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メールマガジン日台共栄

日本の「生命線」台湾との交流活動や、他では知りえない台湾情報などを、日本李登輝友の会の活動とともに配信するメールマガジン。

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【メルマガ日台共栄:第1564号】 台中日本人学校と李登輝総統  喜早 天海(日本と台湾の懸け橋になる会世話人)

2012/04/23

>>>>> http://www.ritouki.jp/ ━━━━━━━━━━━━ 【平成24(2012)年 4月23日】

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<<INDEX>> ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ [Vol.1564]
1>> 台中日本人学校と李登輝総統  喜早 天海(日本と台湾の懸け橋になる会世話人)
2>> 「尖閣諸島は日本の領土」、李登輝元総統が改めて言及
3>> 尖閣発言の衝撃  柚原 正敬(日本李登輝友の会常務理事)
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◆【ネット署名(第3期)】台湾出身者の戸籍を「中国」から「台湾」に改正しよう!!
  http://www.shomei.tv/project-1901.html
  *署名数:374人(4月23日)
  *1期・2期のネット署名総数=11,814人

◆ 台湾出身者の戸籍を中国から台湾に改正しよう!!
  http://www.ritouki.jp/suggest/koseki.html
  *署名用紙やアピールチラシもダウンロードできます。

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●【動画】李登輝元総統が語る「日本李登輝友の会の歩み」
  http://www.youtube.com/watch?v=uR1wLpH9e0s

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1>> 台中日本人学校と李登輝総統  喜早 天海(日本と台湾の懸け橋になる会世話人)

 台湾・台中市に住む喜早天海(きそう・たかひろ)氏は「日本と台湾の懸け橋になる
会」の世話人をする一方で、メールマガジン「遥かなり台湾」を編集・発行されている。
このメルマガ「遥かなり台湾」の創刊は10年前の2002(平成14)年8月1日だというから、
老舗のメルマガといっていいだろう。

 台中に残る日本時代の史蹟紹介や日本人会の情報を中心に発信されているが、本誌でも
何度か紹介させていただいた。最近では、本会神奈川県支部の栗山威郎氏が産経新聞に投
稿した「卒業式では『仰げば尊し』を」を転載して紹介したおりに、喜早氏がかつて「今
でも台湾で歌われる『仰げば尊し』と『蛍の光』」をメルマガ「遥かなり台湾」で書かれ
ていたことを併せて紹介した(2月20日発行)。

 本日発行のメルマガ「遥かなり台湾」では、「台中日本人学校と李登輝総統」と題し、
李登輝氏がまだ総統を務められていた1999(平成11)年9月21日に台湾中部を襲った「集集
大地震」(台湾大地震)のとき、台中日本人学校も大きな被害を受けたが、その復興に李
登輝総統が大きく関わられていたことをつづられている。

 本会が4月26日から始める「第17回台湾李登輝学校研修団」では、野外研修として台中に
赴き、磯田謙雄(いそだ・のりお)が造った白冷[土川]を、台中にお住まいの許世楷・前
台北駐日経済文化代表処代表(駐日台湾大使に相当)にご案内いただく。また、台中日本
人学校は喜早天海氏にご案内いただくことになっている。

 台中日本人学校の再建復興に李登輝元総統が深く関わられていたことを伝える、本日発
行のメルマガ「遥かなり台湾」を下記にご紹介したい。

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本日のテーマ〜台中日本人学校と李登輝総統
【メルマガ「遥かなり台湾」:2012年4月23日】

 台中市内が見渡せる小高い丘に、中部科学園区と隣接し周囲には田園風景が残っている
所に白亜の建物台中日本人学校(以下台中校)があります。この校舎は台湾大地震のあと
に再建されたもので、当時の李登輝総統(以下李総統)が深くかかわっているのです。

 そのいきさつについては篠原誠先生(1917〜2004)の地震レポートに記されています。
先生は自称「日本国籍の台湾人」と公言しているほどで、自分の故郷である台中が地震に
遭ったというので自分の目と足で被災地を訪ね克明に記録を残されたのです。台中校に関
して下記のように記していました。

                ◇ ◇ ◇

 台中到着後まず日本人学校を訪問した。太平市にあったもとの校舎は被害が大きく使用
不能で、太原街(もとの北屯)の幼稚園を借りて授業を行っていた。中部地区からの日本
企業の撤退が相次いで日本人の数も減り、学校は小中学校あわせて114人、教職員15人との
ことであった。校長の江原要七氏にお会いし、これまでの経過をつぶさに聞くことができ
た。

 氏の自宅は、太平市の高層マンションの14階である。地震の時の様子を尋ねると、「も
う駄目だ」と観念したという。

 当時の学校の写真を見せてもらったが、校舎は壁がくずれて大きな亀裂が入り、職員室
の中の器物なども壊れて散乱していた。運動場にも地割れがあり、校舎は危険で使用でき
ない。はじめは学年毎に生徒の家に集まって自習していた。早急には授業再開の目処も立
たず、帰国した子もいるという。

 学校の再建をどうするか、それまでの間の仮校舎をどうするか、しかも、急を要するこ
とだけに、校長には頭の痛い問題である。

 幸いにして、北屯のエンジェル幼稚園の建物を借りることができた。この幼稚園に日僑
班があり、日本人の園児が通っている。この幼稚園の日本人卒業生が日本人学校に入学す
る縁であるという。

 それにしても並々ならぬ好意である。校長室まで用意され、日本人学校の生徒たちは学
年毎に一教室を与えられていた。日本人学校校舎の入り口には「台中日本人学校」と大書
した横額が掲げられ、回りを飾りつけてある。幼稚園の先生たちの手による奉仕である。
移転の日には園児全員が並んで拍手して迎えてくれたという。周りの人の温かい思いやり
に、校長は心から感謝していた。

 授業の開始は10月11日であった。

 10月7日、李登輝総統の視察があるとの知らせに、校長は出来るだけ生徒を集めて迎え
た。迎えに出た校長は総統に「江原さん。たいへんだったね。」と声をかけられた。いき
なり自分の名前を呼ばれて驚いたという。訪ねる前に名前をたしかめたのであろう、気配
りの細やかな政治家である。

 「生徒に声をかけていただきたい」という校長の頼みにも気軽に答え、生徒の中に入っ
て一人一人の手を握り励ましたという。学校の用地問題に悩んでいた校長は、一校長の身
分でと躊躇ったが、思い切って「ご配意をお願いしたい」と陳情した。総統はこれにも
「わかった」と頷いた。

 がそれが即座にかなえられるとは思ってもみないことだった。総統の鶴の一声で用地問
題は解決した。

 帰国してから中華週報に掲載されている李登輝総統の震災日記を調べてみた。この10月7
日の日記を見ると、当日は南投県の日月潭や魚池を視察した多忙な日程である。帰途、時
間を割いて日本人学校に立ち寄っている。次のように記してある。

「午後5時頃、太平市の日本人学校を視察。同校の被害状況は非常に深刻だが、教師と生
徒、父母は冷静に対処している。かれらは、再建問題について協力を求めている。黄昆
輝・総統府秘書長(現国民党秘書長)に対し、ただちに台湾糖業公司と連絡を取り、同校
の移転地問題の解決に協力するよう指示する」

 元の学校の周辺にも土地はあった。だが高価な宅地価格で手がでない。畑地を求める他
はないが、台湾も農地を宅地に転用するには審査機関の認可が必要で、これにはかなりな
日数がかかる。大雅の候補地は畑地であったが、総統の指示で一度の申請で宅地転用が許
可された。用地取得の目処がつき、ことはとんとん拍子に運んだ。教師の派遣は文部省だ
が、学校の所管は外務省である。予算五億円のうち70%は国庫が負担するが、30%は地元
の学校負担となる。国庫分は来年度予算として計上され、すでに国会を通過、地元負担金
についても台湾の日本企業の協力を得て調達できた。新校舎は本年末には完成の予定であ
る。

 それまでの間のプレハブ校舎は三月中に完成し、新学期はこの校舎で授業が実施できる
とのことであった。

 江原校長は今年の3月で帰任との事であるが、大任を果たし心置きなく帰国できると胸中
を語った。

 李登輝総統をはじめ、地元台湾の人たちの暖かい支援と励ましを、心底から感謝してい
た。

(注)江原校長が離任する前日の3月21日に新校舎地鎮祭が行われました。

                   ◇ ◇ ◇

 新校舎の建設はその後着任された福原輝幸校長に引き継がれました。

 再建校舎の建設は2000(平成12)年5月5日から始まりました。6800坪の土地に鉄筋2階建
て3棟からなり、延べ床面積約4400平方メートル。体育館、プールなども完備しました。再
建校舎は2000年12月末に完成し、翌年2月12日からこれまでのプレハブ校舎から新校舎で授
業を再開できたのです。

 台中校の正門右側に李登輝総統の自筆による「台中県日僑学校、李登輝」の表札があり
ます。この表札のオリジナルは額に入れられ入口ホール右側に掲げられています。

 福原校長は、3年間の台中校再建に関わったことや台湾での生活された様子を日記につけ
たものを帰国後一冊の本にまとめられました。以下その本によって李総統を記述した箇所
を紹介します。

 表札のオリジナルとなる半紙が届けられた日については、次のように記してありました。
                    ◇ ◇ ◇

 学校に差出人の住所があって差出人の記載のない茶封筒の手紙が届きました。封を切る
と「台中県日僑学校」「李登輝」と毛筆で書かれた横2メートル縦60センチの習字用の半紙
でした。これにはびっくりです。

 というのは過日、私とS運営委員長と2人で考えたもので、断られても仕方ないが、一度
お願いだけしてみようと依頼文を送付していたからです。驚きの言葉以外の何物でもあり
ませんでした。半紙は早速職員室の黒板に貼り、眺めていましたところ、職員室に残って
いた派遣教員は一人ずつ記念撮影をするではありませんか。

 台湾の近代化に貢献し、世界の歴史に名を残す人物です。この人の自筆を学校の表札と
して掲げるのです。なんとすばらしいことではありませんか。しばらくは心うきうきの時
間でした。

                   ◇ ◇ ◇

 その時の校長先生の気持ちが手に取るようにわかります。

 2001年5月4日の校舎再建記念式典を前に案内状を李総統に出しましたが、「案内状を戴
きました。校舎が再建されおめでとうございます。当日は残念ながら李総統は台湾におら
ず、欠席させていただきます。後日必ず学校を訪問させていただきます」と連絡がありま
した。

 李総統がその約束通り学校を訪問してくれたのは翌2002年9月20日、震災3周年式典でし
た。李総統に来校を仰ぎ、生徒たちに「台湾について」話をしていただきました。

 その中で総統は「台中の地で、日本を理解し、台湾を理解し、世界の子供として学習に
励んでほしいこと等や現在までの台湾の歴史をかみ砕いて話されました。そして最後に
「台湾は台湾であって、中華人民共和国の一部ではないこと」を力説されたのでした。

 最後に、皆で歌を3曲歌いました。一つは日本の歌「ふるさと」です。もう一つは台湾の
歌「モーリーファ」です。

 そして最後に世界の歌「上を向いて歩こう」です。李総統は、3曲とも口ずさんでいまし
た。

 李登輝総統を台中日本人学校再建のお礼と感謝をこめて学校に招待し、訪問していただ
くという宿題は、ここに2年がかりで達成することが出来ました。

 もうひとつ忘れてはならないことは、運動場に台中県及び秀山村の人たちが、日本人学
校再建記念に「東屋」を寄付してくれたことです。また再建に当たった建設業者(中鹿営
造)も運動場に東屋を寄付してくれました。

 当時を回想して福原校長は「あの時は、台湾に住んでいる日本人を始め、台湾の人々ま
た世界中の人々から支援・援助をいただきました。本当に頭の下がる思いでした」と仰っ
ておりました。

 さらに2007年、台中校30周年記念の時にも「百年樹人」とかかれた色紙を寄せて戴き、
記念誌の第一ページを飾ることが出来たのでした。

 台湾には「雪中送炭」(困っている人を助けてあげる)と飲水思源(受けた恩を忘れな
い)という言葉があります。

 この言葉を知った時とてもいい言葉だと思いました。単なる言葉だけでなくその精神が
即座に行動で示されることがすごいことです。去年3月の東北大震災の台湾から多額の義援
金が寄せられたのは、99年の台湾大地震の時に日本から大変助けて頂いたからそのお返し
をしたいとの思いから募金活動に参加した人が多かったのです。

 台中校の新校舎の再建の裏には李総統をはじめとして日台のみならず世界中の多くの人
たちの支援や援助があったからであり、台中校の再建された時のいきさつを後世の人たち
に伝えたく記してみた次第です。

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■発行人■ 日本と台湾の懸け橋になる会世話人 喜早天海
■会のホームページはhttp://www.freeml.com/k37339/
◆「昔と今の台湾」を知るHP(ブログ)
 「台湾風物詩」 http://blogs.yahoo.co.jp/taichu_jp
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◆読者数(4月21日現在) 590 名
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2>> 「尖閣諸島は日本の領土」、李登輝元総統が改めて言及

 石原都知事の尖閣諸島買い上げ発言に応ずるかのように、李登輝元総統は4月19日、「こ
れまで何度も話しているが、尖閣諸島は日本の領土だ」と改めて言及されたという。「レ
コード・チャイナ」紙が伝えているので下記に紹介したい。

 李登輝元総統は2002(平成14)年9月、沖縄タイムスのインタビューで尖閣諸島が日本の
領土であることを明言されて以来、何度も「尖閣諸島は日本の領土」と繰り返し言及され
ている。

 最近でもっとも大きな衝撃を与えたのは、2008(平成20)年9月に沖縄を訪問された際、
仲井眞弘多(なかいま・ひろかず)沖縄県知事をはじめ、稲嶺惠一・前知事、高嶺善伸・
沖縄県議会議長などの並み居る沖縄要人との昼食会の席上、「尖閣諸島はまちがいなく日
本の領土」と明言したことだ。

 このことについては、本会の柚原正敬・常務理事が沖縄訪問記録をまとめた『誇りあ
れ、日本よ─李登輝・沖縄訪問全記録』に寄稿しているので、下記に紹介したい。

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「尖閣諸島は日本の領土」、李登輝元総統が改めて言及
【Record China:2012年4月20日】
http://news.livedoor.com/article/detail/6486918/

写真説明:19日、台湾の李登輝元総統がこのほど、「これまで何度も話しているが、尖閣
     諸島は日本の領土だ」と改めて言及した。写真は第二次大戦後に日本で出版さ
     れた地図。

 2012年4月19日、環球時報によると、台湾の李登輝(り・とうき)元総統が「これまで何
度も話しているが、尖閣諸島は日本の領土だ」と改めて言及し、日本の石原慎太郎都知事
が尖閣諸島を東京都が購入する意向を示したことについて、「国の政治が良くないせい
だ。台湾と同じだ」と語った。

 また、2010年9月に起きた尖閣諸島沖で海上保安庁の巡視船と中国の漁船が衝突した事件
について、日本政府が漁船の船長を釈放したことを「きわめて遺憾だ」と語った。

 中国政府が尖閣諸島の領有を主張していることについて、李元総統は「中華帝国覇権主
義的な領土観にもとづいた主張であって、かつて朝貢していた国を自分たちの領土の外周
だと考えている」と評し、根拠として挙げている古文書も清の時代に光緒帝が皇太后の病
気を治すために民が尖閣諸島の近海で採った薬草を使い、後に島をその民に与えたという
だけで、「国際法上、何の根拠にもならない」と指摘している。

 李元総統は以前、日本のメディアに「尖閣諸島は日本の領土であり、道理に合わないこ
とを主張する中国に譲歩する必要はない」と語ったり、中国の主張を「美人を見て自分の
妻だと言っているかのようだ」と話して波紋を呼んでいた。(翻訳・編集/岡田)

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3>> 尖閣発言の衝撃  柚原 正敬(日本李登輝友の会常務理事)

【『誇りあれ、日本よ─李登輝・沖縄訪問全記録』(まどか出版、2009年4月)】

◆尖閣列島はまちがいなく日本の領土

 2008年9月24日、李登輝元総統は初訪問の沖縄における講演会も盛会裡に終え、この日、
東南植物楽園を訪問された。ここは李氏と昵懇で、台湾出身の大林正宗氏の令嬢である大
林千乃(おおばやし・ちの)さんが経営している。

 いささか暑すぎる沖縄の初秋の陽を浴びつつ、大林園長の案内で園内をゆったりと散策
した後、歓迎昼食会に臨まれた。昼食会には仲井眞弘多(なかいま・ひろかず)沖縄県知
事をはじめ、稲嶺惠一・前知事、高嶺善伸(たかみね・ぜんしん)沖縄県議会議長、羅坤
燦・台北駐日経済文化代表処代表代行、李明宗・台北駐日経済文化代表処那覇分処処長、
亀井啓次(かめい・けいじ)交流協会総務部長など錚々たる方々が出席していた。

 この席で挨拶に立った李元総統は、はじめは植物園のことやご家族のことなどについて
話されていたが、台湾と沖縄が近いという話から尖閣諸島の話に転じ、「尖閣諸島はまち
がいなく日本の領土」と明言したのだった。

「台湾と沖縄は地域的にも非常に近い。戦前の日本統治時代には、琉球の漁民は尖閣諸島
近辺で漁業をして生計を立てていた。獲った魚は本土に持っていくよりも、基隆のほうが
近いので、そこで水揚げして消費していた。戦後、台湾と日本は別の国になり、尖閣諸島
の近海は日本の海となった。

 台湾も沖縄の人も心配しているが、尖閣列島はまちがいなく日本の領土。問題は漁業権
だけ。昔どおり、そこで漁業をさせて欲しいというだけの話だ。私が総統の時代、漁業権
の解決のため、日本の農林水産省と交渉を始めた。現在の馬英九政権が主張している『尖
閣諸島は中華民国の領土』という主張とは全く違う。あれは漁場問題と関係なく政治的に
やっているだけ。あまり神経質にならない方がいい」

 昼食会の席に衝撃が走った。取材していた日台の報道陣がざわめき出し、出席していた
人々の表情にも緊張が走る。

 翌朝の各紙は、「『尖閣は日本領』李登輝元総統」(産経新聞)、尖閣諸島は「日本の
領土」 李登輝氏、中台の反発も(中日新聞)、「尖閣『日本の領土』来沖中の李元総
統」(琉球新報)などと見出しを掲げ、この発言を大きく取り上げた。

 台北駐日経済文化代表処(大使館に相当)はその日のうちに「本代表処は李元総統の個
人的見解の範疇であると認識しており、わが国政府の釣魚台列嶼(日本名・尖閣諸島)が
中華民国の領土であるとの一貫した立場に変化はない」(9月24日付「台湾週報」)と表
明、打ち消しに躍起となった。翌日、今度は台湾の外交部(外務省に相当)が「釣魚台列
嶼は、歴史的経緯、地質構造、法的根拠あるいは台湾漁民の伝統的漁場地区である等の観
点から見ても、わが国の固有の領土であることを疑う余地はない」と改めて表明し、李元
総統の発言については、「個人的意見に過ぎず、しかもわが歴代政府が一貫して堅持して
きた主権を保持する立場と反するものである」とした(9月25日付「台湾週報」)。

 報道でも触れていたように、李元総統は総統を退任してから何度も「尖閣諸島は日本の
領土」と発言しており、平成14年(2002年)には「沖縄タイムス」の単独インタビューで
も同様の認識を明示している。

 しかし日本国内で、しかも尖閣諸島が所属する沖縄の地で明言した衝撃は小さくなかっ
た。この衝撃は、2007年(平成19年)6月7日、『奥の細道』探訪の旅の折、実兄(日本
名・岩里武則、台湾名・李登欽)を祀る靖国神社を参拝した衝撃に通ずる。

 これは、情勢をよくよく見抜いて発言する李氏ならではの独特のショック療法だったよ
うで、尖閣問題を政治問題化しようとする台湾の馬英九政権や中国政府への強烈な牽制と
なった。

 報道の中には「李氏の発言は台湾で議論を呼びそうだ。中国が反発する可能性もある」
とする観測記事というか、議論や反発を呼び寄せようとする記事もあった。だが、台湾側
も打ち消しに躍起となったものの、元首経験者としての発言の重さ故に、個人的見解とし
て容認する表明となり、台湾内に尖閣諸島を日本領とする見解が存在することを認めざる
を得ない立場に追い込まれる形となった。

 また靖国参拝と同様、李氏の思惑どおり中国からは表立った反発は一切なかった。タイ
ミングと影響力を考え抜かれた上での発言だったことがよく分かる。

*沖縄タイムスの単独インタビューと「平成八年の尖閣論争」は割愛。

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