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日本の「生命線」台湾との交流活動や、他では知りえない台湾情報などを、日本李登輝友の会の活動とともに配信するメールマガジン。

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【メルマガ日台共栄:第3508号】 李登輝はなぜ、娘たちに日本語を学ばせなかったのか  早川 友久(李登輝元総統秘書)

2019/06/28

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1>> 李登輝はなぜ、娘たちに日本語を学ばせなかったのか  早川 友久(李登輝元総統秘書)
2>> 群馬県みなかみ町の台南市への派遣職員が『台湾・台南そして安平!』を出版
3>> 7月5日・6日、「台湾フェア in 群馬2019 」を開催
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1>> 李登輝はなぜ、娘たちに日本語を学ばせなかったのか  早川 友久(李登輝元総統秘書)

【WEDGE infinity:2019年6月20日】

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/16549
写真:台北市長時代の家族写真。左から李憲文さん、長女の李安娜さん、李登輝さん、奥様の曾文
   恵さん、次女の李安[女尼]さん

 2014年9月、李登輝は関西国際空港に降り立った。2007年から3年連続で訪日したものの、そこか
ら5年間は機会がなかった。というよりは「奥の細道」散策の後半を辿るとか、台湾少年工の里帰
り記念式典に出席するなど、計画が進められたこともあったのだが、体調を崩したりして頓挫して
しまったのだ。

 このときの訪日では、初めて実現したことがあった。愛娘二人を連れての日本行きである。1945
(昭和20)年、台湾は日本の統治下を離れた。李登輝も京都帝国大学での学業半ばで台湾に戻るこ
とを余儀なくされたのである。その後、台湾大学に編入学し、農業経済学者としての道を歩み始め
たことで、視察や研究の一環で日本を何度か訪れたことはあった。

 一人息子の李憲文が綴った文章にも、日本へ出張した父親が「最新のグラスファイバーの釣り竿
を買ってきてくれる約束になっていた。タラップを降りてきた父の手に細長い包み紙があるのを見
て、預け荷物にせず、自らの手で息子へのお土産を持ってきた父の愛情を感じた」と書かれている。

 しかし、家族を連れて日本へ旅行に行く機会は訪れなかった。現在でもそうだが、台湾の現職総
統は日本訪問が不可能だ。そのため、総統に就任する前、最後に日本を訪問したのは副総統だった
1985年のこと。国交が無いながらも関係が良好だった南米のウルグアイで大統領就任式典に出席し
た帰途、東京でトランジットしたのだった。

 余談だが、このとき、李登輝は初めて中嶋嶺雄・東京外国語大学教授(当時)と会っている。中
嶋が書いた『北京烈烈―文化大革命とは何であったか』などの書籍を読んだ李登輝が、「これほど
中国を鋭く観察している学者が日本にいるのか」と感嘆し、面会を申し入れたという。

 自民党議員との晩餐会のあと、ホテルオークラの一室で会った二人は深夜まで話し込み、中嶋は
後に日本における李登輝の最も親しい友人のひとりとして「アジアン・オープン・フォーラム」を
開催したり、2007年の「奥の細道」散策をお膳立てするなどして李登輝の対日交流を支えた。

◆東日本大震災をきっかけに日本が変わった

 話を戻そう。2014年の訪日は「日本李登輝友の会」による招請だった。大阪と東京での2度の講
演に加え、李登輝自身にとって初めて北海道の地を踏むこともスケジュールに組み込まれた。李登
輝夫妻に同行したのは、長女の李安娜と次女の李安[女尼]だった。

 講演で李登輝は「本日、会場には、家内と二人の娘も来ております。日本へ行くことを決めたと
き、娘たちから『これほど日本と縁の深い父親なのに、一緒に日本へ行ったことが一度もない』と
いうことで、91歳になって初めて娘たちを連れて日本へ参ったわけです」と話し、立ち上がって挨
拶する家族に会場からも大きな拍手が贈られた。

 翌年7月、国会議員会館での講演を要請された李登輝は再び東京へ赴く。やはり長女と次女夫
妻、孫娘の李坤儀らを引き連れての訪日だった。このときは、台湾の総統として歴史上初めて日本
の国会においての講演が実現したのだった。

 1972年の国交断絶以来、日本は幾度となく中国におもねり、台湾を軽んじる場面があった。李登
輝自身、総統退任直後は訪日ビザが発給されず「日本外務省の肝っ玉はネズミより小さい」と不満
を顕にしたことさえあったのだ。

 しかし、日本は変わりつつあった。正式な外交関係はないものの、台湾を中国とは別個の存在と
して尊重し、中国に対して過度に配慮することは世論が許さない空気が生まれていたのだ。

 ここでは多くを書かないが、それには2011年の東日本大震災で台湾から有形無形の大きな支援が
贈られたこと、それがネットを通じて広く知られたこと、中国寄りのメディアに対しやはりネット
上で批判的な声が大きくなったことなどが挙げられるだろう。

 このとき、李登輝の胸中には、台湾人の総統が日本の国会で講演する時代がやっと来た、という
感慨と同時に、そのハレの場に家族を伴いたいという誇りのようなものがあったのかもしれない。

◆機内で垣間見た父娘の会話

 前年に続き、このときの訪日でも、島一範・全日空台北支店長(当時)をはじめとするスタッフ
の方に、フライトのみならず空港でのハンドリングや荷物の対応など大変お世話になっていた。東
京へ向けて飛行する全日空機内から夕暮れの富士山の姿が見えた。

 李登輝は次女の安[女尼]を呼び、窓の向こうを見やりながら娘と話しているのが見える。あまり
にも親密な父娘の会話なので、私は遠慮して近づかなかったが、窓の暗さを調節する機能について
娘が父に説明している会話が聞こえてきた。このときの全日空の機材は窓のシェードを下ろすタイ
プではなく、電子制御で窓の暗さを調節する当時最新のものだったからだ。90歳を超えても、新し
い技術に高い関心を寄せる李登輝らしい父娘の会話である。

 残念ながらこのときは、曽文恵夫人は直前になって体調を崩してしまったため同行出来なかった
が、女性ばかり家族水入らずで東京と宮城県を訪問した訪日は大成功をおさめている。

◆李登輝の北京語は、どうしてあんなにめちゃくちゃなのか

 李登輝夫妻ともに、母語は日本語といって差し支えないだろう。有名なフレーズだが、李登輝は
たびたび「私は22歳まで日本人だった」と言う。それは裏を返せば、李登輝や曽文恵夫人の中国語
はその年齢になってから学び始めた言語だということだ。

 現役総統の時代、李登輝が話す中国語をメディアはたびたび批判した。当時のことを、同じ日本
語世代の父親を持つ映画監督の呉念真は次のように語っている。

 「李登輝が総統になって間もなく、記者を務める私の多くの外省人の友人たちは新聞でこう言い
始めました。『李登輝の北京語は、どうしてあんなにめちゃくちゃなのか』と。

 それは彼の文法が北京語の文法とはだいぶかけ離れていたからです。たとえば、先に話すべきと
ころを後にし、後にしゃべるべきところを先にするといった具合です。そのため記者らは毎日、
『北京語がどうしてこうなるんだ』と罵ったわけです。

 そのとき私は突然わかったのです。『なるほど、私の義理の父がしゃべっている北京語も全く同
じだ』と。義理の父は早稲田卒ですが、北京語はめちゃくちゃな表現がほとんどです。それは日本
語が教育上の言語で、母語が台湾語である彼らにとって、北京語は外来語だからです。

 ゆえに李登輝は記者から北京語で質問されると、必ずそれを日本語に訳し、日本語で質問の意味
を理解してから、日本語で回答を考え、そしてそれを北京語に訳して返答していたのです。

(中略)若い外省人の記者らは、彼らの歴史的背景に立ち入ってそれを理解したことがないわけで
す。彼らは、この人たちが生まれてからずっと日本教育を受けたということを見逃していました。
一夜にして中国人にならなければならなかったことを見逃していました」(2005年、呉氏が日本で
行った講演から)。

 22、3歳から中国語を習い始めた、ということは私と似たり寄ったりである。仕事でもよく顔を
合わせる総統SPのひとりに言われたことがある。

「おまえの中国語はラオパン(李登輝総統のこと)の中国語に良く似てる。なんだか外国人が話
すような表現がしょっちゅう出てくる」

 よくよく尋ねてみると、意味は通じるが、語順が違ったりして、なんとなく台湾人っぽくない表
現がところどころに出てくるそうだ。そうは言っても、私も李登輝も、生まれながらではなく後天
的に学んだ言語なのだから仕方がない。

◆なぜ、娘たちに日本語を学ばせなかったのか

 そんな李登輝夫妻だが、実は二人の娘は日本語が話せるとか、日本留学をしたことはない。もち
ろん、多少の日本語は解するが、台湾の知識人の水準からいえば標準レベルだと思う。2014年の訪
日時、同行した台湾メディアが「それぞれの日本語力は?」と姉妹に聞いた。姉の安娜が「小さい
頃から、家庭内で両親の日本語はよく耳にしていたから、習ったことはなくても3割くらいは分か
る」と答えたのに対し、妹の安[女尼]は「聞く力は20%」くらい、と答えている。

 そう聞くと、私でなくとも、NHKニュースを見て、『文藝春秋』を愛読するような夫妻の子ど
もたちが、なぜ誰も日本語が使えたり、日本へ留学したりすることがなかったのか、と疑問に思う
だろう。

 以前、一度か二度、世間話のついでに「どうしてお子さん方に日本語を学ばせるとか日本へ留学
させるということを考えなかったのですか」と李登輝に尋ねたことがある。

 ちょっと困ったような笑顔で李登輝は「子どもたちが何を勉強しようか、うちは自由なんだ。親
がいくら日本との関わりが深いといってもそれを子どもたちに強制することはなかったよ。それだ
けのことだ」と、いつも多弁な李登輝にしては言葉少なに答えたのが却って印象的だった。

 これは私の推測だが、この答えの半分は正解で、もう半分の表に出さない答えがあるのではない
かと思う。子供の自由な選択に任せる一方で、やはり台湾の戦後に暗い影を落とした「白色恐怖」
が無意識のうちに李家から日本を遠ざけていたのではあるまいか。

 当時の台湾では日本語はご法度であった。戦後に始まった日本語禁止令が、80年代後半に解禁に
なるまで、日本語を公の場で話すことはもちろん、観光客などが日本語の新聞や雑誌、書籍を台湾
へ持ち込むことも禁止されていた。ましてや日本統治時代、帝国陸軍少尉として戦った李登輝は
「スネに傷あり」の身分なのだ。

 子どもたちの自主性を尊重するという両親の教育方針と、日本語を学んだり使ったりすること
で、子どもたちの身に災難が降りかかることを回避しようという意識が、知らぬ間に働いていたの
ではないだろうか。

 余談だが、李登輝夫妻の子どもたちが学生生活を送っていた時代、台湾では大学で日本語を学べ
るところは限られていた。私立の文化大学や淡江大学に「東方語言学科」という名で、あたかも世
を憚るように設置されていた程度だった。国立の台湾大学に初めて日本語学科が開設されたのは、
民主化後の1994年のことである。

 実際、父親の李登輝自身でさえ、戦後の二度の留学はアメリカだった。修士課程を学んだのはア
イオワ州立大学だったし、ロックフェラー財団の支援で博士号を取得したのもコーネル大学だっ
た。このときのことを李登輝は「二度のアメリカ留学は『実務的な訓練だった』」と語っている。
これは精神的な基礎を形作ったのは日本教育であり、戦後の米国留学は純粋な研究面での教育だっ
たことを李登輝自身も認識していることを示唆しているのではなかろうか。

 自主性を重んじられ、自分の学びたいものを尊重してくれる両親のもと、娘たちはそれぞれ英米
での教育を選択した。姉の安娜は現在、台中でアメリカンスクールの理事長として切り盛りしてい
るし、妹の安[女尼]は英ニューキャッスル大学で社会政策の博士号を取得した。現在はシンクタン
クの研究者として勤務する一方、政治の世界にも携わるなど、父親と同じような道を歩んでいるの
は妹のほうといえるだろうか。

◆32歳の若さで亡くなった李登輝の長男

 最後に、李登輝夫妻の最愛の息子、李憲文についても触れておかなければならないだろう。憲文
はきょうだいの一番上であり、唯一の息子だった。長じた二人の妹たちがあまり日本語を解さない
のに対し、憲文はかなり日本語を身につけていたようだ。文化大学を卒業し、新聞記者となった傍
ら、日本への旅行で見つけた『権力複合態の理論 : 少数者支配と多数者支配』の中国語版を翻訳
出版している。

 憲文は同級生と結婚した3年後、1982年にガンで32歳の若さで亡くなっている。一人娘の坤儀は
まだ7ヶ月だった。当時、省主席だった李登輝は、息子の亡骸をストレッチャーに乗せると「冷た
いだろうから」と、自ら抱いて運んだという。

 息子が闘病生活を送っていたものの、父李登輝は省主席としての任務も全うしなければならな
い。特に、答弁では何人もの省議員から突き上げを喰らう激務であった。後年、週刊誌の報道で
「当時、少しでも息子のそばにいてやりたい李登輝に対し、一部の議員が嫌がらせのためにいつま
でも質問をやめないことがあった」とも報じられた。このことについても李登輝は「もう終わった
ことだ」と答えなかったという。

 そばにいる私たちでも、李登輝夫妻に亡き息子のことを尋ねるのは憚られる。ときおり、李登輝
自ら、来客に対して「鼻腔ガンだった。今だったら完治させられるだろうけど、当時の医学では太
刀打ちできなかった」などと話すのみだ。

              ◇     ◇     ◇

早川友久(はやかわ・ともひさ)
1977年(昭和52年)6月、栃木県足利市生まれ。現在、台湾・台北市在住。早稲田大学人間科学部
卒業後、金美齢事務所の秘書として活動。2008年に台湾大学法律系(法学部)へ留学。台湾大学在
学中に3度の李登輝訪日団スタッフとしてメディア対応や撮影スタッフを担当。2012年12月、李登
輝元総統の指名により李登輝総統事務所秘書に就任。共著に『誇りあれ、日本よ─李登輝・沖縄訪
問全記録』『日本人、台湾を拓く。』など。

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2>> 群馬県みなかみ町の台南市への派遣職員が『台湾・台南そして安平!』を出版

 群馬県と台湾の関係は深い。台湾の自治体と姉妹都市など都市間提携は9件に及び、日本一多
い。空港のない都道府県は栃木、埼玉、神奈川、京都、奈良など10府県に及ぶが、群馬県にもな
い。足の便がよくないにもかかわらず、台湾との交流は盛んだ。

 みなかみ町は2013年12月13日、台南市と「友好都市協定」を結び、台南市に職員を派遣してい
る。台南市政府国際課に所属して日本交流の窓口を担当し、みなかみ町との交流や教育旅行誘致な
どに取り組み、2015年11月からは群馬県内初の「公務員交換」により台南市も職員を派遣するよう
になり、通訳やパンフレットの翻訳などを行っている。

 みなかみ町から派遣されている職員の阿部真行氏がこのほど、その体験を基に『台湾・台南そし
て安平! 日本公務員の駐在日記』(上毛新聞社出版部、2019年6月16日発行)を出版したとい
う。中央通信社が伝えているので下記にご紹介したい。

◆阿部真行『台湾・台南そして安平! 日本公務員の駐在日記』
 http://www.jomonet.co.jp/?p=3934

 ちなみに、台湾に事務所を開設する日本の自治体は沖縄県与那国町を嚆矢として下記の5自治体
ある。みなかみ町は事務所こそ開設していないが、日台双方が職員を派遣し合う「公務員交換」を
実施しているのはみなかみ町だけのようだ。

1)沖縄県与那国町(よなぐにちょう) *日本初
  2007年5月29日、「与那国駐花蓮市連絡事務所」(姉妹都市与那国駐花蓮市連絡弁事処)を開設。

2)山口県美祢市(みねし)
  2012年7月5日、台北市の世界貿易センター内に「台北観光・交流事務所」を開設。

3)静岡県 *都道府県レベル初
  2013年4月22日、台北市内に駐在員事務所「ふじのくに静岡県台湾事務所」を開設。駐在員2名  現地採用職員2名。

4)高知県
  2017年4月1日、台湾オフィス(日本高知県台湾連絡弁事処)を開設。丸虎国際有限公司の一角
  を使用。職員は常駐していない。

5)茨城県笠間市
  2018年8月23日、台北市内に「台湾交流事務所」を開設。事務所は台北市の旅行会社「東豪旅
  行社」内に設置し、職員1人と現地職員2人の態勢。

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台南の魅力を紹介 市政府に赴任した群馬の公務員、駐在日記を出版
【中央通信社:2019年6月27日】
http://japan.cna.com.tw/news/asoc/201906270007.aspx

 (台南 27日 中央社)台南市政府に派遣されている群馬県みなかみ町職員、阿部真行さんが6年
の駐在生活を基に執筆した書籍が日本で刊行される。両市町の交流の事例や日台の文化の違いを紹
介すると同時に、台南のおすすめスポット、グルメなども取り上げ、台南の魅力を伝える。 

 阿部さんは2013年6月に台南に赴任。台南市政府では「対日事務相談顧問」の肩書を与えられ、
日台交流促進に尽力するほか、17年には台南出身の女性と結婚し、公私共に台南との結びつきを強
めてきた。今年3月には一旦みなかみ町に帰任したが、5月から再び台南市政府に戻った。 

 阿部さんは25日、中央社の取材に対し、台南とみなかみ町の交流は相互利益をもたらしたと話
す。同書は阿部さんが1年をかけて書き上げ、台南市政府安平区公所(役所)が出資、群馬の地方
紙、上毛新聞社出版部から出版された。書中の写真も阿部さんが撮影したという。 

 阿部さんの書籍「台湾・台南そして安平!日本公務員の駐在日記」は、来月5、6日に群馬県庁で
開かれる「台湾フェアin群馬2019」で販売される。同書は日本だけでなく、台湾での販売も計画さ
れているという。 

                               (張栄祥/編集:名切千絵)

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3>> 7月5日・6日、「台湾フェア in 群馬2019 」を開催

 群馬県と台湾との交流を紹介し、相互交流の拡大を図るため、7月5日(金)、6日(土)の2日
間、「台湾フェアin群馬2019」を開催します。

 台湾の観光情報や交流事業等を紹介するほか、夏の台湾グルメや特産品の販売も行われ、台湾文
化の体験等も楽しめるイベントです。

◆群馬県庁HP:台湾フェア in 群馬2019 を開催します【7月5日、6日開催】
 https://www.pref.gunma.jp/07/b01g_00037.html

◆案内チラシ:台湾フェアin群馬2019
 https://www.pref.gunma.jp/contents/100114266.pdf

1 日時

 令和元年
 7月5日(金) 午前10時30分〜午後6時00分
 7月6日(土) 午前10時30分〜午後5時00分

2 会場

 群馬県庁1階 県民ホール(前橋市大手町1−1−1)

3 主催

 群馬県台湾フェア実行委員会(群馬県、群馬県台湾総会)

4 内容

 PRブース:群馬県と台湾地方政府との交流紹介、航空会社等による観光PR、台湾の現代技術
       産品の展示など

 台湾文化体験:台湾茶お茶入れ体験、足つぼマッサージ、台湾式習字など

 台湾グルメ:タピオカミルクティー、マンゴーかき氷、ルーロー飯など

 物品販売:台南産マンゴー、台湾茶、台湾雑貨の販売など

5 入場

 無料

6 問合せ

 群馬県台湾フェア実行委員会 事務局
 (県庁企画部企画課)電話:027-226-2295

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【日本李登輝友の会:取扱い本・DVDなど】 内容紹介 ⇒ http://www.ritouki.jp/

*ご案内の詳細は本会ホームページをご覧ください。

● 台湾フルーツビール・台湾ビールお申し込みフォーム
  https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/rfdavoadkuze

*台湾ビール(缶)は在庫が少なく、お申し込みの受付は卸元に在庫を確認してからご連絡しますの
 で、お振り込みは確認後にお願いします。【2016年12月8日】

● 美味しい台湾産食品お申し込みフォーム【常時受付】
  https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/nbd1foecagex

*沖縄県や伊豆諸島を含む一部離島への送料は、宅配便の都合により、恐縮ですが1件につき
 1,000円(税込)を別途ご負担いただきます。【2014年11月14日】

● 2019年:特選台湾産アップルマンゴーお申し込み【締切=7月18日】
  https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/j1nloiu8pdbz

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  https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/fy8rd2eheoo7

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  https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/nbd1foecagex
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 *詳細は本会HP ⇒ http://www.ritouki.jp/index.php/info/20160427karasumi/

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・劉嘉雨著『僕たちが零戦をつくった─台湾少年工の手記』 *在庫僅少
・渡辺利夫著『決定版・脱亜論─今こそ明治維新のリアリズムに学べ』
・呉密察(故宮博物院長)監修『台湾史小事典』(第三版)  *在庫僅少
・王明理著『詩集・故郷のひまわり』
・宗像隆幸・趙天徳編訳『台湾独立建国運動の指導者 黄昭堂』
・林建良著『中国ガン─台湾人医師の処方箋』 *在庫僅少
・盧千恵著『フォルモサ便り』(日文・漢文併載)
・黄文雄著『哲人政治家 李登輝の原点』
・李筱峰著・蕭錦文訳『二二八事件の真相』

● 台湾・友愛グループ『友愛』お申し込みフォーム
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*第1号〜第15号(最新刊)まですべてそろいました。【2017年6月8日】

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・『海の彼方』
・『台湾萬歳』
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・『KANO 1931海の向こうの甲子園』*在庫僅少
・『台湾アイデンティティー』 
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・『台湾人生』

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・2018年 李登輝元総統沖縄ご訪問(2018年6月23日・24日)*new
・2014年 李登輝元総統ご来日(2014年9月19日〜25日)
・片倉佳史先生講演録「今こそ考えたい、日本と台湾の絆」(2013年12月23日)
・渡部昇一先生講演録「集団的自衛権の確立と台湾」(2013年3月24日)
・野口健先生講演録「台湾からの再出発」(2010年12月23日)
・許世楷駐日代表ご夫妻送別会(2008年6月1日)
・2007年 李登輝前総統来日特集「奥の細道」探訪の旅(2007年5月30日〜6月10日)
・2004年 李登輝前総統来日特集(2004年12月27日〜2005年1月2日)
・許世楷先生講演録「台湾の現状と日台関係の展望」(2005年4月3日)
・盧千恵先生講演録「私と世界人権宣言─深い日本との関わり」(2004年12月23日)
・許世楷新駐日代表歓迎会(2004年7月18日)
・平成15年 日台共栄の夕べ(2003年11月30日)
・中嶋嶺雄先生講演録「台湾の将来と日本」(2003年6月1日)
・日本李登輝友の会設立総会(2002年12月15日)

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創刊日:2003-10-06  
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  • 名無しさん2019/06/28

    いつも楽しく読ませていただいております

    「李登輝はなぜ、娘たちに日本語を学ばせなかったのか」

    今回はこの題名に惹かれ熟読しました。また、記事を執筆された早川様の経歴を見て、たいへん羨ましく思った次第です。事情により離れてしまった台湾の息子や高雄への郷愁も重なり、胸が熱くなりました。

    ありがとうございます。