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雲上マガジン vol_214

発行日:6/16

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【1】 前書
 ──────────────────────────────────────

 こんにちは、遥です。
 今日はちょっと長めに、「私と彼女と、それと首」第14回をお送りします。
 ごゆっくりとおたのしみください。

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【2】 私と彼女と、それと首             第十四回
                                    著/佐多椋
 ──────────────────────────────────────

核心のほうへ/逃避する・・・-----------------------------------------------------

 私にはよくわからないいくつかの手続きを、楓は数日間のうちに手早くこなした。私は
といえば数年間連絡をとっていなかった姉に保証人を頼む以外のことはなにもしなかった。
以前住んでいた部屋に入居したときにどうしたかもまったく覚えていない。よくこんな状
態で自活できたものだと思う。
 その間にも、何枚かの脅迫状が届いた。文面はだんだん過激になっていったが、それが
自分たちに向けられたものであるという実感を私は持つことができず、なんだか小説を読
んでいるような気分になっていた。自分という存在が現実から浮き上がってしまったよう
な……四ミリくらい、地面から浮き上がっているような気がしていた。
 ちょうど十日後に、やっと引っ越せるよと、楓が云った。
「だいたい終わったから、面倒なことは。あとは必要なものを持っていくだけ。この家は
まあ、放っておけばどうにかなるよ」
 そんな適当でいいのだろうかと私は思ったが、売るとなるとまた面倒な手続きが必要に
なるのだろう。少しでも早く、私はこの家を出たいと思っていた。
 それから持っていくものの選り分けをした。引越しの業者が使えるわけでもなく、レン
タカーで軽トラックを借りてきて積めるだけ積んだ。免許は私が持っていた。だが、ひと
つだけ問題があった。冷蔵庫を積むスペースがなかったのである。私たちは思案して、デ
ィスカウントストアでクーラーボックスを、コンビニでありったけの氷を買った。そして
クーラーボックスにあらかじめ砕いた氷と、冷蔵庫から取り出した首を、透明な袋で包ん
で入れた。冷蔵庫は家のなかに置き去りにした。
 氷の粒のなかで眠る首、私と楓は一緒にそれを見て、そして視線をかわしあって、微笑
んだ。いくつかの家具とクーラーボックスを積んだ軽トラックは、今よりはるかにレベル
が落ちる新天地へと向かっていった。
 そのアパートの廊下にはいくつも落書きを消した跡が残っていた。二階の隅にある部屋
に入って、まず私は溜息を吐いた。差し込む光のなかに、埃が舞っているのが見えた。呼
吸をするのがなんとなく躊躇われた。だが逃げることを望んだのは私なのだから文句を云
うことはできない。それになんとなく、その光景に私は懐かしさを覚えていた。もっとも
田舎で暮らしたことなどないので、刷り込まれた感傷とでもいうべきものなのだろう。そ
う考えると部屋を舞っているものが、有名な映画に登場した、埃を具現化したキャラクタ
のようにも見えてくる。そういえばあの映画で、田舎へと引っ越してくるのも二人の女の
子だった――もっとも私たちは姉妹ではないし、ずいぶん年齢も違っているが。
 私たちは少しの休憩のあと、荷物を部屋に運び込んだ。しばらく身体をまともに動かし
ていなかったのでやたらに疲れた。残暑のなか作業したので汗だくになる。二、三時間ほ
どかけてようやく運び込み、ふたり、部屋のなかに転がって休む。
 視界のなかに窓がある。そこに、もう、私たちがもといた街は見えない。
 もう、と楓が云った。
「追ってこない、よね」
 無理に弾ませるような調子を作って続けた。
「そうだね」
 私は答えたが、しかしこれは嘘だ。私は知っている。脅迫者はもう来ているのだ、すぐ
そこに。

--------------------------------------------------------・・・物語と生命の終わり

 私たちは何事もなかったかのように生活を再起動させた。楓はこれまでより少し早く出
勤し、少し遅く帰宅するようになった。私についていえば、これまでの退屈な日常に、ひ
とつのルーティンが足されるようになった。こまめに首の入ったクーラーボックスをチェ
ックして、少しでも氷が融けているようなら入れ替える。それ以外にもいくつか細かい変
化があったが、強いて語るようなことではないだろう。つまり、私たちは、以前と同じで
いられるように努力したのだ。そしてそれに、とりあえずのところ成功していた。少なく
とも、二週間のあいだは。

「なんか、封筒、来てるよ」
 いつもと変わらないようで、わずかにふるえを含んでいるその声を聞いて、私はなぜか
少し安堵している自分に気付いた。なんとなく、今日ではないか、と思っていた。予兆は
あった。何かがおかしかった。こういったとき、不安が的中していないと、くじに外れた
ような、少し惜しいような気持ちになる。だからといって、的中したときに気分が良くな
るかといえばそうでもない。
 小さな机のうえに封筒が置かれた。私はそれを手に取る。この前と同じように、住所と
宛名が書かれていた。茶封筒も同じものだった。変わっていたのは住所だけだった。
「なんだろうね、これ」
 それだというのに、私たちは二人とも、そのことには一切触れず、その可能性に言及す
ることもなく、その封筒を扱った。私たちは破綻を恐れて白々しい演技を続けていた。私
は、しかし、封筒を開ける。
 そこには何か書いてあった。「お前らがどこで逃げようとも」で始まっていた気がする。
だがその空虚な内容などは問題ではなかった。誰が書いたものか判明したところで、その
手紙が持つ意味はすでに消えてなくなっていたのだから。私は改めて、脅迫者の正体を確
信していた。
「ど、どうして……!」
 とっくにその覚悟はできたはずなのに、楓は演技を続けていた。下手だった。私はもは
やそれに付き合う気をなくして、ただ楓を見ている。しかし楓が次にとった行動は、私の
予想を超えていた。
 楓は部屋を見回し、クーラーボックスを視界に入れると、それに駆け寄り、取っ手を掴
んで玄関へと走り出した。私が呆然としているあいだに、何かを叫んでいる楓の声に、扉
が閉まる音が被さる。楓は部屋の外へと飛び出していた。
 扉の音で私は我に帰り、楓を追いかけ始めた。外に出ると視界の隅に小さく、その姿が
見えた。その方向に走る。クーラーボックスを持っているぶん、わずかに楓のほうが遅く、
少しずつその距離は縮まっていく。夜の商店街、シャッターを下ろした店、そういったも
ののあいだで、私たちは追いかけっこをしていた。商店街を出てしばらくしたところで、
私は楓に追いついた。自然公園の前だった。
 あそこだ。呼吸のたびに痛む胸が、ひときわ強く悲鳴をあげたような気がした。
 やはり知っていたのか、だから情報誌のあの箇所に印をつけたのか――。すべては偶然
でも運命でもなく、意志によるものだと、私はそのときにはじめて悟った。私は肩で息を
して、入り口で立ち止まる楓の肩に手を置こうとする。だが楓はそれをすり抜けるように
また歩き出して、公園のなかに入っていく。ゆっくりとした足取りで、追いつこうと思え
ばいつでも追いつくことができたが、まだ許されてないような気がして、そうすることは
できなかった。私はただ、楓のあとを追った。
 楓は入り口から伸びる遊歩道を公園の中心に向かって進む。ベンチの脇を素通りして、
やがて中心にある広場を横切った。私はあのときのことを思い出す、ちょうどこのベンチ
に、彼女は横たわっていた。ひんやりとしたナイフの柄の感覚がてのひらに蘇る。
 そのさらに先にある茂みの奥、鬱蒼とした森のなかに、躊躇うことなく楓は踏み入った。
私はほんの少し立ち止まって、だがすぐに続いた。遊歩道の周りにはいくつかった灯の光
も、もうここには届かない。月明かりだけを頼りに、楓と私は進んだ。
 しばらくして、楓はふと立ち止まると、いくつかあった巨樹のひとつによりかかって、
座り込んだ。わずかに早いテンポで呼吸をしていた。私は楓の横に腰掛けて、訊いた。
「なんで脅迫状なんか書いたの――楓」

・・・--------------------------------------------------------------------------

次回は第215号(6月25日発行予定)に掲載されます。
ご意見、ご感想はこちらまで。→info@kairou.com

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【4】 編集後記
 ──────────────────────────────────────

 いかがでしたでしょうか? 
 最近はたいへんに暑い日が続いて嫌になってしまいますね。次回もどうぞ、お楽しみに。

*公式サイト
http://magazine.kairou.com/unjyou/
*編集部
info@kairou.com

 次回の配信は6月25日を予定しております。

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