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雲上マガジン vol_182

発行日:8/20

 ……………………………………… も く じ …………………………………………

 【1】 前書
 【2】 1000字企画「雲上の庭園」     作品掲載 第2回(募集第1回)
 【3】 後記

 ……………………………………………………………………………………………………
◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【1】 前書
 ──────────────────────────────────────

 この庭園の花々は、今がちょうど満開の時期でございます。
 どうぞごゆるりとお楽しみくださいませ。


◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【2】 雲上の庭園           作品掲載 第2回 (募集第1回)
 ──────────────────────────────────────

 前号、今号、25日号に掲載の作品を読み、気に入った5作に【寸評】を書き、応募
フォームからお送りください。
 寸評の〆切りは9月7日です。
 作者名と作品に寄せられた寸評は9月15日の『雲上』から掲載します。

              【寸評】応募フォーム:http://magazine.kairou.com/info/contact.html

 ……………………………………………  庭  ……………………………………………


         ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
        ▼ △
       ▼ △  【24】──┨ ケータイを持ったサル
      
        「教授。お待たせしました。これが、出土した残骸と当時の資料を
        寄せ集めて作りました『携帯電話』です」
        「これは……随分小さ過ぎやしないか?」
        「私たちも複製にあたって当時の資料をしらみ潰しに読み込み、現
        在と当時の長さの尺度の誤差を可能な限り縮めました。ですので、
        この大きさしか考えようがないのです」
        「これが、電話として使われていたのか?」
        「電話だけではありません。御存知の通り、これは文字や映像と
        いった情報の送受信や、アプリケーションを使って自分の現在地を
        把握したりする用途もありました」
        「確かに当時のテクノロジーの程度を考えれば、不可能な代物では
        ないだろう。しかし、見たまえ。こんな原始的で小さいスピーカー
        とマイクロフォンで音声が拾えるものかね」
        「音声のビットレートにもよりますが、普通に会話をする程度なら
        不可能ではないでしょう。ただ、囁き声程度の声を送受信すること
        は不可能です」
        「こんな小さなものを耳にくっつけて大声で相手と喋っていたのか。
        奇特なことだな」
        「実際に公共での使用時のトラブルについても幾つか証言となる資
        料が発掘されました。当時の人間の音に関する無頓着さには驚かさ
        れるばかりです。サウンドスケープまでも視野に入れて建築物を作
        り環境保全に細心の注意を支払わなければならない私たちとは、大
        違いだったということでしょう」
        「それよりももっと面妖なのだが、このキーは随分小さいし数が少
        なくないか?」
        「それに関しても当時の文字入力システムを探ってみたのですが、
        母音となる言葉を予め打ち込んで、そこからアイウエオ順に変換し
        ていくという方法が採られていたようです。確かにそれだとこの
        キーの数で済みます」
        「だが……」
        「ええ。打鍵の数がタイプライター式のキーボードと比べて雲泥の
        差になるのは間違いありません。当時の資料ではいわゆる『猿打ち』
        と呼ばれていました。これは原始的な感性しか持たない類人猿のた
        めの通信手段だったのではないでしょうか? あくまで想像ですが」
        「位置情報が分かるのも、人間が彼らを管理するという側面があっ
        たのかもしれないな。とにかく、もう少し調査を続けてみないこと
        には仕方がない。即断は慎まねば、我々が猿並みの愚者になってし
        まうからな」
        「承知しました」


   ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
  ▼ △
 ▼ △  【25】──┨ デリー大災害の一夜

   一九八七年八月、インドの首都デリーを未曾有の暴風雨が襲った。
  自家発電設備を備えていた撮影所は危うく停電をまぬがれたが、地
  階へと流れ込んだ濁流がセット群を破壊した。
   そのフロアは撮影によく使われる日常的な場所、すなわち家庭や
  学校、公園、商店街、病院、市場、遊園地、工場といったセットが
  ひしめき、かつ行儀良く距離を置いていた。しかしいまや、垣根は
  とりはらわれた。何百本ものサリーが雨水を色鮮やかに染め、銀の
  食器とチャクラムがぶつかり響き合った。市場のテント屋根の上を
  駆けてゆくメリーゴーランドの木馬を、空っぽの教室の真ん中で居
  眠りする白牛が目を細めて眺める。略奪行為にいそしむ年老いた物
  乞い達が、水につかった撮影機器に感電し一斉に踊りだした。視界
  に映るあらゆる事物が火花を挙げ、溶けあう色彩が渦を描いて攪拌
  された。
   天井から吊り下げられたキャットウォークに避難していた撮影隊
  は為すすべもなくそれらの光景を見下ろしていた。やがて監督が立
  ち上がると髭をふるわせ叫んだ。
  「カメラをまわせ!」


         ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
        ▼ △
       ▼ △  【26】──┨ 小さいけれど、それは光
      
         買ったカミソリで手首を傷つけた。けれど、命は切れなかった。
        利き腕とは反対の手首。左手の手首が血を垂らしている。けれど、
        これで死ぬことはない。まだまだ死なないぞという意思表示を、手
        首の中でピクピク動く血管が示していた。結局、また死ぬのが怖く
        て、僕は生きていた。この世界との因果を断ち切れなかった。僕が
        切れたのは、数ミリ程度だろうか。指で長さを表したら、指と指の
        間がくっついていると見間違えられるほどだ。それでも、血は垂れ
        て、中身の細胞は少し見えた。これをもっと開けば死ねるのかもし
        れない。でも、怖かった。生きているよりかは分からない。学校に
        行くときはベルトが大きめの腕時計をして手首の傷を隠した。でも、
        その心配はなかったようだ。どうで、僕は透明人間。誰にも見えな
        い。音を立てても振動するのは物だけで、気付く者はいない。昼休
        み、教室にいるのが嫌で、昼食のパンを早々に食べ終えて、人があ
        まり来ない屋上に向かった。教室には誰かと喋る人がいっぱいいる。
        その中に、誰とも話さないで一人でいるのは、心が泣いてしまいそ
        うだった。屋上に着き、そこで自殺について詳しく書かれた本を開
        く。そこには自殺する方法が難易度別に載っていた。炎、薬、拳銃、
        刃物、首吊り、飛び降り、死に至るための様々な手段。その中で、
        僕は一番簡単なのを見つける。それは、風邪薬を大量に飲んで死ぬ
        方法だった。死ぬ苦しみも、死ぬために必要な物も、かなり簡単に
        出来る内容だった。これで死ねる。そう思い、放課後に小さな薬屋
        さんに行き、瓶に入った風邪薬を三本ほど買うことにした。他にも
        チェーン店の薬局が近くにあるけど、そこは金髪の店員がいたので
        恐くてやめた。買ったのは三本の風邪薬だけだったはずなのに、会
        計の時、何故か胃腸薬もついてきた。
        「この店、今日で最後だからねぇ。最後のお客さまということで、
        サービスだよ。辛いことがいっぱいな世の中だけど、そんなときは、
        これでも飲んでな。少しは痛みが和らぐから」
         そして、三本だったはずの風邪薬は一本だけだった。小さな店の
        レジをしていたのは、優しそうな顔をした小柄なおばあちゃんだっ
        た。透明人間の存在に、気付いてくれた。
         ありがとうございますと呟き、僕は駆け足で逃げ出した。そして、
        つまずいて転び、泣き崩れる。小さなことかもしれない。でも、僕
        は、まだ生きていたいと思えるほど、泣いて喜んだ。


   ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
  ▼ △
 ▼ △  【27】──┨ するり

   するりはするりするりとうごく。
   するりは、するりするり、とうごく。
   するりとうごいたするりは、ほんのすこしのあいだとまって、ふ
  いにするりとうごく。
   するりとうごいたするりは、じっとながいあいだとまって、やお
  らするりとうごく。
   するりは地面をするりするりとはっていく。ときにゆっくり、と
  きにすばやく、するりするりとするりはうごく。
   するりはするりとうごいたあと、するりとするりにわかれる。
   かたほうのするりはするりと右に、かたほうのするりはするりと
  岩にのぼる。
   右にすすむするりはするりとうごいてしばらくとまり、やにわに
  するりと左にまがる。
   岩にのぼったするりはすこしとまったあと、おもむろにするりと
  横にはっていく。
   するりとするりは、するりするりとうごく。
   するりとするりは、するりとちかづきかけてはするりととおざか
  り、するりとはなれてはするりとひかれあう。
   するりとするりはするりするりとうごいたあと、かたほうのする
  りがするりとひろがり、かたほうのするりがするりとちぢむ。
   ひろがったするりはするりとうごめき、ちぢんだするりはするり
  ところがる。
   うごめいたするりはするりするりと地面をはなれ、だんだん空中
  にうかんでいく。
   ころがったするりはするりするりところがり、するりと穴の中に
  はいっていく。
   するりは空中をするりするりとすすむ。するりするりとうかび、
  だんだん高いところへすすんでいく。 
   するりは暗闇をするりするりとすすむ。するりするりところがり、
  だんだん深いところへすすんでいく。
   するりするりと空中をすすんだするりが、ついにするりと空中を
  ぬけだすと、そこにはするりがいた。
   するりするりと暗闇をすすんだするりが、ふいにするりと暗闇を
  ぬけだすと、そこにはするりがいた。
   ふたたびであったするりとするりは、するりとふれあい、するり
  ととけあう。するりとするりはとけあって、するりになる。
   とけあったするりは、なおもするりととけていく。するりするり
  とするりはとけていき、ついにするりと星をおおってしまう。
   するりにおおわれた星は、するりするりとうごきだす。


         ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
        ▼ △
       ▼ △  【28】──┨ 世界を騙したぺてん師は
                 ┃  あまつさえ用なしの月に行ってしまった
      
         クレーターから道なりに伸びる影は地球上における引力の作用や
        大気圧の作用を帯びずともあの濡れたような黒に代わりはなかった。
        彼は聞こえないはずの後ろから彼を呼ぶ声に答えて、いった。
        「変わらないということはおかしなことだ、そう、昔と変わらない」
         眼下から月の浅黄色が遠ざかっていくのを見て、彼は涙していた。
        脳裏に浮かぶのは、いつだって過去だ。陽光に似せたスポットライ
        トの下を細やかな砂を踏みしめ歩く姿、甲虫そっくりの服を体に着
        込んで……
         大赤班までの所要時間を知らせるため、この船に乗るただひとり
        のために添乗員が通り過ぎていく。彼はその背に問いかけた。俺が
        もう一人のアームストロングだとしたら、君はどう思うだろう。だ
        が彼女は答えなかった――プログラミングされていなかったからだ。
        彼女は言った。あと、23時間です。
         彼は立ち上がり、トイレットルームの戸をあけた。数十分後、そ
        こからは巨大な炸裂音が響いた。しかし無人であったその船には何
        の連絡も行き届かず、大赤班の居住区民が真っ先に彼の身体を発見
        した。五十口径のマグナムで打ち抜かれた彼の延髄から上が、無機
        質極まりない便器の壁に華々しい効果をあげていた。彼の死体は身
        元を確認した後に遺族へ送り返される予定だったが、戸籍や人種な
        ど一切のデータが残っていなかったため、宇宙葬という形式をとっ
        た。これなら宗教上の問題が起きにくかった。
         マグナムは現在火星第一エウロパ公園のリチャードソン学芸館の
        特別展示としてスポットライトを浴びている。専門の学芸員は興奮
        しながら、これは奇跡というほかはない、どうしてこのような拳銃
        が残っているのかまるで分からないのだ、という。しかしリチャー
        ドソン学芸館は改修工事による赤字が嵩み、現在スポンサーを探し
        ているとのこと。そのためにこのマグナムは有効に使われるという
        話だが、噂によればすでに展示されているマグナムは偽物であり、
        真作はどこかの荘園成金が高値で譲りうけたのだという。だがそれ
        はあくまで仮説に過ぎず、いまや太陽系各地からマグナムの買取に
        関して問い合わせが殺到しているところから見るに、さほどの信憑
        性はないようだ。


   ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
  ▼ △
 ▼ △  【29】──┨ 荒野の呼び声

   僕は荒野を作るために出発した。長い旅路の、まだ途中だ。僕の
  予感は嘘をつかない。僕は全裸になって地面に寝そべった。
   まだ見ぬ荒野を大空に映す強烈な光が見える。
   そこに彼女が現れた。
  「郵便局はどこ?」
   彼女は僕の顔をまたいで言う。
  「パンツが見えてるよ」
   果てしなく広がる青空が彼女の恐ろしい顔を隈どっていた。
  「手紙はここよ」
   彼女は僕に手紙を投げてよこした。僕は地面に大の字になったま
  ま動かない。
   彼女は僕におしっこをひっかけて立ち去っていた。
   すぐに戻ってくるだろう。二、三日後に。
   彼女は僕に恋している。


         ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
        ▼ △
       ▼ △  【30】──┨ その声は聞こえない
      
         息苦しさを感じた。おずおずと周囲を見渡す。透明な壁で二分さ
        れた部屋。分厚いガラス壁の真ん中、金属の物体が埋めこまれてる。
         携帯電話。その周囲に、いくつもの電子機器。仏像の光背みたい
        に、携帯電話から放射状に伸びる配線でつながれてる。
         生まれつき悪い左足をひきずる。ガラス壁に歩み寄り、携帯電話
        に耳をあてる。
        (――明里?)
         周囲が少し暗くなった気がした。かすかな、雑音混じりの声。お
        姉ちゃん――?
        (ああ、明里ね。元気にしてた?)
         双子の姉。利発で聡明、スポーツ万能で誰もが憧れた人。生まれ
        つき欠陥だらけの身体を嘆く私を、姉はまっすぐにみつめてくれた。
        神様は、明里を守るために私達を双子にしたの。私が生きているの
        は明里、あなたをずっと守っていくためなのよ。
        (うん、お姉ちゃんは大丈夫?)
        (大丈夫よ。そうね、メディアが新聞だけってのがさみしいけれど)
         事件後の姉が拘束され、どこかへ連れ去られたのは三年前だった。
        数日後、全国の特殊能力者が政府の手によって拉致され、ひとつの
        寒村に隔離されつつあるという噂が流れた。
        (……それよりも)
         初めは母だった。剃刀で自分の顔を剥ぎながら、童謡を歌ってい
        た。母を縛りつけ病院へ向かったはずの父は、花屋の店先に車ごと
        突っ込んだ。救急隊員に押さえつけられるまで父はダリアの花びら
        をむさぼりつづけた。
        (おじさんの家は平気? つらくない?)
        (大丈夫……優しくしてもらってるよ)
         教室で一列になって、順番に窓から身を投げていく級友達。それ
        を横目に、微笑みながら私の顔を覗き込む姉。もういないの? あ
        なたを傷付けた子は、もう誰もいないの?
        (明里、私には打ち明けていいのよ)
         ザワザワと、声が聞こえた。姉の声の背後、いくつものざわめき
        が。
        (こわがらなくていいわ。こっちのみんななら、あなたに優しくし
        てくれる)
        (お姉ちゃん、私、わたし――ワタシ)
         目眩と吐き気を感じながら、ゆっくり倒れ込む。冷たいコンク
        リートが頬に心地よい。
         肩をつかまれた。白衣の男に揺さぶられる。心配そうな顔で、口
        がパクパクと動いている。
         ああ、そうか。妹は耳も聞こえなかったっけ。ワタシは男の背に
        指先で触れると、絶対服従の観念を注ぎ込み始めた。


   ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
  ▼ △
 ▼ △  【31】──┨ 罪過の薔薇

   薔薇は、花弁を小汚く枯らしてしなだれていたはずだが、その時
  アルフォンソの目に映じていた姿は、庭園で摘み取られた時より一
  際美しかった。
   疑問が浮かばなかった訳ではない。花の放つ香気に、夢中になっ
  ていただけだ。
  「アルフォンソ」
   蘇った真紅の一輪に、同じくらい艶めかしい色彩を持つ唇が触れ
  ていた。
  「僕たちを貶めた罪を、思い知らせてあげる」
   アルフォンソの視界の内で引き結ばれた唇が、彼に向かって綻ん
  だ。瞬間、アルフォンソの意識は奈落の底へと落ちた。周囲は暗闇
  と化した。何も見えなかった。自分の指先でさえ、そこにあること
  は分かるのに確かめられなかった。ここは地獄か。アルフォンソは
  自問した。自分は、タルタロスに落とされる大罪人のように、地底
  に向かって落ち続けているのか?
  「ここは地獄か、だって? とんでもない。僕たちがいたあの世界
  こそ、地獄だった」
   突然闇が消えた。反対に、それまで浴びたことのないほどの光が
  アルフォンソの眼を抉って視界から溢れた。アルフォンソは、思わ
  ず呻き声を上げた。痛みのせいではなかった。光を失うのが怖かっ
  たのだ。こじ開けたアルフォンソの眼窩をくぐりながら、光は急速
  に衰えていく。
   やめてくれ。アルフォンソは叫んだ。やめてくれ、こんなこと。
  エミリオ!
  「アルフォンソ。アルフォンソ!」
   両頬に氷のような冷たさを感じて、アルフォンソは瞼をかき開い
  た。美しい菫色の瞳を持った女が、彼を見つめていた。彼女の唇が
  近づいて、自分の唇に熱い息吹を吹きかける……それまで恐れてい
  た真の現実が、彼を完全に目覚めさせた。
  「エミリオ……私のかわいい義弟。あなたの誇らしい弟。薔薇の園
  の中で、どうして胸など刺したのかしら……?」
  「分からない」
   妻の呟きに応えながら、アルフォンソは心中で涙を流した。
   もちろん、私は分かっている。
   彼の罪が、そうさせた。
   ならば私も、等しく同罪だ。


         ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
        ▼ △
       ▼ △  【32】──┨ リヴァプール1790
      
         飢え果てた男が残された力を振り絞り、湾岸の急な煉瓦道を這う
        ようにして、先ほどから見えていた灯りの光源らしき一枚のドアに
        辿り付いた。彼は扉を叩いた。
         ドアが開いた。両手の指を僅かな間に差し込むと、優しげな夫人
        が彼を見ていた。
        「すみません」彼はドアを握る泥だらけの指先になお一層の力を入
        れた。「何か食べ物を」彼は何か差別化を図らねばならないと急に
        思い立ち、付け加えた。「あの、何でもします、どのような汚れ仕
        事でも」――だが彼の脳裏にはすでに諦めの機運があった。リヴァ
        プールではこの手の輩は珍しくない。一々扉を開けてみろ、それだ
        けで乞食の動物園が出来上がる。すでに扉が開いたことが奇跡に等
        しいと思われた。しかし奇跡は起こったのだった――入ってくださ
        い。
         神の恵みは万物のかたちをとってあらゆる者の前に姿を見せる。
        彼は目の前のパンとスープを平らげた後に、愛に震えながら言った。
        「それでは、何かお仕事を」
         彼女は彼に暖炉の横にあった階段を下らせた。そこには一枚の分
        厚い扉があった。
         彼は仕方なしに扉を開けた。すると、どうだろう、羽音のように
        何かが聞こえ――しだいに何ともその異様さが明らかになってきた。
        洞穴のような蒸し暑さの中、半裸の男たちが一斉にダンベルを上げ
        下げしているのだ。
         異様さに立ち止まっていると、暗がりの向こうから筋骨隆々の男
        が彼のほうにかけてきた。「君か、新入りは」
         上から聞いたぜ、とその男は言った。何か連絡方法があるらしい
        が、彼には検討がつかなかった。そもそも何故こんな場所があるの
        かという問いも、また。彼は訊いた。「ここは……何のために」
        「動力源さ」
         彼は手近のスコップを引き寄せ、地面を掘ったが、二回目のスト
        ロークで硬く錆びた鉄板にぶち当たった。どうやら扉らしい窪みに
        片腕を差し込んで開けた。幼虫のような丸みを帯びた雲が二切れ、
        一面の青を前景にして浮かんでいた。


   ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
  ▼ △
 ▼ △  【33】──┨ 紅、暮れる世界

   昔、この世界には赤っていう色があったんだって。いや、今もあ
  るにはあるらしいのだけど、僕らには知覚することができない。僕
  らの世代は赤がモノトーンに映って、そこだけ世界から隔絶された
  ように見えるんだ。
   祖父に赤はどんな色なのか聞いてみたことがある。美しい色、熱
  い色、滾る色、残酷な色。祖父の口から繰り出される数々の言葉に、
  僕は静かに耳を傾け続けた。
   空は真っ赤になる時があるらしい。黎明と黄昏といって、太陽が
  昇るときと沈むときにそうなるらしい。僕から見た黄昏の空は青空
  から徐々に色が消えていき、白に黒が交わる。やがてそこに夜が生
  まれる。赤く輝く世界なんて想像もできない。真っ赤になるのはほ
  んの一時で、その空を見ていると、無性に叫びたくなるらしい。空
  に向かって叫びたくなるなんて、僕には生まれてこの方一度もない
  経験だ。
   僕らの中に流れている血も、赤い色をしているらしい。転んで擦
  り剥いた傷口から零れていく、あの薄墨色の液体も本当は赤いのだ
  そうだ。自分が傷ついた時は、痛みからこれは現実の出来事なんだ
  と理解できる。だけど誰かが傷ついた時、はたしてそれが本当に現
  実の出来事なのかと迷ってしまう時がある。流れ落ちていく液体は、
  そこらの冷たい金属から漏れていく機械油と同様に思える。だから
  他人の痛みに僕らは鈍感だ。
   戦禍に喘ぐ街に纏わりつくあの業火も、紅い色をしているらしい。
  狂躁に似た悲鳴が其処彼処から溢れている。逃げ惑う人々に容赦な
  く絡みつく炎、その舌先に触れた者の断末魔の叫びですら、僕には
  大袈裟に思えてしまう。死が飛び交う街の惨状を目にしても、僕の
  心は何一つ揺さぶられることはない。もし紅を知ることができれば、
  憐憫の情を心中に描くことができるだろうか。そんなことを考えな
  がら、僕は黙々と世界を破壊し続ける。
   ある国同士が戦争を始めた頃、赤を知覚できない子供が生まれる
  ようになった。神の悪戯か。敵国の攻撃か。はたまた政府の陰謀か。
  その理由は定かではないが、戦争は終わることなく彼らが成人にな
  るまで続いた。そして彼らが出征するようになると、戦争は更に悲
  愴さを増し泥沼化していった。彼らは赤を知ることなく、今日も世
  界を蹂躙している。


         ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
        ▼ △
       ▼ △  【34】──┨ 白朱
      
         凍るように清浄な薄汚れた路地裏、僕はうずくまり、マイナスの
        空気にされされてすっかり冷たくなった身体を抱え込んだ。傍らに
        は、サンバーストのストラトキャスター。
         どうしてこうなってしまったのか。これが、曲がりくねった道
        <ロング アンド ワインディングロード>の行き着く先だったの
        か。
         あの夜、眩いライトの下、確かに世界は僕のもの<ワールド イ
        ズ マイン>だった。
         今でも思い出すことができる。弾丸<バレット>のような音、ア
        ジテートに反応するオーディエンス。何度も達しては、まだ足りな
        いと貪るように求める。
         音の洪水。うち震えるほどの質量感。
         速く! 重く! 激しく!
         いくらでも、いつまでも、そうしていられると思っていた。どこ
        までも、高く昇れる<フライ ハイ>と思っていた。
         けれど、僕は、墜ちた。
         切れるような先端を行き過ぎた<ウォーキン オン ザ エッジ>
        かもしれない。唐突に、細く美しいワイヤーは切れた。僕を助ける
        落下傘などなかった<ノー リップコード>。
         そして、薄く雪の積ったアスファルトの上、ひとり、凍えている。
         こわばる手で、ストラトのネックを掴む。指板が、冷たい。弦が
        切れるように痛い。コードを繋げても音は、鳴らない。今は、アン
        プがない。僕の音を、存在を、増幅させて、君に届けるアンプが。
         どうすれば、もう一度届かせることができるのか?
         凍るだけの涙はいらない。冷たいだけの言葉もいらない。響かせ
        るだけの鼓動<ビート>があればいい。
         ──あるじゃないか。今も、どくどくと脈打っている。
         いつか、左手はネックをしっかりと掴んでいる。僕は、立ち上が
        りそれを振り上げる。
         そして、どうにも抑えどころのない初期衝動は、ギターをアス
        ファルトに叩き付けさせていた。ネックは真っ二つに折れ、ストラ
        トのボディは砕け、ピックアップが、回路<サーキット>が散乱す
        る。
         星<ビッグバン>のように美しかった。


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  ▼ △
 ▼ △  【35】──┨ 落下さん

  【1】落下さんは落ちゆく人類から残り少ない財宝を毟り取る残務
  整理者である。むろん彼らも人類と共に落下する。

  【2】ラッカーという名称は落下+作家+サッカーから来ている。
  ラッカーは落下さんを追って人類と共に落ちる。落ちながら記録す
  る。そして人類から徐々に毟り取られてゆく遺産のリストを作成す
  る。

  【3】ラッカーという名称のスポーツが存在する。落下さんを追う
  ラッカーの不可能事を模したこの競技も、選手たちも、共にラッ
  カーと呼ばれた。ラッカーは絶えず落下しながら越えられない限界
  をすりぬける競技だ。今から三十年以上前、ある教授が、所属する
  大学の陸上部で実験的にチームを構成したのが始まりとされている。
  元祖ラッカーは非常に人見知りなので何一つ語らず、そのため誰も
  落下さんについて以上にラッカーのことは何も知らなかったのであ
  る。教授はラッカーの行為を再現することで不可能を可能にしよう
  と企んだのかもしれない。ただ陸上選手も水泳部員も越えられない
  記録の壁の存在を実感していたので実験に参加することに異議はな
  かった。
  (1)ラッカーは落ちる。まず落ちるのであって、その前段階に昇
  る準備は存在しない。
  (2)ラッカーは言語で迂回路を作る。肉体を運動に直結すること
  はない。迂回路こそが肉体の限界を超えた運動の速度を保証する。
  (3)ラッカーが蹴るのは迂回して球体となった限界だ。限界線が
  肉体に接地すれば〆たもの、自分自身を蹴って、壁の向こうへ運ぶ
  のだ。
  (4)限界を越えたラッカーは透明になる。観客だって限界のこち
  ら側にいたのでは何も見られない。

  【4】落下さんが落ちながら、いつも見ている透明ラッカーに映る
  風俗の変遷は落下さんの少々味気ない残務整理にささやかな彩りを
  添えて、落ち込みがちな気分を、わずかに活気づけているかもしれ
  ない。


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        ▼ △
       ▼ △  【36】──┨ 不徳の魚
      
         何も見えない。当然だ。水中、裸眼でものを見る機能など人間に
        は備わっていない。エラだって無い。したがって、あと数秒もすれ
        ば私の肺は、酸素をひたすらに求めあえぐ羽目になる。現した懇願
        の様相でさえ、手前10cm先に見えるぼやけた人影には、少しも届い
        ていないのだろう。光の屈折とやらにたやすく湾曲される視界とは、
        なんとも不便なものだ。
         事の経緯などない。ただ薬により身体の自由を奪われた後、喉仏
        を親指で強く押されるように首をつかまれ、たっぷりと溜まった湯
        船に頭を丸ごと浸けられたのだ。ひときわ私を驚かせた事実は、そ
        の人物が、長年上司として可愛がってきた会社の後輩であったこと
        だ。
         まるで腰巾着のように私について回っていた後輩が――なぜ。数
        週間前に2人で食事をしたときは、終始笑顔であったはずなのに。
         がぼ、と水音が振動となり浸された鼓膜を揺らす。いけない、私
        は必死で己を叱咤した。そうでもしなくては、意識がたわむ水間に
        溶け出しそうになってしまう。
        「愛しています」そう、可憐な声で後輩に言われた記憶を反芻する。
        私に妻子があると知りながら、長い髪の毛を揺らし紅で艶めく唇を
        尖らせ、愛らしく潤んだ瞳で見つめてきたのは――いつだっただろ
        うか。
         後輩として女として私は彼女を自分の傍らに置き続けた。愛し愛
        され、たがいに相手をおもいやる理想的な関係だと信じて疑わな
        かった。――それなのに、なぜ。
         ふいに、光がさした。はげしい水音とともに、酸素が肺に流れ込
        んでくる。私は激しくむせ返りながら、風呂場の床に身体をへばり
        つかせた。ひゅひゅ、と喉を鳴らしながら、目の前の女を見る。眼
        球がぴりぴりと痛みを訴えた。
        「奥様、第二子を妊娠されたのね」耳にしたことのない、艶やかな
        旋律だった。
         水浸しの私は、女が立ち上がる様を、普段より低い位置から眺め
        ることしか出来なかった。しぐさのひとつひとつがやけにゆっくり
        で、悪女にじらされる男のような錯覚に脳が震える。
        「現実の殺意なんてこんなものよ。些細な憎悪の積み重ねが、1つ
        の事実によって爆発するの。死にたくなければ、覚えておいてね」
         女は笑った。世界中の美女たちを並べてもかなわない、聖女のよ
        うな微笑だった。


   ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
  ▼ △
 ▼ △  【37】──┨ 叫び

  私は長い長い列に並んでいる
  列に並んでいるのはみな私だ
  私の前には過去の私達がいる
  先頭は生まれてすぐの嬰児だ
  嬰児の私に続くのは幼児の私
  すぐ前にいるのは昨日の私だ
  私の後には未来の私達がいる
  私の次に立つのは明日の私だ
  明日の私の次には明後日の私
  そして最後尾には首のない私
  私は首のない私を見て叫んだ
  私の叫びは列全体に共鳴する
  最期の私だけが沈黙している


         ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
        ▼ △
       ▼ △  【38】──┨ 機械式による自我と自己愛の形成
      
         Fはおさない少女のころ、部品の破損した機械だった。ある種の
        情緒障害だ。彼女は目の前になにを置かれても、感情を出さない。
        生活は普通に行動し、両親の言葉にも反応はしたが、なにをするに
        も無表情で、声は感度の悪いラジオのように小さく平坦だった。
         Fはあるとき施設にあずけられた。医師は彼女にコミュニケー
        ションツールを搭載したマシンをあたえた。大きなモニタには彼女
        とおなじ容姿の少女が映り、Fが食事をするとモニタの少女は美味
        しそうに料理を食べ、Fがベッドの中でぼんやりしていると、モニ
        タの少女はベッドの中で楽しげに読書をした。
         またモニタの少女はFに話しかけ、ときおり自分から答えを告げ
        た。『あなたの好きな食べ物は何?』とたずね、Fが無言でいると
        『わたしは玉子焼きが好き』というように。
         Fの空白な自我はふたごのように映る少女を見ることで補完され、
        徐々に同様の感情を見せ、好きな食べ物のことをきけば、彼女も
        「わたしは玉子焼きが好き」と答えた。
         Fが施設を出ると、マシンは自宅に置かれた。彼女が学校へ通い
        だしたころだ。『今日はどの服が着たい?』『やりたい係活動はな
        に?』Fはモニタの少女にたずね、少女はFにたずね、Fが無言の
        ときは答えを告げた。
         しばらくしてFの両親が不仲から離婚するという問題がおきた。
        どちらかが彼女を引き取るという話になり、その選択にはFの意志
        が重要だった。Fはモニタの少女に「両親のどちらが好きなのか」
        とたずねたが、少女は『あなたが本当に好きな人は誰?』と返し、
        それ以上は、なにも告げなかった。
         知識とは外部から入力された情報であり、高度な感情とは外部の
        動きにたいする反応である。またコミュニケーションとは、自分に
        必要な情報や動きが得られるように、知識を利用して外部の対応を
        変化させることだ。
         マシンの機能はFに情報をあたえるだけではなく、彼女の個性が
        成長するにしたがい、モニタの少女はFの動きを待つようになる。
        つまりプログラムが進行するほど、Fは人間的になり、モニタの少
        女は機械的になる。
         いくら待ち続けても無言のままでいる少女に、Fはとまどい、生
        まれてはじめて悩み、やがて彼女はぎこちない笑みを浮べ、自分に
        感情をあたえてくれた少女に答えを告げた。
        「わたしは、あなたが好き」


   ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
  ▼ △
 ▼ △  【39】──┨ 楠木と相棒

  「海月のように漂いたい――
   アシブミ族の楠木です。
   さっそく仕事へと思ったのですが、
   相棒がいませんね。困ったものです」

   アシブミ族の仕事というのは、人の想いを運ぶこと。伝えられな
  い、伝え切れなかった想いを彼らに託すのである。
   さて、少年のような姿をした楠木の頭に、2本の触角がある。楠
  木が想いを届けるために使う。
   キョロキョロと辺りに視線を向ける。溜め息をつき、ガラスに
  映った姿を見て、目を大きく開いた。
  「オンチだ」
   楠木の頭から肩へ移動し、ふんふんと鼻を鳴らす相棒が呟く。
   彼らは病院でひとりの女と会った。遠く離れた大切な人へ向けた
  【詩】を届けるために。その想いのこもった【詩】は、確かに上手
  とは言えないけれど、とてもあたたかく、優しいものだったと楠木
  は思った。

  「クスノキ」
  「どうしました?」
  「なぜナク?」
   楠木は立ち止まり、先程会った女のことを想った。そして、あの
  【詩】のことを考えた。
  「泣いてはいません。ただ……一方通行は悲しいと思えました」
   あの【詩】を歌った人はすでに他界している。
   ふと女の表情が脳裏をよぎる。ありがとうと微笑む彼女の肌は白
  かった。
  「家に戻って、漂いますか」
   触角が風で揺れ、楠木は心地よいものを感じた。一度、病院の方
  角に振り返ったが、楠木にも相棒にも言葉はいらなかった。

    星降る夜にする恋は
    こんぺいとうのような甘い夢
    キミとの時間 消えていった
    嘘と笑顔の中 消えていった
    溶けていく 甘く淡い夢


  「貴方の想い。どうか、見つけて下さい。
   その想い、お届けします」


         ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
        ▼ △
       ▼ △  【40】──┨ 生首
      
        昼食を食べるために階段を下りると、ダイニング・キッチンのテー
        ブルに生首が置いてある。電気を点けていない部屋は窓がなくて暗
        く、西向きのガラス戸がぽっかりと四角い穴を開けたように外の白
        さを際立たせていて、反射光が薄くひきのばされ壁に当たりテーブ
        ルに射す。生首はゆらゆらと立ちのぼるようにそこにあった。
        二十代後半か三十代はじめくらいの女性の生首で、済ました顔でつ
        まらなそうに「ずいぶん遅いね」と僕に話しかけてくる。「生活が
        不規則なものでね」と僕は答え、生首の切り落としたあたりがどう
        なっているのか少し気になったのだがしげしげと見るのは不作法の
        ような気がして努めてさりげなく欲望をやり過ごした。昼食にはイ
        ンスタント・ラーメンを煮て冷蔵庫に残っているひなびたキャベツ
        とハムと卵をほおりこみ軽く済ませようと思っていたのだが生首が
        いるのでハムエッグとサラダとトーストにしようと思う。「気を
        遣ってくれてるの?」と生首。「そりゃあね、そういうものだろう」
        と僕は思うが「そんなわけでもないよ。わりとパン食が好きでね」
        と答える。出来上がったサラダをテーブルに置く。陶器が合板の
        テーブル面に当たる軽い音。おっかなびっくり生首をかかえあげて
        (擽ったそうにクスクス笑いを漏らす)対面になるように僕も席に
        着く。フローリングの床を椅子が移動する重い音。箸で生首にサラ
        ダを食べさせてあげると「美味しい。お料理巧いのね」と生首は言
        う。口唇についたドレッシングを舌をのばして拭う。舌が動くのに
        連動して眼球が少し伏せた瞼の裏で蠢くのが見えて仕草がたいそう
        可愛らしい。「料理というほどのものじゃないけどね」と僕。突然
        雨が降ってくる。外はとても明るい。狐の嫁入りで、こういう雨は
        すぐにやむのだが、ふと、電気を点けようかと思う。「洗濯物は?」
        とぼんやりした表情で彼女が呟く。僕には記憶がない。どうだった
        かな、と思いながら思うよりも早く身体が動いて電気を点けると夢
        のように彼女は消えている。雷が鳴って、いきなりガラス戸が真っ
        黒になる。僕は自分が五千年前に刑場でその頃女性には許されてい
        なかった学問に手を染めた娘の首を切り落としたことがあったのを
        そのとき不意に思い出す。


   ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
  ▼ △
 ▼ △  【41】──┨ 無題

  襖を開けると倒れていた。倒れて、幾らかもがいたのかもしれない
  顔は少し歪んでいて、両目は薄く空いて虚空を見つめていた。私は
  かれの頭の後ろに手をあて、まだあたたかいことがわかったので妹
  に医者を呼びに行かせた。階段の下の佐々木医院は産婦人科である
  が、医者ではないとかれがいまどうであるのかを決められないのだ。
  私と妹は居間で昼飯のあとに笑っていいともを見ていたところで
  あった。襖の向こうは祖父が寝ている少し広めの座敷であり、その
  頃の祖父は具合を悪くして臥せぎみであった。襖の向こうで何か物
  音がしたような気がしたので、間があいたが開けてみたのであった。
  妹はどうしたのか把握できていない様子だが、医者を呼ばないとい
  けないと言い聞かせると飛び出していった。後の支度はぼくがやる
  から。
  先ず布団の上へと移動させる。さっきとは違ってもう身体は冷えて
  しまっていて、かれが死亡しているのは明らかにわかった。死後硬
  直が始まっているので手足を伸ばさせる必要がある。失禁の跡があ
  るが気にならなかった。持ち上げ、布団の上に置く。手足を伸ばす。
  冷えて固まったゴムのようかもしれない。程々にして布団の頭を北
  に向ける。私はかれの一番孫で可愛がっていたのだから私がやるの
  が良いのだと思っていた。まだその辺りにかれが漂っていたらと目
  を凝らしてみたが、医者が来るまでなにもわからなかった。


         ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
        ▼ △
       ▼ △  【42】──┨ 皆笑った
      
         増田が事故で娘を失ってからしばらく行方不明だったが、やがて
        戻ってきた。休職期間に海外で手術を受けてきたらしい。
        「元々はレーシック手術っていう、角膜を薄く削る手術を応用した
        ものなんだけど……」
         増田はそう言ってサングラスを外した。
        「何か見えるか?」
         瞳の表面を見たけれど何も見えない。そう言うと増田は嬉しそう
        に瞳を指差して言った。
        「実は、ここにいるんだよ。俺の娘」
         増田が受けた手術は角膜を薄く削り、その中に死んだ娘の画像を
        細かい範囲で照射して再び閉じるという類のものだった。もちろん、
        もっとややこしい手順を踏まえてはいるのだろうけれど、外国でも
        例を見ない手術のため公言することは禁じられているそうだ。
         手術代や滞在費とかかなりかかったんじゃないか、と訊くとこう
        返事が返ってきた。
        「逆だよ、逆。誰もこの手の手術はやりたがらない。だから相手も
        値を釣り下げてくる。娘の生命保険もあったし、今のところ食うに
        は困ってない」
         最初はそれほどはっきりとは見えないものだったそうだ。目で見
        たものを脳で認識するにはそれなりの「慣れ」が必要らしい。
        「見えるまでにどれぐらいかかった?」
        「三十六時間」
         それまでは淡い画像のぼやけとしてしか映らなかった彼の娘が、
        次第にはっきりとした形を採るようになってきたという。
        「違和感もなくなったし、いまここに娘が映っているのも当たり前
        のこととして受け容れられる。俺と娘はいつも一緒だ」
         面白いもので、目に掘り込んだ画像はもちろん静止画像だ。しか
        し、慣れてくるにつれてその彼の娘は活き活きと目の中で活動する
        ようになったという。
        「例えば帰り道。食堂に入ろうとすると娘が首を横に振る。だから
        別のレストランで夕飯を食う。すると実は、入るはずだった食堂で
        食中毒が起きていた、というようなことがあるんだ。娘はいつも俺
        を守ってくれるよ」
        「健気な娘さんだな」
        「まさに目に入れても痛くない娘だ」
        「誰がうまいこと言えと」
         俺はそう言って笑った。増田も笑った。一瞬だけ俺は増田の茶色
        い瞳の中に、ツインテールをひょこひょこさせて生前俺と一緒に遊
        んでくれた彼の娘の姿を見つけた気がした。
         その娘さんも笑っていた。


   ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
  ▼ △
 ▼ △  【43】──┨ 巣窟

   そら、遠くで悲鳴が聞こえる。きっとまた、誰かがこの村の奥に
  ある洞窟に入ったのだろう。入るなと言われたら、入ってみたくな
  る。その好奇心を誰が止められるだろう。
   あの洞窟には気味の悪い噂がある。牢屋から抜け出した殺人鬼が
  潜んでいるのだという。もし、その洞窟にうっかり足を踏み入れた
  ら最後、生きて帰ってくることはないのだ。実際、もう何人の若者
  が姿を消しただろうか。
   ただの噂だろうって思っているようだね。では、少しその洞窟の
  様子を見に行こう。丁度いい具合に誰かが洞窟へ向かっている。手
  には刀を持っているようだ。恐る恐る洞窟へと入っていった。洞窟
  の奥行はそれほどない。そう、もうすぐ奴と対面するはずだ。
   聞いただろう。身も凍るような悲鳴。きっと彼は戻ってこない。
  明日の朝には村中に噂が広まる。
   さて、もう一つこの洞窟にまつわる噂がある。実は殺人鬼なんて
  本当はいないのだという噂。その噂が本当だとすると、今入った若
  者は一体何と対峙したのだろうね。そして、今聞いた悲鳴。あれは
  本当に彼の悲鳴なのだろうか。もしかしたら、中にいる誰かのもの
  かもしれない。
   中にいるモノにとって、今入っていった彼はどのように映ったの
  だろうね。


         ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
        ▼ △
       ▼ △  【44】──┨ 第三の道
      
         ある朝、いつものように家を出る時だった。
         いきなり世界が暗転したかと思うと、目の前にすうっと白いY字
        路が現れた。
         そこには、次々と進む道を選択していく僕の姿と、何事もなかっ
        たように真っ直ぐ歩き続ける僕の姿が、それぞれの道の先にあった。
         ――都合のいい運命を選び続けることができる能力を、得ること
        ができるのか!
         軽い気持ちで僕は、「選ぶこと」を選んだ。
         ……この能力が、大して便利じゃないことをすぐに思い知った。
         直近の結果はその場で判明するけど、長期的な影響に関しては何
        もわからなかったのだ。
         例えば、テーブルの上のケーキを食べる/食べないという選択が
        ある。食べればもちろん美味しいし腹も膨れるが、それで将来のメ
        タボリック症候群のリスクが増大するかなんてことまではわからな
        い、といった具合だ。
         ただ、家を出る時に踏み出す足が、右足ではなくいつも通りの左
        足だということだけで、4tトラックに撥ねられると決まってしま
        うのには参った。ほんのわずかな違いが、そこまで大きな出来事に
        発展してしまうことに、運命の不条理さを感じてしまった。
         毎日毎日、大小様々な二択を迫られ、その都度影響の少ないと思
        われるほうを選び続ける生活は、想像以上に神経を擦り減らした。
         今はこれでいいかもしれないけど、明日もこちらが正しいとは限
        らないんだ……。
         そうは思っていても、目の前の最善手を捨てて博打を打つ気には
        なれず、選択がもたらす先々の結果に思い悩む日々が続いた。
         そんなある日、左に進めば暴漢に襲われて死亡し、右を選べば事
        故に巻き込まれて死亡する、という分岐に出くわして、その場に立
        ち尽くしてしまった。
         どれくらいの間、そうしていただろう。
         何気なく、そのまま《後ろ向き》に進んでみた。
         たちまち、世界がぐにゃりと歪んだかと思うと、選んできた、或
        いは選ばなかったいくつもの出来事が、ビデオテープの早巻きのよ
        うに目の前を逆向きに流れ去り……。
      
         あれから、二度と白いY字路は現れない。
         ただ、僕の生活の中で一つだけ、以前までと変わったことがある。
        家を出る時は、必ず右足から踏み出すようになったのだ。
         今の歴史においてそのことが何の意味も持たないとしても、それ
        くらいの選択の余地はあってもいいじゃないか、と思う。


   ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
  ▼ △
 ▼ △  【45】──┨ 青い火

  まだ眠っていなかった。寝床の中で瞼を閉じ自分の息の音を聞いて
  いた。少しでも動くとスプリングが軋む音がするはずだった。
  キィッという錆びた金属の音が響くのが恐ろしくて身動ぎもできな
  い。全身を凝らせているといつの間にか耳を澄ませるような具合に
  なって、静けさがざわめきに犇めきに移ろい、六畳の部屋を外気と
  隔てている三十年も前に嵌め込んだままの模様入りの窓ガラスの向
  う、庭の虫が羽を擦り合わせる音、草が揺れる音、家の前が原っぱ
  に風が渡る音、そこから少し上がった丘のアスファルトで舗装され
  た道路をときおり過ぎっていく自動車やバイクのエンジン音、静寂
  を増すようないろいろな音が、頭の裏側で色彩を纏ったように何か
  曖昧な形象を作り出していく。体の片側がベッドに触れているその
  感触すら消えて宙に放り出されたように感じる。ほんの少し体を動
  かしてベッドの感触を確かめ、外界の距離を見定めたいのだが、ス
  プリングが鳴ってしまうような気がして、どうしても身動きがとれ
  ない。耳を澄まし続け、それからどれほどだろうか、一分か、一時
  間か、あるいはほんの数秒なのか、時間の感覚が無くなって時が
  経ったとも思わぬうちに前触れもなくことんと眠りに落ちている。
  夢の中で部屋の空気は濡れて青く、波うつ飛沫が身体に降りそそぐ、
  皮膚が裂け血がいっせいに流れでて、床が赤く染まる。青い空気と
  白い身体と赤い血のトリコロールが視界を覆う。息が詰まり、私が
  目を醒ます、と私は思うのだがそこは夢から覚めたという別の夢の
  中で、いつのまにやら裸になっているベッドの上の白い身体を青い
  空気がガラスの破片になって降りそそぐという息苦しさが襲ってく
  るそういう夢を何度も何度もくぐり抜け、暗闇の中で瞼を開けると、
  蛍光塗料を塗った時計の針は午前三時を指している。ガラス戸の外
  が白いようになっていて、雨が降っているのだと知る。しかし雨音
  が聴こえない。私は慄ッとして、あえて乱暴にベッドから起きあ
  がった。恐れていたベッドが軋む音は頭の中で考えていたのとは違
  いとても小さく――わずかにキィと――どうということもなかった。
  気を鎮めるために何か飲物でもと思うと、物音に気づいた妻がすぐ
  隣りで半身を起こし、「どうしたんです、汗びっしょりになって」
  と言う。私は妻の存在をすっかり忘れていたのに気づき、不意に胃
  の腑が持ち上がるような不快に襲われた。


         ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
        ▼ △
       ▼ △  【46】──┨ 羽
      
         君がいつどこに居ようともそこは必ず瑞々しい森だ。圧倒的な、
        生命力そのものが勢いよく迫って来る森。鬱蒼と茂る木々は君の視
        界を遮り、君を守る。見付かってはいけない。見付けてはいけない。
        森には一人、弓を構えた天使が木々の狭間をふらり抜けている。
         逃げられまい。君は無力なのだ。いつか利き手と反対の腕に矢が
        突き立つだろう。そして遠くの梢から天使が微笑んでいる。こちら
        に近付くにつれ天使の姿は薄まり、透き通った体がいつしか消えて
        いる。しかし見えない天使は君の身体を突き抜けてゆく。石もて追
        われる女のように君は悔しい思いをしてしまう。射られるのは何も
        自分でなくても良かったんじゃないかとそう考えるからだ。だけれ
        ども君は自分の居る森がどの森なのか知らない。君だけを狙う天使
        の森なのか、誰彼構わず無作為に一人へ向け弓を引く天使の森なの
        か、一人ひとり順繰りに矢を射る天使の森なのか、ならば自分が射
        られたのが何番目なのか。そもそも君はこの森に自分以外の何人が
        いるかも知らない。それによってこの森の意味も変わって来るだろ
        う。
         憶えておいた方が良い。君がいつどこに居ようともそこが必ず
        瑞々しい森だからだ。鬱蒼と茂る木々に君は視界を遮られ、君は守
        られている。君は自由で、しかして無力なのだ。君が森の中で天使
        の以外の誰かに出会う確率はほぼ否定出来ると考えて良い。君に知
        れる事柄は決して多くない。
         空が幾ら狭く見えようと、君にその高さは何ら変わらないだろう。
        君は常に傷ついている。足許に白い羽が一つ落ちている事がある。


   ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
  ▼ △
 ▼ △  【47】──┨ 輪舞曲

   連綿とした荒野が続く。骸骨のようにやせ細った地獄の木々が、
  次々と視界を横切る。僕は愛車を走らせるが、目の前の蒼白い馬に
  追いつけない。焼け付くような焦燥と、それに勝る高揚感に耐えか
  ねて、僕はさらにアクセルを踏み込む。
   目の前の馬は僕に振り向くことはないが、僕をあざ笑っているの
  を感じる。何ものも見通さない白濁した目を吊り上げて、銀河を飲
  み込む大口を開けて、僕の世界を嘲笑し愚弄するのだ。
   蒼白い馬に追いついてはいけない。それは死だ。その背に、黄泉
  を従えた黙示録の騎士が跨っているのが見えないのか。
   誰かが僕に呼びかけるが、僕はもう人間界の言葉を超越していて、
  次の瞬間には馬の尻尾に手をかけていた。

   僕はベッドから起き上がり、洗面所で顔を洗って、朝食をとって
  歯を磨き、外に出て駅へ向かった。道中で、何匹かの大きな蜘蛛を
  踏み潰した。彼らの死骸は僕に付きまとっている死霊が食べてしま
  うので跡形も残らない。
   空が青い。青すぎてペンキで塗りたくったかのように不自然だ。
  太陽の代わりに丸い月が出ている。
   コンクリートのビル群は黄色い。直方体の各面に大きな目玉が1
  つずつ浮き上がっている。その視線が僕を捕らえ、目は細められる。
   人の姿は見えない。僕と死霊と青い空と月と畸形の町があるだけ
  だ。
   駅にも人はおらず、ただ何億もの時計が徘徊していた。サルバ
  ドール・ダリが視た時間という幻覚が、一斉に12時を指したので、
  僕はやってきた赤い電車の前に飛び降りた。

   僕は連綿とした荒野を駆ける。死んでなお哄笑する地獄の木々が
  視界を横切る。広がる空に流星群が降り注ぐ。漆黒の大鴉が三日月
  に止まっている。
   僕は疾走する。追いつかれてはならない。僕の背には死が乗って
  いる。僕は、追いかけてくる、蒼白い車に乗った男を笑う。男が、
  僕の尾に手をかけるのを感じる。


         ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
        ▼ △
       ▼ △  【48】──┨ 中古の新現実
      
        『君はすべてを忘れた。』


   ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
  ▼ △
 ▼ △  【49】──┨ 社会人以下でも良い

   子供のときの記憶はない。最初から大人として意識を持って産ま
  れ、教育された。肉体的に、精神的に。一番最初の記憶は『私たち
  は正しい人間になるために産まれたのだ』と。何度でも復唱。重な
  る声。隣をみると、たくさんの俺。俺はクローンとして大量に生産
  された一流の労働者だ。
   その後、それぞれに番号がつけられる。俺たちは望ましい形で産
  まれてこなければならない。しかしそれを判断するには時間が必要
  だから、試用期間が設けられる。
   でも俺は自分に欠損があることに気がついていた。ときどき手が
  動かなくなる症状があった。夕食のときスープのボウルの中にぼ
  しゃんとスプーンを落としてしまうことがたびたびあった。常に死
  の恐怖が身近にあった。部屋の隅には茸がびっしりとはえていた。
   終わりはそれから三ヵ月後だった。突然、監視員に呼ばれて会議
  室に入ると、背中越しに電気ショックを与えられ心臓を停止させら
  れた。あっという間の出来事だった。その後、俺は心臓に穴を開け
  られて捨てられた。
   というわけで、俺が産まれてから死ぬまでの工程だ。
   なんだ? じゃあ今、語っている俺は何者かって?
   俺は俺さ。元の俺は殺された。だが耳の穴から脳に茸を埋め込ん
  でいた。そこから俺は根を生やし脳に纏わりついて乗っ取った。元
  の俺は「俺そのものじゃなくてもいい。ただ死にさえしなければい
  い」と考えていた。今では体も記憶もすべて俺が握っている。でも、
  俺は茸かといわれると自信がない。茸だったときの記憶はないから
  だ。
   そんなわけで俺は一流の労働者から自由になった。そこで知った
  ことは社会は広いこと。望ましくない形で産まれてきた俺でも生き
  ていけるほどの社会があること。教育された以上に社会は深く、暗
  いこと。でも夜は最高だ。身体のいびつさを夜は隠し、街灯の周り
  を飛び回る羽虫は美しい。
   今日も心臓の穴に羽虫たちを入れて、跳ぶ、跳ぶ、跳ぶ。


         ▼ △━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆
        ▼ △
       ▼ △  【50】──┨ ひとりうたい
      
         みなさん、お待たせいたしました。吟遊詩人のマミコ。十四歳で
        す。
         モンテリアル教会の広場がこんなにもみなさんで埋め尽くされて
        いて、びっくりしています。昨夜、お話したように、今夜がわたし
        にとっての最後になります。たくさんのかたから、やめないでくれ、
        というメールやメッセージもいただきました。ゲーム世界に存続す
        る料金だったら、自分が負担するからという申し出もいただきまし
        たが、やはりわたしは体験版期限である本日の午前零時をもって、
        この世界を去りたいと思います。もどってくることはありません。
         ええと、今日がはじめてのかたもたくさんいらっしゃいますので、
        これまでのいきさつをお話したいと思います。何度も聞いているひ
        とには申しわけないのですが。
         わたしはこれまで、あまりゲームをやりませんでしたし、オンラ
        インゲームはこれがはじめてです。ちょうど一週間前にパソコン
        ショップで買い物をしたときに、レジでこのゲームの体験版CD−
        ROMが無料配布されていたので、試しに入ってみた次第です。
         操作からプレイマナーにいたるまで、右も左もわからなかった初
        心者にみなさん丁寧に教えてくださり、感謝しております。
         わたしはリアルでは中学生ですが、いまは自主的に学校をお休み
        しています。もう二箇月になります。しばらく、ひとりで、ひとの
        世とはなんだろう、社会とは、孤独とは、と自問をくり返しており
        ました。いろいろ本も読んだり、自分と同じことで悩んでいるひと
        はいないだろうかとネットで検索したりもしました。そうして、考
        えたことを詩にあらわしました。もともと詩を書くことは趣味でし
        たが、だれにも見せたことはありません。
         職業を吟遊詩人に選んだのもそうした理由からです。詩人なんだ
        から、詩を歌いながら歩くと、らしいのではないかな。そんな思い
        つきから、アルビオナの街角を歩いていたわたしに、やがてひとり
        ふたりと耳を傾けてくださるかたが、日を追うごとに増えてゆき、
        七日目の今日には、こんなに広い場所でこうして野外ライブをする
        運びとなりました。告知をなさってくれたかた、来てくださったみ
        なさん、深くお礼を申しあげます。
         それでは、まず一曲目から。いまのわたしは、ひとりではありま
        せんが、すべてはここからはじまったということで、まずはこの曲
        から歌いたいと思います。


 ……………………………………………  幻  ……………………………………………

 このコーナーに対するご意見・ご感想は編集部まで:info@kairou.com


◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【3】 後記
 ──────────────────────────────────────

 なかなか味わい深い作品がそろいました。
 みなさま、寸評のほう、よろしくお願いしますよ。私も書かなきゃ……!
 それでは、次回もお楽しみに。


*公式サイト
http://magazine.kairou.com/unjyou/
*編集部
info@kairou.com

 次回の配信は8月25日を予定しております。

   ……………………………………… 公 募 ………………………………………

 本誌『雲上』では、アイデアと感動に満ちた作品を募集しています。

 対象は「文章で表現されるすべての作品」です。
 著作権等の問題が無ければ、既に何らかの形で公開された作品でも構いません。
 編集部では作者との共同作業で作品をより良くするシステムを整えております。
 たくさんのご応募を、お待ちしております。

         まずは編集部までご連絡ください:info@kairou.com

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