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日本の「生命線」台湾との交流活動や、他では知りえない台湾情報などを、日本李登輝友の会の活動とともに配信するメールマガジン。

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【メルマガ日台共栄:第3245号】 沖縄慰霊の日で来日した「李登輝」 95歳の車椅子姿

2018/07/07

>>>>> http://www.ritouki.jp/ ━━━━━━━━━━ 平成30年(2018年) 7月7日】

   ☆★☆★ 日本李登輝友の会メールマガジン「日台共栄」 ☆★☆★
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<<INDEX>> ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  [Vol.3245]
1>> 沖縄慰霊の日で来日した「李登輝」 95歳の車椅子姿
2>> 日本人の私が、李登輝の秘書になったワケ  早川 友久(李登輝元台湾総統秘書)
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1>> 沖縄慰霊の日で来日した「李登輝」 95歳の車椅子姿

 李登輝元総統の台湾出身戦歿者に寄せる思いは深い。大東亜戦争で実兄の李登欽氏(日本名:岩
里武則)がマニラで戦死していることや、自分自身が学徒出陣で陸軍に入隊していることとも深く
関わっているのかもしれない。

 6月24日、曾文恵夫人とともに、午後2時から日本台湾平和基金会が摩文仁丘の平和祈念公園内、
「台湾之塔」前で開いた「為國作見證碑」除幕式に臨まれたことを本誌で伝えたときに記したよう
に、総統在任中の1990年11月に台中市の宝覚禅寺に台湾台日海交会など有志が建立した台湾出身戦
没者の慰霊碑に「霊安故郷(御霊、故郷に安んず)」と揮毫し、総統退任後の2006年には烏来の高
砂義勇隊慰霊碑にやはり「霊安故郷」と揮毫し、その慰霊碑移転式に故黄昭堂・台湾独立建国聯盟
主席などと参列。

 2007年のご来日の折には実兄が祀られている靖國神社に初めて参拝し、2008年の沖縄ご訪問では
平和の礎や平和祈念堂に参拝されている。

 今回の沖縄ご訪問では朝日新聞や産経新聞、共同通信、台湾TV局の民視、地元の八重山日報など
多くのメディアが取材に訪れた。その中に「週刊新潮」でグラビア撮影を担当するカメラマンの姿
もあり、その1枚は2ページ見開きで大きく掲載された。

 到着した那覇空港で、あたかも日の丸に手を伸ばされているかのような車椅子に乗った李元総
統。このインパクト十分の写真とともに、グサリと胸をえぐられるような短い一文が添えられてい
る。タイトルは「95歳の元総統とHINOMARU」。

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沖縄慰霊の日で来日した「李登輝」 95歳の車椅子姿
【週刊新潮:2018年7月5日号(6月28日発売)】
http://news.livedoor.com/article/detail/14970080/
写真:95歳の元総統とHINOMARU(撮影・前城均)

風にたなびくあの旗に 古(いにしえ)よりはためく旗に 意味もなく懐かしくなり こみ上げる
この気持ちはなに――♪

 日本の人気バンドRADWIMPSの新曲「HINOMARU」は、発表直後から「歌詞が軍歌のよう」と物議を
醸(かも)した。だが、そう批判する人々には、自ら日の丸を背負ってホンモノの軍歌を歌った経
験があるのだろうか。

 6月22日、那覇空港に降り立った台湾の元総統・李登輝(りとうき)氏。95歳の高齢を押しての
来日は、糸満市における戦没者慰霊祭への出席が目的だった。

「23日は『沖縄慰霊の日』で、元総統は翌24日、台湾出身日本兵の慰霊祭に参加しました。先の大
戦では台湾から出征した人も多く、戦死者は3万人に上るといわれます」(地元紙記者)

 氏自身、京都帝国大学在学中に学徒出陣し、日本陸軍の少尉として終戦を迎えている。

「当初は慰霊碑の揮毫(きごう)のみで、訪日の予定はなかった。でも本人が“沖縄なら行けるか
な”と。直前まで入院していたものの、病室で“台湾人の慰霊は大事だ”と語る表情には鬼気迫る
ものがありました。誰も“やめましょう”とは言えなかった」(李登輝氏側近)

 屈強な護衛に車椅子を押される姿は、往年よりずいぶん痩せて見える。それでも、晩餐会では乾
杯のワインにも口をつけ、マイクを握ると天敵たる中国の覇権主義を激しく非難。台湾を“アジア
四小竜”の一角に押し上げた老政治家の、衰えぬ気迫を見せつけた。

 そんな彼も、スピーチ中に数分ほど涙声になっていたという。

「感極まったのでしょう。李登輝さんの実兄も、終戦の半年前にフィリピンで戦死しています。感
傷的になるのは決まって日本の話をする時。“22歳まで私は日本人だった”と公言するほど、思い
入れが強いんです」(後援者の一人)

 「中華民国」の元国家元首を迎える場に、青天白日旗はひとつもなかった。海の向こう、台湾人
老兵の胸中に今もたなびく、HINOMARU――。

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2>> 日本人の私が、李登輝の秘書になったワケ  早川 友久(李登輝元台湾総統秘書)

 昨日の本誌で李登輝元総統の秘書をつとめる早川友久(はやかわ・ともひさ)氏の「『本物の李
登輝の言葉』を届けたい」をご紹介しました。

 李元総統が総統を退任されてから9回に及ぶご来日では、2007年から講演や記者会見を行うこと
を日本政府から認められ、東京に入ることも認められました。2007年6月、東京の国際文化会館に
て行われた第1回後藤新平賞の授賞式におけるご講演「後藤新平と私」が初めてのご講演でした。

 このときも会場は言葉の字義どおり立錐の余地もないほどで、それ以降に行われた講演会はいつ
も会場に入りきれないほどの人が詰めかけています。

 2007年の東京講演は1,300人、2008年の沖縄講演も1,500人、2014年の大阪講演でも1,600人を超
える人々が集まり、2015年の衆議院第一議員会館のご講演も全国会議員の実に40.7%に当る292人
の国会議員が出席するなど、獅子吼する李登輝元総統とともに、そのお話を熱心に聞く人々の姿が
印象的でした。

 衆議院第一議員会館のご講演では、話が終わるやなんと国会議員の方々が次々と立ち上がって拍
手しはじめました。音楽会などではよくスタンディングオベーションを見かけますが、講演会でス
タンディングオベーションを見たのは初めてです。

 早川氏が説明しているように、李元総統は常に「『日本人に伝えておかなければならないことは
なにか』を考えている」から、その真心が伝わるとともに、日本と同じく自由、民主、法治など同
じ価値観を共有するのが台湾であり、まさに台湾と日本は手を携えてゆくべき運命共同体の関係に
あると説く李元総統の考え方に共鳴するのかもしれません。

 単なる李登輝ファンから台湾を深く知るようになり、いまや日台交流の最前線で活躍する日本人
も少なくありません。早川氏もその一人と言っていいかもしれません。

 今回ご紹介する「日本人の私が、李登輝の秘書になったワケ」は、昨日紹介した「『本物の李登
輝の言葉』を届けたい」の続編ともいう内容です。

 本会が設立された2002年(平成14年)12月の設立大会では、早川氏には学生ボランティアの一人
としてお手伝いいただき、これが縁で、その後は青年部の初代部長として台湾正名運動や青年部の
台湾ツアーなどを牽引していただきました。台湾大学に留学してからも、李登輝学校研修団のス
タッフとしてお手伝いしていただいていました。

 まさかこの早川氏が李元総統の秘書になるとは思ってもみませんでした。当時、早川氏から直接
この話を聞き、心底驚いたことを今でも鮮明に覚えています。

 いまや李元総統の活動の重要な役回りを担い、今回の沖縄訪問でもスタッフの中心的な役割を
担った早川氏ですが、どのようなご縁で秘書として李元総統に仕えるようになったのか、秘書とし
てどのようなことを心掛けているのかについて詳しく書いています。どうぞじっくりお読みください。

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日本人の私が、李登輝の秘書になったワケ
早川 友久(李登輝元台湾総統秘書)
【WEDGE Infinity(ウェッジ):2018年6月27日】
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/13225

 前回は、李登輝の日本人秘書たる私が日頃どういった仕事をしているのかをお話しした。今回
は、李登輝総統と出会い、秘書として仕えることになった経緯をご紹介したい。実は、「いつもど
んな仕事をしているのか?」という質問と同じくらいよく聞かれるのが、「なぜ李登輝の秘書にな
れたのか?」というものだ。それにはまず、そもそも私自身がなぜ台湾と縁が出来たのかについて
お話ししなければならない。

◆私の運命を変えた「おばあちゃん」

 初めて台湾を訪れたのは2002年9月。大学の卒業旅行に、親友と誘い合わせたのが始まりだっ
た。とはいえ、当初から台湾に関心があったわけではない。むしろ台湾に関する知識は皆無と言っ
ていい。行き先を台湾に決めたのも、以前お土産でもらったジャスミン茶が美味しかったから、と
いう程度のものだ。

 前半はガイドブックに載っているような観光地巡りをして、夜市を楽しむなどして過ごしたが、
9日間ある日程の半分ほどで著名な観光地をまわり尽くしてしまった。「時間はあるけど金はな
い」という学生旅行ゆえ、行ける場所は自ずと限られてくる。「入場無料」に惹かれて訪れたの
が、台湾のホワイトハウスにあたる「総統府」だった。

 私たちの担当になってくれたのは黄林玉鳳さんという、おばあちゃんだった。2002年当時、台湾
社会にはまだまだ「日本語族」の人たちがたくさん現役で活躍されていた。「日本語族」とは、日
本統治時代に教育を受け、流暢な日本語を操る台湾の年配者たちのことである。そんな「日本語
族」が総統府のガイドとして多数在籍しており、玉鳳さんもその一人だった。総統府の1階に展示
されたパネルを見ながら、台湾のこれまでの歴史を解説してくれた。

「日本時代には、八田與一さんがダムを作って台湾の農業に大きな貢献をしてくれました」「日本
時代がなかったら、台湾は今のような現代化された社会にはなっていません」

 知らぬこと、知らぬ人物が次々と登場し、ガイドさんの軽妙洒脱な語り口もあって知らず知らず
のうちに聞き入っていた。そもそもこちらは、台湾が昔、日本の統治を受けていたことくらいの知
識しか持ち合わせていない。そんな私たちにとって玉鳳さんの説明は新鮮だった。

 日本から来た若者の姿が嬉しかったのだろうか。玉鳳さんにはその夜、食事まで御馳走していた
だいた。会話も弾み、食事が終わりに差し掛かる頃、「もうガイドブックに載っているところは行
き尽くしました。どこか面白いところありませんか」と尋ねた。

 すると彼女は、「じゃあ、食事が終わったら面白いところに連れて行ってあげましょう」とにっ
こり言ったのだ。タクシーに乗せられて連れて行かれたのは広い公園のような場所。そのなかでグ
ングン進んでいく玉鳳さんについていくと、ライブ会場のような明るい光が見えてきた。

 そこはなんと、選挙応援のためたくさんの人たちが集まっている会場だった。後日わかったこと
だが、この時に連れて行かれたのは、2002年末の台北市長選挙の民進党の選挙演説会場だった。度
肝を抜かれたが、不思議なことに私はあっという間にその場の熱気に引き込まれてしまった。

 言葉は全く分からない。台湾に対する知識もほぼゼロだったが、ガイドブックの後ろに申し訳程
度に付け加えられた台湾の歴史のページを読んでいたのが幸いした。日本の統治を離れた台湾が、
戦後中国大陸から敗走してきた中国国民党により、苦難の道を歩み、1990年代からやっと民主化が
始まったことくらいは知っていたからだ。

 若い、ということもあっただろうし、現地にいる、という興奮も手伝ったのだろうが、私はまさ
に台湾の民主化や、台湾の建国を熱心に説く(ということを話しているんだろうと思われる)彼
ら、そしてそれを献身的に支持する大衆の人々に「感動」してしまったのである。

◆言い出しっぺの“あなた”がやってください

 日本に帰国後も、私の「台湾熱」はおさまらなかった。台湾関連本を読み漁ると、日本統治時代
の歴史、台湾の戦後史がおぼろげながらわかってきた。むしろますます台湾への関心が強まってい
く。その直後、日本でひとつの組織が立ち上がった。台湾の民主化を推し進めた李登輝総統の支持
団体「日本李登輝友の会」だ。その団体が12月に設立大会を開いた。

 ネット上で「日本李登輝友の会」が設立されるというニュースとともに、「当日の会場運営を手
伝ってくれる学生ボランティア募集」という文字も飛び込んできた。もちろん喜び勇んでボラン
ティアに応募した。大会が終わるとき事務局の方に、「学生部か、青年部を作りましょうよ」と提
案したところ、「いいですねぇ。じゃあ言い出しっぺの“あなた”がやってください」という展開
になった。「李登輝」という名前をようやく覚えたくらいの私が、なんと青年部の部長におさまっ
てしまったのである。

 2007年にそれまでの仕事を辞して台湾へ留学。学生を続けながら、日本李登輝友の会のスタッフ
を続けていくことにした。それも、台北における通信員として。ある程度、中国語で用が足せるよ
うになってくると、中国語が出来るスタッフが不在の会では自然と重宝される存在になっていった。

 それと前後して、2007年5月に李登輝が念願の「奥の細道」をたどるため訪日することが決ま
り、私は撮影スタッフとして同行した。翌2008年9月、私の台湾大学での生活が始まった直後、今
度は李登輝が沖縄を訪問。またも撮影班として同行し、前年同様、一般のメディアには報じられな
いような細かい動向を逐一ネット上で報じた。

 さらに2009年には、青年会議所の招聘により東京で講演し、高知県、熊本県を訪問することに
なった。すでに知己となっていた李登輝事務所の日本人秘書(私の前任者ということになる)か
ら、今度は正式に「李登輝事務所のスタッフとして同行してほしい」と依頼された。これまで2度
の同行は、いわば支持団体のボランティアスタッフという立場だったが、今回は正式な訪日団のス
タッフとしてである。

 総統の日本人秘書は、訪日中は少なくとも総統のスケジュール管理から表敬訪問の申し入れな
ど、あらゆることで忙殺されるため、同行するメディアの面倒までみることができない。そこで、
メディアの面倒をみる役目を私に任せたいということだった。

 これが縁となったのだろう。以後、なにかと用があるたびに李登輝事務所へ顔を出すようにな
り、さらに講演を聴く機会も増え、ついに総統に顔を覚えられるようになった。総統の地方視察に
も撮影スタッフとして同行させてもらうなど、私の活動範囲は次第に広がっていった。

◆鴨がネギを背負ってやってきた!

 卒業まであと半年となる2012年のある日。総統の講演会場で顔を合わせた秘書長(李登輝事務所
の責任者)から、廊下の隅に呼ばれた。

 「卒業したらどうするんだ。台湾に残って仕事をしたい? アテはあるのか?」と矢継ぎ早に質
問され、「李総統の仕事を手伝ってみないか?」と誘われた。「それはもちろん望むところだ」と
答えたところ、数日後に秘書長から電話がかかってきて「いますぐ、事務所に来なさい」という。

 事務所に到着すると大きな部屋に連れて行かれた。そこは李総統の執務室だった。部屋に入るな
り李総統から「早川さん、これから頼みますよ」と声をかけられ、大きな手で握手を求められた。
緊張と共に、突然のことで、はっきりとした記憶がない。どこか狐につままれた気分で部屋を出
た。その後、詳しい話を聞いて腑に落ちた。日本人秘書は以前から心臓が悪く、そろそろ後任に
譲って日本へ帰りたいと思っていたという。そこに鴨がネギを背負ってきたように、私が「もうす
ぐ卒業です。台湾に残って仕事をしたいですが、まだ仕事は見つかっていません。李総統のお手伝
いを出来るなら本望です」と答えたわけだ。

 残り半年の学生生活を終えてから勤務すると思っていたのだが、「採用が決まったのだから、来
週からでも来い」という。大学の授業があるときは授業に行ってよい、という待遇だった。前任の
秘書の方はすぐにでも仕事を引き継ぎたかったようで、慌ただしくも私の李登輝総統の秘書として
の生活がスタートしたのである。

 以来、秘書として仕えるのも今年で7年目となった。この間、2009年で途切れていた李総統の訪
日も、2014年以降3年連続で実施することができた。特に2015年には国会議員会館での講演も実現
した。日本では安倍政権が長期政権となり、台湾に対して非常に友好的な姿勢を維持しているが、
安倍総理と李総統との関係も非常に良好で、それが良好な日台関係に繋がっていることは間違いない。

◆李登輝の言葉はどこからやってくるのか

 李総統の話す言葉は、哲学をベースに広範囲にわたる教養、そしてキリスト教徒としての素養を
元となしていることが多い。信仰については、私はクリスチャンではないため、聖書を参考にする
くらいしか出来ないが、教養については『善の研究』『衣服哲学』『出家とその弟子』と、岩波文
庫を読み漁り、総統の考えに追いつけるべくもないが、その一端を垣間見ようとする努力を続けて
いる。

 李登輝総統に関する書籍については、その生い立ちに焦点を当てたもの、政治的な足跡を辿った
ものなど多岐にわたる。しかしながら、李総統の発する言葉が正確かつ明確に理解され、記されて
いるものは数少ない。また、そうした書籍のなかには登場しないものの、側にいる私が内心うなる
ような言葉を吐かれることもある。幸運にして李総統の側に仕えた人間として、その発言の数々を
正確かつ明確に伝えるとともに、世に知られていない言葉を独り占めするのではなく、多くの人々
にぜひ知っていただきたいとも願っている。

            ◇     ◇     ◇

早川友久(はやかわ・ともひさ)
1977年(昭和52年)6月、栃木県足利市生まれ。現在、台湾・台北市在住。早稲田大学人間科学部
卒業。金美齢事務所の秘書として活動後、2008年に台湾大学法律系(法学部)へ留学。台湾大学在
学中に3度の李登輝訪日団スタッフとしてメディア対応や撮影スタッフを担当。2012年12月、李登
輝元総統の指名により李登輝総統事務所秘書に就任。主な共著に『誇りあれ、日本よ─李登輝・沖
縄訪問全前記録』『日本人、台湾を拓く。』など。

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・王育徳著『台湾─苦悶するその歴史』(英訳版) *在庫僅少
・浅野和生編著『1895-1945 日本統治下の台湾』
・王明理著『詩集・故郷のひまわり』
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・林建良著『中国ガン─台湾人医師の処方箋』 *在庫僅少
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・黄文雄著『哲人政治家 李登輝の原点』
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・2014年 李登輝元総統ご来日(2014年9月19日〜25日)
・片倉佳史先生講演録「今こそ考えたい、日本と台湾の絆」(2013年12月23日)
・渡部昇一先生講演録「集団的自衛権の確立と台湾」(2013年3月24日)
・野口健先生講演録「台湾からの再出発」(2010年12月23日)
・許世楷駐日代表ご夫妻送別会(2008年6月1日)
・2007年 李登輝前総統来日特集「奥の細道」探訪の旅(2007年5月30日〜6月10日)
・2004年 李登輝前総統来日特集(2004年12月27日〜2005年1月2日)
・許世楷先生講演録「台湾の現状と日台関係の展望」(2005年4月3日)
・盧千恵先生講演録「私と世界人権宣言─深い日本との関わり」(2004年12月23日)
・許世楷新駐日代表歓迎会(2004年7月18日)
・平成15年 日台共栄の夕べ(2003年11月30日)
・中嶋嶺雄先生講演録「台湾の将来と日本」(2003年6月1日)
・日本李登輝友の会設立総会(2002年12月15日)

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◆日本李登輝友の会「入会のご案内」

・入会案内:http://www.ritouki.jp/index.php/guidance/
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