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【メルマガ日台共栄:第3085号】 宜蘭を救った西郷隆盛の長男・西郷菊次郎  古川 勝三(台湾研究家)

2017/11/27

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1>> 宜蘭を救った西郷隆盛の長男・西郷菊次郎  古川 勝三(台湾研究家)
2>> 12月13日、日本台湾交流協会が日台租税取決め等をテーマに台湾情勢セミナー
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1>> 宜蘭を救った西郷隆盛の長男・西郷菊次郎  古川 勝三(台湾研究家)

 おそらく西郷菊次郎(さいごう・きくじろう)を日本で最初に紹介した一般書は、今から20年ほ
ど前に出された『台湾と日本・交流秘話』(展転社、1996年)だと思われる。それまで西郷菊次郎
の名前はほとんど知られていなかった。西郷隆盛と愛加那の息子として、また京都市長として名前
を知られていた程度で、台湾との関係で語られることはなかったと言ってよい。

 『台湾と日本・交流秘話』が出版される少し前に、台北帝大農業土木科出身で、当時、東京農業
大学農学部教授だった高須俊行(たかす・としゆき)氏から版元の展転社(てんでんしゃ)に「宜
蘭河に『西郷堤防』と呼ばれている堤防があり、そこに西郷菊次郎という方の石碑が建っている」
という情報が写真とともに送られてきた。それが、この本に西郷菊次郎の事績が紹介されたきっか
けだった。

 本書のグラビアには、高須氏とともに背丈の倍はあろうかと思われる「西郷庁憲徳政碑」と刻ん
だ石碑の写真が掲載され、本文は「西郷隆盛の子・菊次郎の郡主徳政碑」と題して事績を詳しく紹
介し3ページを費やしている。

 本書の出版まで、1994年に旧制台北一中出身の本田布治雄氏が『西郷菊次郎事迹』を私家版で出
版していて、『台湾と日本・交流秘話』は参考資料として挙げているが、西郷菊次郎と台湾を結び
付けた書籍はそれまでなかったようだ。

 本書出版後、拓殖大学常務理事だった佐野幸夫氏が『西郷菊次郎と台湾』(南日本新聞開発セン
ター、2002年)を出版しているが、いまだに西郷菊次郎の名前も事跡もほとんど知られていないと
言っていいのではないだろうか。

 そこに風穴を開けるように、このほど『台湾を愛した日本人─八田與一の生涯』の著者の古川勝
三(ふるかわ・かつみ)氏が「宜蘭を救った西郷隆盛の長男・西郷菊次郎」をnippon.comコラム
「台湾を変えた日本人シリーズ」で発表された。下記に全文をご紹介したい。

 なお、「西郷庁憲徳政碑」が発見された経緯は、明石元二郎総督のお墓が発見された経緯とよく
似ている。

 古川氏は「戦後の混乱によって顕彰碑の存在が分からなくなっていたが、1990年に発見され宜蘭
県文化局により中山橋横の堤防上に移築」とのみ簡単に述べているが、『台湾と日本・交流秘話』
では、蒋介石軍とともに台湾に逃げて来た軍人家族によって占拠され、石垣の一部として埋もれて
しまったために存在が分からなくなり、水利局が宜蘭河整備のために不法家屋を一掃したところ
「西郷庁憲徳政碑」が顕れたと詳しく記している。

 ちなみに、西郷菊次郎3男の隆秀氏は1955年から9年間、拓殖大学の理事長をつとめ、孫(4男隆
泰氏の長男)にあたる隆文氏は鹿児島県陶業協同組合初代理事長もつとめた、鹿児島在住の著名な
陶芸家だ。

 また、宜蘭では西郷菊次郎の名はつとに有名で、宜蘭出身で、高雄市長をつとめている陳菊氏の
菊という名前は西郷菊次郎に由来すると漏れ聞く。

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古川 勝三 宜蘭を救った西郷隆盛の長男・西郷菊次郎
【nippon.comコラム「台湾を変えた日本人シリーズ」:2017年11月26日】
http://www.nippon.com/ja/column/g00462/

 台湾は日本と同じ環太平洋火山帯の上に浮かぶ島国である。したがって、地震もあれば火山も温
泉もある。台湾の温泉文化は日本統治時代に日本人が根付かせた文化である。その温泉地として
今、台湾人に人気を誇っている宜蘭の町の発展に大きく貢献した日本人がいた。

 明治維新の英雄、西郷隆盛の息子、西郷菊次郎である。

 台湾では、北投、陽明山、関子嶺、四重渓が四大温泉地と言われ、戦前、特に台北からも近い北
投は人気があった。温泉文化は戦後に失われた時期があったが、現在は再び温泉ブームが起こり、
西海岸に集中していた温泉場が東海岸にも広がりを見せてきた。その中でも特に宜蘭は人気が高
い。2006年6月に12.9キロメートルの雪山トンネルが開通したことにより、台北から高速道路で30
分で行けるようになった。このため宜蘭の温泉地は東京から90キロメートルあまりの箱根温泉と、
台北から60キロメートルあまりの宜蘭温泉と似たようになり、最近はにぎわいを見せ始めている。

 宜蘭(現在の蘭陽)平野の中心に位置する宜蘭市は、東は太平洋に面し、西側郊外には美しい田
園風景が広がる。その中央を宜蘭川(現在の宜蘭河)と呼ばれる台湾山脈に源を発する川がゆっく
り東へ流れていく。宜蘭川が台湾山脈から運んでくる肥沃(ひよく)な土の堆積によって作られた
宜蘭平野からは豊かな農作物が採れ、「竹風蘭雨」という言葉があるように水豊かにして昔から
ユートピアと呼ばれていた。

 しかし、風光明媚(めいび)なその景色も、夏、台風の直撃によって大暴風雨となると一変す
る。宜蘭川の濁流は堤を乗り越え、あるいは堤を寸断して田畑や家を押し流し、伝染病がまん延し
住民は連年洪水に苦しめられていた。この宜蘭川の氾濫から街を守ることが住民の長年の悲願で
あった。この悲願を解決したのが、西郷菊次郎だった。

◆米国留学から台湾へ

 菊次郎は、西郷隆盛の長男として奄美大島で生まれた。隆盛が奄美大島に潜居した折、愛加那と
の間にもうけた子供である。1869年8歳のときに西郷本家に引き取られ、12歳の時、2年6か月の米
国留学を果たして74年7月に帰国した。17歳のとき西南戦争が勃発し、薩軍の一員として参戦する
が、高瀬(熊本県玉名市)の戦いで一生義足を装着することになる銃創を右足に受け、膝下を切断
した。田原坂が政府軍の手に落ちると、以後、菊次郎は隆盛の老僕であった永田熊吉に背負われ
て、人吉そして宮崎へ困難な山岳地帯の敗走行を重ねる。和田越(宮崎県延岡市)の戦闘で多数の
死傷者を出した薩軍は俵野に陣を移し、今後の動向について軍議を重ねた結果、可愛嶽を越えて三
田井に抜けることを決意。戦闘で重傷を負っていた菊次郎は、桐野利秋の計らいで他の負傷兵や熊
吉と共に俵野に残された。熊吉は負傷した菊次郎を背負い、隆盛の弟である西郷従道の下へ投降し
た。西郷従道はおいの投降を喜び、熊吉に礼を言ったという。以後、菊次郎は西郷従道の支援を得
ながら留学経験を生かす場として外務省に入り、米国公使館や本省で勤務していた。

 1895年4月に台湾が下関条約によって日本に割譲されると、菊次郎は台湾総督府参事官心得を命
じられ台湾に赴任する。この時奄美大島に寄り母に再会するが、これが母と会う最後となる。菊次
郎34歳のときである。その翌年には台北県支庁長に任じられ、さらにその1年後、1897年台湾の北
東部の現在の県知事に相当する宜蘭の初代庁長を拝命する。菊次郎は妻子と共に宜蘭の庁長官舎に
引っ越す。当時の庁長官舎は800坪(2640平方メートル)の敷地に74坪(244平方メートル)の平屋
建てで幹部職員や校長の住宅と共に残っており、修復されて内部を見学することができる。

 菊次郎が渡台した頃の台湾は、風土病、アヘン吸引、原住民族、土匪(どひ)の襲撃という四重
苦と戦っており、初代樺山資紀台湾総督以来、2年9か月の間に、2代桂太郎、3代乃木希典と3人が
交代し、その間の台湾に対する軍人による統治政策は、治安行政の域を出ず、いたずらに莫大(ば
くだい)な国費を消耗するのみで、完全に行き詰まっていた。台湾統治の問題は世論の非難攻撃の
的となり、台湾を1億円でフランスに売却せよという議論まで起こるありさまであった。

◆常に持ち続けた父・西郷隆盛の教え

 菊次郎が宜蘭庁長に就任して9か月後、1898年第4代総督に児玉源太郎が就任し、後藤新平を民政
長官に抜てきして共に台湾にやって来た。児玉総督は後藤に絶大なる信頼を寄せ、後藤もその信頼
に応えるべく、台湾近代化の青写真を作り実行に移す。ドイツで医学を学んだ後藤は、日本国内の
法制をそのまま文化・風俗・慣習の異なる台湾に持ち込むことは、生物学の観点から困難であると
考え、台湾の社会風俗などの調査を行った上で政策を立案し、漸次同化の方法を模索するという統
治方針を採用した。

 以前から、どうしたら固い島民感情を融和させることができるか昼夜悩んでいた菊次郎は、後藤
新平の統治方針を理解し受け入れた。さらに父隆盛がよく口にしていた「天を敬い、人を愛する」
という仁愛の無私無欲こそが難局を解決できる道だとも考えていた。原住民や台湾人に対する差別
意識を持つ日本人が多い中で、菊次郎は違った。幼少期に苦労して育ち、西南の役で多くの優秀な
若者の死を目の当たりにし自らも障害者になった菊次郎は、弱い者に対する優しさと誠実な心を自
然と身につけていた。時間をかけて島民の心の中に、こちらの誠実な思いを溶け込ませる努力以外
に方法がないという結論に達し、民衆のためになる治政こそが住民の心を開かせ、協力を引き出す
ことができると考え実行に移した。

 そのため宜蘭の住民の社会基盤整備に力を注いだ。河川工事、農地の拡大、道路の整備、樟脳
(しょうのう)産業の発展、農産物の増収政策を実施すると共に教育の普及にも力を入れたため、
治安が良くなり住民の生活を安定させることに成功した。

 その中で一番力を入れたのが、宜蘭の住民の悲願である宜蘭川の氾濫をなくすことである。台湾
総督府と粘り強い交渉の末、巨額の補助金を引き出すことに成功し、第1期工事が1900年4月に着工
された。1年5か月の歳月と巨費をかけた13.7キロメートルの宜蘭川堤防は01年9月に完成した。こ
の工事を見守っていた宜蘭の住民は堤防の威力に半信半疑だったが、この時以降、宜蘭川の洪水は
二度と起きなくなり、暴れ川の汚名を返上した。堤防の威力を体感した住民は歓喜し、菊次郎に対
する称賛の声があふれた。住民のための善政を行った菊次郎は、宜蘭川一期工事の完成を見届け二
期工事の完成に確信を持つと、依願退職して5年半に及ぶ宜蘭庁長の生活に終止符を打ち、02年台
湾を後にした。

◆戦後も地元住民に愛されている

 完成した堤防によって、その恩恵の大きさに感激した宜蘭の住民有志は、1905年に『西郷庁憲徳
政碑』と刻んだ石碑を堤防の近くの民家の庭に設置して菊次郎を顕彰した。1923年に、菊次郎の名
前を取って「西郷堤防」と命名されると、宜蘭の人士により巨大な石碑が造られ、この上に原碑を
載せて中山橋の西側に設置をした。3年後には第2期工事が完成し、宜蘭の街は強固な堤防に守ら
れ、安心して生活できる環境が整った。

 しかし1945年日本の敗戦によって日本人はことごとく台湾から去り、その後に国共内乱で敗れた
国民党軍とその家族200万人が台湾にやって来た。この戦後の混乱によって顕彰碑の存在が分から
なくなっていたが、1990年に発見され宜蘭県文化局により中山橋横の堤防上に移築され、現在も菊
次郎の徳政を後世に伝え続けている。

 長い碑文の最後には「西郷公をしのぶに糸を買って像を刺しゅうする事なかれ、家々に線香を立
て供える事もしてはいけない。最もふさわしい事は晋人が羊祐を記念して彫った『落涙碑』のよう
にすることである。西郷公の栄光を永々に伝えるべく、ここに碑を建立し、公の徳をたたえるもの
である」と記し、「宜蘭廳全各界士人健立」と彫り込んでいる。今日、多くの日本人が台湾を訪れ
るが、このことを知る日本人は少ない。恩ある人を決して忘れてはいけないという宜蘭人の誠意に
は頭が下がる。

 帰国して2年後の1904年10月12日、第2代京都市長に就任し7年余りを勤めたが、その間にも宜蘭
と同じくインフラ整備に力を注いだ。第二琵琶湖疎水掘削工事、上水道工事、道路拡張工事の「京
都三大事業」を提案し、実施して京都都市整備の推進に大きな足跡を残した。菊次郎は宜蘭でも京
都でも常にそこに住む民衆のために活動した政治家であったと言っても過言ではない。その後、鹿
児島に帰り、永野金山(山ヶ野金山)の島津家鉱山館長を命じられ、8年余り在任した。就任する
と菊次郎は、鉱業所で働く多くの炭鉱作業員の子供の健全な心身を養う場として、自費で武道館の
建設や夜学校の開設、テニスコートを作って、山の中の住民にテニスを広めたり、アメリカ社会か
ら学んだ発想で職員クラブを作ったりした。

 菊次郎は1928年、鹿児島市の自宅において急死した。享年68、心臓まひだった。さつま町では、
文武両道の人材育成に当たった氏の功績をたたえ、現在でも毎年11月、『西郷菊次郎顕彰剣道大
会』が開催されている。

              ◇     ◇     ◇

古川 勝三 FURUKAWA Katsumi
1944年、愛媛県宇和島市生まれ。中学校教諭として教職の道をあゆみ、1980年、文部省海外派遣教
師として、台湾高雄日本人学校で3年間勤務。『台湾の歩んだ道─歴史と原住民族』『台湾を愛し
た日本人─八田與一の生涯』『日本人に知ってほしい「台湾の歴史」』『台湾を愛した日本人2─
KANO野球部名監督近藤兵太郎の生涯』などの著書がある。現在、日台友好のために全国で講演活動
をするかたわら『台湾を愛した日本人3』で磯永吉について執筆している。

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2>> 12月13日、日本台湾交流協会が日台租税取決め等をテーマに台湾情勢セミナー

【日本台湾交流協会:2017年11月22日】

台湾情勢セミナーのご案内(12/13 東京) 

台湾情勢セミナー「台湾の税制改革と日台租税取決めによる日系企業への影響」

 公益財団法人日本台湾交流協会は、台湾・財政部賦税署の宋秀玲副署長(国税庁副長官相当)を
お招きし、「台湾の税制改革と日台租税取決めによる日系企業への影響」というテーマでのセミ
ナーを開催することとなりました。

 主な内容は、以下を予定しております。

(1)台湾における租税制度の変遷と、現在、立法院で議論されている最新の税制改革のポイン
  トをご紹介。

(2)2016年に発効した日台租税取決めについて、日台間での交渉時のエピソードも交えつつ、  内容をわかりやすくご説明。

(3)台湾の租税制度や日台租税取決めが日本企業に与える影響、メリット及び留意点について
  ご紹介。

 台湾における最新の税制動向や日本企業への影響といった貴重な情報を台湾関係者から直接入手
できる絶好の機会ですので、皆様のご参加をお待ちしております。

◆日 時:12月13日(水)15:00〜17:00(受付開始14:30)

◆会 場:霞山会館 霞山の間
     東京都千代田区霞が関3-2-1 霞が関コモンゲート西館37階

◆内 容:「台湾の税制改革と日台租税取決めによる日系企業への影響」             
     宋 秀玲 台湾・財政部賦税署副署長(日中逐次通訳あり)

◆主 催:公益財団法人日本台湾交流協会

◆後 援:独立行政法人中小企業基盤整備機構、日本商工会議所(予定)、独立行政法人日本貿易
     振興機構(予定)

◆定員:120名(先着順。定員を超えた場合はご連絡します。)

◆申込締切:12月4日(月)までに申込用紙をダウンロードし,FAX(03-5573-2601)にてお申し込      みください。

◆参加費:無料

◆問合先:TEL:03-5573-2600(内線22)(公財)日本台湾交流協会 貿易経済部 角田

*なお、セミナー受講票は発行いたしません。当日は受付の際、名刺を頂戴いたします。

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【日本李登輝友の会:取扱い本・DVDなど】 内容紹介 ⇒ http://www.ritouki.jp/

*ご案内の詳細は本会ホームページをご覧ください。

● 酒井充子監督作品、映画「台湾萬歳」全国共通鑑賞券(1,200円)お申し込み
  https://goo.gl/pfgzB4
 *映画「台湾萬歳」公式サイト:http://taiwan-banzai.com/

● 児玉神社社殿修復事業へのご寄付のお願い
  http://www.ritouki.jp/index.php/info/20170611/

● 台湾フルーツビール・台湾ビールお申し込みフォーム
  https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/rfdavoadkuze

*台湾ビール(缶)は在庫が少なく、お申し込みの受付は卸元に在庫を確認してからご連絡しますの
 で、お振り込みは確認後にお願いします。【2016年12月8日】

● 美味しい台湾産食品お申し込みフォーム【常時受付】
  https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/nbd1foecagex

*沖縄県や伊豆諸島を含む一部離島への送料は、宅配便の都合により、恐縮ですが1件につき
 1,000円(税込)を別途ご負担いただきます。【2014年11月14日】

・奇美食品の「マンゴーケーキ(芒果酥)」2,900円+送料600円(共に税込、常温便)*new
 [同一先へお届けの場合、10箱まで600円]

・奇美食品の「パイナップルケーキ(鳳梨酥)」2,900円+送料600円(共に税込、常温便)
 [同一先へお届けの場合、10箱まで600円]

・最高級珍味「台湾産天然カラスミ」4,160円+送料700円(共に税込、冷蔵便)
 [同一先へお届けの場合、10枚まで700円]

● 書籍お申し込みフォーム
  https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/uzypfmwvv2px

・門田隆将著『汝、ふたつの故国に殉ず』
・藤井厳喜著『トランプ革命で復活するアメリカ』
・呉密察(國史館館長)監修『台湾史小事典』(第三版)
・李登輝・浜田宏一著『日台IoT同盟』 *在庫僅少
・李登輝著『熱誠憂国─日本人に伝えたいこと』 *在庫僅少
・王育徳著『台湾─苦悶するその歴史』(英訳版) *在庫僅少
・浅野和生編著『1895-1945 日本統治下の台湾』
・片倉佳史著『古写真が語る 台湾 日本統治時代の50年』
・王明理著『詩集・故郷のひまわり』*在庫僅少
・李登輝著『李登輝より日本へ 贈る言葉』
・宗像隆幸・趙天徳編訳『台湾独立建国運動の指導者 黄昭堂』
・林建良著『中国ガン─台湾人医師の処方箋』  *在庫僅少
・盧千恵著『フォルモサ便り』(日文・漢文併載)
・黄文雄著『哲人政治家 李登輝の原点』
・李筱峰著・蕭錦文訳『二二八事件の真相』

● 台湾・友愛グループ『友愛』お申し込みフォーム
https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/hevw09gfk1vr
*第1号〜第15号(最新刊)まですべてそろいました。【2017年6月8日】

● 映画DVDお申し込みフォーム
https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/0uhrwefal5za

・『湾生回家』 *new
・『KANO 1931海の向こうの甲子園』
・『台湾アイデンティティー』 
・『台湾アイデンティティー』+『台湾人生』ツインパック
・『セデック・バレ』(豪華版)
・『セデック・バレ』(通常版)
・『海角七号 君想う、国境の南』
・『台湾人生』
・『跳舞時代』 *現在「在庫切れ」(2017年8月31日)
・『父の初七日』

● 講演会DVDお申し込みフォーム
https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/fmj997u85wa3

・2014年 李登輝元総統ご来日(2014年9月19日〜25日) *new
・片倉佳史先生講演録「今こそ考えたい、日本と台湾の絆」(2013年12月23日)
・渡部昇一先生講演録「集団的自衛権の確立と台湾」(2013年3月24日)
・野口健先生講演録「台湾からの再出発」(2010年12月23日)
・許世楷駐日代表ご夫妻送別会(2008年6月1日)
・2007年 李登輝前総統来日特集「奥の細道」探訪の旅(2007年5月30日〜6月10日)
・2004年 李登輝前総統来日特集(2004年12月27日〜2005年1月2日)
・許世楷先生講演録「台湾の現状と日台関係の展望」(2005年4月3日)
・盧千恵先生講演録「私と世界人権宣言─深い日本との関わり」(2004年12月23日)
・許世楷新駐日代表歓迎会(2004年7月18日)
・平成15年 日台共栄の夕べ(2003年11月30日)
・中嶋嶺雄先生講演録「台湾の将来と日本」(2003年6月1日)
・日本李登輝友の会設立総会(2002年12月15日)

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