文学

雲上マガジン

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雲上マガジン vol_193

2008/12/06

 ……………………………………… も く じ …………………………………………

 【1】 前書
 【2】 連載小説「ワダチ」            第五回
 【3】 編集後記

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 【1】 前書
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 遥へんしゅーちょーがダウンなので、普段働かない言村が今号はお送りしますよー。


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 【2】 ワダチ                                 第五回
                                                         著/鵺屋イサイ
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 なぜ仲間を見殺してはいけないのか。きっと、それはそこに居合わせることができる確
率がひどく低いからなのでしょうね。歴史上の人物に会ったことがないように。芸能人に
すら会ったことがないように。

 …………………………………………… 第五回 ……………………………………………

 なぜ仲間を見殺してはいけないのか。正確には、なぜ任務のために同僚を切り捨てるこ
とを咎められるのか。
 有田の言葉を数日間考え続けて、木更津の中では未だに答えが出なかった。公社の人間
は進んで犠牲になるべきだ、なぜなら遺されて悲しむ者などいはしないのだから。一般民
が死ねば、その縁者は悲しみ憤るだろう。彼らには家族がある、職場がある、社会がある。
 けれど公社は違う、組織形態が『秘密結社』であるこの組織は、世間にとっては初めか
ら存在しない物だ。そもそも兵士自体、公社で育成された身寄りのない孤児出身者である。
だから死んでも、それを悲しむ縁者はどこにもいない。その死を悲しむすべがあるのは同
じ公社の人間だけであり、そして公社に身を置く者にとって、死は必然と覚悟の上。……
だから木更津には、有田の言葉が分からない。
「ねね、ターミネーター君、ごはんいこ」
 詫摩響に誘われた時、あっさりと木更津が承諾したのは、それでも一応有田の訓示に従
おうと努力した選択だった。雑談に付き合う気はないが、別に同席ぐらいならいいだろう
という考えだ。だがそれがいけなかった、ここ数年では珍しいくらい後悔した。
 詫摩は非常にお喋りで、しかもその内容が取りとめもない物ばかりで辟易させられたの
だ。割かし正確な知識の対人地雷の作り方講座(これはまだしも興味深かった)に始まり、
有田隊長いわく女性は胸より尻だそうだけど君は乳尻腿のどれ派? と死ぬほどどうでも
いいものや、アリとキリギリスの童話はファシズムの原形という無根拠で意味不明の主張
などなど。人と話してこんなに疲れたのは初めてかもしれないと思う。
 いつか祖父に教えられた通り、米を一口ごとに三〇回ほど咀嚼するので、木更津の食事
は遅い。それなのに詫摩は先に行けと促すのも断り、御伽噺なのか空想科学小説の構想な
のか分からないような話を熱く語って待っている。食事が終わっても付き纏われそうな予
感がして、どう追い払ったものかと木更津は思案した。
「ご馳走様」
「たみちゃん、美味しくなさそうに食べるね」ターミーネーターと言い続けるのが面倒に
なったらしい。
 別に表情と内面の情動が必ずしも一致するわけでもなかろうに、と詫摩の言を無視して
木更津は席を立った。食器の乗ったトレイを持って返却口へ向かうと、とことこと後ろか
ら詫摩もついて来る。さっきまでは話を聞きながらでも食事という用があったが、それが
なくなった上で、また取り留めのない話題に付き合わされるのは御免だった。有田の言葉
を少し思い出したが、それでもこれ以上この同僚に付き合う義理はないと思う。食器を返
却し、木更津は足早に食堂を出た。
「あ、待って……」
 伸ばした詫摩のちっちゃな手が、マフラーの端をぎゅっと握る。
「────触るな!────」
 普段の陰鬱さはどこへやら、本来のよく通る声質をふんだんに発揮しながら、木更津は
詫摩を一喝してその手を振り払った。食堂と、食堂前の廊下に居た他の隊員達の視線が集
中する。部隊に来てからこっち、一枚絵のように崩れなかった表情が、今は歪み捻じくれ
た怒りに変わっていた。
 生白い顔が怒気に紅潮し、ただでさえ鋭い視線が、抉るような剣呑さを乗せて詫摩を貫
いていた。相手が年下だから手を出さないが、他の隊員なら殴りかかっていたかもしれな
い。けれど、その自制も詫摩の次の言葉までだった。
「……でもさ。たみちゃんは怖くないの? いつかおぢーちゃんに絞め殺されちゃうかも
しれないよ」
 ホワイトアウトした頭の中で、木更津は詫摩を張り倒す自分の手を無感動に眺めた。

 木更津が持つ一番古い記憶は、わずか六年前までである。それはちょうど、祖父が死ぬ
直前の頃。
 それより以前の人生は、真っ白だ。いるはずだった父も母も、いたかもしれない兄弟や
友人も、彼の思い出からも人生からも抜け落ちていた。ただ薄ぼんやりと、厭な気分や哀
しい気分といった印象だけが残っている。自分の名前も出身も教育内容も覚えているのに、
具体的に何があったのか、どうしていたのかがまったく思い出せない。ただ自分は人生の
ある時期から祖父と過ごし、祖父を喪い、今また一人ぼっちでここにいる。
 実感のない知識だけで出来た記憶──誰かが自分の人生を消したのだ。その人物が誰と
は判然としないが、少なくとも公社で記憶に何らかの処理をかけられたはずだった。自分
が記憶喪失だという自覚はあるし、その事について考える時、常に『公理結社は別に正義
の味方でもなんでもない』という諦観と静かな憤りが付き纏うからだ。
 そのことを何とか訴えようにも、うまく言葉に出来なかった。そもそも自分は何を訴え
ようとしていたのだろう。一体何を失くしてしまったのか。日に日に、年月を追うごとに
砂が落ちるように実感が消えていく。いつか、全ての砂が落ち切ることが、避けえない未
来としてはっきりと予感出来た。
 振り返れば何の軌跡《ワダチ》も刻まれていない己の人生に、それでも唯一、祖父の教
えだけが遺されている。奈落に垂らされた蜘蛛の糸のように、そこから手を離せば、後は
虚無の闇に落ちていくだけだ。いつか記憶以外の何もかもを失くしてしまうかもしれない
己の、唯一のよすが。
 公理結社が自分から祖父や、過去や、人生を奪ったのだとしても、今や失ったものに一
番近い場所はここしかない。
 空っぽになっていく自分と自身の人生の中で、じいさまだけが己と共にある。

 …………………………………………… 続く ……………………………………………

 次回は第194号(12月15日発行)に掲載されます。
 このコーナーに対するご意見・ご感想は編集部まで:info@kairou.com


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 【3】 編集後記
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 しょうじきな話、掲載予定もあんまり把握してないのですよね。
 たぶん、なので、次号には、きっと、なんか載りますよん。お楽しみに!


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*編集部
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 次回の配信は12月15日を予定しております。

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