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【メルマガ日台共栄:第1650号】 李登輝元総統と靖国神社に参拝した曽野綾子さんは一人の台湾人のために毎年参拝

2012/08/06

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1>> 李登輝元総統と靖国神社に参拝した曽野綾子さんは一人の台湾人のために毎年参拝
2>> 李登輝氏の靖国参拝  曽野 綾子(作家)
3>> 李前総統の靖國に対する思い  南部 利昭(靖國神社宮司)
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1>> 李登輝元総統と靖国神社に参拝した曽野綾子さんは一人の台湾人のために毎年参拝

 今朝の産経新聞の「正論」欄を読んで驚いた。執筆者は作家の曽野綾子(その・あや
こ)さん。靖国神社をテーマに「日本人に生れて私は幸運だった」という見出しの下、
「我が家では、毎年、8月15日の早朝、夫婦で靖国神社に参拝する」と書き出している。

 ご主人で作家の三浦朱門氏と曽野さんが毎年、靖国神社に参拝されていることはよく知
られていることなので、靖国神社をテーマにしていることや、8月15日に参拝することに驚
いたのではない。曽野さんが次のように書かれていたからだ。

≪私は一人の台湾人のために毎年靖国に参る。その方は、当時日本人としてフィリピンで
戦い、日本人として戦死し、その遺体さえついに待ちわびる父母の元に帰らなかった。そ
の父は、最期まで長男の死を認めず、葬式も出さず墓も作らなかった。≫

 曽野さんと三浦氏は、李登輝元総統ご夫妻が靖国神社に参拝されたとき、一緒に参拝し
ていただいたことがある。忘れもしない平成19(2007)年6月7日のことだ。同行は、曽野
さんご夫妻からの申し出だった。

 曽野さんは「一人の台湾人」としか書かれていない。だが、フィリピンで戦死し、その
父が長男の死を認めず、葬式も出さず墓も作らなかったというのは、李元総統の実兄の岩
里武則命(台湾名:李登欽)のことと思われる。

 李元総統ご夫妻が靖国神社を参拝されてから5年が経つ。曽野綾子さんはそれ以降、「一
人の台湾人のために毎年靖国に参」られていたというのである。この一文を読み、思わず
落涙しそうになった。李元総統ご夫妻がこのことを知ったら、どれほど喜ばれるかと思っ
たからだ。そして、こういう日本人がいることを誇らしいとも思ったからでもある。

 曽野綾子さんが「新潮45」に連載する「夜明けの新聞の匂い」で、このときの靖国参拝
について書かれた。その抄録を本会編纂の『李登輝訪日 日本国へのメッセージ─2007旅
と講演の全記録』(まどか出版、2007年刊)に収録している。いささか長いがその全文を
下記に紹介したい。

 また、靖国神社で李登輝元総統ご夫妻を迎えられた南部利昭宮司も、当時の様子を同書
に寄稿されている。併せてご紹介したい。

 南部宮司は李元総統ご夫妻参拝の前年2月、私どもとともに靖国神社宮司として初めて訪
台し、李登輝元総統とお会いしている。そして、李元総統ご夫妻参拝の2年後、1月7日の昭
和天皇祭を斎行した直後に急逝された。

 なお、掲載に当っては、漢数字を算用数字に改めたことをお断りする。

◆日本李登輝友の会編『李登輝訪日 日本国へのメッセージ─2007旅と講演の全記録』
 http://www.madokabooks.com/isbn978-4-944235-37-7.html

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2>> 李登輝氏の靖国参拝  曽野 綾子(作家)

 李登輝前台湾総統がかねがね来日して松尾芭蕉の奥の細道の跡を静かに廻りたい、とい
う希望を持っておられたことは、多くのマスコミが書いていた。李登輝氏は戦前の京大農
学部の出身で、夫人の曽文恵さんも、日本語に関しては読み書きとも全く日本人と同じだ
といつか話されたことがある。

 李登輝氏と夫人の来日を私は新聞で知ったが、公表された日程は、日本財団が主催し、
私も個人として参加する第9回目のアフリカ旅行の直前だった。そのうちに李登輝氏の滞在
に関する一連の講演会やレセプション、招宴の招待状などが来た。招宴は私の出発後であ
る。私は李登輝氏にほんの1、2分でもお会いできる時間があるかどうか疑問だと思い始め
た。そのうちに李登輝氏が今回初めて靖国神社に参拝されるという発表があった。10数年
前まで、氏は実の兄上が岩里武則という日本名で、靖国に祭られていることを知らなかっ
た。亡くなったのはフィリピン戦線であったという。

 私はそこで初めて、もし李登輝氏が靖国に参拝されるなら、お供をしたいと連絡した。
それなら氏のお時間を全く余分にお取らせせずにお眼にかかれるだろう、と思ったのであ
る。氏も私の一家も偶然だがカトリック教徒であり、ご夫妻からもぜひいっしょにお参り
してくださいという伝言が来た。

 信仰と靖国参拝とは全く矛盾しない。ヴァチカンの態度もそれを裏付けているし、何よ
り新約聖書には、その基本となる思想が随所に出て来る。

 李登輝氏の靖国参拝は6月7日、午前10時頃だと知らされた。「朝早い方がマスコミとも
無縁に静かにお参りになれますね」と私は知らせて来てくれた人に言ったが、「いや、そ
うじゃないんです。李登輝さんは、ちゃんと自分の態度をマスコミにも示して、個人の参
拝をしたいと言われているんです」という答えだったので、私は小説家的反応と政治家と
しての姿勢の違いを快く感じた。

 私と夫が9時半近くホテルオークラに着くと、李登輝夫妻は既に記者会見中であった。
我々もそこで同行を許されたご挨拶をした。それが終ってから、夫妻は車で靖国神社まで
移動され、私たちも自分の車で後を追った。

 初め李登輝氏は、普通に拝殿の前で神式ではない礼拝の形を取るなどと言われていた
が、それは元国家元首には不可能なことであったろう。靖国神社側は玄関で待ち受けら
れ、そのまま私たちは応接室に通された。そこでお茶を頂いた時の李登輝氏の顔にも、い
つもの温かい笑顔はなかった。

 それは苦痛に、或いはもしかしたら涙に耐えている表情に私には見えた。現代の男たち
は平気で人前で泣く。しかし戦前の日本の男たちは、どんなことがあっても泣かないもの
であった。李登輝氏の兄上は、今でも、遺骨もない、墓もない。兄上の死の詳細は今もっ
てわからない。それは、もしかすると長い間、亡き父上にとってはむしろ一縷の希望であ
ったかもしれない。どこかで長男は生きているのではないか、という思いが父上に、息子
の死を信じさせなかったとしても不思議はない。だから位牌も墓も、父上は作ろうとはさ
れなかった。

 兄が靖国に祭られているとわかったから、今度はどうしてもお参りに来なければならな
い、と思った。仲のよい兄弟だったし、その決定は、李一家の家庭の個人的なものです、
という意味のことを李登輝氏は記者会見の時も宮司さんにも繰り返された。それから長い
間、兄を祭ってくださっていてありがとうございました、という意味のお礼も言われた。
私でも同じことを言ったろうと思う。そう言う他にどういう言葉があったろうか。それは
悲痛な言葉であった。

 私たちはいわゆる昇殿参拝を許された。渡り廊下で用意されたお祓いを受けた。そして
畳敷きの拝殿で、李登輝夫妻は立ったまま、亡き兄の存在と対面した。

 「やっと来ました」だったか「これでうちに帰ってきてください」だったか、その思い
は計り知ることはできない。神社側が、静かな声で、このような順序でご拝礼ください
と、お辞儀や柏手を打つ回数を教えた。私にとってもそれはほっとすることだった。キリ
スト教徒は、どのようにしたら神社で礼儀を失しないで済むのか、手立てを知らない。李
登輝氏は静かにその通りに従われ、私たちも従った。

 その後再び応接室に戻ると、そこには亡き方の名前、軍隊の階級、所属部隊などを書い
た「証明書」のようなものが用意されていた。李一家の長男の、不明だった死の経緯、長
い長い戦後はこうして終った。

 中国は果たして李登輝氏の靖国参拝を非難した。李登輝氏はA級戦犯を祭った靖国を拝
みに行ったのではない。そこに兄がいたとわかったから会いに行ったのだ。再会の場所が
上野駅でも靖国神社でも、氏にとっては同じだったろうと思う。それを政治に結びつけ
て、息子であり、兄である人の死を悼む人の心を踏みにじる。中国とはそういう国なの
だ。

 ホテルに戻ると夫人が私にお土産をくださった。中に台湾のみごとなカラスミが入って
いた。夫はそれをうちでは食べずにアフリカヘ持って行けと言った。靖国参拝の翌日、6月
8日に私は一行18人でアフリカヘ発った。

 マダガスカルの奥地、モザンビーク海峡に面したモロンダバという町から四駆で8時間、
地図にさえ載っていないベレーブという寒村にできた小学校の完成を確認するために埃に
塗れて辿り着いた夜、薄暗い電灯の元で私たち18人の日本人は、この思いがけない珍味を
一緒に味わったのである。

           (「新潮45」2007年8月号掲載「夜明けの新聞の匂い」より抄録)

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3>> 李前総統の靖國に対する思い  南部 利昭(靖國神社宮司)

 5月30日に来日された台湾前総統李登輝氏が、6月7日午前10時、文恵夫人を伴い三浦朱
門・曽野綾子夫妻等と共に来社されました。

 同氏は到着殿より参入、菊の間で記帳された後、神職の先導で手水をとられ、北側廻廊
で祓いを受け本殿に進まれ、玉串を奉り神式の作法にて参拝されました。

 その際、長い間黙祷をしておられました。多分兄上と会話をしておられたと思います。

 ご承知のように当神社には、マニラで戦死をされた氏の実兄が祀られており、参拝後、
同氏は62年の歳月を経てようやく会うことが出来たと目を潤ませておられました。

 神社には小一時間のご滞在でしたが、歓談の中で李登輝先生の靖國に対する想いという
ものを改めて感じた次第です。

 お帰りの際には、神社から差し上げた岩里武則命(台湾名李登欽)の「祭神之記」をし
っかりと胸に抱いて行かれたのが印象的でした。

 私が李登輝先生にお会いしたのは2回目です。前回は昨年の2月、台北市内の国賓大飯店
で台湾李登輝之友会全国総会の新年会が開催され、私も加わっていた日本李登輝友の会一
行もこれに参加させていただき、その折、蔡焜燦先生のご配慮で先生ご夫妻と親しく歓談
する機会を得たのでした。

 その時の印象は、日本人以上に日本人だ、いまの日本人が忘れてしまったものを先生か
ら見出したという感じでした。

 今回の訪日も多忙な日程をこなされ、各地で多大な感銘を与えて下さり、先生に対する
尊敬の念が又一段と深まりました。

 次回また奥の細道の続きを探訪される日が一日も早く来ることを願い、李登輝先生ご家
族のご健康を祈念しお礼といたします。

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  • 名無しさん2012/08/15

    仏跳牆のおいしい店教えてくださってありがとうございます。



    このおいしい店をメルマガで発信してほしいです。メルマガのブログならそのまま保存できるからです。お願いします。

  • 名無しさん2012/08/13

    仏跳牆のおいしい店教えてくださってありがとうございます。

  • メルマガ編集部2012/08/08

    仏跳牆のおいしい店の件でお答えします。



    編集子自身はまだこの店では食していないのですが、西日本新聞の佐伯支局長が最近、天母にある「金蓬莱」というお店の仏跳牆について紹介していました。



    ◆【食】台湾料理「仏跳牆」 夏のぶっとびスープ 

    http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/316985



    ◆金蓬莱

    http://www.taipeinavi.com/food/408/



    また、天母には「興蓬莱」という似たようなお店があり、本会の早川友久・台北事務所長が李登輝元総統ご夫妻もよく行かれていると書いています。



    ◆李登輝元総統お気に入りの台湾料理レストラン 

    http://twoffice.exblog.jp/18444583/



    ◆興蓬莱

    http://www.splr.com.tw/



    お役に立てば幸いです。

  • 名無しさん2012/08/06

    仏跳牆のおいしい店教えてください。

  • 名無しさん2012/08/06

    韓国の誤審騒動を契機に台湾で高まる反韓感情、「因果応報だ」



     ロンドン五輪をきっかけに、台湾で反韓感情が高まっている。誤審の犠牲者だと自ら主張する韓国に対する批判や冷やかしが広まり、「因果報応」との声も高まっている。中国メディアの新浪網が3日付で報じた。

     

    ■五輪特集 - サーチナ・トピックス

     

      ロンドン五輪の女子エペ個人準決勝で延長のすえに敗れたシン・アラム選手は、判定を不服として国際フェンシング連盟に抗議を提出したが、台湾では2010年広州アジア大会テコンドー女子で失格となった楊淑君選手を引き合いに出したうえで、「因果報応だ」との見方が広まっている。

     

      台湾の楊淑君選手は10年広州アジア大会で電子防具の規定違反を理由に失格となったが、台湾では「韓国人審判の介入によって失格になった」との見方が広まり、反韓感情が高まった経緯がある。

     

      ロンドン五輪においても、台湾のネットユーザーたちは「五輪の開幕以来、韓国ばかりが判定不服で訴えている。これは韓国が自分の立場からしか見ていないからだ」と批判したほか、シン・アラム選手の判定をめぐる騒動については楊淑君選手の件での因果報応であるとの論調が目立つ。