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雲上マガジン vol_207

発行日:4/2

は、関東以外の地方都市とそんなに変化はない。この街も近くにあのスーパー系列の大型
ショッピングセンターができたおかげで、地元の駅前商店街は閑古鳥。同時に若人はどん
どん山手線とか中央線とか丸ノ内線とかそっちの方へ進出している。ゆえに三十年間平日
昼間に降りなかったシャッターが二度と上がらない光景などは日常茶飯事となりつつあっ
た。従って、爺さん婆さんぐらいならごまんと居るが、と言ったところだろう。
「どうしても若い男の力が必要なんだって」
「力仕事すか。だったら尚更、他の奴に頼んだ方が」
「その他の奴がだいたいあっちの方に取られてるんだよ」……要はショッピングセンター
の方が時給が高いと言うことか。俺ももう少しそれを早く知っていれば。
「聞いてしまった以上はしょうがないっすね……つーか、西尾さんがやればいいじゃない
ですか。商店街ってコトは、誰かしら知り合いなんでしょ?」
「まーそうなんだけど」そこまで呟いてから、俺に耳打ちする。「実はその日、合コンあ
んだよ。ぜってー外せねぇの」……聞くんじゃなかった。
「それこそ、なんか割に合わないっすよ、それ。どう? とか言うぐらいには、それなり
の見返りがないと」
「わかった、『ポエム』のおばちゃんにプラスで洋梨タルト付けとく様に言っとく。それ
なら津嶋も文句ないだろ?」
「まぁ、無いですけど……」なんか外堀を埋められつつあるような気がする。ちなみに『
ポエム』とは商店街にある甘味処の名前だ。つうか誰だ、俺を釣る時はデザート付ければ
いいって言い出した奴は。……まぁいいや。いやよくない。
「んじゃ、これ連絡先ね、行ってみれば分かるから」
 西尾さんは手元にあったルーズリーフを一枚破り取って、携帯を確認しながら簡単な地
図と番号をペンで書き付ける。あの、それ俺のルーズリーフなんですけれど。でかい図体
をどかどかとならしながら、勝手に人に用件を押しつけて人的災害は去っていった。世の
中ひどい事件もあったものである。

 翌日。現場……というかバイト先に向かいながら、街を歩く。秋口の駅前をこうして、
何も考えずに歩くのも久しぶりだ。毎日リアルタイムで商店の動き方を見ていると、確か
に緩やかに減退を迎えつつあるのが分かる。とはいえ、この街に住んでからまだ数年しか
経っていない俺の言うことではないだろう。
「あれ、津嶋さんじゃないですか」
 聞き慣れた少女の声がする。そう言えば彼女もこの近くに住んでいるんだった。
「あ、アリスちゃんもお遣いか何かか」
「ええ、少々調味料を切らしてしまって」
 そう言って、俺の義理の従妹──芹沢アリスは、スーパーの袋満杯に詰め込んだタバス
コの箱をはにかみながら指し示す。正確にはタバスコ七箱、キムチ付けの素五箱、鷹の爪
三本、と言うところか。いったい何を作るつもりなんだこの辛味マニアは。ここまでくる
と依存症の領域に近い。
「ええと、まずは大根を買ってカクテキを作って、それから今日のおかずはハンバーグで
すね、ソースに和えて、それから……」
「おまいの晩飯は聞いてない。もっと普通の調味料はないのかよ……塩とか胡椒とか」
「唐辛子は万能です。それ以外に何か理由が必要でしょうか?」
「聞いた俺が悪うございました」
「それよりも、津嶋さんもお買い物ですか?」
「いや、俺はバイト。先輩のピンチヒッターで、なんだか手伝いがどうのこうの……」
 呟きながら、俺は手元のメモを改めて広げた。西尾さんの字はどうもぐちゃぐちゃで読
むことができない。かろうじてカタカナを少々読むことはできた……が。
「フ・ク・ビ・キ……?」一文字ずつ読んで、俺は首をかしげる。
「あちらじゃないでしょうかね? 福引き大会」
 アリスちゃんは斜め右二時の方向を指さす。遠藤商店、と書いてある本当に一歩間違え
ば民家と見まごうような雑貨屋の隣に、ちょっとしたテントスペースがあった。ここは丁
度駅前商店街の共通ポイントカードの事務所になっており、元を辿れば廃業した玩具店を
改造した物になっている。既に受付の所には俺と同年代の男性が二人ぐらいおり、彼らも
あるバイトなんだろうな、と思いつつ近づいてみる。
「あの、済みません自分、津嶋勇喜と言います。西尾寛司さんの代わりで来ました」
「お、お前が津嶋くんかー。寛司くんから話は聞いてるよ、さーさー着替えて着替えて」
 んじゃまた、と俺がアリスちゃんに手振りでジェスチャーをすると、彼女は財布から紙
を数枚取り出して、
「せっかくですので、私も福引きしてから帰ります」
 ……そう言えばタバスコって結構値が張りましたよね、うん。

2.

「寛司くんから聞いてるかもしれないが、俺が福引き担当の遠藤孝志だ。普段は隣の店の
親父だがな。よろしく!」
 と、捻り鉢巻を頭に巻いたパンチパーマの親父が、俺に傷だらけの手を差し出してくる。
とりあえずその手を握り返す……って、隣ってコトは雑貨屋だよな。雑貨屋が捻り鉢巻と
いうのも違和感が。何だろうこの雰囲気。
「なんか凄い傷っすね」
「ああこれか、時々大工の真似事するからな、どうしてもこんな手になる」
 ……どんだけ不器用なんだよ、本当に雑貨屋なのかというツッコミは抑えておく。
「早速だけど、この一覧の通りにしてくれればいいから」
 遠藤の指さした先には、何等が何色の玉になっているのかが表記されている。一等は金
色の玉でたった一つ。賞品は三十二インチの液晶ワイドテレビ。液晶テレビと言えば超高
額賞品、決して安くはない代物だ。とはいえ、俺みたいなあまりテレビを見る習慣のない
人間にとっては宝の持ち腐れ、二等赤玉の電動自転車(五本)の方がまだありがたみがあ
るという物。三等緑玉は料理道具五点セット(十本)。これは結構本気で欲しい。四等青
玉は商店街のみで使える千円分の商品券(三十本)。これはこれで。五等黒玉はボックス
ティッシュ五箱セット(百本)。生活必需品。そして参加賞・白玉はポケットティッシュ
だ。案の定、自分の後ろにはポケットティッシュの段ボール箱が山積みされている。山積
みと言っても、ミカン箱十箱ぐらい。この心許なさが、どうやらこの商店街の体力の限界
を物語っているようにも見えた。
「津嶋さん、まだですかー」
「別に俺じゃなくてもいいでしょーが、さっさと引いてさっさと帰んなさい」
 玉色一覧表を確認していると、福引き交換所からアリスちゃんの声がする。福引きの例
のガラガラは三つで、その一つ一つに俺と同じアルバイトらしき人間が張り付いている。
ということは、俺の担当は残っている向かって一番左端らしい。残り二人の男子学生バイ
トも、迷惑そうにアリスちゃんと俺を交互に見つめる。
「すいませんねー。本当に」もう、ただただ平謝り。
 専用のハッピを着込み、俺はすごすごとカウンターに出る。アリスちゃんはそれを待ち
かねたのか、例の頭からぴょん、と飛び出した数本のアホ毛をパタつかせて、今か今かと
せわしない動きをしていた。
「嬉しそうですね、あなた」
「だって千円の商品券ですよ! 新辛亭二杯分ですよ!」
 ……それかい。ちなみに今までの話の中で全く説明していなかったが、アリスちゃん御
用達の地獄ラーメン──豆板醤と数種類のスパイスを上手くブレンドした特製のタレを用
い、それだけでも十分辛いのだが『地獄の○丁目』と称して豆板醤をお玉でその数字分追
加する。俺の大学の友人も何人か挑戦しているが、店内に堂々と貼り出されたアリスちゃ
んの記録『地獄の百二十八丁目』を超えた人間はいない──を出す店『新辛亭』は駅前商
店街のはずれにあり、もちろんそこでも商品券は使える。どうやらこの人、それを狙って
この福引きに来ているらしい。これだけ見ると、少なくとも推定知能指数四〇〇、遺伝子
工学の権威に囲まれて育てられ、自身も学会で一目置かれるコンピュータ言語の天才小学
六年生……だとは夢にも思うまい。まぁ、言動そのものだけとらえれば十分奇才の域に達
しているが。
 アリスちゃんは福引き券三枚ほど取り出す。二百円で補助券一枚、補助券五枚で福引き
一回分だから三千円分の買い物をしたことになる。買い込んだ割には結構安い。
「さーて、早速回しますよー」
 こういった無駄に気合いを入れるところはやはり小学生だな、と思い見ていて微笑まし
い。
「確率でどれが当たりそうかなんて分かるモンじゃないの?」
「そんな簡単に言わないでください、そもそも母数が分かりませんので期待値も求めよう
がありませんから」
 確かにそうだ。こういうのは当たるも八卦、当たらぬも八卦。彼女の横では買い物かご
をぶら下げたおばちゃんが、試しに、と二回ぐらい回してみるがいずれも白玉。そして後
ろでは、同様にお遣い帰りなのか、女子高生らしき人が制服姿のまま、そわそわした雰囲
気で腕まくりするアリスちゃんを見つめている。……あなたも来年から花も恥じらう中学
生なんですからそう言うネタはもう少し控えた方が。
 勢いよく彼女は福引き機の取っ手をぐるぐると回す。一回、二回、三回。出てきたのは
全て白い玉。有無、期待を裏切り予想は裏切らない最善手。
「んー。残念です」
 そう言うと、アリスちゃんはいつもの笑顔のまま、すごすごとポケットティッシュを抱
えて帰って行った。うん、アレは相当機嫌が悪そうだ。そんな感じが、何となく分かって
きたような気がする。一年半のつきあいは伊達ではない。
「お次の方どうぞー」
 先ほどから待っていた女子高生が来て、福引き券一枚と補助券五枚を差し出す。天然パ
ーマなのかソバージュなのか、ちょっとウエーブのかかった栗色の髪の毛が妙に愛らしい。
「二回分ですね──それでは、ゆっくりと回してください」
 彼女はそっと、ただし何となく勢いよく取っ手を右に旋回させる。じゃらじゃらとすさ
まじい音。二周目で玉が出てくる仕組みになっているが──その玉は何故か生きているか
のように飛び出した。
「やっべ!」
 宙に浮く白い玉。夕日を浴びて神々しく感じる……かと思ったらそのまま転がって、向
かいの喫茶店『ポエム』の入り口近くにある側溝にころんと滑り落ちた。
「白玉だから……いいよな。では、済みませんもう一回」
 彼女は少し残念がって、もう一回福引きを回す。今度はゆっくりと、確実に。機械はあ
のガラガラというけたたましい音を鳴らして、今度は赤玉を吐き出した。
「あ」
「あ」
 今度こそ、と出てきた玉は生物の動きをせず、受け皿の中にとどまる。お互いに絶句。
その後、顔を見合わせ……。
「こんな時、どんな反応したらいいか分からないんですが」
「鳴らすんだっつうの!」
 隣のガタイのいい学生がおもむろに俺の手元にあるベルを奪い取り、大きく右に左に振
り回す。ガランガランガランというけたたましい金属音とともに、
「おおあたりぃぃぃ〜!」
 と、これまたけたたましい声を張り上げた。

 瞬く間に日は傾いていくが、渡すのはひたすらポケットティッシュばかり。時々「余計
なことすんじゃねぇ」と遠藤の怒鳴り声が、紙を引き裂く音とともに聞こえてきたが気に
しない。そして夜八時、ミッションコンプリート。
「挨拶遅れてすみません、西尾さんのピンチヒッターで入った津嶋といいます」
「ピンチヒッターか、ならしょうがないな」さっきの角刈り体育会系日焼け兄ちゃんは腕
組みをして、うんうんと唸る。「ピンチヒッターといったら、一日だけなのか?」
「まぁ、その予定ですが……何日間かあるんですか、これ」
「いや、明日までだが……あ、俺は雛形。雛形雄馬。こいつは磯部通」
 どうも、と奥にいた眼鏡が首の角度を前後三十度ぐらいに揺らす。
「今日は一日お疲れさん、結構大変だったろ、その後も人が来たから」
 ええ、全くその通り……といいかけてやめておいた。
「はい、お疲れさんー」
 そろそろ足が棒になってきた。本当に。
「大変だったねー。本当に気持ちだから福引きでもやってってよ」
 俺の手元にポンと手渡された封筒には、福引き券七枚。計算上は七千円分。うん。あっ
てる。あってるが……ちょっと待てコラ。
「で、すみません、バイト代は……」
「は? 何言ってんだおまい? 金は出せないってば」
「いや、ですから!)お手伝い!)って聞いてきたんですが……」
 すると、遠藤のオッチャンはバツが悪そうに。
「え、ありゃ寛司くん言ってなかったのかー。最初から!)お手伝い!)だって」
 ……殺して解して並べて揃えて晒してやんよ。

3.

「西尾先輩、どういうことっすかー」
 そう呟けども、同じ授業を受けているはずの彼は講義室に現れない。四年生の十月とも
なれば取らなければいけない単位も自ずと絞られてくる。……ただし、一年生から単位を
きちんと取り続けてきた、という前提であるが。
 とりあえず、横長に連結された講義室の真ん中で突っ伏す。とりあえず俺も三年次、自
分で言うのも何だが単位の取り漏らしは今のところ無いので(成績が良いとは言わないが
)、無事四年で卒業できそうである。……本当に何事もなければ。
 ただ、俺自身は少しずつ文学論に興味を持っていて、もしこのまま行ければ院に進みた
いなぁ、とは思っているのだけれど。生活費は厳しいが。
「しかし、誰んだろこれ……」
 手元には一冊のノート。俺が座った席に置かれていたものだが、妙に俺の字に似ている。
一瞬自分の書いたものか、と思ったがそうではない。なんか妙に薄ら寒さすら感じる。こ
れが噂のミニ・ドッペルゲンガー……って違うか。
「よ、津嶋くん」
 軽い気持ちでポンと頭を叩かれた。何だよいきなり、とやや不機嫌に後ろを見ると、昨
日の福引きの……確か……。
「磯谷さん?」
「磯部だよ」こりゃ失礼。「お、そのノート僕んだよ。さっきここに置き忘れてさ」
 磯部は俺の手からノートを取り上げると、講義室の外に一度出て、「ノートの御礼」と
ばかりに缶コーヒーを買って戻ってきた。コーヒーはあまり得意じゃないんだけど、貰っ
た好意は素直に受け取っておくに限る。
「どうせ西尾のことだから、あんまり説明もせずに話を進めたんだろ? そう言ういい加
減なところがあるから、あいつは」
「説明せずに、ってバイトのこと、磯部さんは知ってたんすか?」
「そもそも僕と雛形と西尾はサークル仲間だから。地域活性研究会、みたいな感じの」
 そういえば北都大にはスポーツとか芸術系のサークルとともに、こういった一種のワー
キンググループみたいなサークルも存在する。実際、何処の大学でも存在するんだろうけ
れど。第三文明研究会とか……それは違うか。
「じゃぁ、もともとボランティアだったんじゃないすか」
「ま、そうとも言うかもね」
 ……詐欺だ。ブラフだ。犯罪だ。
「つーか、バイトだって勘違いさせた西尾が悪い。そりゃ悪い。僕たちは地域商業の活性
化を通して、経済活動をとらえ、今後にどう生かしていくかを研究するサークルだ。その
つてでボランティアもする。今回の福引きも、あくまでもボランティアの一環としてやっ
てることだ」
「あーそーですか……」そもそも西尾さんがボランティアってのも想像できないんだけど。
「一応お手伝いは今日までだから、君も来てみないか?」
「お手伝いが今日までってコトは、福引きも今日までなんですよね?」
 手元には昨日のバイト代……もとい、手間賃代わりの福引き券が七枚。今日はバイトも
休みだし、行ってもいいかな、とは思う。やることがないというのは意外と疲れるのだ。
「さすがに手伝いはしませんけどね。西尾さんは今日は来るんでしょ?」
「さっき部室で見たら頭を抱えながらしょんぼりしてたな」
 二日酔いでさらにお持ち帰り失敗と見た。天罰覿面。
「でもそんな状態で商店街の人に失礼じゃないですかね」
「そんなことはねぇよ、あいつはあいつでちゃんと心の中に一つ持っているから、頼まれ
ごとを断るタマじゃない」
「それを受け流しかつ押しつけられた方は迷惑してるんですけれどね」

 しかし、福引きごときに自分が釣られてしまうのもどうなのかなぁ、と思ったりしては
いるんだけれども。とはいえ、貰った物はきちんと使わなければしょうがない。
「昨日はすまんね、津嶋」
 磯部から聞いていた表情が嘘であるかのように、西尾さんは満面の笑みで、ただし眉毛
を八野路にしてニコニコと俺にゴメンナサイ、のサインをする。そんな可愛くやったって
二十二歳の野郎の謝罪は聞けませんよ。
「いや、別に俺も昨日今日とバイト休みだったから良かったですけれども。洋梨タルト本
当にお願いしますね」
「分かってる分かってる。とりあえず、回す?」
 俺は多分相当の仏頂面だったのだろう、何となく周りが避けて通るのが分かる。自分の
周り半径二メートル。「おや、なんか機嫌悪そうだな」と雛形がちょっかいを出してくる
が気にしない。事実今の俺は相当機嫌が悪いのだ。
「気にせずに。ささ、回して回して」
 声に促されて、静かにバーを回す。一回目……白玉。二回目……白玉。三回目……。
「津嶋さん!」
 ……またお前かよ!……アリスちゃんの声がして振り向いた瞬間、背後で玉の落ちる音
がカコン、と鳴る。
「あれ、これは緑玉だな」
 はいはい当たり当たり、と面倒くさそうに鐘を鳴らす西尾。畜生、半分当てさせるつも
り無かっただろ。
「当たったんですか、津嶋さん!?」
「三等緑玉。いいだろ凄いだろー」
「商品券じゃないんですね」寂しそうに笑う。何その反応。
「そんなコト言うなって。調理道具セット。結構値が張るんだぜ、これ」
 アリスちゃんの興味散逸が祟ったのか、五回目にボックスティッシュが出たぐらいで、
後は全部白玉だった。……福の神というより疫病神に近いポジションのはずなんだがな。

 結局また遠藤に捕まって、今日も今日とて法被を着込む羽目になった。とはいえ、実際
の所は何か追加でやるというわけじゃなくて、最終日らしく撤収の手伝いぐらいだ。もち
ろんボランティアなんだろうけれど。仕方ないな、と考えながら日がとっぷりと暮れた商
店街の真ん中でテントをたたみ始める。やはりこういう時だけは人手がいるのか、ボラン
ティア以外にも各商店の親父たちが総出でやってくる。
 結局商店街合同セールで一等のワイドテレビは獲得されなかったらしい。テントの後方
には当選者の名前が貼り出されており、遠藤はそれを一枚一枚丁寧にはがす。
「このテレビ、結局どうするんですか?」
「いや、元々こいつは亀田さんところのだから、売り物にまた戻るだけよ」
 亀田さん、というのは遠藤商店の五軒隣にある電気屋だ。こういうところも最近は大型
量販店が出てきて厳しいと聞く。遠藤はしみじみと昔話を語りはじめる。
「しかし寂しいな……一昔前だったらそもそも賞品が余るなんてコトは全くなかった。む
しろこれでも足りないぐらいで、商品の確保に右往左往したものさ。それは今も変わらな
いんだが、昔の苦労に比べれば……あれ?」
 彼の動きが止まる。
「どうしました?」
「いや、賞品の数とか確認しながら今はがしてるんだがよ、当選者の紙が一枚多いんだわ

「一枚多いと言うことは……賞品が足りてない、ってこと?」
「ああ、お前さんが持っているそれだよ」
 遠藤が指さした先にあるものは、隅に置いてある俺の鞄の横に立てかけた、ちょっと高
級調理道具セット。
「十本のはずで、貼り紙は九枚。でも道具セットは余ってねぇんだわ」
「おかしな話ですね……だれか書き漏らしとか?」
「おーい若いの、取り出し済みの緑の玉は何個ある?」
「十個です」雛形が答える。
「間違いないかー?」
「間違いないでーす」
「じゃあ、念のため今福引き機の中身をあけてみるか」
 遠藤の提案で、大きなプラスチック箱の中に、福引き機の余った中身を一気にぶちまけ
る。まるでそれはパチンコ店のフィーバーの後のように。遠藤と雛形の手が、その玉の波
をかき分ける。
「あ、やっぱり無さそうだな」
 雛形がぽつりと漏らす。──ただ、一部始終を見ていた俺に残った違和感。
「あの、一等賞って出なかったんですよね」
「ん、間違いない」
「そしたら、この中に金の玉があるはずが……覗いた限りでは見あたらなかったんすけど」
「まさかそんなことあるめぇ」
 遠藤が再びくじ玉の海に手をダイブさせる。数回かき回しているうちに、遠藤の顔色が
少し険しくなった。
「そんなこと……あるな、こりゃ」
「……マジすか」
 消えた貼り紙と消えた一等の玉。関連性のない二つの物体が……同時に消えた。

4.

「貼り紙については、恐らく書き漏らしだと思うが……」
「いや、そんなことはないっすよ」
 雛形が否定する。俺が電気自転車を当てた少女を見た時、ついでに紙の書き方の部分も
教えて貰っている。実際、俺もその後何件かの当たりを見て、その都度名前を聞き出して
紙を貼りだしている。それは磯部も、西尾も肯定しない。
「んー、しかしだな……」
 遠藤は口をもごもご動かしている。なんか妙に歯に挟まった物合いになってきた。
「ちなみにこの福引きはいつから始まったんですか?」
「先週の金曜日から一週間。特に日によって分けたりせず、早い者勝ちで進めていったぜ」
 そう言えば全く気づかなかったな……賞品が売れ残るのもむべなるかな。
 遠藤は黙ったまま、俺の方をちらちらと見やる。
「それに一等の玉、本当に何処にやったお前ら?」
「いや、全くいじってないですって。第一、一等の玉が出てきたらちゃんと確認してるは
ずです。一番最初に、僕たち実物見たじゃないですか」
 今度は磯部が答える。若干眉間にしわを寄せ、少々ムキになっているかのごとく。
「実物って、玉の実物っすか?」
「そう、一等の玉をね。雛形や西尾も見ているはずだよ」
 西尾先輩は黙々とテントの片づけを手伝っている。こういうコトを議論してもしょうが
ない、と言いたげに。そういえば俺の入った水曜日以外の六日間は、西尾さんが手伝って
いたんだな。なら、設営時に実物を見ていてもおかしくない。
 ただ、そうなると全く訳が分からない。金色の玉は一週間出てこなかったから、福引き
機を開く前に存在しないのは分かる。外に存在しないのなら中にあるのが道理──しかし
機械の中にも存在しなかった。
 最初に金の玉を入れ忘れた?……そう考えて俺は首を振る。それはありえない。それこ
そ、ここにいるみんなが玉を見ているのだから、そもそも入れ忘れたなんてコトは……。
「一等の玉を入れたのはどなたです?」
「俺に決まってるだろ」と遠藤。「この福引き機は三つとも、普段は俺の家に補完してあ
る。玉も一緒だな。で、俺がこの三人に内緒でどの福引き機に入っているか分からないよ
うに玉を入れた。どれに入ってるか分かれば、自ずと表情に出るからな。それをお客さん
が見破ったら、元も子もない」……あんたが一番ポーカーフェースできなさそうな気がす
るんですが。
「じゃあ、遠藤さん自身が入れ忘れたって」
「そんなわきゃねぇだろうが」完全否定。「俺をバカにするつもりか兄ちゃん」
「ごめんなさい、じゃあ今の話は無しで」
 確かにそうだ。入れ忘れていたらそもそも金色の玉は外に出ているはずだし、何より一
週間付きっきりで福引きコーナーに付いていた遠藤が気づかないはずがない。
「誰かが意図的に隠したってコトは考えられないかな」
 西尾はテントの縛りヒモをきつめに結びながら、大きな欠伸とともに考えを示す。
「意図的に隠すって、どうやって? そもそも何のために?」
「何のため、ってそりゃ賞品の独り占めだろ。どうやっての部分はさっぱり分からん」
「それは西尾、僕や雛形を疑ってるのかな」
「そのつもりはないが、そう聞こえたなら申し訳ない。第一、その考えで行くと、あの場
にいた全員……遠藤さんや津嶋も含めることになるぜ」
 え、俺も容疑者なのかい。……当たり前か。容疑者は便宜上、この一週間に福引き機を
いじった人間全てになる。福引きを引く客に動機はないから、残るはこの五人ということ
になるのだが、なんかいまいち釈然としない。
「一枚だけ紙がないのも気になるし」
 貼られた紙には、当選者の市内地区名と名字のみ書かれている。さすがに下の名前まで
は書かない。こういう配慮みたいなものも必要だろう、とは思うが。紙の中にはもちろん、
『津嶋』の文字もある。こちらは賞品が行き渡っているはずなので問題はないが、さすが
に少し気持ち悪い。
「しかしどうすんだよこれ。誰かがミスったってことじゃねーの?」
 仏頂面で雛形が問いかける。体育会系の仏頂面は文化系に比べかなり恐ろしい。しかし、
磯部はそれを頑として否定する。
「僕たちは僕たちなりに、誇りを持ってやっている。ミスなんて許されない──それはお
前も同じなはずだ」
 ああ、悪かったよ……というが、この微妙な空気。……誰か何とかして……
「どうしました、皆さん?」
 ……そして名探偵は最後にやってきた。

「そう言うことですか」
 とりあえず、ここで起きたコトを一通り整理して俺がアリスちゃんに話す。話を聞きな
がらアリスちゃんは指先を少しずつ動かし、手元にあった福引きの玉を並べていた。自分
の中でも考えを少しずつ、少しずつ整理しているかのごとく。
「ところで、アリスちゃんは何でここに。福引きも終わったんだし、用がないでしょうが」
「昨日はハラペーニョを買うのを忘れてしまいまして。夜中に思い出したは良いのですが、
さすがにお店も閉まっていましたからね」
 ……聞かなきゃ良かった。
「ところで、遠藤さんにお伺いしたいことがあるのですが」
「あんだぁ?」
「他の色の玉……特に白い玉は全部あったかどうか確認できますか?」
「さすがに白い玉まではな……ちょっと分からんけど」量が多すぎて一個単位の増減は確
認できない、ということらしい。
「それともう一つ……例の一等賞の玉の!)予備!)はありますか? それをお持ちいただけ
れば多分解決です」
 あいよわかった……そう言うと遠藤は隣の自分の店にいったん戻る。それを見届けた頃
に、アリスちゃんのせわしなく動いていた指がぴたりと止まる。
「まるで、慣性の法則ですね……」
 彼女は指で玉を弾く。それはコロコロと転がり、直線上に並べられた玉の右端に当たる。
「すべての事象には原因があり結果があります。ただし、根拠が求められない限り因果関
係を導くことは困難です。慣性の法則のように、運動による力が全く別の形で現れること
もあります……ですが」
 呟くと同時に、直列の左端の玉がポンと飛び出した。あたかも鉄砲のように。
「それは力の伝達の構図がはっきりしているからです。ですから、順を追って説明してい
こうと思います」
 彼女の虚ろな、そして澄んだ視線の先を追っていく。飛び出した玉は当初の勢いのまま、
福引き機の端に当たって止まった。その事象を見届けて、彼女はいつもの、不確かな笑い
を浮かべた。
 一等の玉は何故、何処に消えたか。
 当選者の貼り紙が一枚足りないのは何故なのか。
「これで、いかがでしょうか」
「で、アリスちゃん……いつ並べた」
 彼女はその問には答えない。導かれる解はそれに対するものではない、というかの様に。

 そこには──福引きの玉が綺麗に二列となって並べられていた。

……………………………………………終 了……………………………………………………

 続きは4/5発売の「EquaL」第3巻にて!!

 次回は第206号(4月5日発行)に掲載されません。
 このコーナーに対するご意見・ご感想は編集部まで:info@kairou.com

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【15】 編集後記
 ──────────────────────────────────────

 はい。えー。初めまして。莢野まさちです。何者かといいますと、遥彼方さんの高校の
後輩です。
 さっきですよ。風呂上がったばっかりで、よっしゃ一杯ビールでも飲むかって時にです
ね、急に彼女から電話がかかってきまして
 「秋山さんに編集後記頼まれたんだけどさー、あたしもう眠たいからあんたやってよ」
って。知りませんよそんなの。
 え、しかもなんですか、僕の折角投稿した作品、エイプリルフール号に載るんですよ。
 なんかそれってあんまりじゃないですか? なんか僕の作品が嘘みたいな、僕の存在ま
で嘘みたいな……。


*公式サイト
http://magazine.kairou.com/unjyou/
*編集部
info@kairou.com

 次回の配信は4月5日を予定しております。

   ……………………………………… 公 募 ………………………………………

 本誌『雲上』では、イデアとフィロソフィに満ちた作品を募集しています。

 対象は「文章で表現しようと思えば何でも表現できるような作品」です。
 著作権等の問題が無ければ、既に何らかの形で公開された作品でも構いません。
 編集部では作者との共同作業で作品をより良くするシステムを整えております。
 たくさんのご応募を、お待ちしておりますから、早く寄越しやがれ!

         まずは編集部までご連絡ください:info@kairou.com

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    ホームページ一新!100円でどこまでも行ける鉄道とは!?など鉄道の面白さをトリビアとして紹介しているサイトです。読み物としてだけでなく実践してみると100倍楽しめます。

  5. フォトレシピ。やさしいおやつ。おいしいお菓子。

    最終発行日:
    2012/07/21
    読者数:
    489人

    作り方は詳しい写真付き。お菓子教室 Studio-gemma が、分りやすく、おいしいレシピをお届けします。 “おいしい情報”もね。