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メールマガジン日台共栄

日本の「生命線」台湾との交流活動や、他では知りえない台湾情報などを、日本李登輝友の会の活動とともに配信するメールマガジン。

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【メルマガ日台共栄:第1575号】 日本版台湾関係法の制定を急げ(上) 林 建良(台湾独立建国聯盟日本本部中央委員)

2012/05/08

>>>>> http://www.ritouki.jp/ ━━━━━━━━━━━━ 【平成24(2012)年 5月8日】

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            日台共栄のためにあなたの力を!!
<<INDEX>> ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ [Vol.1575]
1>> 日本版台湾関係法の制定を急げ(上) 林 建良(台湾独立建国聯盟日本本部中央委員)
2>> 5月13日(日)、林建良氏を講師に岐阜県支部が設立4周年総会・記念講演会
3>> 台湾の戒厳令  西村 眞悟(前衆議院議員)
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◆【ネット署名(第3期)】台湾出身者の戸籍を「中国」から「台湾」に改正しよう!!
  http://www.shomei.tv/project-1901.html
  *署名数:419人(5月8日)
  *1期・2期のネット署名総数=11,814人

◆ 台湾出身者の戸籍を中国から台湾に改正しよう!!
  http://www.ritouki.jp/suggest/koseki.html
  *署名用紙やアピールチラシもダウンロードできます。

● 友愛グループ機関誌『友愛』第12号お申し込み
  http://www.ritouki.jp/cgi-bin/enquete/form0082.reg

● 「ありがとう台湾オリジナルTシャツ」お申し込み
  http://www.ritouki.jp/cgi-bin/enquete/form0097.reg
  *詳細は本会HPに掲載↓
  http://www.ritouki.jp/news/distribution/t-shirts.html

● 【ツアー】片倉佳史さんと行く台湾200%満喫の旅 お申し込み【締切:5月14日】
  http://www.ritouki.jp/cgi-bin/enquete/form0116.reg

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1>> 日本版台湾関係法の制定を急げ(上) 林 建良(台湾独立建国聯盟日本本部中央委員)

 台湾独立建国聯盟日本本部の中央委員で本会常務理事の林建良(りん・けんりょう)氏
が日本政策研究センター(伊藤哲夫代表)が発行する月刊誌「明日への選択」5月号の「一
刀論断」欄で「日本版台湾関係法の制定を急げ─中国の勢力拡大を防ぐ第一歩」を発表し
ている。

 林建良氏はすでに本会の機関誌『日台共栄』4月号の巻頭言で「日本版『台湾関係法』の
制定を」と題して発表していることは本誌でも掲載したが、この「明日への選択」では、
アメリカが「台湾関係法」を制定した意図を解説しつつ、さらに詳しく問題点を指摘し、
日本と台湾の法的根拠を欠く「歪んだ外交実態」をえぐり出している。

 通常、「明日への選択」の「一刀論断」欄は見開き2ページだが、5月号は特別バージョ
ンで3ページにわたっている。3回に分けてご紹介したい。

 なお、林建良氏のプロフィールは本誌編集部で作成し掲載したことをお断りする。ま
た、クオリティが高いと好評の「明日への選択」は年間購読もできるが、1冊でも購入でき
る。お申し込みは日本政策研究センター(電話03-5211-5231/FAX03-5211-5225)まで。

◆日本版「台湾関係法」の制定を 林建良(日本李登輝友の会常務理事)[2012/3/31]
 http://melma.com/backnumber_100557_5527838/

◆日本政策研究センター
 http://www.seisaku-center.net/

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日本版台湾関係法の制定を急げ(上)─中国の勢力拡大を防ぐ第一歩

                   林 建良(台湾独立建国聯盟日本本部中央委員)

【明日への選択:平成24年5月号「一刀論断」】

 日本の台湾に対する姿勢は二通りある。一つは台湾をかつての同胞として情を持って接
し、一つは中国の目線に合わせて接すると言うものだ。

 したがって台湾を一つの独立した実体とみている国民が多くいるにもかかわらず、外交
では中国に気兼ねして台湾との表の交流を避けてきた。

◆二つの神話に基づく日本の対台湾外交

 日本はなぜ、かつて統治してきた台湾に対して冷淡な外交を行うのか。

 その原因は戦後の日本の台湾に対する外交が、「二つの神話」に基づいて行われてきた
からであろう。先ず1972年までは、台湾へ逃げ込んだ国民党政権を「中国を代表する唯一
の合法政権」として承認していたこと。そして1972年以降は、共産党政権を「中国を代表
する唯一の合法政権」として承認し、台湾を中国の一部と言い張る中国の主張を「理解し
尊重」するとしたことである。

 台湾の国民党政権が全中国を代表するというのは当然神話であるが、台湾を中国の一部
とすることも同じく神話である。いずれも台湾人の存在を無視した外交姿勢だ。

 それでも日台間の関係が比較的に円滑に保たれているのには二つの要因が考えられる。
それは台湾人の強い親日感情とアメリカの存在だ。台湾人の親日感情が日台関係にプラス
に働くことは当然のこととしても、アメリカの存在が日台関係にどのように影響している
のだろうか。

 そのキーポイントはアメリカの国内法である「台湾関係法」だ。

 アメリカは、台湾関係法を制定して台湾を中国とは別個の存在にし、台湾に対する外交
を行う法的根拠を与えている。台湾関係法には「同地域の平和と安定は、合衆国の政治、
安全保障および経済的利益に合致し、国際的な関心事でもあることを宣言する」(第二条
B項2)と明文化するとともに、台湾有事の際にアメリカ政府がしかるべき行動をとるよ
うに義務付けている(第三条C項)。

 台湾関係法によって台湾は実質的にアメリカの同盟国になり、日本とも間接的な同盟関
係にある。こうしたアメリカの介在によって、日本の南西海域の安全が保障されており、
日本もアメリカの台湾関係法の恩恵に与かっているのだ。しかしこの二つの要素のいずれ
にしても、日本はイニシアチブをとっていない。日本のシーレーンを扼(やく)している
台湾との関係維持を、日本はただ台湾人の親日感情やアメリカの台湾関係法に依存するば
かりである。
                                    (続く)
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林建良[りん・けんりょう] 1958(昭和33)年9月7日、台湾・台中市生まれ。1987(同
62)年、日本交流協会奨学生として来日。東京大学医学部博士課程修了。医学博士。2001
(平成13)年6月、在日台湾同郷会会長の折、日本において在日台湾人の外国人登録証明書
の国籍記載「中国」の「台湾」への改正をめざした「正名運動プロジェクト」を発足。
「台湾正名運動」の発案者。現在、メルマガ「台湾の声」編集長、日本李登輝友の会常務
理事、台湾独立建国聯盟日本本部中央委員、在日台湾同郷会顧問、日光日台親善協会顧
問。主な著書に『日本よ、こんな中国とつきあえるか?─台湾人医師の直言』(並木書
房、2006年)、漢文版『母親 e名叫台湾─「正名運動」縁由』(一橋出版社、2003年)な
ど。

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2>> 5月13日(日)、林建良氏を講師に岐阜県支部が設立4周年総会・記念講演会
   演題は「日本版台湾関係法の制定を ! ─新台湾派は攻めの姿勢に転換すべきだ」

謹啓 新緑の候、皆さまには益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。日頃より当会に対
し一方ならぬご支援を賜り、衷心より厚く御礼申し上げます。

 さて、早速ではございますが下記要項において平成24年「日本李登輝友の会岐阜県支
部」総会・記念講演会・懇親の夕べを開催いたします。

 今回は記念講演会講師として、林建良先生をお招きいたし、最新の台湾情勢と今後の日
台関係構築のため示唆をご講演いただきます。

 皆さまには何かとご多用の折とは存じますが何卒、ご出席賜りますようお願い申し上げ
ます。                                   敬白

 平成24年4月吉日

                  日本李登輝友の会岐阜県支部 支部長 村上 俊英

                  記

◆第一部:総会・記念講演会
     
      *総会は岐阜県支部会員(入会希望者)のみ参加可。講演会・懇親会は一般
       の方も参加可。

 日 時:平成24年5月13日(日) 午後2時30分〜(2時より受付開始)
 
 ・総 会:午後2時30分〜3時

 ・講演会:午後3時〜5時

  講 師:林建良先生(「台湾の声」編集長・日本李登輝友の会本部常務理事)

       [りん・けんりょう] 1958(昭和33)年9月7日、台湾・台中市生まれ。
       1987(同62)年、日本交流協会奨学生として来日。東京大学医学部博士課
       程修了。医学博士。2001(平成13)年6月、在日台湾同郷会会長の折、日本
       において在日台湾人の外国人登録証明書の国籍記載「中国」の「台湾」へ
       の改正をめざした「正名運動プロジェクト」を発足。「台湾正名運動」の
       発案者。現在、メルマガ「台湾の声」編集長、日本李登輝友の会常務理
       事、台湾独立建国聯盟日本本部中央委員、在日台湾同郷会顧問、日光日台
       親善協会顧問。主な著書に『日本よ、こんな中国とつきあえるか?─台湾
       人医師の直言』(並木書房、2006年)、漢文版『母親e名叫台湾─「正名
       運動」縁由』(一橋出版社、2003年)など。

  演 題:「日本版台湾関係法の制定を ! ─新台湾派は攻めの姿勢に転換すべきだ」

 ・会 場:じゅうろくプラザ 5階 中会議室2
      JR岐阜駅 西隣
       http://www.mapfan.com/m.cgi?MAP=E136.45.29.8N35.24.24.7&ZM=9

 ・会 費:無料(総会・記念講演会)

◆第二部:懇親の夕べ

 日 時:午後5時30分〜

 会 場:NWWTON CIRCUS(ニュートンサーカス)
      TEL:058-265-3256(JR岐阜駅直結アクティブG2階)
      http://r.gnavi.co.jp/n036605/map/

 会 費:5,000円

◆申込み:メールかFAXにて岐阜李登輝友の会事務局まで

      *準備の都合上、5月10日(木)までにご送信下さい。

      E-mail:mailto:ritouki-gifu@mbe.nifty.com
      FAX:058-294-9176

      *日本李登輝友の会(岐阜県支部)入会お申し込み
       http://www.ritouki.jp/cgi-bin/enquete/form0011.reg

◆主 催:日本李登輝友の会岐阜県支部
      〒502-0850 岐阜市鷺山東2-14-21 須賀様方
      TEL:058-294-9175 FAX:058-294-9176
      E-mail:ritouki-gifu@mbe.nifty.com
      HP:http://homepage3.nifty.com/ritouki-gifu/

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岐阜李登輝友の会 総会・記念講演会・懇親の夕べ 出席申し込み書

・総会(参加対象:会員及び入会希望者) 出席・欠席 (いずれかに○をつけて下さい)

・記念講演会(一般も可) 出席・欠席 (いずれかに○をつけて下さい)

・懇親の夕べ(一般も可) 出席・欠席 (いずれかに○をつけて下さい)

・御芳名

・会 籍:会員・一般・入会希望(いずれかに○をつけて下さい)

・同伴者:  名(お名前もお書き添え下さい)

・ご住所:〒

・電 話:

・メールアドレス:

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3>> 台湾の戒厳令  西村 眞悟(前衆議院議員)

【真悟の時事通信(No.730):平成24年 5月 5日号】
http://melma.com/backnumber_190416_5555107/

 この度の台湾東海岸の山の人々を巡る旅で、強く印象に残ったのは、台湾における1947
年2月28日から1987年まで続く40年間に及ばんとする戒厳の布告という事実である(*編集
部注)。

*注:台湾の戒厳令は、台湾省警備総司令部によって1949(昭和24)年5月20日に発せら
   れ、解除されたのは1987(昭和62)年7月15日零時。

 これは、世界政治史上最長の戒厳令である。

 戒厳とは、行政と司法の一部または全部を軍隊の権力下に移行させて統治することであ
る。つまり、軍隊に独裁権力を与える非常時の統治形態である。

 我が国においては、日露講和に反対する日比谷焼き討ち事件等の暴動鎮圧の為の明治38
年9月6日から同年11月29日の戒厳令、大正12年9月2日から同年11月15日におよぶ関東大震
災に際する戒厳令そして昭和11年2月27日から同年7月16日の二・二六事件に際する戒厳令
がある。

 これらは共に期間は限定され、地域も東京に限定されている。

 しかし、台湾の戒厳令は期間は1947年から1987年に及び地域も台湾全土であった。この
間、台湾の行政と司法の全ては、中国国民党の軍隊の権力下におかれたのである。

 その戒厳令の間、台湾の最高権力者は中華民国総統の蒋介石(1975年まで)とその子の
蒋経国(1988年まで)であった。

 台湾の人々の頭上に覆い被さっていたこの戒厳令が解除され、台湾に表現の自由が浸透
してゆくのは、実に1988年から始まる李登輝総統の時代になって、国民による総統選挙が
行われるようになってからだ。

 私が初めて台北を訪れたのは、平成6年(1994年)だと思う。その時も、台北に「台湾」
という国名はなく「中華民国」一色だった。

 台湾人が「台湾」という国名を使い始め自分たちのことを台湾人と呼び外省人のことを
「チャンコロ」と呼び始めるのは、陳水扁総統時代からではなかったか。

 陳水扁の任期終了にともなう4年前の総統選挙の時、その様子を台北に見に行った。

 京都大学出身の民進党の謝長廷と国民党の馬英九が総統を争った。

 朝、台北市内で店の前にすててこ姿で座っている電気屋の亭主に、馬英九のポスターを
指さして、「彼は人気があるか」と訊くと、亭主は即座に、「ダメ、ダメ、あいつは、チ
ャンコロ、チャンコロ」と言った。これが、チャンコロと言う呼び名を聞いた最初だっ
た。

 台湾は、今、長い戒厳令の時代からやっと目覚め始めた時期だと言える。

 とはいえ、台湾には国民党による異常に長い戒厳令の期間があったことは知っていて
も、この時期が如何なる時期であり、如何に台湾の人々を虐げ苦しめたのか、それを実感
したのは、この度、高砂義勇軍元兵士の涙をみたときだった。

 東海岸の南澳という小さな街の山手に南澳神社の表示があった。神社は何処かと聞く
と、道行く人々はすぐさま「あそこ」と指さしてくれた。そこに行くと、参道と階段は見
事に昔のままの姿であった。しかし、鳥居と社殿は無かった。

 また、台湾の東の大都市である台東の郊外のとある道の端に鳥居が見えた。鳥居をくぐ
り参道に従って歩くと、社殿が建てられていたであろう石で囲われた台座があった。しか
し、社殿はなかった。

 門脇朝秀先生が、炎天下、杖を置き石段に座って語られた。

「社殿が撤去されて無くなっても、鳥居と参道が残っていることがどういうことだか分か
りますか。

 戒厳令下で、国民党軍に神社の社殿は潰されても致し方ないとして、せめて鳥居や参道
は残してくださいと、付近の村の人々が命をかけて嘆願した結果なのですよ。

 台湾の戒厳令下では、裁判にもかけず理由も言わず台湾人を殺すことができたのです。

 強権を以て日本時代を抹殺しようとする戒厳令の目的下においては、鳥居や参道を残そ
うとすることは、命がけだったのです。」

 ましてをや、従軍した人々は、大日本帝国陸海軍兵士として「祖国日本」の為に闘った
ことを公言することはできなかった。

 彼等は、同じ村から出征した多くの戦友が戦死したことをすまないと思いながら、ひっ
そりと戦地から生還し、日本から見捨てられ沈黙して生きてきたのだった。

 この度の旅の最後の日は、南部の高雄で過ごした。

 いつもの通り、高雄中学出身の人々が集まってくれて、「只要認台湾国不再拒絶中国
人」と大書された看板を玄関の屋根に掲げている食堂に入って会食した。

 そのメンバーの全ての人は、戒厳令下の「白色テロ」で親兄弟姉妹の肉親を一人か複数
殺されていた。

 会食後、竹田に帰る劉さんを送って高尾駅まで歩いた。

 高尾駅前のタクシーが群れる広場に来たとき、彼は、「ここで、多くの高尾中学の学生
が銃殺されるのを見た」と言った。

 翌日、運転してくれていた李さんが言った。

「昔の高尾駅は、着いた列車から降りた乗客は、地下道を通って表通りに出た。国民党軍
は、全乗客が地下道に入ったのを見届け、入り口と出口を封鎖して地下道の中の人を全員
射殺した。

 私は、その後の列車で高尾駅に着き地下道の入り口を見たが、その中は死体が折り重な
り血だまりができていた。」

 1947年2月28日のいわゆる2・28事件は、台北の街角でものを売っていた女性を国民党の
警官がピストルで殴ったことを発端として、台湾人(本省人)の進駐してきた国民党に対
する抗議行動として始まった。

 この抗議行動に対して、国民党は単に抗議行動を封殺するに留まらず、戒厳を布告して
大陸から援軍を送り込み、日本時代の知識層を徹底的に弾圧し抹殺し始めた。

 その戒厳が38年間に及んだのだ。

 この間、台湾人は既に書いたように、国民党軍に裁判もなく理由無く殺されても何の文
句も言えない状態におかれた。

 現在、台湾では、2・28事件とそれに続く「白色テロ」で、2万8千人が殺され犠牲になっ
たといわれている。しかし、総数は、もっと多いのではないかというのが私の実感であ
る。

 この38年間の戒厳令と白色テロの中を、ひっそりと生きてきた台湾の山の人々は、百歳
になって、はるばる訪ねてきた門脇朝秀さんを見て抱きつき泣いたのだった。

 その中の一人、岡田耕治(陳祐儀)さんは、門脇さんと手を取り合って泣いてから、直
立して「海ゆかば」を歌い、以後一切話さなかった。

 その岡田耕治さんから届いた手紙を次にご紹介したい。

「こちらは豪北モロタイ派遣軍第二遊撃隊川島部隊陸軍伍長岡田耕治です。

 4月20日、みなさん訪台の節、門脇先生を囲んで、実は耳が遠いので、みなさんの貴重な
物語もききとれない無口のままに失礼しました。

 ただみなさん 台湾岡田耕治への思い暖かい心に触れて、お見舞い、おつき合ひに対
し、感謝と感激のお礼申し上げます。

 では、この辺で みなさん ごきげんよろしく。

 今でも自分は、日本人として、戦った事を 誇りと思っています。」

 なお最後に、岡田さんのように日本軍兵士として戦った全ての台湾の人々はもちろん、
戦後の2・28事件と長期の「白色テロ」の中で苦しめられ、また殺された多くの台湾の人々
は、全て「日本人」であったということを我々は決して忘れてはならない。

 台湾では、日本人と日本政府が知らないうちに、多くの日本人が殺されていたのだ。

 昭和天皇は、このことを知っておられたと思う。

 今からでも遅くはない。日本政府は、台湾におけるこの多くの同胞の死に深く弔意を表
し、慰霊碑を建立して民族の記憶として末永く残すべきである。

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【日本李登輝友の会:取り扱い本・DVDなど】 内容紹介 ⇒ http://www.ritouki.jp/

●廖継思著『いつも一年生』お申し込み
  http://www.ritouki.jp/cgi-bin/enquete/form0075.reg

● 台湾「飲茶5袋セット」のお申し込み
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● 月刊「正論」年間購読お申し込み
  http://www.ritouki.jp/cgi-bin/enquete/form0113.reg

● 伊藤哲夫著『教育勅語の真実』お申し込み
  http://www.ritouki.jp/cgi-bin/enquete/form0102.reg

● 黄文雄著『哲人政治家 李登輝の原点』お申し込み
  http://www.ritouki.jp/cgi-bin/enquete/form0095.reg

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◆ 日本李登輝友の会「入会のご案内」

  入会案内 http://www.ritouki.jp/guidance.html
  入会お申し込みフォーム http://www.ritouki.jp/cgi-bin/enquete/form0005.reg

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◆ メールマガジン「日台共栄」

  日本の「生命線」台湾との交流活動や他では知りえない台湾情報を、日本李登輝友の
  会の活動情報とともに配信する、日本李登輝友の会の公式メルマガ。

● 発 行:日本李登輝友の会(小田村四郎会長)
      〒113-0033 東京都文京区本郷2-36-9 西ビル2A
      TEL:03-3868-2111 FAX:03-3868-2101
      E-mail:info@ritouki.jp ホームページ:http://www.ritouki.jp/

● 事務局:午前10時〜午後6時(土・日・祝日は休み)

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  • 下津井よいとこ2012/05/08

    産経新聞(東日本版)に、5月8日、八田與一の命日に合わせて、企画記事が掲載されています。昭和17年の殉職から70年ですので、実は長い年月が経っているのですね。(戦前戦中が遠くなってしまっているのは寂しい気がします。)然し、今こうして当該記事の表題にあるように「八田與一の想いがつなぐ日台の絆」が揺るぎないことが確認されていることを考えると、歴史に刻まれた偉人の至誠や尽力は決してかき消されることはなく、末永く語り継がれていくものであることを実感させられます。

     嘉南平野では嘗ては水の確保が困難で、土地が涸れ、痩せていました。八田與一が灌漑事業に向けて調査を開始した当初、地元の人々はまるで夢物語のようだと、本気にしなかたようです。然し10年と云う歳月の後、大工事は完遂されたのでした。烏山頭ダムの完成によって、嘉南平野は緑豊かな穀倉地帯に生まれ変わりました。水を有効に使う為の給水法を考案したこと(三年輪作給水法)も、嘉南大&#22323;完成の重要な要因でした。(工事の過程で尊い犠牲もありました。)恐らく土木工学や農業工学等の技術史の観点からも、特筆すべき事蹟であるのでしょう。

     無論今でも烏山頭ダムは台湾南部の沃土を潤わせ続けています。八田與一夫妻は永遠に天界から台湾の農業を見守り続け、そして台湾と日本を加護して下さることでしょう。



      5月8日の新聞には台湾で八田與一の記念葉書セットが発行されるとの記事も出ていました。八田與一夫妻が描かれているのは切手そのものではなく、絵葉書と封筒だと云うことですので、「公式」と云うよりも「準公式」の発行なのでしょう。様々な形で、台湾に尽くした日本人が顕彰され、より多くの台湾人に知って貰えるのはのは有り難いことです。(発行部数からして纏まった数量が日本に輸出されることはないでしょうが、切手店等で運良く目に留まることがあれば、どのような図柄か見てみたいと思います。)