政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

全て表示する >

頂門の一針 1050号  08・01・07(月)

2008/01/07

□■■□───────────────────────────□■■□
 わたなべりやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」 1050号
□■■□───────────────────────────□■■□  

         平成20(2008)年1月7日(月)



                                 福田・大平品格の差:渡部亮次郎

                                 恒存は偉大なる常識家:宮崎正弘

                                   ロシア水面下は泥沼:古澤 襄

                         三峡移民の胡散臭い「成功例」:平井修一

                                 私の英語勉強法(11):前田正晶

                         話 の 福 袋
                         反     響
                         身 辺 雑 記


□■■□  ──────────────────────────□■■□
第1050号            
                              発行周期 不定期(原則日曜日発行)
           御意見・御感想はchomon_ryojiro@yahoo.co.jp

                購読(無料)申し込み御希望の方は
                    下記のホームページで手続きして下さい。

       http://www.max.hi-ho.ne.jp/azur/ryojiro/chomon.htm
    バックナムバーは http://www.melma.com/backnumber_108241/

    ブログアドレスは http://chomon-ryojiro.iza.ne.jp/blog/



━━━━━━━━━
福田・大平品格の差
━━━━━━━━━


         渡部亮次郎

毎日新聞のコラムニスト岩見隆夫さんが2008年1月5日のコラム「近聞遠
見」で書いている。

<・・・餅、すしはもとよりだが、食べ物は時間が勝負、早く食べるに越し
たことはない。政治も似たようなところがある。スピード感だ。拙速は
まずいが、逡巡(しゅんじゅん)はもっとまずい。政界では、いまも、

「大国を治むるは、小鮮(しょうせん)を烹(に)るが若(ごと)し」

などという格言が使われるからややこしい。老子の言葉、大国を治める
のは、はらわたも骨もそのままの小魚(小鮮)をじっくり煮るようなも
の、という意味だ。時間をかけ作為を弄(ろう)さずに、という賢人の
教えである。

それも一面の道理だが、いまはテレビとインターネットの超高速伝達社
会だ。じっくり、だけではすまない。

手っとり早く安直に、では困るが、餅にカビが生えないうちに、マグロ
の色があせないうちに、今年は鮮度のいいハンドルさばきをお願いした
い。>

これを読んで内閣改造を見送った総理大臣福田康夫氏のパリでの言動を
35年ぶりに思い出した。

この年1978(昭和53)年は当時の総理大臣福田赳夫氏が大平正芳幹事長に
「2」年と約束した「自民党総裁任期」の満了年である。11月が来たら退
陣すると紙に書いて交わした「密約」を果たさなければならない。

それに先立って福田首相は西ドイツの首都(当時)ボンでのサミットに出
席すべく東京を発ち、7月14日午前2時15分(現地時間)パリに途中立ち寄
った。

なぜなら「7月14日」こそはフランスの革命記念日であり、首都パリでは
さまざまな華やかな行事が展開される。人気を盛り上げて密約の反故(ほ
ご)を策する福田父子にとって「パリ祭」は記者サービスの大事な材料で
あるはずだ。現に首相は私に「亮ちゃん、パリじゃ美味いものをご馳走
するぜ」と軽口を聞いてくれたぐらい。

現地時間の午後4時10分からコンコルド広場を囲む有名ホテル「クリヨン」
で同行記者諸君と「記者懇談」だという。日本時間ではまだ午前9時過ぎ。
みな、些か時差ボケ。折から広場ではファンファーレが鳴り、上空を航
空機やヘリが舞ってお祭りは最高潮。それでも福田さんは懇談を止めな
い。

記者団は総裁再選問題ばかりに食いつくが、総理はサミットの意義ばか
りを強調する。堪らず私は総理大臣首席秘書官たる康夫さんに囁いた。
外は大賑わい、記者団も心ここにあらずじゃないですか。

「いや、連中はサミットの意味を全く分かっちゃいないんだから、ここ
はもっと教えなければ駄目です!」。終わった時、祭りは最高潮を過ぎ
ていた。「餅」の食い時は過ぎていた。

ここへ来る2日前の7月12日午前6時30分、私は目白の田中角栄邸玄関前の
車中に待機していた。角栄首相(当時)に大阪へ飛ばされたのがきっかけ
でNHKを途中退職した私。42歳にして園田直外務大臣の秘書官に就任した
私。

あろうことか、付いた外相が領袖の福田氏ではなく角栄氏を頼りにすべ
く極秘に訪ねて来て私もそれに従ってきた。なんという歴史の皮肉であ
ろうか。しかし政治が権力闘争そのものである以上、生き残りのために
は『昨日の敵は今日の友』当然なのである。

「福田は2年で終わり、年末には大平政権」で一致してきた園田は意気軒
昂。そのままオテル・デュ・クリヨンの部屋に「福田再選への梃入れ要請」
に来た森喜朗官房副長官にも「君ら、オレの言う事を聞くなら再選あり
うるが、そうでなきゃ無いぜ」と高飛車に言った。

園田氏はあのまま官房長官をしていられたら大平氏を説得して任期1年延
長を取り付ける心算で、かなりの自信を持っていた。だが「とにかく官
邸から園田を追放して後任にワシの女婿安倍晋太郎を」という親分の注
文をもだいしがたく、園田を外相に追いやった。

後で聞けば、片方の大平氏は福田氏が再選に立候補するなどとは信じが
たく「まさか」と思っていた。それが挑戦してきて敗れ、かつ「40日抗争」
を仕掛けてくるなんて想像もしていなかった。2人の品格の差というしか
ない。康夫氏は「密約」を最後まで知らされずに父を見送った。
2008・01・06



━━━━━━━━━━
恒存は偉大なる常識家
━━━━━━━━━━


            宮崎 正弘

 福田恒存『福田恒存評論集 8』(麗澤大学出版会)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

福田恒存という思想家は「偉大なる常識家」である。したがって常識が
通用しない時代に重宝されたのは当然だったにしても、ますます常識を
失った現代日本において、ますます貴重な存在として輝き続けるのであ
る。

ちょうど評者(宮崎)は学生時代だった。

本書に収められた評論の数々(ほぼすべての論文が昭和40年から45年)
を私は当時、夢中で読んだ記憶がある。学生運動真っ盛りの頃である。

慶応、早稲田に端を発した大学紛争は、暴力的になって日夜激化し、昭
和四十五年に赤軍派ハイジャックと三島事件へといたる。日本が騒然と
していた。

大学は荒廃し、教育が歪曲され、価値紊乱が方々で起きていた。福田は
常識の回復を訴えていた。

夢中で読んで、福田氏に講演に来てもらったことも数度。電話での長話
も経験した。最初に講演を依頼したのは昭和42年だった。「戦後日本の
知的退廃」とかの演題だった。
 
感動したのは学生新聞の編集者風情を一個の大人として扱ってくれたこ
とだった。 

このたび福田恒存評論集に改められると、私はどうしてもあの時代の感
傷にまず浸ってしまう。

左翼学生運動も論争も激動だった時代が、つい昨日のように脳裏に蘇る
からである。 

たとえば昭和44年の『諸君!』創刊号に福田氏は次のように書いた。

「大方の日本人は大東亜戦争の敗北によって『醜の御楯(しこのみたて)』
としての生ける目標を失った。が、それを失うより早く手に入れた生き
甲斐は戦争犯罪に対する懺悔の心であり、贖罪意識である。

(中略)生き甲斐のごとき本質的な事柄において日本人の関心を引くの
は、つねに心懸けであって行為ではなく、意であって形ではない」

「必要なのは心の拠り所であり、それはすべて平和憲法に預けた格好に
なった。これは二重の皮肉である。第1に罪悪感という消極的な概念に
生き甲斐を求めた事であり、第2にそれを積極的に誇りに転用したこと
である」(本評論集304p)。

『平和憲法』なるものを後生大事な経典とした知識人は偽者だと皮肉っ
ているのである。

また福田恒存氏氏はこうも書かれた。
 
「私はこの平和という名の武器の威力を信じます。隋って平和主義や中
立主義を非現実的な観念論となし、その不可能を説く私を目して現実主
義を言うのは当たらない。なるほど私も平和主義や中立主義の非現実性
を非難して参りました。しかし、それが実際に非現実的で無効化ならば、
わざわざ反対する必要はない」

(中略)「平和という名の美しい花を咲かせた日本の薔薇造りは、その
ヒューマニズムという根がいつの間にかエゴイズムという蟲にやられて
いる事に、果たして気づいているかどうか。

そのけちくさい、ちっぽけな個人的エゴイズムに目をふさぎ、今度は同
じヒューマニズムの台木にナショナリズムを接木して、平和と二種咲き
分けの妙技を発揮しようとしている」

 「ナショナリズムを口にする者が本当に日本民族の自覚を持っているの
か」(中略)「ヴェトナムの民族主義を理解し得る様な口吻を進歩的知
識人の言動に感じるとき、私は文字通り呆れ返ってものが言えなくなる」
(初出は読売新聞、昭和40年6月8日。本評論集、132p−133p)。

 「べ平連」なる似非知識人と付和雷同の学生らの団体が結成される直前
に、はやくも似非平和主義の方向を予知し、批判しているのだ。

昭和40年代初頭、論壇は左傾化が激しかったが、その分、保守派文化人
も『自由』や『文藝春秋』で健筆を振るっていた。『諸君』も『正論』
も『ボイス』も創刊されていなかった。『サピオ』も『月刊日本』も、
『WILL』もなかった。

 思想界では一方に林房雄、保田與重郎がいた。岡潔がいた。林の『大東
亜戦争肯定論』は民族派のバイブルだった。

三島由紀夫が『英霊の声』、『喜びの琴』などを書いて保守陣営に飛び
込んできたのも、この時代だった。いきなり福田の大常識を飛び越えた
保守論壇に加わってきたのだ。

体制派御用の論客には猪木正道がいて、高坂正尭が登場したばかりだっ
た。永井陽之助がデビューしてきた。

保守の伝統的な論客らはミニコミ誌で活躍していた。竹山道雄や会田雄
次が大車輪の活躍をする直前であった。福田は保守論壇のチャンピオン
として、その発言が逐一注目されていた。


   ▲「正気の狂気」が三島なら、福田は「狷介孤高」の士

 『論語』によれば、知識人には「狂」と「狷」がある。「子路第十三」
に「子曰く 中行を得て之に与せずんば、必ずや狂狷か。狂者は進みて
取り、狷者は為さざる所有るなり」。

「狷介孤高」の士とは仕事がなかなかしにくく、狂の人は他人がしない
ことを率先して突っ走るという意味である。要は行動するか、評論に徹
するか。
 
山県有朋は青年時代を「狂介」と号した。陸奥宗光の号は「六石狂夫」
である。

吉田松陰も西郷隆盛も、そして三島由紀夫も「狂」の部類であろう。

「狷者」なら岡潔も、板垣退助もそうだろう。そして、私は福田恒存を
「狷」のほうに分類してしまう。
 
三島事件が起きたときに林房雄は「正気の狂気」と比喩して三島の行為
を分析した。 

「狷」のほうの福田は「わからない。わからない。私には永遠にわから
ない」という名文句を吐いて、以後、三島事件に関する論評を一切行わ
ずに沈黙した。

かわりに江藤淳が猪口才なことを言い募ったが、小林秀雄に叱責された
ものだった。 


福田恒存の評論集は、1度文藝春秋から出た。

昨年から全12巻の新装版として、麗澤大学出版会から刊行が始まった。
その第1巻は教育論、国語論、祝祭日、憲法論などが選ばれているが、
最後に珍しく「乃木将軍と旅順攻略戦」が挿入されている。

乃木将軍を無能と断じた司馬遼太郎への鋭角的批判であり、これを書か
れたのが三島事件直前であったことも何かを象徴している。

司馬の“乱世史観”なる似非歴史分析を透視して、『合鍵を持った歴史
観』と木っ端微塵に打ちのめした。

いずれの文章も想い出が深く、あの時代と自然に重複してしまう。



━━━━━━━━━
ロシア水面下は泥沼
━━━━━━━━━


          古澤 襄

モスクワと台北の友人から正月にメールがあった。久しぶりである。台
湾について書こうと思っていた矢先。今の台湾のことではない。オラン
ダの統治下にあった台湾のこと調べているが、十分な資料がないので延
びのびとなっている。

まずはモスクワの近況。プーチン大統領は年頭の挨拶で、ロシア経済は
これからも伸び続けると自信に満ちた演説をしたのは、日本でもNHK
が放映していた。

たしかにエリツイン大統領末期に極東ロシアを訪れた時には、ウスリー
河沿岸の工場は廃業状態で火が消えた惨憺たる状態であった。あれから
10年になる。

だが、若いロシア人の男女は自由なロシアの可能性に極めて楽観的であ
った。貧しくても共産主義のソ連には戻らないという声を、ハバロフス
クやウラジオストクのあちこちで聞くことができた。シベリア奥地のイ
ルクーツクでも同じであった。

それから3年後に極東ロシアを訪れたが、ハバロフスクの市民たちの着
ているものが格段と良くなっていた。

消えていたウスリー河沿岸の工場地帯から煙がさかんにあがっていて、
ロシア経済が活況をとり戻しつつあるのを実感して帰国している。プー
チン大統領初期のことである。

原油価格の高騰はプーチン政権の追い風になっている。特定の金持ち層
まで生まれている。だがモスクワの近況は新たな問題を惹き起こしてい
た。友人のモスクワ便りは、”上面が黄金、水面下は泥沼”と容赦せず
に表現している。

友人はモスクワの貧しいロシア娘たちを相手に生け花の師匠をやってき
た。草の根の日ロ文化交流を実践して外務大臣の表彰も受けた。だが物
価が高騰したモスクワでは、以前は安く借りることができた生け花の展
覧会場が「今では高くて、高くて手も足も出ません」と悲鳴をあげてい
る。

20年続いた日本食品のスーパ−も昨年暮れに店を閉じたという。モスク
ワの日本人経営のレストランも3軒、相次いで店を閉じた。「場所代が
高くて更新できないのです」と実情を伝えている。

「フランスの有名なフオーションも1年保ちませんでした」というから、
モスクワの現状は資産バブルの異常現象に陥ったのではないか。

このバブルのお陰で、友人のアパートが異常な値上がりをしているので
「今売れば日本でも十分にアパートを買えるほどになつています」とい
う。

古希を過ぎても日ロ文化交流の礎になる気でいた友人だが、20年近く
なったモスクワ生活を切り上げて帰国するつもりになっているそうだ。

一時は日本の年金でモスクワで優雅に暮らせるといった状況が、一転し
て物価高から帰国する事情は、まだ日本には伝わっていない。(続く)

杜父魚ブログの全記事・索引リスト(1月4日現在1360本)



━━━━━━━━━━━━━━
三峡移民の胡散臭い「成功例」
━━━━━━━━━━━━━━


            平井 修一

「頂門」の先日の配信によると、三峡ダム建設では膨大な住民の移動が
必要だ。「貧困層に転落した『三峡移民』」という小見出しで、こう伝
えている。

<ダム工事に伴い強制移転を余儀なくされた住民の数は140万人に及ぶ。
これらの「三峡移民」の多くは充分な補償も受けられないまま、貧困層
へと転落、社会問題となっている。中国当局は今年9月、2020年までに、
さらに230万人を移転させると公表した>

支那の公式サイト「国務院三峡工程建設委員会」には、「移転してよかっ
た」という住民の声が溢れている。

もちろん一握りの成功者の話で、共産党宣伝部お得意のプロパガンダだ。
以下、その声欄の筆頭に載っていた話を抄訳する。

・・・・

<「積極的に移転に協力して富をなした」

喬能尭の妻は話す。

「三峡ダムのための移転は国家の重大事で、毛主席が意欲的に三峡ダム
建設に号令を発しました。私たちは三峡ダムの成功を願い、“スズメは
広い世界へ飛び立たなければいけない”という教えに従い、山を離れま
した」

喬能尭は今年49歳。三峡ダムの100万の移民の1人だ。先祖代々、湖北省
香溪鎮向家村に暮らしていたが、1996年8月28日、宜昌市狼亭区に移った。

喬能尭には78歳の老母がある。2人の娘はまだ小さい。同郷人は地元を離
れることができない。なぜか。皆が言う。

「引っ越して3年間は収入がない。その間、住まいをつくり、農地を耕作
し、種をまく。それからようやく収穫ということになる。困難は想像を
超える」

喬能尭と彼の妻は、果樹園、養豚業を営んでいたが、「三峡工事に協力
する」と移転に同意した。去るものは追わずと言うが、別れにあたって
ふるさとの人々は涙、涙。喬能尭も涙ばかりだ。

引越し当日夕方、自動車の列は宜昌市の居住区に達した。雨は上がった
が道はぬかるんでおり、知らない人ばかり。心中は不安でいっぱいだっ
た。このとき県知事、書記、移民局の幹部らが来てくれ、家具を運び、
テントを組み立て、食事を用意し、移民たちを安心させた。

党と政府の三峡移民の方針はこうだ。

移住すれば次第に富をなすことができる。引越しと住宅を用意してくれ
る。母屋は80平方メートル、付属する2棟は70平方メートル。移民した人
々が安定した生活を送れるように幹部は努力している。

1996年9月5日、移って間もなく喬能尭は豪雨の被害にあった。村幹部と
上級党委員が見舞い、移民の損失を減らして、生産の回復に努めてくれ
た。今では水田の3.5畝、畑0.5畝、柑橘樹90株、里山2畝、山林2畝を持
ち、養鶏、養豚、養魚、柑橘樹栽培で党と政府は指導してくれる。

1997年、豊作を迎える。糧食は3500斤に達して、油料200斤、柑橘12000
斤、出荷豚4頭、年間総収は12000元(18万円)に達して、一人当たりの
純収入は2400元(3.6万円)。中上等の水準を受け取るまでになった。>

・・・・

それから10年。喬能尭がどうなったかは知らない。彼の成功に曳かれて、
中共に騙され、結果的に強制されて「三峡貧困移民」になった人が圧倒
的に多いだろう。

今日、池袋の中華料理店の店頭で中共を激しく非難す週刊紙「大紀元」
を2年ぶりに手にした。2年前はたったの4ページ。今はカラーページを含
めて20ページになっていた。2年前は300万人が、そして今は3000万人が
中共を離党したという。喬能尭の成功に続く三峡移民はいなかったのだ
ろう。



━━━━━━━━━━
私の英語勉強法(11)
━━━━━━━━━━


         前田 正晶

英語の品格

誰がどのような言葉を使うのか:

品格:

アメリカはご存知のように差別(discrimination、だが、動詞の
discriminateを使って「差別する」と言う時に”I was discriminated
against.”とagainstが付くのが凄いと密かに思っている)の本場?で、
それだけ多くの階層(上下関係で捉えないで、色々にグループ分けされ
て横並びで存在している国と考えても良いかも知れない)があるという
ことだ。

その階層毎に言語が違うし、独自の符丁や隠語がある。そこでややもす
ると他のグループの言葉に影響を受けることになりがちだ。その結果、
つい使ってはならない言葉を使うと、余り良い結果にならないし、「品
格」の問題が生ずると言いたいのである。

「何を言うか、アメリカは自由と平等と国ではないか」などと言わない
で欲しい。これが現実なのだから。

我が国でも「お里が知れる」と言うではないか。言葉には、特に英語の
世界ではそういう点を論う傾向があるとお考え願えないだろうか。

日本語にも余り使って欲しくない汚い言葉があるのだが、何故か英語の
世界のような議論をする人が少ないと思う。

「間抜け」だの「Xったれ」だの「畜生め」だの「あのhorse and deer」
だの等を指すのだが、これらの言葉を使ったからと言って品格を云々す
るのを余り聞いたことがない。だから我が国は悪平等で民主的(?)で
はないのかとすら思うことがある。

学校で良い成績を残そうとか、英語で話そうとか、会話をしようとか、
海外に進出しようとか、外国で暮らそうとか、何か外国語を学ぼうとお
考えになる方には、それぞれに英語を勉強する目的があるだろう。

だが、現実に彼らの中で過ごしてみると悪い意味で「お里が知れる」言
葉を使ってはならないことが否応なしに見えてくるものだ。「妙な里言
葉」を知らず知らずの間に選んでしまって「しまった!」とならないよ
うに、心がけねばならないことを申し上げておきたい。

故・千葉勉教授は言われた「文法を間違え、アクセントの付け方を置く
位置を誤っているようでは、無教養の誹りを免れない」と。これが品格
のことを言われたとは後になって解った。

大学生は「そんな無理を言われても困ります」と思いながら謹聴してい
たものだったし「まさか?」の思いだった。第一、国内にいればそんな
局面に出会うこともなかったのだから。だが、これが現実である、所属
するグループによっては。つづく
  


━━━━━━━
話 の 福 袋
━━━━━━━


 ◎電気抵抗“ゼロ”、次世代送電線を米と共同開発

経済産業省は5日、米国と連携し、電気抵抗がゼロとなる次世代の送電
線材料の開発に共同で取り組む方針を明らかにした。

実用化できれば、送電過程で失われる電力が大幅に減り、地球温暖化の
原因となる二酸化炭素(CO2)排出量で年間約1000万トンの削減につ
ながると見ている。

先端技術研究で知られる米ロスアラモス国立研究所(ニューメキシコ州)
との間で、近く覚書を締結する。共同開発は、経産省系の国際超電導産
業技術研究センター(ISTEC)を通じて実施する。日本国内で送電
網の設備更新が増加し始める2020年度までに実用化にメドをつけ、電力
各社の切り替え需要に応じる。

現在、送電線の素材には主に銅が使われているが、電気抵抗で発電所か
ら家庭やオフィスに届くまでに約5%が失われている。  
1月6日10時37分配信 読売新聞


 ◎「幻のキノコ」顔出す 白浜の松林に松露 
 
数が激減し「幻のキノコ」とも言われる松露(しょうろ)が、白浜町中
大浜の松林に生えているのを、地元の交流グループ「中みのりの会」会
員の稲毛一雄さん(56)が見つけた。

松露は春と秋に松林の地上に発生する球状のキノコ。稲毛さんは「雨上
がりの上、暖かかったので季節を間違えたのでは」と話している。

松露はマツタケと同様、松の根と共生し、同時に病原菌から松を守って
いるともいわれている。表皮は白く、地表に出た部分は黄褐色。シャリ
シャリとした歯応えと、独特の香りからトリュフにも例えられる。

中みのりの会会長の浜口弘悦さん(72)によると、大浜の松林では、第
2次大戦前から松露が普通に採れた。近年、松林の衰退が激しいため、
松への関心を高め、松林を守るために松露を復活させようと会員同士で
話し合い、県の協力で松林の管理に乗り出している。

稲毛さんは「雨が降ったので、ひょっとしたらと思って来てみたら、予
感が当たった」とにっこり。1カ所で直径2〜3センチのを3個、別の
所でも数個見つけ「まだあるかもしれない」と笑顔を浮かべた。

【松林で見つかった松露(白浜町中で)】
http://www.agara.co.jp/modules/dailynews/article.php?storyid=138286
('08/01/06)紀伊民報


  ◎はびこる大麻栽培 摘発の6割若者 宮城・山形でも逮捕者
 
若者らが大麻草を自家栽培し、大麻取締法違反容疑で逮捕されるケース
が増えている。東北でも宮城、山形両県で繁華街の美容院や自宅の畑で
育てていた事件が摘発された。覚せい剤と比べて値段が安く、インター
ネットなどで入手できるため、安易に手を染める例もあり、各県警が警
戒を強めている。

宮城県警が昨年10―11月に大麻取締法違反容疑などで逮捕した男5人の
うち、仙台市青葉区の男(28)は、自分が市中心部で経営する美容院内
で大麻を栽培していたとされる。

男は宮城県大和町の飲食店従業員の男(26)にサーフィン仲間から大麻
の種を入手させ、昨年5月ごろ、パーマ液などの保管室で栽培を始めた
という。

1万5000円のプランターや太陽光代わりのライト、栄養剤はインターネ
ットの植物栽培用のサイトで調達。吸引用のパイプは青葉区の雑貨店で
買い、美容院の閉店後に吸っていたとされる。

山形県警は昨年11―12月、自宅で大麻草約750グラムを所持したとして、
同法違反容疑で山形県三川町の左官業の男(23)ら3人を逮捕し、県内
で過去最多となる乾燥大麻約3キロを押収した。男は部屋の中や自宅の
畑で栽培していたといい、県警が種の入手ルートを調べている。

警察庁の統計では、2006年に大麻取締法違反で逮捕されるなどした人数
は過去最高の2288人。栽培での摘発は02年の54人に対し、06年は123人と
2倍以上に増えた。

02―06年の栽培での摘発者を年代別にみると、未成年者と20代が57―68
%を占めている。

厚生労働省などによると、大麻の種は発芽させると違法で、栽培目的と
知りながら売ると、ほう助罪に問われる場合がある。だが、種自体は香
辛料や鶏のえさにも使われており、取り締まりの対象外となっている。

宮城県警は若者が大麻に手を染める要因として(1)栽培できる(2)
喫煙に似て抵抗感が少ない(3)覚せい剤より安い―ことなどを指摘す
る。

宮城県警銃器薬物対策課は「大麻の乱用は興奮状態になって暴力的な行
為に及ぶ。常用すれば生殖機能に支障を来し、不妊、流産にもつながる。
絶対に手を出さないでほしい」と話している。 
2008年01月05日土曜日 河北新報 


 ◎野呂田氏、政界引退へ 後継に金田氏浮上、秋田2区
 
次期衆院選への対応が注目されていた無所属の野呂田芳成衆院議員(78)
=秋田2区=が、次の選挙には立候補しない意向を固めたことが5日、
分かった。同日までに関係者らに伝えた。6日に能代市で開かれる後援
会幹部会で、今期限りでの引退を正式に表明する見通し。

野呂田氏は、事実上の後継者として昨年7月の参院選で落選した金田勝
年元参院議員(58)を念頭に置いているとみられ、自民党県連内でも金
田氏を擁立する動きが浮上している。

野呂田氏は5日、秋田魁新報社の取材に対し、進退については「一晩考
えて心境を整理したい」と明言を避けたが、「(国会議員を)30年もや
らせてもらい、自身の出処進退を考えなければならない時期にきた」と
述べ、6日の後援会幹部会で態度を明らかにするとした。関係者の話を
総合すると、次期衆院選には出馬せず、今期限りで引退する意向という。

その一方で野呂田氏は「後継も考えず辞めるような無責任なことはでき
ない」と説明。「国と県、市町村の間に立って誰が本当に仕事をやれる
かを考えなければならない。自民党が決めることだろうが、私個人が意
見を言うことは自由だろう」と述べ、金田氏が後継者になることへの期
待を示唆した。秋田魁 Web (2008/01/06 09:43 更新)



━━━━━━━
反     響
━━━━━━━


 1)璋様は英語で頑張っておられる様子で何よりです。これからもご
精進下さい。私の一文が何かのお役に立てば幸甚に存じます。実は私は
戦後間もなく近所に住んでおられた2年上級の鳥山親雄さんの影響で先ず
ハワイやンから入り、その後鳥山さんがハワイヤンのプロになられて寺
部頼幸とココナツアイランダースに加入されました。

それから後はまた鳥山さんの影響もあってジャズを聴くことに進みまし
た。高校の同級生に再生装置を組み立てるマニアがいて、当時はベニー
・グッドマンやルイ・アームストロング等に涙するジャズ・ボーイでし
た。

それが60年も経った06年1月に心筋梗塞に倒れて入院した際に、長年馴染
みの編集長にお見舞いに頂いたモーツアルトの10枚組CDを病床で聞き続
けました。それが精神安定をもたらしのか、回復を促進する効果があっ
たのか、当初は最低でも1ヶ月と聞かされた回復が19日で済み早く退院で
きました。

モーツアルト以外にもジャズのCDも聞いてはいましたが、どうもモーツ
アルトの方が心の平静を維持するのに大いに効果があった気がします。

だが、何ら医学的な効果があったと証明する材料はありません。しかし、
音楽には心安らかに「退院しても良い」という宣告を待っていられる心
境にさせてくれる効果がありました。不思議な気がします。

あれがもしジャズだけ聴いていたらどうだったでしょうか?今になって
英語のことを書き始めたのは、折角国立国際医療センターの適切な処置
と、ステント4本を動脈に留置して拾った命ですから、何か心残りなきよ
う自分のメモ代わりにでも書き残しておこうと思い立った次第です。

これだけではなく、何でも頭に浮かんだものは書き残します。これは
"I'll be sure to put down anything that will come to me from now
on."とでも言いましょうか。 以上前田正晶 


 2)頂門の一針いつも貴重な情報有り難うございます。

平井修一さまの「またも負けたか八連敗」を読ませて頂き安心致しまし
た。 > 「そこに書いてある」とか「すでに言った」というのは「あんた
がいっつも私に言うことよ、それで私がどれだけ悲しい想いをしたと思
> うの。自分のことは全然見えないのよ、あんたって人は。投稿するな
> ら、それをきちんと書いてね」

これなぞは私がそれこそいつも妻から言われている事と全く同じだから
です。早速私のメル友に平井修一様の文章を”何処も同じかかあ天下”
と題して配信させて頂きました。事後承諾で済みません。

春日市 上原雅夫 


 3)正月の新聞をかなり読んだつもりですが 何も手ごたえあるもの
はありませんねノッペラ坊な当たり障りのないものばかり

展望を示し得ない新聞記者は何を勉強しているのかと大きな声を出した
くなります 秋山社長も若宮主幹もその地位にたどり着いたことに大満
足して 後は関心なしか よくみると皆さん 国そのものへの関心を失っ
てます

どう転んでも皆元気にやっていけると信じているようですねわが子供た
ちも子育てにキリキリ舞 社会がどうなろうと関係ないと開き直ってま
す お年玉だけです恥をさらすわけですが仕方ないと実感した新年です

今朝の朝日を読み 渡部さんがあんなに力を入れて再建していた日米文
化振興会が問われているとはびっくりしました 話題の人物は知る由も
ありませんがどういうことなのでしょうか 恐ろしい時代ですね

図書目録を作られ 会報を発行されていたのがとんでもない連中に活用
されていたのは何故ですか舞台裏を画策した人物が居たはずですね渡部
さんがひとりでご奮闘されていた事務所が懐かしくおもいだされました
が。。。(一)


 4)毎回夢の筋立ての凄さに驚いていましたが、3日の晩のものは余り
にも予想外で面白かったので、恥を忍んで公開します。

私の夢というものには未来像や理想像は出てきません。夢診断や判断は
全く知りませんが、こういう夢は何かを象徴するのでしょうか。

この夢には二つの原因があると思います。一つは我が家の近くに故橋本
首相がご母堂のお見舞いとご自身の入退院の際に通り抜けた国立国際医
療センターへの裏道があります。そのためか?そこには普段は交通量が
少ないのに、何時の間にか信号が設けられました。

私は車も歩行者もほとんど希な無意味な赤信号を待つことはせずに、ア
メリカ流にJ-walkします。そして小滝橋通りでバスに乗る際に屡々横断
歩道でないところを渡ります、それは危険を伴うとは知っていても。

その危険を承知していることが、摘発される夢となって現れたのでしょ
うが、いつもの夢と違って物語となって出てのは不思議の一言です。

私の夢

ある日、検察から出頭を命ずる葉書が来ました。内容は「歩行者として
の信号無視等の交通法規破りが余りにも回数が多く、摘発することになっ
た」とありました。

そこで和田という法律事務所に相談しました。(勿論現実にはそのよう
な事務所を知りません)すると、従兄弟の旧制東大出身の弁護士がいる
ではないかと言われました。(この弁護士は故人です)

彼の事務所に行きました。(実際には何処にあるか知りませんでした)
すると、彼は早速検察に照会してくれました。召喚する理由は、警察で
は無謀な歩行者を密かにマークし始めていたのだそうです。その中でも
悪質と思う者は密着マークまでしていたのだそうです。
 
そして私は悪質者として召喚することにしたという説明でした。そして
従兄弟は言いました。「この際出頭する以外ない。そして着替えを持っ
ていくこと」と。
 
驚いて尋ねると「一罰百戒の意味も込めて悪質者は警察で拘留して取り
調べるのだ」と言うのです。「この寒さの中で留置場には暖房があるの
だろうか」と尋ねると「入った経験がないから知らない」と答えてくれ
ました。

非常に哀しい気分になって着替えを取りに帰ったところで目が覚めまし
た。以上 前田正晶 


 5)なんとも前田さんらしい夢ですね。

何か心配事が夢にまで出てきたのかと思いますが、これが中国であれば、
入る留置所もないくらいの大騒ぎになります。前田さん流に言えば、全
中国人が悪質歩行者です。

つまり、心配事でない心配、全く気にする必要はないと思います。(唸
声)



━━━━━━━
身 辺 雑 記
━━━━━━━


「正月休み」が終わった。無関係だけど、なんとなく緊張する。

ご投稿、ご感想、ご意見を待っています。
…………………………………………………………………………………
◆メルマ!メルマガの退会・解除はこちら→
http://melma.com/contents/taikai/

--------------------- Original Message Ends --------------------
-- 
渡部 亮次郎 <ryochan@polka.plala.or.jp>

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2004-01-18  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
Score!: 97 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。