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日本の「生命線」台湾との交流活動や、他では知りえない台湾情報などを、日本李登輝友の会の活動とともに配信するメールマガジン。

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【メルマガ日台共栄:第3351号】 李登輝が「台湾独立」を明言しないワケ  早川 友久(李登輝元台湾総統秘書)

2018/11/23

>>>>> http://www.ritouki.jp/ ━━━━━━━━━━ 平成30年(2018年)11月23日】

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1>> 李登輝が「台湾独立」を明言しないワケ  早川 友久(李登輝元台湾総統秘書)
2>> 不毛の大地を緑野に変えた八田與一(3) 古川 勝三(台湾研究家)
3>> 明日14時30分、山本厚秀・本会理事が瀧野平四郎をテーマに「第41回台湾セミナー」
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1>> 李登輝が「台湾独立」を明言しないワケ  早川 友久(李登輝元台湾総統秘書)

【WEDGE infinity「日本人秘書が明かす李登輝元総統の知られざる素顔」:2018年11月23日】
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/14594

 李登輝は2000年に総統を退任後、9回の訪日を果たしている。李登輝の訪日が報じられると、必
ず激烈な反応を示すのが中国だ。外交部のスポークスマンが「李登輝は戦争メーカー」「台湾独立
運動の親玉」と口汚く罵る光景がお決まりのようにニュース映像で流される。

 ただ、李登輝は言う。「私はこれまで『台湾独立』など一度も主張したことがない」と。そう聞
くと誰もが疑問に思うに違いない。

 台湾を民主化に導いたばかりか、中国が演習と称して打ち込んで来たミサイルにひるむことな
く、「うろたえるな。対策は練ってある」と台湾の人々を鼓舞し続けた李登輝が、今まで台湾独立
を主張してこなかったなどと誰が信じるだろうか。

 しかしそれは事実だ。その陰には、台湾独立をめぐる複雑さと、現実主義者に徹して台湾を守り
続けた李登輝の真意がある。

◆「台湾独立」という2つの異なる主張

 日本でも、台湾が独立した存在であり続けることを応援する人たちは多い。ただ、ここで誤解さ
れやすいのが「台湾はどこから独立するのか」という問題である。

 「台湾独立」について筆者も多くの日本人から質問されたりするが、日本人が持つ「台湾独立」
に対する解釈には二通りあると言える。

 ひとつは「中華人民共和国からの独立」である。これは多分に、中国側の「台湾は中華人民共和
国の不可分の領土であり、台湾が独立することは許さない」という主張が日本メディアで多く流さ
れていることによる「弊害」なのではないだろうか。

 確かに中国は台湾を自国の領土だと主張しているが、はっきり言ってそれは荒唐無稽である。つ
まり、中華人民共和国は1949年の建国以来、一度たりとも台湾を統治したこともないわけで、もと
もと別個の存在だった台湾を「我が国のもの」と主張しても説得力に乏しい。

 とはいえ、中国は台湾との統一を「核心的利益」とまで言っているので、そうした中国との決別
の意味で「台湾独立」という主張を捉えている日本人も少なからずいる。

 もうひとつの捉え方が「中華民国体制からの独立」である。ここが「台湾問題」と呼ばれるもの
の複雑さなのだが、台湾は正式な国号を「中華民国」と呼ぶ。

 昭和20年の敗戦まで、台湾は日本の統治下にあったが、日本がアメリカに占領されたのと同様、
台湾もまた中華民国に占領された。幸い、日本は昭和27年にいわゆるサンフランシスコ平和条約が
発効して独立国としての主権を回復したが、台湾はそうはいかなかったのである。

 中国大陸では国民党率いる中華民国と、共産党による「国共内戦」が激化、共産党に敗れた国民
党は、ほうほうの体で台湾に逃げ込んでくるのだ。その結果、1949年には中国大陸に共産党率いる
中華人民共和国が成立。

 一方、台湾には国民党率いる中華民国が逃げ込んだ。いわば国ぐるみで移転してきたわけだ。台
湾にとっては、占領統治がいつの間にか居座られたようなものである。

 さらに、国民党は統治をしやすくするために、日本時代に高等教育を受けた知識層を無実の罪で
軒並み処刑した。政府に楯突くエリート層を一掃し、言論の自由を奪って恐怖政治を敷いたのだ。

 こうした状況のなか、「台湾独立」という主張が生まれてくる。つまり、中華民国政府の統治で
はなく、台湾として独立したいという考えである。

 とはいえ、台湾においては「台湾独立」は最も危険な思想であったため、台湾独立運動は主に国
外で展開された。日本統治を経験した人々にとっては、言葉が通じ、地理的にも近く、言論の自由
も保障された日本がひとつの基地になったのは言うまでもない。

◆「現実主義」に徹する李登輝の本音

 そこで冒頭の話に戻るわけだが、実際、李登輝は2007年にも台湾の週刊誌によるインタビューに
「台湾独立を主張したことはない」と答え、大きく報じられたことがあった。

 その波紋は日本にも及び、「(李登輝が)従来の立場を百八十度ひっくり返す発言をしていたこ
とが31日明らかになった。その真意をめぐって台湾政界は大揺れになっている」(2007年2月1日
付・朝日新聞)などと報じられ、李登輝を支持する日本人の間でも大騒ぎになったのを私も記憶し
ている。

 ただ、この騒ぎは文字通り「から騒ぎ」だ。なぜなら、確かに李登輝はこれまで一度たりとも
「台湾独立」を主張したことはないからだ。

 李登輝の主張は明確である。台湾の最高指導者として、いかにして台湾の「存在」を守り続ける
かに知恵を絞る現実主義者に徹していることが明確にわかる内容だ。

「台湾はすでに独立した主権国家だ。今さら台湾独立を主張して、中国ばかりか日本や米国などの
国際社会と余計な軋轢を起こす必要はない。中国とは別個の存在なのだから、この台湾の『存在』
を守りながら、台湾が国際社会から認められるために必要なことを積み上げていけばよいのだ。」

 突き詰めれば、台湾はすでに独立した存在だが、国際社会から認められるまでには至っていな
い。その足りないものをこれから補充していこう、というシンプルな考え方だ。

 ここには、前述のような「中華民国体制からの独立」といった問題には言及されていない。現実
主義の政治家たる李登輝からすれば、台湾がすでに実質的に独立した存在であり、それを今後いか
にして維持していくか、ということのほうが重要なのである。

 李登輝自身は、台湾の独立運動に関わる人たちを尊重しつつ、一方ではこれまでにも「台湾独立
を強調する人たちは、台湾のために何を解決してきたのか」と批判したこともあった。

 つまり「運動のための運動」に陥りがちな主張を「現実的ではない」と断罪したのである。

◆李登輝が「台湾独立運動」の中心人物と親しかったワケ

 ただ、日本で台湾独立運動に携わったため、長らく国民党のブラックリストに載せられて帰国出
来なかった、台湾独立建国聯盟の黄昭堂・元主席(故人)とは公私にわたって仲が良かった。

 2007年に念願の「奥の細道」をたどる訪日の旅が実現したときも、李登輝みずから黄昭堂に「一
緒に日本に行かないか」と声をかけている。

 李登輝に同行した黄昭堂だが、夜遅くにこっそり投宿先のホテルオークラに戻ってきたのを何回
か目撃した。

 「どちらへ?」と聞くと、イタズラが見つかった子供のように「東京に戻ってくるとラーメンが
食べたくてしょうがないんだ」と笑っていたことを思い出す。

 また、時にはプライベートで自宅に黄昭堂を呼び寄せ、台湾をこれからどうしていくべきか討論
を交わしながら、ウイスキーを二人で空けたこともあるんだと、李登輝は時おり黄昭堂の思い出話
をしてくれる。

 台湾独立を「これまで一度たりとも主張したことはない」という李登輝であるから、黄昭堂が人
生を捧げた台湾独立運動とは、相容れない部分もあったかもしれない。

 それでも、この二人が意気投合出来るのは、たとえやり方が異なったとしても、台湾が独立した
存在を維持し、台湾の人々の幸福を実現するという最終的な理想のかたちが共通したものだからに
違いない。

◆「実質的な台湾独立」を維持するため、日本ができること

 10月下旬、台湾の大陸委員会(対中問題を処理する窓口機関)は定期的に行われている「両岸関
係(台湾と中国の関係)」に関する世論調査の結果を発表した。そのうち「これからの台湾と中国
の関係はどのようになるのを望むか」という設問については、実に80パーセント以上もの人々が、
「まずは現状維持」あるいは「永遠に現状維持」を選択した。

 台湾が自由かつ民主主義陣営として、日本と連なる位置に存在することは、安全保障の面からみ
ても、大きな意義がある。

 アジアの近隣諸国を頭に思い浮かべてほしい。現在、アジアにおいて日本と同じ「自由、民主、
人権、言論の自由」などといった価値観を共有できる国が他にあるだろうか。

 そうした意味で、台湾が中国と別個の存在であり続けることが、日本にとって大きな国益にもな
る。外交関係こそないものの、アジアにおいて台湾だけが日本のパートナーになりうると断言して
もいいだろう。

 目下、台湾の人々が中国との関係を「現状維持」のままでいたいと望んでも、中国は絶え間な
く、台湾を統一するための攻勢を仕掛けてきている。台湾の独立した存在が失われれば、安全保障
はもとより、日本は同じ価値観を共有できるパートナーを失い、アジアで孤立した存在になるだろう。

 台湾が中国とは別個の存在であり続けるために、台湾の国際機関へのオブザーバー参加支援、外
交関係がなくとも提携できる分野、たとえば経済や文化、科学技術、教育面での協力関係締結な
ど、日本ができる方策は山ほどある。それを実行させるためには、ひとりでも多くの日本人が台湾
の重要性を理解することだ。

 それが、現実主義に徹することで台湾の「存在」を確保し、実質的な台湾独立を維持し続けるこ
とを可能にした李登輝の思いに応えることではないだろうか。

              ◇     ◇     ◇

早川友久(はやかわ・ともひさ)
1977年(昭和52年)6月、栃木県足利市生まれ。現在、台湾・台北市在住。早稲田大学人間科学部
卒業後、金美齢事務所の秘書として活動。2008年に台湾大学法律系(法学部)へ留学。台湾大学在
学中に3度の李登輝訪日団スタッフとしてメディア対応や撮影スタッフを担当。2012年12月、李登
輝元総統の指名により李登輝総統事務所秘書に就任。共著に『誇りあれ、日本よ─李登輝・沖縄訪
問全記録』『日本人、台湾を拓く。』など。

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2>> 不毛の大地を緑野に変えた八田與一(3) 古川 勝三(台湾研究家)

 古川勝三(ふるかわ・かつみ)氏が7月からの連載「不毛の大地を緑野に変えた八田與一」の最
終回を迎えた。2回目のときに「八田の事績についてなら古川勝三氏の右に出る人はいないなと改
めて思わされる」と記したが、3回目を読んでその印象はさらに深まった。

 あの独特のポーズをとる八田與一銅像の行方を詳しく記し、新たに発見した八田の手紙から、米
国が最初に開発したとされているセミハイドロリック工法は米国よりも早く八田が独創していたこ
とを明らかにしている。

 また、外代樹夫人が8人の子供を残して入水死した原因についても、古川氏なりの見解を明らか
にしている。味読されたい。

◆不毛の大地を緑野に変えた八田與一(1) 古川 勝三(台湾研究家)
 【nippon.com「台湾を変えた日本人シリーズ」:2018年7月28日】
 https://www.nippon.com/ja/column/g00557/

◆不毛の大地を緑野に変えた八田與一(2) 古川 勝三(台湾研究家)
 【nippon.com「台湾を変えた日本人シリーズ」:2018年9月23日】
 https://www.nippon.com/ja/column/g00570/

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不毛の大地を緑野に変えた八田與一(3) 古川 勝三(台湾研究家)
【nippon.com「台湾を変えた日本人シリーズ」:2018年11月18日】
https://www.nippon.com/ja/column/g00614/

◆戦後37年間、嘉南の人々に守られた八田與一の銅像

 1930年5月、嘉南大圳(かなんたいしゅう)の心臓部である烏山頭ダムが完成し、15万ヘクター
ルの大地に「神の与えし水」が満たされ、世紀の大事業が終わった。技師の八田與一は再び台湾総
督府に復帰することになった。烏山頭の従業員も新たな職場に異動し、再び集まることはないはず
である。苦楽を共にしてきた10年間の歳月がいとおしく、別れづらかった。

 「何か記念になるものを残しておきたい」。従業員の中から自然発生的に声が上がった。「そう
だ、八田所長の銅像をつくって、起点に置こう」

 固辞していた八田は「台の上から見下ろしているような像にだけはしないでほしい」という条件
を付けて同意した。

 発起人総代は機械課長の蔵成信一がなった。従業員からの寄付と校友会からの贈呈分を合わせる
と、1779円にもなった。現在の価値にすると800万円ほどであろうか。銅像の制作は東洋のロダン
と呼ばれた彫刻家・朝倉文夫に師事した都賀田勇馬に1200円で依頼した。起点に腰を下ろしいつも
頭髪を触りながら思索する姿の銅像が、31年7月8日、烏山頭に運び込まれた。

 時は流れ、日本の戦局が悪化すると、金属類供出令による銅像や釣り鐘の供出が行われた。八田
の銅像も例外ではなく、烏山頭から姿を消した。

 45年8月15日、戦争はポツダム宣言の受諾により終わり、台湾は放棄されることになった。八田
の銅像は供出後、行方不明のままだった。ところが偶然にも台南市内の闇市で、かつて八田の部下
だった坂井茂の息子が見つけて父親に伝えた。坂井は、すぐに嘉南農田水利協会に連絡した。銅像
の無事を喜んだ水利協会は、直ちに買い取り、番子田(現在の台南市隆田)にある協会倉庫に運び
込んだ。日本人の銅像や神社が撤去される時代である。銅像の存在が発覚するのを恐れた水利協会
は、夜陰に乗じて烏山頭に運び、かつての八田家のテラスに置いた。ところが、台南神社の神馬の
尻尾が切り取られ売られるという事件が起きた。心配した水利協会は、ダムの管理事務所の地下室
に銅像をしまい込み、以後30年余り封印した。

 75年、水利協会は、銅像を再設置するための許可願を政府に提出したが、日本との国交断絶とい
う煮え湯を飲まされたことが影響したのか、「不許可」だった。その3年後、再度許可願を提出し
たが、無回答だった。黙認と考えた水利協会は万一、銅像が壊されても再度作れるように型を作
り、今度はそれを地下室に隠した。八田の銅像は81年に台座を付けて元の場所に再び設置された。
烏山頭から姿を消して37年が経過していた。嘉南の人々は、苦労して八田の銅像を守り抜いたので
ある。

◆友人への手紙から分かった八田與一の先見性

 八田が設計した烏山頭ダムはセミハイドロリックと呼ばれるもので、粘土を含む砂利を送水管で
運び、積み上げてダムを造る工法だ。この工法には「セミ」が付いているが、土砂の運搬に水を使
わず列車を使って運んでいるからで、東洋では唯一、その規模が世界最大の半射水式アースダムで
ある。八田がこの工法を提案した理由は2つある。一つは日本同様に地震の多い台湾で1273メート
ルもの長大なダムをコンクリートで造りたくなかった。さらにダムを構築する烏山頭周辺の地質が
粘土質で、近くの曽文渓には築堤に必要な砂利が大量にあったからだ。実際、烏山頭ダムにはわず
か0.5%のコンクリートしか使われていない。

 八田の親友に1年後輩の石井頴一郎がいた。石井は1885年、神奈川県横須賀市に生まれ、1911年
の大学卒業後は横浜市水道局を皮切りに、水力発電などを研究、特にダム工事を研究した。38年10
月、日本電力取締役を辞任し、台湾電力顧問に就任。大甲渓、その他のダム、発電所について工法
指導をした技師である。八田とは生涯の友で、頻繁に手紙のやりとりをした。その中にセミハイド
ロリックに関する貴重な八田からの手紙が見つかったので紹介する。

「米国でシルラーという技師が射水式ダムを考案した。ダム付近の高地にある土砂に射水を吹き付
けて山地を崩かいし、桶(おけ)でその土汁を運搬して、ダムを造るのであるが、常に条件が良い
というわけにはいかないから『カラベラスダム』の如(ごと)きは、礫(れき)が不足のため工事
中決壊を起こした。烏山頭は周囲の山が全部粘土だから、この土だけでダムを造るのは危険である
と思った。そこで曽文渓から適当な砂礫(されき)を汽車で運搬してきて、ダムの両側に捨て、そ
れに射水して粒度を大小に分解しダムを築造する案を考え出した。その頃はまだ米国に半射水式ダ
ムの現れていない時代だったから奇抜な方法と思われたのも無理はない。自分はこの工法がベスト
と信じたから、それを実行しようとした。

 ところが当時の○○技監(注:文字が不明瞭のため○○とした)や山形課長はどうしても許して
くれない。そのような射水ダムは、ないというのである。だから自分が発明したのだと言っても、
外国にないものは、相成らぬと言って、大反対だった。しかし、自分はその工法以外に安全な案は
ないと信じていたから、それなら自分の意見を学会に発表して賛否を問うことにしてはどうかと申
し出たところが、かかる役所の秘密を発表することはもっての外だと言って、これさえ許してくれ
ない。かといってみすみす危険だと思う工法を遂行することができるものではない。

 かような有様でもめていたが、大正9年米国でホルムスという技師が半射水式を発明し、一方純
射水式のカラベラスが工事中潰れたので、漸く自分の意見が認められ、半射水式工法によってあの
ダムが出来たのであった。同時に15万町(1町=約1ヘクタール)歩の耕地が、甘藷と水稲と三年輪
作に成功したのも、自分の創案が認められた結果である。こんな訳で半射水式は米国に先鞭(せん
べん)をつけられたが、自分の創案の方がはやかったことをひそかに誇りにしている」

 この手紙は、八田がセミハイドロリック工法と三年輪作給水法(3種類の作物を輪作し、1年ごと
に給水地域を変える方法)を創案していたことが伺える貴重な資料である。もしこの時、八田の提
案を受け入れて実施していたら、烏山頭ダムはセミハイドロリック工法による世界初の世界最大の
ダムとして記憶されたに違いない。役人の「前例がない」思考は、昔も今も変わりがない。

◆墓碑はダムを見下ろす場所に設置

 1942年5月8日、八田が乗った大洋丸は、米国潜水艦の攻撃で撃沈され、1000人余りの優秀な技術
者と共に東シナ海に沈んだ。享年56歳だった。一方、外代樹夫人は、夫の死後も台湾に残り、終戦
時は、浩子、玲子、成子と共に疎開先の烏山頭で迎えていた。学徒動員に出ていた次男の泰雄が8
月31日に帰ってきた翌9月1日未明、「玲子も成子も大きくなったのだから、兄弟姉妹仲良く暮ら
してください」と遺書をしたため、烏山頭ダムの放水プールに身を投げた。45歳の若さだった。

 戦後、外代樹夫人の死は「夫を慕うあまりの死」として語られ日本人女性の美徳として広まって
いた。大宅壮一ノンフィクション賞作家の鈴木明氏でさえも78年に出版された「続・誰も書かな
かった台湾」の中で「電報を手にしたとき『みやと慕いてわれはゆくなり』 という遺書を残して
嘉南大[土川]に身を投げて死んだ」と間違った記述をしている。 この間違った遺書の与えた影響
は小さくない。外代樹夫人の死は、殉死でなく精神的なダメージを受けた結果の死と考えるのが妥
当と筆者は考えている。そうでなければ、利発な外代樹夫人が8人もの子どもを残して死ねるわけ
がない。

 終戦当時、烏山頭出張所の所長だった赤堀信一は、六女の成子から外代樹夫人の不明を知らさ
れ、真っ先に現場に駆け付けた。八田夫妻とは古くから交流があった。赤堀は八田夫妻が烏山頭の
地で永眠することを願い、水利協会に相談した。夫妻が「台湾に永住する」ことを聞いていた水利
協会の職員は、赤堀の申し出に即断し、ダムを見下ろす場所に墓碑を置くことに同意した。

 大理石なら幾らでもある台湾で、日本式の墓石にするため御影石を探した。高雄で福建産の墓石
を見つけ、銅像があった場所の後ろに建立した。46年12月15日のことである。墓碑には昭和21年で
なく中華民国35年と彫られた。赤堀の指示だった。「中華民国暦にしておけば、将来この墓碑が台
湾人によって造られたと言われるようになるだろうが、それで良い。八田夫妻もそれを喜ぶはずで
ある」。やがて歴史はそれを証明することになる。

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3>> 明日14時30分、山本厚秀・本会理事が瀧野平四郎をテーマに「第41回台湾セミナー」

 群馬県には、今でも台湾で尊敬されている人物が多く、これまで「台湾紅茶の父」新井耕吉郎、
「最後の台南市長」羽鳥又男、「台湾風土病の撲滅」羽鳥重郎、芝山巌事件で斃れた六士先生の一
人の中島長吉、「台湾図書館の父」石坂荘作などが知られています。

 瀧野平四郎(たきの・へいしろう)という人物も「水道の恩人」として尊敬され、記念碑まで建
てられています。実は、この瀧野の事跡を見出したのが本会理事で群馬県支部長の山本厚秀(やま
もと・あつひで)氏です。

 山本氏は3年前に偶然目にしたある掌編で瀧野のことを知りましたが、群馬県内で聞いても名前
さえ知らない人がほとんどで、どういう人物なのかも掌編以上のことは分からなかったそうです。
そこで、残されていた写真を手掛かりにお墓を探し、お墓からご遺族を探し当て、記念碑が建立さ
れていたとされる雲林県古坑郷を訪ねるなど、苦労の末に瀧野の事跡を明らかにしていったそうです。

 山本氏には昨年8月の第30回台湾セミナーで「芝山巌事件と中島長吉先生」をテーマにお話しい
ただいていますが、今年最後となる台湾セミナーで山本氏を講師に招き、瀧野平四郎の詳しい事蹟
や、見出すまでのご苦労などを交えてお話しいただきます。

 セミナー終了後は、講師を囲んで懇親会を開きます。ご参加の方は、申し込みフォーム、メー
ル、FAXにてお申し込み下さい。

*山本理事には本会の機関誌『日台共栄』9月号にて、台湾セミナーの演題と同じタイトル「台湾
 で尊敬される『水道の恩人』瀧野平四郎」を寄稿していただいています。下記の本会HPからご
 覧ください。
 http://www.ritouki.jp/index.php/magazine/magazine042/

*12月の台湾セミナーは、宮崎正弘氏を講師に招いて開く23日の「日台共栄の夕べ」と兼ねておこ
 ないますのでお休みです。

*1月の台湾セミナーは、1月19日(土)14時30分から、文京区民センター3-D会議室を予定して
 います。

 平成30年(2018年)11月吉日

                                    日本李登輝友の会

                    記

◆日 時:平成30年(2018年)11月24日(土)午後2時30分〜4時30分(2時開場)

◆会 場:文京区民センター 3-C会議室

      東京都文京区本郷 4-15-14 TEL:03-3814-6731
      【交通】 都営地下鉄:三田線・大江戸線 春日駅 A2出口 徒歩2分
           東京メトロ:丸ノ内線・南北線 後楽園駅 4b出口 徒歩5分
                     JR総武線 水道橋駅 東口 徒歩10分

◆演 題:台湾で尊敬される「水道の恩人」瀧野平四郎

◆講 師:山本厚秀氏(日本李登輝友の会理事)

      [やまもと・あつひで] 昭和20年(1945年)9月、東京生まれ。1968年、日本大学理工
      学部工業化学科卒業。同大学理工学部副手をつとめるも2年後に退職。その後、化粧
      品関係の研究開発の技術職を経て前橋工場長をもって1979年に退職。以後、自営業
      (シルバー人材センター)にて今日に至る。2012年、高崎に台湾文化研究会を創設
      (翌年、台湾悠遊倶楽部に改称)。2015年2月、本会群馬県支部を設立して支部長に
      就任。同年3月、本会理事に就任。

◆参加費:1,500円(会員) 2,000円(一般) 1,000円(学生)
     *当日ご入会の方は会員扱い

◆申込み:申込フォーム、メール、FAXにて。 *11月22日(木) 締切

      申込みフォーム:https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/m85qxmzjhqch
      E-mail:info@ritouki.jp  FAX:03-3868-2101

◆懇親会:講師を囲んで会場の近くにて [参加費=3,000円 学生:2,000円]

◆主 催:日本李登輝友の会
 〒113-0033 東京都文京区本郷2-36-9 西ビル2A
 TEL:03-3868-2111 FAX:03-3868-2101
 E-mail:info@ritouki.jp
 HP:http://www.ritouki.jp/
 Facebook:http://goo.gl/qQUX1
 Twitter:https://twitter.com/jritouki

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2018年11月24日「第41回台湾セミナー」申込書

・ご氏名(ふりがな):
・メールアドレス:
・性 別:男性・女性
・ご住所
・お電話
・会 籍: 会員 ・ 一般 ・ 入会希望
・懇親会: 参加 ・ 不参加

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【日本李登輝友の会:取扱い本・DVDなど】 内容紹介 ⇒ http://www.ritouki.jp/

*ご案内の詳細は本会ホームページをご覧ください。

● 台湾フルーツビール・台湾ビールお申し込みフォーム
  https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/rfdavoadkuze

*台湾ビール(缶)は在庫が少なく、お申し込みの受付は卸元に在庫を確認してからご連絡しますの
 で、お振り込みは確認後にお願いします。【2016年12月8日】

● 美味しい台湾産食品お申し込みフォーム【常時受付】
  https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/nbd1foecagex

*新たに「台湾の高級調味料XO醤」をご案内しています。【2018年11月14日】

*沖縄県や伊豆諸島を含む一部離島への送料は、宅配便の都合により、恐縮ですが1件につき
 1,000円(税込)を別途ご負担いただきます。【2014年11月14日】

*パイナップルケーキ・マンゴーケーキを同一先へ一緒にお届けの場合、送料は10箱まで600円。

・奇美食品の「鳳梨酥」「芒果酥」 2,900円+送料600円(共に税込、常温便)
 [同一先へお届けの場合、10箱まで600円]

・最高級珍味「台湾産天然カラスミ」 4,160円+送料700円(共に税込、冷蔵便)
 [同一先へお届けの場合、10枚まで700円]

● 書籍お申し込みフォーム
  https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/uzypfmwvv2px

・劉嘉雨著『僕たちが零戦をつくった─台湾少年工の手記』 *new
・渡辺利夫著『決定版・脱亜論─今こそ明治維新のリアリズムに学べ』
・呉密察(國史館館長)監修『台湾史小事典』(第三版)
・李登輝・浜田宏一著『日台IoT同盟』 *在庫僅少
・王育徳著『台湾─苦悶するその歴史』(英訳版) *在庫僅少
・浅野和生編著『1895-1945 日本統治下の台湾』
・王明理著『詩集・故郷のひまわり』
・李登輝著『李登輝より日本へ 贈る言葉』 *在庫僅少
・宗像隆幸・趙天徳編訳『台湾独立建国運動の指導者 黄昭堂』
・林建良著『中国ガン─台湾人医師の処方箋』 *在庫僅少
・盧千恵著『フォルモサ便り』(日文・漢文併載)
・黄文雄著『哲人政治家 李登輝の原点』
・李筱峰著・蕭錦文訳『二二八事件の真相』

● 台湾・友愛グループ『友愛』お申し込みフォーム
https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/hevw09gfk1vr

*第1号〜第15号(最新刊)まですべてそろいました。【2017年6月8日】

● 映画DVDお申し込みフォーム
https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/0uhrwefal5za

・『海の彼方』
・『台湾萬歳』
・『湾生回家』
・『KANO 1931海の向こうの甲子園』
・『台湾アイデンティティー』 
・『台湾アイデンティティー』+『台湾人生』ツインパック
・『セデック・バレ』(豪華版)
・『セデック・バレ』(通常版)
・『海角七号 君想う、国境の南』
・『台湾人生』

● 講演会DVDお申し込みフォーム
https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/fmj997u85wa3

・2018年 李登輝元総統沖縄ご訪問(2018年6月23日・24日)*new
・2014年 李登輝元総統ご来日(2014年9月19日〜25日)
・片倉佳史先生講演録「今こそ考えたい、日本と台湾の絆」(2013年12月23日)
・渡部昇一先生講演録「集団的自衛権の確立と台湾」(2013年3月24日)
・野口健先生講演録「台湾からの再出発」(2010年12月23日)
・許世楷駐日代表ご夫妻送別会(2008年6月1日)
・2007年 李登輝前総統来日特集「奥の細道」探訪の旅(2007年5月30日〜6月10日)
・2004年 李登輝前総統来日特集(2004年12月27日〜2005年1月2日)
・許世楷先生講演録「台湾の現状と日台関係の展望」(2005年4月3日)
・盧千恵先生講演録「私と世界人権宣言─深い日本との関わり」(2004年12月23日)
・許世楷新駐日代表歓迎会(2004年7月18日)
・平成15年 日台共栄の夕べ(2003年11月30日)
・中嶋嶺雄先生講演録「台湾の将来と日本」(2003年6月1日)
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  • 下津井よいとこ2018/11/25

    〔外国労働者受け入れ絶対反対〕

    入管法改正案緊急反対集会(11月27日)

    日時 平成30年11月27日午後6時半から

    場所 文京シビックセンター26階



    外国人移民政策絶対反対緊急国民行動(11月27日)

    日時 平成30年11月27日午後2時半から午後4時迄

    場所 首相官邸前

    外国人移民政策絶対反対緊急国民行動(11月29日)

    日時 平成30年11月29日午後5時から午後7時迄

    場所 首相官邸前から第二議員会館前

     (プラカード持参可 但し民族差別的なものは禁止

      国旗以外の旗類・拡声器の持込はご遠慮下さい。) 







    〔朝日新聞関連〕

    朝日新聞に対する連続抗議行動は、

    平成30年11月27日正午から午後1時迄、築地の朝日新聞本社前にて



    (チャンネル桜のホームページに出ていました。)



  • 下津井よいとこ2018/11/25

    〔入管法改正案は撤回を〕

     外国人労働者受け入れに関して、各方面から強い懸念や批判が相次いでいます。

     十分な議論や審議が行われないままに、また、各方面からの強い批判や反対の声を押し切って法案を通過させてしまうのでしょうか。

     外国人労働者の受け入れは我が国社会の安泰を揺るがしかねません。また、ようやく好転しかけた経済の足を引っ張る危険性があります。重大な禍根が顕在化してから後悔しても手遅れです。

     内閣や与党が法案を急浮上させて短期間で成立させようとしていることを不可解に思っている人が多いと思われ、これから先、有権者が徐々に内閣や与党に対して不信感を募らせていくことも想像されます。

     入管法改正案は撤回すべきです。