政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

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頂門の一針 1281号  08・08・14(木)

2008/08/14


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  わたなべりやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」 1281号
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         平成20(2008)年8月14日(木)



                               トリビシで連帯の大集会:古澤 襄

                                  これこそ歴史的快挙!:石岡荘十

                                   敗戦前夜の猛爆撃:渡部亮次郎

                                     食品添加物の恐怖:寺田嘉信

                   「アメリカの鏡・日本」:須藤尚人

                         話 の 福 袋
                         反     響
                         身 辺 雑 記


□■■□  ──────────────────────────□■■□
第1281号           
 
                              発行周期 不定期(原則日曜日発行)
             
               御意見・御感想は:
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トリビシで連帯の大集会
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         古澤 襄

<【トビリシ13日共同】グルジアのサーカシビリ大統領は12日深夜から
13日未明にかけ、トビリシ訪問中の欧州連合議長国フランスのサルコジ
大統領と会談し、サルコジ氏が示した南オセチア自治州の紛争解決に向
けた6原則に合意した。

既にロシアも同意し、両国の戦闘は開始から5日ぶりに停止する見通し。
合意は、軍事行動停止、グルジア軍は常駐地域へ撤退、ロシア軍は戦闘
開始前の地域へ撤退−など。>

<【トビリシ小谷守彦】グルジアの首都トビリシで12日、ロシア軍の
撤退を求める約10万人規模の大集会が開かれ、ポーランドやウクライナ
など5カ国の近隣国の首脳が参加、グルジアへの連帯を表明した。

参加したのは、ポーランドのカチンスキ大統領、ウクライナのユーシェ
ンコ大統領のほかバルト3国の各首脳。サルコジ仏大統領は市内に滞在
していたが、出席しなかった。

グルジアのサーカシビリ大統領がまず「グルジアは国家の統一性を守る」
と演説。これに続いてカチンスキ大統領は「ロシアが占領しようとして
いるグルジアは欧州でもある」、ユーシェンコ大統領は「最後に勝つの
は自由だ」などと述べ、ロシアの軍事介入に反対した。

カチンスキ大統領はワルシャワを出発する際、記者団に「武力攻撃の犠
牲となった国に連帯を表明する」とグルジア支援を宣言し、「ロシアは
その正体を現した」とロシアを批判した。

連日開催されている大集会は、この日は昼下がりと夜の2回にわたり開
催。国立図書館司書のトルコシュビリさん(50)は「グルジアが民主国
家であることをロシアが納得すれば状況は変わる。私たちは平和を望ん
でいる」と力説していた。(毎日)>

2つのニュースはグルジアのトリビシから送られてきたが、国際紛争は
軍事力だけがすべてでないことを示している。といってグルジアの紛争
は、ロシアが拒否権を持つ国連では頼りにならない。

そこでポーランドやウクライナなど近隣5カ国が、トリビシで10万人集
会を開いて、ロシア軍撤退求めた連帯行動は大きな意味を持ってくる。

ロシアも停戦に応じたので、最悪の事態になることは避けられた。しか
しロシアとグルジアの不信感はぬぐい去ることが出来ない。グルジアは
ますます欧米に傾斜するだろう。完全な停戦合意まで、まだ紆余曲折が
ありそうである。



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これこそ歴史的快挙!
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                   石岡 荘十

先日、北京五輪でフェンシング・女子フルーレで菅原智恵子(31=宮城
ク=)が、7位に入賞、歴史的快挙だとお伝えしたが、“番狂わせ”はこ
れで終わらなかった。

8/13、今度は男子フルーレで、太田雄貴(22=京都クラブ=)がメダ
ルをもぎ取ったのだ。しかも、銀。

日本のフェンシングでは団体・個人を通じてこれまでの最高は、東京五
輪での男子フルーれの4位。それが今回は、決勝でドイツのクライブリン
クを追い上げながら9-15で惜敗したものの、メダルを獲得したのは、昭
和11年、日本フェンシング協会発足(戦時中の昭和18年一時解散、戦後
22年再発足)以来、初。文句なしの、歴史的快挙だ。その模様は、8/13
夜、9:55から放送された。

それに先立つ準決勝の雄姿は下記。準々決勝でもドイツ選手を破って4
強にコマを進めた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080813-00000048-kyt-l26

太田選手は、大津市生まれで、平安(現龍谷大付属平安)高、同志社大
出身のまだ22歳、アテネ大会で9位、ロンドンでもまだいける年頃だ。

ところで、フェンシングはオリンピック競技としては第1回大会からあ
る歴史と伝統のある種目で、ヨーロッパではもっとも一般的なスポーツ
だ。現在フランスの国技となっており、競技はフランス語で行なわれる。

アンガ(構え)、アレ(始め!)、アルト(止め)というのが、基本的
な用語だ。

筆者がやっていた40年前は、いまのような電気審判器はなく、選手2人の
競技に副審4人、主審1人が目で判断する。つまり、競技者2人に審判5
人という変なスポーツだったが、最近ではメタルジャケットに剣先を一
定以上の強さで押し付ける(ポイントという)と、ランプが点灯する仕
掛けになっていて、これにより誤審が少なくなった。

快挙を成し遂げた菅原、太田はフルーレだが、男女で有効面が異なる。
基本的には腕と顔を除く上半身だが、男子は臍下のデルタも有効なのに
対し、女性は無効である。

さて、競技種目としてのフェンシングにはフルーレのほかに「エペ」と
「サーブル」があるが、フルーレとエペは「突く」のが基本だ。

エペは遡れば決闘用の剣で、切っ先がチューリップのように割れており、
全身を有効面とする。映画でしか観ることが無い本物の決闘は、相手を
刺殺するのではなく、流血が確認できた時点で勝ち負けが決まる。

ユニフォームが白いのは、血流をわかりやすくするための名残だといわ
れる。

対して、サーブルは振り回して切る、突く、「何でもあり」だ。

「怪傑ゾロ」「三銃士」など派手な立ち回りを売り物にした映画に見る
剣がこれである。

予断だが、怪傑ゾロにはタイロン・パワー、アラン・ドロンなどが扮し
ているし、エロール・フリンらも勧善懲悪、活劇映画では無敵の名剣士
を何度も演じているが、本当に実力があり、強かったのは誰か。喜劇役
者、ダニー・ケイだったという話を昔聞いたことがある。

それはともかく、五輪では、この後、エペもサーブルもあるが、ハリウッ
ド映画のようにはいかない。スポーツとしてのフェンシングは、ルール
をよく分かった上で、よほど目を凝らして観ないと、面白みは無いスポー
ツだ。

瞬きをしてはいけない。決定的な瞬間を見逃す。

柔道もそうだが、特に格闘技を国際化しようとすると碌なことはない。
「有効」だの「技あり」だの細かいルールに縛られると、面白くなくな
る。柔道は「一本勝負、無制限」でないといけない。谷本歩実が「これ
ぞ柔道」と他の選手にはない歓喜をもたらしたのは、「オール一本」だ
ったことが大きい。ボクシングでいえば、KOだろう。

フェンシングも、アタックを剣で払うと、例え同時ポイントでも、払っ
た方に攻撃権が移るというややこしいルールがあったりして、観客を混
乱させ、格闘技の醍醐味を削いでいる。

ともあれ、目出度いことに変わりはない。老剣士としては、この後も若
者の健闘を祈りたい。20080814



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敗戦前夜の猛爆撃
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       渡部亮次郎

昭和20年8月の敗戦前夜、アメリカ空軍B29機による猛爆撃を食らった。
もうお手上げをしていたのに百何人も殺すことがある、それが私の国際
関係を見る基礎となった。

大東亜戦争(アメリカは太平洋戦争或いは第2時世界大戦と呼ぶ)敗戦前
日の1945年(昭和20年)8月14日夜,秋田市土崎(つちざき)に対して
米軍が空襲を行なった。

後に考えれば全面無条件降伏ポツダム宣言受諾を連合国側に通告した後
の午後10時半ころからB29が来襲し,約4時間にわたって土崎地区を爆
撃したのである。正義の国のやる事ではない。

攻撃目標は,日本石油の製油所と貯蔵タンクだった。工業地帯を攻撃す
る場合は,普通白昼に行われ,精密な爆撃が多い中で,土崎の場合は後
にわかったことだが、夜間レ−ダ−スコ−プ写真による計算で爆弾が投
下されたのだ。

私は小学校(国民学校といった)4年生、9歳だった。秋田中学(旧制)2
年の兄は勤労動員で田沢湖周辺の農家作業員として赴任していた。祖父、
両親、姉、妹2人に私と言う7人家族。

数キロしか離れていない土崎に火の手が上がって上空に聞いたことの無
い大爆音。投下した爆弾の炎に腹を赤く染めて八郎潟を周回するように
して現場に戻ってゆく。田圃の畦道に身を伏せて見上げる私には、1ヶ
月前の艦載機の襲撃に続く2度目の「敵機」襲来。震えていた。

4時間の爆撃の結果,石油精製工場の87%,貯蔵設備の70%が破壊さた。
しかも,夜間の攻撃では目標が外れやすく,工場周辺の住宅地も巻き添
えに遭った。

飯島穀町・大浜・ハマナシ山・古川町・七軒町・稲荷町・上酒田町・新城町など
に投弾され,特に通称ハマナシ山には日石社員の住宅があり,住民の被害
が大きかった。

「日本の空襲」には,ANIM30型爆弾386トン,ANIM50型爆弾585.9
トンなどが投下されたと記録されている。死者102人(日石社員・家族37人,
一般市民48人,軍人17人)とされている。

ま全焼戸数104戸,半焼6戸,全半壊合わせて30戸とされている。

1975年(昭和50年)爆心地に近い公園に「秋田港被爆者慰霊碑」が,平和を
願う土崎地区の人々を中心にして建立された。秋田文化出版社発行の「は
まなすはみた」 (佐々木久春・斎藤昇,1981年8月初版)に詳しく紹介されて
いる。

2007年、読売新聞秋田支局が特集を組んだ。以下引用。

終戦前夜、生と死分かつ炎の土崎

宇佐美峰吉(86)は秋田市土崎地区の自宅で眠れずにいた。蒸し暑い夜。
いつもの夏のように、生ぬるい“だし”と呼ばれる南東の風が吹いてい
た。

突然の大音響に跳び起き、屋根に登った。勤務する日本石油秋田製油所
方面に火の手が見えた。「やられた」。敵機監視班長でもあった宇佐美
は鉄かぶとを持ち、家を飛び出した。

約1キロを全力で走り、製油所に到着した。けが人を救出したが、一方
的な爆撃になすすべもなかった。社員らに「逃げろ」と指示し、自分は
班長として現場に残った。死を覚悟した。

くぼ地を掘り、身を潜めた。不気味なうなりを発し米軍爆撃機B29が
低空で向かってきた。全長30メートルの腹と尾灯を仰ぎ見た。建物が跡
形もなく吹き飛ぶ爆弾の威力を目の当たりにした。

1945年8月14日午後10時30分ごろに始まった「土崎空襲」は、翌日午前
3時30分ごろまで続いた。秋田県が受けた最初で最後の大規模空襲は、
日本国土を襲った終戦間際の空爆の一つでもあった。数十とも数百機と
も言われるB29は、ターゲットの製油所を中心に1000トンを超す爆弾を
投下、社員、住民らの命を奪い去った。

夕食前、「15日に天皇陛下から重大放送がある」と聞かされた。県警察
部(現県警)警防課警部補の皆川忠彦(90)は「終戦」を感じ取ってい
た。

秋田市中心部の「防空本部」近くの食堂で夕食を取っていたとき、ラジ
オが山形県に警戒警報が発令されたと伝えた。「まさか」。本部に駆け
戻ると間もなく、市内に警戒警報が発令された。それはすぐ、空襲警報
に切り替わった。

本部のベランダから空を眺めた。グワン、グワンと爆音をとどろかせ、
土崎方面に向かうおびただしい機体を見た。航跡を報告書に書き込むた
め、地下室には避難できない。

B29は旋回を繰り返し、爆弾を投下し続けた。ポン、ポン。おもちゃの
ような音がした。軍の高射砲だった。日本の非力をかみしめた。

「予感はあった」と浅野文治(86)(同市土崎港南)は言う。7月から
2回、上空に現れた米軍機が、秋田を攻撃目標の一つとして挙げるビラ
を落としていたのである。

恐れていた現実が迫ろうとしていた。14日午後9時30分ごろ、ラジオが
「B29が日本海沿いに北上中」と伝えた。やがて激しい轟音(ごうおん)
が響き、ぱらぱらと壁土が落ちた。

製油所が燃えていた。自宅前の防空壕(ごう)に避難したが、炎はにじ
り寄っていた。妻の喜代(81)を松林に逃げさせた。一時的に攻撃がや
んだ。土崎空襲“空白の30分”と呼ばれる時間帯だ。

そうとも知らない41歳の親戚浅野トメは、子ども4人を連れて家に戻っ
ていた。空白後の第2波が家族を襲った。15日朝、トメの家を訪れた。
供養しようにも骨は見つからなかった。

「直撃弾に 一家五人は 跡もなく 大きな穴のみ 残る朝明け」。浅
野は1972年に自費出版した短歌集の中でこう詠んだ。盆暮れに5人の墓
参りをするたび思う。「終戦があと1日でも早ければ、たくさんの命が
救われた」

宇佐美は生きた。15日正午、家族と共に昭和天皇の声を聞いた。敗戦な
ど想像もしなかった。体から力が抜けたまま、1日を過ごしたことだけ
を覚えている。

死を覚悟した15日を自分の「命日」と思い、願いを込めて、宇佐美は戦
禍を子どもたちに語り継いできた。「生かされている代価として、戦争
を起こさない世の中に」と。(敬称略)2008・08・13



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食品添加物の恐怖
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        寺田 嘉信

2008年2月19日、頂門の一針1095号に要点のみ次の様な事を書いた。

2008年1月には親殺し子殺しが殆ど毎日発生している。昭和の時代以前に
も親殺し子殺しはあったが、まれな事件であり、日常的にはなかった現
象である。

「アノミー」人々の行動を規制していた社会的規範が失われて、混乱が
支配的となっている社会の状態。かって小室直樹博士が予測された、来
るであろう「アノミー」な社会が現実のものになった。

毎日の様に親殺し、平気で自分の実子殺し、兄が妹を殺し、動機不明の
殺人が日常的となった。

然しこれは倫理観の欠如でもなく、道徳教育の欠如でもなく、親のしつ
けでもない。何らかの薬害作用によるものであるとするのは、小生の経
験的からの仮説である。

小生は水商売であるが排水の方の水商売である。界面活性剤の猛毒性、
食品添加物の危険度を現場経験的に理解している。

親殺し子殺しが日常的となり、世間ではこれが普通の日本の現実と受け
取る感覚となったが、これはやはり異常な状態である。

倫理、教育、道徳の問題でもなく、一番疑わしいのは、これはあくまで
も仮説であるがソルビン酸を代表とする食品添加物の有害説である。

2006年4月秋田県で発生した幼児連続殺害事件の畠山鈴香容疑者は料理を
せずにコンビ二弁当をたべていたと報じられていたが、子殺し親殺し事
件の容疑者は殆ど外食している状況の生活者スタイルであったと推察で
きる。

3年ほど前に友人の著名な弁護士から30代の若者に直ぐ切れる者が増え
てきたと聞いたことがあるが、2007年度には老人まで切れるものが増え
てきたそうである。

食品添加物は10回や20回の摂取では何の作用もないが、数年にわたり摂
取すると何らかの食品自体あるいは何らかの物質と化合して複合作用し
て精神構造が錯乱状態となり、正常な倫理観が欠如するのではないのか。

2008年8月10日(日)13:30読売TV人気番組「たかじんのそこまで言って
委員会」が始まった。

パネラー 三宅久之、鴻池祥肇、田嶋陽子、桂ざこば、宮崎哲弥、原口
一博、村田晃嗣、山口もえゲスト 北芝 健(元警視庁刑事)

番組のメインは秋葉原事件を代表して誰でもよかった。訳の分からない
事件についてゲストの 北芝 健(元警視庁刑事)氏が解説しているの
である。

警察及び北芝氏は(番組8日に録画されたもの)録画では明言している
が本番ではTV局が擬音を被せ一般の視聴者には何を言っているのか分か
らない様に編集されていた。(食品スポンサーに配慮されたものと思わ
れる)

然しながら前後の脈絡から北芝 健氏自身が該当する食品を一定期間食
べつづけ、精神の異常に気づく実体験をした上で食品添加物の有害性に
ついて近い将来必ず証明されると明言していた。

食品添加物の有害性については。英国ケンブリッジ大学が先行している
との情報もあり今後も情報収集をつづけたい。

「ウィキペディア」では。

<食品添加物の健康を巡っての是非

合成着色料は禁止されたものが多く、それ以外の合成添加物も第2次世
界大戦以後に使われるようになったものが大半であり、使用の歴史も浅
く、安全性が疑問視されてきた。

天然に存在しない化学合成添加物の毒性や、またまだリスク評価されて
いない蓄積性や環境ホルモン作用についても疑問視されている。

また、複合的な汚染が懸念されている。 厚生労働省が食品添加物認可前
に行う各種安全性試験は、食品添加物を単品でのみ供試動物に投与する
ものであり、一般消費者が日々、複数の食品添加物を摂取している現状
に鑑み、考えられる「複数の食品添加物同士による複合作用」は試験さ
れていない。

タール色素を中心とした一部の添加物では発ガン性や染色体異常、催奇
形性の危険性にもとづき、各国で規制されているものが日本では流通し
ているため、一部消費者が安全性に異議をとなえている。こうした疑問
に対しては、食品安全委員会のホームページの他、JECFAでの科学的な審
議結果が参考となる。

1975年、アメリカのアレルギー医であるベン・F.ファインゴールド は
『なぜあなたの子供は暴れん坊で勉強嫌いか』という著書を出版し、サ
リチル酸に似た構造を含む合成食品添加物の入らない食事によって、ア
レルギー症状が回復すると同時に半数以上の子供のADHD(注意欠陥・多
動性障害)も改善されることを報告した。

1985年、ロンドンで最大の小児病院といわれるグレート・オーモンド・ス
トリート小児病院で76人の子供で二重盲検法による比較が行われ、合成
着色料と合成保存料の除去した食事によって80%以上の子供に活動の収
まる傾向がみられたものの、正常値までADHDが改善したのは28%であった。

頭痛などの症状も改善したのは38%であった。二重盲検法で合成保存料や
合成着色料を除去したらADHDの子供の73%に改善傾向が見られた。

2007年、英国食品基準庁はいくつかの合成着色料と合成保存料の安息香
酸ナトリウムの混じったものが子どものADHDを増加させるという二重盲
検法の結果を受けて、避けたほうがいいと勧告している。

1999年、食品添加物の危険性を指摘する『買ってはいけない』が出版さ
れ、ミリオンセラーとなった。

2005年11月、食品添加物の元セールスマンである安部司が、『食品の裏
側?みんな大好きな食品添加物』を出版し、注目された。 かれは、
「(食品添加物を利用することで実現した)簡単で便利な生活もいいけ
れど、その代償として失っているものは確実にあります。

それが何なのか、本当にこのままでよいのか。この辺りで立ち止まって、
一度きちんと考えてみてはどうでしょうか。私の話がそのきっかけにな
るのであれば、それが一番うれしいことです」と述べている。



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「アメリカの鏡・日本」
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          須藤 尚人 

「アメリカの鏡・日本」は、GHQの一員として来日した歴史学者のヘ
レン・ミアーズが、戦後間もない1948(昭和23)年に出版しました。戦
後アメリカ人が書いた最もフェアーな対日分析と思います。

マッカーサーは日本人が日本語でこの本を読むことを許さず、日本では
出版禁止の措置が取られた。

日本は非西洋国家の中で、欧米の帝国主義国家に最も忠実に学んだ国家
であり、侵略国家として日本を責めるならば、西欧諸国がアジア諸国に
対して行ってきた侵略もまた同じように責められねばならない、という
公平さは、書かれた時期を考えると驚くべきものです。

訳者伊藤延司さんが、あとがきで「読みながら何度も泣いた」と書いて
います。

しかし、こういう本を書く人間が居ることがまた米国と言う国の懐の深
さ、民主主義とキリスト教の良質の部分なのかも知れません。

ヘレン・ミアーズは、「戦争のシンボル」として非難の的になっていた
「天皇」や「国家神道」に対しても冷静で公正な視線を失っていません。

本書の中から天皇や国家神道について書かれた部分を抜粋します。

以下抜粋引用

私たちの戦後対日政策には、神道と「天皇制」は本質的に戦争を作り出
すものであるという考え方が組み込まれている。

(中略)

私たちは国家神道を廃止し、神社や神官に対する国費の支出を禁じた。
私たちは、日本の歴史、道徳、地理から「軍国的」神話を、「祓い清め
る」までは、学校で教えてはならないと命じた。

(中略)

神道と天皇崇拝は日本人の民族感情にとって重要な文化と宗教の伝統を
表すものだった。これは、他の民族が固有の文化、宗教の伝統を持って
いるのと同じ国民感情である。

伝統の力が強ければ強いほど、国家存亡のときには、戦争計画への国民
統合に利用される。しかし、伝統が戦争の大儀なのではない。

ひとたび戦争が決定されると、伝統は防衛と言う名の戦争計画の背後に
国民を統合するための手段となる。そうすることによって、為政者は戦
争理由をわかりやすくするのである。

アメリカも戦争の後ろ盾に国民を統合するため、伝統を利用したのだが、
とかくそれが忘れられがちだ。私たちは民主主義とキリスト教の名のも
とに戦った。

「天皇制」と神道が本来、戦争を内包しているのに対して、民主主義と
キリスト教は本来、平和であると私たちは主張する。

日本の学童が天皇の肖像に最敬礼をしたのは、アメリカの学童が「国旗
に忠誠を誓う」のと同じ国民的儀礼だが、私たちはそれを見ようとしな
い。

天皇は「私は国民と共にあり、その関係は、お互いの信頼と敬意とで結
ばれているもので、単なる神話や伝説に基づくものではない」と宣言し
たが、日本人の立場からすれば、ごく当たり前のことをいったにすぎな
い。

日本人が天皇を尊敬するのは、天皇が超自然的、超人間的存在であるか
らではない。長い歴史と伝統文化の表象として制度を崇拝しているから
なのである。

日本の天皇は、アメリカの星条旗、あるいはアンクル・サムのようなシ
ンボルなのだ。

私たちの国旗は軍事的象徴ではない。それと同じように、戦争がなけれ
ば、日本人にとって天皇は軍事的象徴ではなかった。

「天皇制」と「国家神道」は、私たちが民主的と呼ぶ世界のどの国でも、
国の特性に応じてさまざまに現れる現象である。神話は日本人にとって
民族主義の象徴に過ぎないのだが、私たちはその事実に眼を閉じてきた。

心情的国家意識は戦争の大きな要因であると同時に、戦争遂行に必ず関
わってくるものである。それを問題にするなら、連合国も私たちも無罪
とはいえない。

1944年に英国のキース・マードック卿は、
「5月、ロンドンで開かれた大英帝国首相会議は、帝國の象徴であり、イ
ギリスの血、イギリスの文化、伝統を信奉する我々の最高聖職者である
国王に対する国民の忠誠心を示すものとなった。」と語った。

もちろん、イギリス人は、国王、帝國、イギリスの血と文化に対する忠
誠心を「国家神道」といいはしない。しかし、神話を別にすれば、日本
人にとって「国家神道」が神社、英雄、日本国と帝國を表すシンボルに
対する国民的、心情的崇拝であるのと、現実には同じなのである。

(中略)

(国家神道)を社会的病根であるとか、日本特有のものであるとかいっ
て否定する前に、民主主義国家イギリスが数多くの国家行事を荘厳に執
り行う体制的教会を持っていることを考えてみる必要がある。

(中略)

アメリカでさえ、戦争中は多くの教会が祭壇の後ろに星条旗を掲げ、礼
拝の中で国歌を歌っていたのである。

(中略)

戦争中は、わたしたち(アメリカ人)も国家神道を絶えず感情的に表現
していたのである。

すべての心情的国家シンボルは、英王室であれ、星条旗であれ、ソ連の
ハンマーと鎌であれ、日本の天皇であれ、本来反社会的であり、戦争の
原因ともなるものである。

私たちはそのすべてを告発することができる。

(青森県南津軽郡在住 公務員)


主宰者註:ミアーズ,ヘレン (ミアーズ,ヘレン)   Mears,
Helen
1900年生まれ(1898年の説もあり)。1020年代から日米が開戦する直前
まで2度にわたって中国と日本を訪れ、東洋学を研究。戦争中はミシガ
ン大学、ノースウエスタン大学などで日本社会について講義していた。

1946年に連合国最高司令官総司令部の諮問機関「労働諮問委員会」のメ
ンバーとして来日、戦後日本の労働基本法の策定にたずさわった。

帰国してからこの本を書き上げた。

アメリカでは日本擁護者として批判され、本は絶版となってごく限られ
た専門家以外には忘れ去られ、ミアーズ自身も以後、学者として世に出
ることができなかった。1989年、没  

アメリカの鏡・日本 抄訳版
角川oneテーマ21 A−39
ヘレン・ミアーズ/〔著〕 伊藤延司/訳

http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refISBN=4047100013 
 
出版社名 角川書店 
出版年月 2005年6月 
ISBNコード 978-4-04-710001-5 
 (4-04-710001-3) 
税込価格 820円 
頁数・縦サイズ 328P 18cm 
 
分類 新書・選書 /教養 /角川oneテーマ21  

 在庫あり
通常4日〜7日で出荷します
(宅配の場合は当日〜2日)  
 


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話 の 福 袋
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 ◎北京五輪開幕式:少女の歌も口パク

【大紀元日本8月13日】北京オリンピック開会式に、共産中国の五星赤旗
がメーン会場の国家体育場(愛称・鳥の巣)に入る際、可愛らしい9歳の
少女林妙可が革命歌曲「歌唱祖国(祖国を歌う)」を歌い、無数の観客
の心を掴んだ場面は、実際は別の7歳の少女が歌った“口パク”だった
ことが、11日わかった。

中国メディアの報道によると、開会式の音楽総監督の陳其鋼氏は10日、
中国国内のラジオ放送局のインタビューで、開会式の歌声は林妙可のも
のではなく、北京市在住の7歳の少女の声であると明かした。

同ニュースが中国各大メディアのウェブサイトで報道され、ネットユー
サーらから当局に多くの批判が出ている。12日夜Googleで検索されたこ
の話題の関連報道は、すでに削除された。

陳氏の話によると、多くの観客を魅了した歌声の持ち主は北京市在住の
楊沛宜(7歳)である。楊が落選した理由は容姿が問題で、国家の面子に
関わるからだと説明した。この決定は、中央政治局高層の直接の介入だ
という。

開会式後、楊は中央テレビのインタビューを受け、オリンピックの舞台
に上がれなかったことが残念ではないかとの質問に対して、「開会式に
自分の声があるだけで十分」と答えた。

一方、歌を披露した少女林妙可が、会場で流されていた曲は、自分の歌
ではないことさえ気づかなかったかもしれない。米CNNの報道によると、
林妙可のお父さんが開幕式後、テレビの取材に、娘の歌声がいづものと
違うようで、音声設備の関係だと考えていると話した。

開会式後、林妙可は「ニューヨークタイムズ」の一面も飾ったほどの人
気を得ている。ネットユーザの間も「妙族」と称するファンが続出し、
多くのマスコミが林の自宅に押し掛けた。

林妙可は数千人の応募者の中から選ばれ、開会式の総監督・中国の著名
映画監督張芸謀氏によって最終決定されたという。

張監督が開幕式後の記者会見で、「歌唱祖国」の歌はすべての出演の中
のもっとも感動させる演目だと林妙可の披露を褒めた。

今回の開幕式を成功させるため、張監督は、歌の口バックだけではなく、
ほかの多くの偽造作を出した。少し前、開幕式でテレビ観客に呈した29
発の北京上空の花火大作は、最後の一発を除き、その他の28発は全部本
物ではなく、パソコンで製作したことが報道された。

 

 ◎さて今般、微力な弊誌ではありますが、「国にだけ任せてはいられ
ない!国民の手で尖閣を守ろう会」を立ち上げることにいたしました。

趣旨は「尖閣諸島周辺で何らかの経済活動を展開して、日本の領土であ
るという実績を積み上げていこう」ということでございます。

どんな正論を展開しても、歴史の事実考証を並べても、それは「犬の遠
吠え」でしかありません。ーーー国際社会では「力」=実効支配が決め
手だと思います。しかし日本政府の動きは緩慢で、ハラハラするばかり
でございます。

当初は遊漁船で魚釣りを頻繁に行おうと企図しましたが、現状ではでき
ないということが判明いたしましたので、当面は実現可能なチャーター
船での遊覧という形での実行を予定しています。
これまでの詳しい経緯は、→
http://aizax.fc2web.com/senkaku/index.html

まだ発足したばかりで参加者は多くはありませんが、徐々に増加中です。
また有名な方が旗振りしているのではなく、全くの草莽の有志による運
動ですが、なんとか陽の目をみさせるべく頑張っております。

実際に参加はできないかもしれないけれどいろいろな形で応援しよう!
という方の参加も大歓迎でございます。

このアピール文を貴誌にご掲載いただけますよう、お願い申し上げます
次第でございます。

なにとぞよろしくお願い申し上げます。

よし参加しよう!という方は、以下の項目を記入してメールをお送り下
さい。
ojindesu@hotmail.com
┌--------
件名欄:国民の手で尖閣を守ろう会!参加申込

本文欄:
氏  名:(必須:ハンドルネーム可)
フリガナ:(本名参加の場合全角カタカナで)
年  齢:(任意)
性  別:(任意)
職  業:(任意)
E-mail :(必須:連絡に必要ですので)
都道府県:(任意)

電話番号:(任意)
------------------------------
メッセージ:(任意:ご意見・ご助言・激励などなんでも)
└--------

尖閣ってどこにあるの?という方のために、地図です。
http://aizax.fc2web.com/senkaku/senkaku.gif


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 ◎クライン孝子日記。

■2008/08/13 (水) グルジア紛争、大国が口裏あわせをしたのでは? 

グルジアも和平案合意 南オセチア紛争、国連決議へEUで協議
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/080813/erp0808131104003-n1.htm
 
北京五輪の開会式、欧州では休暇に入り、政治家も一服している。

そこへ、ドンパチですから、世界はおったまげた。

ドイツなど、シュタインマイヤー外相が休暇先から急遽外務省へ駆けつ
け、グルジア、ロシア、EU議長国仏などに電話を掛け捲り、休戦の労を
取っている。

オイルが絡み、隣国トルコも噛んでいるものですから、トルコに飛び火
したら、EUはたちまち紛争に巻き込まれる恐れがあるからです。

EUの尽力で両国とも合意に至ってやれやれ、

それにしても今回もその背後で米国の陰がちらちらし、その意図が欧州
大陸側に見破られてしまいました。

グルジアのサーカシビリ大統領は米国に留学していた人物。ある意味で
米国のポチ。そのポチを手下に、コーカサスのオイルにちょっかいを出
して、ロシアを怒らせてしまった。チェコとポーランドにミサイルの拠
点を置こうとしプーチンが激怒しているのと同じケース。

EU(主として独仏)にしても、ブッシュのやり方には内心、立腹してい
る。 EUに何の相談もなくチェコやポーランドと交渉したことはついEU分
断策と勘ぐり誤解したくなるからです。

いずれにしても今回のこの紛争、ドイツではロシアの戦略勝ちと見てい
ます。

米国にすれば、東西を分断したあの冷戦時代がきっと懐かしいでしょう
ね。あのころ西欧は米国の言いなりだったのですから。「ベルリンの壁」
崩壊で米国の一国勝ちというあてが外れ、何と冷戦終焉で、実力を発揮
し始めたのはEUです。

今回の紛争も、ロシアでは恐らくEU]が仲立ちしてくれると期待感があっ
たからこそ、ばくちをうったのではないか。事実、EUの仲裁であっとい
う間に、紛争は収まってしまった。

それにしても北京五輪開会中のこの国際紛争ドラマ!この場を偶然北京
五輪と言う形で提供した中国!

開会式出席のブッシュ・プーチン・サルコジドイツはこの席に誰も大物
政治家は顔を見せない。というわけで、それぞれ各国のの思惑がからみ、
中国にとってはチベット問題を含め、その他内紛はみんな小事になって
しまい、ほっとしている。というか米国やロシアに感謝している?

こうしてみると、何だかねえ。もしかするとこれって大国同士で口裏合
わせをし、お芝居をしているような気がしてならないのは、私だけでは
ありますまい。



 ◎バスで北半球ぐるりツアー  4カ月でロンドンからNY

ロンドンを出発、ユーラシア、北米両大陸を東へひた走り、約4カ月後
にニューヨークへ。北半球をぐるりと回るバスツアーをロンドンの旅行
会社「オズバス」が実施する。

第1陣は2009年3月29日出発。マーク・クリーシー同社社長は「飛行機
で一っ飛びの旅では味わえない、驚異の世界を体験してほしい」と話し
ている。

ツアーに用いられるのは36人乗り観光バス。ロンドンから船で大陸に渡
り、ドイツなどを経由してロシア入り。カザフスタン、中国などを走行
後、飛行機でアラスカへ上陸、再びバスでニューヨークへ。127日かけて
2万7300キロを移動する。

ツアー代金は4950ポンド(約100万円)。宿泊はキャンプが中心で、参加
者はテントや寝袋を持参する必要がある。中国の万里の長城、米カナダ
国境のナイアガラの滝など観光地に立ち寄りながらの旅となる。同社長
は「(経路上の)現地当局の協力を得ており、安全面は問題ない」と言
う。(ロンドン共同)2008/08/13 16:28   【共同通信】



 ◎邦人女性ら8人を拘束  北京でチベット支援活動

【北京13日共同】北京五輪の五輪村に隣接する公園「中華民族園」の前
で13日午後、「チベットに自由を」などと訴えて中国政府に対する抗議
活動を行った米国人や日本人計8人が中国当局に拘束された。

拘束されたのはチベット独立を目指す団体「自由チベット学生運動」
(本部・米ニューヨーク)のメンバーら。同団体によると、拘束された
日本人はペマ・ヨーコさん(25)で父がチベット出身、母が日本人だと
いう。

米国人男性4人と米国人女性3人が「チベット人は自由のために死んで
いる」となどと叫び拘束された。「チベットに自由を」と書いたTシャ
ツを着たり、チベットの旗を持っていた。

ペマさんは抗議そのものには参加せず、取材に訪れた記者に同団体の活
動を説明。拘束前、「中国が自分の国に誇りを持つように、チベット人
はチベット人として生きる権利がある」などと訴えていた。

日本大使館はペマさんの拘束について「確認中」としている。北京市公
安局は「事件を調査している」と述べた。2008/08/13 【共同通信】

 
 
━━━━━━━
反     響
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 1)1280号の長岡新太様の戦時中の英語教育の思い出に刺激されて、昭
和20年(=1945年)4月に入学した旧制中学で受けた英語の授業の記憶が
蘇って来ました。

当時は物資不足で上級生から譲り受けた教科書を使いました。そして、
教室に現れた英語の先生は紛う事なきアメリカ人でただただ驚きました。
喜代田先生は所謂混血児で日本国籍でしたが、今にして思えば純粋のア
メリカ式発音。

その教科書の最初に出てきたのが、忘れもしない"This is a map."でし
た。これを先生のアメリカアクセントで発音すると、中には「ジス・イ
ズ・ア・ミャップ」と聞こえ生徒もいたのです。これは今になって考え
れば、決しておかしい捉え方ではないのではと思っています。それを先
生が何度も"map"であると言って直させていたのが懐かしい思い出です。

あの戦時中のこと、私はそれまで敵性語とされた英語は見たことも聞い
たこともなく、野球用語も英語が禁じられていたほど。その環境下であ
のような先生がおられたこと自体が私には本当に不思議に思えたのです。
以上 前田正晶 



 2)連日のご発行にはただただ頭が下がるばかりです 幅広い視点か
ら様々の話題を料理する実力には感嘆するばかりです 生まれついての
のジャーナリストなのですね それに比べて朝日をはじめとする各紙 
各テレビニュース一体どういうことになっているのですか

高校野球と五輪にかまけて新聞 テレビとしてなにもしていませんね 
社長なり論説主幹なりを呼びつけたい衝動にかられます いまのままな
ら新聞代など取れません

事実を積み重ねる 真実を追究する ひとつひとつ ひとりひとり 裏
と表 主体と客体。。。何もないですね 今朝の各紙にがっかりです

渡部さんはどう捉えておられますか 売れなくなって 広告が取れなく
なってなどと泣き言が聞かれますが これでは後世に歴史資料の価値も
ないですね

「頂門の一針」に自らの信念と丁寧な論証を重ねられる渡部さんの基本
姿勢を見習おうと思います (一)



 3)12日夜ほど安心して日本代表のサッカーを見ていられたことはあ
りませんでした。女子代表ティームの健闘を心から褒め称えます。よく
ぞ勝って、予選を突破してくれました。

特に後半は良いところが全て出ていたと見ました。しかも、勝ち越し点
が相手のオウン・ゴールであるなど、自力で運を引き寄せました。

私は昭和20年から対外試合を経験したとは言え、対外試合で6点以上取っ
たことは1〜2回あったかな−という程度です。それをあの場面で5点とは。
素晴らしいの一語に尽きます。単純計算すれば18分に1点取ったことにな
りますから。

私は寡聞にして予選リーグの3位でも勝ち抜けられる制度があると知らず、
何となく消化試合かなと思いながら見ていました。だが、日本代表の気
力と技術が勝ったのか、ノールウエーは既に勝ち抜けが決まっているか
ら安心していたのか、あのような一方的な試合になってしまいました。
いや、勝った方が強いのです。

日本女子は「点はこうやって取れ」という教科書のような試合運びで、
前回の優勝国を圧倒しました。ノールウエーは「一度モーティウ゛ェー
ションを失うと立ち直れない」の典型的な形で、後遺症が残りそうな負
け方。実は、サッカーがアメリカ製の競技のようにモーメンタムにあれ
ほど左右されるのを初めて見ました。

一方の日本は波に乗ってくれそうですが、次の対戦相手がこともあろう
に中国。所謂「完全アウエー状態」でのゲームになります。そこを気後
れするところなく、モーメンタムを維持して、持てるものを全部出し切
って勝ち抜いてくれることを祈ります。以上 前田正晶 



 4)施餓鬼法要と職務経歴書  平井修一

12日、今日も暑かった。午後3時にお寺の施餓鬼法要へ。墓掃除をして父
と先祖に我が家の平穏を祈る。そういう世代になったのだ。俺が先祖を
祀るしかない。

午前中、求人に応募したら「職務経歴書」も出せという。生まれて初め
て書いてみた。 

<職務経歴書>

●1975年4月〜1977年6月 !)トラベルコンサルタンツ
編集部 海外ホテルの動向を伝える専門紙「週刊ホテルエイジ」の取材、
編集、レイアウト。

●1977年9月〜1985年3月 !)航空新聞社
編集部 海外旅行業界専門紙「週刊ウイングトラベル」の取材、編集、レ
イアウト。
「年鑑・海外旅行業便覧」「日刊旅行通信」創刊。退職時は編集長。

●1985年4月〜2002年12月 有限会社メイルボックス
代表取締役 海外旅行関係の編集プロダクション、広告代理店業務。

●2003年4月〜2008年7月 キャビンサービス!)
東京営業所長 1500台のたばこ自販機を運営・保守するたばこ販社(福
岡本社)の東京営業所を設立。

先日とどいた年金通知書と記録がピッタリだったから、わが人生は以上の
200字で終わりである。結構すっきりとした人生で、もう付け加えること
はあまりない。

どうなんだろう、子供3人も育ったし、あとはのんびり、ごろごろとい
うことだろうか。もうひと働きすることになるのだろうか。

いずれにせよ父とご先祖には我が家と我が身の無事を祈った。57歳、こ
れからどんな再チャレンジがあるのか。「まだできることはあるんじゃ
ないか」と、ちょっとドキドキしているが、実は「もーええんでないか」
と半分しらけている。求人に応募するのはブログのネタさがしの面もあ
る。委細は後日。



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身 辺 雑 記
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13日朝は悪夢を見て目覚め、メルマガを編集、配信した。4時過ぎに再
度眠ったら、飛んでもない夢を見た。バスに乗り、最後部左側の空席に
坐ろうとしたら、中央に坐っていた中年女性に後ろの股下から急所を握
られた。大変な美人だったが、目覚ましが鳴った。夢は面白い。

昭和29(1954)年3月に県立秋田高校を卒業した同期生はなんと529人。
クラスは10クラスあった。だが年齢には勝てない。今日も訃報が届き物
故者はこれで108人。2割が天国?ということだ。

ご投稿、ご感想をお待ちしています。下記。読者:3686人
ryochan@polka.plala.or.jp

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