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メールマガジン日台共栄

日本の「生命線」台湾との交流活動や、他では知りえない台湾情報などを、日本李登輝友の会の活動とともに配信するメールマガジン。

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【メルマガ日台共栄:第1654号】 『台湾歌壇』(第17集) 頒布のご案内

2012/08/11

>>>>> http://www.ritouki.jp/ ━━━━━━━━━━━━━ 【平成24(2012)年 8月11日】

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<<INDEX>> ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ [Vol.1654]
1>> 『台湾歌壇』(第17集) 頒布のご案内
2>> 洪坤山と台湾歌壇  蔡 焜燦(台湾歌壇代表)
3>> 台湾歌壇のこと  柚原 正敬(「日本歌壇」同人)
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● 『台湾歌壇』(第17集) お申し込み
  http://www.ritouki.jp/cgi-bin/enquete/form0123.reg

● 盧千恵著『フォルモサ便り』お申し込み
  http://www.ritouki.jp/cgi-bin/enquete/form0122.reg

● 映画『父の初七日』DVDお申し込み【9月上旬配送】
  http://www.ritouki.jp/cgi-bin/enquete/form0126.reg

●「日台シンポと廣枝慰霊祭ツアー」お申し込み【締切:9月13日】
  http://www.ritouki.jp/cgi-bin/enquete/form0125.reg

● 第18回「日本李登輝学校台湾研修団」お申し込み【締切:10月22日】
  http://www.ritouki.jp/cgi-bin/enquete/form0121.reg

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1>> 『台湾歌壇』(第17集) 頒布のご案内

 台湾の歌人で『台湾万葉集』を著して日本人を瞠目させた孤蓬万里(こほう・ばんり)
こと呉建堂(ご・けんどう)氏が「万葉の流れこの地に留めむと生命のかぎり短歌詠みゆ
かむ」として「台湾歌壇」前身の「台北歌壇」を創設したのは、戒厳令下、集会の自由が
禁じられていた1967(昭和42)年のことでした。9年前、呉氏から受け継いで「台湾歌壇」
に正名したのが蔡焜燦(さい・こんさん)代表です。

 東日本大震災から1ヵ月後、本会のメールマガジン「日台共栄」で「日本の復興と繁栄を
祈る『台湾歌壇』の人々」として、「台湾歌壇」の方々が被災者に献詠する短歌を紹介し
たところ、大きな反響を巻き起こしました。

 「台湾歌壇」の歌会誌『台湾歌壇』第15集ではその短歌などを収録、次の第16集では
「NHKのど自慢」を詠った歌なども収めています。そして、「歌壇の存在を知って、日
本を愛し日本語を学んでいる若い人達が自発的に入会」しているという「真に喜ばしい
事」(蔡代表)を反映して編まれたのが、このたび刊行された第17集です。収録は約900
首、読み応えがあります。

 この「台湾の心」満載の『台湾歌壇』を日本で読みたいというご要望に応え、「台湾歌
壇」のご協力を得て、ここに第17集をお頒ちいたします。

*櫻井よしこさんが「週刊新潮」(8月9日号)の連載コラム「日本ルネッサンス」(第521
 回)で、「美智子さまが深められた日台の絆」と題し、『台湾歌壇』(第17集)につい
 て書いています。春の園遊会や呉建堂氏と皇后陛下の交流など感動のエピソードを通
 じ、日台の絆は皇室が深められていたことを紹介しています。こちらも、ぜひご一読を!

◆頒布価格 会員=1部:1,000円 一般=1部:1,200円
       *入会希望の方は会員価格
       *送料=1部:160円 2部以上:実費(日本国内のみ)

◆申込方法 希望号・冊数、氏名、電話、送付先を明記の上、郵送、FAX、メールで。

       申込フォームでも可 http://www.ritouki.jp/cgi-bin/enquete/form0123.reg

◆申 込 先 日本李登輝友の会 事務局
       〒113-0033 東京都文京区本郷2-36-9 西ビル2A
       TEL:03-3868-2111 FAX:03-3868-2101
       E-mail:info@ritouki.jp

◆お支払い 代金後払い(郵便局・銀行) *本とともに請求書と郵便払込取扱票を同封。

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『台湾歌壇』(第17集) お申込書

・お申し込み数:  部

・お名前:

・電話:

・送付先: 〒                                

・メールアドレス:

・会籍: 会員・一般・入会希望 (○で囲んでください)

・お支払い方法: 郵便局・銀行 (○で囲んでください)

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2>> 洪坤山と台湾歌壇  蔡 焜燦(台湾歌壇代表)

 以前、本誌(4月1日号)で、蔡焜燦・台湾歌壇代表が『今昔秀歌百撰』(文字文化協
會、平成24年1月25日刊)に発表された「洪坤山と台湾歌壇」を紹介したことがありまし
た。「台湾歌壇」同人で、蔡代表が義兄弟の契りを結ぶほどの仲だった洪坤山(こう・こ
んざん)氏の秀歌「北に対(む)き年の初めの祈りなり心の祖国に栄えあれかし」に、本
会初代会長で作家の阿川弘之氏が絶句してしまったと「文藝春秋」の巻頭随筆「「葭(よ
し)の随(ずい)から」でつづっていたことや、「台湾歌壇」創設のエピソードなどにつ
いて書かれています。

 今年で45年の歴史を持つ「台湾歌壇」についてより深く知っていただくため、ここに再
掲します。

 また、「台湾歌壇」同人で、歌人の森田忠明(もりた・ただあき)氏が主宰する「日本
歌壇」同人でもある本会事務局長の柚原正敬(ゆはら・まさたか)氏が歌会誌『日本歌
壇』に発表した随筆「台湾歌壇のこと」を別途ご紹介します。

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洪坤山と台湾歌壇

                             蔡焜燦(台湾歌壇代表)

  北に対(む)き年の初めの祈りなり心の祖国に栄えあれかし   洪 坤山

 少年のやうに澄んだ瞳の洪坤山。満身病気の巣窟のやうな状態の洪坤山ではあつたが、
日本のこと、短歌のことになると瞳をキラキラ輝かせて急に活気づいてくる。晩年、人工
透析をしながらも桜前線を追つて、夫婦で日本を南から北へと旅したのも、日本をこよな
く愛すればこそで、「不思議ですよ、日本へ着くとすつかり元気になるのだから」と奥さ
んを喜ばせてゐた。

  わが波乱の人生のそのひとコマに大和村なる少年期の日

 洪坤山は、戦局厳しい昭和18年に、働きながら学ぶといふ名目で試験を受けて13歳で海
軍軍属として日本内地へ渡り、戦闘機の製作に従事した所謂「台湾少年工」であつた。

 少年工の日々は苦しいことばかりで、約束の卒業証書も貰へぬまま日本の敗戦で軍隊は
解散、8400人の台湾の青少年たちは異郷の地に置き去りにされ、自分たちで帰台の道を画
策し、日本ではなくなつた故郷の台湾へ帰つて来た。

 国籍も国語も変つた台湾で、帰国した青年たちの生活は辛酸を極めたが、彼らは後に
「台湾高座会」を組織して台日の民間交流では最大の団体となつてゐる。

 日本時代に台湾に生まれた私たちは生まれながらの日本人であり、教育を受け、日本精
神を教へられてそれを誇りにしてきた。私自身も岐阜陸軍航空整備学校奈良教育隊に入学
した身であり、読書も思索も日本語であり、寝言までもが日本語であつた。日本語、日本
の心の美しさに魅せられて和歌を楽しむ人たちもかなりゐた。

 「台湾歌壇」の前身「台北歌壇」を創設した孤蓬万里こと呉建堂氏は、次のやうな短歌
を詠まれてゐる。

  万葉の流れこの地に留めむと生命(いのち)のかぎり短歌(うた)詠みゆかむ

 この歌のとほりに、台湾歌壇の同人たちは命の限り今も短歌を詠い続けてゐる。今でも
日本を心の祖国と思ふ日本語世代は多い。

 冒頭の洪坤山の短歌は、作家阿川弘之氏が奥様に呼んで聞かせようとして「涙が溢れ出
し、声がつまつて、説明が説明にならなくなつた」と「文藝春秋」の巻頭随筆「葭の随か
ら・76」に書かれてをり、これがきつかけとなり洪坤山は阿川氏とご縁が結ばれたことを
大変喜んでゐた。

  初対面にわが手を固く抱きかかへたる阿川氏の温み今も残れる

 阿川弘之氏のご自宅を訪問した時の歌である。

 七転び八起きの波瀾の人生の最後に、洪坤山は自分が一番やりたかつたことにやつと専
念できるやうになつたのだが、その時には様々な病気が巣食ひ、顎の骨を折つて会話もま
まならぬ状態であつた。だが、彼は熱心に和歌を詠んだ。『闘病の日々』といふエッセイ
と短歌を集めた著書も上梓した。

 また、台湾の歴史を勉強してゐた。子孫に正しい台湾の歴史を残したいといふ願ひをも
つてゐたからだ。ただの歌詠みではなく、台湾を愛し、日本を愛する熱血の人であつた。
花を愛した洪坤山だつたが、彼のエッセイの中に「山茶花の様に最後の一ひらまで生きた
くもない。ひたすら桜の様に潔く散っていく事を願うのみである」と書いてあり、桜の季
節に潔く散つてしまつた。

 義兄弟の契りを結んで僅か半年の短い期間ではあつたが、私はこの弟を誇りに思ひつつ
も、なぜもつと長生きしてくれなかつたかと悔しい想ひが過ぎるのである。

  弟よ国の行く末語る時汝が眼光の炯炯たりしを

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3>> 台湾歌壇のこと  柚原 正敬(「日本歌壇」同人)

【日本歌壇(第22号):平成24年6月1日発行】

 もう20年近く前のことになる。出版社に勤めてゐたときの平成5年1月、森田忠明(もり
た・ただあき)さんに指南役をお願ひして、社内で「壱岐坂歌会(いきさかかかい)」と
いふ歌会を催し始めた。私にはこれが初めての歌会であり、歌を詠むのも初めてと言つて
いいことだつた。

 社内で催してゐるから休むわけにもいかず、毎月1回の歌会のために歌を詠むのは、苦痛
と言へば苦痛、楽しみと言えば楽しみだつた。自分なりにうまく詠めたと思へる歌を作つ
たときには、それだけで達成感があつた。それが天・地・人のいづれかに選ばれようもの
なら、歌会の後の飲み会は本当に楽しかつた。筑波に吟行に出たことなども、楽しい思ひ
出としてよく憶えてゐる。

 この歌会に参加した成果は、後日、森田さんの手を煩はせてまとめていただいた『國風
(くにぶり)』(平成10年、展転社)といふ櫻風亭歌會との合同歌集に収められてゐる。

 この歌会は6年ほども続いただらうか、私が出版社を辞する直前に解散した。それ以来、
歌から遠ざかつてゐた。ところが、2年前の平成22年の正月、靖國神社で森田さんと久しぶ
りにお会ひして一献傾けてゐるとき、「日本歌壇」の話に及んだ。壱岐坂歌会を思ひ出し
て妙に歌心をくすぐられ、誘はれるまま同人となり、再び歌を詠む機会を与へていただゐ
た。

 同人に加はつて間もなく、日頃から懇意にしていただいてゐる台湾の蔡焜燦氏にそのこ
とを伝へる機会があつた。蔡氏は「台湾歌壇」の代表を務められてゐる。さうすると「あ
んたも歌を詠むのか、日本人だね。森田忠明さんとは会つたことがあるのでよく覚えてゐ
る。いづれ台湾歌壇と交流しよう」といふ電話をいただいた。

 そのことを森田さんにお伝へすると、日本歌壇と命名したのは台湾歌壇を意識してのこ
とだといふ。

 その年の11月に訪台した折、蔡氏にお会ひする機会があつた。すると台湾歌壇に入るや
う勧められ、断る理由も見つからないので同人に加へていただいた。あれよあれよといふ
間に、日本と台湾の2つの歌会に加はるやうになる平成22年だつた。

 そこで、日本歌壇が交流しようとしてゐる台湾歌壇について記してみたい。

 台湾歌壇を創設したのは、『台湾萬葉集』を著した孤蓬万里こと呉建堂氏である。1967
(昭和42)年11月のことだ。未だ台湾には戒厳令が布かれ、台湾といふ名称もタブーとさ
れてゐた時代だつたから、呉氏ら同好の士11人は「台北短歌研究会」といふ名称で始め、
翌年1月「台北歌壇」第1輯を刊行してゐる。

 その呉氏がまづ『台湾万葉集』(全3巻)の上巻『花をこぼして』を出版したのは昭和56
年のことで、63年に中巻『台湾万葉集』、平成5年に下巻『台湾万葉集』を出版。この下巻
に目を留め、朝日新聞の連載「折々の歌」で紹介したのは詩人の大岡信氏だつた。

  万葉の流れこの地に留めむと生命(いのち)のかぎり短歌(うた)詠みゆかむ

  短歌(うた)とふをいのちの限り詠みつがむ異国の文芸(ふみ)と人笑ふとも

 反響は大きく、呉氏は『台湾万葉集』で菊池寛賞を受賞し、また平成8年の宮中歌会にも
招かれてゐる。

 この呉建堂氏の後を継いだのが、剣道仲間で飲み友達だつた蔡焜燦氏だ。蔡氏は、呉氏
が命名したかつたといふ「台湾歌壇」に正名してゐる。

 現在、約100名の同人を擁し、毎月第4日曜日に歌会を開いてゐる。毎回の参加者は50人
を超え、最近は若い台湾人や台湾在住の若い日本人が同人に加はりつつある。この盛況ぶ
りは、年1回、同人が1年間に発表した歌や最近作などを掲載する『台湾歌壇』を発行し、
また事務局長の三宅教子さんが歌集『光を恋ひて』を、同人の蘇楠榮氏も『南島に息吹
く』を出版するなど、同人たちの旺盛な作歌活動が齎してゐるやうに見受けられる。

 総じてその特徴を挙げれば、機知や諧謔に溢れ、人生を前向きに捉へる愉快な歌が多
い。素朴で稚拙かと思はれがちかもしれないが、分け入り過ぎた日本の現代短歌が忘れて
ゐる野太さがあるやうに思はれる。

 それだけに、日本歌壇と一脈も二脈も通じ合ふものがあるやうな気がしてならず、蔡焜
燦代表がお元気なうちに交流の機会は自づから訪れるものと思つてゐる。

                              (「日本歌壇」同人)

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  http://www.ritouki.jp/cgi-bin/enquete/form0082.reg

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  入会案内 http://www.ritouki.jp/guidance.html
  入会お申し込みフォーム http://www.ritouki.jp/cgi-bin/enquete/form0005.reg

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       TEL:03-3868-2111 FAX:03-3868-2101
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