政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針2915号  2013・4・1(月)

2013/04/01

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  わたなべ りやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」 2915号
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        2013(平成25)年4月1日(月)



                           今明かされる日中首脳会談:渡部亮次郎

                 前原・野田グループと維新の合流に期待:古澤 襄

                   石原の極右改憲路線でイメージダウン:杉浦正章

                 杉原千畝はソ連との二重スパイだった?:宮崎正弘

                         昭和天皇をお育てした乃木大将:伊勢雅臣

                         話 の 福 袋
                         反     響
                         身 辺 雑 記


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第2915号
                              発行周期 不定期(原則日曜日発行)
             
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今明かされる日中首脳会談
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      渡部 亮次郎

私もはや傘寿が近い。死ぬ前に体験記を出来るだけ遺そうと努力してい
る。中でも日中国交回復同行取材記は最重要だと思うが、当時,同行記
者団(80人)に、責任者の官房長官二階堂進は一切、発表しなかった。中
国側に口止めされていたからだろう。

2012年10月、桜美林大学教授早野 透は中央公論新社から新書「田中角
栄 戦後日本の悲しき自画像」を上梓し日中国交正常化について田中自
身の「回顧談」を明らかにしている。

日中国交正常化に先立って田中は首相就任前から、外務省中国課長橋本
恕(ひろし)に個人的にレクチュアを受けていた。

日中国交正常化は歴史の流れではあったが、ポスト佐藤を狙うに最高の
政策は日中国交正常化であることを田中は承知していた。以下早野の著
書から引用する。

「毛沢東、周恩来の目玉の黒いうちにやらなきゃと思ったんだよ。二人
は何度も死線をくぐって共産党政権を作った創業者だ。中国国民にとっ
て肉親を殺されたにっくき日本と和解して、しかも賠償を求めないなん
て決断は、創業者じゃないとできないんだ。毛沢東と周恩来が言えば、
中国国民も納得する。ふたりがいなくなって2代目になったら、日本に譲
るなんてことはできるわけがない」

角栄と周恩来の第1回会談は、角栄が北京に着いた1972年9月25日の午後
早速行なわれた。周恩来は「大同を求めて小異を克服したい」「日本人
民に賠償の苦しみを負わせたくない」(日米関係はそのまま続けて問題は
無い)などと語った。

角栄談。

「私は、日本は中国に迷惑をかけっぱなしだったと言ったんだ。すると
周恩来はそれじゃあんたはどうするんだと切り込んでくる。

だから、私の方からここ(中国)に来たんだと答えた。

そうしたら周恩来は、日本に殺された中国人は1,100万人であると言って、
どこどこでどれだけ中国人が殺されたかを言うんだ。大平(外相)も二階
堂(官房長官)もたまげて聞いていたね。私は、死んだ子を数えてもしょ
うがないと口に出しそうになった。しかし田中角栄も政治家だ。黙って
いた。

しかし黙っていてもしょうがないので、日中両国が永遠の平和を結ぶ以
外に無いと話した。だけど、あなた方も日本を攻めてきたことが在った
けど上陸に成功しなかったでしょ、と言ってしまった。

周恩来は色をなして怒った。「それは元寇のことか、あれはわが国では
無い、蒙古だぞ」という。そこで私は引き下がらない。1000年の昔、中
国福建省から九州に攻めてきたではないか、その時も台風で失敗した、
と言い返したら周恩来はたいしたもんだ「あんたよく勉強してきました
ね」と鉾を収めた。首脳会談というのは、そういうものだよ」。

田中と周恩来の公式会談については日本外務省も既に公表しているから、
いずれ明らかにするが、日本側に全く記録の無いのが毛沢東との会見記
録である。中国側には有るだろうが、日本側には1行もない。

その理由は会見に日本側随員が一切認められなかったからである。

記録員はもちろん、通訳の同行も認められなかったからである。同行記
者団に朝になっていきなり会見の模様を写したカラー写真が中国側から
手交されて、はじめて「引見」の有ったことが知らされたのである。

9月27日の深夜、田中と大平外務大臣、二階堂官房長官はたたき起こされ
毛の邸宅で毛と会った。毛が昼夜逆転日常を送っているのにあわされた
のである。随員も通訳もなし。これでは「引見」でしかない。

<「もう喧嘩は済みましたか」と毛沢東が言った有名な会見である。角
栄が「周総理と円満に話しました」と答えると。毛沢東はそばの日本通
の寥承志を指して、「彼は日本生まれなので、帰るときぜひ連れて行って
ください」という。

角栄は「寥先生は日本でも非常に有名です。参議院全国区に出馬されれ
ば必ず当選するでしょう」と答える。話が下世話である。

毛沢東も調子をあわせて「日本は選挙があって大変ですね」と聞く。角
栄は「街頭演説をしなければ、なかなか選挙には勝てないのです」「国
会も言うことを聞きません」と答える。

角栄がマオタイを飲んだと言うと、毛沢東は「あまり飲むとよくないで
すよ」と答える。

「中国には古いものが多すぎて大変ですよ。あまり古いものに締め付け
られると言う事は、良くないこともありますね」と毛沢東がいうのは
「造反有理」の文化大革命のさなかでもあったからだろう。
角栄はどこまでも無手勝流である>。

<角栄は周恩来の日本訪問を誘った。しかし青春時代を日本で過ごした
周恩来は「自分は生きては日本を二度と訪問するすることは無いでしょ
う」と答えた。周恩来は癌におかされていた>。
それから3年後、周恩来は死んだ。

角栄が調印した1972年の共同声明には「日中平和友好条約」の締結が記
されていたが、実現したのはライバルだった福田赳夫政権で園田直外相
によってだった。その時私はNHKを辞め園田の秘書官になっていた。

条約の批准書を交換のため初来日したトウ小平が1978年10月24日、東京・
目白の田中邸に角栄を訪ねた。

<その日、角栄は朝からうきうきしていた。「あれから6年、那害遥で瞬
く間だ。人生そんなものだな。明治以来、日本の歴史は半分くらい日中
問題が占めた。平和条約ができてよかった。中国大陸で自分の子を失っ
た母、夫を失った妻の心もこれで整理がつくだろう」

トウ小平が現れた。

角栄「日中の新しいスタートですな」

トウ「東洋人ですので、古いことも忘れ難い。こうしてあなたを訪問で
きるのはうれしい」

角栄「周恩来さんと会って入る様な感じです」

トウ「あなたが北京にこられたときは、北京の郊外にいました」

トウ小平は文化大革命で「走資派」と指摘されて失脚、強制労働をさせ
られていた。

―ー庭では二階堂創め田中派議員の面々40人もが待っていた。白いグラ
スに新潟の酒を注いで乾杯した。―――

角栄の政治家人生を観望して、日中国交正常化の成功は「上機嫌の時」
だった。その後は「不機嫌の時代」ばかりである。しかし中国だけは角
栄を「井戸を掘った人」として大事にした。どんなにありがたかったこ
とだろう> 敬称略 2013・3・30



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前原・野田グループと維新の合流に期待
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             古澤 襄

民主党政権の時には、米国、ロシア、中国、韓国、北朝鮮から軍事・外
交面でまったく相手にもされなかった日本。その元凶は「トラスト・ミ
イ」と口走ったルーピー・ハトヤマの迷走だったのは言うまでもない。

その影響は、尖閣紛争、竹島問題、北方四島の軍事基地化となって弱体
化した日本を揺さぶった。国内的には長引く不況で出口がみえない閉塞
感に襲われた。

無力・無能な民主党政権に国民がノーを突きつけ、退場を迫ったのは、
むしろ遅きに失したと言ってもいい。

もっとも、この無能政権を選んだのは、大多数の国民だったから、責任
は大多数の国民と政権交代を鉦と太鼓で歓迎したメデイアの側にある。
民主党を叩けばいいというものではあるまい。

300議席に近い国民支持を受けて誕生した安倍政権は、いまのところ順風
満帆にみえるが、7月の参院選で再度、国民の審判を受ける。民主党は
総選挙の惨敗から立ち直れそうもない。

維新の会は一時ほどの人気がない。とどのつまりは、維新の会が民主党
に代わって第2の国会議席を占めるだけで終わる予感がする。

突飛な発想といわれそうだが、維新の会に民主党の前原・野田グループ
が加わって、新しい保守の勢力を構築することが必要と思う。

自民党を脅かす新しい保守が生まれれば、二大政党による政権交代が可
能になろう。新保守の誕生こそが、閉塞感をうち破る最短の道ではない
か。

2013.04.01 Monday name : kajikablog 



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石原の極右改憲路線でイメージダウン
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            杉浦 正章

マスコミに維新叩きの兆候

改憲論のみんなの党代表・渡辺喜美が「このレトリックを聞いて思わず
後ずさりした」と述べ、維新との合流を否定した。まさに共同代表・石
原慎太郎“丸出し”の改憲綱領が党大会で採択されたのだ。

「日本を孤立と軽蔑の対象に貶(おとし)め、絶対平和という非現実的
な共同幻想を押し付けた元凶である占領憲法を大幅に改正する」と石原
路線を臆面もなく表明している。

いくら何でも現行憲法の平和主義思想までも根本から否定する極右国粋
主義的な改憲論には驚かざるを得ない。

朝日は社説で初めて維新切り捨ての論調を展開した。維新はこの綱領に
より“敵”を作った。おそらくこの綱領では参院選挙は戦えまい。

筆者が総選挙直後に「維新のピークは終わった。今後支持率は下がり続
ける」と予測したとおり、支持率は下降する一方だ。時事の定点調査で
も1月4・6%、2月3・3%、3月2・0%と半減している。

焦ったか共同代表・橋下徹は最近タレント弁護士時代の古巣の「行列の
出来る法律相談事務所」(日本テレビ)に5年ぶりに出演するなど、テレ
ビの活用に懸命だが、もう維新は賞味期限が切れつつあるのかもしれな
い。

なぜかと言えば、政界は1強3弱の構図が一層定着してきたからだ。何
よりも自公政権の内政・外交が国民の圧倒的支持を得て、維新、みんな、
民主は出る幕がない状態だ。橋下は「いまの自民党は既得権だ。既得権
の打破と政治機構を換える体制を作る」と訴えたが、「既得権」 とはな
にか。

いかにも側近の学者や3流評論家が使いそうな文言だ。その受け売りだ
ろうが、国政を担当すればすべて既得権かと言いたい。アベノミクス、
普天間移設、TPPが既得権か。むしろ停滞政治の打破ではないか。

一方で橋下は盟友の首相・安倍晋三について「どんどん輝いてきた」と
持ち上げた。大会の演説で十数回にわたって安倍の名前に言及した。よ
ほど心酔しているのだろうが、その逆に自民党に対しては「参議院選挙
で自民・公明両党の過半数を阻止できるかどうかが、分水嶺(れい)だ」
と切り捨てた。それでありながら「参院選で改憲勢力3分の2を目指す」
だ。

まるで聞いている方が股割きを食らうような言葉の羅列だ。この大矛盾
に至るのはすべてが橋下特有のテレビタレント性に起因する。

民間テレビでは発言の整合性は求められない。整合性よりも無責任な瞬
間的なインパクトをどう表現するかが重要なのだ。茶の間の興味さえ引
けば何を言ってもよい。その習癖が橋下発言の軽さとなって常に現れる。

原発再稼働反対が、すぐに賛成。日銀総裁人事も「反対」で注目を浴び
たが、その後は議員団の賛成に妥協した。その場限りの言っただけでは、
政治の世界ではリーダーとして通用しない。政治家はその発言が生命で
あることを知らないのだ。

じりじりと支持率が減少傾向を辿るのも無理はない。橋下の簡易投稿サ
イト・ツイッターのフォロワー(閲覧者)が31日夜100万人を突破したが、
支持率には全く反映していない。

なぜかと言えば整合性がなく、テレビのコメンテーターの発言と同じで、
政治家としては異例の“強烈”な言葉の羅列を“聞き流して”いるに過
ぎないからだろう。

加えて石原の健康不安だ。もともと石原の存在は支持率にはそれほどの
影響を与えていない。なぜなら総選挙での「東の大敗」がそれを物語っ
ているからだ。

党大会のテレビ対談や記者会見に現れた石原を詳細に観察すれば、まず
6月の都議選や7月の参院選挙には応援には立てまい。対談ではぺらぺ
らと、とりとめもない長広舌を展開、橋下はまるでインタビュアーの様
相であった。注目すべきは右手がけいれんの如く絶え間なく動いていた
ことだ。

知人の医者によると、脳梗塞の後遺症である可能性が高いという。記者
会見には護衛官に支えられて登場、歩行困難を思わせた。ぎりぎり一杯
の“肩肘張り”をしてみせたが、これが限界だろう。石原が橋下に参院
選出馬を促したのも、自分がまとめていく自信のなさが現れたとも受け
取れる。

石原の存在感は日々薄れ、遅かれ早かれ橋下と旧太陽系の議員団との食
い違いは増大傾向を辿るだろう。加えて冒頭に紹介したドラスティック
な改憲路線は有権者の間で不安感を増大させる。

右寄りは安倍までで十分であり、最終的には原爆保有、徴兵制まで行く
石原の極右国粋主義路線への改憲を国民は求めていない。朝日は社説で
「平和主義を含む憲法の全面否定であり、とうてい容認できない」と切
り捨てた。

これは護憲路線をひた走る朝日が維新と対峙したことを意味する。朝日
は今後「参院における3分の2阻止」の論調を展開するだろう。当然民
放のニュース報道も影響を受ける。

こうして維新は、橋下がいくらジタバタしても、支持率がマイナスに動
き続け、盛り返すことは困難だろう。参院は2人区でみんなとの共闘が
実現して、民主党を食う流れだが、1人区で自民党に食い込むには、民
主・維新・みんなの共闘が不可欠だ。

しかし今どき民主と組む政党はいまい。従って自公の過半数阻止は難し
いだろう。むしろ維新は選挙後は改憲への補完勢力としての役割を果た
すにとどまるだろう。   (政治評論家)<2013年04月01日>



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杉原千畝はソ連との二重スパイだった?
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
   平成25(2013)年3月31日(日曜日)
  通巻第3912号 
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◎ BOOKREVIEW ◆書評 ◇しょひょう ▼ブックレビュー
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 衝撃の歴史証言がシロニー教授から飛び出した
  あの杉原千畝はソ連との二重スパイだったという鬱勃たる疑惑

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ベン・アミー・シロニー『日本の強さの秘密』(日新報道)
  (青木偉作、上野正訳)
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シロニー教授と言えば、その昔、『天皇陛下の経済学』で颯爽と日本の
論壇にデビューし、山本七平氏らが絶賛した。後年には勲二等瑞宝章に
も輝くイスラエルきっての日本通だ。

生涯を通じて日本の強さ、その精神に学問的関心が集中し、日本の底力
と、その復活への見通しを多様な角度から検討する。

この本は日本通のユダヤ人学者シロニー教授の完熟された日本及び日本
人論である。

議論は広範囲にわたり、天皇家の歴史、三島由紀夫の諫死事件などにも
鋭角的な論究があるが、評者(宮崎)が俄かに注目したのは下記の一節
だった。

あの「人道的配慮」からユダヤ人に日本通過ヴィザを発給した美談の持
ち主、元外務官僚の杉原千畝が、ソ連のスパイではなかたのか、という
歴史の疑惑にシロニー教授が挑戦したことである。
この一点だけでも本書を読む価値がある。

バルト三国の南端、リトアニアのカウナス日本領事館にいた杉原は六千
人のユダヤ人に日本を通過し、カリブ海のオランダ領キュラソー島へ行
くという名目でヴィザを片っ端から発給し、近年では人道的支援をなし
たと等とする美談に飾られた。

外務省は後日、杉原の名誉を回復し、記念碑が岐阜に建立された。イス
ラエルからは1985年に名誉賞が贈られた。

ところがその美談の裏側に信じられない本質の顔が潜んでいた。

杉原の未亡人は「外務省の指示に反してヴィザを発行し、それによって
自分の身とその立場を危険にさらした」などと証言し、その妻が書いた
伝記では「戦後、外務省から罰せられ、解雇された」と叙述されていた。

これらが事実に反することは既に多くの研究によって明るみにでている。

杉原は、外務省の指示にしたがってヴィザを発給したし、その後も彼は
外務省内で出世階段を駆け上がった。ましてユダヤ人を人道的に救援す
ることは当時の日本の国策であり、トップの決定は東条英機、土肥原将
軍らである。

そうした前提のうえで、シロニー教授は次のように活写する。

「外交官としての任務は、単に表向きだけのことだった」

「杉原氏が1939年にリトアニアに送られたのは、ヨーロッパにおけるド
イツとソ連の軍隊の動きを偵察し潜入調査して、日本政府に報告するこ
とであった。

スターリンとヒトラーの間の不可侵条約の継続は、ロシア人の東に日本
に対する攻撃を可能にするものであ」り、そのうえ「日本の軍隊をソ連
との国境から等安アジアへと移動させることを可能にした」

これが事態の背景である。そのうえ、同教授は書いていないが、当時に
日本の知識人にはコミンテルンシンパが山のようにいた。

或る研究に拠れば、杉原氏はリトアニアでポーランドの地下組織と接触
し、情報を得たのだが、それと引き替えに「日本の商用パスポートを与
え、日本の外交郵便を使って彼らの郵便物をロンドンにあるポーランド
亡命政権に移送していた」

その経緯にあって杉原はヴィザを亡命希望のユダヤ人に発給し続け、そ
の行為にドイツは反対しなかった。当時、反対したのは英国だけだった。

だから杉原の行為は「人道的に素晴らしい行為」だがと前置きしつつも
シロニー教授は「英雄視する必要はない」と言う。

「もし外務省の指示に反しての行為なら、杉原は「すぐに解雇されるか、
または日本に送還され刑務所送りになっただろう(ドイツやソ連だった
ら、殺されていたに違いない)」。

ところが、逆に杉原はその後、プラハ領事館に勤務し、1942年には公使
としてブカレストへ赴任するのである。

重要なのはその後日譚である。

「赤軍によってブカレストが占領されると、杉原氏とその家族はロシア
の捕虜となった」。捕虜生活の時間は謎のまま、1947年に帰国したが、
米軍の占領下にあって、外務省そのものがなくなっていた。だから解雇
ではないのである。

「戦時中に『枢軸国』の諜報員だった杉原氏のような人物はいわずもが
な(中略)、ミステリアスな側面は「ソ連との特別な繋がり」である。

彼はロシア語に通じており、ソ連専門家であったばかりか、「ロシア正
教会に改宗し、一時的にではあるがセルゲイ・パブロヴィッチというロ
シア名まで名乗り、クラウディアというロシア人女性とハルビンで結婚
し、彼女とは11年間を共に暮らした」のだ。

この衝撃の人生の軌跡はほとんど語られていない。

だからロシアの捕虜となっても、杉原は特別待遇を受け、はやくも1946
年に釈放された。にも拘わらず釈放から数ヶ月間も杉原氏は日本に帰国
しないで、ロシア国内を旅行している。

あまつさえ、杉原は1960年代に「モスクワへ移住し、そこで15年間、日
本のビジネスマンとして働くという、冷戦時代には非常に稀な生き方を
している。杉原氏は二重スパイだったのだろうか?」

という疑問を直截に読者に投げかけている。
     

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 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 883】     
    ――「愈々支那は気に食わない」(芥川の中)
         『支那游記』(芥川龍之介 改造社 大正14年)


芥川は、「支那」に対する怒りの矛先を豚、それも死んだ豚にまで向け
ている。

長江を遡行して訪れた景勝地の廬山で「若葉を吐いた立ち木の枝に豚の
死骸がぶら下がっている。それも皮を剥いだ儘、後足を上にぶら下がっ
ている」。そこで「一体豚を逆吊にして、何が面白いのだろうと考え」
た芥川は、「吊下げる支那人も悪趣味なら、吊下げられる豚も間が抜け
ている。所詮支那程下らない国は何処にもあるまいと考えた」。 

ここまで考えたら、後はもう一瀉千里である。

廬山を見ては、「廬山らしい気などは少しもしない。これならば支那に
渡らずとも、箱根の山を登れば沢山である」。

連れて行かれた有名な料亭の庭を眺めては、「洪水後の向島あたりと違
いはない。花木は少ないし、土は荒れているし、『陶塘』の水も濁って
いるし、家の中はがらんとしているし、殆御茶屋と云う物とは、最も縁
遠い光景である」。

「さすがに味だけはうまい支那料理を食った」にもかかわらず、「この
御馳走になっている頃から、支那に対する私の嫌悪はだんだん逆上の気
味を帯び始めた」。

そして遂に、「私は莫迦莫迦しい程熱心に現代の支那の悪口を云った。
現代の支那に何があるか? 政治、学問、経済、芸術、悉堕落している
ではないか? 殊に芸術となった日には、嘉慶道光の間以来、一つでも
自慢になる作品があるか?

しかも国民は老若を問わず、太平楽ばかり唱えている。・・・私は支那
を愛さない。愛したいにしても愛し得ない。この国民相腐敗を目撃した
後も、なお且支那を愛し得るものは頽唐を極めたセンジュアリストか、
浅薄な、支那趣味のしょう?者であろう」とまでいい切るのであった。
(尚、「しょう」の漢字は、「口」へんに「尚」)

「莫迦莫迦しい程」と正々堂々と綴っているが、さて、どの程度までに
「熱心に現代の支那の悪口を云った」のか。その程度を知りたいものだ
が。

北京では「薄汚い人力車に乗り」、「北海の如き、万寿山の如き、或は
又天壇の如き、誰も見物もののみにはあらず。文天祥祠も、楊椒山の故
宅も、白雲閣も、永楽大鐘も(この大鐘は半ば土中に埋まり、事実上の
共同便所に用いられつつあり。)」

見物し、男女の席を厳格に分けているがゆえに、父親と幼い娘であって
も別々に坐らなければならず、父親は「こちら側に坐りながら、(席を
分ける)丸太越しに菓子などを食わせていた」姿を眼にして、「まこと
に支那人の形式主義も徹底したものと称すべし」と洩らす。

救国の英雄である文天祥を祀った文天祥祠は、「亦塵埃の漠々たるを見
るのみ」。清朝王宮の紫禁城は「こわ悪魔のみ。夜天よりも厖大な夢魔
のみ」

かくして芥川は、「しかし杜甫だとか、岳飛だとか、王陽明だとか、諸
葛亮だとかは、薬にしたくてもいそうじゃない。云い換えれば現代の支
那なるものは、詩文にあるような支那じゃない。

猥雑な、残酷な、食意地の張った、小説にあるような支那である。・・
・文章規範や唐詩選の外に、支那あるを知らない漢学趣味は、日本でも
好い加減に消滅するが好い」と結論づける。

芥川の説く「支那あるを知らない漢学趣味」の弊害は一向に改まること
なく、戦争期を経て毛沢東の時代に絶頂に達し、現在までも絶えること
なく続いている。いったい、いつになったら改まるものなのか。
「百年、河清を待つ」わけにもいられまい・・・に。
《QED》
 
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 ▼ 宮崎正弘独演会のお知らせ
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宮崎正弘独演会
『ラストエンペラー・習近平の絶叫が聞こえる』
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とき  4月13日(土)14時〜16時30分(開場:13時40分)

ところ 文京区民センター3F 3-A会議室(文京シビックセンター向
かい側)
東京都文京区本郷4-15-14  Tel:03-3814-6731

交通:都営三田線・大江戸線「春日駅」A2出口から徒歩10秒、東京メト
ロ丸の内線・南北線「後楽園駅」5出口から徒歩3分

参加費  事前申込:1500円、当日申込:2000円(事前申込の学生:
1000円、高校生以下無料)

司会  タイラ ヨオ  作詞家・シンガーソングライター・ラジオDJ
(倖田來未、ピコ(『よりぬき銀魂さん』エンディングテーマ)などへ
作詞を提供)。

懇親会  17時〜19時頃 参加費:事前申込3500円 (事前申込の学
生3000円)当日申込4000円 (当日申込の学生3500円)

申込先  4月12日23時迄にメール又はFAXにて(当日受付も可)(懇
親会は4月11日 23時迄)★当日は混雑が予想される為 事前申込の無い方
の入場は講演10分前とさせて頂きます

主催   「士気の集い・青年部」千田宛て
http://blog.goo.ne.jp/morale_meeting
     FAX 03-5682-0018
E-mail:morale_meeting@yahoo.co.jp

第一級の中国ウォッチャーで、作家・評論家の宮崎正弘先生が中国の軍
事・経済・環境・社会面等多角的な視点から最新の中国情勢を語ります。

講師】宮崎 正弘(みやざき まさひろ) 評論家、作家(1946年 石川県金
沢市生まれ。早稲田大学英文科在中に日本学生同盟(日学同)の機関紙で
ある「日本学生新聞」の編集長、雑誌『浪漫』企画室長を経て、貿易会
社を経営する。著書は『習近平が仕掛ける尖閣戦争』『中国権力闘争』
『中国大暴走 高速鉄道に乗ってわかった衝撃の事実』『自壊する中国 
ネット革命の連鎖』、『震災大不況で日本に何が起こるのか』『ウィキ

リ-クスでここまで分かった世界の裏情勢』等約160冊(共著を含む)。
最新刊は『現代中国「国盗り物語」かくして「反日」は続く』(小学館新
書 756円))『中国の反日で日本はよくなる』(徳間書店 1000円)、『中国
を動かす百人 習近平政権の重要人物一覧 習近平政権の重要人物一覧』(
双葉社  1575円)。

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 読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 
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(読者の声1)貴誌3910号の読者コメントで「千葉のST」さんが、
「江澤民の本籍地は江西省?源県江湾」と述べておられますが、これは
間違いですので、敢えて訂正させていただきます。

江澤民の本籍(中国語:祖籍)は安徽省●??江村(●=「旅」の旁の下
部を「生」に変える)です。江西省▲?源?江湾(▲=「女」の上に「務」
の旁の「力」を除去したものを乗せる)というのは、江澤民とは別系統
の「江」姓の人々は集中して住む地域です。

STさんが言われる通り、確かに江澤民は江西昌の「江湾」を訪問して
いますが、安徽省の「江村」を訪問した際には残した揮毫を「江湾」に
は残していません。

「江湾」は江澤民の故郷であると名乗りを上げて「江村」に張り合って
いますが、これは最初から勝負にならない性質の話です。

なお、ついでながら、胡錦涛の本籍も江澤民と同じ安徽省の績渓県龍川
村です。胡錦涛の「龍川村」と江澤民の「江村」とは直線で20kmの距
離にあります。(元商社員9



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昭和天皇をお育てした乃木大将
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                   伊勢 雅臣
  
昭和天皇:「私の人格形成に最も影響のあったのは乃木希典学習院長で
あった」

■1.「孫達の教育を託するには乃木が最も適任と考える」

日露戦争後、陸軍の大御所・山県有朋は、乃木の才幹と大功から、参謀
総長に栄転させようと明治天皇に内奏したが、天皇は日を改めて、山県
にこう言われた。

[先日乃木を参謀総長にとのことであったが、乃木は学習院長に任ずるこ
とにするから承知せよ。近く3人の朕の孫達が学習院に学ぶことになるの
じゃが、孫達の教育を託するには乃木が最も適任と考えるので、乃木を
もってすることにした。 [1,p210]


明治天皇ご自身が若かりし頃、西郷隆盛の発案で、山岡鉄舟など武士道
で鍛えられた人格者に厳しく育てられた[b]。それもあって、皇孫殿下ら
を立派な天皇・皇族に育てるには、乃木のような高潔な人物こそが適任
だと考えられたのだろう。

山県は後に「陛下の乃木に対する異常の御信任に感激せざるを得ぬ」と
しみじみ語っている。


■2.「いさをある人の教(おしえ)の親にして」

天皇は学習院長任命の際に乃木にこう言われた。

「おまえは二人の子供を(JOG注: 日露戦争で)失って寂しいだろうから、
その代り沢山の子供を授けよう」。[1,p210]

いかにも乃木に対する慈愛の籠もったお言葉である。さらに次のような
御製(天皇の御歌)を乃木に賜った。

<いさをある人の教(おしえ)の親にしておほしたてなむやまとなでし
こ>

「おほしたてなむ」とは「いつくしみ育てよう」、「やまとなでしこ」
とは、三人の皇孫を含む生徒らを指す。「いさをある人」とは、乃木の
ことだが、戦功だけでなく、武士道精神にあふれた誠忠ぶりをも指すの
だろう。

乃木はあまりの大任に軍人たる自分はとてもその任にあらずとためらっ
たが、かくも懇切なる思し召しには辞退する由もなかった。次の歌で決
心を語っている。

身は老いぬよし疲(つか)るともすべらぎの大みめぐみにむくいざらめ
や(身は老いて疲れれるといえども、天皇の大き恵みに報いないわけに
はいかない)

■3.「士卒と労苦をともにしていつでも第一線にあって」

「陛下の乃木に対する異常の御信任」がどこから来たのかを示すお言葉
がある。明治天皇はかつて藤波言忠にこう語られた。

「乃木は他のものと心掛けが違ってをる。多くのものは休職になるとか、
予後備に編入されれば遠くで挙行する演習地にはでかけぬ。でかけても
ただ後方にあるのみであるが、乃木のみは決して左様ではなく、いかな
る遠い場所にでも必ず来ている。来ておるのみでなく、士卒と労苦をと
もにしていつでも第一線にあって視察しておる」。[1,p93]

当時、義和団事件で大陸に派遣された乃木の部下が、分捕った馬蹄銀を
ひそかに私有したという事件があり、自らの直接の責任はないのに、師
団長を辞職し休職を願い出ていた。その休職の間にも、かくも熱心に演
習の最前線に出ていたのである。

乃木の能力だけでなく、明治天皇は、その無私の誠忠ぶりを国軍将兵、
広くは日本国民のお手本と考えられていたのだろう。

日露戦争が勃発すると、乃木は第3軍司令官として最前線に戻ったが、
それには明治天皇の深い思し召しがあった。乃木は見事にそれに応えて、
旅順要塞の攻略で日本の勝利に貢献し、降将ステッセルとの仁愛と礼節
にあふれた会見で、世界を感嘆させたのである。[a]


■4.「心からの御敬礼の誠を尽くされんことを」

明治40(1907)年1月、乃木は学習院長に着任し、その4月、後に昭和天
皇となられる裕仁(ひろひと)親王を学習院初等科に迎えた。その後、
雍仁(やすひと)親王(後の秩父宮)、宣仁(のぶひと)親王(後の高
松宮)が入学された。学習院には、そのほかにも皇族方の子弟が数多く
在学していた。

乃木は持ち前の誠忠ぶりで院長の職務に向かった。皇族方のご教育方針
として、「行状よろしくない時は遠慮無く正すこと」「成績についても
斟酌しないこと」「勤勉、質素にお育てすること」などを定めた。

裕仁親王のご入学後しばらくの間、登下校の際に玄関で深々と頭を下げ
て、お迎えお見送りをした。裕仁親王が挙手の礼を返されると、乃木は
親王を呼び止めて、こう申し上げた。

「尊師に対されました時には、心からの御敬礼の誠を尽くされんことをひ
とえに懇願し奉ります」。[1,p213]

敬礼一つに対しても、心からの誠を込めるべきだという注意である。親
王は真剣にやり直しをされた。

親王も乃木を深く敬愛されて、何かにつけて「院長閣下は、、、」と言
及されるようになった。制服や靴下が破れて侍女が新品にとりかえよう
とすると、こう言われた。

「院長閣下が着物の穴のあいているのを着てはいけないが、つぎのあたっ
たのを着るのはちっとも恥じゃないとおっしゃったから、穴のあいたの
にはつぎをあてておくれ」。[1,p213]

昭和天皇は、戦後の復興の後も、つぎをあてたコートを着られていたと
いう。


■5.「うちのおやじ」

乃木には立派な院長官舎が用意されていたが、それを使わずに、中等科
・高等科の全生徒とともに寄宿舎暮らしをした。朝は4時半頃に起き、
寝具など身の回りのことはすべて自分でやった。

その後、雨が降ろうと雪が積もろうと、寄宿舎6寮を巡視し、初夏から
晩秋にかけては雑草刈りもした。朝食と昼食は生徒らとともにし、生徒
らに親しく声をかけ、姿勢の悪い者には注意を与えた。

8時からの授業では各教室を巡視。一つの教室では必ず始めから終わり
までの約1時間、後ろに厳然と立って、生徒の勉強ぶりを観察した。放
課後には、自ら防具をつけて竹刀をとり、生徒に稽古をつけた。

夕食の後、6時から10時まで生徒の自習の時間には、乃木は自室で読書
をし、10時、消灯ラッパとともに、生徒と同様に床についた。赤坂の自
宅に帰るのは月に1、2度であり、それ以外は、この生活を殉死の時ま
で、5年半続けるのである。

陸軍大将にして伯爵という天下の名将が、こうした質素かつ献身的な生
活を生徒らとともに送ったことは、多感な生徒らに多大な感化を及ぼさ
ずにはおかなかった。

学習院生徒は大半が華族の子弟で、ぜいたくに甘やかされて育ったもの
も多かったが、乃木ほどの人物が生徒とまったく同様の生活をしている
のだから、不平不満の言いようがない。生徒らは一ヶ月もたたぬうちに
乃木を慈父のように慕い、みな「うちのおやじ」と呼ぶようになった。


■6.生徒たちとの談話

乃木の居室には、しばしば生徒が押しかけたが、いつも喜んで迎えた。

そのような時の談話を通して、生徒に己の信ずる道を語った。

乃木は吉田松陰の教えを、松陰の叔父にあたる玉木文之進(たまき・ぶ
んのしん)を通じて受けたが、松陰がさらに師としたのが山鹿素行(や
まが・そこう)だった。ある時、乃木は素行の主著『中朝事実』を生徒
に示して、こう語った。

「この本の著者は山鹿素行先生というて、わしの最も欽慕(きんぼ)す
る先生じゃ。・・・

さてこの書物の書名となっている『中朝』というはつまり日本国の事で、
『事実』とは日本国存立の大事実で、それを正しく静観直視せしめて、
皇道日本の将来を卜(ぼく、判断)したのがこの書名の根本精神じゃ」。

 その序文について、生徒たちにこう説いた。

「人は愚かな者で幸福に馴(な)れると幸福を忘れ、富貴に馴れると富
貴を忘れるものじゃ。高潔なる国土、連綿たる皇統のもとに生を受けて
も、その国土、その大愛に狃(な)れると自主独立すべき根本精神を忘
却し、いたずらに付和雷同して卑屈な人間と堕する者が頻々(ひんぴん)
として続出する。これが国家存立の一大危機というものじゃ。 ̄
_
どうじゃな、ここの中華とは中朝と同じく日本国家の事じゃ。これは決
して頑迷な国粋論を主張しているものではない。

よきをとりあしきをすてて外国(とつくに)におとらぬ国となすよしも
がな

と御製にもある通り、広く知識を求め外国の美風良俗を輸入して学ぶこ
とは国勢伸張の秘鍵(ひけん)ではあるが、それは勿論皇道日本の真価
値を識り、その大精神を認識した上でのことでなければならぬのじゃ」。

■7.「世界精神と国家精神とは両立するものでありましょうか」

田中という生徒が「世界精神と国家精神とは両立するものでありましょ
うか」と質問した。乃木はこう答えた。

「うん、面白い、確かに両立するものだ。世界精神を発揚せんとするに
は、まず正しき国家精神を擁護熱愛せねばならない。各自の国家を完全
な道義国として生長せしめることによって、始めて全人類も一大飛躍を
生ずるのだ。

日本国家を完全な道義国として生長せしめるためには、まず建国の基礎
たる一君万民、君臣一如の精神を探求し、各個の品格を高め、破邪顕正
(JOG注: 邪道を打ち破り、正しい道理をあきらかにすること)、救国済
民(JOG注: 国を救い、民を苦しみから救済する)の大旆(たいはい、
大きな旗)を世界に確立する大勇猛心を要するものじゃ。

日本にさし昇る道義の光輝をもって世界の闇を照らさしむということは
最高最大の愛国心である。この愛国の赤誠と、田中のいわゆる自主的世
界精神とは究極において必ず両立するものじゃよ」。[1,p232]

「道義の光輝をもって世界の闇を照らさしむ」の一例が、降将ステッセ
ルとの仁愛と礼節にあふれた会見で、世界を感嘆させたことだろう。乃
木は当時、国際的にも広く尊敬されていた日本人の一人であった。その
世界精神は、乃木の国家精神からもたらされたものであった。

乃木が説いたこの言葉は、多感な生徒たちの胸に深い志を植えつけたで
あろう。裕仁親王もそのお一人だったに違いない。


■8.「私の人格形成に最も影響のあったのは乃木希典学習院長であっ
た」

明治45(1912)年7月30日、明治天皇が崩御され、9月13日の御大葬後に
殉死するという覚悟を胸に秘めていた乃木は、9月10日、裕仁親王と両
宮にご挨拶をした。

乃木は裕仁親王に、これからは皇太子となり、いずれは皇位に就かれる
ための御学問も必要になるので、「一層の御勉学らせられんことを願い
奉ります」と申し上げた。さらに山鹿素行の『中朝事実』と三宅観瀾
(かんらん)の『中興鑑言(ちゅうこうかんげん)」を差し上げて、こ
う申し上げた。

「これは希典が平素愛読仕(つかまつり)ります本にて、肝心のところ
には希典が自ら朱点を施し置きましたが、今はいまだお分り遊ばされざ
るべきも、御為になる本にて追々お分かり遊ばさるべく、只今のうちは
折々お側の者にも読ませて、お聴きとり遊ばさるるよう献上仕り置きま
す」。 [1,p267]


鋭敏な裕仁親王は、いつもとは異なる様子を感じとられて、「院長閣下
はどこかへ行かれるのですか」と尋ねられた。乃木は、「御大葬に参列
する英国コンノート卿の見送りで、18日の学習院始業式にはお目にかか
れないかも知れませぬ」と答えた。

これが裕仁親王と乃木大将との最後の接見となった。晩年、陛下は「私
の人格形成に最も影響のあったのは乃木希典学習院長であった」と言わ
れている。

昭和天皇は大東亜戦争の終戦に際し、「私自身はいかになろうとも、私
は国民の生命を助けたいと思う」と言われて御聖断を下され[c]、また戦
後は焦土となった日本全国を約8年半かけて御巡幸された[d]。

ご自身の事は一切構わず、ひたすらに国家国民を思われる至誠の生き方
は皇室の伝統的精神を受け継がれたものであるとともに、ご幼少の頃の
乃木大将の人格的感化も大きかった。裕仁親王を立派な天皇に育てたい
という明治天皇の願いを、乃木大将は渾身の誠忠を持って果たしたので
ある。


■リンク■

a. JOG(783) 国史百景(3) 水師営の会見 〜 乃木将軍とステッセル将軍
 敵将に対する仁愛と礼節にあふれた武士道精神は世界に感銘を与えた。
http://blog.jog-net.jp/201301/article_5.html

b. JOG(775) 国史百景(2) 山岡鉄舟、若き明治天皇を諫(いさ)める 
 酒に酔って殴りかかった若き明治天皇を、山岡鉄舟は体を張って諫め
た。
http://blog.jog-net.jp/201211/article_5.html

c.JOG(101) 鈴木貫太郎(下)
 終戦の聖断を引き出した老宰相。 
http://bit.ly/X0iOyu

d. JOG(136) 復興への3万3千キロ
 「石のひとつでも投げられりゃあいいんだ」占領軍の声をよそに、昭和
天皇は民衆の中に入っていかれた。  
http://bit.ly/W8QdTi

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 岡田幹彦『乃木希典 高貴なる明治』★★★、展転社、H13
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4886561861/japanontheg01-22/



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話 の 福 袋
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 ◎【高橋昌之のとっておき】

安倍政権潰し? 無効判決の毎日新聞社説に感じる政治的思惑
2013.3.31 14:08 [高橋昌之のとっておき]

 
広島高裁(筏津順子裁判長)が25日、昨年12月の衆院選小選挙区の「1
票の格差」について違憲と判断し、広島1区と2区の選挙を無効とする
判決を言い渡したことは、憲政史上初の「国政選挙無効判決」だったこ
とから、大きな波紋を呼びました。

各新聞も1面トップで扱い、社説などで政治に対して早急な格差是正を
求めたのは当然のことですが、毎日新聞社説が衆院選の結果、誕生した
安倍晋三政権の正当性にまで疑問を呈したのは、「政治的意図」を感じ
ざるをえないのでいかがなものかと思います。

広島高裁の判決は昨年12月の衆院選の「1票の格差」が最大で2・4
3倍だったことについて、「選挙権の制約、民主的政治過程のゆがみの
程度は重大で、憲法上、許されるべきではない。

最高裁の違憲審査権も軽視されており、選挙は無効と断ぜざるを得ない」
というものでした。そのうえで、無効を猶予する期間について「無効を
1年以上放置するのは適切ではない」などとして、今年11月26日までと
しました。

これについて、毎日新聞は26日付朝刊の社説で、「警告を超えた重い判
断」との見出しを掲げ、「憲法が要請する投票価値の平等に基づいて実
施されなかった選挙で選ばれた衆院議員に正当性はない」とし、「最高
裁で無効判決が確定すれば、訴訟対象の衆院議員は失職する。失職議員
が関与して成立した法律は有効なのか。そんな疑問も沸く」と指摘しま
した。

「安倍政権」という文言は使っていませんが、事実上は「安倍政権が今
後成立させる法律は有効なのか」、つまり「安倍政権に正当性はあるの
か」と言っているのに等しいわけです。

ひとつの高裁の判決をもって、最高裁で判決が確定してもいない段階で、
政権の正当性にまで踏み込んで言及するのは、新聞の社説として議論が
飛躍しすぎており、適切と言えるでしょうか。

毎日新聞は安倍政権がお嫌いなのかもしれませんが、今回の衆院選無効
判決を利用して、安倍政権にダメージを与えようという政治的思惑を感
じざるをえません。

そもそも、今回の無効判決については、法律の専門家らから「裁判所は
この種の行政訴訟では本来、謙抑(けんよく)的であるべきで、あまり
判断を振りかざさない方がいい」(土本武司筑波大名誉教授)などと疑
問の声が出ています。

国政選挙の無効を求める訴訟では、違憲でも公益に重大な障害が生じる
事情がある場合に無効を回避できる「事情判決の法理」を適用するのが
通例だからです。

それから外れてまで、広島高裁が無効判決に踏み込んだのは、1票の格
差是正に向けて国会は早急に取り組むべきだとの極めて強いメッセージ
を発したものだと受け止めるのが、現段階では適切でしょう。

裁判所というところは、純粋に法律的判断をしていると思われている方
が多いと思いますが、実はそうではないケースもあるのが実態です。

私は地方支局在任中にある注目裁判の判決を言い渡した裁判長と、酒を
酌み交わしながら懇談したことがあります。私は判決に備えて過去の判
例を調べたり、法律の専門家らに取材したりしたのですが、その結果、
原告敗訴の可能性が極めて高いと思っていました。ところが、判決は原
告勝訴という異例のものだったのです。

私はその裁判長に、どうしてそのような判決になったのか、率直に聞い
てみました。すると裁判長は「私もこういう大きな裁判で判決を出すの
は最後でしょうからね。法的判断としては原告を勝たせるのは難しかっ
たが、私は原告を救ってあげたいと思った。それでまず原告勝訴という
結論を決めて、その後に判決理由を考えたんです」と明かしました。

つまり、判決は法的判断ではなく裁判長の個人的判断によるものだった
わけです。その裁判長は定年間近だったので、もしかしたら最後に異例
の判決を出して名を残したいという個人的な思惑が働いた可能性もある
なと、私は思いました。

今回の無効判決がそうであるかどうかは分かりませんが、判決にはそう
した裁判長の個人的判断や思惑が働く場合もあるのです。

少なくとも、今回の衆院選が無効であるかどうかの判断については、最
高裁の判決を待つべきでしょう。ただ、1票の格差を早急に是正すべく、
与野党各党は取り組むべきだということは間違いありません。現在、衆
院の選挙制度については、1票の格差是正に加えて定数削減と選挙制度
改革も絡んで、各党間の協議は難航しています。

選挙制度改革となると、各党は少しでも自分の党に有利になるよう主張
しますから、なかなかまとまりません。現在の小選挙区比例代表並立制
も、宮沢喜一内閣不信任決議案が可決され衆院を解散、その結果、非自
民連立の細川護煕政権が誕生するという大政変が起きてようやく導入さ
れたという経緯があります。

各党には党利党略を捨てて、定数削減と選挙制度改革の議論を早急に進
めてほしいと思います。そうしなければ、政治は今度は裁判所からでは
なく、国民から「ノー」を突きつけられることでしょう。【産経ニュー
ス】 〔情報収録 − 坂元 誠〕



 ◎羽賀研二被告の逆転有罪確定へ、渡辺被告も 未公開株詐欺
 
未公開株売買をめぐり知人男性から計3億7千万円をだまし取ったなど
として詐欺と恐喝未遂罪に問われたタレントの羽賀研二(本名・当真
(とうま)美喜男)被告(51)について、最高裁第1小法廷(横田尤孝
(ともゆき)裁判長)は、被告側の上告を棄却する決定をした。決定は
28日付。羽賀被告を懲役6年の逆転有罪とした2審大阪高裁判決が確定
する。

恐喝未遂罪に問われた元プロボクシング世界王者、渡辺二郎被告(58)
についても、被告側の上告を棄却。懲役2年の2審判決が確定する。

未公開株を高値で購入した会社社長の男性が、元値を事前に知っていた
かどうかが争点だった。羽賀被告は無罪を主張していた。

1審大阪地裁は、羽賀被告の知人の元歯科医が弁護側の主張に沿う証言
をしたことなどを重視。「元値を知らなかった」という社長の説明を
「全面的には信頼できない」として羽賀、渡辺両被告に無罪を言い渡し
た。

一方、2審は元歯科医の証言について「客観的証拠と整合せず、意図的
に虚偽の供述をしているというほかない」と判断。2人を逆転有罪とし
た。

元歯科医は偽証罪に問われ、執行猶予付き有罪判決が確定している。

2審判決によると、羽賀被告は平成13年、1株40万円で購入した医療関
連会社の株を、社長に1株120万円と偽って売り、計3億7千万円を詐取
した。

また、社長から代金など約4億円の返済を求められたことから18年6月、
渡辺被告と共謀し、大阪市内のホテルで社長を脅し、1千万円で債権を
放棄するとの書面に署名させた。

産経新聞 4月1日(月)11時5分配信



 ◎「最も花見好き」青森県民? =時間と予算、全国1位―民間調査

花見に最も時間とお金を掛けるのは青森県民。ウェザーニューズ(東京)
が携帯サイト利用者らを対象にアンケート調査を行ったところ、こんな
結果が出た。調査は3月21〜24日に行い、3万412人から有効回答を得た。

同社によると、予定している花見の回数は平均1.6回。1シーズンに費や
す花見の合計時間は同2時間29分だった。

都道府県別では、青森県が3時間26分で最も長く、2位の大阪府(2時間51
分)より30分以上長かった。最も短いのは沖縄県の1時間7分。

花見に掛ける1人当たりの平均予算は青森県の2908円がトップ。最も少な
いのは富山県の1736円で、全国平均は2224円だった。

時事通信 4月1日(月)4時32分配信 

主宰者より:

都立猿江恩賜公園のソメイヨシノは1日現在散り初めて入るがまだ観賞
には十分耐えられる。だが月曜日だから観賞している客らしきひとはい
ない。ゴミ処理の係りだけが休み無しだった。



━━━━━━━
反     響
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 1)3月31日の年度末:前田 正晶

朝から曇天で道路には雨が降った跡が見えた。なるほど、これでは身体
が重くて何となくやる気がない訳だと悟った。先月21日の変形性腰椎症
以来、湿度が高い日には気力が衰えて不調になるのだ。

1985年のアメリカでの貰い事故の被害で頸椎をやられた後で、湿度が高
い日は激しい頭痛と吐き気と起床する気さえないほどの無気力に苛まれ
たことを思い出さされた。当時は「明日は雨」と確実に天気予報ができ
たほど酷い状態だった。

それでも気力を振り絞って、09:45にジムに向かった。少し寒いのかと
思って、冬物の下着の上に薄手のセーターの上にダウン・ジャケットを
着て、首にはネックウオオーマーを装備して手袋まで着用したが、それ
でも外は寒かった。

「今日は3月31日で明日は4月なのに、何をやらせるのか」とぼやきなが
ら10分歩いてフィットネス・クラブまで。

着替えてからインドアトラックでウオーキングを開始したが一向に意気
上がらず、その上眠くて駄目だった。そこで、10分で中止してマッサー
ジチェアを30分ほど。

だが、相変わらず気分が冴えない。かくては最後的手段をと、浴室に向
かった。そこで熱いシャワーを十二分に首筋から背中さらに腰と浴び続
けている間に気力が蘇ってきた。

これでは程度の差こそあれ、頸椎損傷の頃と変わらないと再確認。ロッ
カールームで着替えていると、顔なじみの会員が今朝顔を合わせたとき
とは別人のように顔に赤みが差して目に力が出たとおだててくれて一安
心。変形性腰椎症の悪影響がこれほどとは予想していなかった。

11時30分にクラブを出て高田馬場駅から新宿駅西口の小田急デパートに
向かった。その車中で学生風のスマホとやらに夢中と見えた若者に席を
譲られて「矢張り俺は草臥れた顔つきだったのか」と思うと同時に、気
分良く新宿に向かった。

帰りに腰に貼る使い捨てカイロの在庫が切れていたので龍生堂でセール
品を購入して帰宅。この商品は温暖の季節になっても売っているのかと、
ふと気になったのだが。



 2)中国がこの10年に軍事費を年平均で13.4%の増強をしており、
ほかにも世界各地で盛んに対外援助活動を行っているので、もう日本か
らの無償援助など遠くに昔のことだと思っていたら、次のような記事が
あった。これには目を剥いた。一体どうゆうことだろうか。出す方も出
すほうだし、貰うほうも貰うほうでないのか。事実であれば、すこぶる
面妖な話である。

「中国になお無償援助、国内報道しない人民日報」
http://dandoweb.com/backno/20130320.htm
                       (品川 阿生居士)



 3)気懸かりな言葉遣い:前田 正晶

1日の朝、テレ朝の番組に新たにコメンテーターとして出演する一人のプ
ロのフィギュアー・スケーター、村主さんは新婚早々で「挙式を挙げた
ばかり」と自己紹介した。「あーあ、またか」。

テレビではコメンテーターのみならず、アナウンサーにもこの手の同じ
漢字を重ねて使う者が多い。曰く「炎天下の下」、「得点差は3点」、
「3年間の間」等々と、枚挙に暇がない。これらの何処がおかしいかを解
説する必要は無いだろう。

常々「テレビで誰かが言うことは耳から入ると(入れられると)普及し
やすいという意図せざる効果がある。判断力がない者が聞くと、ついうっ
かりそういうものだと思って真似てしまうものなのだ」。村主さんもそ
の犠牲者?の一人かも知れない。

あるいは、学校教育で漢字の熟語の教え方がおかしいのか、学ぶ方に熟
語を良く理解していないのか、あるいは両方か、この種の言葉遣いは普
及し続けるようだ。私は困った現象だと思っている。奇妙なカタカナ語
の普及にも、こういう形でテレビが貢献していると信じている。テレビ
が悪いのではなく、登場する者に問題があるのだ、念のため。

主宰者より:学校で漢文を教えなくなったからでしょう。まもなく馬か
ら落馬するでしょう。



 4)食べ物には保守的だが:平井修一

読書をしないと時間つぶしに困るし、ブログのネタもなくなってくる。
今日は天気もいいから本屋へ行ってこよう。

これというネタがないので、今回は「歳をとると食べ物に保守的になる」。
それは小生だけかもしれないし、一般的にそうなのかもしれない。初め
てのものや変わったものは食べる気がしないが、食べずに人生を終える
のも惜しい気がしてきて、最近では少しずつチャレンジしている。

まずは食パンが余っていたので、納豆トーストを初めて食べてみた。結
構イケタが、まあ納豆は炊き立ての温かいご飯にかけて食べるものであ
ると実感した。

もらいものの「ぬれ煎餅」も食べてみた。濡れているからパリッとして
いない。柔らかいから老人の歯でも咀嚼しやすいが、まあ邪道だな。話
のネタに食べてもいいが、感激するような代物ではない。

正月に松前漬けを作ったが、スルメが余っていたので、どうしたらよい
かと案じていたが、ネットで調べ、酒につけて柔らかく戻し、細かく切っ
て野菜炒めなどに使っている。結構いい味わいであるものの、戻しが足
りないとわが歯では太刀打ちできない。

冷凍庫に牛肉があったので、市販のルーを使わずにビーフシチューを作っ
てみた。クリームシチューやカレーは家族も飽きているだろうから、た
まには変わった味をとチャレンジしたのだ。バターと赤ワイン、コンソ
メ、ソース、ケチャップなどで味をつけたが、結構旨かった。

変わったものを食べると具合が悪くなることがある。先日は長女に頼ん
でホウレン草グラタンを作ってもらって数年ぶりに食べたが、胃袋がな
いところに高カロリーのものが腸に入ってきたのでダンピング症状を起
こし、めまいと下痢でしばらく苦しんだ。

下痢と言えば、ひと月ほど前に落花生を食べすぎてすさまじい下痢にな
った。固いから食べられないだろうと思っていたのだが、意外に食べや
すく、口が卑しいものだからポリポリやっていたら空前絶後の下痢で、
腸が空っぽになるまで数時間も苦しんだ。

昨日はカミサンが同僚の八丈島旅行土産にアシタバをもらってきた。ア
シタバはほとんど本土では流通していないから、どう料理していいもの
やら。

八丈島アシタバ頒布会農産部のサイトにはこうあった。

<アシタバは、伊豆七島・最南端に位置する黒潮かおる緑の八丈島に原
生しているセリ科の多年草です。今日摘んでも明日芽を出すといわれる
ほどの生命力の強さから「アシタバ(明日葉)」と呼ばれています。

庭先や軒下など、どこに植えてもよく育ち、1本の株から何回も葉を摘ん
で食べることができます。日本が原産であるアシタバはその含有有効成
分から、日本人の体質によく合った健康植物として注目されています>

今朝、味噌汁にして食したが、春菊みたいにちょっと癖があるが、美味
しくいただいた。これも初体験。

調味料ではタイの「ナムプラー」も使ってみた。魚醤(ぎょしょう)であ
り、「魚類または他の魚介類を主な原料にした液体状の調味料。魚醤油
(うおしょうゆ)、塩魚汁(しょっつる)とも呼ばれる」(ウィキ)そ
うだ。わが家の人気メニューの鶏レバー・ニラ炒めを作る際に、醤油の
代わりにこのナムプラーを使ったが、結構うまくできた。

60年生きてきたところで、まだ食べたことのないものはいっぱいある。
食わず嫌いを返上して食べるようにしよう。話のネタにもなるだろう。



━━━━━━━
身 辺 雑 記
━━━━━━━

MDに移した「戦前・戦中歌謡大全集」を散歩しながら聴いたが、やっと聞
き取れる程度だった。特に戦前のは録音状態が極めて悪く「出船の港」
の藤原義江までは殆ど聞き取れなかった。

生まれて初めて聞く歌だった所為かもしれないが、要するに敗戦後、格
別に進歩したのはわが国の録音技術であることを認識した次第。

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創刊日:2004-01-18  
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  • 名無しさん2013/04/02

    胎内記憶を語る子供たちの中には、例えば

    「僕はさぁ、雲の上で見ててママのところにビューンて来たんだよ」と、

    生命が宿る前の中間生や過去生の記憶まで出てくるケースもあるんです。



    最初に気づいたのは、ある女の子が、女優さんになりたいから、

    空の上から綺麗なお母さんを選んできたって

    話しているのを聞いた時です。



    調べて分かったのは、胎内に宿る前の記憶を持っている子が

    二十%、五人に一人いたんです。



    おなかの中の記憶以上に不思議な話ですから、

    オカルトっぽいし、虐待や中絶をする親はどうなんだといった

    疑問や反論も受けます。

    わざわざそんな親を選んでくる子がいるのはおかしいと。



    こういうことを言うと結構批判を受けるんですが、

    これまで聞いた話から推測すると、どうもそういう子は、

    敢えて虐待や中絶をされるために

    その親を選んできているようなんです。



    恨んでいる子は一人もいなくて、みんな

    「お母さんありがとう」って言うんです。





    赤ちゃんはお母さんを精いっぱい応援していますし、

    命を懸けてお母さんを守ろうとしています。



    そして長い目で見ると、中絶や虐待があったことによって、

    お母さんや家族が愛情を取り戻したりすることがあるようなんです。



    あるお母さんは義理のお父さんを恨んでいたそうなんですが、

    赤ちゃんを流産した後、そのお義父さんが

    「神様は絶対に悪いことをしないから」と

    声をかけてくれたそうなんです。



    実はそのお義父さんは、かつて病気で九死に一生を得た方でした。

    お母さんはお義父さんの優しさを初めて実感して、

    家庭が穏やかになったそうです。





    それからあるお母さんは、自分が子供の頃に

    虐待を受けて嫌な思いをしたのに、

    今度は自分が我が子に虐待をしていた。



    ある時我が子の写真を見たら、

    目の奥に仏様の慈悲の心が見えてハッとしたそうなんです。



    すぐ子供にそれまでのことを謝ったら、

    その子は僅か五歳なんですが





    「僕はお母さんが分かってくれるって信じていた。

     だってお母さんがそうするのは

     お祖母ちゃんからそうされたからだし、

     お祖母ちゃんもそうされてたんだから誰も悪くない。

     お母さんが気づいてやめてくれてよかった」





    って言ったそうなんです。



  • 名無しさん2013/04/02

    在日特権って何?、通名って何?、何でNHKだけが通名報道?、NHKはなぜ特定の国会中継動画を削除?

  • 名無しさん2013/04/02

    http://news.mynavi.jp/c_career/level1/yoko/2013/03/551.html「551蓬莱の豚まん」はなぜ東京に出店しないのか?

  • 名無しさん2013/04/02

    よく愛用しているカフェの老舗、大阪の「丸福珈琲店」があるのですが、それは1軒しかなかったのです。社長が生きていた頃は。

     







     ポリシーがあったのでしょうね。

     





     ここでしか味わえない味の、とっても美味しい珈琲だったので、私も私の周りも愛用していたのです。

     



     しかも、珈琲豆は販売してなかったので、ますます、ここに寄るしかこの味の珈琲は飲めなかったのです。

     



     大阪人なら知っている名店だったようで、最初は、大阪の友人に教えてもらいましたもの。

     







     それが、先代が亡くなって新しい世代の経営者に代わってから、珈琲豆も販売するようになり、通信販売もできて、自宅でもこの珈琲が飲めるようになりましたものね〜。

     





     

      前回帰国したときにビックリしましたが、なんと今では、何店舗もできていて、他の場所でもこの味が飲めるようになってるのですね!

     







     あちゃ〜! すごい驚きです!

     





     もちろん、微妙に味や雰囲気は本店とは違うかもしれないですが。それでもビックリ仰天です!

     







     でも、今までどおりに、本店のほうに私は通ってしまうな〜(笑)。懐かしいですし。

     





  • 名無しさん2013/04/02





     仏教を理解するには、お釈迦様が顕幽から働かれて残された大蔵法典を研究しなければならないが、詳しくその内容を語るには、あまりにも莫大である。そこで、これを要約するとだいたい次のようになる。



     この世の中は変わり続け、変化し続けるのだ。常なるものは何ひとつとしてない。つまり諸行無常である。



     そして、全てのものごとには実体がない。形あるものは必ずその形を失い、命あるものは必ず滅ぶ。そのように諸々の法には姿があるように見えても、実体はないのである。つまり諸法無我である。



     この諸行無常、諸法無我を真に悟り得たならば、人間的欲心や執着がなくなり、心おだやかで世の迷妄に霊昧自失することなく、また、本来の死生観に誤謬がなくなる。そして、いよいよ本当に苦しみのない、永遠幸福至極な世界を求めなくてはいけない。つまり涅槃寂静することを求めなくてはならない。



  • 名無しさん2013/04/02

    世界トップレベルのソリストを目指すのに、昔は、イタリアやドイツにいく人が多かったようです。しかし今は、英語圏でないと国際舞台でもトップにはなりにくいというのがあるようです。それでジュリアードが、もっとも適しているようですね。

     

     ここでしっかり勉強して、世界の檜舞台に日本人歌手がデビューしてほしいと思いました。

     







     実際に、ジュリアード音楽院第一回オーデションで合格した大西サンという人は、とても才能豊かな方のようです。日本では、すでにトップソリストの実力を持つそうです。

     

     

     

  • 名無しさん2013/04/02

    「純と愛」というNHKの朝ドラだけど、ジェンダー破壊・家族破壊・ハッピーエンド破壊ドラマは、本当に見苦しかった。 終わってほっとした。



  • 名無しさん2013/04/02

    一票の格差裁判。違憲判決は議員定数を減らせとは言っていない。しかし、国会議員の反応は相変わらず。そもそも、「身を削る」という発想からして「国民主権」でなく「国会議員主権」的発想。自分たちが特権階級と勘違いしてないか。

  • 名無しさん2013/04/02

    道州制は間接侵略を容易にする欠点を有します。ある州の議会で売国政党議員が過半を占めればその広域に売国法制を実施されてしまい、外国人参政権も併せればその州をほぼ他国にされ兼ねません。地方分権よりも、現在は日本の実力を結集して震災復興・経済振興・国防増強等内外の難題にあたるべきです。

  • 名無しさん2013/04/02

    日頃の行いが悪すぎて、もう誰も信じないよ。韓国人朝鮮人は嘘つきだって、日本人に広く認知されちゃった。 もう、何を言っても無駄。今後は、NHK改革→帰化停止→通名禁止→帰国 って流れに間違いなくなる。



  • 名無しさん2013/04/01

    在日特権って何?、通名って何?、何でNHKだけが通名報道?、NHKはなぜ特定の国会中継動画を削除?

  • 名無しさん2013/04/01

    在日コリアンにもNHKに受信料払ってもらわんと。

  • 名無しさん2013/04/01

    NHKは存在価値がありませんので解体して欲しい。国民から視聴料を強制徴収するなんぞもっての外!

  • 名無しさん2013/04/01

    特別永住資格や通名を潰そうか。当然賛成だよな?なあ連呼リアンやNHKや特ア在日。諸悪の根源だもんな。

     <激化する「排外」デモ。新大久保で「反排外主義」のカウンターデモと激突>



  • 名無しさん2013/04/01

    NHKに電話繋がりました、通名報道に関してですが今までと同じ様な姿勢を続けて来たのに最近になってこの様な問い合わせが増えて来たのはどうしてなのか今まで通りなのに‥とにかく上には伝えますとの事でした。

  • 名無しさん2013/04/01

    一刻も早く通名禁止にするべきですね!!(`Д´)"



    反日国の出自を隠す通名などで、日本の治安を悪化させ、日本の社会を不透明にしている、諸悪の根源「在日特権」。恣意的報道で世論を操って来た、偏向NHKの大嘘も、ネットの存在で崩壊しつつある。怒れ日本人!



  • 名無しさん2013/04/01

    NHKはデモ隊に暴力振るったやつ等がいてけが人が数人出たとか報道しないんか。デモ隊が全て悪いという口ぶりか。暴力振るった奴が一番悪いだろう。シカトか。氏名つけて報道せんか。通名はダメだよ。



  • 名無しさん2013/04/01

    2013年3月29日、「女性が最もセクシーで美しさに輝く年齢は30歳、男性の魅力が最も輝くのは34歳」という調査報告が発表された。 

    英デイリー・テレグラフ紙報道を引用して生命時報が伝えた。 



    この調査は、各年齢層の男女各1000人、計2000人を対象に、「同性および異性が最も魅力あふれる年齢」について尋ね、 

    年齢層別の推移を取りまとめたもの。この結果、女性が女盛りのピークを迎え、最も美しく輝くのは30歳。 

    41歳ごろから老化の兆しが感じられ、53歳になると見た目のセクシーさは失われ、55歳で老境の入り口にさしかかる。 



    男性の場合、男盛りのピークは34歳に訪れ、43歳前後からぼちぼち老い始める。 



    また、調査研究によると、男性が老化するスピードは女性に比べて幾分ゆっくりで、 

    この差が男女のピークが4歳ずれる結果につながっている。 



    研究者は「誰もが自分の若さが少しでも長く続くことを願っている。しかし、外見(肉体)の若さは、その人の若さの一部に過ぎない。 

    精神的な若さを持ち続け、いつも自信満々でいることが、美しさを保ち続ける秘訣だ」と指摘した。 

    http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=70862 



  • 名無しさん2013/04/01

    鳥インフルエンザは確実に広がっています。東南アジアや中国では、今年になって感染が疑わしい死者が続いています。



    しかし、幸いなことに、まだ強毒性への突然変異は起こっておらず、人から人への大感染、いわゆるパンデミックも発生していません。



    東日本大震災などの反省や悔しさはいつまでも忘れられません。



    今年はまだ、大きな悲劇の可能性が残っているといいます。





    ■鳥インフルで2人死亡 中国



    2013.3.31 21:35



    【北京=川越一】中国国家衛生計画出産委員会は31日、上海市で鳥インフルエンザウイルスに感染した男性2人が死亡したと発表した。検出されたウイルスは低病原性のH7N9型とされるが、人への感染が確認されたのは初めて。



     国営新華社通信によると、死亡した2人のうち、87歳の男性は2月19日に発病し3月4日に死亡。27歳の男性は2月27日に発病し3月10日に死亡した。また、安徽省の35歳の女性も3月9日に発病、感染が確認され、江蘇州南京の病院で治療中だが危篤状態という。



     中国疾病予防コントロールセンターが3月29日にウイルスを検出し、30日に同委員会がH7N9型の感染を確認。感染源の特定を急ぐとともに、感染ルートも調べている。家族など関係者の経過観察も続けているが、現在のところ感染の兆候は見られないという。



     H7N9型 A型インフルエンザウイルスの一つ。AP通信によると、2003年にアジアを中心に死者が相次ぎ、人から人への感染拡大が心配されている高病原性鳥インフルエンザウイルスH5N1型と違い、人に感染し感染症を起こす力は弱いとされる。世界保健機関(WHO)の専門家は「毒性は弱く、公衆へのリスクは低いのではないか」としている。

  • 名無しさん2013/04/01

    僻地の公共交通のインフラ維持は、国家百年の計だと思います。同じ様に今取り組むべき世代間格差の是正、産業基盤の育成などの国家百年の計に取り組む有効な手段が道州制で打てなくなり地方分権を進めたスペインの失敗を踏襲しはしないかと心配です。



  • 名無しさん2013/04/01

    議員定数削減というのは無駄の削減じゃなくて国民の権利が削られる事と同じなんだがなぁ。大統領制、首相公選制を主張する人らと議員定数削減論者が重なっていてそれが良い事だみたいに思われているのって民主政体にとって結構オッカナイ話なんだがなぁ



  • 名無しさん2013/04/01

    NHK偏向報道しばき隊が必要?

  • 名無しさん2013/04/01



    >>私もはや傘寿が近い。死ぬ前に体験記を出来るだけ遺そうと努力してい

    る。



    ならば、安保マフィア時代の事も書き残しなさい。





  • 名無しさん2013/04/01

    地方分権ではダメダメだった維新 の新人さん、主権、慰安婦問題では一転して正論!維新は早く橋下を追い出して馬鹿な地方分権や地域主権の旗を降ろすべき!然らば参議院選挙は民主党を蹴散らす事、間違い無し!



    道州制や『地方分権(地方政府)』樹立を声高に叫ぶ人の言いなりになるとこうなる。>キプロス・ユーロ→http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-11502337005.html



    地方分権とか外国人参政権とか言ってる奴もそうだけど、内乱罪か外患誘致で逮捕できないのかなあ?こう言う分離主義者の連中・・。刑法の改正が必要か・・。許せない。



  • 名無しさん2013/04/01

    応援しています。頑張って下さい。