエスの憂愁は募った。鴨長明の『方丈記』のフランス語訳を
むさぼるように読みふけり、おヨネの仏壇のある部屋に閉じこもる日々
が続いた。


■7.徳島での生活

おヨネの死の翌年、大正2(1913)年7月、モラエスは徳島に向かった。
本国では、モラエスを東京駐在のポルトガル総領事に昇進させようとい
う動きもあったが、本人は「自分も59歳になり、日本流に言えば還暦だ。
祖国のためにはもう十分義務は果たしたと思う」と述べ、領事職も軍籍
も返上して、一私人となった。

モラエスはおヨネの墓を徳島に建て、その墓参りの際には、「オヨネサ
ン。ヒトリサビシイ。ワタシシンダラ、イッショニウメテモライマス」
とつぶやいた。

移り住んだ徳島の地は、神社やお寺、墓地が多く、土地の人々は毎朝、
亡き人に挨拶して食事を捧げ、訪問客も仏壇の前でお辞儀をした。生者
は死者への追慕を抱き、死者は生者の心の中で生きていた。

神々に見守られたやさしい「家庭的自然」の中で、生者と死者が心通わ
せながら生きる徳島の生活に、モラエスは慰めを見いだした。「徳島は
なんといっても、神々の街である、仏陀の町であり、亡者の町であるいっ
てよい・・・」と書く。[1,p170]

朝は6時に起き、井戸で水を汲んで、冷水摩擦をした後、再び着物を身
につけて、東天を拝して、柏手を打つ。付近からも、近隣の人々の打つ
柏手のさわやかな音が響く。

それから明治天皇のご真影に手を合わせ、神棚を拝み、おヨネの位牌を
安置した仏壇に向かって、何度も戒名を唱える。その後で、おヨネの姪、
コハルが準備した和食の朝食をすませる。

朝食後、しばらく読書や執筆に没頭した後、9時頃から、おヨネの墓参
りをかねた散歩に出る。12時頃、散歩から戻って、昼食後、しばらく読
書や執筆をした後、また夕方から同じコースの散歩に出る。散歩は雨の
日も風の日も続けられた。

モラエスは、その後、コハルと子をもうけたが死産となり、またやがて
コハルにも先立たれた。一人暮らしとなって、ある雨の夜、暗い戸の鍵
が開かずに困っているところに、一匹の蛍が飛んできて、その明かりで
鍵を開けるのを助けてくれた。思わず、モラエスは「あれはおヨネだっ
たのか、それともコハルだったのか」とつぶやいた。

■8.最後の冒険者の求めた道

モラエスは昭和4(1929)年に75歳で亡くなった。折れそうになったタン
ポポをまっすぐに直そうとしたり、子供たちが捕らえたフナやドジョウ
を一匹1銭で買って川に放してやったり、近所の子供たちを可愛がった
静かな余生だった。

ポルトガル人は大航海時代に、富や名声、知識を求めて、世界の果てま
でも乗り出し、一時はブラジルの金などを得て、繁栄を謳歌した。

その海洋大国ポルトガルの最後の冒険者と言われたモラエスは、ユーラ
シア大陸の西端から長い旅路の果てに、東端の日本にやってきて、やさ
しい自然の中で、死者も生者も神々も、共に平穏に生きる道を求めたの
である。


■リンク■

a. JOG(452) 幸福なる共同体を創る知恵
 幕末から明治初期に来日した欧米人たちが見た日本人の幸せな生活。
http://bit.ly/14uNnBM

b. JOG(484 美しい国だった日本
 「方々の国で出会った旅行者は、みな感激 した面持ちで日本について
語ってくれた」
http://bit.ly/Z0T69R

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 林啓介『「美しい日本」に殉じたポルトガル人―評伝モラエス』★★、
角川選書、H9
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4047032816/japanontheg01-22/


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「給料半減、仕事は倍増」の再雇用
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           平井修一

神奈川県川崎市に住む知人のN子さん(33)は下の子が1歳になったので
この春から再就職するつもりだった。実家が比較的近く、父親が今春に
60歳で定年退職するため、保育園が決まるまでは2人の子供の面倒を両親
にお願いすることになっていたのだ。

ところが急に父親が再雇用で仙台支店に単身赴任することになってしまっ
た。「仙台支店に単身赴任」なんて社員は皆嫌がるから、急きょ、会社
はNさんの父親に懇請したのだろうし、彼自身も本心は「60歳で孫の面
倒を見て過ごすのは厭だ」と思っていたのだろう。

これが決まるとN子さんの母親は、「お父さんがいないのでは私一人で2
人の孫は面倒見切れない」と言いだした。それはそうだろう。孫1人だっ
て大変なのだから2人なんてとても無理である。

N子さんとしては専業主婦という道もあるが、独身時代は総合職として
バリバリ働いていたし、その経験を活かして社会との交流も持ちたいし、
経済的にもゆとりもほしい。N子さんはどうしたらいいのか、今は途方
に暮れている・・・

小生は病気を抱えていたことや母の介護もあって、当初予定より2年早め
て58歳で引退したが、年金制度の都合というのは理解できないわけだは
ないものの、「60歳を過ぎても働け」と言うのはずいぶん理不尽だと思
う。そのうちお上は「死ぬまで働け」と言うだろう。国民はのんびり、
ゆったりした晩年を奪われるのだ。

この4月から「改正高年齢者雇用安定法」が施行された。あらゆる企業は、
希望する従業員を全て「65歳まで雇用」しなければならない。ネットで
調べてみた。

企業が雇用を延長するには3通りある。1)定年延長、2)定年廃止、3)
継続雇用=再雇用)の3つだ。実際には、1)や2)は難しく、現状では8
割以上が再雇用を選択している。

再雇用の場合、従業員はいったん退職し、嘱託などの形でそのまま会社
に残る。退職金も支給され、空白期間なしで長年勤めた会社にまた出勤
できるのだから、一見したところ良い制度に思える。

しかし、現実は甘くはない。再雇用される場合、収入は激減してしまう
のだ。60歳の退職時にもらっていた月給が45万円だとすると、再雇用後
の月給は通常24万円程度。以前の給料の半分以下になることも少なくな
い。

しかもいったん退職させられてからの再雇用のために、退職以前にはまっ
たくなじみの なかった仕事場へ赴任させられるケースも少なくない。た
とえば銀行なら、系列のクレジットカード会社や消費者金融のクレーム
処理係や債権回収といった職場に配置したりする。

「給料をどんと下げて65歳まで働かせる」。これが一般的な再雇用の実
態だ。再雇用される人間にとって素晴らしい環境とはとても言えないが、
それでも「65歳まで仕事があるだけまし」で、中小企業のなかには、高
齢者雇用安定法に伴う義務を果たせないところも少なくないという。

カミサンは今年から再雇用になったが、給料は下がるし、勤務時間は長
くなる、連休はとれない、自宅での仕事は増えると散々な目に遭ってい
る。小生も以前は6時半起床だったのが今では5時半起床でないと朝食づ
くりに間に合わなくなってしまった。時間的なゆとりがなくなった。

ところで子持ち女性の再就職は相変わらず大変なようである。こんなケー
スが紹介されていた。

<私が再就職にあたって一番苦労したのが保育園探しでした。まずはフ
ルタイムパートで復帰し、娘は無認可園。パート代がほとんど保育料に
消えました。土曜日はハローワークに通い正社員の転職先を探しつつ、
有休がないので欠勤しながら区役所に認可園入園のための陳情通い。何
度諦めようと思ったことか・・・

最終的に近所の一般企業に正社員として就職が決まりましたが、採用の
決め手は、後で人事課長に直接聞いたところ、「社労士事務所での何年
かの実務経験」だったそうです。また、私の両親が近くに住んでおり、
子どもが急な病気のときなど両親を頼れることも評価されたようです>

再雇用を選ぶかどうか、N子さんの父親など事情は様々だろうが、これ
までは60歳定年で出ていく人は出ていった。それが居残るとなれば若者
の雇用機会を奪うことになりはしまいか。

また、再雇用によりヂヂババとして期待されていた「孫の世話」ができ
ないといったことにもなる。結果的にN子さんは再就職をあきらめざる
を得ないかも知れない。 



━━━━━━━━
光無き砂漠の静寂
━━━━━━━━


   渡部 亮次郎

試みに中東の沙漠に、深夜、独り、降り立ったことがある。勿論ネオン
も街灯も無い。歌に歌う星も、本当は地球を照らしてはいないことを知っ
た。本当の暗闇とはあの事。1978年1月のある深夜。

その夜は風も全く無かったので、耳をいくら澄ましても聞える音は何も
無かった。どこから外敵に接近されようと関知する事は不可能だった。

つまり東京という都会に暮らしていれば、漆黒の闇と言う事はあり得な
い。また全くの沈黙という名の静寂も求める事はできない。都会では何
かしらの光が漏れ、どこからとも無く音が聞えてくる。

しかし中東の沙漠の夜には音も光も全く消えてしまうのだ。米のブッシ
ュ大統領はこの事実を体験せずにアフガンやイラク攻めを命令したのだ。
沙漠を知らずに攻め入った兵士たちの戸惑いが中東での米軍の苦戦を証
明している。

光無く音さえ絶った沙漠。一旦、風が吹いたとなると、地上も空もすべ
てを遮る嵐と化すらしい。そこではいかに対処すべきか協議している暇
は無い。首長の命令一下に従うしか命は無い。

音の全く無い暗闇の中。これ以上の孤独は無い。その時私はかつてロン
ドン郊外で体験した濃い、霧のことを思っていた。多分、牛乳の中に体
ごと突っ込まれたら同じ思いをするかもしれない。真っ黒と真っ白の違
いはあるが、何も見えないという点では共通だ。

日本であれほどの濃い霧を体験できる場所を知らない。早朝、いきなり
霧に包まれ、前後左右、上下、乳白色一色.鼻をつねられても頭を殴られ
ても誰にやられたか全く判らないだろう。

だから北ヨーロッパでは霧は犯罪とすぐ結びつく。迷宮入りした殺人事
件の犯人は霧とされるらしい。

翻って中東の沙漠の暗闇の中で人々は何を考えるのだろうか。翌日サウ
ジ政府差し回しの軍用ヘリコプターで油田の上空を飛んだら、耳をつん
ざく騒音の中でぐっすり眠っていた。

「テレビが五月蝿くて眠れない」と家族に文句を言うが、アレは嘘だ。
人間、眠くなれば、飛んでいるヘリの中で眠られるのだから。


━━━━━━━
話 の 福 袋
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 ◎【靖国参拝】韓国非難決議に菅長官「尊崇の念は当然」

菅義偉官房長官は30日午前の記者会見で、韓国国会が日本の閣僚らの靖
国神社参拝や歴史認識をめぐる安倍晋三首相の発言に対する非難決議を採
択したことに関し、「国のために命をささげた方に尊崇の念を表するのは
当然だ」と述べ、正当性を重ねて強調した。

同時に「2国間関係全体に影響を及ぼすことは全く望んでいない。外交ルー
トを通じ真意を説明していきたい」とした。【産経ニュース】 2013.4.30
14:25

〔情報収録 − 坂元 誠〕


 ◎猪瀬知事発言】知事、一転して謝罪「訂正してお詫び」

2020 年五輪招致を目指す東京都の猪瀬直樹知事が、ライバル都市のト
ルコ・イスタンブール批判ともとれる発言をしたとニューヨークタイムズ
紙で報じられた問題で、猪瀬知事は30 
日、発言があったことを認めた上で「こちらの表現不足。不適切な発言で
あり、訂正してお詫びしたい」と述べた。都庁で記者団の取材に答えた。

猪瀬知事は問題の発言について「インタビューが終わり、立ち上がってか
ら雑談をするなかで『南米初やイスラム圏初というのはなんなんだろうか』
と話した。東京のPRが9割9分だった」とし、インタビューの主要部分
ではなかったと釈明した。

行動規範で他都市批判が禁じられていることは「認識していた」としつつ
も、「他都市と比べた質問に対して答えようとすると、自分のどこがよい
のかと説明するために、どうしても他都市と比較して答えてしまう」と弁
明。「批判のつもりはなかったが、そう受け取られてしまったということ
はこちらの表現不足だった」と謝罪した。

その上で「どの線がIOC(国際オリンピック委員会)の行動規範に触れ
るのか、勉強になった。これからの東京PRの反省にしていく」とした。
【産経ニュース】 2013.4.30 12:17 

〔情報収録 − 坂元 誠〕


猪瀬知事は4月30日、2020年オリンピック・パラリンピック招致活動に
関するニューヨークタイムズ紙の記事について、以下のコメントを発表

IOCの行動規範第14条について、ルールを完全に遵守していくことを強
調したいと思います。

インタビューにおいては、私は選手、オリンピック関係者、観客の皆様に
東京が最高の場所を提供できる能力があるという強みを強調しました。

残念ながら、ご指摘の記事は他の立候補都市について触れたごくわずかな
コメントに焦点があたり、私の真摯で広い意味での2020年招致への想いは
完全には反映されませんでした。

しかしながら、私は自分のコメントの一部が不適切と認識される可能性が
あることを認め、心よりお詫び申し上げたいと思います。

私の招致にかける情熱は変りません。今後とも残りの招致期間において、
他都市に敬意を表し、親愛なる気持ちをもって、招致活動を継続して参り
ます。都知事公式Facebookページ 
https://www.facebook.com/governor.tokyo 2013年(平成25年)
4月30日

〔情報収録 − 坂元 誠〕


 ◎Mak Sakamoto
【朝日・NYT】

ウレマンさん、皆さん、どうもやはり、猪瀬氏取材の実態に疑惑の声が上
がりはじめています。あの田中康夫氏も同様 −
田中康夫
@loveyassy
??直樹氏も橋下徹氏と全共闘してNYTを訴えるのかなぁ?
http://www.nytimes.com/2013/04/27/sports/in-praising-its-olympic-bid-tokyo-tweaks-the-others.html?pagewanted=all&_r=0 … 
取材経緯http://togetter.com/li/494930 NHK後追い記事
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130429/k10014263411000.html … 
他媒体 
http://news.google.com/news/story?cf=all&ned=jp&hl=ja&topic
=h&ncl=dUYwE5kPPc_Vl0MpSZ6apxN0PmTeM …
...
See More
 
In Praising Its Olympic Bid, Tokyo Tweaks the Others’
www.nytimes.com 
Naoki Inose, chairman of the Tokyo 2020 committee, has highlighted
his city’s strengths but pushed up against rules prohibiting
bidders from criticizing other cities. Want to see more from The
New York Times?
----------------------------------

Mak Sakamoto
19 hours ago ・  
  
a.. 猪瀬さんが、本来あのように公式声明をされる人物ではないjことは、
我われだれもがよく知っていることですよね。

あのような歪曲記事が出たということは、左傾アカヒ→NYTの組織的陰
謀であり、同紙ピカ一の敏腕女性記者T氏が巧妙に猪瀬さんとの会見直後
の心のゆるみにつけこんで、あのような雑談形式のコメントを誘い、それ
を主題にすり替えた編集記事に仕立て上げたに違いありません。

「会見後」であったということを猪瀬さんがすかさず公表されたことで、
逆にNYTの陰謀が炙り出されたというところでしょう。
  【Twitter草紙】 
  さくら @mFOLFOX6 5分
  
『猪瀬東京都知事がはめられたか?その?、壮大な「韓国謀略ネットワー
ク」が動き始めたよ〜!』
http://ameblo.jp/fuuko-protector/entry-11520886429.html …
  概要を隠す 返信 リツイート お気に入りに登録 その他
  アメーバブログ@スタッフ

  猪瀬東京都知事がはめられたか?その?、壮大な「韓国謀略ネットワーク」
が動き始めたよ〜!

  立て、立って戦うんだ、日本人ならば! 彼女の顔から謀略のかおりが
しましたか? こんばんは、なでしこりんです。 今日は「日本を愛する」
皆さんにお願いがありま…
  webで見る
  2013年4月30日 - 19:41 ・ 詳細
   
  
『猪瀬東京都知事がはめられたか?その?、壮大な「韓国謀略ネットワー
ク」が動き始めたよ〜!』
  ameblo.jp 
  なでしこりんのなでしこりんの記事、猪瀬東京都知事がはめられたか?
その?、壮大な「韓国謀略ネットワーク」が動き始めたよ〜!です。


 ◎安倍首相 朝日新聞社長と会談で詫び受け入れたと側近が証言

厳しい安倍晋三首相批判が売りだった朝日新聞だが、社説で経済政策をべ
た褒めするなど、このところ論調が一変している。

安倍首相と朝日には因縁がある。NHK番組改変事件だ。「朝日にとってそ
れが“トラウマ”になっている」(同紙政治部記者)のだという。

この事件は、朝日新聞が2005年1月に、「NHK『慰安婦』番組改変 中川昭
・安倍氏『内容偏り』前日、幹部呼び指摘」との見出しで報じた。NHKの
従軍慰安婦問題番組の放映前、安倍氏が、「公平ではない」として番組内
容を変えるように政治圧力をかけたという報道だ。

当時、自民党幹事長代理だった安倍氏は報道を否定して朝日の取材を拒否
する抗議の姿勢を取り、両者の関係は決定的に悪化した。その1年半後、
安倍氏は首相に就任する。朝日のトラウマはそこから生まれた。同紙の政
治部記者が“苦悩の安倍政権時代”を振り返る。

「当時は安倍総理だけでなく、秘書官や官房副長官ら官邸まるごとわが社
の取材に協力してくれない状況だった。安倍総理に食い込んでいた社がス
クープを抜く中で、うちは記者が情報をつかんでも、裏が取れないから書
けない。特オチもひどかった。事務所費問題で辞任した佐田玄一郎・行革
担当相の後任に渡辺喜美氏が起用されたときは、完全に他紙に抜かれた」

記者クラブメディアにとって政権から情報を遮断されるのは死活問題だ。
追い込まれた朝日は“相打ち”に持ち込もうとした。

「こっちも、“だったら政権を潰してやろう”という気になる。当時、安
倍さんは公務員改革で官僚の反発を浴びていたから、政権批判の材料なら
官僚からどんどんリークが来る。官僚と仲良くなって、追い落としをかけ
たら政権が本当に潰れてしまった」(同前)

第1次安倍内閣では閣僚のスキャンダルが相次ぎ、「官邸崩壊」と報じら
れて支持率が急降下した。その背景に官邸情報から干しあげられた朝日と、
公務員改革を骨抜きにしたい霞が関の共同戦線があったことを物語る証言
だ。

そんな朝日にすれば、6年後に安倍氏が再登板する情勢になったとき、
“悪夢の再来”と背筋が寒くなったことは十分に想像できる。社説で安倍
氏の自民党総裁返り咲きに「大きな不安を禁じ得ない」と書いたのは、自
分たちへの“報復の恐怖”だったのではないか。

そこで朝日は先手を打って、安倍氏が総理になる前に手打ちに動いた。昨
年10月3日、朝日新聞に驚くべき記事が掲載された。就任したばかりの安
倍総裁のインタビューが他紙にさきがけて載ったのである。

「なぜあの朝日に」と他紙の記者たちを慌てさせたほどの“事件”だった。
その裏では極秘会談がもたれたという。安倍側近の1人が明かす。

「なんの挨拶もないまま安倍さんが朝日のインタビューに応じる理由がな
い。総裁選後に朝日の木村伊量・社長が安倍さんと会談した。安倍さんに
とっても、総選挙をひかえて朝日を敵に回したままではマイナスが大きい。
言ってみれば朝日の詫びを受け入れたということだ」

この会談は、朝日の政治部記者の間にも伝わった。

「政治部は総裁選の前から、安倍さんに番記者をつけて関係修復を図って
きた。その集大成がトップ会談。そこで関係修復できたから、安倍さんが
一番にわが社のインタビューに応じてくれた。おかげで他紙を出し抜けた
し、7年前のような取材拒否にあわなくてすむ」 【週刊ポスト】 2013年5
月17日号 2013.05.01 07:00配信

〔情報収録 − 坂元 誠〕

 ◎今夏にオスプレイ先行搬入を容認 山口知事と岩国市長

佐藤正久防衛政務官は30日午後、山口県を訪れ、山本繁太郎知事と福田
良彦岩国市長と個別に会談し、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)に追
加配備する新型輸送機MV22オスプレイ12機を、米軍岩国基地(岩国市)
に今夏に先行搬入する方針を伝え、両首長は容認する姿勢を示した。

山本知事は会談で「しっかり準備して間違いのないようにやっていただき
たい」と応じた。福田市長は「これまでに数回岩国に飛来している状況を
考えれば、了解するとかしないとかの問題ではない。住民の理解を得られ
るよう、国の責任で努力してほしい」と話し、一層の情報提供を求めた。
【北海道新聞】(04/30 20:32、04/30 20:47 更新)

〔情報収録 − 坂元 誠〕

 
━━━━━━━
反     響
━━━━━━━


 1)NEOVE電気ケトル800w、NKチヨダ?という会社のものらしい。これ
が注ぎ口のお湯の切れ味、すばらしい。自服の抹茶にも簡便活用できて便
利・便利。

すでに先進国のものではなくなったオリンピックには、参加はしても、開
催地になることはない。つまり、これを契機に出場はするが、開催地立候
補も、放映権も購入しないという方式にする。

今回の発言、女子柔道界のていたらく、スポーツ種目の取捨選択、各スポー
ツのルール改変の経緯、フクシマ復興とその後の処理を残していること、
なにより国内電力需要をより低い方向へ導くため。これを契機に、立候補
取り下げがよい。

昨日までの招致運動は、出口の見えない閉塞感に灯りをともしてくれた効
果はあった、しかし、いまアベノミクスを前に、各人各様にそれぞれ気分
は変わってきたのだから大きく舵を取ることは可能だ。

柔軟な対応を見せることは、今後の日本外交にとっても優れて良い結果を
生むことだろう。 決めたら何が何でも、突っ走るという国民性が変わっ
たと言うことをアピールすれば、それなりに外交の武器にもなる。昨日ま
での私じゃない、これが大切だ。

猪瀬知事、今度はニューヨークタイムズの記者にひかかった。NYTは、通
訳者の通訳英語をそのまま記事にしたもので録音もあるという主張らしい。

我が国の風習である、原著に当たるとか、当人に確かめるとかの作業区分
はないものらしい。この点は、我が国も姿勢を改めねばなるまい。

なんでも、fightと翻訳しているらしく、本来であれば、『せめて
"trouble”か "discord”か"in bad terms”辺りの表現を使っておくべき
だったのではないか。何れにせよ、咄嗟にそのくらいの判断が出来ない者
に要人の通訳をさせるべきではないだろう。』というメールまである方か
ら頂いている。同感だ。

知事についていえば、次のWikiがあった。日本嫌いのユダヤ集団、NYTは、
この辺りも視野に入っていたのかもしれない。

7人の絞首刑(死刑)判決を受けたものへの刑の執行は、12月23日午前0
時1分30秒より行われ、同35分に終了した。この日は当時皇太子だった継
宮明仁親王(今上天皇)の15歳の誕生日(現天皇誕生日)であった。

これについては、作家の猪瀬直樹が自らの著書で、皇太子に処刑の事実を
常に思い起こさせるために選ばれた日付であると主張している。
(Wikipediaから全文転載)

「喫茶去」、うまいお茶でも頂いて、明日を思うのが、このGW。意味とし
ては、去の字は喫茶の強調の助辞であり、去るという意味はない。「お茶
を一服如何ですか」とか「どうぞお茶でも召し上がれ」と云う程度の意味
に過ぎない、とあるブログにあった。      ( 酒井 富雄) 



 2)http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37699

世界中で広がる放射性廃棄物の不法投棄

英国、ドイツが大量に海へ、汚染拡大の懸念強まる

2013.05.01(水)

 川口マーン 惠美:プロフィール 

ドイツのテレビチームが無人の潜水艦を使って、イギリス海峡の海底124
メートルのところで、核廃棄物の入ったドラム缶の撮影に成功した(ユー
チューブ動画:「Tausende Tonnen Atommull im Armelkanal [何千トンも
の核廃棄物がイギリス海峡に] 」。

1950年から63年の間に、イギリスとベルギーは、この海峡にドラム缶2万
8500個分の核廃棄物を沈めた。

 欧米諸国が沈めた大量の核廃棄物が眠る大西洋や北海

関係者は、これらのドラム缶はとっくの昔に錆びて、放射能物質は大海に
流出し、すでに希釈して無害になっていると信じていたらしいが、このた
びの撮影で、そうではないことが分かった。

もちろん、壊れているドラム缶も撮影されているが、原形を保っている物
が2個撮影されているのだ。これが、壊れなかった最後の2個というわけで
はないはずで、少し探せば、おそらく近辺に、核廃棄物入りドラム缶は、
まだまだたくさん転がっているのだろう。

(中略)

海洋投棄は、最初は各国が個別に行っていたが、1967年からは各国が協力
して行うことになった。72年にはそのための条約が採択されている。

(中略)

脱原発で世界的に注目されているドイツが、その実、石炭火力拡大で二酸
化炭素(CO2)の大量排出国になりつつあるという事実を、日本の反原発
派や環境保護派はもう少し調べた方がいい。

それに目を瞑ったまま「ドイツを見習え」とばかり叫んでいると、間違っ
た方向に行ってしまうかもしれない。 (佐藤雄一)



━━━━━━━
身 辺 雑 記
━━━━━━━

今日5月1日はかかりつけの病院で内科の定期健診でしたので配信がおく
れました。

検査の結果、糖尿病については担当医としてつけるべき注文は何もない
とのことだった。

猪瀬知事をめぐるのは陰謀の数々。小説家知事は政治家としてお粗末至極
だ。私はこの人物に外務省時代に面会したことがあるが、実に不愉快な
印象しか残っていない。

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  • 名無しさん2013/05/02

    圧倒的に多いのは、言うだけ考えるだけで

     なーんにもしない人。

     

    成功というのは狙うほど遠のき、期待してない人の方が結果出す、

     がしかし

     



    それであっても、

     

    なんにもしない人が成功する可能性は

     ゼロでしかない。

     

    そしてゼロは永遠にゼロ。

     

    たった一つの努力でもそれがやがて

     100まで届くこともある。





  • 名無しさん2013/05/02

    最初にお断りをしておくと、自分は音楽業界の人間であって

     声優業界を直接深く知ってるわけではありません。

     

    が、お仕事上の繋がりやら自分もナレーションをいろいろ担当させていただたいたりなどなどのこともあって、また専門学校の講師時代、声優さんアニメ監督さんらとも 交流させていただいたこともある程度、の人間として思うのは

     

    声優業界というのは、実にドロドロしているw

     

    自分は新人アイドルの売り出しなども関係したのでいわゆる

     芸能、アイドル系の「危ない話し」は重々知ってるが

     

    それでも声優業界の方が、かなり、アレである。。。

     

    芸能界のドロドロは多くの人が想像つくと思うがむしろ

     芝居系、演劇系の方が実は、ドロドロが濃くて深い。

     

    そして、声優業界となるともっと、その...

     

    グラドルの枕営業などはいろんな人が、それなりに想像つくとは思うが

     声優業界なんて、それこそ養成所、学校レベルでもその。。。

     

    まー、深くは言えないが、自分の知る限り

     どろどろがいちばん濃いのが、声優業界な気がする...

     

    (あくまで個人の感想です!)

  • 名無しさん2013/05/02

    http://news.livedoor.com/article/detail/7641185/耐えても逃げても終わらない! ブラック企業“負の連鎖”をどう断ち切る?

  • 名無しさん2013/05/02

    堺市が動き出した。当然のことである。地方分権、地域主権など保守の発想ではない。堺市としては政令市になったので、大阪府の一部に戻りたくないと思うのは当然のことである。多くの堺市民が都構想に反対するだろう。私が堺市民なら政令市のままがいい。

  • 名無しさん2013/05/02

    朝日新聞とNYTは同じ穴のムジナでしょう。共産党です。黒ラブ