文学

雲上マガジン

総合創作団体・雲上回廊が送るメール文芸マガジン。

全て表示する >

雲上マガジン vol_179

2008/08/05

……………………………………… も く じ …………………………………………

 【1】 前書
 【2】 赤井超短編集               第58回
 【3】 繭の糸                  第3回
 【4】 後記/新企画のおしらせ

 ……………………………………………………………………………………………………
◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【1】 前書
 ──────────────────────────────────────

 みなさん、こんばんは、遥彼方です。昨日観たのは「戦艦ポチョムキン」でした。語感
がちょっとかわいいですよね。ポチョムキン。でもそんなことはどうでもよくて、ラスト
の緊張感に満ちたたたみかけが印象的でしたよ。
 さて、今回は赤井都さんの「隣の隣り」、そして丹酌さんの『繭の糸』の第三回をお送
りします。

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【2】 連載超短編「赤井都超短編集」      第58回
                 著/赤井都
 ──────────────────────────────────────

 ………………………………………… 隣の隣り …………………………………………

 彼女の隣に私は座る。
 彼女の手を握る。彼女の心は握れない。
 彼女の服を脱がせる。彼女の心は見られない。
 彼女の胸を割り、心臓を取り出す。これは彼女の心ではない。
 私は心臓を食べる。血の匂いがとごった部屋で、ばらばらになった彼女の隣で眠る。私
の体に彼女の体が吸収される。
 白い骨の隣で、私は鏡をのぞきこむ。手を伸ばす。指先が冷たい固さにこつんと当たる。
 再び腕を伸ばす。こつん。
 鏡の奥に行けない私は、鏡の前でゆるやかに踊る。
 鏡に映るのは、私一人。その傍らに白い骨。
 踊る手つきで、私は私の胸を切り開く。あふれる赤い洪水の中に、小ぶりのトマトに似
た心臓が浮かび出る。ここにも彼女の心はない。立っていられなくなって、膝をつく。血
がはねて、鏡は何も映さなくなる。どこにもないそこ。そこにあるはずの心。
 どこにもない心は、初めからどこにもなかった。そう思ったとき、体が硬直した。傍ら
の骨が衣と化して上からかぶさってくる。私は赤と白の自動人形になって起き上がり、鏡
の裏側に回る。

 …………………………………………… つづく ……………………………………………

 この作品に対するご意見・ご感想は編集部まで:info@kairou.com
 次回は第182号(9月5日配信予定)に掲載予定です。お楽しみに!


________________________________________
[広告] 【作品募集中】雲上の庭園

      20字×50行以内のオリジナル掌編小説
                   テーマ  「新しい現実の誕生」
                 締め切り  8月10日

                     応募  メールフォームから
           メールアドレス  必須

                     著者  気に入った5作に寸評を執筆
             著者名と寸評  『雲上』(9月15日号)に掲載


                            みなさまの御来園をお待ちしております(雲上庭師一同)

             応募用メールフォーム: http://magazine.kairou.com/info/contact.html
              雲上の庭園について: http://magazine.kairou.com/info/20080726.html
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【3】 集中連載 「繭の糸」          第3回
                 著/丹酌
 ──────────────────────────────────────


 ——閉じた世界。
 張り詰めた静けさのなかで、姉妹の秘めやかな時間が流れてゆく。


 …………………………………………… 第三話 …………………………………………



 閉じられた世界の中に存在し続けるためには、いくつかの条件と試練を求められる。
 まずは嘘の自分を受け容れられること、同様に嘘の他人を優しく受け容れてあげられる
こと、さらに優しく受け容れられるだけの嘘の自分になりきれること、加えて嘘になりき
れる他人か否かを見定められること、そして、外の世界のことを一切口にしないでいられ
ること。それらを条件とする。
 それから試練が始まる。試練は、本物、言い換えれば少なくとも嘘ではない自己、他者、
そして外界のことを忘れたふりをし続けて、いつしかそれらが空言なのか、真情なのかを
問うことも意識することもなくなれば、その時点で終わる。
 何故なら既にその者は、その世界の存在と成り果てているのだから。つまり、閉じられ
た世界の中に存在し続けるためには、本物の嘘になることが求められるのだった。
 そんな存在でいることが、果たして幸せなことなのかどうかは分からない。
 それでも糸子は、それは少なくとも不幸なことではないと、信じていた。それもまた条
件付きでの信念ではあったが。
 その信念とは、
「閉じられた世界は、刹那であるから許される」
 糸子は悩ましげに溜息を吐くと、視界を緩く遮る前髪を手で掃い、スープの水面をぼん
やりと眺めた。皿の中に盛られても、スープは時折不気味な泡を、立てている。
 やがて水面に浮かんだ不気味な泡は、弾けて世界と交わった。
 糸子の部屋は、稀覯(きこう)な骨董品やオブジェの数々に溢れている。
 その雑多な光景は時代的な順序も秩序も無ければ文化的なそれも無く、随所に矛盾とキ
ッチュを孕んでいる。しかしそのカオス依りの空間は、一つの世界を剥き出しにしていた。
言うなれば、奇妙な広がりを持ちつつもどこにも存在し得ない嘯(うそぶ)く世界を。
「私の世界はどこにも繋がらない。どこにも繋げはしないの。閉じて、広げるだけだから。
閉じられた世界の中で、自由に広がり続けるの。少しずつ、刹那にね。狭間から出られな
いのなら、じわりじわりと狭間を広げていけば良い。そうでしょう?」
 閉じられた世界は狭いものでは決して無い。寧ろ、その領域は内包された存在によって、
無限に増殖し続ける。永遠に広がる閉じた世界は、何時しか閉じられていることを忘れ果
て、再び無数の繭を孕んでゆくのだから。
「姉さまが、そう、望むのなら……」
「っふふ。有難うエネ、優しい子ね」
 糸子の瞳が切ない色を、帯びてゆく。
「それなのに、どうしてお前は……」
 エプロンドレスに身を包んだ繭子はしばらく反抗的な眼つきを糸子に向けていたが、や
がて恥ずかしそうに俯いて、胸元の赤いリボンをキュッと握った。すると艶めく紺色の、
上質な生地のブラウスの奥で、胸の鼓動が高鳴った。糸子はスープを指で、掻き回す。ド
ロドロとした黄緑の中に、白い渦が巻かれてゆく。繭子の脈は、さらにドクリと蠢いた。
 全身の筋力が不思議と緩み、力の加減の何かが狂い、そして胴が、四肢が、まるで別々
のパーツのように見えてくる。分離してゆく。抜け落ちてゆく……。その得体の知れない
不気味な熱さと優越感は、いつも繭子にとって新鮮だった。
 繭子は既に、姉に巻かれてゆくその恐怖と願望に抗うことを捨てていた。それは密やか
な従順だった。
 だから繭子はエネであることを望んだ。エネでいられる瞬間を渇望した。そうすれば、
自分の全てが再び一つになれるから。
 壁の、幾何学模様に波打つタペストリーの中で、ツインテールに結われたエネの頭部が
ゆらりと揺らめく。フリルの豊富なカチューシャも霞んで揺蕩う。そして燭台の燈りが大
きく嫋やかに震えると、それらは形を崩してしまった。それは一瞬のことではあったが心
細くなった繭子は、真っ白な袖のカフスに視線を移した。
 糸子はさらに、炎に息を、吹きかける。
「エネの不安そうな眼差しを見据えたクローディアは、鎖を軽やかに、しかし全てを捻じ
伏せる力を籠めて、牽いた。すると……」
 カチャリ。
 不意を突かれた繭子は、そのまま前へと躰を崩した。四つ這いの体勢を長い時間強制さ
れていた繭子は、抵抗する力も気力も忘れていた。忘れたかった。それでも黄緑の水面が
迫ってくると、僅かに顔を背けていた。
 ワインレッドの絨毯の上に、芳ばしいスープの中身がビチャリと不快な音を立てて、散
った。
「エネは悄然(しょうぜん)と器の中から面を上げ、袖の袂で拭おうとするが……クロー
ディアは、その手を冷たく足で掃う……」
 糸子は口にした通りのことをした。すると繭子は全てを諦めたかのように、どろりと汚
れた側面をそのままに、その場にぺたりと座り込んだ。そして大きく仰け反り上を向く。
首に廻る黒い桎梏(しっこく)が、燭台の燈りを吸い取って、鈍い白さを潤ませる。スー
プに濡れたブラウスの生地が、その滑(ぬめ)りを吸って、暗くなる。エネの額に貼り付
いた髪を、糸子は指で、掬い取る。
 ツインテールの二つの束の、一つは多分に液を孕んで固まって、それを滴らせながら、
星に牽かれて重そうに垂れていた。
 クローディアはその髪の束に、そっと長い舌を這わせてゆく。そうしながら、彼女の世
界を宿した本を、エネを辱めた皿の中に、放り投げた———


 …………………………………………… つづく ……………………………………………

 この作品に対するご意見・ご感想は編集部まで:info@kairou.com
 次回は第180号(8月15日配信予定)に掲載予定です。お楽しみに!



◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【4】 編集後記
 ──────────────────────────────────────

 いかがでしたでしょうか。
 さて、次号から「雲上」では新企画がはじまります。題して「雲上の庭園」。
 現在、読者の方やゲスト作家さんから掌編を募集しています。
 
 本誌「雲上」の母体であるところのサークル「文芸スタジオ回廊」では、11月の文学フ
リマに向けて『幻視コレクション』を準備中。この企画はその制作と連動して行われるも
のです。
 応募していただいた作品の中から素敵なものを選んで、上記の本に収録します。
 
 今回のテーマは「新しい現実の誕生」。このテーマに沿った20字×50行の掌編を、編集
部までお送りください。
 作品はまず8月15日号と25日号に、作者名抜きで掲載されます。
 その後の9月15日号に、寸評を著者名・作品名を一緒に掲載いたします。

 応募用のメールフォームはhttp://magazine.kairou.com/kairou/submission.html#contribution

 締切は8月10日と、ちょっと早めになりますが、ぜひご参加くださいませ。

詳しくは
http://magazine.kairou.com/info/20080726.html
をご覧ください。

それではみなさま、また今度。

*公式サイト
http://magazine.kairou.com/unjyou/
*編集部
info@kairou.com

 次回の配信は8月15日を予定しております。

   ……………………………………… 公 募 ………………………………………

 本誌『雲上』では、アイデアと感動に満ちた作品を募集しています。
 
 対象は「文章で表現されるすべての作品」です。
 著作権等の問題が無ければ、既に何らかの形で公開された作品でも構いません。
 編集部では作者との共同作業で作品をより良くするシステムを整えております。
 たくさんのご応募を、お待ちしております。

         まずは編集部までご連絡ください:info@kairou.com

   ……………………………………… テーマ ………………………………………
  
  10/15...「結婚しました」
  10/25...「真夜中の仮想パレードへようこそ」
 11/5...「六年目の結末」
  11/15...「ただいまママー」
  11/25...「王手!」
  12/5...「海岸の白い貝殻」
  12/15...「がばちょ」
 1/25...「人形の陰謀」
 2/5...「隠れた名作」
  2/25...「ミ、ミズをくれぇ〜。」
 4/5...「方は、いやぁ、眠い。」

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2003-11-08  
最終発行日:  
発行周期:月3回  
Score!: 90 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。