政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

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頂門の一針 1289号  08・08・22(金)

2008/08/22

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  わたなべりやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」 1289号
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         平成20(2008)年8月22日(金)



                  米艦艇が黒海に入る:古澤 襄

                  最後の共産主義者逝く:宮崎正弘

                             日本人特派員を縛る協定:渡部亮次郎

              息子をドイツの徴兵に送って(2):永冶ベックマン啓子

                               戸締まり用心、火の用心:平井修一

                         話 の 福 袋
                         反     響
                         身 辺 雑 記


□■■□  ──────────────────────────□■■□
第1289号           
 
                              発行周期 不定期(原則日曜日発行)
             
               御意見・御感想は:
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米艦艇が黒海に入る
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          古澤 襄

グルジア情勢で何となく腰がひけている米国を見ていると、北朝鮮から
ミサイル攻撃を受けた時に、米国は日米安保条約による即応体制をとる
だろうかと、疑念を抱かざるをえない。

イラク・アフガンの混乱ですっかり自信を失った米国は、頼りになる同
盟国なのだろうか。同じことをロシアの周辺国家であるウクライナやポ
ーランドなど東欧諸国も感じている筈である。

ロシア海軍の艦隊基地がある黒海に、米海軍の艦艇2隻と沿岸警備隊の
巡視船1隻がグルジア支援物資を積んで入るというのは、一触即発の危
険を冒す批判があるかもしれないが、このところ優柔不断のきらいがあ
った米国としては、グルジアを見捨てない大きな意思表示となった。

<【ワシントン21日共同】米国務省のウッド副報道官代行は20日、グル
ジア向けの人道支援物資を輸送する米海軍の艦艇2隻と沿岸警備隊の巡
視船1隻が、地中海からボスポラス海峡を通過して近く黒海に入るとの
見通しを示した。

トルコ政府が通過を許可した。米軍は人道支援目的でグルジア国内で活
動しているが、ロシアが艦隊基地を構える黒海への艦艇派遣でロシア軍
をけん制する狙いもありそうだ。(共同)>



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最後の共産主義者逝く
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
     平成20年(2008年)8月21日(木曜日)
通巻第2297号  
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 華国鋒元主席が病逝、まっとうな共産主義者はこれで皆無になった
 共産党主流派は、キャピタリスト的商売人と利権取り次ぎ業者ばかり。
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華国鋒が死去した。87歳だった。

これで平等な社会主義実現をうたった共産党のなかに、まっとうな共産
主義者は居なくなり、中国共産党主流派は、キャピタリスト的商売人と
利権取り次ぎ業者ばかり。

非主流派に毛沢東礼賛を標榜して、予算獲得に走る守旧派やポストを死
守するだけの「大分県教育委員会的」なムラ社会があるだけである。

華国鋒死去のニュースを聴いたとき、小生は或る中国人精神科医が語っ
た衝撃的な談話を思い出していた。

1986年に『中国の悲劇』(山手書房)という本を上梓した(その後、89
年に天山文庫に収録されたが、いずれも絶版)。

北京礼賛本が書店に羅列された環境下で、この本はおおいに注目された
が意外に批判も多かった。中国を正面から批判した嚆矢である。

この拙著のなかに一章を割いて、中国から亡命してきた精神科医のイン
タビューを掲載している。

記憶が正しければ84年初秋に、『月刊現代』の元木昌彦・副編集長(当
時)と台湾へ行った折に、大陸から亡命してきた精神科医にインタビュ
ーした記録を再録したもの。
 
その医師の名は張文和(北京医学院精神衛生研究所副主任から81年に学
者交換プログラムで渡米、研修後、台湾へ亡命)と言い、当時の中国の
精神医学で最高権威の一人とされた。

私は2日間に亘って、この精神科医にインタビューを続けた。

 要点はー
 (1)中国はそのものが巨大な精神病棟である。

 (2)政治犯の多くはロシアのように精神病棟に送るのではなく労働
改造所へ送り込み、重労働に耐えられない知識人らはそこで死期をはや
めるという遣り方をとる。ロシアと比べて中国の方がはるかに残酷だ。

 (3)中国には精神病医がすくなく、多くの精神病棟というのは隔離
だけが目的。

 (4)共産党幹部が入院した場合は「別格」で「外人賓客」病棟に収
容される(文革中、外人が居なかったのに「外人賓客」と標榜したのも
不思議だが)。

張医師は、この折に華国鋒が自殺を図ったという内部情報を知った。自
殺をはかるというのは精神病理学的言えば精神のどこかを間違いなく病
んでいるからだ。

しかし同医師は華国鋒が入院したという話は聞かなかったと言った。

さて長く失脚したと信じられた華国鋒が6年前の第十六回党大会にふら
りと会議場に現れ、一言も発言はなかったものの、国家の幹部として最
高の扱いをうけていたことが分かった。

昨秋の第十七大会には「特別ゲスト」、人民服であらわれた。

博訊新聞網などによれば最晩年は揮毫を求められると雄渾な書をものに
したと言い、また毎朝、毛沢東の写真に3度、深くお辞儀をするのが日
課だったそうな。



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日本人特派員を縛る協定
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          渡部亮次郎

中国特派員を雁字搦めに縛る協定の存在を知っていますか。この協定が
あるので、中国に派遣されたわが国特派員たちは取材の自由をまったく
失い、監視されつつ、国外追放処分に怯えながら記事を送って来る。

その記事が往々にして中国のお先棒か次の色彩を帯びたり、ゴマすりだ
ったりする事は当然である。国外退去ともなれば中国語記者はそれで人
生を閉ざされるのだから神経のやせ細る思いで自己規制に身を更に削る
のである。

日中記者交換協定がそれである。一般の人は見たことも聞いたことも無
いはずである。だが日本と中国の間で取り交わされた、日中双方の記者
を相互に常駐させる取り決めのこと。正式名は「日中双方の新聞記者交
換に関するメモ」は厳然として日本を縛っているのである。

!)日本政府は中国を敵視してはならない

!)米国に追随して「2つの中国」をつくる陰謀を弄しない

!)中日両国関係が正常化の方向に発展するのを妨げない

すなわち、中国政府(中国共産党)に不利な言動を行なわない・日中関
係の妨げになる言動を行なわない・台湾(中華民国)独立を肯定しない
ことが取り決められている。

違反すると、記者が中国国内から追放される。中国に対する正しい報道
がなされていないと批判があるのはこの協定のためだ。

始まりは国交正常化前の1964(昭和39年4月19日、当時LT貿易を扱ってい
た高碕達之助(元通産大臣)事務所と廖承志(早稲田大学卒業)事務所
が、その会談において、日中双方の新聞記者交換と、貿易連絡所の相互
設置に関する事項を取り決めた。

会談の代表者は、松村謙三・衆議院議員(自民党)と廖承志・中日友好
協会会長。この会談には、日本側から竹山祐太郎、岡崎嘉平太、古井喜
実、大久保任晴が参加し、中国側から孫平化、王暁雲が参加した。

要するに日中国交正常化に弱腰な自民党政府にシビレを切らした新聞、
通信、放送各社が自民党内親中派の松村氏らの尻を叩いて結ばせた民間
協定である。

記者交換に関する具体的な事務は、入国手続きを含めて廖承志事務所と
高碕事務所を窓口として連絡し、処理する。 

交換する新聞記者の人数は、日中とも8人以内とし、1社1人の記者を
派遣することを原則とする。

第1回の記者の派遣は、1964年6月末に実現することをめどとする。 記
者の相手国における1回の滞在期間は、1年以内とする。 

相手方新聞記者の安全を保護するものとする。 取材活動に便宜を与える
ものとする。(嘘吐きは協定の始まり)。

双方の記者は駐在国の外国新聞記者に対する管理規定を順守するととも
に、駐在国が外国新聞記者に与えるのと同じ待遇を受けるものとする。
相手側新聞記者の通信の自由を保障する。 

かねて周首相と松村氏との間に意見一致をみた両国友好親善に関する基
本5原則、すなわち両国は政治の体制を異にするけれども互いに相手の
立ち場を尊重して、相侵さないという原則を松村・廖承志会談において
確認し、この原則のもとに記者交換を行なうものである。 

協定は猫を被っていた。1966年に走資派排除の文化大革命が始まるとキ
バを剥き始めるが,日本側はそれも受け入れてしまう。佐藤栄作内閣下の
1968(昭和43)年3月6日、新聞記者の相互交換についても、発表した会
談コミュニケに示された原則を遵守し、日中両国民の相互理解と友好関
係の増進に役立つべきものであると一致して確認した。

問題はコミュニケの内容である。

「双方は、日中両国は近隣であり、両国国民の間には伝統的な友情があ
ると考え、日中両国国民の友好関係を増進し、両国関係の正常化を促進
することは、日中両国国民の共通の願望にかなっているばかりでなく、
アジアと世界の平和を守ることにも有益であると認めた。 

中国側は、われわれの間の関係を含む中日関係に存在する障害は、アメ
リカ帝国主義と日本当局の推し進めている中国敵視政策によってもたら
されたものであると指摘した。 

日本側は、中国側の立場に対して深い理解を示し、今後このような障害
を排除し、日中関係の正常化を促進するために更に努力をはらうことを
表明した。 

中国側は、中日関係における政治3原則と政治経済不可分の原則を堅持
することを重ねて強調した。日本側は、これに同意した。

双方は、政治経済不可分の原則とは、政治と経済は切りはなすことが出
来ず、互いに関連し、促進しあうものであり、政治関係の改善こそ経済
関係の発展に役立つものであるとの考えであることを認めた。 

双方は、政治三原則と政治経済不可分の原則は、日中関係において遵守
されるべき原則であり、われわれの間の関係における政治的基礎である
と一致して確認し、上記の原則を遵守し、この政治的基礎を確保するた
めにひとつづき努力をはらう旨の決意を表明した」。 

池田内閣よりタカ派の佐藤内閣を意識し、国交正常化に悲観的になった
中国側の高姿勢のコミュニケを呑まされた上に、「記者交換の人数をそ
れぞれ8名以内からそれぞれ5名以内に改めることに一致して同意した」
のである。

このように協定は日本側は記者を北京に派遣するにあたって、中国の意
に反する報道を行わないことを約束したものであり、当時北京に常駐記
者をおいていた朝日、読売、毎日新聞、NHKなどや、今後北京に常駐を希
望する報道各社にもこの文書を承認することが要求された。

以上の条文を厳守しない場合は中国に支社を置き記者を常駐させること
を禁じられた。

この協定に関連して、文化大革命期に産経新聞を除く新聞各社は、中国
当局からの台湾支局閉鎖の要求をのんで中国に支局を開局したという経
緯がある。

国交の回復した以後の1974年1月5日には両国政府間で日中貿易協定が結
ばれ、同日には「日中常駐記者交換に関する覚書」(日中常駐記者交換
覚書)も交わされた。 現在に至るまで、中国へ不利な記事の報道や対中
ODAに関する報道は自粛されている。

日本政府が中国側記者を国外退去処分にした事はいまだ嘗て無いが中国
からの国外退去処分の事件はある。産経新聞の北京支局長・柴田穂は、
中国の壁新聞(街頭に張ってある新聞)を翻訳し日本へ紹介していたが、
1967年追放処分を受けた。この時期他の新聞社も、朝日新聞を除いて追
放処分を受けている。

<■唸声日本/産経新聞・斎藤勉編集局長、大いに語る 

当時の北京支局長・柴田穂氏は壁新聞(当局に都合の悪いことも)を次々
と翻訳し日本へ紹介、1967年産経・毎日・読売の追放、1970年共同追放
で朝日新聞以外は全ていなくなった。

1998年、31年ぶりに特派員の再開となるが、これは中国側からの要望で
もある。特派員追放からは台北から大陸情報を得ていたので中共ご用達
の朝日とは違った情報を掴んでいた。これが中共の癇に障ったための再
開でもある 

当初、中国側は台北支局を閉じ、北京支局にまとめることを条件として
いたが、これに産経は応じず、中国総局(北京4名・上海1名)との呼称で
譲歩をみせた。台北支局より総局が上と言う中国人の面子を利用したの
である。>。2007/09/24  00:17

80年代には共同通信社の北京特派員であった辺見秀逸記者が、中国共産
党の機密文書をスクープし、その後処分を受けた。

90年代には読売新聞社の北京特派員記者が、「1996年以降、中国の国家
秘密を違法に報道したなどとして、国外退去処分を通告された。読売新
聞社は、記者の行動は通常の取材活動の範囲内だったと確信している、
としている。

要するに国交正常化(1972年)以後、中国における日本人ジャーナリスト
の活動は制限を解かれたとするのは全くの誤解であり、取材の自由は殆
ど無いことに変わりは無い。

国交正常化前に他社を出し抜いて特派員を派遣したいとかいた欲の足元
を見た中国側の「勝利」であり、日本側各社はいうなれば自業自得とし
かいいようが無い。福田康夫内閣の叩頭外交を批判できないのも、その
延長上だからである。2008・08・17
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)



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息子をドイツの徴兵に送って(2)
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          永冶(ナガヤ)ベックマン啓子

息子茂ベンジャミンは、昨年1月に18歳となり、6月下旬 ミュンヘンの
インターナショナル スクールMISの高等部を卒業して、直ぐ7月から、
適性検査2の成績で、 義務兵役をスタートした。(適性検査のベスト
は1であるが、4、5は免除され、1,2が兵役を薦められ、3はケー
スバイケースとなるようだ)。彼の適性は衛生関係と出たが、本人は気
に入らず、「自分を管理する事をまず勉強しなさい」、と父親からの言
葉がおおきく、自ら兵役を志願した。

「これから3ヶ月間、体力の限界まで鍛えるから、その覚悟をして置く
ように!」との上官の言葉で、全員緊張してバードライヘンハルの兵舎
でオリエンテーションを受けて、より良い国民に成れる為に、若い兵士
の為の厳しいと言われる3ヶ月間の基礎訓練が7月からはじまった。

初日、かなり長髪だった髪の毛を5mmに切り、(3mm以下だとネオ
ナチスのメンバーと疑いがかかるので、禁止されているそうだ)グレー
の制服、迷彩色の制服、Tシャツ、帽子、靴、下着、トレーナー上下、
寝巻き、リュックザック、タオル、ナイフ、小銃、そこでの生活に必要
なものは全て分配され与えられた。一部屋5名で階段ベッドが3つ入っ
た古い兵舎での共同生活である。

朝 起床時間は、4時45分、就寝は22:30分、(寝るのが遅くなっても起
床時間には例外なし)、その間1日の時間割があり、リーダーの誘導に従
い全てかけあしで規律正しく素早く行動し、上下関係を大切にし、規則
を守り、秩序正しい言動や態度が要求される。 挨拶、報告、確認 の
仕方を練習する。

夕刻は、自由時間があるというが、ラジオは許可されているものの、テ
レビは禁止となっている。

銃磨きと、靴磨きは毎日で、完璧なベッドメーキング、Tシャツやタオ
ルのたたみ方をおそわり、整理整頓を徹低的にしなくてはなんらないと
いう、

部屋の掃除、窓ガラスはピカピカに磨き、換気も毎日行い、毎日コント
ロールがあるので、誰もボーとしているわけにはいかない。やり方が不
完全だと、いくら個人主義の国とはいえ、この時ばかりは共同責任で、
全員1時間居残りでやり直しもあるという。

ベッドの横には、個人のロッカーがあり、その中の整理整頓が大切な訓
練の1つとなっている。廊下に、完璧に整理整頓された見本のロッカーが
置かれ、このようにしなさいと言われ、ロッカーの中も毎日コントロー
ルがあると言う。

Tシャツは、A4の大きさにピタリとたたみ、しかも前に折りたたみの皺
が出来ないようにして、一髪乱れぬように積んでおく。

掃除、清潔好きで、整理整頓が上手いのは、ドイツ人が文化のバロメー
ターとしているところである(どこのドイツの会社、工場、家庭訪問を
しても見事な整理整頓と掃除が行き届き、清潔度が感じられる)。

特に戦争時においては、秩序、規則、整理整頓が守られていなければ、
命に関係してくることになるのだろう。

しかし、どうして、今もここまで整理整頓や秩序、清潔、規律とドイツ
人は何かに憑かれたように言うのだろうかと、家族で話したことがある。

過去の汚れを取り消したいと、掃除をせざるを得ない、深層心理が働く
のだろうか、あるいはドイツの美学なのかとも考えた。

書類や、身の回りの品物の整理整頓が出来ていれば、つまり秩序が守ら
れていれば、イザと言う時には、自分の物が全て管理出来ているから、
探す必要もなく、必要なものがサッと用意できる。無駄もストレスもそ
こにはない。

頭の中も整理でき、何よりも自分を助け、自分の人生を楽にする事に繋
がる。

整理整頓は、大きな自己管理能力の1つとなり、どんな仕事でも基礎はま
ずここから始まる。過去に、盲目的に、また無責任にヒットラーやナチ
ス幹部、または神を信じて行動した結果、大きな裏切りを体験し、自由
と自己責任の大切さを痛烈に敗戦後の総括の中で自覚し、ドイツ国民に
学ぶ機会を与えたのだと思う。

自分の大切な人生を、貴方任せにしないで、自分で自己管理をしなさい
という事だ。それが民主主義の原点の1つだと考えるわけだ。

ミュンヘンの市民は、50%は1人住まいであるというデーターがある。

離婚率も50%、男性の独り住まいも多いが、兵役を体験した男性では、
男やもめに蛆がわいたり、カビやきのこが生えたりする事はないようだ。

女性もほぼ全員職業を持ち、経済力がある。(つづく)

(ながやベックマンけいこ 在独ミュンヘン)



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戸締まり用心、火の用心
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                   平井 修一

1904年(明治37年)2月に開戦し、18か月にわたって戦われた日露戦争は、
ロシアにとっても衝撃であった。クリストファー・ヒル著「レーニンと
ロシア革命」(1947年刊)にはこう記されている。

<1905年には、日露戦争が陸上でも海上でも相次いで破局を重ねていた。
専制政治の無能と腐敗は非常な規模で露呈された。社会のあらゆる階級
が、自由でも能率的でもない制度に愛想を尽かしていた。・・・

ストライキと関連して1905年1月22日の、あの決定的な事件が起こった。
奇妙な極めてロシア的な人物、半ば社会事業家で半ば警察スパイともい
うべきガポン僧正が、労働者のデモを率いて、皇帝に対し、苦しみをや
わらげ、憲法を制定してほしいと嘆願した。

デモ隊が冬宮に近づくと、機関銃とライフル銃の砲火によって行進は阻
止され、ついでコサック騎兵が哀れな群集を踏みにじった。約1000人の
死者とさらに多数の負傷者が出たということである。この「血の日曜日」
はサンクトペテルブルグの労働者階級の心理状態を一変させた。>

第一次ロシア革命の幕が切って落とされ、1917年からの第二次革命でレ
ーニンは権力を掌握、巨大な悪の帝国、ソビエト連邦が誕生する。

ソ連にとって民族問題への対応は最初からダブルスタンダードだった。
対外的には民族自決を主張し、ソ連の国益に沿えばそれを支持した。

<レーニンは、「植民地・従属国の人民の民族自決の要求は、植民地の
労働者階級だけでなく、本国の労働者階級の利益のためにも必要である」
と論じた。

・・・ロシア人以外の民族が平等な市民として取り扱われ、彼らの領土
が住民の要求次第で分離したり、自治領になったりする権利が認められ
るまでは、ロシアに真の民主主義を打ち立てることはできないとレーニ
ンは信じていた。

他民族を力で押さえつけるために軍隊による占領が必要になり、そこに
民族的憎悪が生まれる(と警告した)>

こう言いながらも、ソ連の国益に合わなければ反対あるいは無視したし、
ましてやソ連からの分離は許さなかった。

<レーニンは、社会主義諸国家のますます大規模な連合体が成立するよ
うになるだろう、と信じていた。だが、分離に対する社会主義政党の態
度は社会主義の利害の見地から決定されるべきだとレーニンは考えた>

ソ連の専制政治を引き継いだプーチンKGB帝国が、独立したグルジア
に軍事介入した。軍事力に物を言わせて、スキあらば南オセチアとアブ
ハジアを帝国の傘下に納めようとしている。

国益に叶えば民族自決権を好き勝手に解釈し、他国の主権を侵すことも
ためらわない。米国やEUをはじめとする国際社会はなす術もない。こ
れが世界の現実なのだ。

中共は台湾、日本を虎視眈々と狙っている。ロシアは武力で奪った四島
を握って離さず「第二次大戦の結果だ」とうそぶいている。軍事力で取
ったのだから、取り戻したければ軍事力でどうぞ、と言わんばかりであ
る。

笹川良一は「戸締まり用心、火の用心」とキャンペーンを張ったが、誠
に至言だ。「武」がなければ侮られる、つけ込まれるのである。ツァー
リ崩壊の一翼を担った日本は、プーチン王朝の幕引きにも一役を演じた
いものである。



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話 の 福 袋
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 ◎マケイン氏がオバマ氏を逆転 グルジア紛争対応も影響 米世論調


【ワシントン=山本秀也】米世論調査機関ゾグビー社とロイター通信が
20日公表した米大統領選候補の支持率調査によると、共和党の候補者
に内定しているマケイン上院議員がこれまでの劣勢を覆し、民主党のオ
バマ上院議員に5ポイント差でトップとなった。

他の調査でも、オバマ氏の支持率が急落しており、来週以降に相次ぎ開
かれる民主、共和両党の全国大会を控え、選挙情勢は予断を許さない状
況となってきた。

ゾグビー社などの調査では、マケイン氏の支持率は46%(前月比6ポイ
ント増)、オバマ氏は41%(同6ポイント減)だった。前月調査では、
ヒラリー・クリントン上院議員との党内争いに競り勝ったオバマ氏がマ
ケイン氏に7ポイントの大差をつけていた。

米CNNテレビの調査でも同日、マケイン氏は支持率44%と、オバマ氏
の45%に1ポイント差まで詰め寄った。先月中旬の同テレビ調査で、オ
バマ氏は8ポイント差でマケイン氏を突き放していた。

マケイン氏はこれまで経験不足が指摘されていた経済政策の指導力で、
オバマ氏に9ポイントの差をつけ、期待度が高まっている。

ガソリン小売価格の先高傾向を見越し、海底油田の開発強化を訴えるマ
ケイン氏の姿勢が広くアピールした半面、オバマ氏は開発容認に傾いた
結果、環境問題を重視する民主党リベラル派の支持が下がる皮肉な結果
となった。

グルジア紛争で国際安全保障への関心が高まったことも、軍事・安保政
策に強いマケイン氏への追い風となっている。紛争の最中に休暇を取っ
ていたオバマ氏には指導力への不安感が指摘されている。
 8月21日10時29分配信 産経新聞



 ◎肥満防止でファストフード出店禁止へ 米ロサンゼルス

【ロサンゼルス=松尾理也】肥満防止のためにファストフード店の新規
出店を1年間禁止する条例案がロサンゼルス市議会で可決され、論議を
呼んでいる。

同様の措置を求める動きは他都市にも波及しつつあり、レストラン業界
団体は「ファストフード店だけが肥満の原因ではない」と、条例化を阻
止する構えだ。

ロサンゼルス市議会で20日までに可決された条例案は、低所得者が多い
南ロサンゼルス地区で住民の肥満が目立つことを受け、同地区へのファ
ストフード店の新規出店を1年間禁止するというものだ。市議会では先
月末に全会一致で可決され、現在市長の署名待ちとなっている。

特定の形態の飲食店を禁止する条例は全米でも初めてとみられる。ロス
市当局の調査によると、南ロサンゼルス地区の成人の肥満者率は30%、
同地区の飲食店に占めるファストフード店の割合は73%と、いずれも市
内の平均を大きく上回っている。

同様のファストフード店出店禁止条例案はカリフォルニア州のサンノゼ
市議会でも提案されており、他都市にも広がりつつある。

これに対し、全米レストラン協会は「肥満の原因は複合的で、ファスト
フード店だけが標的にされるのは不公平」と反発している。

肥満者の増加は米国で大きな社会問題となっている。米市民団体「アメ
リカの健康への信頼」(本部ワシントン)の調査では、成人人口の3分
の2が太り気味か、肥満とみられている。

1980年には、全米の肥満者率は15%に過ぎず、91年の段階でも20%を超
える州はなかったが、現在では、28州で肥満者率が25%を超えていると
いう。8月21日10時23分配信 産経新聞

 

 ◎西濃運輸の健保組合、解散  高齢者医療改革で負担増

物流大手、セイノーホールディングス(岐阜県大垣市)傘下の西濃運輸
などグループ企業31社の従業員や扶養家族、約5万7000人が加入して
いた西濃運輸健康保険組合が8月1日付で解散していたことが21日分かっ
た。

今年4月に実施された高齢者医療制度の改革で、制度を支えるための負
担金が大幅に増え、継続が難しくなったという。倒産以外で大きな健保
組合が解散するのは珍しい。

高齢者医療改革では、前期高齢者(65−74歳)の医療費に関する負担金
が導入された。このため、負担金の増加で1500ある健保組合のうち約9
割が赤字になる見通しとされ、今後、健保組合の解散が相次ぐ可能性も
ある。

西濃健保の加入者はすでに、国が運営し主に中小企業のサラリーマンが
加入する政府管掌健康保険(政管健保)に移った。政管健保に対しては
国から補助が出ており、セイノーの健保組合と同様の動きが広がれば、
国民負担の増加につながりそうだ。2008/08/21 12:19   【共同通信】



 ◎早明浦ダムが4次制限  0年以来、貯水率16%   

水位の低下が続く四国の水がめ・早明浦ダム(高知県)は21日、第4次
取水制限を始めた。2005年以来で、香川用水向けに60%、徳島用水向け
に22%、供給をカットする。

21日現在の貯水率は16%(平年81%)。ダム湖に水没した旧大川村役場
も姿を現した。このまま少雨の状態が続けば、28日ごろ貯水率がゼロに
なる。

香川県によると、21日現在、県内6市3町で減圧給水を実施。高松市で
は、市内に給水基地4カ所と応急給水所16カ所を設置し、断水に備える。
市内8カ所の公営プールも、水事情が回復するまで休業。

ダムの水が底をついた場合、発電専用水を水道用に転用し放流。ダムに
は現在、発電専用水が約2600万トンあり、全量を転用すれば約78日間、
水道水が確保されるという。徳島新聞 2008/08/21 09:15  



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反     響
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 1)TVニュースを見ましたが、店のカウンターの洋酒ビンがほとんど割
れていました。この写真を新聞に載せずに伊良部のシュンとした様子で
はつまらない。

中生20杯のパワーを遺憾無く発揮した証拠が欲しかった。個人的な好奇
心から言えば、殴られた店長の様子が見たい。店長曰く「死んだかと思っ
た」は生々しい表現。

店の立場で考えるとブラックカードもプラチナカードも関係ない。どん
な凄いカードよりも現金が一番でしょうね。カードは売上が税務署に捕
捉されるし、手数料だってバカにならない。中国のように偽札が跋扈し
ているところでは現金も怖いが・・・。

半年以上前にやめてしまったLAのうどん屋「SUPER UDON」のチェーン店
の一つ
http://pomeshiba.exblog.jp/5296064/

メニュー↓
http://www.sporq.com/torrance/superudon/21008hawthorneblvd

LAでの動画(日本語)↓
http://www.dailymotion.com/video/x2znr6_news

唸声
北京で車両爆発テロ、二十数名が負傷
http://datefile.iza.ne.jp/



 2) > 店の立場で考えるとブラックカードもプラチナカードも関係な
い。どんな凄いカードよりも現金が一番でしょうね。カードは売上が税
務署に捕捉されるし、手数料だってバカにならない。中国のように偽札
が跋扈しているところでは現金も怖いが・・・。 ↓

クレディットカードの番号を盗まれる危険性が我が国では余り知られて
いないと、その道の権威にアメリカで聞かされました。

偽造カードのような犯罪として摘発されるような危険性があるものでは
なく、もの凄いプロがいるのだそうです。

それは、例えばホテルのフロントなどでカードを表向きにして出すとこ
ろを、何食わぬ顔で近くから見て、一瞬のうちに全てを覚えるのだそう
です。またはカード番号だけでも何とかなる場合があると聞きました。

この手法はATMでも使われるそうで、油断も隙もないから十分に注意せよ
と警告されました。対策はカードを出す時には下向きというか裏返しに
することだそうです。知らぬ間に番号を盗まれたというのはこれでやら
れたと思えと。

かと言って、日本のように人前で現金を、これ見よがしでもなくても、
取り出して支払をするのは「狙ってください」と言っていると同様と、
何度も聞かされました。

すなわち、「他人のいる前で財布を出すな」だそうです。日本は安全だ
がとも言われました。だが、日本に来た連中は信じません。

私は絶対に人前で出さなかった、会社に支給されたATTのクレディットカ
ードの番号を盗まれました。この番号は必死で記憶して誰にも聞こえな
いようにしてオペレータに言うか、ホテルの部屋の中でしか使っていま
せんでしたが。盗まれた番号は幸運にもリタイヤーしてから南米で使わ
れたので、会社が保険でカバーした由でした。カードは退職時点で返却
済みでした。

一説には「ホテルでも交換台(オペレータ)を通してATTに繋げば、そう
する以外ないのですが、そこでも盗まれる危険がある」とあります。

こういう危険に常に取り囲まれているのがアメリカであれば、我が国は
まだまだ安全ですな。でも油断は禁物か!以上 前田正晶



 3)ご支援をいただきました8月期英語指導法研修会は8月20日、東
京都千代田区の日本教育大学院大学を会場に、無事終了しました。

 のフォーラムは「頂門の一針」などでもご紹介いただいたことも功を奏
し英語教育界にも徐々に浸透してきていますが、今回は70名を越す中
・高校の英語教師や、将来英語教師を目指す大学生・大学院生が参加し
大盛況でした。

英語教育に対する期待は、今や上級学校への進学を目的とした学習から、
社会に出て活躍するための言語として日本語同様に使えるようになるこ
とが望ましいと、国をあげてその指導法改善に取り組んでいるところで
す。

 誰がなんと言おうが、わが国において英語教育の基盤は学校での英語指
導にあります。これまではそれが中学校から始まったものですが、今度
の学習指導要領からはそれが小学校高学年から必須化されることで、そ
れについては賛否両論が渦巻いたことはご存知の通りです。

今回その論議は別にして、この日の講師は筑波大学附属中学校の久保野
りえ先生と、府中第二中学校の田口徹先生。お二人の先生ともに、現在
わが国の英語教育の第一線で活躍していることで広く知られています。

久保野先生は2004年のパーマー賞を受賞し、また田口先生は、東京都教
育委員会がすすめる教師道場で中学英語の指導者としても知られます。
それだけ数々の情報をお持ちで、その一つ一つを指摘し解説を加えるこ
とで、臨場感溢れる講座が展開されました。

お二人の先生ともに、私はごく普通のことをやっているのですと自己紹
介をしていますが、共通したところは、実に綿密な指導計画を立て、そ
れに基いて具体的に指導法を組み立てますが、時と場合によってはそれ
を大胆に切り替えたり負荷したり、また微細な軌道修正を常にしながら
指導を展開していくということでした。

そのためには、クラスの生徒ひとりひとりの力や性格をじつによく観察
し、把握しているということです。生徒を知らずして学校教育は成り立
たないことが、お話の端々に感じられました。

そして話し口調がじつに明確で明るい声で問いかけることも、共通した
指導法です。たしかに暗い陰鬱な声で語りかけられても、それは生徒の
頭の上を素通りするだけで消えてしまいます。

先生たちの透き通った弾むような明るい声は、生徒に、さあ勉強するぞ
という気持ちを鼓舞し、それは学習行動としての成果として跳ね返って
くるのです。

そしてこういう教師の語りには夢があることに気付きました。英語を勉
強して身につけると、新しい世界が広がる夢を知らず知らずのうちに見
ている感じになるのです。英語は繰り返しだと田口先生は何回も話して
いました。

繰り返しは結局飽きるわけですが、それを飽きさせない指導が授業力に
つながるというものでした。まさに生徒を引きつける指導法こそが教師
が真剣に学び取り組む術であると、この日二人の先生は熱く語ったもの
です。感動的な研修会でした。教育情報プロジェクト  大釜 茂璋 



 4)団体競技では全て女性が立派な成績を残した。特にソフトボール
・ティームは偉い。体格や力の差をものともせずに、アメリカに勝って
優勝したのだから。ヴァレーボールも5位だったし、ホッケーも善戦健闘
だった。

上野由岐子投手の2日間3試合連投などは、今更「無茶だった」などと問
題にしたら失礼だと思わせてくれた素晴らしさだった。試合中は折角の
最小のリードをホームランでひっくり返されないようにと、ハラハラし
通しだった。彼女たちもその圧力と戦い続けたのだろう。

最後の7回裏などは(もしも何かあったらいけないとの思いで)見ている
のが怖かった。2アウトになった時は他局を見ていた。再び4チャンネル
に戻せば全員が集まって喜び合っていたので本当に安心した。全く応援
団と化していた解説の宇津木さんの何を言っているか解らない絶叫が聞
こえた。

この勝利に技術論だの精神力がどうのとは言わない。「やってやろう」
という全員の心が、気迫がアメリカを圧倒したと思っている。オスター
マンという先発投手が如何にも「やりにくい」という不安げな表情だっ
たのが「勝ち」を暗示していたのだと、今にして言える。

一方、サッカーは残念ながら力負けだったが、宮間が終了後に「疲れで
たっていられなかった」といったと報じられていた。そこまでやってく
れたのだから文句はない。立派な成績である。よくぞあそこまでやって
くれた。

少しだけ敗戦を分析すれば、ここにも「身体の大きさの差」ないしは
「足の長さの差」が顕著だった。すなわち、ドイツの守りは素早く身体
を寄せて競り合い、大きさで圧倒する形で日本女子を最後まで抑えきっ
た。

これでは日本女子が如何に頑張ってもその差を補って抜き去り、フリー
でシュートに持って行けなかった。しかも思わぬところまで足が伸びて
きてシュートもパスもカットされてしまうのであった。勇敢に当たりに
行っても、あの大きさに勝てなかったのだ。

それに欠点を言えば、再三指摘してきた味方同士で自陣で回す横パスの
蹴り方が弱すぎて、相手に早めに寄せられ、狙われた。あれでは読まれ
る。ドイツは案外そこを最初から狙っていたのではなかったか?そして
インターセプションとなった。私はパスが足下に来るまで待っている悪
癖とともに、反省点であると見ている。

私に特定の選手に敢闘賞を出せと言われれば、躊躇わず全員にと言いた
い。だが、先ずは宮間と近賀に捧げたい。近賀にはあのニュージーラン
ド戦での自分のゴール前での大きなミスはあったが、試合ごとに伸びて
いるのが目立った。積極性を評価したい。宮間はキックも正確だが、兎
に角上手いではないか。それで十分。

ところで、振り返れば男子では団体競技では参加したのがサッカーの
U-23とヴァレーボールと野球だけだった(と思う)。ここまでの結果で
は、初めの2つは遺憾ながら全敗。

野球があるではないかと言う声もありそうだが、本日の対戦相手の韓国
に勝って初めて3位以上である。何でこれほど振るわないのかを良く分析、
反省して欠点を速やかに是正して貰いたい。

さて、オリンピックは日本が出場する種目に限定されるとはいえ、これ
だけ多くの競技と、全世界から参加する強豪から弱小ティームまでを一
度に見ることができる点に、私は惹かれている。でも、「日本女性は偉
い」と言って終わる。 以上 前田正晶 



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身 辺 雑 記
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<見方を変えたらスポーツほど勝ち負けに拘る世界は無い。・・・わたし
はもう10年ぐらい前から、スポーツを殆ど見ていない.(渡辺淳一=週刊
新潮8月28日号)。わたしがバッターボックスに立ったのは30年前。見
るのは嫌い。まして評論を読みたくは無い。

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