文学

雲上マガジン

総合創作団体・雲上回廊が送るメール文芸マガジン。

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雲上マガジン vol_177

2008/07/15

 ……………………………………… も く じ …………………………………………

 【1】 前書
 【2】 赤井超短編集               第56回
 【3】 繭の糸                  第1回
 【4】 後記

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 【1】 前書
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 みなさん、こんにちは、遥彼方です。暑いですね。急に不健康な話で申し訳ないのです
が、今、空きっ腹にコーヒーを流し込んだせいで、なんだか胃が痛いです。
 さて、今回から久々の集中連載ということで、四号つづけて、丹酌さんの「繭の糸」を
お送りします。
 丹酌さんは以前「男爵」さんとして回廊のほうに寄稿してくださったこともある方です。
独特の筆致で描き出される、世界をお楽しみ下さい。
 

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【2】 連載超短編「赤井都超短編集」      第53回
                 著/赤井都
 ──────────────────────────────────────

 ………………………………………………今日………………………………………………


 線路のわきに、ひまわりが咲いている。かたんと遮断機が下り、小さな電車が入ってく
る。ひびわれたプラットフォームに、るりが降りる。駅貼りのポスターは何度も雨滴を浴
びては乾いたらしく、べこべこと波打っている。
 無人の改札を出てすぐ、るりは駅舎の壁に取り付けられた自動販売機にコインを入れる。
ルーレットが回り始める。適当にボタンを押すと、ごとんと重たげにハンマーが落ちてく
る。
 ―じょうろじゃないんだ。
 るりは少し残念に思う。今日はハンマーを持って、この駅舎を出る。
 ひまわりが咲いている。赤茶けた丘の下から、ざわついた影がいっせいに上ってくる。
影は、るりが駅に着いたことを知ったのだ。
 ―終電までに、戻ってこなければいけない。
 どうしてこんなルールになっているのか、わからないまま、るりは肩の上でハンマーを
回し始める。

 …………………………………………… つづく ……………………………………………

 この作品に対するご意見・ご感想は編集部まで:info@kairou.com
 次回は第178号(7月25日配信予定)に掲載予定です。お楽しみに!

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【3】 集中連載 「繭の糸」          第一回
                 著/丹酌
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 ――閉じた世界。
 張り詰めた静けさのなかで、姉妹の秘めやかな時間が流れてゆく。


 …………………………………………… 第一話 …………………………………………



「お願いもう眠らせて。痺れて、痛いの」
「このまま眠ってしまいなさい? っふふ……」
 繭子(まゆこ)のか細い呟きを遮った糸子(いとこ)は、薄く、しかし心底楽しそうに
せせら笑った。
 微風にそよぐカーテンの布地が、仄暗い雪明かりを帯びている。布地は時折ゆっくり捲
れ、その隙間から白い粉雪を音も無く、昏い部屋の中へと舞わせて誘(いざな)う。
 外の世界は厚い雲に蓋われ色褪せて、デジタル時計の時刻は繭子の部屋の一角で、電子
的な緑色に輝いていた。時刻は既に、夜明けの頃。
 二人は繭子のベッドの上。壁に凭(もた)れ、一人が他方に寄り添っている。
「全部、隠さないで私に話して? ね? もう、私は怒っていないから」
 さらり、さらりと髪の擦(かす)れる音が鳴る。それは、糸子の肩に弱々しく顔を埋
(うず)めた繭子が、まるで童(わらべ)が嫌々をするように頭を振った音だった。日本
人形のように艶やかな、腰まで届くその黒髪をそっと撫で、糸子は繭子の華奢な躰を抱き
しめる。柔らかいその肌は酷く冷え、薄っすら汗で濡れていた。だから糸子は心の中で、
白い吐息をふうと吐いた。すると薄地のネグリジェを通した繭子の熱い体温が、糸子の躰
に伝って滲んだ。
「暖かい……繭のぬくもり」
 再びさらり、さらりと髪の擦れる音がする。今度はぴんと張り詰めた、繊維のぎちぎち
鳴る音も。
 糸子の齢は二十三、繭子は十三。二人は十ほど離れた姉妹だった。血の繋がりは、無い。
あるとすれば、それは二人の過去の面影だろうか。糸子の両親は心中、繭子のそれは失踪
だった。だから糸子の瞼の裏にはがさごそとうるさい腐臭が焼きついていて、繭子のそれ
には光の小川がただただ流れるだけだった。
 枕の近くできらりと煌く輝きが、糸子の眼(まなこ)にふと映る。腕を伸ばして抓んで
みると、それは透明の小瓶だった。小瓶の首を捻ってみれば、涼やかな香りが彼女の鼻腔
をふわりと貫く。
「ふうん……へえ……ねえ繭、昔私に云ったわよね?」
 繭子はびくりと強張った。その震えはすぐに、糸子の躰に響いて届く。
「人のものを盗んだ者は、必ず誰かの前から消えてしまう、って」
「……めん、なさい……」
 姉は、妹の躰を滑らかな身振りでもって引き剥がし、その唇に優しく人差し指を、押し
付ける。そして自分の口を綻ばすと、わざと掠れた声で、こう云った。
「でも繭は私のもっと大切な、“あの人”のものにまで手を伸ばしていた……悪い子」
 躰を突き飛ばされた妹は、どさりと毛布の上に、転がった。
 その手足は縄に、きつく戒められている。
 遠くで鴉が鳴いている。


 二人は少々古びた木造の屋敷に住んでいる。庭では疎らに生えた枯れ草が、冷たい風に
吹かれて波立ちさらさらと、乾いた音を立てている。
 雪は静かに世界を蓋い、空は徐々に、白銀の光を忍ばせ始めていた。窓辺を流れる雪の
粒が、黒い瞳の中を、するりと泳ぐ。
 一人自分の部屋の中、戒めを解かれた繭子は足を折り曲げ両手で抱え、ぽつりとベッド
の上に佇んでいる。まるで、主に置き去りにされたドールのように。
 やがて繭子は目覚めたように身を起こし、ベッドの端に腰掛けた。小声で姉への悪態を
毒づいてみるも、急に悲しくなってきて、涙が溢れた。強く閉じた瞼の裏に、紫の光が渦
を巻く。
 繭子は両の手首を代わり代わりに撫でては解(ほぐ)すを繰り返し、時々両手を握り締
め、そして胸に押し当て俯いた。痛みは引かない。血脈のように、何度も疼く。
 しばらくすると立ち上がり、部屋を後にしリビングへ向かった。階段を降りるその足取
りはひどく竦(すく)んでいる。密やかに震える両手は手摺りの上。四肢の首には縄の痕。
それは赤く腫れた、輪の形。


 糸子と出会ったのは、一月ほど昔のことだった。
 身を置く教会付属の孤児院に、その女は何時しか姿を現すようになっていた。あたかも
遊弋(ゆうよく)するかのように、子らの集まる庭や部屋を幽と巡り、それからシスター
達のいなくなった礼拝堂にて跪き、そして夕刻になると、どこへともなく消えてゆく。名
前は糸子と云うらしい。
 いつも物陰に隠れ、糸子をじっと見詰め続けていた。彼女が歩いてどこかへ向かえばこ
っそりその後をついていった。しかし必ずどこかで見つかり微笑まれ、翻したその躰を優
しく掴まれ捕らえられてしまうのだった。
『こんにちは。お名前なんて云うのかな』
 糸子の腕を、暴れ回って振り解き、一目散に走って逃げる。陽の照り付ける日も雨の日
も、廊下は終わりの見えない静けさに満ちていた。
『どうして逃げてしまうの? 誰にも閉じ込められたくないから? それとも、どこにも
入っていきたくないから? あなたは今、どこにいるの?』
 そしていつも、糸子の言葉に心を穿(うが)たれ悴(かじか)んだ。
「冷たかった……よね、繭」
 テレビを付けることもなく、糸子はふかふかなソファに腰掛けている。

 …………………………………………… つづく ……………………………………………

 この作品に対するご意見・ご感想は編集部まで:info@kairou.com
 次回は第178号(7月25日配信予定)に掲載予定です。お楽しみに!



◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【4】 編集後記
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 いかがでしたでしょうか。雲上がなんだか、急に透明感を増したような感じで、個人的
にはうれしかったりします。
 次回は「繭の糸」の第2回をお届けします。

*公式サイト
http://magazine.kairou.com/unjyou/
*編集部
info@kairou.com

 次回の配信は5月25日を予定しております。

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 本誌『雲上』では、アイデアと感動に満ちた作品を募集しています。
 
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創刊日:2003-11-08  
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  • 遥彼方@雲上2008/07/27

    丁寧なご感想を、ありがとうございます。

    楽しんでいただけて何よりです。丹酌さんにもお伝えしておきますね:)

  • 名無しさん2008/07/20

    丹酌さんの作品が今までの雲上マガジンにない雰囲気で、面白かったです。

    変わった漢字を多用する作品は個人的にあまり好きでない場合が多いのですが、この作品は気持ちのいいテンポを保ったまま表現を正確に足していっている感じがして、詩の世界に溶けるように楽しませていただきました。

    次作も期待しています。