文学

雲上マガジン

総合創作団体・雲上回廊が送るメール文芸マガジン。

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雲上マガジン vol_180

2008/08/15

 ……………………………………… も く じ …………………………………………

 【1】 前書
 【2】 集中連載小説「繭の糸」               最終回
 【3】 後記

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 【1】 前書
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> みなさん、こんにちは、遥彼方です。この紙面の制作が済んだら『スカイ・クロラ』
>を見に行く遥です。

 こんにちは、言村です。お久しぶり。いいなあ、すかくろ。

> でも、原作をノベルズで集めていたので、あのイラストのイメージがまだ抜けてませ
>んけどね!

 へえ。原作って、ええと、森博嗣でしたっけ。

> さて、今回はいよいよ「繭の糸」が完結、そして新企画「雲上の庭園」が始まります
>よ。

 いよいよ完結「繭の糸」! お楽しみに! そして庭園は、今日配信の次号にて!


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 【2】 集中連載 「繭の糸」          最終回
                 著/丹酌
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 ……閉じた世界にひびが入り、姉妹の時間にも終焉が訪れようとしている……。


 …………………………………………… 第四話 …………………………………………

 ―――それは、砂の吹く街の記憶。
 緩やかに降り積もる細かな粒子に飲まれ、埋もれてゆくその街の裏路地には、一人の少
女が住み着いていた。名をエネと云う。時折表の通りに出ては、富めぬ土地の者から盗み
を働く。その日も彼女は裏路地の、崩れた土壁の影に潜んで横になり、くすねた果実を頬
張りながら、淡く緑がかった乾いた空を見上げて眺めていた。熱い風が、心地良い。まる
で柔らかな繭に全身を包み込まれてゆくかのようなその感触は、深く深く、彼女を眠りの
世界に誘(いざな)っていった。彼女はそのまま暫く起きなかった。
 やがて目覚めたエネは、しかし裏路地にはいなかった。闇の中に、松明の光がぼうと宿
る。その赤黒い、巨大な目玉はエネの視界に酷く焼き付いてきて、彼女は思わず身を仰け
反らせた。手足はどういうわけか一つも動かず、エネはそのままばたりと倒れた。硬くて
冷たいその感触は、牢獄の床だった。槍の柄で打擲(ちょうちゃく)されると彼女は自分
がどのような状況なのかを理解した。
 砂の街の当主であるその女はクローディアと名乗った。盗みを働く娘がいると、街の者
から聞かされて、その娘であるエネを捕らえた、とのことらしい。クローディアは、殆ど
芯だけになった砂だらけの果実をエネの目前に持ってきた。そして斟酌(しんしゃく)の
ない蔑みの言葉を紡いで愚弄すると、無理やり彼女の口に、その果実を押し込んだ。エネ
は再び眠りの世界へ堕とされた。女の嗤う聲(こえ)がする。
 月明かり。それは石の床の一角に、薄い燐光を散りばめている。縦の線を幾つか走らせ
たその四角い枠の中に、丁度、エネの頭が沈んでいる。故に目覚めた彼女の見たものは、
巨大な二つの月と、柵だった。この砂漠の土地では双月信仰が根付いている、だからここ
で砂となれれば対の世に、我らも誘われるやも知れぬな……エネの脳裏に京の毒牙に倒れ
た頭取の顔が、ふと浮かぶ。涙を止めようとは思わなかった。
 醜く見開く赤い目玉が再び牢を、照らし出す。
 槍が、エネの躰に振り下ろされた。
 月が、消えた。
 エネは、それは松明の炎に一瞬瞳を奪われたからだと思った。しかし自分の胴が見えた
時、彼女は首を刎ねられたことを悟った。砂の街の主は血塗れた槍の三日月に、舌を這わ
せて舐めていた。エネはその光景から眼を離さなかった。離せなかった。
 何故(なにゆえ)未だに生きているのと主が問う。口を開いてみれば、エネの舌は思い
の外に快活に回った。
『躰を返せ、砂の主。我は盗みは働けど、人を殺めはしなかった。譬え咎めの刃で我が首
屠(ほふ)らんとすれど、それは手足何れの首で、事足りた筈』
『この期に及んでまだ生を望むか、この俗物が』
 胴から流れる泡に澱んだ血の川が、エネの首元を濡らしてゆく。
『……いいだろう。だが、その代わり――』
 クローディアはキラリと煌く砂粒を、エネの頭に振り掛けた。
 すると、乱雑に散った赤い川の全ての液が、一つに集いて渦を巻き、やがてそれは、泉
となった。
 その水面にふわりと浮かんだ双月が、燦々と輝き交差する―――

「エネ、は……それでも、躰を返せと、うぅ……繰り返す……でも」
 繭子は脆弱な記憶を手繰(たぐ)り、糸子の世界を諳(そら)んじる。何度も肩を震わ
せしゃくり上げ、時には嗚咽に言葉を詰まらせながらも糸子の世界を紡いでゆく。語りが
口語になっても糸子の世界にしがみ付こうと必死だった。
「エネは本当は、ずっと前から知っていたの……本物の躰はもう腐っていて、だから……
だから、ずっとクローディアの望むエネでいれば、いつか新しい躰を造ってくれるって、
きっといつか優しくしてくれるって、そう、信じることにしていたの……」
 澱んだ液に浸されくしゃくしゃになった本を、繭子は手に取り必死に捲る。抓んだ頁は
容易く破れ、指に引っ付き文字は溶けた。
「いやぁ……いつかクローディアに裏切られることも、私はほんとは知っていた、だから
……」
 椅子に後ろ向きに跨って蹲り、その背凭れ(せもたれ)に顔を伏せたままの糸子はずっ
とすすり泣いている。
「ねえ姉さま、だからだよね、そうだよね? 意地悪なのは、それが砂の主の試練だから
……」
 繭子はツインテールの髪を振り乱し、諭すような眼差しを姉に向け、そして、怨めしい
眼つきになって睨み付けた。面を上げた糸子は何かを云おうと口を広げ、しかしそのまま
閉口し、切れ長の眼を細めてじっと妹を睨み返す。それから目元を和らげて、
「ごめんね繭。クローディアなんて、どこにもいないわ。エネも、ね」
「どうしてそんなこと云うの……」
 カチャリ。カチャリ。繭子は首から繋がる鎖の先を、指に絡ませ弄り回す。
「砂の吹く街も、砂漠の巨鳥も双月も、みんな……全部、ただの私の嘘だから、ね?」
「どうしてっ!」
 そして鎖の根を持ち姉に向かって撓(しな)らせた。
 力み過ぎてうまく憎悪の伝わなかったその一撃は、しかし分相応の威力でもって、糸子
の肩を激しく叩いた。サテンの生地を煌かす、銀朱のドレスの肩紐が、裂かれてさらりと
枯れてゆく。糸子は悲鳴を噛み殺して低く呻き、殴打された肩を抑えて床に崩れた。
 姉はその無機質な鈍痛に、妹の悲しみと温もりを感じずには入られなかった。糸子はゆ
っくり瞼を鎖し、世界を閉じた。
 自ら閉ざした世界を、自ら壊した。
 繭子を、何度も何度も閉じ込めて、二人で広げ続けてきた世界をとうとう壊した。早く
なんて、きっと無い。
 これ以上、狭間の繭を孵らせ続けてしまったら、もう……。
 濡れた紙の感触が、糸子の掌をそっと滑(ぬめ)らせ暖める。
「もう一度、今日始めたところからやり直そ? 銀の鳥籠を勝手に開けて、砦の外に旧き
神々を逃がしてしまったエネを、クローディアが罰するところから……姉さまお願い、お
願いだから……ずっと、一緒だから……」
 裂けたドレスの肩紐を押さえながら、糸子は弱々しく上体を起こした。乱れた髪が、目
元と云わず、面を隠す。
「……繭、聞いて? 閉ざした世界を全て壊して、そろそろ“あの人”を自由にしてあげ
たいの。だから、ごめんね? 繭、分かってね?」
 そして糸子は沈黙した。カチャリカチャリと繭子の弄る鎖の震える音だけが、時折二人
の間でざわめいた。
 繭子の躰には、まるで広大な空間の中に置き去りにされてしまったかのような、不吉な
寒気が這い回っていた。閉じられた世界の中で広がってゆくはずなのに、広がるだけの世
界の中に、閉じ込められてゆく、それもたった一人で。そんな困惑と悲愴、そして恐怖と
虚無が、繭子の中で、渦を巻く。
「ねえ繭、覚えてる? あなたを孤児院から連れ出した時のこと」
「もう知らないもんっ!」
 糸子はゆるりと立ち上がり、ベッドに向かって枕の横に、手を伸ばす。
「……私ね、その時に“あの人”のこと、奪ったの」
 そして糸子はクローディアの笑みをした。
「あなたから」
 繭子の渦が、激しくもがいてのた打ち回った。青黒い光の粒々が、視界に溢れて世界を
穿(うが)つ。
 糸子は四肢を縛ったビスクドールを大切そうに手に取ると、その首を強く抓んで引っこ
抜いた。
 それを眼にした妹は、エネと共に、闇へと堕ちた。





 糸子は、その子の頭を腿に乗せ、その短い髪を撫でながら、髪留めピンを一つ一つ丁寧
に外してゆく。その子の顔とエプロンドレスは糸子に綺麗に拭われていて、もうそれほど
汚れてはいない。安らかな呼吸を繰り返し、ベッドの毛布に沈んだ躰を静かに上下させて
いる。糸子はその子の寝顔を慈しむような眼差しで、嫋やかに見守り続けていた。
「ごめんね……本当に、ごめんね。あなたの躰がもう、大人への成長を始めてしまったか
ら……」
 窓から差し込む眩しい光が二人の躰を照らし出す。その子はもじもじと身を捩って縮こ
まり、そして寝返りを打とうとしたが、頭部を糸子の腿に挟まれ叶わない。小さく呻いた
その子の寝顔を見ていると、まるで飼い主に悪戯をされている猫のように思えてきて、糸
子は可笑しそうにクスリと嗤った。
 外の雪は、まだ止まない。艶やかな黒髪の、長いウィッグは椅子の上。
 その子は元々小柄で華奢で、どこにでもいる少女とさして変わりなかった。もしかした
らこの子自身、繭子やエネのような少女であることを、本当はずっと昔から望んでいたの
かもしれない。糸子と出会うよりずっと昔から……。
 もしそうだとしたら……いや、もしそうだとしたら殊更、自分の世界に閉じ込め続ける
ことは不可能だった、と糸子は思う。彼女はゆっくりその子の頭を腿から降ろして立ち上
がり、窓辺へ赴きカーテンを閉めた。外はもう、見たくない。
 この子を孤児院に戻してきたら、私はもうこの世を去ろう。そうすれば――
 風に捲れたカーテンが、白い粉雪を音も無く、昏い部屋の中へと舞わせて誘(いざな)
う。
 その時カチャリと首で、音がした。
「今度は私の番だよクローディア。ボクに繭子を返してよ」

 …………………………………………… おわり ……………………………………………

 この作品に対するご意見・ご感想は編集部まで:info@kairou.com

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    /20:『雲上』に匿名掲載
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 【3】 後記
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 とてもご無沙汰いたしております、たまには乗っ取ってみる言村律広でございます。
 みなさま暑い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。

 暑さも忘るるやうな雲上に在る庭園、ご招待いたしませう。

 本日、あと数時間後に配信の「雲上の庭園」特別増刊号、お楽しみに。


*公式サイト
http://magazine.kairou.com/unjyou/
*編集部
info@kairou.com

 次回の配信は8月15日を予定しております。

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 対象は「文章で表現されるすべての作品」です。
 著作権等の問題が無ければ、既に何らかの形で公開された作品でも構いません。
 編集部では作者との共同作業で作品をより良くするシステムを整えております。
 たくさんのご応募を、お待ちしております。

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