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メールマガジン日台共栄

日本の「生命線」台湾との交流活動や、他では知りえない台湾情報などを、日本李登輝友の会の活動とともに配信するメールマガジン。

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【メルマガ日台共栄:第3087号】 国家人権博物館組織法を制定した台湾の次の取り組みは中正紀念堂の解体的転換

2017/11/30

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1>> 国家人権博物館組織法を制定した台湾の次の取り組みは中正紀念堂の解体的転換
2>> 日本人を感激させた蒋介石発言「以徳報怨」の背景  黄 昭堂(台湾独立建国聯盟主席)
3>> 蒋介石神話の創造  宗像 隆幸(「台湾青年」編集長)
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1>> 国家人権博物館組織法を制定した台湾の次の取り組みは中正紀念堂の解体的転換

 台湾は現在、蒋介石・蒋経国の白色テロ時代を含む一党独裁時代を「権威主義時代」とし、その
見直しを進めている。

 11月28日に立法院で可決した「国家人権博物館組織法」では、権威主義時代について、1945年8
月15日から、総統だった李登輝氏が1991年4月30日に「動員戡乱時期臨時条款」を廃止し、さらに
金門・馬祖地区の戒厳令を解除した1992年11月7日までの47年間を指すと定義し、また、大規模な
人権侵害事件が発生した場所を、権威主義時代の象徴として「不義遺跡」と命名し、45ヵ所を指定
しているという。

 この「国家人権博物館組織法」によって定められている行政院文化部直属の国家人権博物館は
近々オープンするというが、すでに6年前の2012年10月19日に「国家人権博物館設立準備処」が創
設されていて、「景美人権文化園区」と「緑島人権文化園区」の2つのテーマパークを管轄・運営
している。

 景美人権文化園区も緑島人権文化園区も、本会の「日本李登輝学校台湾研修団」(略称:李登輝
学校研修団)や「役員・支部長訪台団」などで訪れている。

 台湾警備総司令部軍法処看守所だったところが景美人権文化園区で、新北市新店区にある。戒厳
令下、政治受難者を拘置していたところで、美麗島事件で捕まった呂秀蓮・元副総統や姚嘉文・元
考試院長、陳菊・高雄市長などもここに収監され、刑を執行されている。

 唯一、日本人で収監されたのが小林正成(こばやし・まさなり)氏だった。台湾独立建国聯盟日
本本部の秘密盟員だった小林氏は1971年5月、台北市内のビルから台湾の民主化と独立を求めるビ
ラを気球からばら撒いたことで逮捕されるも、数ヵ月で日本へ送還されたため命を長らえたが、今
も景美人権文化園区には小林氏の写真とともにこの事件のことが展示されている。

 一方の緑島人権文化園区は白色テロ時代(1949年〜1992年)に政治受難者を収監し刑を執行した
刑務所で、太平洋の孤島「緑島」にあり、故蔡焜燦先生の実弟の蔡焜霖先生など実に多くの台湾人
が無実の罪で収監されたところだ。

 国家人権博物館組織法を制定されたことについて、鄭麗君・文化部部長(大臣に相当)は「国家
人権博物館の開設は、『移行期の正義』を実現するための一部分にすぎず……一方で国家人権博物
館の開設を推進しながら、もう一方で国家が法律によって過去の権威主義的な統治者をしのぶこと
を定めるというのは、人格の分裂と同じだ」として、次は中正紀念堂組織法の改正を進めると宣言
した。中正紀念堂の解体的転換は当然のことだろう。台湾国際放送が詳しく伝えているので下記に
紹介したい。

 中正紀念堂は周知のように独裁者だった蒋介石を顕彰する施設で、台北市内のど真ん中にある。
民進党の陳水扁政権時代の2007年に「台湾民主紀念館」に改名されたものの、国民党の馬英九政権
は元の中正紀念堂に戻している。

 台湾で戒厳令が解除されてから30年、2・28事件から70年という節目の本年、台湾は台湾を取り
戻すために大きな一歩を記した。

 日本ではいまだに「蒋介石の以徳報恩」神話を信じている向きがある。蒋介石の以徳報恩とは
「天皇制を護持してくれた」「対日賠償請求権を放棄してくれた」「支那派遣軍と在留日本人を無
事に送還してくれた」「ソ連による日本の分割占領を阻止した」などを指すが、すべてウソであ
る。だから「神話」なのだ。

 昭和大学教授や総統府国策顧問をつとめられた故黄昭堂・台湾独立建国聯盟主席がこのウソを解
明されている。それが、2002年7月8日に発表された「日本人を感激させた蒋介石発言『以徳報怨』
の背景」だ。すでに本誌2006年3月5日号で紹介しているが、改めて別掲でご紹介したい。

 また、黄昭堂氏とともに「台湾青年」編集長として台湾独立運動を進め、台湾大学教授だった彭
明敏氏の台湾脱出を成功させた宗像隆幸氏(現在、台湾独立建国聯盟日本本部顧問)も、2002年9
月21日に発表した「蒋介石神話の創造─ 蒋介石の聖人伝説ほど矛盾に満ちた話はない」で、神話
が生み出された背景について論述されている。

 この論考も本誌2006年3月1日号で紹介しているが、「蒋介石の以徳報恩」がウソであり神話にす
ぎないことを知っていただくため、改めて別掲でご紹介したい。

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国家人権館が開幕、次は中正紀念堂の転換
【台湾国際放送:2017年11月29日】

 6年余りにわたって開設準備が進めれられて来た国家人権博物館が、近くオープンする予定だ。

 立法院は28日、人権による治国の理念を明確に打ち出すことを目的に、「国家人権博物館組織
法」を可決した。これについて、文化部の鄭麗君・部長は29日、「政府として国家の立場から、過
去の権威主義統治の時代に行われたた人権迫害を直視し、真相の復元に協力すると共に、この国家
人権博物館を、人権教育の拠点にしたい」と語った。

 鄭・部長は、「国家人権博物館の開設は、『移行期の正義』を実現するための一部分にすぎず、
『移行期の正義』の全面的な実現には歴史の真相の復元、名誉回復と賠償、権威の象徴だったもの
の処分などが含まれる。このため、立法院がいち早く『移行期の正義促進条例』を可決・成立さ
せ、国家が『移行期の正義』を進める上での法律的な基礎を確立してほしい。この基礎に基づい
て、文化部は中正紀念堂組織法の改正を進める。しかし、中正紀念堂の転換には、社会に異なった
意見を持つ人たちがいる。まず、社会で討論してもらい、コンセンサスを集めた上で、法改正を進
める」と表明し、蒋介石・元総統を記念するために建てられた中正紀念堂の位置づけの転換に対し
て、意欲を示した。

 鄭・部長は、「国家人権博物館組織法の立法化と共に、同じ基準よって、今年が戒厳令解除から
30年になるのに当たって、法律と組織の角度から、権威主義統治者を見直す必要があると思う。こ
のため、我々は今年、中正紀念堂の転換を始動させる。まのた、こうした転換の仕事について、社
会での討論を求め、コンセンサスを集めた上で、法律改正のための草案を作成し、国会の審議を求
めたい」と語った。

 鄭・部長は、「一方で国家人権博物館の開設を推進しながら、もう一方で国家が法律によって過
去の権威主義的な統治者をしのぶことを定めるというのは、人格の分裂と同じだ、このため、中正
紀念堂の転換は必要だ」と指摘した。

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2>> 日本人を感激させた蒋介石発言「以徳報怨」の背景  黄 昭堂(台湾独立建国聯盟主席)

【メールマガジン日台共栄:2006年3月5日】

◆台日関係と「蒋介石恩義論」

 台湾は日本の最初の植民地であり、1895年から1945年まで、日本の支配を受けた。日本の敗戦に
伴い、台湾は中華民国国民党政権の支配下に入って今日に至っているが、50年にわたる日本の台湾
支配は、いまでも大きな影響を残している。

 日本の台湾領有の目的は、収奪よりも領土の拡張にあった。教育を通じての台湾人の文明度の向
上、衛生の改善を通じての居住環境の向上、基礎建設、産業建設を通じての生活向上などは、収奪
の視点からのみでは解釈はできない。ただ、植民地人である台湾人への高圧的態度は、台湾人に不
愉快な思い出を残し、この50年にわたる植民地時代に対する客観的評価を困難にさせているのである。

 加えるに、蒋介石、蒋経国父子は、台湾解放者としての自分たちの功績を際立たせるため、日本
の台湾統治を醜悪化することに専念した。かれら自身、それに国民党の高級幹部を含め、戦後、一
貫して親日的態度をとる反面、日本文化の台湾流入を阻止し、また、台湾に残存する日本文化の追
放につとめた。端的にいえば、それは、日本の書籍はもちろん、歌まで輸入禁止にしていたことで
もわかるように徹底したものであった。台湾人が親日的になるのを阻止し、日本との親交関係を国
民党政権が独占する政策をとったのである。

 元来、台湾人は多かれ、少なかれ、植民地時代には日本人から屈辱的な仕打ちを受けているのだ
が、日本に代わって台湾の支配者になった中華民国国民党政権の横暴さを経験してからは、一転し
て日本に好感を示すようになった。それが蒋介石たちをあわてさせたのだ。

 コミンテルンのおかげで、蒋介石は身を起こすことができたのだが、1927年に反共クーデターで
政権を握ってからは、後半生を反共に捧げた。もし、日本が満州事変を起こさず、さらには支那事
変を起こさなかったら、中国共産党をせん滅できたはずだと、彼は晩年になっても残念がってい
た。彼にとって、日本はいくら憎んでも憎み足りない存在であったはずだ。その彼が一転して親日
家になったのは、中国共産党との対抗上、日本の中華人民共和国への接近を阻止し、日本の中華民
国支持を得る必要性に迫られたからである。反共政治家としての面目躍如たるものがある。

 他方、日本の反共政治家も蒋介石政権の存在を必要とした。中華人民共和国の国際的影響力の増
大を阻止するためにも、国際連合安全保障理事会常任理事国としての「中国」のイスを占める政権
の存在が必要であり、蒋政権がその役割を担うのに役立つからである。かくて、1950年代に「蒋介
石恩義論」というデマゴーグが展開された。その内容はつぎのとおりである。

(1)北海道がソ連の占領を免れえたのは、蒋介石総統が九州占領の権利を放棄して、これを阻止
   したからである。

(2)天皇制を護持できたのは、蒋介石総統がこれを強く主張してくれたからである。

(3)中国派遣軍と、在中日本人を蒋介石総統は無事に送還してくれた。

(4)500億ドルにのぼる対日賠償請求権を蒋介石総統が放棄してくれたから、日本はスムーズに
   復興できた。

 内容的には、大方の日本人の肯けることばかりだ。その結果、左派は別として、日本国中に蒋介
石賛美が浸透した。

 そのころ、台湾人は台湾に脱出してきた蒋介石の圧制に苦しんでいた。47年の国民党中央政府軍
による弾圧(二二八事件)につづいて、49年から50年にかけての政治反対者の大量逮捕、37年にわ
たって続いた戒厳令の発布、国会議員の終身制、秘密警察(特務)の跳梁……。

 台湾人の苦しみを横目に見て、日本の政治家は言う。「蒋介石総統を支持しなくちゃ」。そして
この「蒋介石恩義論」は、いまでも根強く残っている。紙数に限りがあるので、簡単にいうと、真
実はこうである。

◆蒋介石の対日賠償放棄はウソである

 対日戦争で勝利を得た蒋介石ではあるが、重慶に逃げ込んだままになっていた彼が、中央政権を
握るためには、中共軍との熾烈な内戦に勝たねばならない。したがって、日本本土に国民党軍を送
る余裕はあろうはずはなく、また、中国に派遣されていた日本軍が中共軍と手を結ぶのを阻止する
には、彼らを一刻も早く、日本本国に送還する必要があった。

 天皇制存続が可能になったのは、むしろ米国の知日派の主張によるものだ。賠償放棄に至っては
蒋介石が自ら思い立ってそうしたものではなかった。

 1951年に日本が台北で蒋政権と「日華平和条約」締結交渉をしたさい、蒋政権は「国民感情が許
さない」と称して、賠償を強く要求した。日本側は、中華民国政府は台湾しか支配していず、中国
本土に支配権を及ぼしていないとの理由で、その要求を蹴り、一時は交渉が中断し、日本側代表団
は本国に引き揚げた。最終的にはダレス米国務長官が蒋介石に圧力をかけて、賠償要求を断念さ
せ、そのかわりに、条約の議定書に「中華民国は、日本国民に対する寛厚と善意の表徴として、
……〔賠償請求権〕を自発的に放棄する」旨を盛り込み、蒋介石の面子を保ったのである。この経
緯は、外務省編集の『外務省の百年』(原書房)で明らかにされている。

 ついでながら、哀れをとどめたのが中華人民共和国である。後年(1972年)、日本と国交を回復
するにあたって、中国政府は日本に500億ドルの賠償を要求したが、「この問題は1952年の日華平
和条約で解決ずみだ」と、日本側に一蹴され、とうとう一銭も賠償金を得ることができなかった。

 この観点からいえば、日本は結果的に蒋介石から恩義を蒙ったことになる。蒋介石が利用された
といえないこともない。

 ともあれ、日本政府、自民党と国民党政権は、その親密度を増やしていく。かつ、一人歩きを始
めた「蒋介石恩義論」によって、一般の日本人も台湾人の苦しみを横目にみながら、国民党と仲良
くなっていくのである。

◆最後まで蒋政権を支持した日本

 現在の台湾経済は、多くのアジア諸国のなかでは相対的に発達しているといえる。その原動力は
(1)台湾人の能力と勤勉さ、(2)日本が残した建設が素地になっている、(3)米国が15年の間
に供与した計30億ドルにのぼる軍事・経済援助、(4)農民、労働者、環境汚染の犠牲の上に成り
立っている。主としてこの4点にあった。

 台湾人は日本との50年にわたる「共同生活」によって、その消費性向は日本化した。地理的にも
近いため、輸送費は安あがりである。ともに島国であるので、コンパクトに仕上げられる製品は、
台湾の需要にマッチする。日本語が通用するので、製品、機械の活用上、便利だ。これらの理由に
より、台日間の貿易、殊に日本からの輸入は、「先天的」に発展する素地があった。

 台湾への投資についても同様のことがいえる。言語(日本語)が通用する便利さと、それを通じ
ての意思疎通が比較的に容易であること、地理的に近接し、かつ労働の質が高いことなどが、日本
の台湾投資を促した。国民党政権による戒厳令が、台湾労働者の集団争議やストライキを不可能に
したことも、「安定」を必須条件とする外国人投資家にとっては魅力だった。中華人民共和国と国
連の場で、「中国代表権」を争う国民党政権にとって、外国からの投資は、自分を支持する証しで
あるとともに、投下資本そのものが人質になる。「投資人質論」である。この観点から、国民党政
権は外資導入をさかんに推進した。こうして、日本の台湾への投資、台日貿易は増加の一途を歩んだ。

 日本と蒋政権との関係が一時大きく挫折したのは1972年のことである。

 この前年の71年7月に、ニクソン米大統領が、蒋政権と対立関係にある中華人民共和国への訪問
予定を発表(実際には72年2月訪中)、つづいて10月に蒋政権は国連を追われ、中華人民共和国政
府が中国の代表として、安保理と国連総会の席を占めた。

 これに先立ち、日本と米国は、蒋介石に、「台湾」の名で国連総会にとどまるよう説得したが、
功を奏しなかったのである。

 大勢すでに去ったのを見て、日本は72年9月に中華人民共和国と国交を樹立し、同日、蒋政権が
日本と断交するという形で、台湾と日本との正式の外交関係が切れた。日本は、蒋政権が国連を脱
退するまで、つまり、最後の最後まで、国連の場で、蒋政権を支持してきた。「蒋介石恩義論」の
延長である。日本の蒋政権支持は、中華人民共和国による台湾侵攻阻止に役立ったとみるむきもあ
るが、果たして本当だろうか。

 台湾は日本にとって大事な貿易パートナーであり、安心できる投資先でもある。台湾が中華人民
共和国の手中に入れば、日本は南で共産主義国と国境を接することになり、心理的にも脅威感が増
大する。また交通面では、航空識別圏の問題で、空路不安が生じ、海の貿易航路でも安全性の問題
が生じる。だから、日本としては、できるかぎり、台湾を中華人民共和国に渡したくはない。日本
にとっての国益の発露である。国益の追求は、現今の国際社会では至極当然のことであって、非難
すべきではない。

 ただ、蒋政権への強力なバックアップが、蒋介石の自信を強め、彼をして最後まで「一つの中
国」に固執させ、「自分こそ中国の唯一の正統政府」という神話をとりつづけることを可能にして
きたといえないだろうか。

 58年に米国は蒋政権に「大陸反攻」を断念させたが、日本が、あの時点から蒋政権に対して、不
即不離の形で、つまり、強力なバックアップをせずに、緩やかな政策をとっていたならば、蒋政権
はあれだけの強気の「一つの中国」論を展開できなかったはずだ。「蒋介石恩義論」は蒋介石を不
毛の強気に追いやっただけである。

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3>> 蒋介石神話の創造  宗像 隆幸(「台湾青年」編集長)

【メールマガジン日台共栄:2006年3月1日】
*読みやすさを考慮し、小見出しは編集部で付したことをお断りします。

◆蒋介石による1945年8月15日の重慶放送

 1945年8月14日、日本は御前会議でポツダム宣言の受諾を決定し、ただちに連合国に通告した。
世界大戦が終わったのである。 日本軍の包囲下にあった重慶も、勝利の喜びでわきかえった。国
民党の宣伝機関はさっそく、軍事的天才・蒋介石総統の「日本とアメリカを戦わせる戦略が功を奏
したのだ」と、蒋を持ち上げた。

 しかし、蒋介石としては、喜んでばかりはおれなかった。中国にいた日本軍の将校たちの間で
は、「降伏反対、断固戦い抜く」という声が圧倒的だったからである。太平洋で米軍と戦った部隊
と違い、中国軍と戦って勝ち続けてきた彼らには、敗戦の実感がなかったのだ。

 「百万の精鋭健在のまま敗戦の重慶軍に無条件降伏するがごときは、いかなる場合にも、絶対に
承服しえざるところなり」と、岡村寧次支那派遣軍総司令官は述べた。まさか支那派遣軍だけで戦
争をつづけるつもりではなかったであろうが、激昂している部下をなだめるために、岡村大将はそ
う言わざるをえなかったのであろう。

 8月8日、日本に宣戦したソ連は、怒涛の勢いで満州になだれこんでいた。早く日本軍に重慶の包
囲を解かさなければ、中国共産党軍がソ連の助けを借りて支配領域を拡大するのを、指をくわえて
見ていなければならないことになる。

 蒋介石は、8月15日重慶放送を通じて日本軍に降伏を呼びかけた。このとき彼の吐いた名セリフ
が、「徳を以て怨に報いる」というもので、後に「以徳報怨」演説として広く知られることにな
る。 まさかこの演説が、日本人の間で蒋介石の「聖人伝説」をつくり出すことになろうとは、本
人さえ夢にも思わなかったことであろう。一刻も早く日本軍が降伏して武器を引き渡し、中国から
引き上げて欲しい、という一念から出たセリフだったに違いない。また、蒋介石の演説で日本軍が
おとなしく降伏したわけでもない。

 同じ8月15日、天皇の詔勅が放送された。それまで数多く出されてきた天皇の名による命令と違
い、天皇自らが放送で日本人に降伏を命じたのである。天皇の軍隊が、この命令に背けるはずがな
い。全日本軍はただちに降伏を受け入れたのである。

◆国民党の宣伝機関が作り出した三つの蒋介石神話

 しかし、蒋介石神話の方は一人歩きした。ソ連が降伏した日本人60万人を抑留して使役し、7万
人も死なせたからである。「残酷なスターリンと寛大な蒋介石」という対比が、日本人の間で蒋介
石の聖人伝説を生み出したのだ。

 それに気をよくした国民党の宣伝機関は、さらに三つの蒋介石神話を作り出そうとした。

 一つは、天皇が戦犯となるところを、蒋介石が救ったという神話である。ちょっと調べれば、そ
れが嘘であることはすぐにわかることだ。

 蒋介石の軍令部が作成した戦犯リストのトップに、「日皇 裕仁」と書かれている。蒋介石大元
師の許可なしに、軍令部がこの戦犯リストをつくれるわけがない。 天皇の名の上には、「暫刪」
(当分削除)と書かれている。米国の要求で蒋介石は天皇の戦犯要求を保留したのである。 米国
は戦争中に、戦後の日本統治に天皇を利用する方針を決定していた。だからトルーマン大統領は、
「天皇を含む日本の政治機構を利用して間接統治せよ」と、マッカーサー元師に命じたのである。

 もう一つは、蒋介石がソ連による日本の分割占領を阻止したという神話である。1945年8月16
日、スターリンはトルーマンに電報を送り、ソ連軍が北海道の北半分と千島列島を占領するという
意思を伝えた。2日後、トルーマンはスターリンに次のように回答した。「ソ連が全千島列島を占
領することには同意する。しかし、北海道と本州、四国、九州はマッカーサー元師が占領す
る」 。スターリンは北海道占領のための部隊を乗せた艦隊をすでに発進させていたが、やむなく
艦隊に引き返すように命じたのだ。蒋介石が介入する余地などまったくなかったのである。

 スターリンは降伏した日本人を帰国させる予定でいたが、北海道北半の占領を拒否された腹いせ
に、日本人を抑留したのだと言われている。だとすれば、日本人60万人の抑留と七万人の死という
大きな犠牲を払って、日本は分割占領を免れたことになる。

 さらにもう一つは、蒋介石は日本に対する賠償請求権を放棄したという神話である。これも、蒋
介石は賠償要求を出そうとしたが、強欲すぎる、とアメリカが拒否したというのが真相のようだ。 

 蒋介石は満州をはじめとする大陸の膨大な日本資産と台湾を接収した。日本がインフラや重工業
を建設したために、東北(旧満州)は中国で最大の重工業地帯となったのであり、台湾は文字どお
り宝島であった。 しかも、蒋政権幹部は接収した日本資産のかなりの部分を私腹したのである。

 日華平和条約(1952年締結)では、日本人が台湾に残してきた財産と台湾人の日本に対する請求
権の問題は、特別取極で解決することになっていた。そのために日本政府は、蒋政権に対して、特
別取極の交渉を3度申し入れたが、蒋政権は反応を見せず放置した。

 日本が賠償を支払うことになれば、日本の残置財産のリストをつくり、その評価額を定めて、賠
償金に算入しなければならない。そうなると。蒋政権幹部が私腹した日本資産が暴露されることに
なる。だから蒋政権は、日本の交渉要求に応じられなかったのである。そしてもっぱら「日本への
賠償要求を放棄した」と宣伝したのだ。

 だいたい、蒋介石の聖人伝説ほど矛盾に満ちた話はない。あれほど同胞の中国人や台湾人を殺戮
した蒋介石が、日本に対するときだけは、まるで夜叉が菩薩に変じたように、慈悲深い態度をとっ
たというのは信じられる話ではなかろう。

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・黄文雄著『哲人政治家 李登輝の原点』
・李筱峰著・蕭錦文訳『二二八事件の真相』

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*第1号〜第15号(最新刊)まですべてそろいました。【2017年6月8日】

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・『湾生回家』 *new
・『KANO 1931海の向こうの甲子園』
・『台湾アイデンティティー』 
・『台湾アイデンティティー』+『台湾人生』ツインパック
・『セデック・バレ』(豪華版)
・『セデック・バレ』(通常版)
・『海角七号 君想う、国境の南』
・『台湾人生』
・『跳舞時代』 *現在「在庫切れ」(2017年8月31日)
・『父の初七日』

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・2014年 李登輝元総統ご来日(2014年9月19日〜25日) *new
・片倉佳史先生講演録「今こそ考えたい、日本と台湾の絆」(2013年12月23日)
・渡部昇一先生講演録「集団的自衛権の確立と台湾」(2013年3月24日)
・野口健先生講演録「台湾からの再出発」(2010年12月23日)
・許世楷駐日代表ご夫妻送別会(2008年6月1日)
・2007年 李登輝前総統来日特集「奥の細道」探訪の旅(2007年5月30日〜6月10日)
・2004年 李登輝前総統来日特集(2004年12月27日〜2005年1月2日)
・許世楷先生講演録「台湾の現状と日台関係の展望」(2005年4月3日)
・盧千恵先生講演録「私と世界人権宣言─深い日本との関わり」(2004年12月23日)
・許世楷新駐日代表歓迎会(2004年7月18日)
・平成15年 日台共栄の夕べ(2003年11月30日)
・中嶋嶺雄先生講演録「台湾の将来と日本」(2003年6月1日)
・日本李登輝友の会設立総会(2002年12月15日)

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・入会案内:http://www.ritouki.jp/index.php/guidance/
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  • 名無しさん2017/11/30

    蒋介石とその一族が全ての諸悪の根元であることを改めて思った。