文学

雲上マガジン

総合創作団体・雲上回廊が送るメール文芸マガジン。

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雲上マガジン vol_206

2009/04/02

「お疲れ様でした」どうせ母親が連絡したのだ、もうすでに分かっていたことだ。「少女
漫画的ロマネスクを、どうだい、さあ差し上げようか」
「願い下げ」里恵は言った。わたしだって好きでやってるわけじゃない、分かって。あん
たの顔なんか本当は見たくないのに。
 よく分かってらっしゃる。
 駅を出た。そこにあったのは町だったのだろうか、暗い灰褐色の四角形が幾つも連鎖し
ているように見えた。真っ直ぐに進み、十字路を右に曲がる道は二人とも覚えていた。大
通り――だった場所には恐ろしいことに人影の欠片も無く、ただ灰色のシャッターが不思
議の国の兵隊のように、横一列に並んでいた。
「母さんか」
「わたしとあなたのことを知らなかったみたい」
「だろうな」
「名前と断片的な知識しか教えてなかったし、それ以上は気づくこともなかった」
「いくらなんでも、まあ、人が悪い」
「何もする気じゃないし、あなたも何かするわけじゃないでしょう」
「だったらお前は何のために来たんだ」
「呼ばれたから」
 里恵の足音が遠ざかっていった。車の音すらない。おかげで、誰かが去っていく足音だ
って聞こえる。僕は振り向く気も無かった、何も言う気にも無かった。里恵は往々にして
本当のことを言った、しかし最後は嘘だ。彼女はずっと薄笑いを浮かべていた。そして時
々横目でわざとらしく黒のバッグから突き出す、不要な残滓を見つめた。ただ単なる棒き
れにしか過ぎないことをどう言い聞かせても仕方が無い。あの女は屑だ。

…………………………………………………………………………………………………………
…………………………………………………………………………………………………………

 これも面白い!
 これも続きは来年か! 待ち遠しすぎるが、1年後では忘れてしまいかねない!!

 次回は第206号(4月5日発行)に掲載されません。
 このコーナーに対するご意見・ご感想は編集部まで:info@kairou.com

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 [広告] 新感覚ゲーム『秋山真琴醸造計画』始動! 

   秋 山 真 琴 
       《醸》 
       造 計 画 

    プレーヤは秋山真琴となり暴酒暴呑の限りを尽くす! 
       やがて秋山の(腹の)中で芽生える謎(の酵母)! 

     登場キャラクター総勢64名(酵母含む)の渾身作 
         秋山が呑み 
               真琴が呑み 
    あっきーが呑み 
                 まこぴが呑み 
                           暇人が吐く 

        隠しキャラクター秋山散人まで辿り着くことは果たしてできるのか!? 

                              OUT ON C77 !!! 
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

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 【11】 連載小説「人間に恋焦がれた妖怪の末路」  新連載
                                    著/秋山真琴
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 さあ、続いては……っと、これは、私の作品でした。てへり。
 現代にまで綿々と続いている妖怪文学を根底から覆しかねない、背徳の小説作品、と自
分では思っておりますが、果たして!?

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 幽明の境木の、太い枝のひとつに、妖怪の恋石が腰掛けている。迷い込んだ子供を送り
返してあげるお礼に彼女が着ていたよそ行きのセーラー服を譲り受けた恋石は、それを着
続けるために、ここ何年か、人間の子供の恰好をしている。
 恋石は苗字で呼ばれることを厭う。それは彼女が、昔、この国にいた有名な妖怪と同じ
名を持っているからであり、その名で呼ばれることに引け目を感じているからだ。しかし、
実際には、彼女こそが、かの文豪の著作にも登場する、偉大なる妖怪の直系であり、彼女
がちからを失っていることこそが、かの妖怪が人間との約束を守った生きる証明なのであ
る。とは言え、そんなことは彼女にも、この山に住む他の妖怪にも、そして何より人間た
ちにだって関係ない。すべてはもう昔のことなのだ。だから、この項に於いて彼女のこと
は、単に恋石と記す。
 さて、境木に腰掛ける恋石の主な任は、境界であることだ。決界の一部に彼女の名が刻
まれてしまっているが故に、彼女がそこにいなければ幽明の境界は滲んで溶けてしまう。
だから恋石は遊びに出掛けることも出来ず、今日も樹上で溜め息をついている。
 そんなある日のことだ。人間の子供が彼女の元を訪れた。いつかの子供の、子供であっ
た。
「やあ、君はいつかの」恋石は胸を弾ませて、境木の根本の子供に声をかけた「ここまで
どうやって来たんだい? 迷ったのかな」
 子供はきょろきょろと周囲を見回し、それから恋石の存在に気付くと、上目遣いで答え
た「お姉さんこそ、そんなところに座って何をしてるの。それに」子供は迷うように視線
を、左右へ、二度、ぶれさせてから言葉を接いだ「ぱんつ見えてるよ」
「気にすることはないさ」恋石は枝から飛び降り、真下の枝に飛び移った。何枚か葉が散
る「ふむ」恋石は枝のしなりを確かめてから、さらに下の枝に飛び移った。子供との距離
が近づく「そんなことは些細なことだ。どうせ誰も見てはいない。よしんば見られても減
るものではない」
「よしんばってなあに?」
「そういう婆さんがこの山にはいるんだよ」
「えええ」子供は眉をしかめた「うっそだあ。わたし、知ってるもん、よしんばってさも
なくばってことだもん」
 恋石は驚いた! と言わんばかりに目を見開き、さらに肩をすくめて、おどけて見せた。
「それは君、人間の常識だぜ。ここは妖怪の山。妖怪たちが住み、妖怪たちが暮らし、妖
怪たちが死ぬ山だ。君の知らないことが、この山では跋扈しているよ」
「ばっこってなあに?」
「意地汚い子供のことさ」
「わたし、ばっこじゃないもん」
「ああ、君はばっこじゃない」恋石はにこりと笑った「君はばっこじゃない」
 すとんすとんと、次から次へと恋石は枝を飛び移り、やがて最も地面に近いところまで
来た。
「人間の子供よ。残念ながら、私はこれ以上、君に近寄ることが出来ない。木登りは得意
かい」
「へへん」子供は鼻をすすりながら自慢げに白い歯を見せた「わたし、木登り得意だよ」
「へえ。その腕前やいかに」
「見てて!」
 子供は腕まくりすると、境木の幹に手を回し、ずるりと滑り落ちた。
「あれえ」
 一歩、二歩と子供は境木から離れ、それから助走をつけて境木に飛びついた。けれども、
やはり、ずるりと滑り落ちてしまう。
「あはは、だめだねえ」
「だめじゃないもん! この木が滑りやすいんだもん」
「聞いて、理工な人間の子供。この木は現実と幻想の境を統べる木。理論で登ろうとする
と、木は君を嫌悪するよ。本能で登るんだ」
「何を言ってるか分からないよ」
 子供は二度、三度と境木に飛びつき、その度にずるりと滑り落ちたが、四度目にして、
ようやく恋石の腰掛けている枝にまで何とか登ってくることができた。
「やれやれ。木の方が、先に折れてしまうなんてね」
「誰に話しかけてるの」
「誰にでもさ。ここは妖怪の山。落葉には落葉が、空気には空気が、万物には万物が宿っ
ているんだよ」
「じゃあ、わたしがわたしなのは、わたしが宿っているからなのね」
「ほほおう。鋭いね、君。名前を聞こう。私は恋石だ」
「こんにちはちっちゃい石ころさん。わたしはおっきな石さんよ」
「大石か。そう言えば、あの子供は恋をしていると言っていたなあ」
「何を言っているの」子供は恋石の腰に手を回した。バランスが崩れ、ふたりは枝から落
ちそうになる。
「よ」恋石の手が伸び、隣の枝を掴む「む」しかし、そのアクロバティックな動きについ
ていけず、子供は地面に叩きつけられてしまう。
「ごめんよ。私はこの木から下りるわけにはいかないんだ。このせかいが崩れ落ちてしま
うからね」
「分かった。抱きついてごめんなさいね」
「いいんだよ。おいで」
「うん」
 子供は再び境木に登った。
 木は、もう、子供を拒絶することをしなかった。
 するりすりと登ってきた子供から逃げるように、恋石は頭上の枝に飛び乗る。
「あー、逃げたー!」
「悔しかったらこっちまでおいで」
「うん。そこで待ってて」
「どうかなあ」恋石はいじわるをするように、さらに次の枝へと飛び移る。
 子供はきゃっきゃと笑いながら、恋石を追う。しかし、ある一点を越えたところで「あ、
」と小さく声を漏らした。
「お母さんが呼んでる。わたし、行かなきゃ」
「お母さん?」恋石は首を傾げた。妖怪としては下級の恋石だが、その聴覚は人間を凌駕
する。子供の方が地上に近いとは言え、子供の耳が捉えて、恋石の耳が捉え得ない音が存
在するとは考え難い。
「わたし、行かなきゃ」
 子供はするすると木を降りた。
「じゃあね」
「ああ、また会おう。大石」
「さよなら、ちっちゃい石さん」
 子供は腕を大きく振りながら去っていった。
 その小さくなってゆく背中を、恋石はいつまでも見送っていた。
 やがて日が暮れ、夕陽を眺めていた恋石の背後に、烏天狗が降り立った。
「恋石よ」
「なあに。天おじさん」
「ほれ」
 額に天というアザがあるから、仲間内から天と呼ばれている烏天狗は、掌に収まる、極
めて小さい巾着を差し出した。中からは、得体の知れない、この山では今までに嗅いだこ
とのない匂いがした。
「見つけたら譲ってくれと言われていたからな」
「人間になる薬」
「そうだ」
「貰っていいの」
「その為に持ってきた」
「ありがとう」
「ああ」
 日が暮れ、烏天狗は夜空に舞ったが、その姿はすぐに星々の狭間に消えてしまった。
 現実と幻想の境界が崩れ始めたのだ。今や、人語を解し、空中を自在に飛び交う烏天狗
は、幻想のせかいの住人ではない。現実と幻想の境界は溶け、想像上の存在、架空の奇想
は、現実に存在する事実になり始めていた。
 境木を降りた恋石は、人里へ向けて一心不乱に駆けていた。
 人里からは魚の焼いた匂いが漂ってきていた。
 去ってゆく恋石に別れを告げるように、境木が枝を揺らした。その枝に生えていた葉は、
今や急速に色褪せ、散り始めている。恋石が去ったことにより、境界が滲み、再び流れ始
めた時が、まるで今までの分を取り戻すかのように、境木に負担をかけているのだ。
 一陣の風が吹き、夜空に雨雲が集い、最初の一滴が零れるころには、もう境木は、すっ
かり朽ち果ててしまっていた。
 風が巻き、雲が集い、雨が降り、地が潤い、川と流れる。
 こうして。山が啼く、長い長い夜が始まった。

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 続きは意外なことに次号『雲上』に載っちゃうよ? ほんとだよ!

 次回は第206号(4月5日発行)に掲載されますよ。
 このコーナーに対するご意見・ご感想は編集部まで:info@kairou.com

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【12】 連載翻訳「Melancholia Of The Mysterious Metropolis Pt.2
                                : Lost My Lover」
                                    著/Elsa Lanchester
                             訳/牧野基海

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 諸君は覚えているだろうか、昨年の『雲上』4月1日号に掲載された翻訳小説を。
 この作品は、その続編である!!

◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

 雲が重苦しく空を覆いつくし、星星の光はこの都市まで届かない。都市はまるで痙攣す
るかのように胎動を続けている。巨大な鉄のピストンが蒸気を吐き出しながら忙しなく動
き続け、超高層ビルが幾つも都市の中心部に灯を供給している。都市の中心部から外れれ
ば背の高い煙突が都市を囲むように立ち並び、黒煙が空に立ち昇っている。
 超高層ビルがそびえ立つ都市の中心部は煌びやかだが、そこから離れていけばいくほど
生活水準は下がり、治安が荒れている。舗装されていない道路の端にはいつも家を失った
ものが座り込み、頭を垂れている。やせ細った身体をし、工場からの黒煙で悪くしたのか、
咳を繰り返す。襤褸切れのような身体をくの字に曲げる様だけが、彼らが生きていること
を示している。
 私が出会った彼女は自らを「リイ。アナベル・リイ」と名乗った。私には彼女が齢十三
か、十四ほどに見えた。身に着けているもの(服とは呼べるものではなかった。しいて描
写するなら襤褸切れだろうか)から伸びる手足は、道端に座り込んでいるものたちと同じ
く痩せ細っているが、肌は手入れがいき届いているかのように白く、また彼女の髪も白か
った。彼女の四肢とその髪の毛が暗闇の底から現れたとき、私は先立った幼な妻の姿を思
い出した。
 私は彼女を家に連れて帰り(家までの道のりを私は覚えていない。また、私はどうして
そこにいたのか、どうやってそこにいたのかすら定かではない)、私の幼な妻が使ってい
た洋服を着せた。洋服を着た彼女は、晩年の身体を壊したころの幼な妻によく似ていた。
彼女は自分の名前を名乗った後は一言も話さず、幼な妻が気に入っていた椅子に腰掛け、
ただじっと私を見ていた。黒猫のプルートも彼女を気に入ったようで、彼女の膝元で横に
なっている。
 彼女と共に暮らし始めたころから、私の体調は優れなくなった。手足の先が震え出すこ
とが一日の中で何度か起こるようになり、その度に頭痛や吐き気、発熱などを催した。彼
女はそんな私を手厚く看護した。痙攣を起こし、失神したときは私をベッドまで運んだこ
ともある。奇病の治療代のせいで私の財産は少しずつ減っていった。痙攣の回数が多くな
るにしたがって、私が書く文章の量も少なくなり、ついには収入さえも断たれることにな
った。
 毎晩襲われる悪夢にうなされながらも、私の隣で横になっている彼女だけが私に安らぎ
を与えてくれた。彼女と身体を重ねているときだけ、私の身体は昔のような健康さや若さ
を取り戻した。手足の痺れと痛みが降り注ぐ中、私は毎晩彼女を求め続けた。
 財産はいつしか底をつき、私は寝たきりの生活になっていた。四肢は満足に動かせず、
食事もままならなくなる。プルートが獲った鼠の肉を彼女が噛み砕き、私の口に移してよ
うやく私はそれを食べることが出来た。食事後は彼女が私の上半身を起こし、襤褸切れで
私の身体を拭いた。肉がこそげ落ち、骨と皮だけになった私の身体の中でも、私の性器だ
けは雄雄しく彼女を求め続け、そのたびに彼女は手で私をなだめた。開放感と虚脱感が一
度に訪れる瞬間、モルヒネを打たれたのように痛みが私の身体が抜けていく。
「精液の匂いはそれを忘れたときにはじめて気づくの」と彼女は指先にからみついた精液
を舌先で絡めとりながら言った。私が横になっているとき、あるいは彼女が私の隣で寝て
いるとき、ふとした瞬間に鼻腔をつくあの匂いは彼女やシーツに染み込んだ精液の匂いな
のだろうか。
 ある日、彼女の口から入れられた肉はそれまでの肉とは異なった味をしていた。鼠の肉
は硬く、飲み込むのに苦労したにも関わらず、その日食べた肉は柔かく、飲み込むことも
苦にはならなかった。台所には赤黒い血に染まった鋏と(彼女が獲ったのだろう)動物の
皮が無造作に置かれていた。その日からプルートの鳴き声はしなくなった。
 私が日に日にやつれていくのに対し、彼女は徐々にその若さを取り戻していった。初め
て会ったときは晩年の病に倒れた幼な妻を思わせた風貌も、いまでは私と婚約を結んだこ
ろの幼な妻のようになっている。彼女を見るたび、私の脳裏に幼な妻との思い出が走馬灯
のようしてよみがえる。
 柔かい肉もなくなり、私が次に食べさせられたのは自らの身体だった。彼女は自慢の鋏
で私の身体をばらばらにしていった。不思議とそれらに痛みを覚えず、すみやかに私の身
体は彼女に解体されていった。彼女はまず、私の右手の薬指を口に含むと、それをよく噛
み砕き、骨と爪を吐き出した後、それを私の口に含ませた。食べた指は身体を循環してま
た生えてくるのだと彼女は言った。当分の食料を確保出来たことに私は安堵した。
 しかし、彼女も私の身体を食べるため、私はどんどん小さくなっていった。小さくなっ
ていく自らの身体を見ながら、私はこのまま彼女に食べられてしまう日が来るのだろうか
と思う。今日も私は彼女の自慢の鋏で身体を半分にされながら天井の赤い染みを眺め続け
ている。私の心臓を彼女は口に含む。彼女の唇からは私の血が滴り、彼女の首元を伝う。
よく噛んだ後、彼女はほんの少しだけ飲み込むと、残りを私の口に接吻するようにして含
ませた。私は私の心臓を咀嚼し、飲み込んだ。

◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

 第3回は急展開! 来年を待てぃ!

 次回は第206号(4月5日発行)に掲載されません。
 このコーナーに対するご意見・ご感想は編集部まで:info@kairou.com

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 【13】 エッセイ「海士街秋一の変態音楽入門
          Eno and His Magic Band“This Is A Moonright Signal”」
                                    著/海士街秋一
 ──────────────────────────────────────

 ここで一呼吸。
 エッセイターイム!

××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××

 さて。今回より始まりましたのは、わたし、海士街秋一による『海士街秋一の変態音楽
入門』。ここで勘違いしてはなりません、例えばこんなふうに――『海士街秋一の変態 
音楽入門』、『海士街秋一の変態入門音楽』、『海士街秋一の入門音楽・変態』。
 いや、結構変態であることには否定も肯定もいたしませんけれども、これらの間違いは
甚大な被害を各方面にもたらす可能性があり、その結果に至ってはもしや我が身に災難の
雨あられと降りかかるなどといったこともありえましょう。HMVに大挙して『変態音楽を
寄越せ』などと迫られた場合その恥などの責任は負えかねます。Amazonで検索してもその
具体的な損害はないでしょうが、スタンダードなインターネットブラウザの場合ですと履
歴の方面から悲劇の幕開けとなり家中にテンペストの吹き荒れるさまとなるでしょう。当
方としましては被害警報もなにも出せません。ご注意ください。そのような訴えがあった
場合、こちらの対応はバスタオル一枚がせいぜいでございます。ヒッチハイカーの間では
ダイヤモンドより重要なアイテムと聞いておりますがゆえ。
 ではなぜここに『変態音楽』という名をつけたか。
 わたしが思うところでは美しいものとは常に歪んだものです。歪みと整合性の間でゆら
めくものを人は美と呼ぶのだと認識しています。それは決して分かりやすいものでもなけ
れば簡単なものでもない。人懐っこく迫ってくる美というのは確かに存在しています。多
くの人に受け入れられ、それでも美というような――音楽ではビートルズ、とか。小説で
は昔の話ですが、例えばセルバンデスやモーム、バルザックなんかも売れっ子でした――
しかし、往々にして美とは受け入れられることがとても少なく、ビートルズがあそこまで
愛されているのはそこに美があってもなかなか掴みきれず、論じきることもできず、耳に
は残り多くの人に影響を与えてもその源泉は涸れない、という点につきます。
 だが前述したようにすべての美はビートルズではありえない。
 ビートルズの人懐っこさをすべての美に期待することはできませんが、ときおりその人
懐っこさを美と捉えてしまい、あまりにも多くの美を見逃してしまうことがあります。
 「変態」とは決して奇妙な性癖や生態のみを意味するのではなく、すがた・かたちが変
わっているただそれだけであるだけで美と思われていないのだ、という意味合いも込めた
つもりです。あらゆる変態たちの上にどんな愛やロマンの影が差し掛からない瞬間などな
いように。その底に育まれているのは歪みでも異常でも常識外からの来訪者などでもない。
そういう意味を込めて、わたしは書いています。坂本九からボロット・バイルシェフまで。
そういえば、文章とはひとつの音声ですから、これももしかしたら音楽の一種かもしれま
せんね。

 今回紹介するアルバムはEno and His Magic Band“This Is A Moonright Signal”、ブ
ライアン・イーノ――Windowsの機動音を永らく担当していたといえば分かってもらえる
でしょうか。残念ながらvistaからは盟友・ロバート・フリップにバトンタッチしてしまっ
たのですが――の長いキャリアの中でもまさしく珍品の一つといえ、その特徴を一口に言
い表せば、『まったくイーノ色がない』ということなのです。
 イーノ色。これはブライアン・イーノを聞くものにとってはたいへんな問題です。正直、
このイーノ色というものはブライアン・イーノの音楽、または音、を聞くものにとっては
大きな魅力のひとつです。初めて表に出てきたとき、ブライアン・イーノはあのきつきつ
なメイクでブライアン・フェリーの過激な熱唱の横でぴりぴりしたノイズを吐き出し続け
ていたときから、このイーノ色はひと時も消えることはありませんでした。最近作の
iphoneのアプリに至るまで、イーノ色――不可思議な、音の感触そのものを抽出して提出
されたような手触りのざらざらした――は消えることがありません。確か元ヒカシュー、
現イノヤマランドの井上誠が代表作の一つ、アナザー・グリーンワールドのミキシングの
特異さについて語っていました。まったく通常のミックスの原理からは外れたミックス、
しかもそれがある種の快楽的となる構造であったそうです。またあるところでは昨今のコ
ンピューターミュージックの均質な仕上がりについて否定的な発言をしていました。冷た
い手触りである一択である、と。
 しかしではなぜ、そのミックスの鬼、「音」を愛する男、ブライアン・イーノがかくも
節を曲げてしまったのでしょうか?
 その秘密はもう一つあります――このアルバムにはもう一人の天才が関わっていたので
す。ドン・ヴァン・ビエット。通称、キャプテン・ビーフハートです。Eno and His 
Magic Bandと聞いて、ピンと来た人もいるでしょう。Captain Beefheart and His Magic 
Bandというのが彼の持ったバンドの名でした。
 ビーフハートの特殊性、天才性、前衛性、などを列挙するには枚挙に暇がありません。
よってこの場では割愛します。どうぞ、google先生、またはようつべなどでその天才性を
確認し、エピソードからその特異なキャラクターを知ってみてください。ただ、ひたすら
に「音」を愛する静かなイーノとはある点で共通するものがあり、全くある点では逆向き
であるとは覚えておいてください。

 話は前後しますが、実はこのアルバム、ブートレグでありまして、しかもこのEno and 
His Magic Bandというのは仮名称にすぎません。非公式なものなのです。しかしこのアル
バムの所在は過去から随分有名でした。
 ブライアン・イーノはかねてからビーフハートが全く好きではなかった、という話があ
ります。確かに、フリージャズを現代音楽最大の失敗という人のことです、あの突拍子も
無いフリーキーさを嫌がる事情も分かります。しかし、同時に大好きでもあったなどとい
う人がいます、それはイーノがalikng Headsの“Remain In Light”のプロデューサーで
あることやまたそのリーダー、デヴィッド・バーンと組んで完成させたアルバム、“My 
Life In Bush Of Ghosts”から伺えるアフロ・ミュージック嗜好がビーフハートの特異な
ポリリズムと共振するからである、と。なるほどそれもありえる話です。果たしてどちら
が正しいのか?
 その回答がこれです。噂によれば――聞けば明らかにこれはブライアン・イーノのもの
なのですが――イーノはビーフハート本人にではなく、その周辺にいるリズム隊、マジッ
ク・バンドに興味があったのだとか! それで、たった一度、その過去メンバーを集め、
セッションを行った記録の流出である、と。もしかしたらこれは前述した“Remain In 
Light”――これはセッションを行い、それを再構成することでアルバムにした、半即興
とも云うべきものなのですが――の前哨戦の意味合いもあったのかもしれません。
 で、聞いてみましょう――あの強靭なポリリズムの間にイーノのボーカルまたはメロト
ロンによるノイズが加わり――不思議なことに、これはまるで三十年前の音楽には聞こえ
ないのです。はっきり言えばバランスは激しく悪く、ところどころではイーノのノイズが
暴走し過ぎて演奏を半壊させてしまっている上、イーノの声は優しく穏やかなのが常なの
で、あの壊れる寸前ぎりぎりのテレビによる砂嵐みたいなビーフハートの声を聞いてしま
っている身からすると、ちょっと――はっきりいえば、笑っちゃうくらいです。しかし、
何故かこれが素敵なのです。とりわけ、最後のトラック、落ち着いたまた訳の分からない
複雑なリズムのバスドラとベースの上にのるイーノの静かなノイズ――断言しても言いで
すが、これはイーノのどのアルバムの瞬間よりもアグレッシブで、涙が流れるのです。決
してなんらかの強い刺激や自己同一化が起こるわけでもないのに。
 イーノは不十分なものを世に出したがる人ではありません。まともにトラックにもなっ
ていないセッションを世に出すなど論外だったでしょう。でも――あなた、とわたしは言
いますが、あなたは大きな損をこの世界に齎しています、なんと苦しい、馬鹿げた気分で
こんな宝物を野に放っておくんだ。
 これはイーノじゃない、でも、音楽なんだ、と。

××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××

 以上、エッセイタイム終了。
 ここからが本番だぜ……!

 次回は第206号(4月5日発行)に掲載されません。
 このコーナーに対するご意見・ご感想は編集部まで:info@kairou.com

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
  【14】 予告小説「フクビキリサイクル」
                                    著/踝 祐吾
 ──────────────────────────────────────

 さあ、いよいよ最後は踝先生によるミステリの出題編だ!
 君は犯人が分かるか!?

……………………………………………出題編……………………………………………………

 街は生きている。
 自分の知らないうちに人と同じように新しい場所が生まれ、同時に忘れられた場所は消
えていく。
 休まずに活動を続ける場所もあれば、深入りしては行けない場所も同時にある。
 そんな街の中で、常に再生を続けるかのように街は静かに、新陳代謝を繰り返している。

 自分を忘れないで、というかのように。

1.

「津嶋、いいバイトがあるんだけどなー」
「お疲れ様でしたー」
 国文学ゼミの部屋を出ようとした矢先のことだった。火曜五コマ目はゼミの時間と決ま
っている。俺たち三年生は四年生の苦悶の表情を見据えながら、実態の見えないブンガク
とやらについて色々と意見を戦わせているわけだが。
「津嶋ー、頼むよー一日だけでいいからさー」
「なんすか西尾さん。俺だって暇じゃないんで」
 今日は今日で居酒屋のバイトがあるのだ。生活費を自分で稼いでいるビンボー学生にと
っては一円も一時間でも惜しい。タイムイズマネー。
「三時間で七千円。実際は立っているだけ。どう?」
 どう、と言われても。……だが待て、この辺のバイト代の相場が時給千円弱だから、も
しかしたら結構オイシイかもしれない。一万円だったら却って引いていたが、七千円なら
妥当とも言える。……が、問題はこの話を持ってきたのがあの西尾さんだということだ。
 西尾寛司先輩の持ってくるバイト話はあまりいい噂を聞かない。幸いにも俺は被害にあ
ったことはなかったが、立っているだけと聞いて引き受けてみると「着ぐるみを着てピン
クなお店への案内をする」だったり、簡単なお掃除仕事と聞けば「パチンコ屋の床の清掃
(タバコの焦げ跡と吐瀉物付き)」だったり、と頭に「○○でもできる簡単なお仕事です
」とついているだけに何処の悪徳商法か、とも思えてしまう。正直なところ、恰幅がよい
のはその体格だけで、着ている灰色地に茶色チェック柄のポロシャツは、ブランド物であ
ることが台無しかのようにピチピチと張りつめている。ピチピチなのは女の子の胸だけで
十分なのに。
「いや、本当に暇じゃないですから、時間の無駄と思ったらさっさと帰りますよ」
「そんなこと言うなって。損はさせねぇぜ」だからそれが悪徳っぽいって。
「で、具体的には」
「駅前の商店街のお手伝いなんだけどさ、今人手が足りなくて」
「駅前って、あのシャッター通りですよね? 暇な元店主とか居そうな気がしますけど」
 東京都はいえ、本当に二十三区内ならまだ知らず、俺の通う北都大のある都内某所など

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創刊日:2003-11-08  
最終発行日:  
発行周期:月3回  
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