文学

雲上マガジン

総合創作団体・雲上回廊が送るメール文芸マガジン。

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雲上マガジン vol_189

2008/10/25

 ……………………………………… も く じ …………………………………………

 【1】 前書
 【2】 連載小説「ワダチ」            第一回
 【3】 競馬コラム「オケラ回廊」         第二回
 【4】 編集後記

 ……………………………………………………………………………………………………
◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【1】 前書
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 みなさま、こんばんは。遥です。
 今回から鵺屋イサイさんの連載がスタートしますよ! 独特の世界観とめくるめく不可
思議な闘いに、存分に浸っちゃってください!

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【2】 ワダチ                                 第一回
                                                           著/鵺屋イサイ
 ──────────────────────────────────────

 論理武装をその身にまとい、少年たちは戦いに身を投じてゆく。
 回廊が誇る異才、久々の連載小説。

 ……………………………………………… 第一回 …………………………………………

 寝静まった町の夜更け──その片隅に引っかかる工事現場は、忘れられたような寂寥に
浸されていた。鉄骨は錆び、機械は停止し、植物が繁茂する。いつから打ち棄てられたの
か、そのこと自体にも興味を示す者などいない、人の営みに開いた穴。
 だが、穴を覗き込めば、意外なものの蠢きを目にすることもあるだろう。
 例えば、亀のような顔をした機械化人間だとか。
『貴様ァ!』
 眼球の代わりにニップル球がチカチカと瞬く。電子的な声はキンキンと甲高く、怒りと
焦りがよくにじみ出ていた。
『コッチニハ人質ガイルンダゾッ。仲間ゴト殺ル気カ!?』
「いかにも」
 出来の悪い合成音声に返す声は若く、しかし肌寒い冷たさがある。まだ少年であろう年
齢には不相応な怜悧さ。
「標的に捕まったのは彼個人の過失だ。私はその失点を回復するいわれはない。よって任
務を遂行する」
 鋼のサイボーグと対峙するのは、メタリックシルバーの奇人。だが、こちらは生身とも
機械とも判じがたい、全身コートとマフラー姿である。
 帽子の狭い隙間から投げかけられる眼差しは重々しい。銀色のコートによろわれた小柄
な体は、一見頼りなさげに思えて、その実、戦意をはらんだ強烈なプレッシャーを叩きつ
けていた。暗い瞳は年月の澱みを湛えた古沼のようで、その奥に翠の翳(かげ)を爛とけ
ぶらす。
「ま、待て……木更津」
 サイボーグの腕の中で、同じ銀コート姿の少年がうめいた。制帽はどこかで落としたの
か、べっとりと血濡れた素顔を晒している。だらりと垂れ下がった腕は既に折れているよ
うだったが、仲間のその姿に木更津と呼ばれた少年は何の反応も寄越さなかった。
「お前の武装じゃ、俺も死ぬ……」
 人質少年の訴えを無視して、木更津少年は腰だめに構えた。身に付けた銀白色のマフラ
ーが左右に広がり、蛇が鎌首をもたげるように狙いを付ける。
 相手の意図を理解して、サイボーグは攻撃に転じた。装甲板に覆われた右腕が半ばから
折れ、鎖付きの鉄球が射出される。お約束のような刺々しい突起。
 木更津の生体電流が増幅され、物理《フィジカル》ではなく論理《ロジカル》に従って
全身を駆け巡った。骨肉を!)電磁石!)化して跳躍、肉体から磁力──すなわち引力と斥力
を放射し、重力と慣性を無視した超空中高機動を発揮。
 電磁の弾丸となって奔る木更津に重量一二〇キロ余りの鉄球はことごとく狙いを外され、
ついにはすれ違いざまに捕獲された。鎖をマフラーに絡め取ったまま懐へ飛び込み、二本
の腕でサイボーグの太い首に取り付く。人工心肺が脈打つ胴体を、余ったマフラーと両足
で羽交い絞め。
「公理結社の名の下に、貴様を破壊する」
──狂科学者死すべし。結社の理念そのままに、剣のように冷然と宣言した。
「やめろ──ッ!」
 マフラーが放電光を散らし、青白いそれに照らされた人質少年の顔を恐怖に歪めた。顔
面を鉄と電子機器に置き換えたサイボーグの表情は変わらない。誰からともなく制止の声
があがったが、敵味方の区別なく、木更津は一万五〇〇〇ボルトの電流を叩きつけた。
 背後からの衝撃に、機械人間と、人質と、少年戦士が纏めて吹っ飛ばされる。
 木更津が放った電撃のせいではない。したたかに背を打ちつけながら何事かと首を巡ら
し、状況を確認。倒れたサイボーグの胴体を、真鍮色の脚甲をはめた足が踏み破っていた。
幾何学的なデザインのそれは、見覚えのある論理武装。
「ツリガネ先生」
「こンのピーナッツ野郎がッ」
 野太い声が鼓膜を叩く。真鍮色の篭手を嵌めた手が、胸倉を掴んで引き摺り起こした。
「仲間ごとブチ殺そうとするヤツがあるかっ!」
 上司が顔を真赤にして怒っている理由が、木更津にはさっぱり理解できなかった。

 …………………………………………… 続く ………………………………………………
 
 次回は第190号(11月5日発行)に掲載されます。
 このコーナーに対するご意見・ご感想は編集部まで:info@kairou.com

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【3】 競馬コラム「オケラ回廊」              第二回
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 競馬をこよなく愛する熱い心の小説書き雨下雫が、よあけ=遠野浩十を連れ、競馬の
おもしろさを語り倒す!!!

 ……………………………… 第二回:競馬の歴史について ………………………………

《よあけ》 全国数億人の非競馬ファンのみなさん、お待たせしました!
 やってきました第二回競馬コラム『オケラ回廊』ですよ。

《雫》 前回は競馬の根源的な面白さと魅力について、さらりと語らせて貰ったわけだが
、思いの外好評を戴いたようで、雫は嬉しいですよマジで。
 そこで今回は、(ごく限られた)読者からの意見を元に、『競馬の歴史』について語っ
ちゃおうかなという次第であります。

《よあけ》 反響があるというのは嬉しいですね! 答えたくなりますね! でも歴史っ
てむずかしくね? 自慢じゃないけど、頭悪いよ、僕?

《雫》 おいおい、慌てるな馬鹿野郎。歴史と言っても、そう小難しいことをダラダラ並
べるわけじゃない。そんなことしたら一大巨編なスペクタクルになるからな。
 そこで今回はずばり、『血統の興亡』に焦点を絞った歴史を、点の連続といった具合に
見ていこうというわけさね。
 
《よあけ》 血統の興亡? 興亡っつうと「盛者必衰の理をあらはす」みたいなやつ?

《雫》 ああ、サラブレッドの血統の歴史はまさにそんな感じなんだよ。

《よあけ》 ふむふむ。

《雫》 競馬において、競走馬の血統とは即ち歴史であり、ここ300年来途絶えることなく
連綿と続く神話そのものと言っても過言ではないのだ!
 その歴史、神話におけるターニングポイントを担った種牡馬たちを紹介しつつ、その当
時の事情についてちょこちょこ解説しちまおうってのが今回の趣旨よ。
 
《よあけ》 素朴な質問! なんで歴史を語るのに、種牡馬、つまり父を中心に語るの?
 母じゃ駄目なん? 母より父が中心ってのは確かに神話っぽいけども。

《雫》そりゃお前、種馬(父)と肌馬(母)じゃあ、その生涯に生産するサラブレッドの
数が段違いだからだよ。種馬なら数百頭当たり前だけど、肌馬じゃあ多くて十数頭が限界
だからな。多い方がサンプルに向いてるだろ? 血統の傾向とか掴み易いし。

《よあけ》 なるほど。単純に数が違うから、影響力も父のほうが強いのか。

《雫》 そういうこと。ちなみに今回は、エクリプスとセントサイモンっちゅう、イギリ
スが生んだ二頭の歴史的名馬が登場するぜ。
 じゃあ、そろそろ語り始めるか。

《よあけ》 待ってましたー!

《雫》 ……時は19世紀末。世界は核の炎に包まれ——てはいないけれども、競馬世界の
中心たるイギリスにおいては、ある意味、それに近い状況に陥っていた。
 優れた一頭の競走馬を生み出すために百頭が犠牲にされるような、強烈な近親配合の連
続によって、いわゆる『血の袋小路』と呼ばれる状態になっちまってたのさ。

《よあけ》 血が、行き詰った……? 時の馬産家たちはどうしてそんな状況を迎えちゃ
ったの?

《雫》 近親交配を繰り返した末の必然だよなぁ。とはいえ、なんでそんな勢いで近親交
配が流行ったのかといえば、現在の遺伝学で言うところの『優性遺伝子の固定化』を狙っ
て『ある特定の優秀な先祖の血を掛け合わせてより濃くする』ことに主眼を置いた生産が
繰り返されたからなんだ。
 たとえば、数十年前にAという馬がいて、そいつが非常に優れた競走馬であったとする。
 そのAを甦らせることはどうやったって不可能だが、その遺伝子を色濃く受け継いだ競走
馬A´を生み出すことは理論上可能であり、そのためには、Aの遺伝子が濃い血統構成にす
る——つまり、先祖にAを持つサラブレッド同士の交配という近親交配が行われるってわけ。

《よあけ》 その近親交配が行き過ぎて、『血の袋小路』状態になったわけだ。競走馬の
全部が全部、同じ血統ばかりになったら近親交配どころか近親相姦だものね。
 でもそんなの、実際にそうなる前に分かりそうなものだけど。

《雫》 全くもってその通りだと思うんだが、当時の競馬事情を鑑みるに、それが分かっ
てても止めることは出来なかったんだな。
 ここで重要なのは、黎明期の競馬ってのは貴族の道楽であり、サラブレッドはその名誉
欲を満たすためだけに生産されていたってことだ。まさに『走る芸術品』を地で行ってい
たのさ。
 金も時間も惜しまねぇ、10回やって駄目なら100回、それでも駄目なら1000回——途方も
ない失敗を繰り返しても、たった一度の成功に辿り着ければそれで良しってのが当たり前
の状況だったんだ。とんでもねぇ世界だぜ。

《よあけ》 貴族すげえ。やることが豪快過ぎるよ。

《雫》 当時のイギリスの生産事情ってのはそんな感じだったから、進むのも早いが、行
き詰るのも早い。そしてそういう状況を加速させたのが、18世紀半ばに生まれた、エクリ
プスっちゅうサラブレッドの存在だ。

《よあけ》 へー、そのエクリプスってのは強い馬だったの?

《雫》 おうよ。こいつがまたべらぼうに強い競走馬で、さらに種牡馬になった後も優秀
な産駒を輩出しまくったんだよ。
 とはいえ、同時期にエクリプスに勝るとも劣らない……つうか、単純な種牡馬成績では
上回ってたヘロドってのと、その息子のハイフライヤーってのがいたから、『種牡馬とし
てのエクリプス』ってのを短期的な視点で評価した場合、『普通の超一流馬』の一頭って
のが妥当なとこかもしれんね。

《よあけ》 普通なのに超一流て、どう考えても矛盾してるよ!?

《雫》 しょうがねぇだろ……このヘロドとエクリプスに、マッチェムってのを加えた三
頭を『三大基礎種牡馬(三大根幹種牡馬)』って呼ぶくらいに、当時のサラブレッド種牡
馬として抜きん出た存在だったんだから。
 ——念のため言っとくけど、全サラブレッドの基礎になった『三大始祖(ダーレーアラ
ビアン、ゴドルフィンアラビアン、バイアリーターク)』とはまた違うからな。

《よあけ》 ややこしいね! 僕の自慢のつるぺた脳細胞が融解寸前だよ!

《雫》 うむ、ややこしい上にめんどくさいから、三大始祖云々については今回は省くぜ。
よあけの脳味噌が茶碗蒸し状態なのも。
 ま、そのうち嫌でも解説せにゃいかんだろうから、その時をお楽しみにってとこだ。今
は兎にも角にもエクリプスよ。
 で、そのエクリプスなんだが、単純に超一流の競走成績を残したってこともあるし、ヘ
ロドやハイフライヤーの仔らに交配できるって事情もあって、イギリスの生産者はこぞっ
てその血統に群がった。角砂糖に群がる蟻も裸足で逃げ出すような勢いでな。
 エクリプス亡き後も、その血を継いだ優秀な種牡馬や、新たに登場した新鋭の血統に激
しく食い付いた。何しろ、現代の競走馬の血統を遡ってみれば、九割方がこのエクリプス
の血を持ってるってくらいだ。

《よあけ》 九割て、ほぼすべてじゃん! めちゃくちゃ繁栄したんだなあ。

《雫》 同時期にいた二頭の歴史的種牡馬を、上手いこと踏み台にして上り詰めた感があ
るよな。
 ただ、さっきも言った通り、当時は進歩が早い分、衰退も早かったんだ。
 だから、イギリスにおけるサラブレッドの血統——父系の主流は、早い周期で興亡が続
き、隆盛と衰退を繰り返していたんだが、どっちかっつーと衰退の幅が大きかった。
 優性遺伝子の固定を目指した副産物として、劣性遺伝子が固定された個体ってのも山ほ
ど出たわけよ。そんなわけで、エクリプスとヘロドにしても例外なく、その波に飲まれち
まったのさ。

《よあけ》 そりゃ、貴族の道楽で近親交配ばっか続けてればなあ。

《雫》 まあ、そのお陰で、サラブレッドの進化は異常なほど急激なものになったって側
面もあるから、一概に悪いとも言えないんだけどな。
 ——とにかく結果として、エクリプスの誕生から120年が過ぎる頃には、冗談抜きにヤバ
い状況に陥っていたんだ。
 当時はサラブレッド生産なんてイギリスでしかやってないようなもんだから、血の飽和と
閉塞は現代とは比較にならんほど早かったんだな。
 全く、『世界競馬の中心』とでも言えば聞こえは良いが、要するにそこでしかやってな
いんだから中心もクソもねぇや。

《よあけ》 じゃあ当時のイギリスは、どこを見回しても同じような血統のサラブレッド
しかいないわけでしょ? 優性遺伝子がどうのこうのって前に、サラブレッドや競馬の存
続自体がやばくない?

《雫》 なあに、心配するな。ここで歴史が終わったなら、現代の競馬は存在しねぇだろ?
 でも現実はそうじゃねぇ。救世主はいつも遅れてやってくるのさ。

《よあけ》 最初に言っていた、エクリプスともう一頭の歴史的名馬だね。えっと、あの、
あれだ、セントなんとかっていう歴史的名馬。

《雫》 ……そいつは、誰からも注目されないような、傍流も傍流の父系から生まれたサ
ラブレッドだった。
 優秀だとか一流だとか、そういうのから遠くかけ離れた血統の、牛みてぇに鈍重で見栄
えのしない不細工な馬だった。
 騎手の命令も聞かない、とにかく気の悪い馬だった。
 少しでも気性を和ませようと関係者が厩に猫を放ってみたら、即座に咥えて天井に投げ
つけてぶち殺しちまうような、常識外れの化物だった。

《よあけ》 いやいや、気性悪過ぎだよ、それ!

《雫》 しかしな——走ってみればこれが本当に化物みたいに強かったんだよ。
 騎手の命令を全くと言って良いほど受け付けず、勝手気ままに突っ走り、それでもあら
ゆるレースをぶっちぎりで圧勝し続けた。
『煮えたぎる蒸気機関車』の異名通りに、サラブレッドの次元を超えた精神と能力を発揮
し続けた、そいつの名前はセントサイモン。
 その競走成績もさることながら、種牡馬としての功績を含めて、史上最も偉大なサラブ
レッドと称される存在だ。

《よあけ》 史上最も偉大っつうと、セントサイモンがいなかったら現代競馬はなかった
かも、ってくらい偉大?

《雫》 そうだな……現在のサラブレッドでセントサイモンの血を持ってない個体が存在
しないってくらい偉大。
 
《よあけ》 そんなに! 漫画家で言うところの手塚治虫クラスだ!

《雫》 うむ、始祖連中とはまた違った意味で神様めいた存在なのは確かだ。で、さっき
も言ったが、セントサイモンは血の袋小路に陥ったイギリス競馬界を救った、正に救世主
なんだよ。
 それにしても、傍流の異系血統から生まれたセントサイモンがなんでこんなに強かった
のか、その理由は全く分からん。
 血統を遡ればとりあえずエクリプスの血が入ってるから、遺伝的に文字通りの『再来』
だったのかもしれんが、一世紀以上昔の血が顕現するなんてことは正直考え難い。
 そもそも、当時のサラブレッドにはエクリプスを筆頭とする三大根幹種牡馬の血が入っ
てて当たり前みたいな状況だったし、セントサイモンがその中でも傍流の血統出身っての
は紛れも無い事実だしな。
 幻想的な言い方をすれば、停滞したサラブレッド血統を新たに活性化させるべく、天が
与えたもうた異能の力ってとこか。
 まあ、これはあまりに浪漫主義が過ぎるんだが、恐ろしいことに他に全うな理由が思い
つかんってこともまた事実だ。

《よあけ》 とにもかくにも強かった、と。

《雫》 そういうことだ。そして当時の生産者たちは、種牡馬入りしたセントサイモンの
血に群がった。『エクリプスの再来だ!』って大騒ぎしてな。
 当時の主流血統構成からかけ離れたセントサイモンは、どんな肌馬と交配しても問題が
無かった。ついでに、種付け料も初期は格安だったしな。傍流血統出身の身のおかげだろ
うよ。
 その血を受け継いで誕生した馬たちは、人々の予想を超えて、期待以上に勝ちまくった。
 こうなっちまったらもう『エクリプスの再来』どころの騒ぎじゃねぇ。『セントサイモ
ンの誕生』ってわけだ。

《よあけ》 そしてセントサイモンは一時代を築いた、と。

《雫》 おうよ。セントサイモンの血統はサラブレッドの競走能力を飛躍的に向上させ、
その他の父系を驚異的な速度で滅亡させていったのさ。
 1886年から種牡馬として併用されたセントサイモンは、初年度の産駒が四歳になった18
90年に早くもリーディングサイアーに輝き、種牡馬を引退するまで合計して九度もその座
に君臨した。
 その血の威力は直系の後継種牡馬にも及び、1910年代前半の種牡馬ランキング・ベスト
10の半数をそれらで独占するほどになっていた。
『平家にあらずんば人にあらず』なんちゅう言葉が日本にあるが、当時のイギリス競馬界
において『セントサイモン系にあらずんば種牡馬にあらず』なんて言葉が罷り通るような
状況だったんだ。

《よあけ》 すげえ——けども、みんながみんなセントサイモンの血に群がったら、エク
リプスのときと同じ……というか、今までの繰り返しになるんじゃない?

《雫》 そうなんだよなあ。ただ、エクリプスの時にはヘロドとハイフライヤーが居たん
だが、今回はそうじゃねぇ。
 上り詰めるのも一頭でやったから、転げ落ちるのも一頭だけ。状況は厳しいぜ。まった
く、驕れる者久しからずとはよく言ったものよ。
 まあ、別にセントサイモンが我が世の春を謳歌して調子こいてたってワケじゃねぇが、
過去の手痛い失敗を忘れ呆けたかの如くに、セントサイモンの血に群がった連中が、また
しても『その事態』を引き起こしちまったのさ。

《よあけ》 あれだ。『血の袋小路』だ。

《雫》 ああ。気がつけば、エクリプスの時と同じように——ヘロドとハイフライヤーが
居ない分、より顕著に、あっちを向いてもこっちを向いてもセントサイモンの血統ばっか
になっちまったのさ。
 この後の展開はもう読めると思うが、案の定、セントサイモン系は滅亡することになる。
 ただ、それまでのイギリス生産界が繰り返した『衰退の波』に見る失敗とはちょいとば
かり毛色の異なる過程——『異系の興隆』——を経て、より急激な壊滅に至ったんだ。

《よあけ》 ん、というと?

《雫》 セントサイモンの血は、母系に入っても恐ろしく優秀だったのさ。
 ほれ、セントサイモンの娘に直接セントサイモンを交配したり、その直系である種牡馬
を付けたりなんていう、近親交配を通り越した近親相姦みたいなことは流石にマズいわけ
よ。

《よあけ》 親子同士とか、兄妹同士とかだもんね、それ。

《雫》 ちゅうわけで、セントサイモンの娘たちには、どっかその辺の、『セントサイモ
ンの血が入っていない』地味な種牡馬を交配せざるを得なかったわけ。
 ここでもう一度繰り返すが、セントサイモンの血は、母系に入っても恐ろしく優秀だっ
た。
 そうして生まれたサラブレッドの中には、後に新たなる異系の興隆者として種牡馬にな
る存在も多々あったわけよ。
 唯一無二にして絶対なるセントサイモン系を相手に、伍して戦えるだけの活力を持った
血統の種牡馬としてな。
 
《よあけ》 ああ、そうか。それでますますセントサイモン系種牡馬は活躍できず、逆に
他の血統の種牡馬が大活躍ってなったのか。

《雫》 そういうこと。そうして、後継種牡馬の早期死亡や海外への輸出などの理由も加
え、『血の袋小路』と『異系の興隆』のダブルパンチを食らったセントサイモン系は、早
々に滅亡していった。
 隆盛を極めた血統の、余りにも早い滅亡は『セントサイモンの悲劇』とも呼ばれている
ほどだ。

《よあけ》 え、めちゃくちゃ優秀なサラブレッドだったのに、血が残せなかったってこ
と?

《雫》 おっと、別に血脈自体が途絶えたってわけじゃねぇぜ。
 ——競馬草創期の終わりを告げ、競走馬そのもののレベルを飛躍的に高めたセントサイ
モンは、エクリプスがそうであるように、父系としては滅んじまったが、現代のサラブレ
ッドの血統を辿ればほぼ全てセントサイモンが経由されてるってくらいの影響は残したわ
けだし。
 その名は悲劇的な終焉と共に父系から消えわけだが、その血脈は今なお数多の名馬の中
に残り続けているんだぜ。

《よあけ》 なるほど。だからこそ歴史的名馬としての名前は現代にまで残っているのだ
ね。
 ——といったところで、そろそろ時間ですよ雫さん。つうか、これ予定原稿オーバーし
てんじゃないかって気もするよっ。

《雫》 ははは、気にすんな。編集長に土下座すれば大丈夫だろう——よあけが。

《よあけ》 なんでそんなこと自信満々に言えるの!?

《雫》 ともあれ、今回の『オケラ回廊』はここまで。
 サラブレッドの歴史とはそれ即ち血統の歴史なり——天地開闢の三大始祖に始まり、暗
黒の中に映えた真なる輝きたるエクリプスを経て、遂に辿り着いたセントサイモンは、正
しく競馬草創期の終わりを告げた血のテクノクラートとでも言うべき存在であろう!

《よあけ》 次回も引き続き、血統の興亡について雫さんが語り、僕が傍で聞いたりする
予定ですので、みなさんどうぞよろしく。

《雫》 『セントサイモン亡き後、競馬世界の中心たるイギリスに激震走る!? 黎明を告
げる太陽の輝きが、斜陽を覆す奇跡を起こす!』
 嘘臭いけどある意味ホントな『オケラ回廊』待て、次回!


 ━━━━ □ オケラのおまけ:エクリプス&セントサイモン参考URL □ ━━━━

「エクリプス」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%97%E3%82%B9_(%E7%
AB%B6%E8%B5%B0%E9%A6%AC)

「セントサイモン」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%88%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83
%A2%E3%83%B3

 今回は動画なし! ……時代的に無理。
 エクリプスなんて写真すら無かったよ!
 
 ……………………………………………  走  ……………………………………………

 このコーナーに対するご意見・ご感想は編集部まで:info@kairou.com
 次回は第192号(11月25日号)に掲載予定です。


◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【4】 編集後記
 ──────────────────────────────────────

 いかがでしたでしょうか。オケラ回廊のボリュームがすごくてびっくりしてる編集長で
すよ! 知らないことばかりで、なかなか愉しいものです。
 
 それでは、また! :)

*公式サイト
http://magazine.kairou.com/unjyou/
*編集部
info@kairou.com

 次回の配信は11月5日を予定しております。

   ……………………………………… 公 募 ………………………………………

 本誌『雲上』では、アイデアと感動に満ちた作品を募集しています。
 
 対象は「文章で表現されるすべての作品」です。
 著作権等の問題が無ければ、既に何らかの形で公開された作品でも構いません。
 編集部では作者との共同作業で作品をより良くするシステムを整えております。
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最終発行日:  
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