文学

雲上マガジン

総合創作団体・雲上回廊が送るメール文芸マガジン。

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雲上マガジン vol_202

2009/03/05

 ……………………………………… も く じ …………………………………………

 【1】 前書
 【2】 連載小説「私と彼女と、それと首」      第六回
 【4】 後記

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 【1】 前書
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 こんばんは、はるかです。
 本日は「私と彼女と、それと首」の第六回をお送りします。

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 【2】 私と彼女と、それと首             第六回
                                    著/佐多椋
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依存症(2)・・・-----------------------------------------------------------------

それからしばらく、無言のまま食事は続いた。結局ほとんど残さずに食べ終わったあと、
楓は私の持ち込んだソファに寝転がり、ピンクの熊のぬいぐるみを抱いていた。私は、わ
からせなければ、というわけのわからない義務感のように突き動かされてソファに近付く。
ぬいぐるみを引き剥がすようにして奪い、いい加減にしてと云って床に叩きつけた。次に
楓が云った台詞は、熱に浮かされていた所為でよく聞き取れなかった。だがとにかく挑発
的な調子だけは理解できたので何か云い返そうとしたが、何も言葉が浮かばなくなり、い
い加減にしてともう一度繰り返すことしか出来なかった。そのことがやたら屈辱的なこと
のように思われて、私は怒りの表現として暴力を選択することした。寝転がっている楓を
座った状態にしようと手を引こうとしたが、避けようとするのでうまく腕を掴むことがで
きず、鎖骨のあたりに指先が触れた。それで楓が、あたし狙ってるの、変態、と云った。
にやにや笑って。次の瞬間、私は楓の左の頬を殴っていた。
 人を殴るのは二度目だった。
 全力ではなかったが、七割くらいの力は入れていたように思う。あまり力の強いほうで
なかったはずだが、私のほうが身長が十センチほど高かった所為もあってか、楓はそのま
まソファから転げ落ちて額をしたたかに打った。鈍い音がする。私は背筋にすっ、と冷た
いものが走るのを感じる。それは積木を崩したときや、ゲームに失敗したときの感覚に似
ている。呼気だけが虚しく吐き出される。私は終わったのだろうかと自問する。問うだけ
で答えは出ない。握ったままだった拳を解いた。楓を助け起こそうかとも思ったが、怒り
の残滓がそうさせなかった。ほどなくして楓は自ら身体を起こした。床に座り込んだまま、
私を見上げる。その表情は、私が殴る前と同じだった。まだ、にやにや笑っている。冗談
で軽くはたかれたときのような口調で、いたい、と語尾を上げて云った。床に額を打ち付
けたというのに。私は逆に恐怖を覚え、無意識のうちに解いた拳を再び握っていた。それ
に気付いたのは、楓の視線が移動したのを見たからだ。確かに、楓は私の拳が再び握られ
るのを見た。それでも笑ったままだった。
 私はどうすることもできず、ただ立ち尽くしていた。何かしなければいけないと思った
が、いったいそれがどこにあるのが見当もつかなかった。この状況は確かに日常の延長に
あるのだけど、その実あらゆる構成要素は私が今まで見たこともないもので、一瞬のうち
に見慣れたはずの楓の顔すらも何か得体の知れないものに思えてくる。楓の顔から、表情
が徐々に消えてゆく。私を見つめたまま、か細い声で、わるいこだから、ころして、と云
った。呆然としている私の、垂れ下がった右腕を、掴む。ねえと呟く。
 楓が何を求めているのか私にはなんとなくわかるような気がした。たぶん楓は私にまた
殴ってほしいのだ。そしておそらくは、私に対するこれまでの暴言はすべてそのためにあ
ったのだ。私は思い出す、砂場でのことを。はじめて出会ったとき、楓は、私に水を掛け
た。あのときからすべては始まっていたのだろうか。
 不意に笑いがこみ上げてくるのを感じた。私にそんな性癖はない。しかしすでに、「居
場所」となったここを、出て行くという選択肢は私にはない。私は付き合いで楓を殴った
りあるいは蹴ったりしていかなければいけないのだろうか。それはひどく滑稽な気がして、
しかしどこかでそれも悪くないと思っている自分もいて、それらすべてをひっくるめたど
うしようもなさというのが笑いに変わっていくのを感じていた。いまだに私を、涙を流し
ながら性的な陶酔のようにも見える視線で見上げている楓を蹴り上げようかと思ったが、
まだいいやと思い直してやめた。
 結局こらえきれなかった笑いが止まられないまま、私は部屋に戻った。ベッドに寝転が
った瞬間、笑いがさらに大きくなる。止められない。声が出なくなるまで笑い続ける。そ
れから幾度か息を吸って吐いて、さらにまた搾り出すように笑う。二十をとうに超えた女
のすることではない。しかし止められなかった。それから、ふと、楓のように泣けるだろ
うかと思い、少しためしてみたが、やはり無理だった。まったく、ここで住むようになっ
てから自分の精神年齢が下がったような気がする。あるいはそれまでずっと背伸びをして
いて、自分の身の丈にあった精神年齢に戻っているのかもしれない。

--------------------------------------------------------------------・・・つづく

 次回は第203号(3月15日発行)に掲載されます。
 このコーナーに対するご意見・ご感想は編集部まで:info@kairou.com

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 【3】 編集後記
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 2月28日まで第2回募集を行いました「雲上の庭園」ですが、おかげさまで、最終的には
44作品があつまりました。投稿してくださったみなさま、ありがとうございます。
 作品は3月10日の増刊号にて、匿名で一挙掲載されます。どうぞお楽しみに:)

 それでは、おやすみなさい。

*公式サイト
http://magazine.kairou.com/unjyou/
*編集部
info@kairou.com

 次回の配信は3月15日を予定しております。

   ……………………………………… 公 募 ………………………………………

 本誌『雲上』では、アイデアと感動に満ちた作品を募集しています。
 
 対象は「文章で表現されるすべての作品」です。
 著作権等の問題が無ければ、既に何らかの形で公開された作品でも構いません。
 編集部では作者との共同作業で作品をより良くするシステムを整えております。
 たくさんのご応募を、お待ちしております。

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