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雲上マガジン vol_198

発行日:1/27

 ……………………………………… も く じ …………………………………………

 【1】 前書
 【2】 連載小説「私と彼女と、それと首」      第二回
 【3】 競馬コラム「オケラ回廊」         第四回
 【4】 後記

 ……………………………………………………………………………………………………
◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【1】 前書
 ──────────────────────────────────────

 みなさん、おはようございます、はるかです。
 あれやこれやと立て込んでしまいまして、発行がこんな日のこんな時間までずれ込んで
しまったことをお詫び申し上げます。
 しっかし、いやぁ、深夜ですね。
 耳元ではCoil(イギリスのバンド、金属っぽい電子音楽っぽいなにか)をごろごろ鳴らし
て、深夜のハイテンションで、なんかもはや眠りそびれそうです。

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【2】 私と彼女と、それと首             第二回
                                    著/佐多椋
 ──────────────────────────────────────

依存症(1)・・・-----------------------------------------------------------------

 次の日、仕事を辞めた。そのことにはもちろん、少女との出逢いは関係していなかった。
数日前から、重要な案件がひとつ片付くこの日に云おうと決めていたのだ。辞表を見ても、
上司は眉ひとつ動かさなかった。そういうものだ。ああ同じだと思った。高校のとき、入
部二ヶ月くらいで軟式テニス部を辞めたときと同じだ。もしかしたら誰かが意気地なしと
云ったかもしれない。私自身だったかもしれない。軟式テニス部は県大会で準優勝した。
私は軟式テニスに県大会があることすら知らなかった。
 いつも朝と深夜に通っていた道を久しぶりに昼間に歩く。昨夜の出来事はすでに記憶の
奥底に流されようとしていた。だが不意にそれは意識の最前面に引き戻される。自宅のア
パートの前に、昨夜の少女が立っていた。
「おかえり、早かったね。どうして?」
 小さく手を振ってにこやかに微笑む姿はどこか幻のように見えて、声は喉から発せられ
ているのではなく、彼女を取り囲む空気からにじみ出ているのかのようだった。
「どうして、私の家を――」
「つけたから、昨日の夜」
 すると少女はあのあと、わざわざ一度帰った自宅から再び出て、私のあとをつけたとい
うのだろうか。なぜそんなことを。意図がわからない。わからないものはこわい。
「なんでそんな」
「ねえ、どうして今日はこんなに早く帰ってきたの?」
「そんなことより……」
「ねえ!」
 近付いてきて、服の裾を掴んで、私の眼を見る。
「あたしの質問に答えて」
 あえて陳腐な云いかたをするなら、たぶん、このときにすべてが決まってしまったのだ
と思う。
「仕事、……やめ、た、から」
 言葉を吐瀉するように、私は云った。実際に喉がひりひりして痛んだ。屈辱感、あるい
は少なくともそれに近いものが、私の内部を徐々に黒い色に染めてゆく。
 ふうんと、彼女は云った。それから続いた言葉は、私にはどこか現実味が失われたもの
として響いた。並行世界で語られたもののように思えた。
「じゃあさあ、私の家に住まない?」
「……え?」
 あまりにも理に適わない言葉を聞くと、なぜか反論ができない。とにかくむちゃくちゃ
なことを云われているのは理解できるのだが、あまりにもおかしなところが多く、どこか
ら反論すればいいかわからなくなってしまう。とりあえず、まず思いついたことを云って
みることにした。
「そんなお金ないでしょ?」
「あるよ」
「何で?」
「遺産もあるし、働いてるし」
 それを聞いて、遅ればせながら、彼女が身体を売っているという可能性に私は気付いた。
それにしても奇妙ではあったが。日差しは一段と強くなり、私と少女とその周りを強く照
らし出していた。
「誰も邪魔しないし、お金だってだいじょうぶ。何の問題があるっていうの?」
 しばらく何も考えられず呆然としていたが、はたと正気に戻り、だめだと云おうとした
が急に腕を掴まれる。その瞬間に力が全身から抜けてゆくのを感じる。私は悟る。自分で
は平然としていたつもりだったが、やはり仕事を辞めたことは私に重大な影響を与えてい
るのだろう。投げやりになっているに違いない。自分で何かを決定することに意味を見出
せなくなって、ひたすらに他人の意志に自らをゆだねること、それが私にいま許された唯
一の決定なのだ。いつになるかわからないが自分をきちんと取り戻すまで、私は誰にも逆
らえない。ほんとうの意味で、もう何もかもがどうでもいい。

--------------------------------------------------------------------・・・つづく


 次回は第199号(2月5日発行)に掲載されます。
 このコーナーに対するご意見・ご感想は編集部まで:info@kairou.com

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【3】 競馬コラム「オケラ回廊」              第三回
 ──────────────────────────────────────

 競馬をこよなく愛する熱い心の小説書き雨下雫が、よあけ=遠野浩十を連れ、競馬の
おもしろさを語り倒す!!!

 …………………………… 第四回:競馬の歴史についてその3 …………………………

 雫:オケラ回廊第四回! 日常生活も締め切りもレポートもテストも全てぶっ千切って
いたなんて今更言えやしねぇ雫嬢だオラッ!

 よあけ:あ、僕はちょうどレポートもテストも終わって暇になったとこです。いやー、
自由っていいなあ。読書すすみまくるわ。

 雫:ファック!
   とにかく今回は前回以上にサクサク行くわよ。
   前回のヒキは……そうそう、血統新時代の幕開けって感じだったな。とはいえ、現
在から見てもまだ半世紀以上前の時代なわけだが。

 よあけ:なーかなか現代にたどり着かない。競馬の歴史は長いね。

 雫:これでも相当かいつまんで話してるんだけどな。ま、それはさておき。
   ……ハイペリオンの登場と共に全盛期の面影を取り戻したかに見えた英国競馬界だ
ったが、その実態は燃え尽きる寸前の蝋燭であり、流星の瞬きにも似た一瞬の栄光だった。
   ――今回の話は、それよりもさらに前の、イギリスにおいてセントサイモン旋風が
巻き起こっていた最中に馬産を志した、一人の男の物語よ。

 よあけ:え? あれ?

 雫:血統のハナシしてんのにどうして人間が主役になるんじゃい、と言いたい気持ちは
分かるが、ハイペリオンには第17代ダービー卿が欠かせなかったように、今回の話で主役
を張る予定のサラブレッドについても、この男抜きでは語れないってわけよ。
   ちゅうわけで大人しく聞け。

 よあけ:あいよー。

 雫:1898年、北イタリアはマジョーレの湖畔に、ドルメロ牧場なるものを開いた男がい
た。その名を、フェデリコ・テシオという。
   彼は騎兵隊上がりの遊び人で、幼い頃に亡くした両親の遺産を食い潰しながら、博
打に呆けたり、絵を描いたり、アマチュアの騎手をやったりと、書いててうらやま、もと
いムカついてくるくらいの放蕩生活を謳歌していたのだ。

 よあけ:死んじゃえばいいのにね。

 雫:全くだぜファッキン。しかし、そんな彼にも『結婚』という年貢の納め時がやって
きたわけだ。
   畜生やっぱり羨ましい。

 よあけ:死んじゃえばいいんだよ。

 雫:ホントにね。それを契機に牧場を開いたわけだが、その後、テシオは数々の名馬を
生産し、欧州競馬界におけるイタリアの地位を飛躍的に上昇させ、一時代を築くことにな
る。

 よあけ:死んじゃえー死んじゃえー。

 雫:大人しく聞けっつってんだろファック! ファック!
   ……まったくどんなチート野郎だってくらいの驀進ぶりだが、まあ、どんなに遊び
呆けようが財産を食い潰そうが、牧場を開いてサラブレッド生産に懸けようってくらいの
情熱はあったんだろうよ。
   時あたかもセントサイモンの血が、即ちイギリス競馬が最初の全盛を極めた時代の
真っ只中。テシオも『自分もセントサイモンのような名馬を生産してやる』というくらい
の野望や志しがあったに違いない。
   英国貴族たちが、ただ名誉のために私財を投げ打つのではなく、純然たるビジネス
として馬産に取組むのだというような意志が、な。

 よあけ:テシオとやら、ただの放蕩野郎じゃなかったわけだ。

 雫:うむ。そんな野望やら夢やらが結実してか、テシオの生産馬はイタリアの競馬界に
大旋風を巻き起こした。
   年間僅か十数頭の生産数ながら、重賞やらG!)やらを勝ちまくったのよ。

 よあけ:おお、やることなすことすごいなー、テシオ。

 雫:とはいえ、当時のイタリアは誰もが認めるってレベルの競馬後進国でな。つうか、
競馬そのものが始まったばかりだったから、年間生産頭数なんて300頭程度だったらしい。
割合で言えば、テシオの年間生産頭数は国全体の馬産の5%程ってことになる。

 よあけ:ん、300頭って少ないの?

 雫:現代の日本で言えばだな、馬産の5%っていうと年間400頭程度を生産する大馬主と
言えなくもない。

 よあけ:そう聞くと多いね。

 雫:まあ、そんなテシオにもライバル的存在ってのが居てよ。ジュゼッペ・デル・モン
テルっていう金満野郎で、こいつは豊富な資金にモノを言わせて世界中から良血馬を買い
漁って強いサラブレッドを作り出すという、まさに少年漫画の斬られ役を地で行くような
馬産家だった。

 よあけ:デル・モンテル……微妙に韻を踏んでる(笑)

 雫:どうでもいいこと突っ込んで笑ってんじゃねえファック!
   で、モンテルの活躍だが、1929年にはオルッテロっちゅうサラブレッドで、テシオ
に先んじてあの凱旋門賞を制している。

 よあけ:やるじゃん、デル・モンテル。

 雫:一方でテシオは、以前の放蕩生活が祟ってかどうかは知らないが、そんなに金持ち
じゃあない。
   独自の生産理論に基いた手法でサラブレッド生産に取り組み、少数精鋭を旨とする
ような馬産家だった。

 よあけ:少数精鋭が可能だったほどの独自の理論ってすごいね。さすが歴史に名を残し
た馬産家。

 雫:独自の理論……っていうとエラそうだけどな。実際、かなりどえらい理論であるこ
とは確かだったろう。詳しくは彼の著書の『サラブレッドの生産』を読め。というかググ
れ。

 よあけ:ググれ、て。

 雫:読みたくても無いんだよ。古過ぎて。
   で、色々と小難しいとこを省いて簡単に言うと、要するに、一流馬同士を掛け合わ
せて一流馬を生み出す『足し算』的な手法ではなく、一流馬の血統構成に着目して、それ
を安価に模倣した『掛け算』的な手法を、テシオは用いたのさ。

 よあけ:『掛け算』?

 雫:テシオ曰く『一流馬の血統には、近い祖先に必ず一流のスピード馬がいる』。

 よあけ:ほほほう。

 雫:例えばここにAとA'という馬がいる。こいつらは血統構成が非常に似通っているが、
Aは一流の競争成績を残した名馬で、A'は未勝利に終わった凡馬であったとしよう。
   当然のように、Aは高嶺の花、A'は一山いくらのクズ野菜ばりの値で取引されるわ
けだ。
   モンテルだったら、迷わずAの方に飛びつくだろうが、貧乏テシオはA'の方にしか
手が出ない。
   だが、サラブレッド生産の歴史を振り返るに、一流の競走成績を持つ馬が必ずしも
一流の種牡馬、繁殖牝馬たり得ないことは、既によすけも承知のことだろう。

 よあけ:うん。種牡馬や繁殖牝馬にとって大事なのは血統ですな。

 雫:うむ。一流馬とは一流の(或いは後に一流となる)『血統』から誕生するのであっ
て、競走能力はそれを再確認する一つの物差しに過ぎないのだ。
   特にテシオは、繁殖牝馬を手に入れるに当たって、この手法を用いた。
  『後に一流となった』血統から出た子や孫を、自分の牧場の基礎繁殖牝馬として運用
し、一方で種牡馬の選択においては、常に時代の最先端を行く一流馬を惜しみなく交配し
たんだ。
   これについては、種牡馬と繁殖牝馬の血統進化速度を鑑みるに、やはり種牡馬の方
がそのスピードにおいて激しく勝っていることによるのだろうと俺は思う。
   片や、圧倒的淘汰を勝ち抜いた種牡馬。片や、五体無事ならとりあえず繁殖入りが
可能な繁殖牝馬。血統の先鋭化がどれだけ違うかは推して知るべし。

 よあけ:種牡馬のほうが競争率がダンチに高い、と。
 
 雫:まあ、初期のドルメロ牧場には資金力なんて欠片も無くて、高い馬が買いたくても
買えないから、知恵を絞って色々と試行錯誤した末におけるテシオ理論の集大成みたいな
もんだろうな。
   実際、テシオも後にマリオ・インチーサ・デッラ・ロケッタ侯爵の――

 よあけ:デッラ・ロケッタ! また韻を踏んだ名前でたよ!(笑)

 雫:〆切近いってのにくだらないことで進行止めるんじゃねえよ、このファックよあけ
ファック!
   で、侯爵のオルジアタ牧場と提携して生産規模を拡大なんかなんかしてるわけだ。
そのくらいの規模ともなれば、とりあえず一流種牡馬の種付け料くらいはなんとかなるっ
てことなんだろう。

 よあけ:なるほど、規模拡大によってモンテルに打ち勝とうというわけね。

 雫:そいつが違うんだな。今回の主役たるサラブレッドは、そんな資金力にあまり頼る
ことなく、テシオの相馬眼と理論によって作り出された、まさに芸術品とも呼ぶべき存在
なのだよわかるかよあけ!

 よあけ:わ、わかる、わかるよ!?

 雫:目が泳いでるぞコラ。
   いいか。まずテシオさん、1915年にイギリスのセリで、キャットニプという6歳の
繁殖牝馬を購入します。
   この牝馬、父は英ダービー馬で母は1000ギニーの勝ち馬という超良血だったのだが、
如何せん競走成績が10戦1勝というあまりにお粗末なもの。
   ついでに言うと、母系が当時としてはほぼ得体の知れない存在に等しいアメリカで
育まれた血統の出身ってことで、他の連中が敬遠したんだな。

 よあけ:バーゲンセールにでも出されちまいそうな低成績だね。

 雫:そんなこんなでドルメロ牧場で繁殖生活に入ったキャットニプは、18歳という、繁
殖牝馬としては随分と高齢になっても交配を続けられていた。
   その時のお相手は、アヴルザックというという種牡馬さん。
   このアヴルザック、競走成績は中級程度ながら、その血統内に『セントサイモンの
二×三』という超強烈なインブリードを持っていたりする。
   ちなみに、当時のイタリアのリーディングサイアーだったりもした。いやはや、セ
ントサイモンの猛威が止まる事を知らないね。

 よあけ:俺らはもういつ止まるのか知ってるわけだけどね!

 雫:うむ。侘しいことよ。
   でまあ、無事に受胎したキャットニプは翌年の春に牝馬を生んだ。
   子よりも孫、或いはひ孫と、血統の成長を望んでいたテシオにとってはこの上なく
喜ばしい結果だったのだが、さらに加えて嬉しい誤算が発生する。

 よあけ:予想以上に勝ちまくった、とか?

 雫:おうよ。この牝馬――ノガラと名付けられたサラブレッドは、生涯戦績16戦14勝、
伊1000ギニーと伊2000ギニー……日本で言えば桜花賞と皐月賞を勝った、驚異の女傑って
感じだな。

 よあけ:うへ、そりゃすげえ。文句なしの一流馬だ。

 雫:その後、惜しまれながらも引退したノガラは故郷のドルメロ牧場に無事帰って、繁
殖生活に入った。
   それから二年……ノガラはファロスという種牡馬の子を、無事に出産した。
   その仔馬こそが、今回の主役よ。

 よあけ:やっときた! 今回、ここまでくるの長かったね!

 雫:型月のゲームのHシーンに辿り着くまでのことを思えば大した事無いけどね! ち
なみに、ドルメロ牧場開設からここまで三十年以上が経過しております。
 
 よあけ:やっぱ長いよ! 前回登場したダービー卿ほどじゃないけど気が遠くなる歳月
だよ!

 雫:そんなこと覚えててくれてるなんて、嬉しいじゃないのよあけちゃん。後でウチに
来てモニターの中の妹とファックして良いぞ。
   ……と、自分で進行遅らせてちゃ世話ねぇなファッキン。
   その仔馬――ドルメロの魔術師、フェデリコ・テシオが生んだ初期の傑作にして、
スタミナ主流の近代競馬に終止符を打ち、今日におけるスピード競馬を根幹から支える血
統の礎となった、偉大なる存在。
   ネアルコと名付けられた、何の変哲も無い鹿毛の牡馬がそう呼ばれるようになるの
は、後の世においてのことである……

 よあけ:なんか『後半に続く!』的な書き方になってるよ! まさかここで続くの? 
し、〆切ぶっちぎり過ぎた!? 編集長怒ってますか!?

 雫:ハハハ、そんなことは全然無いぜという勢いでどんどん行くでよ。
   ちなみに、賢明な読者の諸君ならこの後の流れについて大まかな予測を立てられる
と思うが、それはほぼ正解だ。
   ネアルコは強かった。速かった。その勢いはイタリアに留まらず、フランスやイギ
リスの一流馬を負かし、欧州全域に轟いたのである。

 よあけ:まさにテシオの血統理論の集大成だね。

 雫:だが、その証明たるフランスのパリ大賞典というレースを完勝後、ネアルコはテシ
オの元を離れることになった。

 よあけ:え、なんで?

 雫:何故、と問われれば、色々な答えが返せるぜ。
   テシオが、自分の牧場には自分の生産した種牡馬を殆ど置かない方針を取っていた
ということ。
   ネアルコが生み出すであろう牝馬を元に、また新たなる一流馬を作り出そうって魂
胆もあったのかもしれないな。
   また、当時のイタリアの政情不安も大きな理由だったろう。ほら、この時期って、
詳しくは書いてないけどぶっちゃけ1938年でさ。第二次大戦直前なのよ。

 よあけ:社会情勢そのものがやばかった、と。

 雫:うん。今後、ますますヤバくなるであろう母国イタリアに置いておくよりも連合国
の一翼を担うイギリス(ネアルコを買ったのはイギリス人ブックメーカー兼牧場主)に売
り渡した方がネアルコの安全に良いとも考えたんだろうな。
   事実、その通りになったわけだし。
   これがもしイタリアに戻っていたらと思うと、ぞっとしないね。下手をすれば競馬
の発展が100年は遅れていたのかもしれんのだし。

 よあけ:そんなに?

 雫:ネアルコっちゅう存在は、それだけ現代の競馬に与えた血統的影響が大きいんだよ。
   ぶっちゃけ、前回紹介したハイペリオンの比じゃないね。

 よあけ:ハイペリオン以上とな。そいつはすげえ。

 雫:そもそも、ネアルコというサラブレッドはその誕生からして、それまでの一流とさ
れたサラブレッドたちとは一線を画している。
   一流のサラブレッドとは即ちイギリス競馬が定義する一流であって、長距離を走り
続けるスタミナと持久力――言うなれば『逞しさ』を第一義として定められていたと言っ
ても過言ではない。
   英国紳士たちが定めた、長距離を主体とするクラシックディスタンスのレースを勝
ちまくる、栄光に彩られた名馬たちこそ、一流なのだと。
   セントサイモンがそうであったように。ハイペリオンがそうであったように、な。

 よあけ:逞しさが貴族たちの誇りや威厳を体現していたんかもね。
 
 雫:テシオにしてもそれを否定することは無かったんだけどな。
   彼自身『ネアルコは真のステイヤーではない(真の一流馬ではない)』と評してる
くらいだし。
   で、そのネアルコといえば、父系の血統こそセントサイモンのインブリードが内在
する英国型であるが、母系は、先にも言った通り、得体の知れない米国型の雑種系だ。
   さらに加えて、ネアルコの強さの源となったものは『逞しさ』ではなく『速さ』だ
った。

 よあけ:そこがセントサイモンやハイペリオンと一番違うのか。

 雫:ネアルコ自身、3000メートルの大レースを2勝してるんだが、その本質はスピード
型の馬だったと言われているんだ。
   ただ、そのスピードの絶対値と持続力が図抜けていて、長距離戦も苦にならなかっ
たとか。

 よあけ:つよいなあ。

 雫:セントサイモンもハイペリオンも、圧倒的な強さを持った一流馬だった。
   ネアルコもまた、そういった存在となったが、それぞれの源泉にあったものは、先
達の有していた無尽蔵のスタミナとは明らかに異なる、無限大のスピードとでも言うべき、
全くの別物だったということよ。

 よあけ:ところで、種牡馬入りしたネアルコの活躍はどんなだったの?

 雫:そりゃもう、華々しいもんよ。
   イギリスに売り渡されたネアルコは、第二次大戦の戦火を無事に潜り抜け、英国種
牡馬リーディングのベスト10の常連となり、1947年から49年の三年間は首位をキープした
りもした。
   英国クラシックの勝ち馬こそまばらに出した程度だったが、魔術師が作り出した進
化の結晶とでもいうべき最新の血は、当時のイギリス在来たる奥手のスタミナ血統を駆逐
し、或いは改革し、早熟性に富んだ、軽快なるスピード血統へと、世界の基準を作り変え
てしまったのである。

 よあけ:その影響はヨーロッパだけにとどまるものではなかった、と。

 雫:ネアルコはその後、1957年にこの世を去ることになるのだが、その時点で後継の種
牡馬が世界中に80頭以上もいたという。
   その中には、ダビスタやウイポででおなじみのあんな種牡馬やこんな種牡馬が……
おっと、それはまた次の機会にでも回そうか。

 よあけ:そっちも楽しみなんだぜ。

 雫:セントサイモンを『サラブレッドの父』、ハイペリオンを『種牡馬の父』とするな
らば、ネアルコは『新時代の父』とでも言うべき存在なのだろう。
   今までとは違う、全く新しい形での強さを顕現したネアルコもさることながら、そ
れを理論的に作り出したフェデリコ・テシオはまさに魔術師の名に恥じない、偉大なる馬
産家であろう。ダービー卿とは毛色が違うが、これもまた一つの馬産の形には違いない。
   彼が開いたドルメロ牧場は、彼の死後にも名馬を生産し続けたが、残念ながら1992
年に閉鎖されている。

 よあけ:やっぱり盛者必衰なんだねえ。

 雫:新時代に吹く風に乗り遅れた結果と言えばそれまでよ! 長飛丸のとらだって言っ
ている!『それに乗り遅れたヤツは間抜けなのよ』ってな。

 よあけ:『もう食ったさ。腹ァ、いっぱいだ……』

 雫:その名台詞はここでは関係ねぇ! 槍で縫い付けるぞファック!
   ドルメロ牧場は間抜けになっちまったかもしれないが、テシオは生涯そうならなか
った! 常に時代の最先端を生きた! 生き抜いた! ああなんてカッコイイのだろう!
   元が幼くして両親を亡くした、騎兵隊上がりの遊び人だなんて信じられねぇー!

 よあけ:死んじゃえばいいのにねー。

 雫:最後までそれかよ!
   というところでそろそろお別れの時間となってまいりました。紙幅的な意味で。

 よあけ:あと〆切ぶっちぎり的な意味でも。

 雫:恒例の中二病的次回予告は……『開拓された血統新時代、開拓された競馬新境地。
イギリス? フランス? イタリア? いえいえ此処は地の果て流されて大西洋!
   青々と茂るターフに別れを告げて、辿り着きたるは赤褐色の砂塵舞うダートの世
界! そこの競馬は今までのものとは一味も二味も違うぜ、無論、血統もな!』

 よあけ:次回、オケラ回廊第五回、震えて待て!(僕らが締め切りに対して)

 …………(楽屋にて)

 雫:あ、ところでよあけ。
 
 よあけ:ん、なんすか? もう収録終わってますよ?

 雫:てめえの東京競馬場体験レポート読んだがな……

 よあけ:あ。どうも。よかったでしょ?
 
 雫:ああ、カレーもビールも美味かったし、馬もデカかったがな……オグリが東京競馬
場に現れたのは、11年ぶりでなく、18年ぶりだぞこの野郎。
 
 よあけ:え、マジで?
 
 雫:マジもマジだ。18年前のジャパンカップで11着に惨敗して以来の登場よ。
 
 よあけ:マジで!?

 雫:というわけで罰ゲーム! その18年前……1990年において主役と呼んで差し支えな
かった競走馬を一頭選んで、なんか書け。

 よあけ:マジでぇええええええ!?

 雫:マジだってんだろこの〆野郎ッ! 死刑&私刑! 大人は嘘を吐かないんです、た
だ間違えちゃうだけなんですで通用するのはどっかの吸血鬼な漫画家だけだー!

 よあけ:は、波紋疾走!

 雫:これで終わった! オケラ回廊第四回、完ッ!

 ━━━━ □ オケラのおまけ:フェデリコ・テシオについて □ ━━━━

 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B3

 フェデリコ・テシオのWiki。ネアルコにも飛べるよ!
 にしても、誰か持ってたら『サラブレッドの生産』売ってくれねぇかなぁ。


 ……………………………………………  走  ……………………………………………

 このコーナーに対するご意見・ご感想は編集部まで:info@kairou.com
 次回は第201号(2月25日号)に掲載予定です。

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【4】 編集後記
 ──────────────────────────────────────

 次回は「私と彼女と、それと首」の第三回をお送りします:)

*公式サイト
http://magazine.kairou.com/unjyou/
*編集部
info@kairou.com

 次回の配信は2月5日を予定しております。

   ……………………………………… 公 募 ………………………………………

 本誌『雲上』では、アイデアと感動に満ちた作品を募集しています。
 
 対象は「文章で表現されるすべての作品」です。
 著作権等の問題が無ければ、既に何らかの形で公開された作品でも構いません。
 編集部では作者との共同作業で作品をより良くするシステムを整えております。
 たくさんのご応募を、お待ちしております。

         まずは編集部までご連絡ください:info@kairou.com

   ……………………………………… テーマ ………………………………………
  
  10/15...「結婚しました」
  10/25...「真夜中の仮想パレードへようこそ」
 11/5...「六年目の結末」
  11/15...「ただいまママー」
  11/25...「王手!」
  12/5...「海岸の白い貝殻」
  12/15...「がばちょ」
 1/25...「人形の陰謀」
 2/5...「隠れた名作」
  2/25...「ミ、ミズをくれぇ〜。」
 4/5...「方は、いやぁ、眠い。」

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