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メールマガジン日台共栄

日本の「生命線」台湾との交流活動や、他では知りえない台湾情報などを、日本李登輝友の会の活動とともに配信するメールマガジン。

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【メルマガ日台共栄:第3263号】 東葛川柳会と台湾川柳会の日台交流を朝日新聞が報道

2018/07/30

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1>> 東葛川柳会と台湾川柳会の日台交流を朝日新聞が報道
2>> 台湾の川柳  阿川 弘之
3>> 不毛の大地を緑野に変えた八田與一(1) 古川 勝三(台湾研究家)
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1>> 東葛川柳会と台湾川柳会の日台交流を朝日新聞が報道

 台湾には和歌の「台湾歌壇」、俳句の「台湾俳句会」、川柳の「台湾川柳会」など、日本オリジ
ナルの短詩を日本語で詠む会がある。台湾で開かれる毎月の歌会や句会に、台湾在住の日本人が参
加したり、双方で投稿しあうなど、それぞれに日本との交流も盛んだ。

 日本台湾交流協会台北事務所は2014年以降、天皇誕生日祝賀レセプション当日、長年にわたり日
本文化の紹介や普及活動を行い、対日理解の増進に大きく貢献した文化団体を表彰し感謝状を贈呈
している。2014年には台湾歌壇、2015年には台湾俳句会、2016年には台湾川柳会がそれぞれ受賞し
ている。

 7月28日付の朝日新聞「ちば東葛版」に、4段抜きの写真入りで大きく東葛川柳会と台湾川柳会に
よる日台交流が掲載された。

 東葛川柳会の江畑哲男(えばた・てつお)代表はさっそくブログでこの記事について取り上げ
「昨日は、朝の早い段階から拙宅にメール等を頂戴して、『読みましたよ』『良い記事でした』
『よかったですね』等々のお知らせをいただきました。有難うございます」とつづられている。

 江畑代表は2014年3月、台湾川柳会の創立20周年を記念し、台湾川柳会との共編で、初の日本と
台湾の川柳交流句集『近くて近い台湾と日本―日台交流川柳句集』(新葉館出版)を出版してい
る。本書には、故阿川弘之・本会名誉会長のエッセイ「台湾の川柳」も収録されている。本誌です
でに2、3度、阿川名誉会長の12年前のこの心温まる佳品を紹介しているが、改めて読み直し、やは
り名文だと感服した。別途ご紹介したい。

 また「台湾歌壇」や「台北俳句会」のメンバーが、交流する日本の歌会や句会に参加していると
いう話は寡聞にして知らないが、台湾川柳会はカウンターパートの東葛川柳会の句会にも参加して
いる。その点で、日台交流の成果をもっとも上げていると言えるかもしれない。

 7月29日付の朝日新聞のインターネット版が同じ写真を使ってこの記事を掲載しているので下記
に全文をご紹介したい。また、東葛川柳会のホームページと江畑代表のブログも併せてご紹介したい。

◆東葛川柳会
 http://tousenkai.cute.coocan.jp/

◆江畑哲男川柳ブログ
 https://shinyokan.jp/senryu-blogs/tetsuo/

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千葉)柏などの川柳愛好家、五七五で台湾と国際交流
三国治
【朝日新聞:2018年7月29日】

https://digital.asahi.com/articles/ASL7K4RQ3L7KUDCB00X.html?_requesturl=articles%2FASL7K4RQ3L7KUDCB00X.html&rm=451
写真:東葛川柳会の句会で選者を務めた杜青春さん(左)と江畑哲男さん=2018年6月23日、千葉県松戸市、三国治撮影

 千葉県柏市や同県我孫子市などの愛好家でつくる「東葛川柳会」が、10年以上前から台湾と交流
を続けている。今年も6月に台湾川柳会の代表を迎えて句会を開いた。代表を務める我孫子市の江
畑哲男さん(65)は「台湾の人たちの独自の視点や美しい日本語にはっとさせられる。さらに交流
を深めていきたい」と話す。

 東葛川柳会は1987年に発足し、会員は現在約350人。一方、台湾川柳会は日本統治時代(1895〜
1945年)に日本語教育を受けた数人で94年に結成された。現在の代表は日系の銀行に勤める杜青春
(とせいしゅん)さん(56)。会員は台湾の人が十数人、日本人も含めると約80人になるという。

 2005年3月から本格的な交流が始まった。江畑さんは、海外での句会を望む会員の声を受け、機
関誌の交換をしていた台湾川柳会との「世界初」の国際合同句会を計画。3泊4日で台北を訪れた会
員21人が台湾側の15人と一緒に投句し、日台双方の選者が入選作を選んだ。「日本語で川柳の話な
どができて楽しかった」と多くの会員が振り返る。

 その後も江畑さんと杜さんらが毎年のように行き来して、互いの句会に参加。今年6月23日に千
葉県松戸市で開いた句会で選者を務めた杜さんは「川柳を通じて多くの方とお付き合いできて楽し
い。ものの見方など勉強になることも多い」と話した。東葛川柳会の約15人は、台湾川柳会の毎月
の例会にメールで投句している。

 《台湾に来て日本語を正される》。何度も訪台している江畑さんの句だ。台湾川柳会の会員は80
〜90代が中心で、江畑さんたちの日本語の「乱れ」を指摘するという。05年の合同句会に参加した
千葉県流山市の大戸和興(かずおき)さん(78)は「『別腹』と書いたら、『そんな言葉はない』
と叱られた」と話す。台湾の人たちが「逢(あ)い引(び)き(=男女の密会)」などの古い言葉
を使っているのにも驚いたという。

 「台湾ならではの句も面白い」と江畑さん。例えば、《エリーゼがゴミの時間と歌ってる》《バ
スが来て手をあげちゃった日本で》。台湾では、ゴミ収集車は「エリーゼのために」や「乙女の祈
り」を流しながら回ってくる。また、停留所でバスを止める時には手をあげるのが普通だという。

 江畑さんは東葛川柳会だけでなく、広く日本と台湾との交流にも力を入れている。台湾川柳会の
発足20周年だった14年には、杜さんらと一緒に「近くて近い台湾と日本―日台交流川柳句集―」
(新葉館出版)を編集、出版。日本と台湾の計122人の合わせて1830句を掲載した。

 来年は台湾川柳会の発足25周年で、3月に台北で記念式典と句会が予定されている。江畑さんは
東葛川柳会の会員有志と一緒に参加するという。(三国治)

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2>> 台湾の川柳  阿川 弘之

【文藝春秋:平成18年(2006年)11月号(第84巻 第16号)「葭の髄から105」】

 台湾には、日本語の読み書きが自由に出来て、日本が好きで、日本の伝統文化や生活習慣に強い
親しみを抱いてゐる人たちが大勢ゐた。過去形で「ゐた」と書くのは、その人たちの大半が日本統
治時代の生れ、終戦の年学齢に達したばかりの童児童女だつたとしても、もはや古稀が近く、構成
員の急速に減りつつある世代だから。

 此の台湾の老齢者社会の中に、大勢ではないかも知れないが、依然相当数の歌人がおり、俳人が
おり、それぞれの結社を作つて今尚、日本流短詩創作の活動をつづけてゐる。彼らの地道な営み
は、一つが「台湾万葉集」、一つが「台湾俳句歳時記」となつて結実し、近年日本で出版された。
昔ポルトガルの船員が麗しの緑の島と称へたフォルモサ万葉集の編著者孤蓬万里氏は、本名呉建
堂、台北帝大医学部出身のお医者さんで、而も剣道八段、どこの国の詩歌ともあまり縁の無ささう
なご経歴だが、さきの大戦末期、旧制台北高等学校理科の生徒当時、犬飼孝教授の万葉集講義に深
い感銘を受け、それが歌作りを始めるきつかけとなつたらしい。

 戦後、医業に携はるかたはら季刊誌「台北歌壇」を創刊し主宰し、長い歳月かけて、同好の士の
詠草約5千首を集めた私家版「台湾万葉集」を作り上げる。東京の集英社がこれの復刊本を刊行
(早くから注文してゐた詩人大岡信氏に負ふところ大きかつたと聞く)、同書は1996年度の菊池寛
賞を受賞した。今はもう故人だが、その頃壮健だつた呉建堂医学博士が台湾より来日、賞の贈呈式
に出席、さかんな拍手を浴びて、新聞雑誌でも報道され、「日本語のすでに滅びし国に住み短歌
(うた)詠み継げる」(孤蓬万里作歌)人々のことが、我が国読者層の間に広く知られるやうにな
つた。

 もう1冊の「台湾俳句歳時記」は、「台湾万葉集」に8年遅れて2003三年、東京西神田の言叢社が
出した。著者黄霊芝氏は1928年台南市の生れ、作家で彫刻家で台北俳句会会長、著者自身の格別の
配慮か、篇中各所に台湾の風物民俗を撮つた美しいカラー写真が170、80枚ちりばめてあつてなる
ほど台湾と日本では四季の移り変はりがちがふ、年中行事のやり方も、花や鳥や魚の種類もちが
ふ、独特の歳時記が必要だらうなとよく分り、句作をしない私にも、読んで面白く眺めて楽しい本
であつた。

 ところでさて、此処まで実は前置き、これからが本論です。

 日本の統治下を離れて61年、日本語を話せぬ世代が多数派となつた台湾に、今も歌人俳人がをり
歌壇俳壇があることは叙上の通り、一応の認識を私も持つてゐるつもりだつたが、川柳を作る人た
ちがゐようとは、およそ想像すらしてゐなかつたから、先々月「酔牛」といふ題の台湾川柳句集の
寄贈を受け、内容を見て驚きましたねえ。

 著者は「台湾川柳会」の前会長李琢玉氏(本名李[王呈]璋)、発行元は大阪の新葉館出版、番傘
川柳会その他の会の役員で日本の川柳作家として名高い今川乱魚氏が編者をつとめてゐる。乱魚氏
と並んで、著者の友人蔡焜燦氏が序文を寄せており、その一節に曰く。

「あの男は、口が裂けても『私は中国人だ』とは言わない」

「あの男は、知日家でもなく、親日家でもない。私の造語『愛日家』でもない。自らを『懐日家』
と名乗っておる」

 そのあと、あの男、すなわち琢玉宗匠が、戦争中召集を受けてお国の為に一所懸命戦つた日本陸
軍の兵士だつたことが匂はせてある。

 蔡焜燦さんは亡き司馬遼太郎氏の著作に度々「老台北」の名で登場する台湾財界の雄、読者の多
くが御存じであらう。その蔡さんが乱暴な言い方で「あの男、あの男」としたしみを示す本名李珵
璋氏の、「懐日派」風川柳を五句ばかり引用紹介して置こう。

湯豆腐が満悦至極総入れ歯
文部省歌は覚えている痴呆
過ぎ去った国の旨さを握り寿司
カタカナ語昭和も終に遠くなり
世界一イジメ甲斐あるクニ日本

 読んでくすりと笑ひさうになるのが川柳本来の持ち味であらうけれど、私は何遍か、ほろりと涙
ぐみさうになつた。李さんの日本語を、軽みと堅確さと両方兼ね備へた由緒正しい立派な日本語だ
と感じたのが、ほろりの原因の一つである。

 「酔牛」巻頭、著者の肖像写真に「1999年1月8日、友愛会(美しい日本語を守る会)にて撮影」
とキャプションが添へてあるのを見て、一層その感を深くした。さうか、現在の日本は、表向き国
交を絶つてゐる国の老詩人に頼つて国語の品位を保つて行かねばならぬ程、文教面で落ちぶれた国
になつてしまつたのかと思つた。

 此の人の、或は此の人たちの、日本へ寄せる懐旧の情、「世界一イジメ甲斐ある」現状に対する
憂慮、それを私どもはどう受けとめ、何を以て応へたらいいのだらう。私なぞ、涙を泛べてただ感
謝するだけの能しか無いけれど、若い元気な世代の有志はどうか発奮して下さい。たかが川柳と思
ふ勿れ。十七文字の中に、縷々人の世の重大事が秘められてゐる。

 ちなみに、琢玉宗匠李珵璋氏は、――話が前後して礼を失するかたちになるが、かねて癌を患つ
てゐて、著書の上梓を待たず、昨年満80歳で亡くなられたさうだ。未知の間柄に終り、歿後初めて
業績を知つたわけだが、川柳に托した故人の素志を偲びつつ、謹んで哀悼の意を表する。

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3>> 不毛の大地を緑野に変えた八田與一(1) 古川 勝三(台湾研究家)

【nippon.com「台湾を変えた日本人シリーズ」:2018年7月28日】
https://www.nippon.com/ja/column/g00557/

 5月8日が来ると思い出す情景がある。35年前の1983年、台湾・台南市にある烏山頭ダムの近くで
行われた「八田與一慰霊追悼式」。海外派遣教員として高雄日本人学校に勤務して3年目を迎えて
いた私は、台南駅で嘉南農田水利会の呉徳山氏と黄粲翔氏に迎えられ式典に参加した。技師だった
八田の銅像前には供物が並べられ、3人の尼僧が来ていた。総勢40人あまりが参加した式典が終わ
ると、参加者らは片付けをしながら話し始めた。

「八田さんが生きていたら、96歳やな」と流ちょうな日本語が聞こえる。

「八田さんが工事をしなかったら、米ができる土地にはならなんだ。大恩人や」八田の話で会話が
広がる。

「いや、大恩人というより神様や。神様と思っている人間が、嘉南には多い」と言う。

 私が「日本人のためにこんな式典をしていただいてありがとうございます」と頭を下げると、
「違う違う、八田さんは亡くなって台湾人になったのです。お礼をいうのは私たちの方ですよ。こ
の式典に参加いただいた日本人は戦後ではあなたが最初です。来ていただいてありがとうございま
す」と言われた。

 嘉南の農民から神のように慕われ、命日が来る度に欠かさず墓前追悼式が執り行われる八田とは
どのような人物なのか。そして台湾で何をしたのか。行動記録や彼にまつわる秘話を数回に分けて
紹介したい。

◆度量の大きさは子どもの頃から

 八田は1886年、石川県河北郡今町村で生まれた。姉1人、兄4人の末っ子だった。父の四郎兵衛は
約15ヘクタールの田畑を持ち、豪農として村人からの信望が厚かった。八田は四郎兵衛が50歳を超
えて生まれた子供で、末っ子ということもあって、特にかわいがられた。八田はそれをいいことに
ガキ大将に育ってゆく。庭の木の上から「おーい」と叫ぶと、近所の子供が集まってきて「よいっ
ちゃん、今日は何するのや」という具合である。

 花園尋常小学校、森本高等小学校、金沢第一中学校を卒業すると、金沢市の第四高等学校に入学
し、日本を代表する哲学者の西田幾多郎に学んでいる。四高での成績は80点前後、中の上で秀才で
はなく努力の人といった方が近い。

 数学が得意だった八田は、土木の道に進むべく東京帝国大学土木工学科に入学する。ここでその
後の人生に大きく影響する恩師と出会う。広井勇である。札幌農学校2期生で新渡戸稲造、内村鑑
三、宮部金吾、南鷹次郎らと同期だった。欧米へ自費で6年間留学後に帰国。27歳で札幌農学校助
教授、30歳で小樽築港所長を拝命、35歳で小樽北防波堤を設計・施工した偉大な技師だ。37歳で東
京帝大教授に抜てきされ、多くの優秀な若者を育て世に送り出した。「広井がいなければ、日本の
近代土木は50年の後れをとった」と言われるほどの偉大な教育者でもあった。

 学生の八田は言うことが大きく「大風呂敷の八田」というあだ名が付いていたが、その大風呂敷
に教授の広井は目を細めて見守った。「八田に内地は狭すぎる。内地にいれば、狭量な役人に疎ん
じられる。八田の風呂敷は外地でこそ生かされる」と言って、台湾行きを勧めたのも広井だった。

◆最年少で「桃園[土卑][土川]」の大かんがい工事を担当する

 八田は土木の新天地・台湾行きを迷うことなく決め、卒業した翌月の1910年8月に渡台した。24
歳のときである。赴任したのは台湾総督府土木部工務課で、技術職では14人の技師と八田を含め31
人の技手がいた。技師の中には浜野弥四郎、川上浩二郎、十川嘉太郎、清水一徳、堀見末子、国広
長重、大越大蔵ら帝大の先輩が多忙な生活を送っていた。

 赴任して4年目には技師に昇進し、衛生工事担当になった。14年、「台南上水道新設工事」が、
浜野の設計で実施されることになり、八田もこれに加わった。工事は、曽文渓を水源に「山上」に
水源地と浄水場を設け、人口3万人の台南市に、10万人分の飲料水を供給する画期的な近代工事
だった。10年近い期間を要し、22年に完工する。この工事に関わったことは、八田にとって有益
だった。浜野の仕事に対する考え方や生きざまに感銘を受けただけでなく、仕事の進め方や作業員
の配置、それに曽文渓を中心とした地形にも詳しくなった。

 工事に携わって2年が経過した年に人事異動があり、土木課長には技師の山形要助が、八田はか
んがい担当に異動した。後ろ髪を引かれる思いで浜野と別れ、台南を去った。

 その頃、水不足に悩む北部の桃園台地に[土卑][土川](ひしゅう)を構築する計画が総督府内で
浮上した。桃園台地には「[土卑][土唐](ひとう)」と称する貯水池が数千を数え、農民の貴重な
糧になっていた。しかし、水が不足すると「[土卑][土唐]」が干上がって生産体系が崩れ、住民の
生活を脅かす。それを恐れた総督府は、桃園台地に2万2000ヘクタールの優良な水田を得る目的で
それぞれの[土卑][土唐]をつなげるかんがい計画を立案、土木局の官費官営工事として実施するこ
とにした。

 「桃園[土卑][土川]」と名付けられたかんがい工事は土木課が担当することになり、山形は工事
を最年少技師の八田に任せることにして、呼び戻した。

 八田は事前調査と測量を行い、これを基に技手の狩野三郎を中心とする若手技術者が設計と施工
を担当した。基本設計は淡水河の支流、大漢溪上流の石門峽、現在の石門ダムの左岸に取水口を設
け、約25キロの導水路を造り、導水路の途中に貯水池を設け、ここから幹線、支線、分線の給水路
を通して、河川の水と雨水を利用してかんがいするというもので、石門取水によるため池かんがい
方式を取った。

 当然、それまでに造られていた数多くの埤塘も利用した。ため池の堤高を高くして貯水量を増や
し、埤と埤をつなげるための水路、圳を設けた。大きなダムを造らず、大小のため池を活用して、
貯水量を増やす画期的な工事は、世界的にも例を見ない方法だった。16年11月に着工し、総事業費
約770万4000円を費やして、8年後の24年に完工した。

 94年たった今日でも桃園台地を潤し、そこに住む人々に多くの恩恵を与え続けている。

◆ダムに適した土地を探せ

 桃園[土卑][土川]の工事を指揮して2年あまりが経過し、山形に呼び出された八田は、水力発電
用ダムと米の増産用かんがいダムの適地を探す依頼を受けた。

 山形が高雄港湾課長のとき、高雄を一大工業地帯に、港を世界貿易港にすべきとの持論があっ
た。実際、急激に工業化が進み電力不足が現実となっていた。しかし、かんがい用ダムの建設は事
情が違った。日本では米不足が深刻で、インディカ米を南京米と称して輸入に頼っていた。1918年
には米騒動が起き、食糧増産が急務となっていた。台湾を食料供給地と捉えていた政府は、総督府
に対して米の増産を要請してきたのだ。

 山形の要請を受けた若き技師が適地探しのために台湾全島を調査した。熱帯独特の気候や道なき
道の踏破に苦しみながらも、水力発電用のダムの適地は、技師の国広により発見された。台湾中部
の湖、日月譚である。

 工事は台湾電力を設立し、技師長の堀見の指導・監督の下で19年に着工した。一方かんがい用ダ
ムの適地は、嘉義庁長の相賀照郷の要請から始まった。相賀は「桃園[土卑][土川]のようなかんが
い施設を嘉義にも造ってほしい」と山形に繰り返し求めたため、2週間の期限付きで八田が調査す
ることになった。相賀は非常に喜び、支庁長や外勤警部補を案内役に14カ所の適地を調査した。

◆不毛の地を緑野に変えろ

 八田は、嘉南平原の調査で広大な土地が不毛の地として放置されているのを目の当たりにした。
さらに日々の飲料水にも事欠く農民の生活環境にもがくぜんとした。貯水池が造れる場所は曽文渓
の支流、官田渓だけだったことも分かった。八田はここに水路を引けば、台湾最大の緑野に変わる
はずだと考えた。

 総督府に帰任した八田は、基本計画を作り、山形に提出した。「官田渓埤圳工事計画」である。
書類に目を通し終えた山形は一言、「ばか」と叫んだ。「2万2000(ヘクタール)の桃園[土卑][土
川]だけでも大変なのに、7万5000のかんがいだと、大風呂敷を広げやがって……」

 山形が落ち着くのを見定めて、八田は説明を始めた。聞き終えた山形は、納得したのか「下村
(宏)長官に上げてみる」と言った。数日後、下村に呼ばれ「米の増産とサトウキビの増産をする
ためのかんがい施設を考えてくれ」と要請を受けた。

 八田はサトウキビ12万トンの増産のため、かんがい面積を15万ヘクタールに拡張した。新たな水
源には台湾最大の濁水渓からの取水を考えて計画書を作り提出した。下村は日月譚水力発電計画と
官田渓埤圳計画の二つを国会に提出した。その結果、電力会社案には予算が付いたが、かんがい計
画案は調査不十分という理由で、再度調査して提出することになった。

 4万5000円の調査費が付いたため、各班長に阿部貞寿、齋藤己代治、佐藤龍橋、小田省三、磯田
謙雄を指名し総勢60人の作業員と共に嘉義高砂ホテルに陣取り、不眠不休で半年間調査に没頭し
た。調査は測量に始まり、烏山頭ダムや給排水路の支線、分線まで行い、設計図と共に予算書を作
成して再度国会に提出された。(続く)

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・2014年 李登輝元総統ご来日(2014年9月19日〜25日)
・片倉佳史先生講演録「今こそ考えたい、日本と台湾の絆」(2013年12月23日)
・渡部昇一先生講演録「集団的自衛権の確立と台湾」(2013年3月24日)
・野口健先生講演録「台湾からの再出発」(2010年12月23日)
・許世楷駐日代表ご夫妻送別会(2008年6月1日)
・2007年 李登輝前総統来日特集「奥の細道」探訪の旅(2007年5月30日〜6月10日)
・2004年 李登輝前総統来日特集(2004年12月27日〜2005年1月2日)
・許世楷先生講演録「台湾の現状と日台関係の展望」(2005年4月3日)
・盧千恵先生講演録「私と世界人権宣言─深い日本との関わり」(2004年12月23日)
・許世楷新駐日代表歓迎会(2004年7月18日)
・平成15年 日台共栄の夕べ(2003年11月30日)
・中嶋嶺雄先生講演録「台湾の将来と日本」(2003年6月1日)
・日本李登輝友の会設立総会(2002年12月15日)

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