文学

雲上マガジン

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雲上マガジン 増刊号

2009/04/30

 ----■ □ 1000字企画「雲上の庭園」   第2回募集 編集部寸評掲載 □ ■----

 01┠》 洪水の前夜
 02┠》 幻の書物
 03┠》 ある夜の東京タワー
 04┠》 忘却
 05┠》 インタビュー
 06┠》 さようなら ムーンレイカーたち、さようなら
 07┠》 悲鳴
 08┠》 鯨と漁師
 09┠》 騙し愛、殺し愛
 10┠》 蓬莱飯店
 11┠》 石の物語
 12┠》 夜の月を見ている
 13┠》 虚偽家族
 14┠》 窓
 15┠》 ツンデレコーダー
 16┠》 赤い棺
 17┠》 恋はいつも幻のように
 18┠》 巡回使の告白
 19┠》 夢子26才、好きな工具はニッパーです☆
 20┠》 手を拾う
 21┠》 時
 22┠》 言城ノ虜


 今日は以上の22作品について、秋山真琴、言村律広、遥彼方の三人の寸評を掲載します。


 ----■ □ ■ ----------------------------------------------- ■ □ ■----


 01┠》 渡邊利道「洪水の前夜」

 冒頭から、夫の戻ってきたところかと思ったが、失踪するところとは意外だった。淡々
と日常的な事物を描くことで現実感を出しながら、全体的な奇妙さで溢れる虚構がよく描
かれていると思う。示唆の仕方も巧く、それが奥行きを持たせていると思う。(言村)

 ひんやりと背筋が冷たくなる、心地の良い作品でした。冒頭に、文字通り新聞の切り抜
きのような、極めて客観的な視点が配され、その後、実際に失踪した夫の、主観的な、視
点に切り替わるという手法が功を奏していたように感じました。洪水というキーワードも
「現実に溢れる虚構」というテーマに即していて、完成度を高めていますね。(秋山)

 現実の日常からぶつりと切り離されて主人公が連れ込まれた先の風景は、まるで古い日
本映画、「日常を表象する異世界」。現実と非現実の揺らぎが洗練されたかたちで表現さ
れていると思います。(遥)

 02┠》 仲町六絵「幻の書物」

 書物にとっての死後の世界という様子だろうか。書物の瘴気と繰り返し書いてあるもの
の、それが何によるものであるとかの根拠が明らかでないので、かえって繰り返しが無理
に説得力を出そうとしているようで、違和感があった。(言村)

 現世から書物が消えて行くせかい。何処となく終末的で、悲哀に満ちているように感じ
ました。最初に読んだ際は、現世から失われ、精神的な存在となった書物を、下級天使が
集めているのだろうと思いましたが、再読した際に、もしかしたら下級天使こそが現世か
ら書物を奪い去っている可能性に思いつきました。タイトルと作品とテーマが、別々の方
向を向いてしまっている点が残念です。(秋山)

 ほろびた書物、思想、言論、ことば達が瘴気を発して扉を錆びさせる――このイメージ
がたいへん私好みでした。一体この扉が破れてしまったら、瘴気は図書館をこえて現世に
流れ込むのだろうか、などと、さまざまに妄想をかきたてられます。ふたりといっぴきの
登場人物も、それぞれ存在感があっていいですね。(遥)

 03┠》 伊藤鳥子「ある夜の東京タワー」

 カニもだが、足より布団を心配する主人公など、愛嬌のあるキャラクターだった。現実
に変なものが出てきて去るという、“現実に溢れる虚構”というテーマを素直に作品に仕
上げていると感じた。(言村)

 面白かったです。目覚めると足首を掴まれていた、というのは怪談に多い話だと思いま
すが、それが東京タワーというのは恐怖や奇怪を通りこして、珍奇です。その東京タワー
が無言ならまだしも、フレンドリーなおっさんのようにくっちゃべるのだから、もう堪り
ません。読み手をくすりと笑わせる、しかし技巧的な一作でした。(秋山)

 愉快でした。大阪人が東京になんとも言えない複雑な対抗意識を持っていることは、不
思議ですが、よくあることでして、そんな現役大阪人の私はなんとなくカニ君に感情移入
してしまったのでした。かれの仕事は何なんでしょう……。(遥)

 04┠》 陸海恵三「忘却」

 面白いと思わなかったのは、伏線のようなものが無かったからかもしれない。終わり方
が取ってつけたもののように感じる。(言村)

 何度か読んでみて、何となく分かりました、もしくは分かったつもりになりました。主
人公である女性は男性と同居していたが、女性が仕掛けた隠しカメラが原因で男性と別れ
ることになった。しかしながら、幾つか仕掛けたカメラを部屋に忘れてしまい、そのカメ
ラが撮影したシーンが、作品の前半。そのカメラを発見した男性が、女性の元にそのカメ
ラを送りつけたのが、作品の後半。少ない文字数のなかで、凝ったことをやったものだと
感心はしましたが、落ちがそれまでの透明感のある雰囲気から一転、下品で凡庸だったこ
とが悔やまれます。(秋山)

 日常の果てに広がるワンシーンはまるで映画のようで、それがTV画面のフレームに取り
込まれることで、ますます虚構性を強める。興味深いアプローチですが、小説作品として
はやや視覚に偏りすぎているし、掘り下げ不足な気もします。この題材なら、むしろ、部
屋にカメラを仕掛けるに至った主人公の心理を追いかけたほうが、よりファンタスティッ
クに仕上がったかもしれません。(遥)

 05┠》 Narihara Akira「インタビュー」

 この記者が、この人の作品が好きなのはともかく、この作者自身を好きになる経緯が良
く分からないので、唐突な展開に感じる。interview → inter-view → view の合間→見
合い、というのは考えすぎかなあ。(言村)

  これもまた腑に落ちない、再読を強要する作品であったように思います。一字一句、
読み飛ばさないよう気をつけて、注意深く再読しても、尚、どうしてこの結末に至るのか
が理解できない。ふしぎな作品でした。最大の謎は、この語り手の女性が妄想に耽ってい
るのか、そうではないかでしょうか。誰かを全身全霊で愛したことがあるならば、誰かの
全身全霊に対して、あんな無碍な態度を取るとは思えません。であれば、ことりちゃんな
る人物も、記者も妄想に過ぎないのか。ふしぎな作品でした。(秋山)

 少女の心を捕える女性の、不思議に魅力的な感じが、語り口から伝わってきます。彼女
の部屋はどんななのか、インタビュアーの女性はどんな人なのか……色んな想像をかきた
てられる、面白い作品だと思います。(遥)

 06┠》 海士街秋一「さようなら ムーンレイカーたち、さようなら」

 一文の中に情報が詰め込まれすぎていて読み取りにくく、結局は読むときの情報欠落が
大きいので、あまり効果的でない書き方のように思う。つまりすっと入ってこないという
か。天文‐学かつ天‐文学とすれば少年の天地についてのセリフが唐突でなく感じるが、
これも分かりにくかった。(言村)

 1969年7月20日と言えば、人類が初めて月面に降り立った日ですね。それ以前に、月に
降り立っていたと言うのであれば、イージーに考えて、老人の妄想か、もしくはほんとう
のことであったか、でしょうか。いずれにせよ、この作品は虚構性と言うより、現実性に、
それも極度に現実化された現実性に焦点が当てられているように感じました。(秋山)

 初めは平行世界というか仮想歴史モノだと思って読んでいたのですが、ラストで急にア
ポロ11号が出てきて、あれれ? と。
 もしかしたら、すべては老人の幻想だったのかしら。(遥)

 07┠》 武田若千「悲鳴」

 どうも終わり方が取ってつけたように感じる。不思議現象についても、それがあるとい
うだけで、どういうわけでそうなるのかとか、どういう影響があるのかとかが無く、そう
なんだ、としか思わなかった。せっかく悲鳴というのだから、何かつながりのあるものを
出したら良かったのではないかと思う。(言村)

 何と言っても、最後の一行がいいですね。悲鳴のように聞こえる火災報知機というとこ
ろで、まずはおどろおどろしい雰囲気を演出しておいて、代わりに悲鳴を上げれば火災報
知機が悲鳴を上げることはない、という安易な結末に軟着陸しておいて、この最後の一行。
二段構え、という程でもない、このゆるい感じが返って良いですね。(秋山)

 のんきな語り口にも関わらず、最後の一行と「悲鳴のような警報ベル」というイメージ
が絡み合い、読んだ後もなかなか不吉な感じが残ります。(遥)

 08┠》 bothhands「鯨と漁師」

 いろいろと面白そうな単語や設定が飛び交うのに、結局は漁が行われる直前で切れてい
て、しかもその成果がどんなものか想像できるような要素が見当たらなかったので、物足
りないような感じがした。(言村)

 これは大変、優れているように感じました。仮想世界と物理世界、SFの業界ではありふ
れた題材ではありますが、この異世界と現実、過去と未来を、鯨と猟師というキーワード
で繋ぎ、さらに価値ソフトによるフィルタリングや序列化といった、さもありそうな概念
で包んでいるところに洗練性を感じました。唯一、残念なのは、ここで終わってしまうこ
とでしょうか。これは是非、短編集として、猟師が様々な仮想世界を旅するのを読んでみ
たいです。また、価値ソフトという、古風なネーミングも好印象です。これがUTMだった
ら、台無しですね。(秋山)

 海を漂う鯨のイメージにサイバーパンクな世界観がとても巧く絡み合っていて、美しい
作品だと思いました。(遥)

 09┠》 小田牧央「騙し愛、殺し愛」

 見事な“現実に溢れる虚構”だと思う。嘘はまさにテーマに合致しているし、他の応募
作が妙に派手派手しい幻想や主張に傾くか、テーマ面が弱い中、堅実でよく練られている
と感じた。また、構成も上手く、短い中に大きなドラマを分かりやすくまとめていながら、
心揺さぶる読後感をもたらす面白さも損なわれていない。(言村)

  雨のなか、見つめる二人、そこに飛び交っていた嘘。なんとなくブックオフで100円で
売られているミステリを思い出しました。唐突に、説明なく挿入される人名は、まるで長
編の抜粋のようで、もっと長く、冗長に語られえるものを、敢えて圧縮してみた、という
風情でした。圧縮の結果、意外に面白くなっているような気がしないでもないですが、気
のせいかもしれません。このタイトルは、ちょっとないですね。(秋山)

 この長さの作品を「わ、わ、これからどうなるの?」とどきどきしながら読んだのは久
しぶりのことです。切れ味鋭い文体と高い技術ゆえでしょう。たいへん良い作品だと思い
ます。(遥)


 10┠》 加楽幽明「蓬莱飯店」

 現実味は少ないが、次々と出される物語の魅力は、ひとことずつなのが勿体無いくらい
に、実に強烈で、それぞれを独立した物語として読みたいと思った。そのぶん、この作品
の物語自身が相対的に面白味が少なく感じてしまう。最後の「楽器となっていた」につな
がるようなものが入っていたら良かったのではと思う。(言村)

 技巧の限りを尽くしたと言うような小説ですね。結末が比較的、早い段階で透けて見え
るのですが、そこに軟着陸する様は、やはり技巧的に美しく、まあ、悪くないのでは、と
思いました。ところで「蓬莱飯店」に対し「上海人魚の刺身」は雰囲気抜群ですが「小悪
魔の卵」はちょっと違うように感じました。小悪魔という言葉に、あまり中華的なイメー
ジはないですね。(秋山)

 登場するガジェットや物語の断片がどれもたいへん魅力的で、作者さんのセンスの良さ
を感じました。食らうことと幻視することと語ること、この三者の結合がもっと有機的な
ものであれば、というか、この一連の流れにもっと説得力を持たせられれば、なお良かっ
たかなあと思います。(遥)

 11┠》 英資「石の物語」

 現実に溢れる現実、のように感じた。石工で思いついたのは墓石だが、これはこの作品
には当てはまらないかもしれない。読み取るというよりは、刻み付けるようなものだろう
から。しかし、石版画や石板などから読み取るものを、石の物語とする見方が意外で面白
かった。(言村)

 物語を物語する。振り返ってみれば「鯨と猟師」も「蓬莱飯店」も、現実に溢れる虚構
の、虚構の部分を、物語に読み替えた作品であるように思います。勿論、この作品も、同
様、物語それ自体を材とした物語です。単体で読むと悪くないような気がしますが、完成
度で言えば「鯨と猟師」に、技術度で言えば「蓬莱飯店」に席を譲ってしまうことから、
今ひとつ味気ないように感じます。石というガジェットは、非常に良い着眼点だとは思う
のですが。(秋山)

 ラストで一変する世界観、その描き出され方が印象的でした。(遥)

 12┠》 才式羊宣「夜の月を見ている」

 うらやましい仲の良さ! 現実も虚構も、この類の相互了解があってこそ成立するのだ
ろうと思った。月にあえて「夜の」と付いているのも、当たり前のものを改めて見るとい
う点で、一緒に暮らしている相手を見直すというような含意もあるように思った。(言村)

 グレイト。1000文字を使い切るのではなく、ネタの鮮度を考えてのことでしょうか、こ
の短さで来たのは絶賛に値すると思います。かつて夏目漱石はある場面で、月が綺麗です
ねと言ったそうですが、この作品の最後で描かれる月もまた、さも美しいことでしょう。
(秋山)

  たいへんやさしく、楽しい、素直に好感の持てる作品です。不穏な始まり方がまた、
効いていますねー。(遥)


 13┠》 アトリエス「虚偽家族」

 みんな性的な話ばかりだからか、不穏というほどのこともなく、さして訴えてくるよう
な雰囲気でもなかった。たしかに普通の隠し事よりも少々非日常的だが、小説として面白
くなるほどブッ飛んではいないように思う。嘘や隠し事というよりも、人間の多面性を描
いているような感じがして、虚構というほどでもないと思った。(言村)

 端的に言って下品な作品ですね。初めて読んだときは、やれやれとも思ったのですが、
数日を経て、雲上の庭園への募集作にどんなものがあっただろうかと振り返ったとき、真
っ先に思い出したのは、この作品でした。インパクトがあるのは間違いないように思いま
す。(秋山)

 一読して、ずいぶん古典的な価値観の家族だなあと思いました。(淫らであるとか不道
徳であるとか、そういう倫理観にこだわるより先に、まず、自分のプライバシーの問題な
んだから、という開き直りの態度があったほうが自然であるような気がするのです。)で
も、それが却って滑稽さをかもしだしているかも。……作者さんがそれを意図されたかど
うかは、わかりませんが。(遥)

 14┠》 井上五郎「窓」

 最後の一文が見事に決まっていて爽快だ。現実と虚構が綯い交ぜになっている様は、ま
さに“現実に溢れる虚構”というテーマに合致していると思う。最後まで相手だけは現実
に残っているようで、その様子が主人公の気付いたあとのパニックを想像することができ
て読み応えがあった。(言村)

 シンプル設計の作品ですね。ネタ命の一品で、技巧に走ることもなく、これといって斬
れ味が深いわけでもないですが、一読で、読み手をすんなりと納得、楽しませることに特
化しています。格別、良いところは見つけにくいですが、悪いところが皆無であるように
感じました。(秋山)

 ぞわっとくる結末。文体や人物の口調がやや硬いですね。もう少しくだけててもいいと
思います。(遥)

 15┠》 井上五郎「ツンデレコーダー」

 思わず戻って、断片を探してしまうのが、探偵の推理の検証のような楽しさではある。
しかしどこがツンデレなんだろうと思いながら読み直していたら「最後」と繰り返してい
るのが引っかかった。これは妊娠していて、この編集音声を使って結婚することを決定づ
けたということだろうか。だとしたら男をもっと認知しなさそうに描いても良かったので
はと思う。これでは女が無駄に小狡いようにしか見えないと思う。(言村)

 この発想と、実行の努力は間違いなく賞賛に値します。ラスト一行で、登場人物自らが
「力作」と言っていますが、いや、これは確かに力作です。前半部分でなんとなく落ちが
透けて見えるのは確かですが、上手い具合に決まっていますね。(秋山)

 たいへんばかばかしくて良いです(←ほめてます)。「現実に溢れる虚構」というテー
マへのアプローチとしては異彩を放つものだったかと。(遥)

 16┠》 仲町六絵「赤い棺」

 青年の妄想するトランク詰め殺人の少女だとすると、人一人にしては「骨のかけらがひ
とつきり」は少なすぎるだろう。かといって、他の骨が誰かに持ち去られたというようで
もなく、青年の妄想が全くただの妄想でしかなかったとしたら話が成り立たなくなりそう
に思う。どうにも納得いかず、それは理不尽さによる面白さというものでもない。(言村)

 無形の小説ですね。赤い棺のなかに入っていたのが、白い霧に包まれた、乾いた骨ひと
かけらであるならば、この小説もまた、たくさんの白い霧に包まれた、しかし実体は骨ひ
とかけらであるような。嘘を吐く際のポイントは、いかにそれがほんとうであるように見
せかけるか、或いは、それが嘘だと見抜かれても、楽しい嘘であるように見せかけるかで
はないでしょうか。(秋山)

 色あせた古い絵画か映画のような。空気感が素敵です。(遥)

 17┠》 空虹桜「恋はいつも幻のように」

 生き物である以上、絶えず変わってゆくのが当然だが、人間は何かを固定することに腐
心しがちに思う。文字の発生などもそうだろうが、最も変わりやすいもののひとつであろ
う気持ちに関しても、恋などの形式に嵌め込んで固めようとするのだろうと思った。日常
的なものに虚構を見出し、それを上手く描き出していると思う。(言村)

  作品の末尾を飾る、最後の一文は、読み手の独白のようにも感じられました。この作
品で表現したかったのが、喜怒哀楽のいずれなのか、もしくはそのいずれにも属さないの
か。しかし、語り手が最後に思ったように、読み手もまた同じような印象を抱くのではな
いでしょうか。(秋山)

 語り口が軽快で、巧いなあ、と思います。とくに「悔しかったら、違うってなら、俺に
後悔させてみろ!」この一言がすばらしいです。(遥)

 18┠》 高橋史絵「巡回使の告白」

 面白かったのは「納税台帳」が出てきたりして、ディテールが細かく作られていた点。
しかしここまで書き込んでありながら「私の妻となったかも」というのは言いすぎのよう
に感じる点で、もうすこし人物描写に字数を割いても良かったのではと思う。(言村)

 むしろ、虚構に溢れる現実ではないでしょうか。なんとなく悲哀に満ちた結末は、心地
よい余韻を残し、全体的な完成度も極めて高いように感じられました。中盤に登場する、
大臣や令嬢の狂気も気持ちが悪いくらいに描かれているように感じられました。良作だと
思います。(秋山)

 せつない……!! 巡回使のさみしそうな笑みが目に浮かぶようで、やはりこれも、生き
生きとした語り口が良いなあと思うのです。(遥)

 19┠》 小田牧央「夢子26才、好きな工具はニッパーです☆」

 作品の“今”であるところの「グロいシーン突入」が、いったいどの分岐のどこに位置
するのかがよく分からなかった。「しかもバグつき」だからで説明にしてしまうと、この
話自体が都合良く作られただけのものになってしまうので“今”がどういう分岐を辿って
きた時点にあるのか分かったほうが良かったと思う。そうすればハル君がこうされようと
している前提がはっきりして、迫力が増したと思う。分岐しているなら別に二股というわ
けでもないように思うのだけれど。(言村)

  タイトルのインパクトは強烈ですし、作中に描かれている狂気も、また限りなく本物
に近しいように感じました。しかし、どうして改行がひとつもなされていないのでしょう
か。作品の傾向を考えると、もっと改行を多くして、余計な裏設定は明かさず、むしろ情
報量が少なめに感じられるところを、強制的にニッパーで区切ってしまった方がいいよう
に思われました。しかし、26歳で☆とか、♪とか、そこがまたいいですね。(秋山)

 なんというヤンデレ。それっぽいボイスが脳内再生されて、文体はたいへん成功してい
ると思いました。こんな展開で「これを読んでる君、いいかな?」なんて話しかけられて
しまったら、飛ばせませんよう。(遥)

 20┠》 久尾貴奈「手を拾う」

 左目の「お礼の一割」はどうなるのだろうと思った。こうして体の部分が落し物になっ
てしまうと、個を規定するものは何になるのだろうと考えるときりがないが、腕の魅力的
な生気溢れる存在には大いに現実感があり、虚構性と見事に調和していると思う。落ち着
いた穏やかな語り口によっても日常性が強調されていると思う。(言村)

  いやあ、面白かったです。手を拾う、というシンプルな題から、異様なせかいへ招き
こまれ、しかしそんな非日常のなかでは不気味な日常が、さも自然に展開されています。
途中で、すっかりこの変な世界観に飲み込まれ、慣れてしまい、それ故に最後の一行がふ
しぎな説得力を持っていたように感じました。極めて錬度の高い一冊だと感じました。
(秋山)

 まるでルネ・マグリットの絵画のように、たいへん淡々とした不可思議さのある作品だ
と思いました。アイディアには好感を持ちますが、いかんせんシチュエーションの奇妙さ
以外に何もないので、他の作品と比べるとややインパクト不足の感は否めないかも。でも
好き。(遥)

 21┠》 塩山タカオ「時」

 言いくるめた感というが「彼」の説明をそのまま繰り返しているだけに過ぎず、そのよ
うな感はない。言いくるめるということに“現実に溢れる虚構”が見出せるわけでもなく、
「俺はまじめに聞いてる」といった前後のつながりが不明な発言や人物描写で現実感を失
い、実際に時を止めるシーンが存在するわけでもないという虚構感にも欠ける面白くない
作品であった。(言村)

 何処までが本気で、何処までがわざとなのか、その境界線がなかなか見定められない、
妙な作品だと感じました。この中二病的な、と称することもできる言葉選びは敢えてやっ
ているのか、素でやっているのか。素でやっているのであれば、それはそれで問題ないの
ですが、敢えてやっているのであれば、その真意が気になります。何度か読み返してみま
したが、表面に見える以上のものを感じとることはできませんでした。(秋山)

 いまいち対話の焦点がわからないので、ちょっと煙に巻かれた印象です。(「俺はまじ
めに聞いてる!」といいますが、最初の台詞、質問じゃないですし。語り手の返答も、途
中で論点がずれている気がするし。)
 ただ――おそらくは、会話がやや不条理であるからこそ――この二人実際にいそうだよ
なあ、というような妙なリアリティがあり、印象的でした。(遥)

 22┠》 金子みづは「言城ノ虜」

 濃い。しかし、途中で言城=本とほのめかす所がありながら、最後で「我々自身が言城」
というのは唐突に感じる。また、何が「無駄事」なのかも分かりにくい。伝染を止めるこ
となのか、言葉を言城に閉じ込めておくことなのか。描写は読者の想像力に対する挑戦で
あるかのように密度があり、また幻想的に美しいと思った。(言村)

 一切の意味性を放棄するような小説ですね。一見、技巧の限りを尽くしたようにも見え
ますが、物語性がほとんどないことから、その方向性は読み取りにくく、結果として、意
味のない技巧であるように感じられました。文体演習の一種だろうかと思っていたところ、
改めてラスト一行を読み返してみて納得。なるほど、これ自体が言城だったのか、と。
(秋山)

 ひとが名付けることによって世界を認識する以上、我々自身が言城であるとはたしかに
その通りでしょう。ひとにとって真に恐れるべきは名づけの体系を狂わせる言霊の毒であ
り、それはここに書かれたような絢爛豪華な姿をしているのだろうな、なんて妄想しまし
た。うーん、寸評になってませんね。それくらい魅力的なイメージ群だったってことで。
(遥)

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創刊日:2003-11-08  
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