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【メルマガ日台共栄:第2745号】 中華民国籍を放棄しても蓮舫議員の国籍問題はまだ終わらない

2016/09/14

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1>> 中華民国籍を放棄しても蓮舫議員の国籍問題はまだ終わらない
2>> 【話の肖像画(2)】国民党の戒厳令下で逮捕も  羅 福全(元台北駐日経済文化代表処代表)
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1>> 中華民国籍を放棄しても蓮舫議員の国籍問題はまだ終わらない

 報道されているように、民進党代表代行の蓮舫・参議院議員は昨日、日本国籍取得後も中華民国
籍が残っていたことを認めた。

 読売新聞は今朝の社説で「国会議員が自らの国籍を正確に把握できていないとは、あまりにお粗
末」「外交・安全保障などの国益を担う国会議員が、自身の国籍を曖昧にしておくことは論外」と
手厳しく批判した(下記)。

 蓮舫議員は昨日、前原誠司議員、玉木雄一郎議員の2人の代表候補とともにテレビ番組に生出演
し「『あらためて籍を抜く作業をしているので、この手続きが終わったらこの問題は終わります』
と述べた」(スポニチアネックス)と報じられている。

 しかし、まだこの問題は終わりではない。なぜなら、いまだに蓮舫議員は事実誤認を含む自らの
問題発言を訂正していないからだ。

 まず、国籍がいつから「中国」と表記されるようになったかの発言である。

 例えば、朝日新聞台北支局長をつとめたジャーナリストの野嶋剛氏がインタビュアーをつとめた
Yahoo!ニュース編集部の単独インタビューで、蓮舫議員は「(日本と中華民国が断交した)1972年
以降は、国籍の表記としては『中国籍』となっていました」と答えている。

 しかし、日本の国籍で台湾(中華民国)出身者が「中国」と表記されるようになったのは「(日
本と中華民国が断交した)1972年以降」ではない。1952年(昭和27年)4月28日以降だ。

 この日、日本は華民国と「日華平和条約」に署名し、この7時間半後にサンフランシスコ講和条
約が発効する。また同時に日本は、「外国人登録令」(昭和22年公布・施行)を廃止して「外国人
登録法」を制定し、台湾出身者を中華民国(中国)の国民とみなして国籍を「中国」と表記するよ
うになった。

 1969年6月以降は、中華人民共和国出身者も「中国」と表記されるようになり、現在に至ってい
る。1972年の日本と中華民国の断交は、戸籍表記となんら関係ない。蓮舫議員の事実誤認と言って
よい。

 次は、「(日本と中華民国が断交した)1972年以降、私の国籍は形式上『中国』。中国の国内法
では外国籍を取得した者は自動的に(中国籍を)喪失をしているので、二重国籍にはならない」と
述べていたことだ。

 いったい蓮舫議員の言う「中国」とはどこなのだろう。中華民国なのか中華人民共和国なのか。

 昨日の時事通信は「台湾の『国籍法』は、台湾籍を放棄するには台湾当局の許可を必要としてい
るが、蓮舫氏はこの手続きを取っていなかった。一方、中国の国籍法は、外国籍取得の時点で自動
的に中国籍を失うと定めており、中国の法律に従えば二重国籍の問題は生じない」と報じている。

 つまり、蓮舫議員の言う「中国」とは中華人民共和国を指しているのは明らかだ。台湾出身者に
は中華人民共和国の法律が適用されると発言したことになる。しかし蓮舫議員は、それにもかかわ
らず台湾の代表処において「中華民国」籍を放棄する手続きを取っている。自動的に「中国」籍を
喪失するという認識なら、なぜ中華民国籍放棄の手続きを取ったのか。単なる「念のため」だったとは思えない。

 だから、「私の国籍は形式上『中国』。中国の国内法では外国籍を取得した者は自動的に(中国
籍を)喪失をしているので、二重国籍にはならない」という発言は、「私の国籍は『中国』。中華
民国の『国籍法』は、中華民国籍を放棄するには中華民国当局の許可を必要としているので、その
手続きを取った」と訂正されるべきなのではないか。

 さらに蓮舫議員は、2004年の参議院選挙の選挙公報に「台湾籍から帰化」と記したことも問題
だ。

 蓮舫議員は野嶋氏のインタビューで「1985年の国籍法改正をきっかけに、蓮舫さんは日本国籍を
取得した、という理解でいいでしょうか」という問いかけに「そうです。日本の国籍取得です」と
明瞭に答えている。産経新聞のインタビューでも同様に答え、帰化したことを否定していた。

 今年の参議院選挙のときは「台湾籍から帰化」という記述はしていないが、帰化ではなかったこ
とを否定するなら、参議院選挙の公報を訂正する必要も出てくるのではないか。読売新聞の社説も
「公職選挙法に抵触する、との指摘もある」と記す。

 このように、中華民国籍を放棄する手続きが終わったら、蓮舫議員の国籍問題が終わるわけでは
ない。

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蓮舫氏の台湾籍 「二重国籍」への認識が甘い
【読売新聞:2016年9月14日「社説」】

 国会議員が自らの国籍を正確に把握できていないとは、あまりにお粗末と言うほかない。

 民進党の蓮舫代表代行が記者会見し、台湾籍を保有していたことを認めた。台湾は父親の出身地
だ。

 蓮舫氏はこれまで、1985年1月に日本国籍を取得した際、台湾籍を放棄した、と説明してきた。
党代表選への出馬後、二重保有ではないかとの指摘を受けて、台湾側に確認し、判明したという。

 結果的に、30年超も不正常な状態を放置してきたことになる。蓮舫氏は「私の記憶の不正確さに
よって様々な混乱を招いた」と陳謝し、改めて放棄手続きを進めるというが、遅きに失した対応
だ。

 日本政府は「二重国籍」を認めていない。国籍法で、原則22歳までに、自らの国籍を選択しなけ
ればならない、と定めている。

 外国籍保有者が国会議員になることを排除する規定はないが、外交官への採用は禁止されてい
る。外交・安全保障などの国益を担う国会議員が、自身の国籍を曖昧にしておくことは論外であ
る。

 蓮舫氏は、17歳当時、台湾の大使館に当たる台北駐日経済文化代表処で行ったとされる放棄手続
きの完了を確認しなかった。2004年参院選の出馬時にも、その作業を怠った。政治家として認識が
甘く、資質が問われよう。

 台湾は親日的とはいえ、尖閣諸島の領有権を主張するなど、日本の立場と相反する問題もある。
台湾籍があれば、台湾との関係であらぬ疑念を招きかねない。

 見過ごせないのは、蓮舫氏の説明が二転三転したことだ。

 当初は「台湾籍は抜いた」と断言し、「うわさの流布は本当に悲しい」と不快感さえ示した。そ
の後、手続きをした年齢が18歳から17歳に変わったり、台湾籍保有に言及した約20年前の雑誌イン
タビューが発覚したりした。

 参院選の公報に「台湾籍から帰化」と記したことが公職選挙法に抵触する、との指摘もある。

 蓮舫氏は「違法性はない」として、代表選から撤退しない考えを強調した。事実関係をより明確
にし、説明責任を果たすべきだ。

 岡田代表は、「父が台湾人だからおかしいという発想が一連の騒ぎにあるとすると、極めて不健
全なことだ」と主張している。

 民進党内に、蓮舫氏への批判が民族差別であるかのような曲解があるのは理解に苦しむ。問題に
されているのは、あくまで蓮舫氏が法に基づく手続きを適切に行っていなかったことだからだ。

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2>> 【話の肖像画(2)】国民党の戒厳令下で逮捕も  羅 福全(元台北駐日経済文化代表処代表)

 産経新聞のコラム「話の肖像画」が昨日(9月13日)から5回にわたり、台北駐日経済文化代表処
代表(駐日台湾大使に相当)や亜東関係協会会長などを歴任した、日本でもなじみの深い羅福全氏
を取り上げている。聞き手は、金谷(かなたに)かおり記者。

 連載第1回の冒頭に記すように、羅福全氏は本年3月、自叙伝『台湾と日本のはざまを生きて─世
界人、羅福全の回想』(藤原書店、陳柔縉編著、小金丸貴志訳)を出版している。

 本書は、台湾のコラムニストの陳柔縉氏による『榮町少年走天下─羅福全回憶録』(遠見天下出
版社、2013年)の日本語訳で、本会会長に就任する直前の渡辺利夫氏(拓殖大学前総長)が序文
「『棄(すつ)るは取るの法なり』の人生を生きた台湾人」を書いていて、羅福全氏を下記のよう
に紹介する。

<羅福全の人生は、一面では、台湾の運命によって余儀なくされた不可避のものであった。しか
し、他面では、国民党のブラックリストに載せられて安住の地を放棄させられ、母上逝去の報せを
受けても帰郷できないという、普通の人間であれば呪うべき己の人生を、まるで逆手に取るように
自在に操り、ついには世界に知のネットワークを張ることに成功した希有の人物である。>

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国民党の戒厳令下で逮捕も  羅 福全(元台北駐日経済文化代表処代表)
【産経新聞:2016年9月14日「話の肖像画(2)」】

http://www.sankei.com/world/news/160914/wor1609140004-n1.html
写真:母、姉とともに、幼少期に暮らした東京・久が原の家で(本人提供)

〈昭和20(1945)年、埼玉県内で玉音放送を聞く〉

 学童疎開が東北に移るというので母が私を引き取り、私たちは埼玉の北本宿(北本市)へ移りま
した。伊豆からの帰りは東京大空襲の2日後。列車から見えるのは、焼け野原から立ち上る煙でし
た。米軍が沖縄に上陸したため台湾から私たちへの仕送りが途絶え、古着をイモや野菜と物々交換
しました。米はもう非常に少なく、大豆のかすをご飯に交ぜていましたので、戦後、蒲田(東京都
大田区)の闇市で食べたイカの丸焼きや白米はおいしかったですね。8月15日、重大なニュースが
あるからラジオの方へというので、一緒に暮らしていた日本人の家族や私のいとこ、姉らと集まっ
た。いとこは高校生で、放送が始まると「もう私たちは日本人じゃないから聞かなくてもいい」と
席を外しました。私は「もう空襲はない。われわれは台湾人なんだ」と思いました。

〈21(1946)年2月、氷川丸に乗り、台湾へ帰った。台湾では日本に代わり、中国国民党による支
配が始まっていた〉

 氷川丸は戦時中、病院船として使われていたから、船体は真っ白に塗られて赤い赤十字のマーク
がありました。一般の台湾人は祖国に期待を持って帰ったと思うのです。ところがこの思いは結
局、後に非常に短い時間で砕かれることになります。氷川丸が基隆(台湾北部)に着き、その後、
混雑して窓もない夜行列車に乗り、嘉義へ帰り着きました。駐日代表の時、横浜に保存されている
氷川丸を見に行きましたが、何ともいえない思いでした。

〈国民党は中国で中国共産党との内戦が激化し、台湾への支配を強化。国民党の独裁的な支配に台
湾住民は不満を募らせていく。翌年2月28日、台湾住民と当局による大規模な衝突(二・二八事
件)に発展し、当局が住民に発砲するなど武力で鎮圧。民衆への弾圧は続き、一連の犠牲者は数万
人ともいわれる〉

 嘉義は非常に激しい攻防でした。市内は銃撃戦があるので、母は私たちを連れて市外の親類の家
を渡り歩きました。落ち着いたと思い帰ったところで、駅前で行われた銃殺刑を見ました。うちは
駅から200メートルくらいのところで、2階から見えたんです。トラックの後ろで手を縛られ、首か
ら下げられた白い札には黒い字で何かが書かれ、その上から赤でペケされて。トラックから降ろさ
れたところを、パンと。中には、人望の厚い医者もいました。あのころ、歌がありました。「われ
われは祖国に帰った。ところがその夢は1年ちょっとで破れた」という意味の歌でした。

〈台湾ではその後、38年間という世界最長の戒厳令が敷かれ、“監獄島”といわれたこともある。
その中で学生生活を送った〉

 もちろん日本語はしゃべっちゃいけない。学校では地元の台湾語もだめ。学生の集会は禁止さ
れ、歴史の授業は中華民国の歴史というか、国民党の正統性を学ぶものでした。学校の先生の中に
は特務、いわゆるスパイがいて、校長や先生、学生を監視しています。蒋介石(初代総統)の統治
というのは、この特務で統治しているようなものでした。私は中学2年のとき、身分証を携帯せず
に旅館に泊まったため逮捕され、迎えが来なければ離島に送ると脅されたことがあります。

                                 (聞き手 金谷かおり)

                   ◇

【プロフィル】羅福全(ら・ふくぜん)
1935(昭和10)年、台湾・嘉義市生まれ。41年に日本へ行き、終戦を迎える。46年に台湾へ戻り、
58年に台湾大学を卒業。60年に早稲田大学に留学し、修士号取得。63年に米国ペンシルベニア大学
へ留学し、地域科学博士取得。73年から国際連合職員となり、国連地域開発センターや国連大学な
どで勤務。2000年、台北駐日経済文化代表処代表。04年、台湾の対日窓口機関、亜東関係協会会
長。現在は民間団体、台湾安保協会名誉理事長。

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