政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針 1121号  08・03・11(火)

2008/03/11

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 わたなべりやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」 1121号
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         平成20(2008)年3月11日(火)



                          福田「お友達外交」の誤算: 阿比留瑠比

                               沖縄にもいた「日本人」:平井修一

                       日銀総裁人事に見る政治の矮小化:花岡信昭

                                 日本にもあった碧素:渡部亮次郎

                                 知日家親日家に縋るな:前田正晶

                         話 の 福 袋
                         反     響
                         身 辺 雑 記


□■■□  ──────────────────────────□■■□
第1121号            
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福田「お友達外交」の誤算
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                  阿比留 瑠比

≪福田首相の対中姿勢≫

昨年末の福田康夫首相の中国訪問時に「桜の咲くころ」(首相)と合意
されていた胡錦濤国家主席の訪日が、5月以降にずれ込む可能性が強ま
ってきた。

背景としては、胡主席訪日前の決着を目指していた東シナ海のガス田協
議の難航や、中国製ギョーザ中毒事件の捜査をめぐる日中摩擦などが指
摘されており、日中両国にとって、胡主席訪日の成果を内外にアピール
しにくい現状がある。

もともと親中派とされ、「外交の福田」を自任する福田首相にとって、
小渕内閣以来約10年ぶりの中国主席訪日は、ぜひとも成功裏に終えたい
ところだ。それだけに、現状は不本意だろうが、今日の事態は、首相自
身の外交姿勢が招いた結果のようにもみえる。

福田首相の外交方針の基軸は、近隣諸国を中心とした「アジア重視」だ
という。その考え方が端的に表れたのが、昨年9月15日の自民党総裁選
出馬の記者会見で述べた次のような言葉だ。

「お友達の嫌がることをあなたはしますか。しないでしょう。国と国の
関係も同じ。相手の嫌がることを、あえてする必要はない」

「私の外交姿勢は、どの国ともできるだけ滑らかに、そして平和な関係
を築くことだ」

福田政権誕生以降、日中両国政府の間で盛んに友好ムードが演出されて
いるが、外交の目的は友好ではなく国益の確保にある。だが実際は、表
面上の円滑さの裏で、日本側の一方的な譲歩が続いているだけではない
のか。

 ≪弱さととられる配慮≫

東シナ海のガス田問題に関しては、政府はこれまで、福田首相訪中時に
合意した「胡主席訪日までの決着」を目指す考えを繰り返し表明してき
た。

だが、中国側は今年2月になって「問題決着を胡主席訪日と結びつけた
くない」と言い出し、結局、高村正彦外相が同月26日に「両国は互いに
(問題決着を)胡主席訪日には関連づけていない」と述べ、政府の立場
を事実上修正することになった。

ガス田協議の中身をみても、日本側の主張の方が国際裁判の判例から理
があるのは間違いないにもかかわらず、中国側は先行開発の既成事実な
どを盾に、歩み寄る構えを見せていない。

これは「日本側には『親中派の福田首相の顔をつぶす気か』というぐら
いしか、交渉カードがない」(外交筋)という苦しい現状を反映してい
る。

この問題で安倍前内閣は、昨年秋までに事態に進展がなかった場合には、
日本側の試掘の前提となる漁業関係者との漁業補償交渉に入ることを決
めていたが、福田内閣はこの方針を翻し、補償交渉入りを差し止めた。

「とにかくもめ事、衝突を嫌う」(自民党町村派議員)という福田首相
の判断だが、日本の外交当局は有力な交渉カードを失った形だ。

また、安倍晋三前首相はガス田について中国首脳に直接交渉したが、福
田首相は「具体的な話は事務方に任せ、自らは交渉しないという考えだ」
(政府筋)という。お友達の厭がる話はしたくないのかもしれないが、
トップの意欲が見えない外交交渉は迫力を欠く。

 ≪国益をかけたゲーム≫

「中国側は、福田政権に対しては何を言っても大丈夫だと足元を見てい
るのだろう」

閣僚経験者の1人はこう語る。中国は、福田首相個人に対しては訪中時、
胡主席が夕食会を主催するなど破格の厚遇でもてなして「ハッピーな気
分にさせる」(日中外交筋)一方、実務的な問題では何も譲歩していな
いという。

中国製ギョーザ中毒事件への対応でも、福田首相の何とか日中間に波風
を立てずに穏便に済ませようとの姿勢が際立った。

中国公安省が2月28日、中毒の原因となった殺虫剤は「中国国内で混入
された可能性は極めて低い」と発表し、日本で混入した可能性を示唆し
た際も、首相は「非常に前向きですね。中国も原因を調査し、その責任
をはっきりさせたいという気持ちは十分に持っていると思う」と中国を
擁護してみせた。

一方、首相経験者の1人は「中国は、外交はゲームだと明確に認識して
いる」と指摘する。

「だから、こちらのカードが強そうだと見ると引くし、逆にこちらが弱
いと見るととことん押してくる。あらゆる駆け引きをいとわないし、当
然だと思っている」

また、対中交渉に携わってきた自民党幹部は「中国を批判するのはたや
すいが、むしろ、誠意を持って話せば分かると言うばかりで、毅然(き
ぜん)として立ち向かわない日本側の方が問題だ。私が中国の政治家な
ら、やはり今の中国のようなやり方をする」と話す。

外交交渉を国益をかけた冷厳なゲームとみなす中国と、交渉相手を「お
友達」と呼ぶ日本では、中国の方が国際標準に近いのではないか。(あ
びる るい 産経新聞政治部記者)2008.3.9 02:26産経新聞



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沖縄にもいた「日本人」
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          平井 修一

靖国神社の「やすくに」3月号に惠隆之介氏(元海自士官・作家)の「堂
々たる日本人の復活を祈願する!」という論文が紹介されている。

小生、浅学なために、戦艦大和は特攻機のように撃沈覚悟で沖縄に向か
ったと思っていたが、大和はなんとしてでも沖縄に着き、沖縄県民に大
量の生活物資を届けようとしていたという。

<実は「大和」を旗艦とする第二艦隊には、高級士官しか把握できない
崇高な使命があったのだ。

昭和20年4月1日、沖縄本島に上陸した米英軍に対抗する県民への救援物
資の輸送も作戦の一つにあった。このため巨艦「大和」の船倉には、多
量の民需物資が極秘裏に積載されていたのである。

この物資一つに関し、こういう証言が残されている。

昭和58年8月20日発行中央公論増刊「歴史と人物」(太平洋戦争終戦秘話)
に、海軍大尉待遇嘱託でシオノギ製薬元原料課農水産係長兼特需原料係
長だった市橋立彦氏が「大和」出撃前、海軍から受けた特命を詳細に記
録発表しておられる。

「歯磨、歯ブラシ各50万人分、美顔クリーム25万人分」さらに驚くべき
ことに、「メンスバンド(月経帯)15万人分」の調達指示である。当時
のそれは生ゴム布が使用されていたが、国内では軍需用の生ゴムさえ欠
乏している時期であった。

しかし、市橋氏は帝国海軍からの特命とあって、ある海軍大尉とともに
大阪の中小零細企業をまわって何とかかき集めた。この物資は昭和20年3
月下旬の深夜、大阪梅田貨物駅から十数輛の貨車に積載されて呉停泊中
の「大和」に積載されたと言う。

残念ながら「大和」は昭和20年4月7日、呉出港後5日目、午後2時23分、
米軍艦載機の攻撃を受けて東シナ海沖縄北方400キロの地点で沈没した。

私はこれを知ったとき、沖縄県民の一人として感謝の気持で涙が滂沱す
るのを禁じ得なかった。>

小生は偏向マスコミに支配されていそうな沖縄県民に不信感を持ってい
るが、上記の文章に触れて、「きちんとした日本人が沖縄にもいるんだ」
と感激した。惠氏は文章をこう結んでいる。

<ひるがえって我が国は戦後63年にわたって奇跡的な平和を享受して来
た。結果、戦後世代にはGHQが実施した賎軍思想が定着し、「軍を持
たない方が平和を維持できる」という錯覚が生じている。

勿論、戦後長きにわたる平和の原因は、日米安保条約が根底にあった事
は事実である。しかし、もう1つの要因がある。

大東亜戦争中の帝国陸海軍軍人の勇猛果敢な戦闘ぶりに、「日本を攻め
ると、とんでもない反撃を受ける」という恐れが近隣諸国国民に醸成さ
れたことである。

しかし、近隣諸国の世代交代も着実に進んでおり、また、米国国内でも
防衛努力を真剣に行なわない日本への不信は拡大しつつある。要するに、
もはや我が国の未来は戦後の延長線上にはないのだ。

日本国民、とりわけ戦後世代はそろそろ目覚めなければならない時期に
来ている。教育界を含め、「堂々たる日本人の育成」が求められている
と確信される。>

「堂々たる日本人の育成」に小生の情報発信が少しでもお役に立てばと
念じている。



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日銀総裁人事に見る政治の矮小化
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           花岡 信昭

以前ならば、「知恵者」がもっといたように思える。

日銀総裁人事をめぐる混乱を見るに付け、政治がなんとも小さくなって
しまった。

民主党の鳩山幹事長は「別の人を出してくれば党首会談を受けてもいい」
といった発言をした。

ここに鳩山氏の政治的非力さが透けて見える。鳩山氏がこう言ったから
といって、もし、福田首相が武藤総裁案とは違う案を出してきたら、ど
ういうことになるか。

福田首相の政治力はそこで終わる。野党第1党が反対していることは前
から分かっていたことで、それを承知の上で出してきたのである。

だから、鳩山氏は事態打開に向けての発言をしたのではない。混迷の責
任は福田首相にあるという構図を作り出そうということにすぎない。

福田首相としては、こうなったらテコでも引かないだろう。引いたら、
政治的なダメージは取り返しがつかないほど大きい。

副総裁2人の同意が得られれば、このうち1人を「総裁代行」とてして
しのぐ手はある。副総裁案はそれなりに練り上げられたものだったが、
これもだめとなれば、決めなければいい。

理事のうちの最古参が「総裁代行」となる。それでいい。

日本の中央銀行総裁が空席になるのだから、世界経済に与える影響は多
大なものがあるだるう。株安にはずみもつくに違いない。

だが、今回の構図はきわめて分かりやすい。そう複雑に入り組んだ話で
はない。悪いのは民主党。世界中がそう思ってくれる。

これは福田首相にとって悪い展開ではない。民主党はいよいよ政権担当
能力の欠落ぶりを天下にさらすことになる。

小沢氏の出方がすべてだ。申し訳ないが、鳩山氏とでは政治家としての
器の大きさが違う。小沢氏は「別の人を出せば党首会談を受ける」など
という単純な図式で考えてはいない。

「財政金融の分離」が民主党の主張だが、財金分離は金融庁発足で制度
としても確立したのだ。そこを見据えない「武藤忌避論」は反対のため
の反対でしかない。
2008/03/09 04:44 http://hanasan.iza.ne.jp/blog/
 


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日本にもあった碧素
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           渡部亮次郎

碧素へきそ。戦時中に使われた言葉で、後のペニシリンのことである。
日本でのペニシリンの開発は、昭和18年12月ドイツから送られてきた医
学雑誌中のペニシリンの記事を見た陸軍軍医学校の一軍医少佐の提案で
始まった。

翌昭和19(1944)年2月1日、医、薬、農、理など各学界の専門家を集め、
陸軍軍医学校で開かれた第1回ペニシリン委員会が事実上のスタートに
なり、その年の5月には粗製とはいえペニシリンは実際に臨床に使われ、
劇的な効果を上げた。

しかし、物資の不足、空襲などで工場での大量生産には至らず、運に恵
まれた少数の人達だけが、ペニシリンにより命を救われ敗戦を迎えた。

その後、研究は東北大学などで続けられ「日本初のペニシリンの製造開始
は1947(昭和22)年3月11日」(東京堂出版「366日の話題事典」80P)。経緯は
角田房子著「碧素・日本ペニシリン物語」昭和53年7月15日発行 新潮社
に詳しい。

世界でペニシリンの作用を最初に発見したのは、1928(昭和3)年、イギ
リスの細菌学者アレクサンダー・フレミングである。しかし、生産でき
る量がわずかだったので、医学界からは無視された。

その12年後の1940年にイギリスの生化学者アーネスト・チェーン、同じ
くイギリスの病理学者ハワード・フローリーらによって再発見され、量
産にも道が開けた。

ハワード・フローリー(1898〜1968)は、強力な抗生剤であるペニシリン
の性状を明らかにして、1945年にノーベル生理学・医学賞を同時受賞し
た。また、カビからペニシリンを分離する方法を開発した。

翌41年といえば昭和16年。12月8日には大東亜戦争の始まった年だが、こ
の年に臨床的にペニシリンの有効性が確認された。

これを承けて、アメリカではイギリスの研究者を招いて、大規模な量産
を開始した。ちょうど第2次世界大戦のさなかだったため、製造された薬
品は、大量に戦場へと送られていった。

ペニシリンの存在を日本国民が初めて知ったのは、昭和19(1944)年1月27
日の朝日新聞の記事だった。

「敵米英最近の医学界 チャーチル (首相) 命拾い ズルホン剤を補う
ペニシリン」アルゼンチン(当時、中立国)ブエノスアイレス発。

風邪から肺炎を起こしたチャーチルがペニシリンで命を救われた話と、
ペニシリンの紹介記事が載せられた。しかし一部の人にしか知られなか
った。

敗戦(1945年8月15日)後、進駐してきた米軍からペニシリンを貰って結核
から立ち直った日本人の話は耳にしたものだが、実際に日本の製薬会社
が製造したのは敗戦2年後だった。

ペニシリンは始め、数種類の成分がまじった状態で抽出されたのちその
中のペニシリンGという物質が薬として利用されるようになったもの。

ペニシリンGは、細菌の細胞壁の合成を阻害する。そのため細菌は成長も
増殖もできず、破壊される。ブドウ球菌、肺炎球菌、連鎖球菌、淋菌、
髄膜炎菌、破傷風菌、梅毒スピロヘータなどに効果がある。

これにより細菌性の心内膜炎、敗血症、ガス壊疽(えそ)、淋病、しょう
紅熱など、死にいたる病が治るようになった。ペニシリンの作用は、細
胞壁を持たない人間の細胞にはおよぶことはなく、一般に副作用も少な
い。

ただ、稀にアレルギー反応が起き、ショック(アナフィラキシー)で死亡
することもある。使用前にアレルギー反応テストをおこなうのはこのた
めである。アレルギー体質の人は、とくに注意を要する。

注射でしか投与されないのはペニシリンが酸に弱く、飲み薬として使用
すると、胃酸でこわされてしまうためである。糖尿病用のインスリンと
同じ。

ペニシリンの登場によって、それまで治療出来なかった様々な病気が治
せるようになったが、まもなくペニシリンが効かないブドウ球菌が現れ
た。

ペニシリン耐性黄色ブドウ球菌である。この菌はペニシリナーゼという
特殊な酵素を産生し、これによってペニシリンは破壊されてしまうので
ある。

また、エンテロコッカス(腸球菌)、呼吸器や尿管に感染を起こす多くの
グラム陰性菌は、ペニシリンそのものの作用に抵抗することもわかった。
そこで、細菌のペニシリンに抵抗するメカニズムを研究し、ペニシリン
を改良した半合成のペニシリンが得られるようになった。

そのひとつアンピシリンは、グラム陰性菌や腸球菌をはじめ効果を及ぼ
す対象範囲が広いうえ、酸に強く飲み薬としても使用できる。またメチ
シリンは、ペニシリナーゼを産生するブドウ球菌に有効である。

しかし、新しい抗生物質が広く使われるようになると、細菌は再びそれ
に抵抗するようになる。メチシリンに対しても、メチシリン耐性黄色ブ
ドウ球菌が現れ、大きな問題になっている。

抗生物質と耐性菌とのいたちごっこは、ペニシリンの登場以来くりかえ
されている。(マイクロソフト「エンカルタ大百科」2006)

女性に患者の多い腎盂炎は最新の抗生物質ならすぐ効くが健保だと効き
にくい注射をされる事がある。新薬が健保用に搭載されるまで1年はかか
り、菌の方が強くなるからだと厚相秘書官時代に教えられた。
2008・03・10



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知日家親日家に縋るな
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           前田 正晶

今朝もテレビで何処かの外国人をこの何れかとして紹介していた。勿論
褒めているのだし、こういう方が出てくれば日本にとって良いことにな
ると言いたいらしかった。

私はこのようなレーベルを貼ることは無意味だと言いたいが、マスコミ
は直ぐにこういうレーベルを貼りたがる。だが、私に言わせれば、外国
の事情に精通するのはそれほど簡単なことではない。何を基準にそんな
ことが言えるのか、不思議でならない。

マスコミは何時までこんなことを言って、罪なき一般の方を誑かす気だ
ろうかと思うとウンザリする。

その外国がどういうものかを特派員からの情報程度で解るくらいなら、
誰も苦労しないと思うのだが。大体からして親日だの知日だのは如何な
る基準で決めて言うのだろうか?何か具体的にそういう物差しでもある
のか?

自分自身20年以上もアメリカ人経営の会社で働き、日本とアメリカで年
間1:3くらいの比率で過ごしてきた。それなりにいっぱしの知米家であ
ると思う。

”chibei”と入力しても出てこないのだから我が国にはそういう概念が
ないのだろう。だが、正直に言えば私が知っているアメリカなどは、全
体を100としたら希望的観測を入れて20〜30程度だろうと思っている。

そんなものだ。昔の喩えに「群盲象を撫でる」というのがあった。私は
足の2本くらいは撫で終わっていると信じている。それでも、一般の方の
数倍は解っているだろう。だが、知米派などと自称する勇気はない。

アメリカにも確かに日本の事情に明るい人はいる。それは仕事上日本に
来ることがあって、刺身や寿司や天ぷらやザル蕎麦を食べて京都に行っ
た程度でも、日本に来たこともない人から見れば「知日」になってしま
うのである。

当方が得意とする「日米企業社会における文化の違い論」を滔々と語る
ような人には、残念ながらお目にかかったことはない。

東京の丸の内に「欧州日本研究所」=The European Institute of Japan
Studies(EIJS)という組織がある。スエーデン系である。ここでは毎月
外国から有名大学教授、エコノミスト、政府高級官僚等を招待して講演
会を開いている。

数年前までは有力会員であったT社副社長K氏(当時)のご招待で聞きに
行っていた。その講師の中に何回か知日家ないしは親日家がおられた。

日本の経済やある分野の事情を語られた。ある意味で大変興味深い講演
だった。終わってからその帰途K氏と嘆きあったものだった。「あの程度
の皮相な(superficialという言葉があるが、私の好みはskin-deepだっ
た)な認識で日本通を気取られてはたまりませんな。時間の無駄でした
ね」であった。

何を大それたことを言うかとお怒りの向きもあるだろう。外国人が言う
ことがそんなに有り難いのか、そんなことを言うのは単なる外人崇拝に
過ぎないとだけ言っておく。

それではご自身の日本の文化の知識の度合いを考えてみていただきたい。
外国の文化と比較して、外国人の前で論ずる勇気がありますか?彼らの
知識はその程度なのです。

他国の文化や諸事情を語るためには、矢張りその国に行ってその国の言
葉を使う必要があると思う。本を沢山読み、統計等の数字を通しただけ
では本当の実情を掴めないと思う。

知日家や親日家が日本を頻繁に訪れて日本語を駆使して自分の手と目で
日本の実情を把握したのだろうか?少なくとも、私は彼らの会社の中で、
英語で話す以外に意思疎通の方法がない出張生活を、年間を通じて3ヶ月
以上経験してきた。

自分が肌で感じたアメリカを論じているのだ。それでも謙虚に?理解と
認識度が20〜30と言っているのだ。

現時点でも、民主党の候補に選ばれるかどうかも解らないオバマとクリ
ントンの何れが日本に好意を持っているかなどと愚にもつかないことを
言っているのがマスコミだ。彼らが知るわけがないでしょう。

これまでに日本に何度も来たわけでもないのだから。もし運良く大統領
にでもなれれば、彼らの周りの知日家のスタッフが補いますよ。

そもそも知日だろうと何だろうと、その人がそれだけの理由で日本のた
めを考えた政策をとり、日本に優しくするわけがあるのか?

私は少しでも一般人よりもアメリカを知っているが、何か機会があれば
アメリカ批判を展開している。それは、アメリカが好きとか嫌いとかい
う問題とは別のことだろう。

このように安易に知日だの親日だのと言うような姿勢を一刻も早く捨て
て、自分から日本とはこういう国で、あなた方とはここが違うのだと、
真っ向から言えるようになって貰いたいものだ。お断りして置くが、マ
スコミだけではなく政治家と官僚にも。”



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話 の 福 袋
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 ◎ 「昨年8月に右ひざ手術」高橋尚子がレース後明かす

女子マラソンのシドニー五輪金メダリストの高橋尚子(35)は9日、名
古屋国際女子マラソンのレース後の記者会見で、昨年8月に右ひざの手
術をしていたことを明らかにした。

もともと持病だった右ひざの半月板がめくれて、関節に入り込んだ状態
になったため、内視鏡手術で約50%を切除したという。高橋は「(レー
スまで)7か月でメスを入れることに躊躇(ちゅうちょ)はあったけれ
ど、挑戦するために手術することを決めた」と理由を語った。

9日のレースで、高橋はトップから18分以上遅れ、2時間44分18秒で27
位に終わった。注目される去就については「やりたいこともあるので、
もう少し走らせてくださいと(所属先には)話をした。まだまだ陸上生
活は続けていきたい」と意欲を見せた。

(2008年3月9日17時00分  読売新聞)


 ◎<大雪予報>「無能な」気象局に非難集中!「1週間内しか予報でき
ない」」と開き直り?―中国

3月7日、中国国民に多大な被害をもたらした今年の記録的な大雪。予報
できなかった気象局は国民に謝罪するべきだとの声がネット上で噴出し
ているが、気象局局長は謝罪しないと断言。写真は08年1月の南京。
 
2008年3月7日、今春中国南部を襲った記録的な豪雪について、「これを
予測できなかった気象局は国民に謝罪すべきだ」とネット上で叫ばれて
いる。この件に関し、記者団から質問を受けた気象局鄭国光局長は「な
ぜ気象局が謝らなければならないのか?」と反問、謝罪する意思のない
ことを明らかにした。

今年の異常低温と大雪の被害は、作物や家畜に被害を与えただけでなく、
寒さによる死亡者も続出、電気や水道などのライフラインにも大きな影
響を与えた。また、春節(旧正月)と重なったこともあり、各公共交通
機関を利用した帰省客は各地で長期間足止めを余儀なくされた。

中国のネット界では、これらはすべて気象局が正確な天気予報を関係部
門に通知しなかったせいだとして気象局の責任を追及。だが、「今の中
国の科学技術レベルでは、1週間以内の気象予報しかできない」と鄭局長
は説明している。( 3月9日16時12分配信 Record China


 ◎ラジオ深夜便で迎康子アンカーが「さんしきすみれ」と発音した
「サンショクスミレ」(広辞苑)はパンジー Garden Pansy である。

日本へは64年に渡来し、ユウチョウカ(遊蝶花)ともサンシキスミレ(三色
菫)ともよばれている。(マイクロソフト百科「エンカルタ」)

ヨーロッパ北部原産のスミレ科スミレ属の1年草、ビオラ・トリコロル
など数種の原種から交配された園芸品種群の総称。品種改良は1813年、
イギリスの園芸家T.トムソンによってはじめられ、現在ではもっとも重
要な園芸植物のひとつとなっている。


 ◎日本人ならイモを食え? 東北大の「自給メニュー」に反響

東北大学の学生が1月に実施した食料輸入がストップした場合の食事メ
ニュー体験「日本SHOCK!フェア」が全国で反響を呼んでいる。

食料輸入が止まり、自給可能な食料で1日の食事メニューを作ると3食
ともイモが主体になる。このメニューを体験し、学生に食料自給率39
%という日本の危機的状況に関心をもってもらうことを狙ったイベント
だ。

4月に「食料安全保障課(仮称)」の新設を予定している農水省は、食
糧自給率リポートの発行やホームページから各家庭の料理自給率を計算
できるソフトをダウンロードできるようにするなど食料自給率への関心
を高める努力を継続中。「言葉だけでは分からない。体験は食料自給率
への関心を高める」(農水省)と期待する。

今すぐ輸入がストップして、国内で生産可能な食料だけに限定してメニ
ューを作ると1日996キロカロリーしか摂取できないが、メニューは、農
水省が進める耕作放棄地解消策などがうまくいったことを前提に、平成
27年度の食料自給率をもとに1日当たりの摂取熱量を最大化(2020キ
ロカロリー)して作った。

予想値をもとに作ったメニューだが、2000キロカロリーは戦後の食料難
が続いていた昭和20年代後半と同水準になる。

東北大のイベントは、イモ主体のメニューを2日間で117食を販売した。
目標の100食をクリアし、体験者へのアンケートでも85%の学生が「日本
の食料自給率の低さは問題だと思う」と答えた。

イベントを企画した学生らは、「熊本市議会議員が見学に来たり、千葉
県の主婦団体からの問い合わせなど全国で反響があった」と満足げ。
「このメニューを福田康夫首相に食べてもらいたい」と話している。

今後は、小学生とその親にメニューを体験してもらうイベントを市主催
で開催するように仙台市教育委員会と交渉中。また、全国の大学生協に
もイベント実施を働きかけていく。3月9日17時18分配信 産経新聞
 

 ◎シー・シェパードの過激な抗議活動、IWCが非難声明

【ロンドン=中村宏之】英ヒースローで開かれていた国際捕鯨委員会
(IWC)の中間会合は8日、反捕鯨を主張する米環境保護団体「シー
・シェパード(SS)」の過激な抗議活動を非難する声明を発表し、閉
幕した。

IWCが特定の団体を名指しで非難するのは初めて。日本政府代表団が
提案し、全会一致で採択された。

声明は、日本の調査捕鯨団の母船「日新丸」がSSの抗議船から薬品入
りの瓶などを投げられたことに対し、「IWCと締約国は、人命と財産
に危険を及ぼすすべての活動は受け入れられない」と批判し、危険な行
動の停止と自制をSSに要請した。

採択には、米国のほか、SSが拠点とする豪州、抗議船の船籍があるオ
ランダも含めて、参加54か国すべてが賛成した。

一方、捕鯨支持国と反捕鯨国の激しい対立で空転が続くIWCの正常化
については、安易に投票で賛否を決めず話し合いで合意を探ることや、
解決が難しい問題は小グループで議論したうえで全体会議に諮るなどの
改革案が協議された。6月にチリのサンティアゴで開かれる年次総会で
再び議論する方針だ。        (2008年3月9日21時40分  読売新聞)


 ◎<立花隆さん>がん手術の手記を「文芸春秋」で発表

評論家の立花隆さん(67)が10日発売の「文芸春秋」4月号の「僕はが
んを手術した」と題した手記の中で、07年12月27日に膀胱がんの手術を
受けていたことを明らかにした。

手記によると、12月4日に中期の癌が判明。手術を受けたが、現在も
週1回の治療を続けているという。3月10日12時5分配信 毎日新聞

 

 ◎ステージで「チベット独立」叫んだ歌手ビョーク、当局激怒で法的
手段に―中国

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080310-00000002-rcdc-cn

7日、アイスランドの人気女性歌手ビョークが今月2日、上海市で行った
コンサートのステージ上で突然「チベット独立」を叫んだ事件で、中国
文化部は彼女に対し法的手段をとると発表。。
 
2008年3月7日、世界中で熱狂的なファンを持つアイスランドの女性歌手
ビョークが中国公演のステージ上で「チベット独立」を叫んだ事件で、
事態を重く見た中国文化部は彼女に対し法的措置をとると発表した。

今月2日に上海市で行われたコンサートで、ビョークはステージ上で中国
当局から許可を得ていない楽曲「Declare Independence(独立宣言)」
を歌い始め、突然「チベット!チベット!」と叫んだという。これには
中国の聴衆も驚き、事件は瞬く間に内外に報道された。

中国文化部スポークスマンは、政府は国際的文化交流活動を積極的に奨励
しているが、国内で活動する海外のアーチストや団体は国家の「営業性
演出管理条例」を遵守しなければならないと強調。

この規定に違反して個人的な芸術活動を政治利用し、中国人民の感情を
傷つけるアーチストは歓迎しない、と強い不満の意を表明。ビョークに
は法的措置をとると述べたうえで、今後中国を訪れる海外のアーチスト
や団体の芸術活動について、より厳しいチェックを行うことを明らかに
した。 3月10日7時19分配信 Record China



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反     響
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 1)89歳の母のボケが進行している。ここ数週間、日にちと曜日が把
握できず、毎週火曜日がデイサービスなのに別の日に送迎車を待ってい
たりする。

小生は心配するが、カミサンによれば「老いるというのはそういうこと」
で、「明日はデイサービス」「今日はデイサービス」という掲示板を作っ
て案内することにした。

3月9日は父の祥月命日だが、8日の朝、「卒塔婆をお寺に頼んできて」と
言う。まったくもう、早く言えよなあと小生はお寺に行ってきたが、夕
方になると「9日にはお坊さんを呼んでお経を上げてもらおう」と言い出
した。間に合うわけはないので「今日は何日だか分かっているの?」と聞
けば、「3月のはじめだろ」。

8日の昼には冷蔵庫の中をごそごそ10分ほども物色して、「不思議だ」
「あー、食べられちゃったよー」と繰り返している。冷蔵庫の上の棚は
母専用にしており、食べ切れなかったものを母は自分でそこに仕舞うの
だ。

夕方カミサンが冷蔵庫を開けて「あれ、これはおばあちゃんのよね」と
皿を取り出した。母は別の棚に置いてしまったようだ。

動作がとても緩慢になってきた。一連のスムーズな動きがなくなり、ど
うやら途中で目的を忘れてしまうようだ。

新聞もこのところあまり読まなくなった。

趣味の俳句も、以前は「ああ忙しい」とメモ用紙を手にうろうろしてい
たが、その光景はなくなった。毎週土曜日 にはタクシーで句会に通っ
ていたが、もう行っていない。散歩にも出かけなくなった。

甥っ子夫婦が2年ぶりに顔を出すと「まあ、すっかり大きくなって!」と
涙ぐんでいる。55歳に向かってこの言葉はなかろうが、多分、子供時代
の記憶しか残っていないのかもしれない。

老いは釣瓶(つるべ)落としのように一気にやってくるのだろうか。
(平井)

註:「釣瓶落とし」釣瓶を井戸に落とすように、真直ぐに早く落ちる事。 
(広辞苑)


 2)毎日のご健筆 本当に頭が下がります深夜めで構想を練り 執筆
されているのを送信時間の記録で知り 根からの記者なのだなあと感動
しています

小生など足元にも及びません 落第しているのに今更言えませんが や
はり 胡散臭さというか独特の雰囲気にはまいりました

毎号の楽しみは渡部さんが何を取り上げているかです何しろ こちらの
予想もしない話題を投げ込んできます

東京空襲 南部と津軽 翌檜 鈴蘭 黄砂 日本人学校。。。ご専門の
政治はせんたく議連と小沢戦略毎回うう〜んと唸らされる内容で勉強し
ています

それに嬉しいのは「話の福袋」です きめの細かい内容は日本人がぎっ
しりと詰まってます確かめるように読んで家内に話してます

創刊以来毎日勉強させていただいて 感謝感謝ですそのほかの記事には
別の感想を持っています

渡部さんの記者精神からどうなのか 本音をお尋ねしたいところですが
 どうか渡部調が消えることのないようにと祈る次第です ご健筆をあ
りがとうございます (一)


 3)日本ハム・ファイターズに鳴り物入りで、と言っても鳴らしたの
はスポーツ新聞だが、入団した期待の大物。

だが、私にはアホらしくて見ていられない空騒ぎ。何しろここには「甲
子園野球」の悪影響が見えてくるからだ。だが、現実には梨田監督がど
う言ったの、開幕一軍だの、オープン戦でいきなりホームランを打った
の、フリー・バッティングで柵越えが何本あったのという具合に読者を
誑かす。かと思えば今度は「二軍落ち志願」だと。

私は久し振りにXX力に溢れた三振かホームランかという、戦後間もなく
の大選手・大下弘の再来を見る気がしている。いわば「未完の大器」で
あろう。

近頃はあのような荒削りと言うよりも、まともに教えられていない若者
が減ってきた。皆一様に綺麗に纏められていて、何をしでかすか解らな
いという魅力がない。いきなり150kmという速い球を投げて見せ、しかも
ある程度以上コントロールする方法を知っている投手もいる。

言い方を変えれば、最初から何処までやれるかが素人に見えてしまう若
き半完成選手ばかり。

そこに、私の目には「今は弄り回したり、褒め称えて思い上がらせたく
ない、誰が思い上がらせるかは言うまでもないスポーツマスコミだが、
選手・中田の登場」である。

彼を真っ向から「まだまだ、あれでは通用しない」と断定したのは、私
が知る限りでは張本勲だけ。

言いたいことは「何故高校時点であれだけ纏まってしまった子供たちが
出てくるのか?」なのだ。面白みがない大人びた、伸びしろが少ない奴
が多すぎる。典型的な例が早稲田の斉藤何とか君だ。

何故纏まるかだが、それは簡単なことで「甲子園」である。あれで勝つ
ために、長い期間のトーナメントを勝ち上がっていくためには荒削りの
素材を集めたのでは通用しない。

だから、基礎体力鍛え基本をみっちりと仕込むのではなく、小さく纏め
る傾向がでるのはやむをえない。何しろ在学する学校の「母校のため」
などと言葉の誤用があるからである?

中田翔君は甲子園に出てくるような学校から来たのに、あのがさつな纏
まり方である。それはそれで良いのだ、素質があるのだから。だが、そ
の点を真っ向から指摘せずに、褒めあげて増長させることは罪悪ではな
いか?

残された課題はマスコミの沈静化と、ファイターズのコーチの手腕が何
処まで彼を修正するかだ。問題は日本の野球独特の「オーヴァー・コー
チング」にならないようにする点だと思う。(前田正晶) 

 
 4)1974年でゴルフを止めてしまった私ですから、最早ゴルフを語るほ
ど最新の知識がないのです。だが、内田一ノ輔氏のコメントを拝見して、
乏しい知識から。

「日本国のプロは恵まれすぎて、何も汗水垂らして練習しトーナメント
に集中して賞金を稼がなくともやっていける生活だ」と言うことことを
聞いたことがあります。

だが、一方では「生活が成り立つほど賞金収入があるのは一握りで、残
る大多数は苦しいプロ生活」というのもあるそうです。

楽に暮らせる連中は、ゴルフ場のクラブとの契約、スポンサーとの契約、
レッスン料、お客とのラウンド1回で数万〜数十円の収入になる、テレビ
解説等々の恵まれた条件がある。

従って「ある程度の実績」ができれば、トーナメント・プロと言うより
は「タニマチ依存」で十分稼いでいける。従って「(私は嫌いな言葉な
のですが)ハングリー精神もなく、技術の進歩のために懸命に練習など
しなくともやっていける」のだそうです。

だが、これとても限られた人数のプロの話のような気がします。

個人的見解では「日本のプロはパットの際などに顕著ですが、集中力が
アメリカや、それこそ韓国のプロと比べると劣っている」と見えます。
これが欠点です。アジア人がアメリカのプロとの比較で、体格と体力が
劣勢ではないことは、すでに韓国のプロが証明しています。

聞くところでは、アメリカ人は圧倒的にB型が多いのだそうです。我々は
過半数がA型。この点が内田氏のご指摘と合致。

とすれば、私の持論である「『イエスかノーか』で常に勝負するアメリ
カ人」と「奥床しく相手の立場を尊重し、勝負を避け、相手の顔を立て
る美学」の日本的ロマンの違いでしょうか?何しろ、何処に行っても
「フェアー・プレー賞」を貰ってくるようなサッカーをしているのです。

私はこれらが悪いこととは思っていません。ただ、国際的な勝負に向い
ていないだけかと?だからこそ「文化の違い論」を唱えているのです。
「負けてたまるか」精神でやって貰いたいもの。

頑張れ、日本! 以上前田正晶 



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身 辺 雑 記
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10日は久しぶりに朝から雨。命惜しいから医者の命令どおり雨中散歩を
強行。公園を2時間近く歩いた。ジョギングの人は勿論、散歩の人も散歩
の犬も皆無。実に爽快。

携帯電話は時に困る。公衆トイレで雨具を引き開けて用を足している最中
に鳴る。出ないわけにいかず、慌てる。午前10時半ごろ、突然雨はあがっ
た。

11日は忙しい。大阪と岩手からそれぞれ来客。九段下で連続面会とする。
東京は気温が急に18度になるという。10日の久しぶりのお湿りと11日の高
温で櫻は蕾を大きくするだろう。

いま猿江公園で元気なのは楠木だけ。緑の葉を広げている。哀れは百日
紅。幹の皮がむけているから、とても寒そうだ。辛夷は咲きかけた。やは
り春なのだ。

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