文学

雲上マガジン

総合創作団体・雲上回廊が送るメール文芸マガジン。

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雲上マガジン vol_126

2007/02/05

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    メールマガジン『雲上』 〜読者へつなぐ〜         第126号
         毎月、05日、15日、25日配信         2007/2/5
                     http://unjyou.kairou.com/

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 ……………………………………… も く じ …………………………………………

 【1】 前書
 【2】 連載小説「夢盗奴」                 第3回
 【3】 連載超短編「赤井都超短編集」      第16回
 【4】 編集後記

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【1】 前書
 ──────────────────────────────────────

 定期が見つかりました。
                                     後略。

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【2】 連載小説「夢盗奴」                 第3回
                 著/宮本淳世
 ──────────────────────────────────────

 俗世の縁と怨が絡まりあうこの長編は、あなたの一部をいやおうなく書き換えてゆくで
しょう。五ヶ月に及ぶ長期連載第3回。

 ……………………………………………連載小説……………………………………………

                  (第二章)  

 病院に駆け付けると洋子の病室のドアには面会謝絶の張り紙があった。呆然と立ち尽く
していると、ドアが開き、白髪混じりの女性が洗物を持って出てきた。出会いがしら、二
人は互いに見詰め合った。女の顔がにわかに強張った。
「あなた、篠田翔さんじゃありません? 」
「は、はい」
「娘から貴方のことは聞いています。でもまさか、貴方が、あの子をこんなにまで追い詰
むなんて思いもしませんでした。今年のお盆休みには、貴方を連れて来るって、私に紹介
するって言っていたのに……」
 ここで言葉を切ると、ハンカチを取り出し、涙を拭ったが、直後に、その赤く濁った瞳
をまっすぐ篠田に向け、きっとなって言い放った。
「この責任はきちっと取ってもらいますから、そのつもりで。さあ、帰って、さっさと帰
ってください。貴方をあの子に会わすわけにはいかないわ。貴方の顔を見れば、あの子は
情にほだされ、貴方を許してしまう。それほど貴方を愛していた、だから自殺をはかった
のよ。いい、自殺よ、自殺。貴方のしたことは、婚約不履行よ」
「お母さん、それは違います。私は彼女を裏切ってなどいない。彼女の勘違いなんです。
分かって下さい」
「お母さんなんて、気安く呼ばないでもらいたいわ、けがわらしい。貴方は、自分のやっ
たことの責任を取るのよ、それしかあの子に対する贖罪の方法はないの、分かった。兎に
角、帰って、帰ってちょうだい」
 篠田を押しのけるようにして憤然と歩いて行く。そして廊下の角を曲がって消えた。振
りかえり、部屋のドアに視線を戻した。面会謝絶の文字は厳然と篠田を拒否するように、
そこに掲げられていた。

 とぼとぼと四谷の街をさ迷った。確かに、洋子に対する愛情は以前ほどではなくなって
いた。彼女との関係に何か漠然とした不安が常に付きまとっていたからだ。だからと言っ
て、別れ話を持ち出すほど冷え切っていたわけではない。
 篠田は女たらしではないが、経験は豊富だった。初体験は中学3年のことで、先輩の女
性に童貞を奪われた。大学で演劇をやっている頃など女からの誘いは引きも切らず、女に
苦労したことはない。
 そんな女遊びも洋子に出会ってからぴったりと止めた。洋子ほどの女はこの世にいない
と思ったからだ。精神的にも、肉体的にもである。その精神的な部分に不安を覚えたとは
いえ、愛し合う喜びは何物にも代えがたかったのである。
 しかし、何故、洋子が篠田の見合のことを知ったのか不思議だった。それは母親の友人
の紹介で、母親に言わせると、曖昧に返事をしているうちに、のっぴきならない状態にな
ってしまったらしい。母親に会うだけ会って欲しいと懇願されたのだ。
 その見合いは新宿のホテルで行われた。篠田は堅苦しい席を早々に立ち、見合い相手を
新宿御苑に連れ出した。そして正直に打ち明けた。婚約者がいること、母親が結婚に反対
していることも。相手は一瞬顔を曇らせたが、深い溜息とともに笑顔を返してきたのだ。
 ただそれだけのことだった。裏切ったわけではない。しかし、洋子は篠田の秘密を嗅ぎ
付け、そして絶望のあまり左手首を切った。もしかしたら、新宿を歩いていた二人の姿を
偶然見かけ、その日の晩、篠田に電話を掛けてきたのかもしれない。あの涙声が蘇る。
「私、知ってるの。貴方がお見合いをしたことを。私に黙って。まるで、だまし討ちじゃ
ない。幾らなんでも酷過ぎる。貴方を後悔させてやるわ。このまま死んでゆくの。貴方の
声を聞きながら、死んでゆくの」
 ふと気が付くと信濃町駅前に出ていた。病院から、どこをどう歩いてきたのか覚えてい
ない。深い後悔の念に胸が締め付けられた。見合いの事情を打ち明けておくべきだったの
かもしれない。もう、終わりだと思うと胸が疼く。切ない思いが心に風穴を開けた。
 
 洋子に対する未練も、洋子の母親が要求してきた法外な慰謝料の額を見るに及び、ため
息とともに徐々にではあるが薄れていった。途方もない金額だった。通常の十数倍、30
00万円が請求されていたのだ。思わず、「性悪女」という言葉が甦った。
 最終的には示談が成立し、1000万円が支払らわれた。母親は小切手を見せ、篠田に
こう言ったものだ。
「高い授業料だったわね。でも、これであの娘と手が切れるのなら払う価値はあるわ。あ
の娘は貴方に相応しくなかったから。最初から分かっていたの。計算高いのよ、親子揃っ
て」
「母さん、そんな言い方はよせよ。彼女は自殺するほど思いつめていたんだ。ましてその
責任はこっちにあったんだから。」
「翔ちゃん。私、彼女が担ぎ込まれた病院に行って確かめて来たの。彼女の傷はたいした
ことはなかったって、先生がにやにやしながらそう仰っていたわ」
「だって、面会謝絶の張り紙があったじゃないか」
「あのお母さんが貼ったんじゃないかしら。そんな気がする」
「それじゃあ、お母さんは、あれが狂言だとでも言うの、そんなことあり得ないよ。確か
に迷い傷程度であったとしても、彼女が死のとした事実にかわりはないのだから」
 
 篠田が結婚したのはそれから2年ほどしてからだ。相手は例の見合い相手だった。二人
はまるで運命の糸に操られるように再会したのだ。縁は異なもの味なもの、というが、二
人の再会劇はまさにこの言葉通りである。
 その日、篠田は下請けの部品製造会社を訪ねた。応接に通され座っていると、一人の事
務員がお茶を運んできたのだが、その顔に見覚えがあった。一瞬、二人は見詰めあった。
その女性が「あらっ」と両目を丸くし、お盆を胸に押し抱いた。篠田もあの見合い相手だ
と思い当たり、声を詰まらつつ、言葉を発した。
「た、確か、山下るり子さん……でしたよね」
「ええ、でも、まさか、こんな風にまたお会いするんて、不思議な縁ですね」
「全くです。僕も驚きました。それで、あの、その後……」
るり子がにこりとして言った。
「あれ以来、すっかり男性不信に陥って独身を通してます。一年半も」
ぷっと吹き出し、篠田を見上げた笑顔が可愛いらしかった。篠田も釣られて笑った。
 二人の会話はノックの音に遮られ、るり子はそそくさと出ていったが、ドアを閉める時、
篠田にちらりと笑みを見せた。
 商談が済んで、総務のカウンター越しにるり子を探したが見当たらない。見送ろうとす
る担当者と歩きながら後ろ髪引かれる思いでエレベーターに乗り込んだのだ。しかし、こ
のまま会社に戻る気にはならなかった。篠田は決意を固めた。
 1階に着く早速受付嬢に総務の山下るり子との面会を申し入れた。受付嬢の声が響く。
「お客様が下にお見えですが、11階にお通しして宜しいですか。えっ、ロビーでお待ち
頂くのですね、はい、はい、分かりました」
 受付嬢は受話器を置いた。
「山下はロビーに下りてくるそうです。そちらでお掛けになってお待ち下さい」
しばらくして5基あるエレベータのうち一基が11階で止った。そしてゆっくりと降りて
くる。彼女が乗っているに違いない。もし、一度も止らなければ、自分たちは結ばれる。
そう思った。そして、エレベーターは一気にロビーまで降りてきた。ドアが開かれ、微笑
むるり子がそこにいた。
 こうして二人は交際するようになり、半年後には結婚した。そして一年後には勝が生ま
れ、二年後には孫に見送られ母が逝った。小さなマンションから親子三人には広すぎる家
に引っ越してきたのはそれから間もなくのことだ。
 幸せに暮らしていた。広い敷地に瀟洒な家、美人妻に可愛い子供。休日には日がな一日
芝生で勝と戯れ、疲れると木陰で昼寝をした。二人目が出来ないのが唯一の不満といえば
不満だったが、それは勝が物心ついてからでも遅くはないと思っていた。
 そんな幸せな日々が壊れてゆくなど思いもしなかった。子供の成長を見守り、家庭から
巣立つのを助け、そして夫婦して老いてゆく。そんな人生を送るものと漠然と考えていた。
ゆっくりと時間は流れ、勝は5歳になろうとしていた。

 その頃、大学時代の演劇部の同窓会通知が舞い込んだのだ。主催者は一年先輩の山口だ
った。彼は唯一人初心を貫徹し、演劇で飯を食っている男だ。篠田のように最初から日和
って一般企業に勤めた人間を心のどこかで軽蔑しているようなところがある。
 篠田は行く気はなかった。どうせ山口の独壇場になることは分かっていた。何年か前、
偶然、山口と新宿ですれ違ったことがあった。るり子と見合いし、新宿御苑へ向かう途中
だった。山口は、るり子にねっとりとした視線を送って、「ちょっと紹介しろよ」と下卑
た口調で言ったものだ。
 篠田は適当にあしらって、その場をやりすごしたが、そんな短い時間でさえ、大学の先
輩である有名な演劇評論家の名前を出し、対等に酒を飲み演劇論を戦わせているなどと自
慢するような男なのだ。
 しかし、いつの間にか懐かしさが心を満たしていた。そして一言呟いた。
「洋子はどうしているのだろう」
あの自殺騒ぎや慰謝料問題の修羅場が遠い日の出来事となり、時間と言うフィルターを通
して懐かしさだけが抽出されていたのだ。自分のために命を投げ出そうとしたけな気な女
のイメージだけが膨らんでゆく。思わず欠席の文字を消していた。

 会場は中野サンプラザの小ホールで、50人ほどの先輩後輩達がグラス片手に談笑して
いる。懐かしい顔を見出し近付こうとした矢先、山口が目ざとく篠田を見つけ、人を掻き
分け寄ってきた。
「おい、久しぶりだな、新宿でばったり会って以来だろう。あの時は、確か子供が生まれ
るとか何とか言っていたと思ったが」
 どうやら誰かと勘違いしているようだ。るり子を紹介しろとしつこく迫ったことなど、
すっかり忘れているようだ。苦笑いしながら答えた。
「お久しぶりです。先輩、それ、誰かと間違えていません? 確か先輩と会ったのは女房
と結婚する前ですから、子供なんて生まれてなんかいません。まあ、それはそうと、お元
気そうじゃないですか。相変わらず派手にやってるんですか?」
「ああ、相変わらずだ。そうそう君にも紹介しておこう」
 こう言うと、山口は篠田に覆い被さるように肩を組み中央へ進んでゆく。そこには白髪
の老人が数人の紳士達に囲まれ談笑している。山口はそこに強引に割って入った。その強
引さは、ゆとりを失った人間の焦りに触発されているように思えた。
 恰幅のよい白髪の老紳士が迷惑げに顔を歪めた。山口はかまわず口を開く。
「飯田先生、紹介いたします。こちらは東都大学演劇部55年卒の篠田翔君です。飯田先
生と同じように彼の御母堂は我が演劇部に多大な貢献をなさった方です。篠田君、この方
は我々の大先輩で演劇評論家の飯田久先生だ」
 篠田が挨拶すると、飯田先生はにこりと微笑んで挨拶を返した。そして先ほどからの相
手と話の続きに入っていった。篠田はその場を離れたが、山口はその輪の中に入ろうと必
死で耳を傾けている。その額に玉の汗を浮かべている。
 その時、篠田の背後から、男が耳打ちした。
「奴も必死だ。奴が立ち上げた劇団が潰れかけてる。もう、お前は寄付の話しを持ちかけ
られたのか」
 驚いて振り返ると忘れられない顔がそこにあった。暗い秘密を共有する友人、城嶋がそ
こに佇んでいた。篠田は厭な記憶を片隅に追いやり、質問に答えた。
「いや、まだだ。だけど、俺にはそんな余裕などない。親父の遺産はお袋があらかた食い
つぶした。狛江の土地も相続税が払えず物納だ。残ったのは300坪の土地と家だけだ。
とはいえ、そんな家の事情を話すのも癪だな」
 思わず家の台所事情を打ち明けてしまったのは、篠田の城嶋に対する弱みがそうさせて
いた。しかし、考えてみれば、責任は半々なのだから自分だけ卑屈になる必要はない。篠
田は城嶋の視線を真正面で受け止めるべく、その良く動く口元を見詰めた。
「そんなことないよ。ない袖は振れんと言うべきだ。俺なんて50万小切手切らされた。
山口先輩には昔から泣かされっぱなしだ。でも、怒ると怖いからな」
 顔を近づけるだけ近づけ話しかけてくるが、城嶋の視線も揺れ動き焦点を結んではいな
い。城嶋も意識しているらしい。篠田は逆にゆとりを取り戻した。
「ああ、まったく。ところで樋口洋子はどうしているんだろう。お前聞いているか」
「ああ、横浜の金持ちのぼんぼんと結婚したって聞いている。一度横浜で会ったことがあ
るけど、とにかく派手な女だよ。上から下までブランドで、こてこてだった。お前別れて
正解だよ。あんなんじゃいくら稼いだって追付きゃしない」
 二人の背後に佇んでいた後輩の上野が割って入った。
「いや、それがそのボンボンってのがかなりのやり手で、洋子に不審を抱いて私立探偵を
つけたらしいんです。結局、彼女の浮気がばれて家を追い出されたってことですよ。その
後、六本木のうちの店にもよく来たけど、相変わらず派手だった。あのスタイルだから目
立ってましたよ」
 上野はその店のオーナーだ。篠田は苦笑いして聞いてみた。
「もしかして、お前、洋子にちょっかい出したんじゃないの」
上野は真っ赤になって否定したが、城嶋はにやりと笑って意味深な視線を篠田に送ってき
た。篠田は深い溜息とともに色褪せた青春のマドンナの思い出を屑籠に放り投げた。
 結局、上野も寄付を迫られているという話しにうんざりして、篠田は、山口に気付かれ
ぬよう会場を後にした。その日は城嶋等三人と六本木で飲み明かしたのだが、数日後、山
口から電話が入った。案の定寄付の話しだったが、やんわりとお断りした。  
 …………………………………………… つづく ……………………………………………

 この作品に対するご意見・ご感想は編集部まで:unjyou@ml.kairou.com
 次回は第127号(2月15日配信予定)に掲載予定です。お楽しみに!

◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【2】 連載超短編「赤井都超短編集」      第16回
                 著/赤井都
 ──────────────────────────────────────

 時に清新、時に残酷。超短編界屈指の言霊遣い、赤井都の作品を集成! 今回は一作品
を掲載します。

 …………………………………… 「死なない技術」 ………………………………………

一、親がどんなに嘆くだろうかと考える。ただし、親がしばしば自分の苦しみの元である
ことがある。その場合でも、どんなに嘆くだろうかと想像する。どんなに厭な親でも、子
が先立つのは生物のルールとしてあってはならないことだ。生物のリングを逆にするほど
の最大限の復讐を、その親に与えていいものだろうか。想像力のある自分の親が、自分の
死についてどんな想像をするか、考えていると次第に、可哀相になるというよりもむしろ
癪にさわるかと思う。その侮蔑に耐えてなお自死を決行してよいものだろうか。
二、きょうだいがどんなに嘆くだろうかと考える。きょうだいが多い人は、その一人一人
の嘆きを総合すると引き止める力が大きくなる。たとえ愛情薄いきょうだいであっても、
少なくとも、きょうだいの嘆きを想像している時間ぶん自分は生きている。
三、自分を愛してくれている人が、どんなに嘆くだろうかと考える。今ある白髪の本数を
考えてみる。それ以上の苦しみを与えていいものだろうか。自分がその人を愛しているか
どうかは今ひとつ確信が持てなくても、その人の人生が自分の死でどう変わるかをリアル
にでも甘美にでも、ともかく想像してみる。それはきっと、ちょっと愉しい想像だ。自殺
そのものよりも愉しいぐらいかもしれない。とりあえずその思いを味わってみる。それは
なかなかよい時間だ。せっかく自殺するのだから、ゆっくり存分に想像してみよう。では
その時間ぶん生きていよう。
四、自分が正常か異常かを判断する。ある心理学者の言によると、生物的に絶対的な異常
というのは、生きる意思がなくなった状態だ。どんな生物も生きようとする。その生きる
意思がなくなった状態は、異常だ。もし自分が異常なら、自分には正常な判断は下せてい
ない。自分の死ぬ意志・死のうと決めた判断は、正常な状態で下されたものではない。正
常ではない判断・エラー出力・異常な命令には、従う必要はない。
五、いったん他のことをする。計画を三十分後に変更する。その間に、他のことをする。
立つ鳥あとを濁さずとばかりに部屋の整理など始めたら、とうてい三十分でごみ捨ては終
わらない。最大のごみは自分なのだが、その前に捨てておく写真や本など多すぎる。計画
を一日後に変更する。一週間後に変更する。そのうちに、そうした閑つぶしが、酷くばか
ばかしくなってくる。ばかばかしくなったら、そのまま死んだつもりになってみる。死ん
だつもりになって、何ができるか考えてみる。死んだつもりになったら、いろんなことが
できるのに気づく。死んだつもりでそれをやってみる。単に日常の雑事に取り込まれて死
ぬつもりの計画を忘れてしまうのはいけない。自分のそれまでの生き方が自分にとって何
か問題があるから、突然に無性に死にたくなるのだ。死んだつもりで、自分のそれまでの
生き方の何らかの部分を捨てるのは必要。
六、休暇を取る。誰か好きな人といっしょに過ごす。楽しいことがあったとする。そのと
きに、もしあのとき自分が死んでいたら、と考える。もし、あのとき自分が死んでいたら、
こんな出来事もなかったし、こんな思いを味わうこともなかった。すると少し、やめてお
いてよかったという気になる。そんな時間を積み重ねていく。すると経験的に、やめてお
くと後でほっとすることがあると学習していく。むろんその頃には、やっぱり厭なことも
溜まっている。結局、プラスマイナス0かもしれない。それでも、何もない0と、均衡し
た0とは違う0だ。そこで生の重みを感じる。それが自分の生についてくる、生き延びた
ぶんのその重みだ。
七、想像力のテストにも疲れてくる。そろそろ死なせてほしいと思うかもしれない。では
死体になるとするか。そこでまた想像する、自分の死体のこと。もう想像するのに疲れた? 
それでは想像力をストップしよう。そうしたら、自死に関することだけではなく、すべて
の想像力をストップしよう。自分にまだ加えられていない暴力、これまでに加えられた被
害、すべての想像力をストップしよう。想像力がこうしてストップしたら、それなりに日
常を生き延びられることに気づく。
八、自死を考えたことのない人には、自殺という言葉を吐いただけでとんでもないという
顔をされる。そういう人とわかりあえる日はきっと、死んでもこない。もしその人に、自
分の意志を死んでわからせたいと思っても、絶対に死んでもわからせられない。だから、
意志を伝えるためには、死ぬのではなく他の方法を取らなければならない。
九、自死されると検死される可能性がある。若い医師の卵の実験台になる可能性がある。
自殺する自分は我侭ではあるが、生きていて医師を目指しているなんて自分をはるかに上
回る無神経で傲慢な若者に内臓をひっくり返され、吐かれたりするかもしれない。死んで
いるから関係ないとは思っても、そのときにまだ生きている細胞があったらその細胞は厭
だろう。病気などで生きたくても生きられない人がいるのにどうして自ら死ぬんだなどと
いう論は引き止める力を全く持たない。その人はその人、自分は自分。生まれたくなかっ
たのにいつのまにか生まれていたんだから勝手に死んだっていいだろうと返すだけだ。ど
うして生まれたくなかったのに生まれたのだろう。生命について考え始めると、謎が多く
てきりがない。この脳を本当に今すぐ停止させるか。今にも哲学的な深遠に到達できそう
なのに? 生命って何だろう。じゃあ宇宙って何。0ってどういうこと。大きなこと・哲
学的なこと・数学的なことを考えてみる。死んで検死されてるより、こうして考えている
ほうがまだましかもしれないと思う。生きることはやっぱり愉しくはない。それでも、考
えている時間はまだましな時間かもしれない。とりあえずその時間に留まっていろいろ考
えてみる。
十、新月と満月に注意する。半夏生と冬至に注意する。暦の節目に気分が落ち込むのを昔
の人は既にわかっていた。この気分は自分が意図して成していることではなく与えられた
季節のせい。月のせい。鬼のせい。元の自分は、この節句を過ぎたら、戻るから。心配な
いから安心して、今を静かにやりすごす。節句は意識して大事に過ごす。秋が来たらでき
るだけ日光を浴びる。日光で鬱は直るそうだから。月があまりにも気になるなら緯度の高
い所へ移住する。緯度が高いほど月の重力の影響は減るから。
十一、あと十年がんばってみる。その十年を大事にがんばる。その十年が終わったときに
もう一度考える。それまでは四の五の言わないで押していく。死ぬ計画ではなく、自分の
畠を耕すために自分の貴重な時間を使う。そう、わたしに言いつけて生きさせた人は前の
冬に死んだ。病気。その人の肉体も魂もとっくに四散してしまったと思う。草葉の影から
見守ってもらうほど濃い関係を結べていたわけではない。その人が生きていたら、見せた
い自分やなりたい自分はもっとあったけれど、でもその人が死んだら、なおさら、見せら
れない自分というものはある。その人がどんな闘病をしたか知らない。夢の中ですら会え
ない。そして、わたしが弔報を聞いた人はその人ばかりではない。身の周りに、先立った
人が増えてくると時間の早さを信じられる。焦らなくても、いつかお迎えが来る。それは
遠い将来ではない。その人たちがちゃんとお迎えに来てくれるような、恥じない人生を送
っていたい。

 …………………………………………… つづく ……………………………………………

 この作品に対するご意見・ご感想は編集部まで:unjyou@ml.kairou.com
 次回は第127号(2月15日配信予定)に掲載予定です。お楽しみに!


◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆
 【4】 編集後記
 ──────────────────────────────────────
 前略。
 いかがでしたでしょうか。『雲上』では現在、作品募集を行っています。詳しくは下記
公式ページをご覧ください。

*公式サイト
http://unjyou.kairou.com/
*編集部
unjyou@ml.kairou.com


 次回の配信は2月15日を予定しています、それでは。

   ……………………………………… 公 募 ………………………………………

 本誌『雲上』では、アイデアと感動に満ちた作品を募集しています。

 対象は「文章で表現されるすべての作品」です。
 著作権等の問題が無ければ、既に何らかの形で公開された作品でも構いません。
 編集部では作者との共同作業で作品をより良くするシステムを整えております。
 たくさんのご応募を、お待ちしております。

         まずは編集部までご連絡ください:unjyou@ml.kairou.com

   ……………………………………… 奥 付 ………………………………………

       発行日:2007年2月5日
       発行元:雲上回廊
       発行者:秋山真琴
       編集者:キセン
           遥彼方
           言村律広
           恵久地健一
       ご意見ご感想:
           unjyou@ml.kairou.com
       購読の解約および、公式サイト:
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創刊日:2003-11-08  
最終発行日:  
発行周期:月3回  
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