文学

雲上マガジン

総合創作団体・雲上回廊が送るメール文芸マガジン。

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雲上マガジン vol_129

2007/03/05

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    メールマガジン『雲上』 〜読者へつなぐ〜         第129号
         毎月、05日、15日、25日配信         2007/3/5
                     http://magazine.kairou.com/unjyou/

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 ……………………………………… も く じ …………………………………………

 【1】 前書
 【2】 連載小説「夢盗奴」                 第5回
 【3】 連載超短編「赤井都超短編集」      第18回
 【4】 集中連載「第一回文芸座談会」      第1回
 【5】 編集後記

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【1】 前書
 ──────────────────────────────────────

 前号を配信した数日後にニコニコ動画が一時閉鎖しました。タイミングが悪い。
                                     後略。

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【2】 連載小説「夢盗奴」                 第5回
                 著/宮本淳世
 ──────────────────────────────────────

 俗世の縁と怨が絡まりあうこの長編は、あなたの一部をいやおうなく書き換えてゆくで
しょう。五ヶ月に及ぶ長期連載第5回。

 ……………………………………………連載小説……………………………………………

 犯人の「6億」という言葉が鍵なのだ。100万で6億。犯人は土地が600坪だと思
っている。母親が死んで止む無く300坪を売ったのが28歳の時。つまり、犯人の情報
は篠田が28歳以前のままだ。つまりそれ以前に交友があり、その後途絶えた奴が犯人と
いうことになる。
 そして、それは洋子以外にありえなかった。家に招待し裏庭を散策した時、洋子が聞い
た。「随分広い土地ね。これって何坪あるの」篠田は止む無く答えた。小さな頃から自慢
していると思われるのが厭で、殆ど人に喋ったことなどない。その例外が洋子なのだ。
 その洋子を手繰り寄せるには、上野に会う必要がある。何故なら、同窓会の折り、城嶋
は上野と洋子の関係を怪しいと匂わせたではないか。城嶋はその方面の勘が鋭い。学生時
代、洋子を巡って一時険悪になったことがあったが、その時そう感じたのだ。

 上野はすぐにつかまった。六本木の店ではなく新宿のバーで待ち合わせた。上野は20
分ほど遅れてきたが、席に着くなり聞いた。
「でも、洋子が勝ちゃん誘拐に関係しているっていうのは本当なんですか。なんかの間違
いじゃありません」
「間違いない。洋子は表には出ていないが、絶対に関わっている。洋子が何処にいるか知
りたい」
「僕に彼女の居場所を聞くなんてお門違いですよ。僕が知っているなんてどうしてそう思
ったんですか」
 篠田はいきなり胸倉をつかんで唸った。
「勝の命がかかっている。貴様の嘘や言訳に付き合っている暇はない。お前が洋子に惚れ
ていたのは俺が一番よく知っている。自分の店に来た洋子をお前が見逃すはずはない」
上野の目はすぐに真っ赤に染まった。震える声で答えた。
「本当のことを言います。苦しいから手を離してください。先輩、お願いします」
 そして上野は話し始めた。確かに山口主催のパーティのあった頃、上野は洋子と付き合
っていた。熱をあげ、女房には内緒で赤羽にマンションを買い与えていたのだ。しかし、
次第に、上野は自分以外に男がいるのではないかと洋子を疑いはじめた。
 そして、ある時、思い切ってマンションを見張ったのだが、上野はそのエントランスか
ら出てくる男を見て自分の目を疑った。それが山口だったと言うのである。篠田が聞いた。
「山口はまだ演劇で食っているのか」
「いいえ、奴はあのパーティの直後、公演を開けず劇団を解散して、姿を消していました
から、本当にびっくりしました。まさか山口先輩が洋子と出来ていたなんて」
「それでどうした」
「洋子は諦めました。マンションの借金は残っていましたけど、それは引き受けることに
して、手を切ったんです。洋子は、それからも僕の友人やらに粉をかけて歩いたらしいけ
ど、誰も相手にしません。だってそうでしょう。当時、美人とはいえ、既に36を過ぎて
いましたから」
「まだ、そのマンションにいるのか」
「多分いると思います」
「よし、案内しろ」
 怖がる上野を無理やり赤羽まで引きずって行った。途中の商店街で警棒を買い込んだ。
上野が恐れる山口の粗暴さは演劇部の誰もが知っていた。そんな男が何故演劇なのか、皆、
首を傾げたものだ。そんな男に素手で立ち向かうわけにはゆかない。
 マンションの前までくると、上野はしゃがみ込んで抵抗した。ここで帰らせてくれとし
きりに懇願する。しかたなく開放することにした。
 マンションを見上げると、上野の示した部屋は電気が灯っている。もし、篠田の勘が正
しければ、勝はそこに居るはずだ。もしいなければ、山口の所ということだが、そのねぐ
らは、洋子が知っている。警棒で脅せばすぐにでも口を割るはずだ。
 エレベータで8階まで上がった。806号室のドアの前まで音も立てず近付いた。ドア
に耳を当てるが、テレビのニュース番組の声が微かに聞こえるだけだ。ノブを回しドアを
少し開けた。アナウンサーの声がはっきりと聞こえる。
 玄関には男物の革靴が置いてある。廊下の先は居間なのであろう、ドアの隙間から明か
り漏れている。後ろ手にドアを静かに閉めたつもりが、ガチャンと大きな音を立てしまっ
た。廊下の先のガラス戸が開いて男が顔を覗かせた。山口である。
「誰だ、そこにいるのは」
 見つかってしまったからには、覚悟するしかない。篠田は意外に冷静な自分に驚いた。
「先輩、お忘れですか、後輩の篠田です」
 居間の空気が大きく揺れ、山口の顔が歪んだ。
「上がらせてもらいます」
 後ろで女の囁くような声がする。すると山口が叫んだ。
「おい、勝手にあがるな。いま取り込んでいるんだ。用事があるなら外で聞こう」
 こう言うと、ガラス戸を開けて出てきた。玄関まで来ると仁王立ちで篠田を睨み付けた。
190近い大男だ。無理やり作った険しい顔。しかし、そこには疚しさと恐れが貼り付い
ている。篠田は笑みを浮かべてながら口を開いた。
「いいマンションじゃないですか。ちょっと中を見せてください。」
 上がり込もうとすると恐ろしい力で突き飛ばされ、ドアに頭をぶつけた。怒りが炸裂し
た。体勢を立て直し、右手に隠し持った警棒を振り上げ、山口の脳天に思いきり振り下ろ
した。
 山口は声もなく、その場に崩れるように倒れた。靴をはいたままずかずかと廊下を歩いて
ガラス戸に向う。
 居間の空気が激しく動いた。玄関での惨劇を察知したのだろう、洋子が蠢いているのが
手に取るように分かる。篠田は急いでドアを開け、中に踏み込んだ。洋子は背中を見せ、
サイドボードの抽斗を探っている。
 洋子が振りかえった。目は血走り、唇をわなわなと震わせている。その口から言葉が衝
いて出た。
「この嘘吐き。やっぱりあの女と結婚したんじゃない」
こ の言葉に、篠田は一瞬十二年まえにタイムスリップしたような感覚に襲われ、生真面
目にその言い訳を一瞬思い浮かべた。しかし、すぐに勝のことを思いだし、憎しみを顕に
睨みつけると、そこには醜く年を重ねた女が、更に憎しみを剥き出しにして見上げていた。
 艶やかだった肌はかさかさに乾いて、額に寄せた皺の深さを際立たせ、無理なダイエッ
トでもしたのだろうか、たるんだ皮膚が首に二重の線をえがいている。一瞬にして、篠田
は現実に引き戻された。生まれて初めての激情を吐き出した。
「勝はどこだ」
 自分でもびっくりするような怒声が衝いて出た。洋子はそれにもたじろがず、ふてぶて
しく笑った。さっと振り向きくと、その右手には拳銃が握られている。
「私達の一億円はどこなのよ。手ぶらで来るなんて、どこまで、あんたは私をコケにする
気なの」
 その顔には憎しみと卑しさがあるだけで、疚しさの欠片もない。
「やはり、貴様等だったんだ。勝はどうした。何処にいるんだ」
「死んだわよ。苦しがって死んだわよ」
 この冷酷な言葉が篠田の心を襲った。心が絶叫し、絶望が目の前から光りを奪った。気
がつくと床に頬をつけて倒れていた。視線は洋子の勝ち誇った顔を捉えた。涙が止めど無
く流れ、悲しみと絶望が生きる気力を失わせていた。
「何故なんだ。何故、あんないたいけない子供を殺す必要があったんだ」
 洋子の、あくまでも冷静な声が響く。
「殺してはいないわ。勝手に死んだのよ。薬があれば助かったかもしれない。でも、どこ
かになくしちゃったのよ、子供だから」
「勝は薬を持っていた。お前じゃないのか、勝を誘拐したとき、首のペンダントを引き千
切ったのは、お前じゃないのか」
 篠田は洋子の目をじっと見入った。しかし、洋子の目に邪な激情が走ったことには気付
かない。
「そのペンダントの中に薬が入っていた。発作が起こった時、それを飲ませれば勝は助か
った。それともあのペンダントに薬が入っていることを知っていたのか、知っていて引き
ちぎったのか? 」
 洋子は、憎しみに歪んだ顔を更に歪がませ、そしてその肩を大きく上下させている。洋
子の邪な激情が思索を重ねている。相手を最も効果的に傷つける言葉を探している。その
顔を見ているうちに、篠田の頭に恐ろしい考えが浮かんだ。もしかしたら、
「お前は知っていたんじゃないか。勝の病気のことも、薬のことも知っていたんじゃない
のか」
 沈黙があった。洋子はじっと篠田を見詰めている。一瞬その顔が奇妙に歪んだ。洋子が
ようやく相手をより深く傷つける言葉を探り当てたのだ。洋子の表情を読み取ろうとして
いる篠田には笑ったようにしか見えなかった。ゆっくりと薄い唇が開かれた。
「ええ、知っていたわ。だから薬を捨てたのよ」
 この瞬間、篠田は、すっと血の気が引くのを感じた。最悪のストーリーを思い描いたか
らだ。洋子は最初から知っていて、勝の命を守る薬を捨てた。自ら手を下し殺そうとは思
わないまでも、発作を起させ死を誘発させたのだ。それは篠田に対する復讐に他ならない。
絶望が憎悪へと変わってゆく。
 篠田はゆっくりと体を起こし、床に転がる警棒を拾い上げた。膝を立て、起きあがろう
とした。洋子が叫んだ。
「じっとしているの。そのまま座りなさい。どうしても一億いるの。だから今度はあなた
が人質よ。動かないで。撃てないと思ったら大間違いよ」
 洋子の言葉を無視して立ちあがり、一歩踏み出した。洋子は銃口を篠田の太ももに向け
た。同時にカチッという金属音が響いた。弾が入っていなかったか、或いは不発だ。
 篠田は、恐怖に歪む洋子を見下ろした。洋子は両手で拳銃を握り直し篠田の胸に向けて
引き金を引き続けた。カチッカチッという音が空しく響く。洋子の顔が恐怖で歪むのを、
篠田は眺めていた。
 やおら警棒を洋子の右腕に渾身の力を込めて振り下ろした。骨の砕ける音がした。洋子
は悲鳴を上げ、顔を歪ませた。なおも警棒を振り上げる篠田を見て、左手で後頭部を抱え
ながら床に這い付くばった。
 最初の一撃で、頭にかざした左手が潰れた。それでも頭を守ろうと血だらけの手を蠢か
せている。二発目で、その手も動かなくなった。三発目で、頭蓋骨が割れ、脳漿がこぼれ
た。四発、五発と数えて十五発目で警棒が飛んだ。血でぬるぬるしていたのだ。
「えへへへ」
照れたように笑いながら、警棒を拾うと、また殴りはじめた。

 …………………………………………… つづく ……………………………………………

 この作品に対するご意見・ご感想は編集部まで:info@kairou.com
 次回は第130号(3月15日配信予定)に掲載予定です。お楽しみに!

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【3】 連載超短編「赤井都超短編集」      第18回
                 著/赤井都
 ──────────────────────────────────────

 時に清新、時に残酷。超短編界屈指の言霊遣い、赤井都の作品を集成! 今回は二作品
を掲載します。

 ……………………………………… 「十を数える」 ………………………………………

 夢の中でつまづいた。膝を立てて起き上がったとき、辺りは荒野になっていた。血の匂
いがする。古く錆びた鉄の匂いがする。枯草と思ったものが折れた矢になり、切り株と思
ったものが屍の塊になる。足の下で折れる枝は、血を吸ってもろくなった刀だ。ここは古
戦場に違いない。
 不吉な直感に胸をふさがれて、野を駆け抜けた。黒い空に、なお黒い山脈がなだらかな
輪郭で野を囲んでいる。駆けて、その山すそにまで来た。
 大きな木の幹に、胸から抱きついて、頭を埋めた。夢の中のことだから、あれだけ駆け
て息も乱れていない。
でもどうかこのまま、目が覚めてほしい。
 しかし目は覚めず、木が話し掛けるのを聞いた。
「わたしを頼っていいのは、十を数える間だけ。そのかわり、振り向けば、あれらは止ま
る」
 あれらとは、何だろう。振り返ると、小さな人影が幾つも見えた。
 いや、人ではない。
 そう気づいたとたん、私は再び木に顔を埋めていた。背後から、かしゃんかしゃんと小
さな音が風に乗ってくる。あの者たちが、近づいてくる。
「早く十を数えて」
と木が教える。それはつまり、子供の遊びと同じことだった。しかし、これほど真剣にそ
の動作をしたことはなかった。
「だるまさんがころんだ」
 十文字の言葉を唱えて振り返ると、それらは止まる。
 それらの姿形の恐ろしさに、思わず顔を伏せてしまうと、それらはまた動きはじめる。
かしゃん、かしゃん、と壊れた武具を引きずりながら、近づいてくる。ない腕や脚のせい
で大きく傾き、破れた鎧を歩みのたびに互いに打ち合わせながら。
「だるまさんがころんだ」
 振り返ると、十を数えるぶん近くに、かつて武者だったものたちがいる。鎧と同じよう
に破れた肌、血と土に湿って重そうな直垂。並んだ苦悶の顔は正視に耐えない。ちぎれか
けた首から逆さに見つめられて、思わず木に抱きつくと、背後でそのものたちが再び動き
始め、近づいてくる気配がする。
「だるまさんがころんだ」
 まだ遠くにいるのに、はやばやと腕を伸ばしてくる。歯をむいている。命を喰おうとし
ているのだ。
「だるまさんがころんだ」
 木にいっときでも慰められているのがいいのか、それともあれらの進行を止めるほうが
いいのか。
「だるまさんがころんだ」
 私はこれ以上はなく早口で唱えていた。早く、目が覚めればいい。
 何度も止まりながらも、じりじりとそのものたちは私の背中を取り囲んだ。繰り返しの
中で、いつしか、あとほんの数歩の距離に近づいた。
 恐ろしくて、口が回らなくなった。
「だまさんあ……だる……だるまさんが、」
 その間に、その者たちがすぐ間近に迫った。襟首をつかまれそうな気配に、首をすくめ
た。
「ころんだっ」
 私の肩のほんの少し上で、静止した血みどろの手のひらが大きく開いている。至近から
亡者の群れを見上げて、私は歯をがちがちと鳴らした。逃げようにも今更、全く腰が立た
ない。
 また十を数えなくてはいけないのか。しかし、その次の十の間にきっと捕まえられる。
それよりもこんなに震えていたら、声が少しも出ない。
 そのとき、山並の上から朝日がこぼれた。
 みるみる辺りは白くなり、闇がほどけたように明るくなる。地を覆う靄が空にのぼり、
緑の色が見え始める。それと同時に、死びとたちはゆっくりと崩れ落ち、黄金の山になっ
た。
 私は黄金を拾ってポケットに詰め込み、家に帰った。
 家の扉を開けたとたん、目が覚めた。
「その黄金で、武者たちの菩提を弔いなさい」
 さめぎわに、木が掛けてきた最後の言葉を聞いた気がした。
 パジャマのポケットは土くれでいっぱいになっていた。

 ………………………………… 「トイレの外の悪魔犬」 …………………………………

 夜のトイレから出ると、外で待っているものがあった。舌をだらしなく伸ばし、汚れた
毛並みで、目だけが炭の中の火のように赤くいきいきと光っている悪魔犬。
 悪魔犬を見たことはなかったけれど、見たとたん、私にはそれが悪魔犬だとわかった。
 悪魔犬に気づかなかったふりをして、背を向けて手を洗った。
 けれど、手を洗っているうちに、背が硬くこわばり、膝から下もぶるぶると震え始めた
から、私が悪魔犬に気づいていることは明らかだった。
 手を洗い終えたとき、悪魔犬が熱い息を私のかかとに吹きかけた。
「ついてきな」
 私は振り返り、悪魔犬が私の足をまだ喰ってはいないことを確認した。
「ええと、どこへでしょうか」
 丁寧な言葉遣いになってしまい、さらにへりくだったほうがいいかと思って付け加えた。
「こんな真夜中に、いったいどちらへ、おでかけでしょう」
 悪魔犬は、ふーっと息をさらに吐いた。ものすごく臭くて熱い。口の辺りの皮がめくれ
あがって、歯が縁から剥き出しになったのは、怒っているのか笑っているのか、私には判
断がつかなかった。
「下の国に決まってるじゃないか。つべこべ言わずに、黙ってついてきな」
「はあ」
 いったい何をしに行くのか。悪魔犬につきあわされる用なんて、どっちみちろくでもな
い事だろう。下の国などへ行かなくてすむように、何とか逃れられないかと考えたが、犬
に先を越された。
「犬畜生だと思ってるな。おまえの考えなど筒抜けだ。何を考えても、俺にはわかってる
ぞ」
「え、ええと」
 犬のことを悪く思わないように、必死で自分の心の動きを制御しようとしたが、できな
かった。犬の口の端がさらにめくれ上がり、牙が見えた。
「下手なことをぐちぐち考えるな。そら、背中にまたがれ、って言うんだよ」
「ああ、はあ」
犬の毛を掴もうとして、手がまだ濡れたままなことに気づいた。
 濡れた手で犬に触ったら、犬が気を悪くするかもしれない。むろん私も、こんな汚い毛
で手を拭くはめにはなりたくない。いやそんなことを考えてはいけない。タオルを掴んだ
ら、焦っていたのかタオルが滑って、犬の頭の上に飛んでいった。目を隠されたとたん、
犬は、きゃん、と一声鳴いて飛び上がった。首をむちゃくちゃに振ってタオルを払い落と
して、ぜいぜいと荒い息をついた。
「厭だ厭だ、思ってもないことをしでかす人間なんて。おまえなんてこっちから願い下
げだ」
 犬は吼えて姿を消した。
 廊下の床には、炭より黒いしみが広がり、すぐに乾いた。

 …………………………………………… つづく ……………………………………………

 この作品に対するご意見・ご感想は編集部まで:info@kairou.com
 次回は第130号(3月15日配信予定)に掲載予定です。お楽しみに!

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【4】 集中連載「第一回文芸座談会」      第1回
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 去る二月三日に行われた第一回文芸座談会。「回廊」参加者不参加者入り乱れ創作につ
いて語り合った一部始終を三号連続で「雲上」独占公開!

 ………………………………………… 文芸座談会 …………………………………………

秋山真琴(秋 山):
言わずと知れた「回廊」編集長。小説に「断片化するカリグラフィ」(「回廊」第九号)
など。

言村律広(言 村):
「雲上」元編集長。小説に「トリニティ -運命の時の可能性-」(「回廊」第二号)など。

踝祐吾( 踝 ):
「回廊」コラム班長、製作班長。連載コラムに「積読にいたる病」、小説に「公園通りの
懐かない猫」(「回廊」第七号」)など。

夏目陽(夏 目):
「回廊」宣伝班長。コラムに「失われた楽園を求めて」(「回廊」第九号)、小説に「彼
女が愛するUFO」(「雲上」連載)など。

フルヤマメグミ(めぐん):
超短編に「DANCING FINGER」(「回廊」第七号」)など。

時磴茶菜々(茶菜々):
イラストに桂たたら「小国テスタ」(「回廊」第九号)など。

恵久地健一(恵久地):
「回廊」副編集長。小説に「エンジェル・ノイズ」(「回廊」第九号)など。

                   *

秋 山:「作品を良くするために行っている努力を教えてください」というわけで、言村
    さん、どうぞ。

言 村:作品を良くするために、しなければならないことは多岐にわたります。構想段階
    では、いかに自分が作品世界と登場人物を詳細にイメージできるか、執筆段階で
    は、いかに自分のイメージを表現し、伝えることができるか、そういうことに気
    をつけています。

秋 山:構想段階と執筆段階の二段階に分かれているのですね。構想段階についてもう少
    し詳しく教えてください。

言 村:見直し段階もあるけれどね。

秋 山:構想→執筆→見直しですか?

言 村:そうそう。構想→執筆→見直し。何を書こうかを決めるのが構想段階で、それを
    どういう物語にするか、そういうことを考えますよ。

秋 山:家を建てることに喩えると、設計→建築→確認、という感じですか?

言 村:確認っていうか、まあ、住んでみる感じかもね。

秋 山:作りたいものをイメージして、それをいかにアウトプットするか、そしてそれが
    正確になされているか。リッチーのその考えは、多くの示唆に富んでいるように
    思います。実際、自分が何を書きたいか考えずに書き始めると、途中で力尽きて
    しまうことが多いですし。そういう経験ってないですか?

 踝 :あるある。ありすぎて困る……(遠い目)。

言 村:あるなあ。そゆこと。

夏 目:去年の夏目がそうだったから。そのせいでボツった枚数が一年で4桁に。わ、忘
    れたい記憶だ。

秋 山:自己分析や業界研究、ゼミ論をやっていると、コンセプトを定めることがどれだ
    け重要か気づきます。けっこう、多くの人が同じような悩みを抱えているようで
    すね。このアイデアを採用すれば「構想段階」を設けることで、それが回避でき
    るようですが。では、具体的に「構想段階とは何ぞや」ということで、もう少し
    詳しくお願いします。

言 村:あっきーの言うようにコンセプトを定めるのは大事ですよね。

                   *

秋 山:じゃあ、次は、めぐんさん。「作品を良くするために行っている努力を教えてく
    ださい」

めぐん:うーんとですね。これは二次創作なども含めて語ってもよろしいでしょうか?

秋 山:ええ、どうぞ。イラストとか映像とかゲームとか、作品であれば全部可。

めぐん:まずは手当たり次第にインプット。小説やマンガだけではなく、テレビとか、
     (あんまり観ないけど)映画とか、新聞記事とか、ひたすら蓄積。

秋 山:それは創作の用途に関係なく、ですか?例えば山岳を舞台にした小説を書くとい
    う目的のために、山登りの映画を見たりとか。

めぐん:たとえば「野球を舞台にする小説を書く場合に水島新司マンガを読む」というよ
    りは、「読売新聞で見た記事をネタとして学園小説に生かす」という方が近いで
    す。

秋 山:なるほど、全然関係のないところからも引っ張ってくるのですね。

めぐん:時間のある学生時代は、ついうっかり辞書を熟読してしまったり。そんな風にネ
    タ庫をカオス状態にしていると、ある瞬間にピアス穴から神経が抜けるかのごと
    くネタが有機的結合を果たし、ひとつの話が完成するときもある(ひとつのシー
    ンしか完成しない場合もあります)のです。そんなケミストリーな瞬間のために、
    毎日2ちゃんねるを見たり(略)しているのです。

秋 山:そ、そんな高尚な理由で2ちゃんを見ているひとがいるとは……! めぐんさん
    のカオス状態のネタ庫が有機的結合を果たし、というところに共通点があるよう
    に思います。皆さんは、めぐんさんみたいなことやってますかー? 実は昨日、
    ポーンさんとメッセでお話したのですが、ポーンさんは作品を作るときに手持ち
    の牌やカードを組み合わせて役を作るように作品を作ると言っていました。

 踝 :実際にカードを組み合わせる、というのは確か大塚英志が触れていたような。ネ
    タ帳の代わりに、とにかくメモります。テキストファイルとか。

茶菜々:ネタはよく忘れるので、メモに書きとめます。たまにメモ置いた場所も忘れます。
    最近はケータイメールにネタを書き込んでます。auのメルモでPCに簡単に送れて
    便利。

言 村:いつもネタ帳を付け始めるけれど、途中で途切れてしまいます。あおぎりさんの
    ネタ帳を覗き見る機会があったんですが、あれはすごかった。思考が全部書き綴
    ってあったですよ。

茶菜々:思考全部をメモに……すごいですね!すばらしい。大掃除時にネタメモった紙見
    つけて、ちょっと新鮮な気分になりました。

めぐん:よくある小説講座みたいなものでは、大抵「ネタをカード化して、組み合わせて
    みれ」みないなこと言われてますよね。

恵久地:ネタは頭の中だけで、とくに書き止めたりはしていません。小説講座の案内状と
    かもらっても、行ったことないんですよね。

夏 目:存在自体がカオスなので夏目はメモとかしませんね。だからよくネタを忘れちゃ
    うんだよっ!

めぐん:皆さんご自分のやり方でネタとかメモをストックしているのですね。

 踝 :僕は誰の弁だったか忘れましたが、「忘れてしまうネタなんてそこまでのネタだ」
    と思うようにしてますので、忘れたネタはそのままにしてます。

                   *

(秋山いったん退席。踝が司会を引き継ぎ)

 踝 :次は夏目さんかな。

夏 目:ええっと、「作品を良くするために行っている努力を教えてください。」という
    ことですが、夏目自身、あんまりそういうことを意識した記憶がありません。た
    だ、なんとなくやっていることとしては、とにかく本を読むことだと思います。
    それはもう、一日10冊ぐらい読むような勢いで。本を読むと、頭はよくなりま
    せんし、人格がどんどん歪んでいくと思いますが、文章の書き方や面白い作品と
    面白くない作品を見分けることができるようになります。

 踝 :ほうほう、それは実作にどのように影響しますか?

夏 目:まあ、時間を置かなくても、自分の作品のどこが悪いかなんていうのがわかるよ
    うになりましたね。だから夏目は自分の書いた文章が30秒で嫌になって困りま
    す。読書については一ジャンルをずっと読み続けるのも大事だと思いますが、私
    は広く読むことをお勧めします。まあ、ミステリーなんかを濫読したことがある
    夏目なのですが、ミステリーばっかり読んでいると作品に深みが感じられないん
    ですね。

 踝 :それはいわゆる「人間が書けていない」とかそういうことですか?

夏 目:ミステリーで大事なトリックだとか論理だとかはまあまともにかけるのですが、
    なんというのでしょう、細かいところでたくさん躓いているような感じを受けま
    す。これを言葉にするのは難しいなあ。たとえばミステリーを書くのに、恋愛小
    説を読むのは意味があるのかと問われれば、夏目ははいと答えます。

 踝 :僕はそれほど読書頻度は多くないんで何ともいえないんですが、確かに本格ミス
    テリへの批評の一つとして「人間観察」が上げられることは少なくないですね。

夏 目:なんというか作品は一ジャンルの純粋培養では出来ないということです。何かし
    らのジャンルとジャンルが組み合わさって、作品が出来るというかそんな雰囲気
    を最近の作品から受けますね。ってまあ、まったく関係ないことになりましたが、
    あと大事というか、夏目がもう日常的に行っているのは、自分なりの世界に対す
    るアプローチを作ることかな。

 踝 :アプローチ?

夏 目:世界って言うのは有象無象の集まったカオスですから、それ自体を捉えることが
    難しいんです。だから、それを解体再構築するためには切り口が必要になります。
    それがアプローチ。夏目で言えば、幻想的なテーマのことなのかな。ですから、
    自分なりのアブノーマルを作ることは、自分なりの作品を書けることに繋がりま
    すし、それが一つあるととても作品が作りやすい。あと大事なことは言葉につい
    て懐疑的になることかな。

秋 山:夏目さんのそのアプローチに関しては、リッチーが言うところの執筆期間に重き
    を置いている、もしくはより正確なアウトプットを志すという感じがしますね。
    平易な表現をすれば、夏目さんが追求しているのは描写力・表現力、のようなも
    のでしょうか?

 踝 :なんか人間観察の代わりに読書をしている、それに基づいてアウトプットしてい
    る、という感じがしますね。

夏 目:難しいこと聞いてくるなあ。夏目が基本的に採用している手法は写実主義文学の
    手法ですね。見たものを見たままに書きたい。それじゃあ写真と同じじゃないか
    といわれるし、それなら映画でも出来るといわれそうだなあ。

秋 山:写実主義文学という言葉は初めて聞いたので、グーグル先生に尋ねてみましたが、
   フローベールですか。率直に言って、フローベールの作風と夏目さんの作風には、
   かなり隔たりがありますが、フローベールを模しているというわけではないのです
   ね。

 踝 :夏目さんは反証を想定して語ってるから、なんか説得力があるなぁ。

夏 目:なんで夏目がこの手法を使っているかというととにかく好きというか、シュルレ
    アリズムで空想を写実のように描写するっていうのに感動したからだと思う、確
    かダリかな。夏目が幻想をテーマにしながら写実主義の立場を取っているのはこ
    のためかな。

恵久地:超現実の手法ですね。

夏 目:確かに抽象も面白いですが、人間はそれだけでは少々理解が難しいような気がし
    ます。

 …………………………………………… つづく ……………………………………………

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 次回は第130号(3月15日配信予定)に掲載予定です。お楽しみに!


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 【4】 編集後記
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 前略。
 いかがでしたでしょうか。『雲上』では現在、作品募集を行っています。詳しくは下記
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*公式サイト
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*編集部
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 次回の配信は2月15日を予定しています、それでは。

   ……………………………………… 公 募 ………………………………………

 本誌『雲上』では、アイデアと感動に満ちた作品を募集しています。

 対象は「文章で表現されるすべての作品」です。
 著作権等の問題が無ければ、既に何らかの形で公開された作品でも構いません。
 編集部では作者との共同作業で作品をより良くするシステムを整えております。
 たくさんのご応募を、お待ちしております。

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   ……………………………………… 奥 付 ………………………………………

       発行日:2007年3月5日
       発行元:雲上回廊
       発行者:秋山真琴
       編集者:キセン
           遥彼方
           言村律広
           恵久地健一
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