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雲上マガジン vol_213

発行日:6/6

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【1】 前書
 ──────────────────────────────────────

 こんばんは、遥です。
 今日から新連載がスタートします。なっちゃんこと夏目陽さんの『アルヒテクトン』
 お楽しみください!

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【2】 私と彼女と、それと首             第十三回
                                    著/佐多椋
 ──────────────────────────────────────

核心のほうへ/逃避する・・・-----------------------------------------------------

「どこにしよっかな……ね、逃げるんなら、早くどこにするか決めちゃおうよ」
 旅行の計画でも立てているかのように愉しそうな調子で楓は云った。不自然だった。口
調や動作のひとつひとつが芝居めいていて、ひどく私をいらいらさせた。楓もそれには気
付いていたらしく、弾んでいるはずの声はかすかに揺らめき、表情はぎこちなく、持ち上
がった唇の端はかすかにふるえていた。私はとりあえず許すことにして、意識して表情を
ゆるめた。
「そうだね、じゃ、雑誌でも買ってこよっか」
 などと、白々しい口調で話をあわせる。途端に楓が安心した表情を作るので、私は辟易
して、とりあえずこの部屋を出るために、云った通りに情報誌を買うことにした。簡単に
着替え、身支度をして外へ出る。秋だというのに、いやに暑い。
 コンビニで適当に見繕った住宅情報誌を買って帰る。楓に見せると、適当にぱらぱらめ
くっていたが、やがて、何箇所かに印をつけ、さらにページの端を折った。
「こういうところがいいと思うんだけど、どう?」
 と云って、私に見せる。受け取って、楓が選んだ物件をいくつか見てみる。――そのな
かのひとつに、私の視線は吸い寄せられた。場所を確認する。楓の表情をうかがう。何の
変化もない。そうだ――偶然だ。楓がこの場所のことを知るわけがない。
 ……偶然。たとえばそれに、「偶然」以外の名前をつけることも、そのときの私には出
来た。たとえばそう、「運命」とか。しかし私はそうしなかった。楓がその物件を選んだ
という事実は、そのときの私にとって「偶然」でしかなかった。そう呼ばないと、嘘にな
る気がした。
 私は楓を見て、ゆっくりとした動きで、ここにしようと云った。楓を探るように見るが、
彼女はたいした反応もせず、ここがいいのと私に訊く。うんそこがいいと私は間髪いれず
に答える。心はざわついているのに、それに反して声は押し殺したような調子になり、今
度は私のほうが不自然になる。そのことには気付いているのに、抑えられない。さきほど
の楓と同じような状態になっている。そこまで気付きながら、しかし、何も変わらない。
「じゃ、ここにしよっか」
 突然鮮明に楓の声が聞こえた。驚いて顔をあげると、不思議そうな顔をして楓が私を見
ていた。私は動揺を隠し切れないままうなずく。ひどく非現実的だった。すべてがあまり
に都合よく進行しているような気がした。ふたりとも誰かに操られているのではないだろ
うか、といったくだらない妄想が脳裏をよぎる。どうしてこの提案が受けいれられたのだ
ろう。どうして。

・・・--------------------------------------------------------------------------

次回は第214号(6月15日発行予定)に掲載されます。
ご意見、ご感想はこちらまで。→info@kairou.com


◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【3】 アルヒテクトン                第一回
                                    著/夏目陽
 ──────────────────────────────────────

 ◇  --------------------------・・・◆・・・--------------------------  ◇

 弟との再会は、少なくとも彼女にとって予想外の出来事であった。何の連絡もなくひと
り暮らしの千尋の元を訪れた遼は「ちょっと近くまで来たから。一週間くらい居候させて」
と開口一番に言った。遼が訪ねてきたとき、時刻はすでに〇時を過ぎたころだった。終電
に乗れるわけもなく、外に放り出すわけにもいかず、千尋はため息をつきながら遼を部屋
に入れた。
 遼は姉である千尋の性格をよく知っていたから、わざと断わることのできない終電の過
ぎた時間に部屋を訪ねた。千尋もそのことはよくわかっていた。弟がそのような意図でい
ることも、自分自身がそれを断われないことも。
 まるで自分の家であるかのように遼は部屋にあがる。ベッドや小さい本棚、小物類が置
いてある机と小さなプラスチックのカラーボックス。遼はカラーボックスと押入れのあい
だにあるわずかなすきまを見つけると、まるでそこが自分のいるべき場所であるかのよう
にすとんとおさまった。
 千尋は台所にたつと、やかんに水を入れ、火にかける。
「コーヒー飲む? 今、ちょうどインスタントしかないけれど」と千尋が尋ねると、遼は
うんと言う。千尋は来客用と自分のマグカップを棚から取りだし、インスタントコーヒー
を入れる。砂糖は自分のマグカップにはほんの少しだけ入れ、遼のマグカップには多めに
入れた。やかんの水が沸くと、それをインタントコーヒーと砂糖が隠れるくらいまで入れ
る。スプーンでそれらがよく溶けるまでかき混ぜたあと、ミルクを入れ、お湯を足す。出
来た二つのコーヒーを持って千尋は部屋に戻る。
 遼はカラーボックスと押入れのあいだで、勝手に本棚から取った漫画を読んでいた。小
さなテーブルのうえにマグカップを置くと、千尋は「ここに置いておくからね」と言う。
遼はそれに「うん」と返事をした。遼の視線はあいかわらず漫画に向いたままだった。
 千尋は机の前に座り、ミニノートの画面を立ちあげる。インターネット回線に繋がって
いないもっぱらレポートを書くためだけのパソコンである。千尋はコーヒーにほんの少し
だけ口をつけ、中途半端になっているレポートの続きを書く。
 〇時をまわるとミニコンポから音楽を流すこともできず、部屋にはパソコンのかちかち
というタイプ音と、ぺらぺらという紙をめくる音だけが鳴っている。
「姉ちゃん、これの四巻から先取って」
 千尋は右手で本棚から四巻から六巻までを取ると、それを遼に渡す。遼はそれを受け取
ると、テーブルのうえに置いてあるコーヒーに口をつける。「熱っ!」と遼は声をあげた。
千尋はそれに目もくれず、レポートを書いている。
「ねえ、姉ちゃん。何も訊かないの?」
 遼が漫画を読みながら言った。「別に」と千尋はキーを打ちながら言う。「迷惑じゃな
いの?」と遼は尋ねる。「そう思うならこんな時間に来ないでよ」と姉はわざとらしいあ
くびをしながら言う。「普段ならもう寝ている時間なんだけど」
「ごめん」と遼は言う。そして、話題を変えるように「この漫画おもしろね」と続けた。
しかし、千尋はそれに答えなかった。遼はしゅんとすると、ふたたび漫画を読み始める。
 時計の針が一時を過ぎたころ、千尋はパソコンを閉じ、大きくあくびをした。「寝るの?」
と遼が尋ねる。「明日はやいの」と千尋は言った。「あんたもはやく起きなさいよ。私が
焦っているときに、横で寝ていられると嫌だから」
「うん」と遼は言う。千尋は押入れのなかからかけ布団を取りだすと、遼に投げてやる。
「枕はないから適当に座布団でも代わりにしなさい」そう言って、千尋は布団に入ると、
遼のほうに背中を向けた。「おやすみ」
「おやすみ」と遼は言った。遼は残り少なくなった漫画を読み続ける。テーブルのうえの
マグカップに手を伸ばし、冷めたコーヒーを遼は飲み干した。
「ねえ、姉ちゃん」と、漫画を読みえた遼は言った。「起きてる?」
 千尋は答えない。遼はそれでも続けて「電気、消さなくてもいいよね」と言う。
 それにも千尋の返事はない。
 遼は渡された掛け布団に包まり、近くにあった赤いクッションに頭を乗せると、「おや
すみ」と言う。
 遼は千尋が「おやすみ」と言ったような気がした。

 ◇  --------------------------・・・◆・・・--------------------------  ◇

次回は第216号(7月5日発行予定)に掲載されます。
ご意見、ご感想はこちらまで。→info@kairou.com

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【4】 編集後記
 ──────────────────────────────────────

 いかがでしたでしょうか? 季節は少しずつ梅雨に向かっておりますが、みなさま
どうぞ、お元気で。

*公式サイト
http://magazine.kairou.com/unjyou/
*編集部
info@kairou.com

 次回の配信は6月15日を予定しております。

   ……………………………………… 公 募 ………………………………………

 本誌『雲上』では、アイデアと感動に満ちた作品を募集しています。
 
 対象は「文章で表現されるすべての作品」です。
 著作権等の問題が無ければ、既に何らかの形で公開された作品でも構いません。
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