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アングロアラブの名馬たち 21

2007/04/15

アングロアラブの名馬たち 20(イーシーキング) 

http://www.melma.com/backnumber_107376_3623167/

破竹のデビューから12連勝、レコード勝ち5回。さらに、生死を彷徨う大怪我に見舞われながらも、種牡馬として奇跡の復活。 

コウザンハヤヒデはまさに、記録よりも記憶に残る名馬だったといえる。 

父・トライバルセンプーはアラブの常識を覆した名馬であり、また名種牡馬であった。 

荒尾の福島幸広厩舎に所属したコウザンハヤヒデは、1戦を除き、西村栄喜が騎乗した。 

デビューは1999年7月19日。3歳戦においてコウザンは800M、49秒5のレコード勝ち。2着ウエノスペシャルに何と3秒もの大差をつけた。 

続く8月13日の肥後椿賞はレコード勝ちではなかったものの、2着ミラースキーに5馬身差と、これも圧勝。そして続く小岱山賞以降、コウザンは何と4戦連続レコード勝ちを収める。 

8月29日の小岱山賞は950M、59秒5のタイムで、2着アリアケホマレに2秒差をつけ、10月30日の肥後椿賞は1400M、1分33秒8。11月20日のもみじ特設は、1400M、1分32秒6と、2戦とも2着はタツジョオウだったが、問題なく他を圧倒。12月12日の肥後椿賞では、1500M、1分40秒8。2着ヨシノダイリンに1.2秒の差をつけた。 

明けて2000年1月1日。元旦に開催された重賞・門松賞。コウザンの単勝は1.5倍。2番人気はタツジョオウであった。レースはコウザンが逃げ、ヨシノダイリンが2番手、タツジョオウが3番手という展開。4角に入ってもこの順であったが、コウザンはヨシノに4馬身の差をつけ、ここも問題なく勝利した。 

続く2月20日のC戦。コウザンは古馬との対戦を迎えた。 

百戦錬磨の古馬を相手にするというのに、コウザンの単勝は何と元返し。しかし、さすがに同世代相手同士での戦いのようにはいかなかった。最後はテットスイセーがヒタヒタとコウザンを追い詰めてきた。しかしコウザンは1馬身の差をつけて勝った。これでデビューから負けなしの8連勝を達成。 

3月20日の北海道産馬特別では再び同世代との戦いとなったが、もちろん負けるはずもないし、コウザンを追う馬もいない。ワールドシューホーに8馬身の差をつけたが、2番につけていたヨシノダイリンは直線で脚が上がってしまった。 

ここまで強いと、もはやコウザンを荒尾だけにとどめておくのは勿体無いといえる。陣営は園田で開催される全日本アラブ優駿を目指し、4月8日のミルクカップはその壮行戦となったが、後続の2着争いを尻目に、コウザンは2着シャインシュウホウに何と2.9秒差の大楽勝。10戦全勝でついに、アラブのメッカ、園田へと向かった。 

5月17日の楠賞・全日本アラブ優駿。確かにコウザンの破竹の快進撃については、地元の競馬関係者も知るところであったが、相手が軽い、揉まれた競馬を一度もしたことがない、そして、全日本アラブ優駿は距離が2400Mということで、1500Mまでの距離しかこれまで戦ったことがないコウザンは意外にも低評価しか与えられず4番人気どまり。 

1番人気はここまで15戦10勝、2着5回と連を一度も外したことがない地元のタカライデン。2番人気もこれまた地元のランダムオーク。3番人気は上山のアオイリュウセイであった。 

レースは何とタカライデンが出遅れ。コウザンはハナを切ったが、タカライデンは3番手となった。ランダムオークは後方待機。アオイリュウセイは中団あたり。 

よどみのないペースで引っ張るコウザンに対し、タカライデンがピッタリとマーク。そして3角でランダムオークが仕掛けるが、コウザンはさらにペースを上げ、ランダムはついていけなくなった。また、アオイリュウセイはいささかもがき気味。 

直線に入り、コウザン先頭。しかし、タカライデンが懸命に追ってきた。だがコウザンの主戦・西村は懸命にムチを振り絞り、タカライデンの追撃をとうとう振り切った。 

4分の3馬身差はもちろん過去最少着差だったが、ついにアラブ4歳(数え)日本一にも輝き、一躍、コウザンハヤヒデの名は全国に広まった。そして、デビューから負けなしの11連勝も達成した。 

全日本の激戦の疲れもあって、短期の休養に入ったコウザンだが、8月12日の地元での九州馬力杯では、主戦の西村がオーアソアケミに騎乗のため、岡元隆太が代打騎乗となったが、全く心配なかった。2着ユーホーセンプーに2.3秒の大差勝ち。これで12連勝達成。一方、西村が騎乗したオーアソアケミはブービーの9着と大敗した。 

続く9月9日のオーロラ特設。 

ところで、地元荒尾で翌年1月、全国交流重賞、アラブ大賞典が行われることになっていた。むろんここからは、そのレースを最大目標として、そこまでどれだけの全勝記録を更新するかに期待を膨らませたコウザンだったが、まさかの事態が起こる。 

いつもどおり、スタートから快調に飛ばしたコウザンだったが、3〜4角あたりで手ごたえが怪しくなり、何と直線でズルズルと後退。9頭立てのしんがり負けとついにはじめての黒星がついたが、それよりも心配だったのは、馬運車にすぐさま運ばれ、安楽死の処分が取られかねないような大怪我を負ったことだった。 

左第三中手骨の骨折だったが、一時は生死の境をさまよった。しかし何とか一命を取りとめ、そればかりかコウザンは種牡馬として再生することになった。 

一時はアングロアラブの産駒としては最高値をつけたほど、コウザンは種牡馬として高い評価を与えられたが、やがてアラブ退潮の波が押し寄せ、繋用先の都合もあり、コウザンを「廃馬」にせざるを得ないという話の流れになってきた。 

そんな中、とあるサイトの管理者が音頭を取り、「コウザンハヤヒデを残せませんか?」という呼びかけがなされた。だが、その管理者の都合もあってその話は頓挫。そして昨年、コウザンハヤヒデは死亡したと伝えられた。 

もしサラブレッドだったら、コウザンのような名馬を引き取ろうという馬がいたのかもしれない。でもアングロアラブだからそれもままならなかったのか? 

だが、コウザンハヤヒデの快速ぶり、そして強さは、多くのサイトで語り継がれている。このコーナーにおいても、コウザンハヤヒデの功績を讃えるべく、今回紹介した。

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創刊日:2004-01-07  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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