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頂門の一針145号

発行日:8/12

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          渡部亮次郎のメイル・マガジン 頂門の一針  第145号
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                      平成17(2005)年08月13日(土)

 
                     やっと帰郷した東海林太郎(再掲):渡部亮次郎  
                            統一と独立の論争:アンディー・チャン
                                  中国ウォッチング:『善隣』転載
                                   電子化に戸惑う老人:渡部亮次郎
                                                   話 の 福 袋
                          身 辺 雑 記


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第145号             発行周期 不定期(原則日曜日発行)
               御意見・御感想は chomon@fsinet.or.jp
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やっと帰郷した東海林太郎(再掲)
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先号は誤植がありすぎましたので、校正の上、再掲載致します。

                 渡部 亮次郎   2005.08.10

以下は秋田市在住の地方公務員佐々木三知夫さんからの知らせと提供情報
を基につづるものである。2005年8月1日に東海林太郎(しょうじ たろう)
音楽館をオープンさせることになったというので、東海林の学校(元県立
秋田中学校、現県立秋田高校)の後輩としては大いに喜んだ。

しかし記念館がなぜ今までできなかったのか。あれだけの歌手を送り出し
たことを誇りに思う人はいなかったのか。「それにしても東海林太郎を顕
彰しようとしなかったのは、なぜだとお考えになりますか」と佐々木さん
にメイルを送った。

「秋田音頭もいまや消滅しつつあります。あれは農作業の苦しみを忘れる
ための 歌であり、単なるエロ歌なんかではないのです。
 
 おそらく秋田県民は東海林を誤解したのです。『社会主義者』婚約不履行
の『エロ事師』『進駐軍から禁止された歌手』などと誤解した上に敬遠し
たのではなかろうか」とも。

朝日新聞社編 現代人物事典(1977年3月1日発行)で紹介されている東海林
太郎とは。

東海林太郎。流行歌手。1898(明治31)年12月11日秋田県に生まれる。
1923年に早大商学部卒業後、満鉄に入社。後に満鉄図書館長になるが職を
辞し、クラシック音楽で身をたてようと上京。下八川圭祐の門下となる。

1933(昭和8)年『時事新報』の音楽コンクールに上位入賞。キングレコー
ドに入社。トウカイ・リンタロウが、しょうじ・たろうと正式に呼ばれる
のは34(昭和9)年「赤城の子守唄」以後である。

東海林太郎は男性歌手が化粧した第1号であると共に、頭髪にコテをかけ
ロイド眼鏡に極端に長い燕尾服で登場し、直立不動でうたった。

「赤城の子守唄」によって、昭和初期に流行した「沓掛小唄」以来途絶え
ていた股旅歌謡の土台をつくった。1965年紫綬褒章、69年に勲4等旭日少
綬章を授与された。72(昭和47)年10月4日死去。

「歌は心で歌うものではない。肺活量でうたうものだ」という名言を残す。
(山本明)

東海林は秋田中学から現在の東京芸大ヴァイオリン科に合格したが、父に
反対されて音楽を一旦は断念したのだった。しかし34歳にして歌手にはな
ったもののクラシックではなく今で言う演歌歌手だった。

デビューして間もなく日中戦争、大東亜戦争で敗戦。やってきた占領軍は
股旅歌謡はヤクザ=不道徳と禁止。彼らが去った1953年からやっと復活し
た。癌に苦しみながら歌い続けたのだった。

以下、佐々木さんからの返事。

<8月1日、東海林太郎音楽館の開館式のテープカットは、業者に頼むと
セットの貸し出しが2万5千円もかかるというので、白手袋はなしに素手。
金色の鋏でなく350円の東海林太郎が好きだった色・紫色の鋏。

リボンが5個着いたテープを借り、両脇に音楽館を支える偉い人を置き、
真ん中に東海林太郎の孫・光樹さんと東海林太郎顕彰会初代会長・故柳沢
格さんの遺児・片岡みどりさんにお願いしました。

東海林太郎を顕彰しようとしなかったのはのご質問に答えになるかどうか、
私は「誇り」の問題だと思います。東海林太郎のことを地元でもほとんど
の人は知りません。

東海林太郎音楽館の説明文につぎの「誇り」と題して掲げました。

             誇 り
   
国民的歌手・東海林太郎は郷土の誇りです。東海林太郎は「歌手として、
このわたしの立つ一尺四方は道場だ。この舞台はわたしの修養の場だ」と、
あの直立不動の姿で歌い続けました。

ふるさと秋田をこよなく愛した東海林太郎を秋田県民の誇りとし、「郷土
に寄する言葉」(後述)を心に刻み、東海林太郎音楽館で「東海林太郎の
人間性と音楽」を共に学んでほしいと思います。東海林太郎音楽館>

佐々木さんによると、かねて秋田市には東海林太郎顕彰会というのがあ
って、初代会長の柳沢格さんは愚兄・渡部誠一郎と旧制秋田中学の同期生。

直立不動の東海林太郎像を千秋公園前に建立しようとの運動を起こした。
残念ながら寄付金が足りず、胸像になってしまったが、さらに数年後、そ
の胸像前にセンサーによる東海林太郎の歌6曲を流す装置をつけた。

「毎日のように、胸像前の小公園を独りで掃除をされているお姿を拝見し
ては、涙が出そうでした」と佐々木さん。

1998年の秋、東海林太郎生誕100年祭が旅館組合を中心に大々的に秋田市
で行われたが、肝腎の柳沢さんはその時、ガンで秋田市立総合病院に入院
中だった。

病院の中から100年祭の実行委員会の事務局長だった榮太楼旅館の小国輝
也氏の相談にのっていたそうだ。入院中の柳沢さんに秋田高校昭和25年卒
業同期の小林良弘さんは励ましていた、という。

「柳沢、そのうち東海林太郎記念館をつくって、テープカットをやっても
らうからそれまで頑張れ」柳沢さんは翌年、亡くなった。

生誕100年祭の式典が秋田県民会館で行われた際、壇上で佐々木壮六画伯
が描かれた東海林太郎の肖像画(120号)が199年祭実行委員会から秋
田市に寄贈された。この会には私も些少の寄付をした。会では当時の石川
錬治郎市長が「次は東海林太郎記念館をつくります」と満座の前で公約し
た。

しかし公約なぞ膏薬みたいなもので、貼ってもすぐにはがれる。100年祭
実行委員会の方も花火をあげただけ、これで後は役所の方でやってくれる
んだと任せた。

「何故か、東海林太郎記念館を創らなければならない、という使命感が薄
い。何かにつけ、お役所頼み。役所はまた新しいことをやるのは好きでな
い。責任回避と問題の先送りが役人の得意技」と佐々木さんは悔しがる。

今時、流行歌手の東海林太郎記念館を造っても運営が大変だと考える。郷
土の誇りうる先人を顕彰し、伝承していくことの大切さなぞ持ち合わせて
いない。国民的歌手なんだから、県か国でやればいいと秋田市教育委員会
の偉い人がいう。

「誇りの問題でした。かつて、JR東日本の初代秋田支店長の志村さんに
講演をお願いしたことがありました。彼は国鉄時代、最初の赴任地が岩手。
JRのニューヨーク支店から秋田にやってきて驚いて感じた秋田県人論。

『岩手の人は岩手の悪口を言うと怒る。秋田に来て秋田の悪口をいうと秋
田の人は笑う』

岩手と秋田のこの違いは、誇りうる歴史を持っているかどうかの違いでは
ないかと考えます」と佐々木さんの指摘は以下のように鋭い。

<戊辰(ぼしん)戦争。岩手の南部藩、一関藩は仙台藩と共に明治新政府軍
に敗れ、賊軍にされた。秋田藩は、奥羽越列藩同盟を離脱し、新政府軍に
ついて戦った。

その離脱の原因が、列藩同盟を離れそうな佐竹藩の説得にやってきた仙台
藩通史を暗殺。慶応4年7月4日の払暁のこと。これは薩摩藩の参謀、大
山格之助(後の鹿児島県令)にそそのかされたからといわれているが、今
でいう使者を殺すなぞ、国際法違反。これは、秋田近代史の中の汚点だ。

結局、明治新政府軍についてしまった秋田は、北は南部藩、東は南部藩と
一関藩、仙台藩、南は庄内藩に攻め込まれ、県土の3分の2は焼かれ、有
為な人材は排斥されてしまった。

秋田戊辰の役で肥前藩や薩摩藩などの援軍を得て勝利した秋田藩に対し明
治政府は、南部藩領土の鹿角地方を与え、佐竹の殿様を侯爵にしただけで、
後は一瞥もしなかった。

それから、靖国の女性祭神第1号に、秋田戊辰の役の秋田・比内町扇田で
南部藩の流れ弾に当たって死亡した山城ミヨをあてた。一方の負けた南部
藩や庄内藩の戦没者は靖国には祭られてはいない。

南部は、平民宰相・原敬が首相になった時、岩手の人はこれで戊辰の恨み
を晴らしたという。その後、岩手は鈴木善幸さんまで、5人もの総理大臣
をだしている。


岩手は、日本のチベットなどといわれながら、誇るべき歴史と人を持ち、
顕彰し伝えている。ヤマセの影響のない、4月から10月まで日照時間が
日本一の秋田は笑われる歴史と、誇りに思う人を得ず、いても大切にせず
にいる。>

郷土が今まで冷たく扱った東海林太郎。彼がいかに秋田を愛していたか。
その一文を添付する。

 郷土に寄する言葉  東海林 太郎 

私の故郷の家は、佐竹侯のおしろあと城跡の、山のすぐ下にありました。

私は子供の時から、よく裏の山へ駆けのぼり高い松の木にのぼっては、脈
々として続く奥羽山脈を仰いだり、遙かに男鹿半島を望み、はてしなくひ
ろがる日本海を眺めながら、いつも、聲を限りに歌をうたったものでした。

かうして私は殆ど誰からも教わることなく、ふるさと故郷の四季折々の姿
を心に写しては、歌をうたってきました。この懐かしいふるさと故郷こそ、
私の最初の、そして最大の音楽の先生であったと考えて居ります。

先年、十幾年ぶりで郷土を訪問して演奏会を開いた時、私は真先にその山
に駆けのぼりました。そして今もなほある、あの時の松の木に寄りかかっ
た時、私は幾十年もの間、その松の木と一緒に、そこに立って居った様な
氣が致しました。

故郷は一種のインスピレーションなり。琴線ひとたび之に触るならば無限
の妙音を発す」と語った詩人の感慨が、ひしひしと胸に迫ります。
 
私の夢を、私の歌を、私のいのちを育んでくれたふるさと故郷!

  おばこ唄ふて 寝かされた
  ふるさと恋し 母恋し
  雪の夜更の 子守唄
   おくになまりが なつかしや
  胸もさけよと 聲かぎり  
    われは唄はん たからかに
  唄うことこそ わがつとめ
  わが望みなり わが命
        (昭和15年6月1日発行・東海林太郎後援会機関誌より)
渡部執筆:2005・080.10



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統一と独立の論争
━━━━━━━━━
AC通信:No.14](2005/8/12)
◆[AC論説]No. 144 から転載

            アンディー・チャン(在アメリカ)

国民党の主席争いが一段落してみると、馬英九の人気と同時に国民党の人
気も盛り上がっている。この数ヶ月以来、国民党に入党した人数は6,000
人を超えると言われる。しかも馬英九は若年層、ことに女性に人気がある。

これに比べて民進党はすこぶる振るわない。大部分の台湾人は泛緑派だが、
アメリカに住む台湾人の陳水扁、民進党の評判は最低で、殆どが台聯党支
持である。台湾から来るニュースを聞いても陳水扁・民進党の評判はすこ
ぶる悪い。

最近では陳水扁の批判はやめて泛緑が団結すべきだと言う声が高くなって
いるが、問題は泛緑派の殆どが中華路線に反対なので、支持するどころか
不満を抑えるだけでも苦労する。

台湾人は陳水扁を支持したいから批判は控える。しかし陳水扁の路線が間
違っていると思っているから陳水扁が本来の本土路線に戻ってくれるよう
に願っている。

陳水扁がこの半年のあいだに犯した数々の過ちを認めず、強引に人民の支
持を要求するのは無理である。つまり、陳水扁の中華路線は泛藍の支持を
得ることはないが、泛緑の支持は半減する。

●民意の低下は中華路線

人口比で15%しかない外省人政党が選挙で85%の台湾人の政党に勝って議会
で過半数を制すること自体がおかしい。選挙とは主義主張を掲げて人民の
支持を獲得する事にある。

国民党は中華民国の正統を名乗っている。陳水扁は政権をとった日から
「自分は中華民国の総統である、自分が中華民国の路線を継承した」と主
張し、人民に対して中華民国がやがて台湾化すると約束する「中華路線」
をとる。しかし両方の陣営とも信用していない。泛藍は彼を中華の仮面を
被った独立と貶し、泛緑は彼が民衆を騙したと憤慨している。

中華路線の争奪戦は台湾人民の欲するものではないし、「中華の墓標」を
背負った政権は国際的に認められない。つまり陳水扁の路線はもともと無
理があるのみならず、国民党と正統派を争っても国際社会で自立できない
ばかりか、中華路線は中国の脅威に晒されるばかりである。

台湾人民は独立したい、中国の脅威から逃れたいと言う願いが強い。だか
ら民進党が中華路線を固持する限り、人気は上がるわけがない。また大陸
の中国人と台湾の中国人もこれを熟知しているので、陳水扁が中華路線か
ら逸脱しないよう圧力を加える。陳水扁が「中華の緊箍咒」から抜け出さ
ない限り、選挙は外省人のほうが有利なのである。

●根本問題は統一と独立の論争

陳水扁、台湾人はどのようにすれば緊箍咒から逃れる事が出来るか?答え
は簡単、中華の名を使わない事である。陳水扁が「私は中華民国の総統で
ある」と言っても台湾人と外省人から嘲笑され、忌避されるだけだ。それ
よりも「中華を言わない」工夫をした方がはるかに民心を獲得できる。

台湾問題は統一か独立かである。統一と言っても台湾が中国を統一すると
いう夢みたいな話は誰も信じない。統一とは「被統一」のことである。独
立の方は現状維持に甘んじても最終的に独立する目標がたたないといけな
い。

国民党と中国共産党の台湾統一主張は似ているが同じではない。「統一」
と「被統一」の違いである。台湾に住む中国人は大部分が国民党員で統一
を主張しているように見えるが、本当に被統一を望む省人は少ない。

台湾が中国に統一されれば国民党や親民党などはなくなって何も残らない。
台湾人から政権を取り戻すことだけが彼らの狙いである。

台湾人の希望とはは外省人の覇権思想を廃して中国と平和共存したい。台
湾独立を主張すれば中国が攻撃すると恫喝する。台湾人は中国に反発して、
中国が武力攻撃すればアメリカが台湾関係法で保護してくれると言う。そ
して外省人は中国が「反分裂法」を作って台湾攻撃を合法化したからアメ
リカは手出しができないと反論する。つまり統独論争とは両陣営の水掛け
論である。

陳水扁の採った中華路線とは国民党の路線と類似したもので、類似してい
るから外省人の票が取れるかというとそうでもない。似ているだけなら外
省人が国民党から民進党に鞍替えする理由がない。

民進党の採るべき政策は「反統一路線」である。つまり「中国に統一され
たいか? 台湾が統一されたら地獄だぞ」と外省人に問いかけ、「本土化
することが台湾の生き残る道である」と主張すべきなのである。

中国人、共産党の残忍さは中国人が一番よく知っている。彼らは中国に統
一されたら地獄だと知っている。大陸の中国人でさえ必死になって逃げ出
す国である。陳水扁は「統一される恐怖」を路線として採択するべきだっ
た。

●台湾民衆は独立志向

台湾の民衆は圧倒的に独立志向が強い。中国人の残虐非道は台湾人もよく
わかっている。誰も中国に統一されたくない。しかし前章で書いたように
台湾人は長年の制圧によって臆病になり、中国恐怖症が強く残っている。
独立を望むが団結して中国人を排除することは怖いのである。

そこで台湾独立について意見が2つに分かれる。1つは李登輝始め多くの
知識人が主張する独立、つまり「台湾の国際的地位は未確定であり、台湾
は中国の一部ではない。台湾人のみが台湾の将来を決める権利を持つ。台
湾の國際地位は2,300万の台湾人が決めるべきだ」と言う主張である。

もう1つは陳水扁の採った「台湾は主権独立した国家で、今の名前を中華
民国と呼ぶ。台湾の名称は(いまは)中華民国だが、台湾人が名称を変更
する権利がある」と言う主張である。この路線に沿って彼は12月の立方委
員選挙で敗退した。

次に政党合作と称して扁宋10か条にサイン、単一選挙区制度を無理に通し
て台聯党の存続に脅威を与えた、など一連の過失があった。民衆が彼を見
捨てたのは当然だが、今年の11月の地方選挙が近づいてきたので、民進党
は民衆に対して泛緑派が結して泛藍に対抗しようと呼びかけている。

●陳水扁の中華民国四階段論

最近になって陳水扁は更に中華路線を正当化するため、中華民国4階段論
を発表した。すなわち中華民国の名称には以下のような4つの階段がある、

1. 孫文の作った有名無実の中華民国。当時は内戦と第2次大戦で建国
する余裕がなかった。つまり国とは名前だけの「あばら家」だった。

2. 蒋介石が毛沢東との闘争に負けて台湾に持ち込んだ中華民国。共産
党に負けた亡命政権である。台湾に政権を移したが、台湾は中華民国憲法
の国土範囲に入っていないから、亡命政権である。

3. 李登輝が唱えた「中華民国在台湾」。つまり中華民国と呼ぶ国土の
ない政権が、台湾に生存しているということ。

4. 陳水扁が提唱する「中華民国とは台湾である」。台湾は中国の国土
ではない。中華民国という「名があって実がない政権」を、今は中華民国
と呼ぶが本質は台湾である、と言うのは理屈が通らない。

陳水扁の意図は「中華民国とは台湾のことである」と称して、国体を継続
していけばやがて中華民国は「国際的に主権を持つ国家であると承認され
る」、そして「それが認められれば、やがてこの国は台湾であるから台湾
と改称できる」という勝手な理想のことだ。つまり有名無実の国体ではあ
るが、やがて名前が国際的に知られれば名前を変更して台湾独立とすると
いう。

これは「他力本願」と同じで、国際的には通用しない。中華民国は国際的
に認められていないが、勝手に「我こそは主権の存在する国家である」と
主張しても一部の中国人に通用しても国際的に通用しない。

つまり世界に向けて「先に中華民国を認めてくれ、そしたら台湾と改名す
る」というのは誰も信用できない。自分で台湾独立を主張する正道を歩か
ないで、他人が先に助けてくれるのを願う、「旁門左道」を行くやり方で
あり、通用するはずがない。

●「中華民国とは台湾」の不合理

陳水扁の主張する「中華民国とは台湾」の不合理さは既にたくさんの人が
指摘しているので詳しく反論する必要はないが、台湾とは土地の名前で中
華民国とは国の名前である。そして台湾は中華民国の国土に入っていない。

もし陳水扁が中華民国とは台湾であるというなら、自分から中華民国と呼
ばず台湾を名乗ればいい。

陳水扁はAPECの会合に参加したいが中国が参加を拒否している。それで陳
水扁は「中華台北」の名義で参加したいと提案した。もしも彼が本当に中
華民国とは台湾と主張するなら、台湾名義で参加を申し出るのが正道であ
る。それが出来ないのは中国や他の国が中華民国を認めないからである。

陳水扁の意図は「どんな名義でも良いから國際会合に参加して台湾の名前
を世界に知られるようにすれば、自然と台湾の名前が通用するようになる」
と言う狙いである。これが裏口入学、「傍門左道」と言われる原因である。

もう1つの試みは2020年のオリンピックを台湾で開催するとオリンピック
委員会に申し込む運動を開始したことだ。オリンピックが台湾で開催され
れば台湾の名が売れる、だからこの提案は台湾の売名に役立つと言うのが
行政院長の説明だが、しかし、台湾がオリンピックに参加するのは、「中
華台北」であって「台湾」でも「中華民国」でもない。

つまり、陳水扁の4階談論とは中華民国政府が台湾にあって、政府の機能
を果たしていると言う部分だけは事実だが、その延長上にある名前変更の
見通しは外国に頼るだけで陳政権が自力でやるのではない。外国が事情を
知っていながら協力するとは思えない、幼稚な話である。

簡単に言えば李登輝の提唱した「中華民国は台湾にある」と言うことはつ
まり亡命政府が台湾で存在している事実を挙げたものである。そして陳水
扁の提唱した「中華民国とは台湾である」というのは2,300万の台湾人を
「中華民国と呼ぶ棺桶」に閉じ込めるだけであるから台湾人が同意するは
ずがない。陳水扁の棺桶論には賛成できない。

●統一危機論で本土化を激発させる

結論として、陳水扁は政治家として着眼点が悪いと思う。外省人の圧力に
負けるから、勝ち目がないから中華路線で外省人に取りいるつもりである。

自己卑下すれば相手からバカにされる。中華民国の総統が台湾人を中華民
国の棺桶に取り込もうとすれば、当然ながら台湾人は反対する。

中国人は信用できない、そのことは中国人が一番よくわかっている。台湾
に住む中国人たちが「外省人」と名乗って台湾に同化するのを拒む原因は
これまで悪い事をしていた国民党のことをよく知っていて、台湾人の仕返
しが怖いからだ。しかし中国人は台湾が中国共産党に統一されればどのよ
うな仕打ちに遭うか、台湾人よりもよく知っているはずだ。

だから外省人を名乗る台湾の中国人を台湾に本土化させるには中共統一の
恐怖を宣伝すればよいのだ。統一されたいか、統一されれば台湾の住民は
どうなるかという問いかけをすれば外省人は慌てて本土化を急ぐことにな
る。

つまり陳水扁の「中華路線」よりも台湾は中国に統一されない「本土化路
線」を歩むほうが効果的なのである。

台湾の住民は種族を問わず中国に統一されることを嫌う。中国の現状はど
んなものかわかっている。恐ろしい環境汚染、官僚の汚職と腐敗、政府に
対する不満が充満している中国の実情を見せ付けて、台湾の住民は種族を
問わず運命共同体であることを知らしめるのが陳水扁の得策であり、「被
統一の恐怖」、「ミサイルの恐怖」などが台湾独立を促進するのである。

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中国ウォッチング
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『善隣』2005年8月号(上松玲子訳)から転載

被災救援金を流用

2003年、雲南省大姚でマグニチュード6.2、6.1の大地震が相継
いで発生。その後雲南省は被災地救援資金として3億6662万元を受け
取った。

2004年これについて監査署が監査を行った結果、このうち4111万
元が、雲南省、州、市、県の財政、民政、建設、衛生、教育などの部門お
よび郷や鎮など自治体政府などにより流用されていた実態が明らかになっ
た。

姚安草海農場の建設指揮部では建設用地確保のための転地補償金に174
8万元を流用していた。賓川県民生局では社会福利サービスセンタービル
の建設に150万元、姚安県衛生局と大姚県趙家店衛生院はそれぞれ25
万ずつを職員宿舎建設に流用していた。 

問題はそれだけではない。中央政府からの特大災害救済補助金5174万
元が、支給先に支給されていなかった。また、実体のない被害申請により
受け取られていた災害救済建設資金が868万元見つかった。

さらに、ごく一部の政府幹部の中には自分や友人の住宅建設や消費に救済
資金を流用していた。 現在までにそれらの規約違反は是正され、滞って
いた救済補助金も支給され、被害世帯当たりの補助金は1500元上積み
された。

楚雄州では48名の関係者の責任追及も行われ28名が党規約、政府規程
により処分された。大理州でも賓川県民生局と教育局のトップに対し責任
追及を行っている。 (『新華毎日電訊』2005年5月10日) 

新政策にも住宅高値揺らがず

北京で住宅価格の高騰を抑える新政策が発表されても、価格は相変わらず
高いままだ。
 業界関係者は、今年の住宅供給数が昨年同期の半分に落ち込んでいる一
方で需要が堅調であるため、住宅価格抑制政策の効果は価格の高騰を抑え
る程度しか期待できず、値下がりは期待できないという。
 
需給関係以外にも、北京は全国最大数の公務員、対外機関、ホワイトカラー、
研究教育機関、文化芸術機構を擁するという特殊背景がある。 

住宅開発会社の利益は、海外の成熟した住宅市場では一般的に住宅価格の
5%に抑えられているが、北京市内では平均15%、三環路の内側では2
0%にもなる。 

専門家は住宅価格の抑制や、住宅関連製品の供給体制の見直しを提唱する
と同時に、安価な住宅の建設と、それらが確実に中低所得者が購入出来る
ような政策を求めている。

北京市の毎年の住宅取引量は約6000万平方メートルで、このうちエコ
ノミー住宅は約300万平方メートルに過ぎない。

「政府の政策は住宅価格を、正常なレベルに保つことを意図したもので、
極力低く抑えようというのではない」と人民大学の厳金明教授。正常な上
昇幅は物価上昇幅プラス2から3%程度という。 (『経済日報』2005年5
月24日) 

どこまで上がる水道代 

1991年8月から2004年8月までの間、北京市の水道代は9回の値
上げを経てトンあたり12銭から3元70銭に値上がりし全国第1位となっ
た。 

北京市水務局は今年さらに6元まで値上げすることを明らかにした。この
数年北京市の水不足は4億立方メートルに上るため、経済的措置で節水を
促そうという人民代表、王建華氏の提出した議案によるのである。

北京市の水道水使用量は年間40億立方メートルであるが、消費者として
個人の生活用水は第1位ではないと、社会科学院の張其仔教授。

値上げは数十億元の増収に繋がるだけで節水効果はないだろう。機関や事
業単位にとってみれば水道代を国家が払ってくれるのだから節水の動機付
けにはならない。

問題は水の不足ではなく、水の浪費、とりわけ公費による浪費であると専
門家。

ある国営企業で働く王さんは言う。去年の8月の値上げで市民の水道料は
27%も値上がりしたが、行政機関の水道料は22%の値上げに留まった。

実際、市民は節水に努めており、野菜や米を洗った水を捨てずに再利用し
ていて、「同僚の中には工場で服を洗う人だっていますが誰も咎めません」
ともいう。

水不足の原因を誰が負うのかについては随分不公平な状況なのである。
(『市場報』2005年5月31日) 

家出少年が多い理由


西寧市の教育部門の公務員である章勇さんの息子は家出して2年になる。
ある日偶然息子のノートにQQナンバー(QQとは中国で圧倒的シェアを
誇るメッセンジャーソフト)を見つけた。それからネット上で章さんは息
子の友人になった。

息子はネット上では心を開き、本心を明かす。何とか成功しない限り家に
は帰らないと。また、家では愛情を感じないとも語った。

しかし家の外には友人がいて、彼らと一緒に社会経験をすることを自分は
選んだのであり、より良い形で戻る日のために家を離れたのだとも語った。 

西寧駅の公安派出所の徐峰所長によれば、人口76万の西寧市で毎年、駅
で保護される家出少年は400人近い。 

保護されたのは家出人の極一部であり、家出人の数は更に多いとみられる。
毎日必ず1、2組の親が、尋ね人の広告を手に子供を探しに来るという。

そうした子供の多くが家の金を持ち出して外の世界へ飛び出したのだ。 
子供が1人でいる場合や付き添いの大人がなく数人でいる場合は、乗車券
の検査として話しかけるというのが、駅の警官の習慣となっている。

学校の試験期間や学期の始まりなどは家出のピークとなる。父兄会の後な
ども多い。 駅で保護される子供のうち、5割は両親が離婚しているか家
庭に問題があるようだが、5割は家庭環境も良く、両親の教育方法もしっ
かりしており、本人の成績も悪くないというのがやりきれない、と徐所長。

外の世界の何が彼らを引き付けるのだろう。 青海省健康教育所で長年青
少年の心の問題に取り組む星敏医師は、子供に対する愛情の欠如が最大の
原因だと話す。家出をする、というのはやはり健康に見えて実はそうでは
ない状態の現れだという。 (『中国青年報』2005年6月1日) 

低価格外来が登場

3月10日、福州市第1医院に「恵民問診」がオープンした。風邪で訪れ
た陳さん、費用は登録費を入れて総額36元50銭だった。 

池主治医は「我々は風邪や発熱など内科でよくある症状の患者を対象に、
総費用は登録費、検査費、治療費、薬代を入れても1回50元以内に収め
るようにしています」と語る。

しかし福州市で「恵民問診」を開設した8つの病院はどこも閑散としてい
る。 「50元でまともな治療が受けられるものかね」と患者は疑いを抱く。

「以前200元払ってもちゃんと診てもらえなかったのが、50元じゃ病
院も元がとれないだろう」福州市民の間では50元で病が治せるものか半
信半疑だ。

福州市衡生局の張焔局長は「決して安かろう悪かろうではない。診療の質
を確保するため主治医以上の医師が診療するよう規定を設け、低価格でも
効果が上がる薬の処方をしている」という。 

患者も医療を見る目を変えるべきである」というのは第七医院の陳志華院
長だ。「患者は新薬や輸入薬や特効薬をほしがるが、当院の医師は50元
という枠を考えて一般的な薬を処方している。しかし、これに不満を感じ
る患者もいて、我々も打つ手が無い状態です。」 (『市場報』2005年6月
10日) 



━━━━━━━━━━
電子化に戸惑う老人
━━━━━━━━━━

                  渡部 亮次郎

病院は日進月歩というほどでもないが、コンピュータ化に力を入れている。
私の通う小さな病院も厚生労働省の指導でそうしている。

カルテのコンピュータ化はまだだが、昔は考えられなかった検査装置が備
えられている。 

しかし、患者の半数を占める老人の中にはその内容が全く理解できない人
もいる。受付が受付器にカードを差し込んだだけでどうして完了するのか。
看護婦(師)に直接、申し出ないで診療科に通じているなんて、想像、も
できないらしい。 

モノいわぬ機械。それにカードを差し込むと、機械(コンピュータ)がカ
ードに入っている情報から氏名、年齢、住所、診療科目を読み取って、カ
ルテの管理所に、あなたが到着したという連絡を自動的にする。誰も歩い
ていかないのに? そう。 

この病院ではまだカルテのコンピュータ化ができていないから、係りの人
があなたのカルテを取り出して診療科に持参する。だから受付へあなたが
行かなくても看護師さんはあなたの到着を知って、待っているんですよ、
と言っても解らない。 

看護師って看護婦さんとどこが違うの、と聞いてくる老人も居る。男女差
別の話に脱線するから省略する。とにかく小さなカードに氏名、住所など、
見えもしないのに刷り込まれているなんてどうしても理解できない人が居
る。 

そのために病院では係りを2人も配置しているが、失礼ながら定年直前の
ご婦人だから老人にコンピュータというものを説明することは至難の業だ。
せいぜい、その都度、受付を代行するだけだから、老人は2ヵ月後にまた
もたつくばかりだ。 

私より12歳上の親戚の女性を案内して2ヶ月に1回の割合で検診に行くのだ
が、第一、血液検査が理解できないらしいのだ。昔は血なんて採らなかっ
た。それなのに今では「血液検査の結果がこうだから・・・なんて先生は仰
るけど、あちし(江戸訛り)の血をどうしたのよ」 

血液をコンピュータで分析すると、様々な病気がわかる。まず血がべとつ
いて病気になりかけていないか、心臓は普通に動いているか、肺はどうか、
肝臓はどうか、腎臓はちゃんと小便を作る作業をしているか、などなどが
判る。 

不思議なものね。つい何年か前までは先生は聴診器を体に当てて音を聞き、
手のひらを当ててトントンと叩いたもんだけど、最近の先生は聴診器を持
ってないわね。 

医学はレントゲンの発明、コンピュータの発明で革命的に進歩した。丸い
西瓜を割らなくてもタネがどこにあるかわかるように頭の中も割らずに判
ってしまうようになったのも、基はといえばコンピュータのお陰。 

昔から血液を細かく分析すれば健康状態を客観的に把握できるだろうとは
どの時代の医者も考えていただろうが、コンピュータが発明されるまでは
どうにもならなかった。 

だから、昔の名医とは想像力にすぐれた人に過ぎなかったと言えないか。
レントゲンはあっても血液検査も無い、CTスキャンも無いのに病名を当て
るというのは手品か奇跡に近い。 

件の老女はCTで「膵臓癌」を疑われたことがある。膵臓が馬鹿に太くなっ
ているというのだ。しかしさっぱりそれらしい症状は出てこない。そのう
ちに先生は別の病院の院長に栄転で行ってしまった。 

若い後任の先生は「これは元々太いのでしょうね」との御託宣。今のとこ
ろ、血圧降下剤の服用だけでどこも悪くない。彼女は7人きょうだいの6人
目。すでにたった1人の男兄弟にも先立たれたが2番目の姉と共に長生き競
争をしていたが、姉は7月12日に死んで1人になってしまった。 

「なんだか知れないけれど、医学の進歩はありがたいわね。だけどあの胃
カメラだけは厭だわね」というから、それも既にカプセル式になっていて、
水で飲み下せば良いのができた、何十万円もするので健康保険は利かない
けどね、といったら、驚いていた。 

薬品のみならずこうした医療機器の進歩は素晴らしいが、これらを作る会
社も素晴らしいものを作らないことには世界的な競争に勝っていけないか
ら、考えようによっては病人よりも真剣だ。 

結核を克服した。小児麻痺も克服した。レプラ然り。残っているのは癌の
克服だろうといっていたらエイズというわけの解らない病気が20世紀末に
人類を襲った。 

どの病気の克服が先になるかはわからないが、それを克服しないことには
製薬会社が潰れるから釈迦力になってやるしかない。いずれ成功する。し
かしまた新しい病気が出現するが。 

かくて医学はますますコンピュータを頼りにすることになり、病気によっ
て死に最も近いところに居る老人はますますワケがわからないまま医学の
世話になりっぱなし、というわけだ。〔了〕2005.07.18




━━━━━━━━
話 の 福 袋
━━━━━━━━

 雲泥の差、億万長者の炭鉱主と極貧の炭鉱労働者

【大紀元日本8月11日】中国大陸では、炭鉱労働者は極貧生活を強いられ
る一方で、炭鉱主らは、庶民の想像の域を超える贅沢三昧の生活をしてい
るという。中央社が報じた。

中国大陸の炭鉱労働者は安全対策が不十分な悪条件の労働環境で採掘し、
各種の炭鉱事故が後を絶たない。中国炭鉱の百万トン生産量あたりの死亡
者数は3人、米国は0.03人、ポーランドや南アフリカは0.3人であり、中国
の炭鉱労働者の死亡率は南アフリカの30倍、米国の100倍であることが明
らかになった、中国の炭鉱では少なくとも毎日15人の労働者が事故で犠牲
になっていると、今年6月25日の「明報」が報じた。

一方8月8日の「重慶朝刊」の報道によると、山西省は豊富な石炭資源地で
あるため、資産が一千万人民元(1元=14円)を超える炭鉱大富豪を数多く生
み出した。個人が所有するロールスロイスなどの高級外車は100台を突破
した。1999年以来の北京の国際モーターショーで超高級展示車を購入する
買主の大半が山西の炭鉱主である大富豪だという。

山西省の炭鉱主らが集団で高級ジープのハマーを20台購入したことが、一
時巷を騒然とさせる話題となった。太原市の某炭鉱主は3台の色違いのロ
ールスロイスを所有しているという。

炭鉱主の張氏は、4つの炭鉱を所有し、1日の収入が10数万人民元に達し、
年間純利益は億を超えている。個人資産は20億元で、15歳以上の家族は自
分の車を持っているし、一家で十数台の高級車を所有していると話してく
れた。

高級外車以外に、北京や、上海、天津、広州、深?、海南などの大都会と
リゾート地で、大富豪たちは豪邸購入にも大金を惜しまず、財力を競って
いる。

対照的に、炭鉱労働者の給料は非常に安く、辛うじて生活を維持出来る水
準で、最低の月給は1,000元である。(05/08/11 18:22)

 
━━━━━━━━
身 辺 雑 記
━━━━━━━━

これで16日正午まで休みます。政界も政治部も休みなしだ。久しぶり、厭
吉田茂による抜き打ち解散以来の真夏選挙というから、これを知る現役は
どこにも居ないだろう。戦後60年、昭和80年の夏は格別の暑さだ。

必殺仕掛け人を書いた池波正太郎が生きていたら、今の政治状況は恰好の
ネタになったろうに。

パソコン図上の校正は目が特に疲れます。加えて根がずぼらにできている
ものだから、校正には不向きな人間である。自分の原稿を自分で校正する
など至難の業なのである。東海林太郎の原稿は誤植だらけだったので、あ
えて再掲載させていただきました。お詫びします。

配信機構の都合により13日から16日まで休刊します

読後のご感想、ご投稿を切にお待ちしております。


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