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【メルマガ日台共栄:第3562号】 9月29日、熊本で「台湾大甲の聖人志賀哲太郎とその時代」出版記念講演会

2019/09/14

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1>> 9月29日、熊本で「台湾大甲の聖人志賀哲太郎とその時代」出版記念講演会
2>> 昨秋以来、習近平から笑顔が消えた 香港問題で戦術的後退  宮崎 正弘(作家・ジャーナリスト)
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1>> 9月29日、熊本で「台湾大甲の聖人志賀哲太郎とその時代」出版記念講演会

 中国や台湾には学問の神様を祀るお堂・文昌祠(日本の天満宮に相当)が各地に造られていま
す。 台湾台中市大甲(たいこう)区の文昌祠には、一人の日本人が合祀されており、死後 90 余
年を経た今日においても、「大甲の聖人」として多くの人々に敬愛され、その遺徳が語り継がれ
ています。

 その人の名は、志賀哲太郎(しが・てつたろう)。熊本出身の偉大な教育者です。

 志賀は、慶応元年(1865 )肥後国上益城郡田原村(現上益城郡益城町田原で誕生)。幼少期よ
りその俊英ぶりを発揮し、長じて明治法律学校で法律を学びました。24歳で帰郷した志賀は、九州
日日新聞(熊本日日新聞の前身)の記者として活躍する傍ら、紫溟学会会員、国権党員として、
佐々友房や古荘嘉門、安達謙蔵ら(彼らは後に国会議員となり、大臣や県知事等を務めた)と全国
的な政治運動を展開するなど、時代の先端を走るような活動をしました。

 しかし、当時の政界の醜悪さに疑問を持つようになった志賀は、次第に政界を離れて教育の道に
志すようになり、31 歳で、日清戦争後、我が国に割譲されたばかりの台湾に渡り、一介の代用教
員として異郷の地の教育の発展に半生を捧げました。志賀は、幅広い学問と政治活動等の経験を活
かし、後に台湾の繁栄の礎を築くこととなる 1,000 余人 の人材を育て、また、大甲の街の人々の
意識向上 にも大きな影響を与えました。

 志賀哲太郎のすばらしさは、台湾教育史に残る赫々たる教育的成果のみにあるのではなく、「大
甲の聖人」と呼ばれるほどの、その人間性にあります。知れば知るほど、公平無私で慈愛に満ちた
その崇高な生き方は、今を生きる私達にも深い感動をもたらし、同郷人としての誇りと勇気を与え
てくれます。

 この機会に、多くの皆様に、熊本が生んだ稀代の教育者、志賀哲太郎について学んで頂ければ幸
いです。

 令和元年8月吉日

                            志賀哲太郎顕彰会 会長 宮本睦士

【著者・増田隆策氏のプロフィール 】
昭和27(1952)年熊本市生まれ、島根大学卒。昭和 50(1975)年熊本県警察に入り、主に生活安
全(防犯)畑を歩む。平成 8(1996)年警察学校教官時代に神風連や西南戦争における警察活動に
興味を持ち研究を行う。退職後は、警察史の講師として警察職員の指導に当たるほか、郷土の歴史
や偉人の調査研究に努めている。
主な著書及び編著書に、「史実を探る神風党の変」、「西南戦争と警察」、「響ヶ原の戦い」、
「薩摩街道紀行」、「山都の守り135 年」、「志賀哲太郎資料集」などがある。

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「台湾大甲の聖人志賀哲太郎とその時代」出版記念講演会

・日 時:令和元年9月29日(日)10 時から12時まで

・場 所:熊本市中央公民館 6F 大会議室

     熊本市中央区草場町51 白川公園南端
     駐車場は2 時間まで無料
     https://www.shirakawa-chuo-cc.com/

内 容:講演「志賀哲太郎の人生」 植山洋一氏(志賀哲太郎顕彰会副会長)
    講演「志賀哲太郎とその 時代」増田隆策氏(郷土史研究家・文筆家)

参加費:500 円/人 資料代

主 催:志賀哲太郎顕彰会(会長:宮本睦士)

事務局:益城町木山 55620 植山方

※参加者全員に「台湾大甲の聖人 志賀哲太郎とその時代」と関係資料を差し上げます。

【お問合せ先】
講演会担当:折田 090 8399 4854

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2>> 昨秋以来、習近平から笑顔が消えた 香港問題で戦術的後退  宮崎 正弘(作家・ジャーナリスト)

【宮崎正弘の国際ニュース・早読み:2019年9月14日】
 
昨秋以来、習近平から笑顔が消えた
追い込まれ、つるし上げられ、孤独のなか、香港問題で戦術的後退

 最初のスローガンは「反送中」だった。たとえ容疑者と言えども、ちゃんとした裁判が行われ
ず、法治がない中国へ送還してはいけないという要求だった。

 97年の約束事は「一国両制度」。香港人にとっては「港人治港」(香港人が香港を治める)と錯
覚したが、選挙は擬制の民主政治だった。

 民主化要求のデモ隊は「逃亡犯条例」の撤回を勝ち取ったが、これからの裁判を前にして、「独
立した第三者による調査委員会の設置」から、収監中の活動家の全員釈放、そして「普通選挙」を
呼びかける五つの要求をならべ、「五大訴求、欠一不可」(五大要求のうち一つでも欠けたら駄
目)となって恒久的闘争を宣言している。

 この標語は駅の外壁から街のビル壁など、いたる所で大書されている。

 香港での異変、騒擾。乱闘、狼藉。しかし暴動につきものの商店襲撃、略奪は発生しておらず、
治安は保たれている。

 武装集団にも一定の掟のような秩序が存在しているようだ。彼らはヘルメットにマスク。お互い
に誰が誰かを知らない。指導者がいないという点でも、フランスで昨秋来つづく黄色のベストによ
る抗議行動と似ている。

 民主派からみれば香港政庁は名ばかりの旧態依然の体制でしかなく、国民が全体主義の支配者に
よって監視され、冷酷に静かに支配される現状を突破するたたかいであり、体制翼賛会的な中国同
調派や親中派から観れば、警官隊に火炎瓶を投げ、鉄パイプや長い棒で戦う武装集団は「暴徒」と
総括される(火炎瓶を投げている過激派は、デモ隊に混入した中国の工作員という説が有力)。

 香港メディアの論調は鮮明に別れ、中国よりの「文わい報」は「暴徒害港」と書いたが、自由民
主擁護の「リンゴ日報」は、「怒火闘争」と書いて、火焔瓶も放火も、怒りの結集と比喩し、デモ
隊の要求は「港人求美懲中共」(香港市民は米国に対して、中国共産党を懲罰するように求めてい
る)とした。

 香港空港には数千、数万の香港市民が座り込み、国際線の欠航便が相次いだため、国際的関心事
となった。世界から現在、およそ七百人前後のジャーナリストが押し寄せ、地元のメディアとテレ
ビを併せると千数百の報道陣が蝟集している。

 ところが、警官隊がPRESSにも暴力行為をふるったため、香港警察はジャーナリストの大半
を敵に廻してしまった。

 外国メディアで香港政庁の遣り方を支持する論調を見つけるのは至難の業である。ところが、大
陸のメディアは香港の民衆が「反米デモ」をしていると報じている。

 取り締まりに当たった香港警察の発表(9月10日)によれば、負傷した警官は238名に及び、また
使用した「武器」は、催涙弾が2382発、ゴム弾が492発、スポンジ手榴弾が225発、ビーチバックが
59個。そして実弾は3発だったという。

▲共産党にとって、中国王朝にとって妥協は「犯罪」である

 香港へ年間三千万人とも言われた観光客の足は遠のき(もっとも二千万近くは中国大陸からの買
い物客)、土産屋、デューティ・フリーの売り上げは激減。ブランドの旗艦店、たとえばブラドな
どは店じまいの態勢にはいった。

 空港へいたる電車の駅でも座り込み、ハイウェイにはバリケード。このため渋滞が起こり、空港
は閉鎖寸前。旅客はそれでも辛抱強く再開を待ち、抗議行動への批判はなかった。

 金鐘駅から湾仔、中環という香港の心臓部には政府庁舎、官庁街、巨大商社の高層ビルが林立
し、五つ星ホテルが豪奢を競っている。ビルとビルとは回廊が結び、ビルの谷間には緑オアシスの
ような公園が点在している。これらの地下鉄駅は、券売機も改札も、案内板も、そして防犯カメラ
も破壊され、出入り口は閉鎖された。

 中国共産党は、「弾圧か、妥協か」の二者択一を迫られ、まずは10月1日の建軍パレード前に事
態を収めようと、突如、林鄭月峨行政長官に命じて、「逃亡犯条例」を撤回させた。

 直前に国務院の香港マカオ弁事処主任と香港政庁との打ち合わせでは埒があかず、常務委員会は
担当だった韓正を担当から外し、王岐山が香港との国境に派遣された。

 しかし中国皇帝のメンタリティから言えば、妥協とは犯罪である。妥協とは見せず、戦略的後退
を図ったが、それがたとえ戦術であるにせよ、中国が帝国主義的覇権を求めるという究極の戦略は
微動だにしていない。

 それゆえ逃亡犯条例撤廃など、目先の誤魔化しと見抜いた民主派は一斉に「五つの要求のうち、
ひとつでも欠けては行けない。最後まで逃走を続ける」と宣言し、警官隊の凶暴性を帯びた弾圧に
怯まず、集会、デモ、授業ボイコット、人間の鎖、国際社会へ訴え続ける。

 そこで「親中派」や中国共産党の「第五列」は戦術を変更した。

 歌声広場の演出というソフト路線である。香港の随所にある巨大ショッピンモールの吹き抜けロ
ビィに大きな五星紅旗を掲げ、愛国的な革命歌の合掌を始めた。

 一方、民主派は同じショッピングモールに集会場所を変えて、賛美歌や広東ポップなど。呉越同
舟という奇妙な空間が生まれだした。サッカー予選で、スタジアムを埋めた数万の民衆は、突如鳴
り響いた中国国歌に激しいブーイングを繰り出し、「われわれは香港人」「中国ではない。中国の
国家を演奏するな」と叫んだ。

▲「香港市民」の政治観、国家観、歴史観、人生観の大変化

 筆者が不思議と思ったことは幾つかあるが、最大の関心事は香港の新しい世代が物怖じしないと
いう人生観、その世界観の異変(というよりグローバル化)、共産党の暴力を怖れずに、民主主義
のために戦うとする姿勢を崩さないことである。

 拘束された若者らには裁判が待ち受け、法廷闘争が長引くだろうし、就職には不利になるだろ
う。それでも彼らが立ち上がったのだから、そこには或る決意があったことになる。

 半世紀前、筆者が最初に香港に足を踏み入れたとき、異臭がただよい、人々は半裸。うちわで涼
み、汗の臭いが街に充満していた。

 自転車が主流でタクシーはオースチンかベンツだった。アパートは貧弱で薄汚れ、エアコンを備
えたビルは少なく、若い女性もサンダル、化粧もせず、粗末な衣服を身につけていた。

 中国大陸から着の身着のままで逃げて来た世代である。香港財閥一位となった李嘉誠は広東省の
北端、潮州から難民として香港へやってきた一人だった。かれは、今回の騒擾を「暴力はやめよ
う、お互いに冷静に」と新聞に意見広告を打った。

 1970年代に香港は落ち着きを取り戻し、経済活動に邁進し、儲かる話ならなんでものった。蓄財
が一番、政治には無関心を装い。ともかく金を貯め、子供達をカナダや英国へ留学させ、いずれは
香港から自由な国々に移住するというのが香港人の夢だった。

 全体主義に立ち向かうという迫力はなく、北京の遣り方には背を向けていた。

 当時、貿易会社を経営していた筆者は何十回となく香港へ通い、工業街のプレス音、金属加工の
飛び散る火花、町中でも黒煙が上がり、輸出基地として華やかだった。まったく公害対策はなかっ
た。いまは工業街跡地には高層マンションが建っている。自家用車もベンツが主流だったが、いま
ではトヨタ、BMWなどが疾駆している。

 その時代に付き合っていた貿易相手の工場長や商社の人々は、カネをためるや、豪、カナだ、そ
して米国へ移住していった。あの時代の貿易関係の知己、知り合いは香港に誰もいない。まさに誰
も香港からいなくなったのだ。

 「全体主義の恐怖」を知っていたからこそ、かれらは自由に最大の価値を見出し、香港の将来に
早々と見切りをつけていた。「ここは永住する場所ではない」と。

 1980年代、うってかわって中国が「改革開放」を本格化させるや、まっさきに大陸に工場を造
り、賃金の安さと土地の減免税特典に惹かれ、香港華僑の多くが投資先を移しはじめた。

 それでも1989年の天安門事件を目撃して衝撃を受けた世代は、97年返還後の中国人民解放軍の進
駐を懼れ、海外へ海外へと移住先を選定し、また英連邦諸国は香港からの移民には前向きだった。

 この時代に中国へ大規模な投資を敢行したのが李嘉誠だった。かれは王府井の入り口に高層ビル
を建てた。香港は江沢民派の利権の巣窟に化けつつあった。

▲自由への意思

 天安門事件から30年の歳月が流れ去ってまた世代が交替した。

 いまの高校生、大学生は感覚的にも教養的にも狭隘な中華思想などに拘泥せず、国際化され、高
層ビルの近代都市となった香港を生まれたときから観てきたし、テレビは世界各国のニュースを流
し、書店へ行けば習近平批判本がうずたかく積まれ、携帯電話で地球の裏側とも結ばれている。

 欧米の自由な制度に比べると規制が強く、息の詰まるような香港の政治制度の矛盾を掌握してお
り、広東語を喋ることは軽蔑され、北京語という広東人にとっては外国語が学校で強制されたこと
にも反感を強めてきた。

 若者の中には「香港独立」を言い出す勇敢なグループも出現し、香港独立党を旗揚げした。根拠
は香港の知識人、徐承恩が書いた『香港――躁鬱な都市国家』で、香港の原住民とは、ポルトガ
ル、英国と痛恨してきた百越の人々が構成し、『香港民族』と呼ぶべきだとする説である。

 また中国大陸には結社の自由、信仰の自由、表現の自由がなく、そればかりか政党は共産党以外
認められず、自由投票はなく、人間性が押しつぶされた体制のなか、庶民は全体主義支配に隷属し
ていることを知っている。

 人間本来の活動も、自由な言論も破壊されつくした状況を知っている。かれらの感性が共産主義
を受け付けないのだ。

 あまつさえ香港社会の諸矛盾の筆頭は所得格差である。驚くべき数字だが、香港の『ジニ係数』
たるや、0・539と、まるで中国なみである(中国は0・62)。

 大学の門は狭く、受験競争は日本より激しく、たとえ一流企業に就職できても、これほどマン
ション価格が上昇すれば住宅取得も、そして結婚も難しくなる。人生に明るい展望が希薄となった。

▲特権階級のいいとこ取りを許せない

 ところが大陸からやってくる「太子党」のこどもたちは大学に裏口で入り、コネで企業にあっさ
りと就職し、カネにあかせて豪勢な生活を営んでいる。「特権階級のいいとこ取り」と映り、かれ
らは怨嗟の的となる。

 すなわち植民地の宗主国が英国から中国に変わっただけではないか。若者達の怒りは深く堆積していた。

 この点で旧世代の香港人の意識とは異なる。とくに1967年の香港暴動は反英国環状が爆発し、そ
の背後で指令していたのは北京であり、周恩来が叛乱を支持していた。

 6月以来、香港での抗議集会やデモ、署名活動に参加している若い世代は、共産党の押しつけた
歴史教育を否定した。

 中国共産党が流すフェイクニュースをすぐに見破り、共産党製のプロパガンダはまったく受け付
けなくなった。

 アンチ共産主義の精神土壌が自然と築かれていた。

 中国が目論んだ香港市民の洗脳工作は、みごとに失敗したと言って良いだろう。

 だから「生きるか、死ぬか」と悲壮な決意を以て全体主義と戦うのである。欧米はそれを支援す
る。資金カンパ、応援部隊、プロパガンダのノウハウが学生らに供与され、自由世界の知識人は香
港支援に立ち上がった。

 沈黙しているのは日本のエセ知識人くらいだろう。

 また日本のメディアは中立が賢い行き方とでも思って、民主主義を守り共産主義支配と戦ってい
る香港の若者を全面的に支援しないのだ。日本が西側の自由民主人権法治を価値観とする陣営にあ
るという自覚がないからであり、これが「中立幻想」に取り憑かれた現代日本人の知的劣化、ある
いは一国平和主義というエゴイズムの露骨な態度表現である。

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・2014年 李登輝元総統ご来日(2014年9月19日〜25日)
・片倉佳史先生講演録「今こそ考えたい、日本と台湾の絆」(2013年12月23日)
・渡部昇一先生講演録「集団的自衛権の確立と台湾」(2013年3月24日)
・野口健先生講演録「台湾からの再出発」(2010年12月23日)
・許世楷駐日代表ご夫妻送別会(2008年6月1日)
・2007年 李登輝前総統来日特集「奥の細道」探訪の旅(2007年5月30日〜6月10日)
・2004年 李登輝前総統来日特集(2004年12月27日〜2005年1月2日)
・許世楷先生講演録「台湾の現状と日台関係の展望」(2005年4月3日)
・盧千恵先生講演録「私と世界人権宣言─深い日本との関わり」(2004年12月23日)
・許世楷新駐日代表歓迎会(2004年7月18日)
・平成15年 日台共栄の夕べ(2003年11月30日)
・中嶋嶺雄先生講演録「台湾の将来と日本」(2003年6月1日)
・日本李登輝友の会設立総会(2002年12月15日)

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