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雲上マガジン vo210

発行日:4/26

……………………………………… も く じ …………………………………………

 【1】 前書
 【2】 連載小説「私と彼女と、それと首」      第十回
 【3】 編集後記

 ……………………………………………………………………………………………………
◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【1】 前書
 ──────────────────────────────────────

 こんばんは、遥です。
 今回は「雲上の庭園」の全作寸評を載せる予定でしたが、諸事情から――というかわれ
われが読み切れず――4月30日に増刊号として配信することにしました。
 ごめんなさい!
 その分質の良い寸評を書くよう、3名とも鋭意がんばっておりますので、もうしばらく
お待ち頂ければと思います。

 というわけで、今回は「私と彼女と、それと首」の第十回です。

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【2】 私と彼女と、それと首             第十回
                                    著/佐多椋
 ──────────────────────────────────────

依存症(2)・・・-----------------------------------------------------------------

 私は待つ。少し落ち着いたらしく壁によりかかって荒い息を吐く楓の隣で。ただ待ち続
ける。窓の外には夕闇が訪れていた。もしこれが物語であるならば、こういった場面はす
ぐにカットされ、次の日の朝にでも移動するのだろうが、現実ではそうはいかない。私は
空腹を覚える。立ち上がり、夕食を作ろうとキッチンへと向かいかけるが、しかし楓の視
線が私を追いかけているのを見て、別の思い付きを得る。私は冷蔵庫へと向かい、いちば
ん上、冷凍庫の扉の取っ手に指をかける。楓が息を呑むのがわかった。冷気、その奥に先
ほど戻した首がある。ずっと、変わらずに、そこににある。私は昂ぶっていくのを自覚す
る。それを取り出すと、手にわずかに冷たさが走り、それはすぐさま痛みを変化して身体
を駆け抜けていく。それすらもが昂ぶりへと変わっていくが、あまり長い時間は持ってい
ることができない。私は少しの時間逡巡して、戸棚から一枚の絵皿を取り出した。やはり
高揚していたのだろう、そうでなければこんなことなどできはしない。青い薔薇をあしら
ったその絵皿に首を置く。
 物音がした。楓が眼を見開いたまま、立ち上がりもせず、後ずさりしていた。喉からは
何か言葉にならない異音が漏れ続けていた。私は首を置いた絵皿を顔の近くに持ち上げ、
にっこりと笑ってみせる。楓が首を振る。私はさらに昂奮する。身体じゅうの血管が焼き
切れそうだと思う。指先がふるえて、うまく皿を持ち歩けそうにない。なんで拒否するの、
こんなに綺麗なのに。これほどまでに綺麗なものを見たら、誰だって魅かれるはず、自ら
の傍に置いておきたいと願うはずだ。楓の喉から発せられる音は、まだ声の形をしていな
い。私にはそれが、喘ぎのように甘く聞こえる。
「楓」
 私は呼びかける。すると、魅入られたように楓は動きを止める。私は皿から首を持ち上
げ、一歩ずつゆっくりと彼女のもとへと歩み寄る。楓はおそるおそる手を伸ばし、すらり
と伸びた人差し指で首の唇を撫で、眼をつぶる。私は少し首を押す。存在しない背中を押
すように。
「き、れい……?」
 楓はその言葉を云ってしまう。たぶんその瞬間に、私とこれまでの日常をつないでいた
細い糸は、ぷつりと切れたのだろう。楓ごと。私はもう躊躇わない。一気に近付けて――
そして、楓の唇と、首のそれが触れた。
「――!?」
 驚いたように楓は眼を見開くが、すぐにそれを受け入れる。瞼を閉じ、舌を唇に寄せ、
わずかな時間だけ許されるより深いレベルでの体験に身を震わせる。舌を這わせる水音が
する。しかしやがて楓に限界が訪れ、それを見た私は首を離した。楓の唇も、首のものと
同様、血のように赤く染まっていた。さきほどまでとは違う、さらに微弱でゆっくりとし
たふるえは、過度の冷却に対する防衛作用と、首の唇へのさらなる欲求のどちらによるも
のだろう。その姿に私は充たされていた。楓も、少なくともその何秒かは完全に充たされ
ていたに違いない。私はあわただしく首を冷凍庫に戻した。溜息をひとつ吐く。達成感と
ともに。
「あたし、大丈夫かな」
 楓の隣に座ると、彼女はそう云った。
「大丈夫だよ」
 簡潔に私は答える。楓を見ると、彼女は涙を流していた。
「そうかな」
「そうだよ」
「そっか」

----------------------------------------------------・・・核心のほうへ/逃避する

 それからも、ほとんどそれまでと変わらない生活が始まった。ただ一箇所だけ、違うと
ころがあって、それが生活の深い場所を決定的に変えていた。私だけのものだった首の存
在を、楓も知っている。首はふたりのものになっていた。楓は帰宅すると、まず冷蔵庫に
向かう。そしてそのなかの首に、私と同じように素手で触れ、いとおしむ。ただ、それだ
けのことが、私たちの生活に、鮮烈な色を加えていた。楓が首に触れるとき、彼女は私に
触れている。私が首に触れるとき、私は楓に触れている。それらの行為を通じて私たちは、
直接触れるよりもより深く、お互いを確認することができているように思えた。ただ少な
くとも私は、心のどこかで、それは首への愛情を錯視したものではないかと疑っていた。
だがそれを口にするわけにもいかず、また実際に首に触れるとそんな疑いなどは消え去っ
てしまう。私は疑いの存在に気付きながらも、その姿を変えた日常を受け入れるしかなか
った。楓はそれまでと同じように私を攻撃した。首はあくまでも、生活に付与された一要
素に過ぎないのかもしれない。ただその存在が大きすぎるだけで。
 少しずつ涼しくなり始めた夕方だった。その頃には、書き換えられた日常はすでに私た
ちのものになり、はじめは不自然だった縫い痕も消えようとしていた。反面、気が緩んで
いたといえるのかもいえない。
 私は楓の帰宅を待っていた。楓は最寄の駅に、六時五分前に到着する電車に乗って帰っ
てくる。どこからかは知らない。結局、私は楓の仕事を知らないままだ。ただ時間から、
夜の仕事ではないのだろうと類推しているに過ぎない。だったら訊けば良さそうなものな
のに、何か訊くことが怖い。多くのものを、私はほうっておいたままにしている。小さく
て黒い、不安の塊を自分のなかに飼いながら、私はテレビを観ている。夕方のニュース番
組。実家の近くで殺人事件が起きたらしい。見覚えのある景色が四角いフレームのなかに
ある。私は自分が殺人者であることを思い出す。不安の塊が、また少し大きくなる。
 インターホンが鳴った。反射的に振り向く。当然楓は鍵を持っているし、ドアチェーン
は使わないのだからインターホンを押す必要などない。楓ではないのだろうか。たとえば、
宅急便。あるいは、友人。しかし、何も注文したものなどないし、私にはもう友人という
枠で括れるような関係の他者はいない。楓についてはそうでもないだろうが、少なくとも
自宅に呼ぶような話は聞いたことがない。なんとなく不審に思いながら立ち上がったとき、
二度目。何かがおかしいと私は思う。一歩踏み出したとき、三度目、と思う間もなく続け
ざまに何度も何度も何度もインターホンが悲鳴をあげた。回数が重ねられるたびに音量が
大きくなるようで、私は耳を塞ぐ。塊が急激に大きくなる。胸が苦しい。悲鳴はまだ続い
ている。眩暈を感じながら、私は少しずつ玄関に近付く。そんなに長いはずもない道のり
が異様に長く感じられる。陳腐な映像表現のように視界が歪んだ。悲鳴がかたちになって、
私の歩みをせきとめているようだった。乗り物酔いのような吐き気にも襲われた。やっと
のことで玄関にたどり着くが、ノブをうまく掴むことが出来ない。自分でそれが信じられ
ず、あまりに滑稽さに笑い出しそうになる。なんとか衝動を抑え、服の袖で汗を拭い、扉
を開いた。いつの間にかインターホンは鳴り止んでいた。
 憔悴した楓がいた。首を見つけたときと、同じような気がした。違うような気もした。

--------------------------------------------------------------------・・・つづく

 次回は第211号(5月5日発行)に掲載されます。
 このコーナーに対するご意見・ご感想は編集部まで:info@kairou.com

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【3】 編集後記
 ──────────────────────────────────────

 五月から新連載もスタートしますよ:) それでは、またー。

*公式サイト
http://magazine.kairou.com/unjyou/
*編集部
info@kairou.com

 次回の配信は4月25日を予定しております。

   ……………………………………… 公 募 ………………………………………

 本誌『雲上』では、アイデアと感動に満ちた作品を募集しています。
 
 対象は「文章で表現されるすべての作品」です。
 著作権等の問題が無ければ、既に何らかの形で公開された作品でも構いません。
 編集部では作者との共同作業で作品をより良くするシステムを整えております。
 たくさんのご応募を、お待ちしております。

         まずは編集部までご連絡ください:info@kairou.com

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