文学

雲上マガジン

総合創作団体・雲上回廊が送るメール文芸マガジン。

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雲上マガジン vol_171

2008/05/17

 ……………………………………… も く じ …………………………………………

 【1】 前書
 【2】 赤井超短編集               第52回
  【3】 水車は回り続ける             第3回
 【4】 後記

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 【1】 前書
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 みなさん、こんにちは、遥彼方です。
 最近は専攻の関係から映画を見る頻度が増えています。口頭発表のために「薬指の標本」
の映画を見て、久し振りに小川洋子による原作も読み返し、実はかなりえげつないお話だ
ったのだなあとびっくりすることしきりです。

 さて、今回は赤井都さんの「透明性交換事情」と、遠野浩十さんの「水車は回り続ける」
の第三話です。

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【3】 連載超短編「赤井都超短編集」      第51回
                 著/赤井都
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 ………………………………………… 透明性交換事情………………………………………

 夏祭りの夜、ゆいかは学校に行った。行くつもりはなかった。誰もいない教室が並んだ
廊下を歩きながら、本当は、今も自分のベッドで寝ているんだと思った。夢の中だけで、
こんなところへ来ているんだ。そう思うのに、はだしの足裏が昼間の熱をまだ保った床を
踏む、その感触がうっとうしいぐらいに生々しく一歩一歩まとわりついて、これが夢のは
ずない、と思う。
 ゆいかの左手に、赤い光が握られている。手の中で水のように揺れる光は、指の間から
漏れて舞い踊り、ゆいかに先へ進むよう促す。導かれるように階段を上って、渡り廊下を
通って、階段を下りた。
 その一画には、理科室、音楽室、美術室が並んでいる。
 ゆいかは思う。理科室の乾いたビーカーとフラスコには、試験薬ではなく闇が、縁いっ
ぱいまでたたえられているだろう。美術室の暗い窓辺では、石膏像が瞳のない顔を並べ、
声の出ない唇を半開きにしているだろう。ゆいかの左手は音楽室の扉に触れ、施錠されて
いるはずの引き戸は音もなく横に滑った。
 ゆいかの左手から、赤い光が音楽室の中へ放たれた。空を泳ぐ金魚だ。ひとつ、またひ
とつ。光は何匹もの魚に分かれて、影のない透明な長いひれを振った。夜祭ですくった金
魚は、音楽室で泳ぎたがって、出てきてしまった。
 グランドピアノに向かって、誰かが座っている。ことん、ことことん。鍵が指先で落と
されて、音の広がりを生む。その波紋に沿って、金魚がふうと流される。
 誰かが振り返った。鋭い歯をしていて、顔も体も真っ黒だった。それは片腕を闇に伸ば
して、一番大きな金魚をつかんだ。その金魚のひれは金色を帯びていた。ゆいかは、自分
が無造作につかまれたかのように、心臓がきゅっと縮むのを感じた。
 それはゆいかの目の前で、金魚を食べた。赤い薄いひれが口の端に消えるにつれて、ほ
かの金魚も消え、ゆいかも消え始める。
 ゆいかは自分の部屋で目覚めた。堅く握りしめていた左手を開くと、ことん、と音が漏
れ出た。また、ことことん。ゆいかは起き上がり、両腕を伸ばして、逃れてゆこうとする
音を追いかけ、両手の間にぱたんと挟んだ。手の中で、水のような触れ心地のものが揺れ
ている。手の縁に唇を寄せて、音を吸い込んだ。空気よりは少し重いかんじがする音が、
咽を滑り降りていった。そのとき、何かの気配が闇の端で消えた感覚がして、夜は逆に深
まったように暗さを増した。ゆいかがふう、と息をつくと、口から音がこぼれ出た。こと
ん。
 あの黒い生き物も、息をつくたび、金魚を泳ぎ出させているだろう。窓辺の金魚鉢は空
だ。その鉢に向かって唇の間から音をこぼし、音を水に溶かしながら、交換させられちゃ
った、とゆいかは思った。そして、まだこの夜は続くことを知っている。


 …………………………………………… つづく ……………………………………………

 この作品に対するご意見・ご感想は編集部まで:info@kairou.com
 次回は第173号(5月25日配信予定)に掲載予定です。お楽しみに!


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 【3】創作塾『波紋』冬合宿企画〜競作「波王戦」 第一位作品
            「水車はまわりつづける」       第4回
                                           著/遠野浩十
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 <渇望>をテーマに据えた競作「波王戦」にて第一位に選ばれた、遠野浩十さんの『水車
はまわりつづける』その第二話をお送りします。
 人生を掛けて追い求める、静かな情熱の物語です。
 
 第一話:
 前編 http://www.melma.com/backnumber_102964_4011627/
 後編 http://www.melma.com/backnumber_102964_4031290/
 第二話
    http://www.melma.com/backnumber_102964_4065359/
 

 …………………………………………… 第三話 …………………………………………

 長い間つづいた戦争が終わって数年経った。最近ではようやく外国への旅行も規制が軽
くなって、私はおじいちゃんが少年時代をすごした街にやってきていた。
 さすがに数十年前に動きを止めた街だけあって、その景観はまるで廃墟のようだ。電気
も水も通っていないということは、すなわち生活の影も光もどこにも存在しないことを意
味している。
「聞いていた以上にすごいところだけど……本当にこんなところにまだ人がいるのかな…
…?」
 おじいちゃんに渡された地図を頼りに歩いているが、この地図でわかることは街の中央
部にある水車の位置くらいだ。廃墟となって長い街並みは、おそらくおじいちゃんの記憶
とは大きく違っているはずだから。
 というか、巨大な水車自体は、この街に近づき始めたころから見えていたので、地図な
しでもきっとたどり着けたとは思う。
 当時は整備され歩きやすかったのだろう中央通りも、今ではごつごつとした石畳が歩き
にくいことこのうえない。
「うへえ。歩きやすい服装で来てよかったよ」
 この街のすべての動力源である水車が止まってしまったころは、この街はまだここまで
荒廃していなかったらしい。今のような姿になったのは、その後にここで行われた爆撃の
ためだった。
 そう、この街は爆撃されている。
 この街を治める国自身によって。
「そもそもが、この水車が止まったのだって戦争が原因みたいなもんなんだよね……」
 中央部へ近づくごとに、その大きさを増していく水車を見つめながら、私はつぶやく。
 その事実は、冒険家である私のおじいちゃんが突き止めて、世界に発表したことだった。
私は難しすぎてその話はよく理解していないけど、つまり地底大河を軍事利用しようとし
たこの国の軍が、何かのミスで地底大河自体を涸れさせてしまい、その証拠隠滅をするた
めにこの街を爆撃したらしい。当時は、その行為について『敵国のスパイの基地として利
用されている疑いのため』と発表していたらしい。おじいちゃんの大発見と大発表のあと、
爆撃の当時に政治をしていたお偉い人たちは、ほとんどが辞めさせられたとか。
 まあ、そういう話は本当にどうでもいいのだ。
 私は、おじいちゃんの頼まれごとのためだけにこの街にやってきているのだから。

 …………………………………………… つづく ……………………………………………

 この作品に対するご意見・ご感想は編集部まで:info@kairou.com
 次回は第174号(6月15日配信予定)に掲載予定です。お楽しみに!

 創作塾「波紋」mixiコミュニティ...http://mixi.jp/view_community.pl?id=1027483


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 【4】 編集後記
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 いかがでしたでしょうか。次回は「塑性言論」をお送りします。

*公式サイト
http://magazine.kairou.com/unjyou/
*編集部
info@kairou.com

 次回の配信は5月25日を予定しております。

   ……………………………………… 公 募 ………………………………………

 本誌『雲上』では、アイデアと感動に満ちた作品を募集しています。
 
 対象は「文章で表現されるすべての作品」です。
 著作権等の問題が無ければ、既に何らかの形で公開された作品でも構いません。
 編集部では作者との共同作業で作品をより良くするシステムを整えております。
 たくさんのご応募を、お待ちしております。

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 11/5...「六年目の結末」
  11/15...「ただいまママー」
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  12/5...「海岸の白い貝殻」
  12/15...「がばちょ」
 1/25...「人形の陰謀」
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   ……………………………………… 奥 付 ………………………………………

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