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【メルマガ日台共栄:第2451号】 バシー海峡70年慰霊祭 日台関係者160人、戦歿者悼む

2015/08/03

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1>> バシー海峡70年慰霊祭 日台関係者160人、戦歿者悼む
2>> 阿美族の<お・も・て・な・し>  傳田 晴久
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1>> バシー海峡70年慰霊祭 日台関係者160人、戦歿者悼む

 昨日(8月2日)、バシー海峡に戦歿した日本人の御霊を祀る台湾の南端にある屏東・潮音寺にお
いて、小川智男氏(潮音寺主管)らが発起人となり、「戦後70周年記念 2015年バシー海峡戦没者
慰霊祭実行委員会」が主催し、日台の関係者など約160人が集って慰霊祭が行われた。

 賛同者には、李登輝元総統はじめ門田隆将(ノンフィクション作家)、西村直記(作曲家・シン
セサイザー奏者)、河添恵子(ノンフィクション作家)、片倉佳史(在台ジャーナリスト)、櫻井
よしこ(ジャーナリスト)、金美齢(評論家)、蔡焜燦(台湾歌壇代表)、渡辺利夫(拓殖大学総
長)、小田村四郎(日本李登輝友の会会長)など32人が名を連ねている。

 また特別後援には公益財団法人交流協会、台湾日本人会、台北市日本工商会、さらに日台スポー
ツ・文化推進協会、友愛グループ、台湾歌壇、戦艦大和会、呉海軍墓地顕彰保存会、呉水交会、本
会など33団体が協力団体として名を連ねている。

 産経新聞が詳しく報じているので下記に紹介したい。またNHKニュースでも映像とともに下記
のように報じている。

<式典では、日本の台湾との窓口機関「交流協会」の沼田幹夫代表が「多くの尊い命が失われたと
いう事実を思い起こし、改めてみ霊への深い思いとともに、平和を祈念する熱い思いがこみ上げて
きます」と弔辞を述べました。

 そして、読経のなか、参列者一人一人が焼香して手を合わせ、戦没者の霊を慰めました。

 この海域で父親を亡くした萱野喜代子さんは「お骨もなく、海に沈んだままの70年でした。父
もこの沖合で見てくれたのかなと思います」と話していました。

 式典を開いた実行委員会では、今後も定期的に追悼行事を続けていきたいとしています。>

 なお、本会からは越野充博・常務理事や佐々木孝・理事なども参加している。

◆NHKニュース:台湾沖の戦没者を追悼 戦後70年で式典[8月2日]
 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150802/k10010175951000.html

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バシー海峡慰霊祭、日本兵の遺体を手篤く葬ってくれたのは台湾の人だった…「慟哭の海峡」で鎮魂の集い
【産経新聞:2015年8月2日】

 南の海に「海ゆかば」の大合唱がこだました。

 2日、約160人が参加してバシー海峡を望む台湾南端の潮音寺(ちょうおんじ)で行われた戦後70
年の慰霊祭。海中に眠る父祖の霊に向けて遺影を掲げる遺族、「父と同じ場所に…」と亡き母の遺
骨を持参した女性もいた。

 ギラギラと照りつける熱帯の日差しとコバルトブルーの美しい海。70年以上前、フィリピン・ル
ソン島へと続くこの海が、おびただしい数の若い日本人の命をのみ込んでいったことを現代人は知
らない。

 戦争末期、戦局が悪化した日本軍は起死回生の決戦に臨むべく、残った兵力をフィリピンへ向け
て送り込む。しかし、制海権、制空権を米軍に奪われ、兵員や物資を満載した日本の艦船は、こと
ごとく米潜水艦の餌食となってしまう。

 慰霊祭で導師を務めた佐賀・禅林寺住職、吉田宗利(むねとし)(73)は昭和19年12月にバシー
海峡で撃沈された駆逐艦「呉竹(くれたけ)」艦長、吉田宗雄の長男。「私は父が最後に行くと
き、『僕も一緒についてゆく』と聞かなかったらしい。今日は、父のためだけでなく、この地に
散った幾万の英霊のために務めさせてもらった」

 無念の思いを胸に刻みながら海中に消えた命は少なくとも10万人以上とされる。近くの海岸には
連日、多くの日本人の遺体が打ち上げられたという。そのとき、日本兵らの遺体を収容し、手厚く
葬ってくれたのが台湾の地元住民だった。

 潮音寺は、昭和56(1981)年8月19日、バシー海峡で九死に一生を得た元独立歩兵第13連隊通信
兵、中嶋秀次(ひでじ)(平成25年、92歳で死去)の強い思いによって建立された。

 昭和19年8月、中嶋が乗船していた「玉津丸」と約30隻の船団はこの海域で米潜水艦の急襲に
遭う。沈没までわずか5、6分。玉津丸に乗っていた仲間のほとんどがこのとき戦死した。

 中嶋の「地獄」はそこから始まる。何とか非常用のイカダにしがみついたが、非常用の水、食糧
はわずかしかない。仲間が1人、2人と息絶えてゆく。「正気じゃなくなるんです。『水をくれ』と
狂ったようにわめいていたかと思うと突然、静かになる。見に行くともう、死んでいた」

 漂流12日目の夕方、奇跡が起きた。すでに意識がもうろうとした中嶋は、水平線の向こうに友軍
の船を見つける。玉津丸の約5千人のうち、助かったのは中嶋を含め、たった8人だけだった…。

 戦後、戦友の遺族を訪ねた中嶋は「せめて、わが子が逝った場所を見せたい」とバシー海峡が見
える地に母親たちを連れて行った。海に向けて花を手向け、慟哭(どうこく)する遺族の姿を見て
中嶋はこの地に慰霊施設の建立を決意する。簡単な仕事ではない。異境の地であり、すでに日本と
の国交は失われている。日本で旅行会社を経営し台湾を行き来する中嶋にとって、何よりも助けに
なったのは台湾の民間の人々の協力であった。

 台北市でホテルの支配人をしていた洪銀河(故人)は戦争末期に海軍に徴兵され、仲間の慰霊を
したいという中嶋の熱意に深く共鳴したという。地権者との交渉は洪が代行。日本にいる中嶋に代
わり、建設作業の監督も引き受けた。

 洪と2人で台北から何度も現場に通った妻の李秀燕(64)は「なぜこんな面倒なことを引き受け
たのかと夫に怒ったけれど、参拝者の涙を見て考えが変わった。戦争で命を落とし、故郷に帰れな
かった日本人のために、できることをしようと思った」。

 数千坪の敷地購入と建物(本堂)の建築費用は邦貨にして、ざっと4、5千万円。中嶋は私財をな
げうち、遺族からの寄付(約2千万円)もそれに充てることにした。

 潮音寺が所有権をめぐるトラブルに巻き込まれたとき、高雄の観光バス会社副社長、鍾佐栄
(64)は中嶋の代理人となり、弁護士費用から和解金まですべてを負担した。南海に眠る戦没者を
見守ってきた潮音寺は、いつしか「日本と台湾を結びつける“ちょうつがい”になった」(小川智
男・潮音寺主管)。

 今、潮音寺を守ってきた日台の関係者が心配するのは、常駐の管理者がいないため、老朽化した
建物がさらに傷んでいくことだ。遺族らが参拝に訪れても十分な宿泊施設もない。慰霊祭実行委員
長の渡辺崇之(たかゆき)(42)は「今後、潮音寺を存続させてゆくために委員会を立ち上げ
た。ぜひ皆さんの協力をお願いしたい」と呼びかけていた。

                       =敬称略(台湾・恒春 喜多由浩、田中靖人)

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2>> 阿美族の<お・も・て・な・し>  傳田 晴久

【台湾通信(第101回):2015年8月1日】

◆はじめに

 ここ4回は堅い話が続き、No.100を堅く締めました。101回目はソフトな話で再出発です。

 今から8年前、頼三郎さん(本名・頼群家)に初めて阿美族の豊年祭を案内していただきまし
た。このたび再びその豊年祭に参加させていただくことになりましたが、またまた阿美族の皆様の
心に感激してまいりました。

◆話の発端は・・・・・

 経緯はいろいろ複雑ですが、数年前、都歴(台東県の阿美族の部落がある所)の小学校が創立
100周年を祝うという話を聞きましたが、同じ時期に信義国民小学校が100周年を迎えるという話を
聞き、「へぇ、台湾には歴史ある学校が沢山あるなぁ」と感心したものでした。

 信義国小の100周年記念の話をしてくれたのが、台湾歌壇の陳淑媛さん、どうやら都歴の小学校
が戦後信義国小に名前が変わったらしい。そんなことから淑媛さんともいろいろお話しするように
なっていた。そして、今年の4月下旬、淑媛さんのお宅を訪ねることになったが、そこでなんと8年
前にお目にかかった阿美族の長老廖錦章先生にばったりお会いすることになった。

 廖先生は学校の教員を長く勤められていたので、私は自然に「先生」とお呼びさせていただいて
おります。最初廖先生は半信半疑のご様子でしたが、やがて思い出されて、お互いに懐かしく7、8
年前を語り合いました。話は当然、今年の豊年祭に及び、「いらっしゃいョ」「ええ、喜んで」と
いう話になり、都歴国小の卒業生の蒋鳳華さんが、いろいろ段取りをしてくださり、いよいよ7月
10日に都歴の豊年祭に参ることになりました。この日、都歴の小学校の同窓会が開かれるので、高
雄や台南に住んでおられる方々が行かれるので、私も便乗させていただくことになりました。

◆一路、台東の都歴へ

 10日の朝、同窓会のメンバー、台南在住の林黎惠さんがわざわざ迎えに来て下さり、ご一緒に台
東目指して出発、途中、左営というところで、同窓会メンバーの葉愛美さん、蒋鳳華さんが合流、
女3人に護衛されて台東へ。

 日本語の慣用句「女3人寄れば姦しい」、正にそれを「地で行く」そのもの、いゃあ、実に賑や
かでした。途中でどなたかが、「賑やかでしょ」と尋ねるものですから、「女3人寄れば……」の
話をしたら、「姦」の文字は非常に悪い意味だと叱られてしまいました。

 途中、林邊付近で、昼食を取りましたが、私は久しぶりにこの地の名産「萬巒豬脚」(ワンルワ
ンジュージアオ:豚の足)を頂きました。

 台湾の東海岸・太平洋岸は最近観光地として発展しており、民宿が次々と建てられているようで
す。観光客が増えるのは良いことですが、宿泊費の高騰がひどいらしい。途中、きれいな、瀟洒な
民宿「河南邊」がありましたが、そこは総統夫人周美青さんお気に入りの民宿とか。付近に有名な
パン屋さん「馬利諾厨房」があり、流行っているようでした。試食しましたら、中々の味でした。
賑やかなおしゃべり道中も16:00頃、無事に都歴につきました。

◆同窓会特別参加

 その日(10日)の晩は皆さんの同窓会に特別参加、ゲストと呼んでくださいましたが、早い話
「押しかけ参加」です。

 8年前に感激して見た日本式の神社「都歴神社」の横には何と「餐廳(レストラン)」ができて
いました。当時とは様子が全然変わっていて、驚かされました。

 同窓会は総勢10名ほどで、早速食事会が始まりましたので、この場を借りて食事のメニューを紹
介したいのですが、残念ながら料理の名前は分かりません。思い出せる順に紹介しましょう。

 鰻が出ました。最近、日本、台湾共に鰻は高くて手が出ませんし、養殖ではないとのことでした
ので、蒲焼を頭に描きながら「しめた」と思いましたが、ちょっと様子が違いました。鰻を丸く、
輪切りにし、香草と共に油で揚げたものでした。味はまぁまぁでしたが、硬いのには参りました。

 「うに」、生うにが出ましたよ。「海胆」と書くそうですが、栗の毬(いが)のような棘は全く
なく、円盤状の硬い殻に覆われていました。日本のイガイガの高級品を思い出していましたが、全
然様子が違う。海胆同士でかち割り、中身を食べますが、潮の味はしますが、日本で食べるモノと
は大いに違いました。

 マグロの刺身が出ました。カジキマグロだそうで、これは日本で食べるのと全く同じ味でした。
しかも、ワサビは阿里山の本物との紹介でした。

 海藻が出ました。名前は分かりませんが、あっさりとして、大変食べやすいものでした。裏山で
採れた筍も出ました。もちろんパンノキ(麵包樹)の実のスープも出ました。そうそう、今回は
ビールを飲みながらの食事でした。前回は食事の後のビールで面食らったものでした。

 その晩は民宿が混んで泊まることができないので、長老廖先生の長男(廖偉志さん)のお宅に泊
めて頂くことになりました。当初、廖先生のお宅に泊めて頂くと聞いていたのですが、そこはエア
コンがないからと気を遣われ、息子さんのお宅に泊めて頂くことになった次第です。

◆豊年祭(VIP席で長老と踊りを見物)

 豊年祭の踊りの会場は前回の場所と同じでしたが、立派な集会所が建設されていました。私は長
老廖錦章先生のVIPということで、会場の最前列に座らせていただきました。

 豊年祭の踊りは、阿波踊りの「連」に相当する「拉(ラ)」と言う踊りの単位があり、小は10人
くらい、大は50人を超える組もあります。手を組み、歌を歌いながら踊ります。写真の先頭は現在
の頭目です。

 「拉」は設立した時を記念して名前が付けられますが、台湾の新幹線(台湾高速鉄路)ができた
年を記念して「拉高鐵」、2008年馬英九(マ・インチュウ)の総統就任を記念して「拉英九」
(ラ・インチュウ)などと名付けられます。

◆長老との夕食会(カラオケ初体験)

 豊年祭は長老の廖先生に言わせると、日本のお正月のようなもので、この日に家族や親戚がみん
な集まるんだよ、と言うことで、その晩は普段は離れ離れになっている一族が集まって夕食を取る
ことになっていました。私はこの夕食会に、これまた「押しかけ参加」させていただきました。

 レストラン「新澎湖」餐庁の一室に2卓、20名ほど集まり、食事が始まりました。私は廖先生の
お隣に座らせていただきました。料理を一通り頂きますと、いよいよカラオケです。私はカラオケ
が苦手で、今まで、一度もマイクを握ったことがありません。いつも逃げ回っておりました。

 皆さん実の上手に日本語の歌を歌われる。長老は私にそっと「みんな日本語の歌を歌っている
が、意味は全然分かっていないんだよ」とのこと。画面に表示される仮名は全て読めるのですか
ら、大したものです。

 カラオケの分厚い本が回ってくると、廖先生はどうやら歌う気らしい。「傳田さん、『星は何で
も知っている』は何番かな」と仰る。「えっ、歌うんですか?」と失礼な質問をすると、「僕は学
校で音楽も教えていたんだよ」。

 先生も実はカラオケは初めてらしい。過去に歌いたかったがチャンスがなかったとのこと。歌い
出しのタイミングが合わず、もたもたしていると、先生は「傳田さ〜ん、一緒に歌おう」遂に引っ
張り出され、生まれて初めてのカラオケに挑戦する羽目になりました。2人で音痴な声を張り上げ
て、歌いました。廖先生のリクェストは続き、なんと、「青い山脈」「骨まで愛して」を歌いまし
た。

 旅の恥はかき捨て・・・・、いえいえ阿美族の皆様のホスピタリティ(歓待の精神)にすっかり乗せ
られてしまいました。

◆おわりに

 いろいろ気を遣ってくれた蒋鳳華さんはもちろん阿美族の出身、大学で日本語を勉強されたとの
ことで、日本語が達者。曰く「原住民はみんな陽気なのよ、クヨクヨしたってしょうがないじゃな
い」まことにそのとおり。廖偉志の奥様李依蓉さんも実によく歌い、踊る。そして働き者で、実に
よく気が付く。

 久しく浸ったことのない大家族の、ほんわかとした楽しいひと時をご一緒させていただきまし
た。

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・野口健先生講演録「台湾からの再出発」(2010年12月23日)
・許世楷駐日代表ご夫妻送別会(2008年6月1日)
・2007年 李登輝前総統来日特集「奥の細道」探訪の旅(2007年5月30日〜6月10日)
・2004年 李登輝前総統来日特集(2004年12月27日〜2005年1月2日)
・許世楷先生講演録「台湾の現状と日台関係の展望」(2005年4月3日)
・盧千恵先生講演録「私と世界人権宣言─深い日本との関わり」(2004年12月23日)
・許世楷新駐日代表歓迎会(2004年7月18日)
・平成15年 日台共栄の夕べ(2003年11月30日)
・中嶋嶺雄先生講演録「台湾の将来と日本」(2003年6月1日)
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  • 下津井よいとこ2015/08/03

    先ほど、「引退、交替される人も多くなりました。」と打ちましたが、「交代」の誤りでした。お詫びして訂正します。

  • 下津井よいとこ2015/08/03

    「帝国陸海軍軍楽隊大演奏会」で長年、指揮を執ってこられた、高澤智昌氏がお亡くなりになりました。高澤氏は陸軍戸山学校の御出身で、戦時中は軍楽隊員として昭和18年の出陣学徒壮行会などで演奏をされました。終戦直後には、皇宮奏楽隊に加わって、陛下の御前で民謡を演奏申し上げたこともあったそうです。戦後、長く、作曲や演奏で御活躍になりました。平成元年に、帝国陸海軍軍楽隊が再結成された後は、九段会館などでの大演奏会で指揮を執られました。年々関係者が少なくなっていく戸山学校の生き証人的存在でもありました。(「別冊正論24号」に最後のインタービュー記事「軍楽隊は国民娯楽も使命だった」が掲載されています。)

     何時もお元気で颯爽と登壇されていた姿をもう目の辺りに出来ないと思うと、寂しく思います。長い間名演奏を聞かせて下さったことに感謝致しますとともに、謹んで御冥福をお祈り致します。

  • 下津井よいとこ2015/08/03

    「帝国陸海軍軍歌 聴く!見る!唄う!軍歌祭・軍装会 新生第1回大会」が開催されます。(7月初め頃の産経新聞東京版に広告が出ていました。)

     昨年秋、第42回で以って惜しまれつつ休止となった「帝国陸海軍軍楽隊大演奏会軍装会」が再開されることとなりました。楽団による演奏を聞きますと、レコードで聞くのとは異なる感動が得られます。当会で楽器を演奏する軍楽隊出身者は、昭和の年数とほぼ同じ年齢を重ねてこられ、引退、交替される人も多くなりました。演奏者の顔ぶれは、だいぶ替わってしまったようですが、近年では最大規模の軍歌祭であり、軍楽隊の伝統、系譜を引くこの会が、これからも末永く続くことを願っています。また、我が国近代の歩みを伝える軍歌戦時歌謡が歌い継がれることを願っています。



    日時 平成27年10月17日午前11時開場、午後5時迄

    会場 港区虎ノ門 ニッショーホールにて