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メールマガジン日台共栄

日本の「生命線」台湾との交流活動や、他では知りえない台湾情報などを、日本李登輝友の会の活動とともに配信するメールマガジン。

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【メルマガ日台共栄:第3117号】 良好に見える日台関係だが実は懸案山積だ  舛友 雄大(ジャーナリスト)

2018/01/15

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1>> 良好に見える日台関係だが実は懸案山積だ  舛友 雄大(ジャーナリスト)
2>> 台湾原住民族研究の先駆者・鳥居龍蔵  古川 勝三(台湾研究家)
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1>> 良好に見える日台関係だが実は懸案山積だ  舛友 雄大(ジャーナリスト)

 本誌の昨年12月31日号において「2017年の日台交流」を掲載し、昨年は─昨年の最良の関係をさ
らに深めた1年だったのではないかと総括した。

 日台間の交流の深度を示す指標として、本誌では姉妹都市や友好都市などの都市間提携を紹介し
てきたが、昨年の16件は過去最高の姉妹都市提携数だった。また、文部科学省が6月に発表した
「高等学校等における国際交流等の状況について」では、海外修学旅行先として台湾へは3万5,775
人と初めて3万人を超え、アメリカへの3万8,453人に次いで2位に躍り出たことも日台間の交流深度
をよく現している。

 そこで、昨年1年間に日台間で結ばれた鉄道提携や議会協定、事業提携、学術文化交流協定など
を具体的に紹介した次第だ。本会ホームページでも掲載しているのでご参照いただきたい。

 もちろん、日台間で実現できていないことはまだ山のように残っていることも事実だ。本会が
2012年から発表してきている「政策提言」は、安全保障問題を主なテーマとしてその実現を期して
政府に働きかけている一例だ。緊急提言を除いてこれまで公表してきた「政策提言」は下記のとおり。

・2012年「集団的自衛権に関する現行憲法解釈を修正せよ」
・2012年「台湾との自由貿易協定(FTA)を早期に締結せよ」
・2013年「我が国の外交・安全保障政策推進のため『日台関係基本法』を早急に制定せよ」
・2015年「新たな対中戦略の策定を急げ─『サラミ・スライス戦術』で勢力圏の拡大を図る中国」
・2016年「中国の覇権的な拡張に対し南シナ海の合同哨戒を直ちに実施せよ」

 上記の提言で、一部なりとも実現したのは集団的自衛権に関してのみで、台湾との自由貿易協定
(FTA)締結をはじめいずれも実現していない。

 ジャーナリストの舛友雄大(ますとも・たけひろ)氏は、日本は「台湾フィーバー」で盛り上
がっているようだが、それに「見合うほど、日台関係は深化しているのだろうか」と疑問を投げか
け、日本にも台湾にも戦略的な価値が高い「日台経済連携協定(EPA)」が暗礁に乗り上げてい
る現状を指摘している。

 舛友氏の指摘は、2015年11月に日本と台湾がすでにEPAの内容とされる「日台租税協定」(日
台民間租税取決め)を締結していることや、昨年11月には「税関業務協力・相互援助協定」を締結
していることなどに言及していないため、いささか飛躍的な印象は免れないものの、日台経済連携
協定が日台間の重要事項であることは間違いない。

 そのために、日本政府の急務は「台湾での知日派育成」であり、台湾海峡のシーレーンを確保す
ることは日本の国益に合致するのだから「長期的には安全保障面での協力が望まれる」とも指摘する。

 日本もさることながら、実は台湾政府内にも知日派の台湾人外交官の早期育成を主張する声があ
り、台湾政府高官も安全保障面での日台協力の必要性を指摘している。その点からも、舛友氏の指
摘は今後の日台関係のポイントとなる重要な指摘であると言えよう。

◆2017年の日台交流 ─ 昨年の「最良の関係」をさらに深めた1年
 http://www.ritouki.jp/index.php/info/20171231/

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舛友雄大(ジャーナリスト)
良好に見える日台関係だが実は懸案山積だ 自由貿易協定は足踏み状態になっている
【東洋経済ONLINE:2018年1月14日】

 ここ数年、日本では「台湾フィーバー」が続いている。日本人に人気の旅行先として台湾が上位
にすっかり定着した。また、東京で台湾祭りが開かれると大盛況になり、小籠包やタピオカミルク
ティーの店には長蛇の列ができる。さらに、中華民国の建国記念日を祝うレセプションには代理を
含めて100人以上の国会議員が姿を見せるようになった。

 とにもかくにも台湾が大人気だ。そのきっかけは、2011年の東日本大震災の際に台湾人が200億
円以上の寄付をしてくれたことだった。

 だが、このような日本における対台湾感情の改善に見合うほど、日台関係は深化しているのだろ
うか。

◆断交以来初めて副大臣級の訪台が実現

 2016年、台湾では日本に対して融和的な民進党出身の蔡英文氏が総統に当選した。時を同じくし
て、日本では戦後最も親台的な首相の一人である安倍晋三首相が政権を維持しており、同年夏に実
弟である岸信夫氏が外務副大臣に就任したときには、台湾政策のより一層の推進が図られるかに思
えた。日台関係に詳しい中華民国相撲協会の李明峻理事長は次の台湾総統選挙までの4年間を「日
台黄金機遇期」と位置付けたものだった。

 実際、日台関係には象徴的な進展が見られた。昨年1月、日本は対台湾窓口機関の「日本交流協
会」をより具体的な「日本台湾交流協会」に改称、続いて台湾側のカウンターパートである「亜東
関係協会」も同様に「台湾日本関係協会」へと名称変更した。同年3月には赤間二郎総務副大臣
(当時)が訪台し、1972年の日台断交以来初めて副大臣級の訪台が実現した。

 日台の外交官によると、これらの動きは中国が厳重な抗議をしないように外交的なアレンジが施
されていた。そもそも、他の主要国の窓口機関は以前から「台北」という地名を含む名称を使って
いたし、副大臣級の訪台も実現させていたのだ。

 「マイナスからゼロへの改善に過ぎない」との見方が双方で支配的だ。日本としては、1972年日
中共同声明で示された台湾が中国の領土の不可分の一部であるという中国の立場を「十分理解し、
尊重する」という立場を変えるつもりはない。

◆日台経済連携協定は暗礁に

 一方で、日台間で唯一実現可能で重要な日台経済連携協定(EPA)は暗礁に乗り上げている。

 その大きなボトルネックが台湾での福島県産などの食品の輸入規制だ。2015年に台湾がこの規制
を緩和どころか強化した時、日本側は「科学的な根拠のない措置」だとして反発した。台湾がこの
規制をなかなか解除しないことに日本政府は苛立ちを覚え、台湾が自由貿易原則を守るつもりがあ
るのかどうか、そのこと自体が疑われている。

 この日台EPAは日本より台湾に多くの恩恵をもたらす。関税が撤廃されてもされなくても、日本
の工業製品は台湾で売れ続くだろうが、台湾からマンゴーやパイナップルが安価に流入するとなる
と日本の農家にとっては打撃となる。日台EPAを通すとなると、日本側は外交的にも大きな代償を
払うことになる。

 北京政府の怒りを買わないように、シンガポールやニュージーランドは台湾との自由貿易協定に
署名する前に、中国との協定に署名していた。だが、日本はまだ中国と自由貿易協定を結んではい
ない。台湾側は協定の中で、台湾が国家であるというニュアンスの強い「テリトリー」や「アグ
リーメント」という文言が入ることを望んでいる。

 次に、輸入規制の問題を台湾側から考えてみよう。台湾で「核食」と呼ばれるこの問題はあらゆ
る意味で敏感な話題だ。ここ数年、台湾では食品安全関連のスキャンダルが続発していることがま
ず根底にある。また、2016年に計画されていた関連の公聴会は野党・国民党の抵抗で流れてしまっ
たように、政治化されやすい議題でもある。さらに、蔡英文がひまわり学生運動のボトムアップ的
なアプローチを是認したことも、彼女がこの問題で民意を無視して規制撤廃を決断できない遠因と
なっている可能性がある。

 時間が経つにつれ、問題解決の機運はどんどん薄れていくだろう。日中平和友好条約締結40周年
を迎える今年は両国の首脳相互訪問も予想され、大幅な関係改善の兆しがあり、対台関係をグレー
ドアップするのは難しくなってくる。台湾側に目を向けると、2020年総統選挙の前哨戦である地方
選挙が年末に迫っており、蔡総統による決断の政治的コストは上がっていく。

 東京大学で国際政治を研究する松田康博教授は、「日台EPAについての議論を再開するために、
台湾は2016年のうちに食品規制を解くべきだった」と語る。

 日台EPAの戦略的な意味は大きい。日本は台湾にとって第3の貿易相手国で、このEPAが成立して
いれば、日本が推進中のCPTPPに台湾が第2陣で加わるというシナリオは描きやすかった。台湾与
党・民進党の蕭美琴立法委員は台湾が地域統合から排除されると、台湾の経済的生存に非常に不利
だ、と話す。そうした状況で「(日台EPAは)他の国にとっての範例となり、メッセージとなる」
とその重要性を強調する。

 こうして見ると分かる通り、蔡英文政権誕生以降、日台関係の実質的な進展はほとんどなかった
と言っていい。実は馬英九政権時代の方が日台関係が前進していた、と多くの関係者は言う。確か
に、世間を驚かせた2013年の日台漁業協定は記憶に新しい。馬英九は中台両岸関係をうまく管理し
ていたので、中国政府は馬英九政権が日本と関係強化をある程度許容していた。逆に、今の中国政
府は台湾独立を志向する蔡英文政権に圧力をちらつかせている。

◆知日派育成が日本政府の急務に

 他にも日台関係には懸念がある。日本の植民地世代に日本語を話していた台湾の人々が続々とこ
の世を去っており、台湾には昔ほど深い日本理解がなくなってきている。そのため、台湾での知日
派育成が日本政府の急務となっている。

 台湾における中台統一派の過激化も心配のタネだ。終戦の日に反日デモを行っている他、日本人
技師・八田與一の銅像や神社跡のこま犬を損壊した疑いが濃厚だ。こうした勢力が、日本企業や日
本人に危害を加えるようになると、日本人の台湾に対する好感度は下がらざるを得ない。

 また、長期的には安全保障面での協力が望まれる。台湾は地政学的に重要な位置にあり、南シナ
海へつながる台湾海峡のシーレーンを確保することは日本の国益に合致する。だが、上記の「1972
年」ラインがある以上、表立った協力は現実的でなく、一部の保守政治家が主張する日本版「台湾
関係法」制定の目処は全く立っていない。

 表面的なお互いの親近感と違い、日台関係はなかなか進展しない。そして、その親台感情も永遠
ではないかもしれない。

 「日本台湾祭り」の主催者で在日歴30年の銭妙玲・台湾新聞社社主は、台湾文化をさらに伝播し
ていく必要性を痛切に感じている。「ブームはいつか冷めるもの。中国は国も大きく、人も多く、
経済も発展している。いつまで台湾が日本人に愛し続けられるかは分からない」。

 日台関係には、多くの懸案が山積しているのである。

              ◇     ◇     ◇

舛友雄大(ますとも・たけひろ)ジャーナリスト

2014年から2016年まで、シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院アジア・グローバ
リゼーション研究所研究員。カリフォルニア大学サンディエゴ校で国際関係学修士号取得後、2010
年、調査報道を得意とする中国の財新メディアで北東アジアを中心とする国際ニュースを担当し、
中国語で記事を執筆。今の研究対象は中国と東南アジアとの関係、アジア太平洋地域のマクロ金融
など。これまでに『東洋経済』、『ザ・ストレイツタイムズ』、『ニッケイ・アジア・レビュー』
などに記事を寄稿。

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2>> 台湾原住民族研究の先駆者・鳥居龍蔵  古川 勝三(台湾研究家)

【nippon.comコラム「台湾を変えた日本人シリーズ」2018年1月14日】
https://www.nippon.com/ja/column/g00482/

◆100年前のアジアを映した写真が見つかる

 1990年に東京大学の総合研究資料館の標本室で段ボールに入った大量の写真乾板が偶然発見され
た。

 現像された写真には100年前のアジア諸地域の姿が映っていた。この貴重な画像の多くが、徳島
県出身の鳥居龍蔵によって撮影されたものだということが分かった。国からの補助金で画像を再
生・保存・照合を目的とする「鳥居龍蔵博士撮影の看板復活プロジェクト」が、13人の専門家に
よって立ち上げられた。

 しかし、この画像がいつ頃、どこで、何のために撮影したのか資料がないため解読は困難を極め
ていた。ところが2000年に徳島県立鳥居記念博物館で数万点におよぶ鳥居の未刊原稿、日記、
フィールドノート、スケッチ、図版、標本等が見つかり、その中には東大で見つかったガラス乾板
に関する資料が含まれていた。その結果、2545枚のガラス乾板が解読され、最も多い画像は、台湾
原住民族に関する824枚の写真であった。

◆自学自習の後、人類学を志す

 鳥居は1870年4月、現在の徳島市東船場の裕福な商家に生まれた。生来知識欲が強く一人遊びを
好んでいた鳥居は、小学校に入っても馴染(なじ)めず、中途退学して以来、高等小学校、中学校
の課程を自学自習した。国語、漢文、英語、生物、地理、歴史などの効率的な独学は、後の研究に
も大いに役立ったが、幼少期に集団生活を経験しなかったことはマイナス面もあった。成人した鳥
居は「私はあまり外出して人と交際することを好まない。この性質から、自ら先輩や友人を訪ねた
ことは必要でない限り、一切しない」と自分自身を語っている。

 後に東京帝大理科大学人類学講座初代教授になる坪井正五郎らによる東京人類学会が1886年に発
足すると、16歳の鳥居は直ちに入会した。2年後に坪井の訪問を受けた鳥居は、人類学を生涯の進
むべき道と決意をする。当時まったく見通しの立っていなかった人類学の研究に懸け、跡継ぎで
あった家業を捨て92年東京に移住した。

 東京帝大人類学教室標本整理係となった鳥居は、坪井の下で本格的な研究を始める。坪井29歳、
鳥居23歳のときである。鳥居は坪井の下で人類学を研究しつつ、理科大学では動物学、進化論、古
生物学、地質学を、医科大学では解剖学、発生学を担当教授から聴講して幅広い知識を貪欲に吸収
した。こうした聴講や実習の研鑚(けんさん)を積んでいる最中の64年7月、日本と清(しん)国
との間に戦争が起こり、翌年3月30日には下関にて日清講和条約が結ばれるという大事件があっ
た。その結果、日本は遼東半島と台湾・澎湖島を領有することになる。遼東半島への調査が行われ
ることになり、自ら希望して寄付金を募り、初の海外調査を実施したのである。単独で遼東半島に
渡り65年8月から12月まで各地を巡って採集調査を行った。ドルメンの発見、遼代遺跡との出合い
など貴重な体験は、25歳の鳥居に極めて大きな影響を与えた。

 台湾を領有することになった日本政府は台湾総督府を創設し台湾統治を開始したが、台湾に関す
る情報をほとんど持っていなかった。そこで総督府は東京帝大理科大学に対し動物、植物、地質、
人類に関する4分野の調査を依頼した。当時の日本国内では台湾について首狩りの習慣がある未開
の蕃族が暮らす島と認識されており、人類学教室では調査依頼を引き受けたものの台湾行きに名乗
り出る者がいなかった。気の毒に思った鳥居が調査を引き受けた。準備などの点で良い条件が提示
されたことから、鳥居は当時珍しかったカメラを本格的に現地調査に利用することにした。

◆4度の台湾調査

 1回目の調査は1896年8月に始まった。台湾の基隆に上陸した鳥居は、5カ月間にわたり東海岸を
調査した。この調査が特に大きな意味を持つのは、スケッチが主流だった野外調査に、日本人とし
て初めてカメラを取り入れたことである。しかし、当時は誰もがカメラを使えたわけではなく、鳥
居も調査に出発する前にかなり撮影を勉強し、練習を重ねた。しかも、暗箱式のカメラ自体は重く
かさばる上に、フィルムの役目をするガラス乾板は、1枚がおよそ80グラムもあり一度に500枚近い
ガラス乾板を持参するため、40キログラム超える重さになり、持ち運ぶのに大変な苦労をする代物
である。

 海の玄関口、基隆に到着した鳥居は、まず台北に向かい樺山初代総督に面談し、その後圓山貝塚
の調査を行った。それから基隆に戻り、船で南に向かい艀(はしけ)を使って花蓮に上陸した。こ
こで食料などを調達して陸路を富田→瑞穂→玉里→池上→台東と南下しつつアミ族、プユマ族、ブ
ヌン族の民族調査を行った。

 北に引き返す途中、タロコではタイヤル族の言語や生活様式、習慣などを克明に記録した。調査
を終えた鳥居は、花蓮から基隆に戻り帰国の途に就いた。12月までの調査で4部族の区分作成の成
果を残している。この調査結果は台湾総督府に報告され、原住民族に関する貴重な情報として活用
された。

 2回目の台湾調査は1897年10月から3カ月間実施された。6月に東京帝大理科大学助手を拝命した
鳥居は、新聞公募に応じた中島藤太郎を伴って出発した。第2次調査の目的は、主に台湾東南海上
の孤島、紅頭嶼に住む海洋民族のヤミ族の民族調査を行うことであった。基隆に着いた後、台北に
向かい圓山貝塚・淡水渓沿岸や八芝蘭の石器時代遺跡の発掘調査をした後、基隆から船を利用して
一気に紅頭嶼に向かい上陸している。70日間の調査活動でヤミ族の衣装や家屋、タタラ舟によるト
ビウオ漁、水芋栽培などの貴重で克明な調査記録を持ち帰った。

 3回目の台湾調査は98年10月から12月まで滞在し、知本渓以南の南部を中心に民族調査を実施す
ることにしていた。船で車城に上陸した後、恒春から牡丹社に入りパイワン族を調査し、楓港から
枋寮、丹路まで足を伸ばしてルカイ族について貴重な記録を取った後、台東に出て緑島に渡り調査
してから帰国した。

 4回目の台湾調査は2年後の1900年に行っている。鳥居30歳のときである。原住民族の言葉に詳し
い森丑之助を助手に加え1月に日本を出発し、10月までの長期間滞在した。基隆に到着した後、台
北に行き総督府で調査活動計画を打ち合わせた後、澎湖島に行き馬公に上陸した。

 馬公からは台南→高雄→東港と船で移動した。東港に上陸後は陸路で枋寮→水底寮→潮州→来義
と進み、ここではパイワン族を再調査し屏東→ロ社→旗山→松林→六亀→台南と回り嘉義ではツオ
ウ族を調べた。ここで8人の原住民族を雇い嘉義弁務所の池畑要之進氏を加えた11人で東埔→集集
→竹山→雲林→北斗→彰化→台中→東勢→台中→南投→集集→埔里→眉渓→埔里→東埔とめまぐる
しく移動している。

 台湾にはマラリア、アメーバ赤痢、チフス、コレラといった風土病があった。しかも3000メート
ルを越える山が164座もある峻険(しゅんけん)な山地があり、そこで暮らす原住民は文字を持た
ず、しかも写真というものを知らない。その上、成人になった証しとして首狩りを行う習慣まであ
る民俗の調査をするのは、相当な困難と恐怖を伴ったはずである。実際この調査中のポカリ社では
200以上の頭骨が並ぶ首棚を見ている。

 4月には血気に任せて3952メートルの新高山(玉山)の登頂を決行し、台湾最高峰の登頂に日本
人として最初に成功している。若いとはいえその行動力には脱帽せざるを得ない。登頂成功の後、
玉里に降り一気に花蓮まで北上して花蓮から蘇澳→羅東→宜蘭を経て基隆から帰国している。鳥居
はこの4回までの調査結果から高地に住む台湾原住民族をタイヤル族、ツオウ族、ブヌン族、サウ
族、ツアセリン族、パイワン族、ピウマ族、アミ族、ヤミ族の9部族に分類した。これらの調査で
全ての原住民部族の身体、言語、生活文化を調査し、貴重な記録を私たちに残してくれている。こ
うした苦労の結晶として、824枚の台湾の写真が現存しており今日、19世紀末の原住民族の様子を
知る上で貴重な資料となっている。

◆東アジア各地でも調査研究を行う

 台湾本島での調査は、原住民族の調査だけにとどまらず、圓山貝塚の発掘調査など台湾考古学の
基礎を築いている。台湾の原住民族や考古学研究者には、鳥居の他に伊能嘉矩、鹿野忠雄、森丑之
助、移川子之蔵、宮本延人、馬淵東一、千々岩助太郎、小川尚義、浅井恵倫などがいる。彼らは台
湾原住民が独自の生活風習を保っていた時代の調査報告や写真を残し、現代においても台湾学術界
に引き継がれ、貴重な資料となっている。これらの研究者にとって、鳥居が行った台湾での現地調
査は大きな道しるべとなったに違いない。

 まさに鳥居は台湾原住民族研究の先駆者といっても過言ではない。鳥居は台湾調査以外に沖縄、
中国、満州、蒙古、朝鮮、シベリア、樺太など広範囲に調査活動を続けた。1905年には東京帝大の
講師となり、21年には「満蒙の有史以前」で文学博士の学位を授与され、翌年助教授に昇進する
が、24年に辞職し自宅に「鳥居人類学研究所」を設立。きみ子夫人ら家族とともに日本各地や中国
各地の調査研究を続けた。特に中国の王朝の一つ「遼」への関心は強く、鳥居のライフワークと
なった。39年、ハーバード燕京研究所に招かれ、家族で中国に移住するが、日本の敗戦もあり51年
に帰国し、53年1月14日、東京で82歳の生涯を終えた。

             ◇     ◇     ◇

古川 勝三(FURUKAWA Katsumi)

1944年、愛媛県宇和島市生まれ。中学校教諭として教職の道をあゆみ、1980年、文部省海外派遣教
師として、台湾高雄日本人学校で3年間勤務。『台湾の歩んだ道−歴史と原住民族−』『台湾を愛
した日本人─八田與一の生涯』『日本人に知ってほしい「台湾の歴史」』『台湾を愛した日本人
2─KANO野球部名監督近藤兵太郎の生涯』などの著書がある。現在、日台友好のために全国で講演
活動をするかたわら『台湾を愛した日本人3』で磯永吉について執筆している。

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・呉密察(國史館館長)監修『台湾史小事典』(第三版)
・李登輝・浜田宏一著『日台IoT同盟』 *在庫僅少
・李登輝著『熱誠憂国─日本人に伝えたいこと』 *在庫僅少
・王育徳著『台湾─苦悶するその歴史』(英訳版) *在庫僅少
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・片倉佳史著『古写真が語る 台湾 日本統治時代の50年』
・王明理著『詩集・故郷のひまわり』*在庫僅少
・李登輝著『李登輝より日本へ 贈る言葉』*在庫僅少
・宗像隆幸・趙天徳編訳『台湾独立建国運動の指導者 黄昭堂』
・林建良著『中国ガン─台湾人医師の処方箋』  *在庫僅少
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・2014年 李登輝元総統ご来日(2014年9月19日〜25日) *new
・片倉佳史先生講演録「今こそ考えたい、日本と台湾の絆」(2013年12月23日)
・渡部昇一先生講演録「集団的自衛権の確立と台湾」(2013年3月24日)
・野口健先生講演録「台湾からの再出発」(2010年12月23日)
・許世楷駐日代表ご夫妻送別会(2008年6月1日)
・2007年 李登輝前総統来日特集「奥の細道」探訪の旅(2007年5月30日〜6月10日)
・2004年 李登輝前総統来日特集(2004年12月27日〜2005年1月2日)
・許世楷先生講演録「台湾の現状と日台関係の展望」(2005年4月3日)
・盧千恵先生講演録「私と世界人権宣言─深い日本との関わり」(2004年12月23日)
・許世楷新駐日代表歓迎会(2004年7月18日)
・平成15年 日台共栄の夕べ(2003年11月30日)
・中嶋嶺雄先生講演録「台湾の将来と日本」(2003年6月1日)
・日本李登輝友の会設立総会(2002年12月15日)

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