文学

雲上マガジン

総合創作団体・雲上回廊が送るメール文芸マガジン。

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雲上マガジン vol_192

2008/11/26

 ……………………………………… も く じ …………………………………………

 【1】 前書
 【2】 読みきり小説「しんしんシンドロームappend」
 【3】 連載小説「ワダチ」            第四回
 【4】 編集後記

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 【1】 前書
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 みなさま、こんにちは、遥彼方です。
 風邪を引きました。11月にしてすでに冬です、とはいえ、もう終わりそうですけどね。

 今日はノスタルジックで不思議な言村さんの短編「しんしんシンドローム」、そして鵺
屋イサイさんの「ワダチ」第四回をお送りします。

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 【2】 読みきり小説「しんしんシンドロームappend」
                             著/言村律広               
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 ……………………………………… しんしんしん …………………………………………

 岩井が降り立った空港は、故郷のほど近くだった。ここから、都市とは反対方向へと向
かうと、そこには幼馴染と過ごした日々が堆積している。大きな四角いバッグは伸縮式の
持ち手と小さなコロで、ようやく彼女に寄り添っていた。昼下がりの日差しが、ひとりと
ひとつの影を、のんびりと空港ロビーに伸ばして、岩井の懐旧を楽しんでいるように見え
る。その間に彼女はひとことだけ、メールを送信した。ケータイから、ただいま。
 バータイプのケータイを、時刻を確認してから手提げに滑り込ませる。まだバスにまで
時間があるのだ。あとさきのことを思い浮かべながら、岩井は少し悩み始めている自分に
気付いて、小さく息を落としてガラス壁の向こう、滑走路を眺めた。ケータイを持ってい
た手が、胸元でペンダントになって揺れる心蔵(しんポッド)を癖で弄っている。
「ドローム、できたんだ」
 正しくは、しんドロームという。心蔵を宇宙へと上げる場所、小規模の飛行場に似てい
る。岩井が子供のころから、ずっと建設中だった、この空港に併設されたドロームは、す
でに少しだけ使い古されたような佇まいを見せていた。
「飛ばしてみよっかな」
 言葉にしたとたんに、その気が湧いてきた。手提げに突っ込んだ手でケータイを取り出
して、確認する。迎えにいくよと、electric letter from, 
「しゅーくん」
 随分とやりとりをしていなかったのに、すぐに返事をくれた。恋人だったこともある幼
馴染の小岩井終夜、いまだに子供のころの渾名で呼んで、そうして彼が嫌がる、でも疎遠
でも、ずっと仲は良かったような気がする。
 一緒に飛ばさない? と書き送った。

 小岩井からメールが返ってくる間に、空港からドロームへ移動する。米国の玩具会社が
作ったしんポッドは、この国ではデジタルおまけをつけた菓子を売り出している会社によ
って輸入販売されていた。今はない。海外旅行の土産物としてしか、今は手に入らない。
もう、ひと時代前の玩具だと、この国の大勢は思っているのかもしれない。
 ドロームに到着してからも、しばらく返事は来なかった。

 心を傾ける。そうして、心蔵へと注ぎ込む。しんポッドへ、最後の気持ちを持たせる。
「さあ、いってらっしゃい」
 思えば、ずいぶんと歳をとった気がする。まだ中年が始まったばかりのはずなのだけれ
ど。ドロームから、しんしんと静寂に包まれながら、空気へ溶け、高く広がり、傾き始め
た陽光に小さな反射を残しながら、岩井夢のしんポッドは、宇宙へと上がってゆく。
 返事は長かったが、要約すると、ごめん、もう上げてしまった、とだけ。
 見えなくなりそうな高度で、しんポッドは光の屈折率を変える密度の気体に変化する。
そこには、空の青が抜き取られて、ずっと向こうの果てが見えた。
「ビッグバンみたいだね」
 あっという間に拡散して、それに伴って宇宙を覗く穴が一瞬だけ広がったようで、
「さて、これからどうしようかな」
 夢は歩き始めた。

 …………………………………………… おわり ……………………………………………

 このコーナーに対するご意見・ご感想は編集部まで:info@kairou.com

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 【3】 ワダチ                                 第三回
                                                         著/鵺屋イサイ
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 論理武装をその身にまとい、少年たちは戦いに身を投じてゆく。
 冷徹なまなざしとともに、自らと仲間を兵器と断ずるその少年に、<奇兵隊>の長は何
を思うのか。

 ……………………………………………… 第三回 …………………………………………

 華奢な体を全力で弾ませて詫摩響が駆け寄った時から、厭な予感がしていた。
「ねーねーねー、隊長ー。いい事思いついたよー」
 くせっ毛の頭に乗せた大きなヘッドフォンと、iPod. から大音量で流れるKing-Show
『レティクル座妄想』を聞きながら、有田の返事を待たずに喋りだす。
「今朝の太陽を見て気づいたの、般若心経はアインシュタインの相対性理論を予言してい
たんだ! 嘘じゃないよ? まず色即是空が……」
 以下、題材が一貫していること以外は毛ほどの整合性もない電波理論を、有田はにこや
かに相槌を打って聞き流した。どうせ明日には本人も覚えちゃいないのだ、また新しい電
波理論を思いつくから。
 書類上二十三歳にして実年齢十三歳、小柄な体は成長期の遠さを感じさせる幼児体型。
つまりこの詫摩響こそ、事実上の奇兵隊最年少隊員である。
「あ、それでね。光速の七乗の七乗の七乗倍といえば、新入り君どうしてるー? なんか
ターミネーターっぽいの」
 何がといえば、なのかという因果関係はさておき、有田は促されて先日の会話を回想し
た。

「どうです、木更津君。もう部隊には慣れましたか?」
 木更津が来て二週間。ごく朗らかな口調で、有田は隊長室に呼び出した当人にそう呼び
かけた。
「差し支えない」返事は刺すような視線と共に投げかけられた。「屯所の構造や周辺地理、
及び部隊の人員も既に把握している」
 目を閉じて声だけ聞けば、陰々滅々とした、しかし不思議と通りのよいそれが耳に心地
好い。が、相変わらず上司に対する口の利き方とは思えないので、聞けば大概の人間は気
分を害すに違いなかった。だが木更津は怒っている訳でも、有田を嫌っている訳でもなく
、誰に対してもそういう態度を取るのだから、まったく困ったものである。
「部隊の皆とはどうです」
「現状、大きな波風は立てていないと思うが」
「いや、そうじゃなくてですね」
 木更津の言う波風とは、正面からのぶつかり合いを言うのかもしれないが、実際は波風
立ちまくりである。隊員間での評判は概ね芳しくなく、『無愛想』『生意気』等々。挙句、
歓迎会に誘ったら「金を払ってまで拘束されるいわれはない」と真っ向切って断ったとか。
「良好なる人間関係の構築は、速やかなる任務遂行には必要不可欠です。慣れ合えとは言
いません、ここは集団行動に不向きな者も多いので、それぐらいはどうってことありませ
んから。──しかし、兵は正を以て戦い、奇を以て勝つ。一つ一つは癖が強すぎる不揃い
な奇兵も、一たび連携を取れば恐るべき奇傑となれるんですよ」
 だから、もう少し積極的に交流を持つべきである、と有田は諭した。
「確かに人間関係の重要さは私も把握している。だが、難題だ。どうも私は人と友好に接
するのが苦手らしい」
 さっきより更に長い間を置いて、ぽつりと木更津は言った。そりゃ、のべつまくなし合
理を舌鋒鋭く告げるばかりのあの語調では、勘に障らない人間の方が少ないだろうと有田
は思う。今だって木更津は憮然とした顔で腕を組み、苛つきを押し殺しているようにも見
えた。
「人間には得手不得手があり、時には短所を補うより長所を伸ばしたほうが効率が良い場
合がある。任務の成功率に影響するのは何も人間関係と連携だけではない。だから私は、
単独でも任務が成功できるよう務めてきた。隊長には、少々迷惑をかけるかもしれないが」
 表情一つ変えず、全く申し訳なさそうな様子のない木更津の仏頂面が、有田の血圧に多
大な負担をかけた。ああ、つまりこの子はとんでもない朴念仁なのだ。常に大真面目に物
事に取り組み、他人も同じように大真面目であると当然のように考えているタイプ。本音
と建前を好まず、他人の感情に対しては鈍感な努力家。
「……最初に会った時から思っていたんですが、君はとことんドライな考え方をしていま
すね」
「私はじいさまの教えを守っているだけだ」
 ふと反射的に言ったのだろうか。木更津にしては親しみの篭った呼称に、有田は興味を
惹かれた。
「君のお爺様ですか?」関連資料に載っていた名前、木更津惣介。六年前に殉職した公社
の戦士。「どんな教えを受けたか訊ねても?」
 しばしの間を置いて、木更津は「了解した」と呟いた。
「人は漫然と生きるべきではない。長くも短い一生で、独りの人が辿り着ける場所は限ら
れている。ならば己がやれることと、やりたいことを把握し、そのすり合わせを目標に据
えた努力を重ねるべきだ。ともすればバラバラに散りがちな命と心を束ねて、一つの処を
向き続ける信念に生きるべきだ」
 とうとうと木更津は暗く澄んだ声で一息に語ると、不意に口を噤んだ。
 木更津の沈黙を急な物に思いながら、有田は少し得心がいった。
「なるほど……だから君はそんなにも、自分に無理をさせようとしているんですね」
「無理ではない。戦国武将は人生五〇年と言ったが、現代は寿命こそ延びたものの、前線
で戦い続けられる時間はそう変わらない。そしてそれより短くなる可能性は幾らでもある。
ならば出来うる限り早い段階から、己の素質を見極め、実戦に備えるのが当然だ。軸を遊
ばせるような暇などない。最初の日に言った通り、私にとり重要なのは任務遂行ただ一つ」
 木更津がこんなに長く喋ったのは初めてだ。そう思いながら、有田はぴしゃりと言い放
った。
「君の視野は狭い」
「それは隊長の主観ではないか。私には何も問題ない。問題があれば解決に全力を尽くす、
そうでなければ任務に支障をきたすからだ」
 だからそれが視野狭窄なんですってば。と呆れた声をあげながら、有田は降参した。こ
れはもう虚勢とか意地とか言う問題ではない。木更津の中ではただ任務遂行のためだけに、
人間らしさを捨てることも当たり前なのだろう。己に課すのは、公理結社という組織の歯
車として働く、最速最短最適の機能のみ。
 その理解が脳に染み渡るのを感じながら、有田はひどく胸がむかついた。最早もやつき
を通り越している。それは、いい子ぶった優等生に対する疎ましさでもなく、シビアすぎ
る論理に対する反感でもなかった。もっと共感的で、同情的な、一言に要約すれば『勿体
無い』という気持ちだ。
 何しろ木更津は若い。有田にしてみれば、自身の半分も生きていない彼がストイックす
ぎる生き方をしているのは、自ら可能性を狭めているようで不憫だった。感心はするが、
喜んではやれない。おそらく木更津が二〇歳の若者であっても、きっと同じように思った
だろうけれど。
 あえて傲慢な言い方で有田の、木更津に対する印象を表すとすれば、『救ってやりたい』
に尽きた。

 …………………………………………… 続く ………………………………………………
 
 次回は第193号(12月5日発行)に掲載されます。
 このコーナーに対するご意見・ご感想は編集部まで:info@kairou.com

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 【4】 編集後記
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 みなさま、いかがでしたでしょうか?

 次回は「ワダチ」第五回、そしてひさびさに超短編を掲載いたします;)

 次回は
 それでは、また!


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 次回の配信は12月5日を予定しております。

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