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メールマガジン日台共栄

日本の「生命線」台湾との交流活動や、他では知りえない台湾情報などを、日本李登輝友の会の活動とともに配信するメールマガジン。

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【メルマガ日台共栄:第1289号】 台北大学における河津桜植樹式を祝して 小田村 四郎

2011/04/13

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1>> 台北大学における河津桜植樹式を祝して 小田村 四郎
2>> 今年の桜苗木の台湾寄贈について 日本李登輝友の会
3>>【台北事務所ブログ】 帰ってきた二つの鳥居 早川 友久
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■ 東日本大震災「お見舞い募金」にご協力を!(日本)

  *募金総額:201万2377円(4月12日現在)
  *お見舞い募金は「お志」ですので、いくらでも結構です。
  *礼状はお出しできませんことをご了承のほどお願いします。

☆ 郵便局
  加入者名:日本李登輝友の会 口座番号:00110-4-609117
  ・通信欄に「地震」「お見舞い」などとお書き添えください。
  ・一般の方は郵便局備え付けの「郵便払込取扱票」を、本会会員の方は機関誌『日台
    共栄』に添付の郵便払込取扱票をお使いください。

☆ 銀 行
  三菱東京UFJ銀行 本郷支店 普通:0012742 
  日本李登輝友の会事務局長 柚原正敬
  (ニホンリトウキトモノカイジムキョクチョウ ユハラマサタカ)

■ 東日本大震災「お見舞い募金のお預かり」要綱(台湾)

☆ 東日本大震災「義捐金お預かり」振込口座
  彰化銀行 古亭分行 帳號5116-51-106275-00 戸口HAYAKAWA TOMOHISA(早川友久)
 ・義捐金の「お預かり証」をお送りします。

■ 李登輝元総統から被災者へのメッセージ[桜H23/3/29]
  http://www.youtube.com/watch?v=iGzkPlnMgUA&feature=youtube_gdata
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1>> 台北大学における河津桜植樹式を祝して 日本李登輝友の会会長 小田村 四郎

 今年の「2011台湾・桜植樹式とお花見ツアー」は3月12日に訪台し、14日に国立台北大学
で行われる植樹式に参列するはずだった。ところが、前日に東日本大震災が起こったため
台湾行きの便が欠航、ツアーは中止となった。

 それでも、植樹式は李登輝民主協会(蔡焜燦理事長)から国立台北大学に河津桜の苗木
寄贈を記念して行われるセレモニーであり、そこに李登輝民主協会に桜の苗木を寄贈して
いる本会が参列するということなので、本会理事で台北事務所長の早川友久氏をはじめと
する台北在住の本会会員などが参列して行われた。

 小田村四郎会長は、地震に対して李登輝元総統などからいただいたお見舞いに感謝する
文言を急遽加筆して祝辞を書き直され、植樹式ではその祝辞が代読された。以下にご紹介
したい。

 なお、李登輝民主協会では国立台北大学の構内に記念碑を建立する予定で進め、すでに
記念碑は出来上がっていた。しかし、後に大学側では構内における記念碑などの建立を一
切認めていないことが判明、今回の記念碑は、予定を変更し、李登輝民主協会が南投県内
で進めてきた植樹地に建立の予定だ。桜募金の篤志者の方々には、近々その旨を郵送でお
知らせしたい。

 ちなみに、国立台北大学での植樹式で使われた河津桜の苗木は、李登輝民主協会が接木
で増やしてきた苗木を使っている。
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台北大学における河津桜植樹式を祝して

 ご列席の皆様、本日の桜植樹式を心からお祝い申上げます。

 今回は、本会と姉妹提携している李登輝民主協会が国立台北大学に河津桜の苗木を寄贈
して行われる植樹式と伺っており、本来ですと私自身も日本から参列してお祝いを申し上
げたかったのですが、訪台が叶わず書面をもってお祝い申し上げます。

 日本李登輝友の会はこれまで約四千本の河津桜の苗木を台湾に寄贈しており、今年から
は、本会のカウンターパートである李登輝民主協会に寄贈することとなりましたが、これ
までお贈りした河津桜は台湾の大地にしっかりと根を張り、立派に育っていると伺ってお
ります。

 李登輝元総統は、本会などが桜の苗木を台湾に贈るに際し「台湾の人々も日本の桜を麗
しいと共感しています。私はこのたびの桜の苗木を台湾全土に広げることにより、台湾と
日本の親善友好の基礎がいっそう固まるものと信じ、一日も早く日本の方々とともに手を
つないで、一緒に台湾の麗しい桜の花見を満喫いたしたいと念願しております」と述べら
れました。

 また、李登輝民主協会の蔡焜燦理事長も、本会への桜寄贈依頼書において「台日の親善
友好関係を象徴するものとして日本の桜を台湾に植え、その桜の木の下で台湾人と日本人
が花見をするという光景をぜひ実現したいと願っております」と綴られています。

 桜はまさに親善友好の象徴であり、日台共栄の象徴です。春は満開に咲いた花を愛で、
夏には豊かに葉の繁った木の下で憩い、秋には色とりどりに彩られた落葉を楽しむことが
できます。ここ台北大学に植えられた河津桜を「台湾の子」として育て、末永く台湾の人々
を癒されんことを心から希っております。

 最後になりましたが、このたび起こった巨大地震に対し、李登輝先生からは早々に優渥
なるお見舞いのお言葉をいただき、蔡焜燦先生からも懇篤なお見舞いのお電話を頂戴いた
しました。御心遣いに心から感謝申し上げます。他にも多くの台湾の方々からお見舞いを
いただき、未曾有の事態に際し、改めて日本と台湾の絆の太く強いことを感じております。

 桜植樹式のご盛会並びに皆様方のご健勝を心からお祈り申し上げます。

  平成二十三年(二〇一一年)三月十四日

                           日本李登輝友の会
                               会長 小田村 四郎
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2>> 今年の桜苗木の台湾寄贈について

 本年3月1日、本会と台湾の李登輝民主協会とが昨年10月15日、李登輝元総統のお立会い
の下に締結した「親善交流覚書」に基づき、本会から李登輝民主協会に河津桜の苗木500本
を寄贈しました。

 しかし、この日午後、空輸された台湾の桃園空港における植物検疫で、出荷本数が申請
より2本多いとの理由で台湾国内に入れないことが判明しました。このようなトラブルは初
めてのことです。

 李登輝民主協会からこの連絡を受け、すぐに苗木提供先に対応を依頼、成田空港の植物
検疫所の検疫証明書の再発行などを試みましたがいずれも不調に終わってしまいました。
真に心外なことですが、結局、廃棄処分措置を受け入れざるをえませんでした。

 これまでどおりに申請していて、まさかこんなトラブルが起こるとはまったくの想定外
のことで、苗木提供先からは申請手続きの瑕疵を認め、苗木や空輸費用などの代金は不要
との連絡をいただいた。

 また、その日のうちに、苗木提供先からは再出荷する準備に入りたいとの連絡も併せて
いただきました。だが、3月1日時点で出荷した苗木の中には花を咲かせるものもすでに出
てきていました。出荷までの準備期間を考慮すると、台湾で桜の苗木を植える時期として
は暖かくなりすぎていて、うまく活着するかが新たな問題として浮上してきました。

 蔡焜燦理事長に事情を説明すると「苗木がうまく活着しない恐れがでてきたのでは、そ
こまで無理をせずとも、来年もあることだから」とのご返答でした。

 そこで、再出荷も無理と判断、結果的に今年は桜の苗木を台湾に贈れないという心なら
ずも誠に残念な次第となってしまいました。

 桜募金にご協力いただきました皆様には、この場を借りて深くお詫び申し上げるとともに、
ご報告申し上げます。

 平成23年4月吉日

                                日本李登輝友の会
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3>>【台北事務所ブログ】 帰ってきた二つの鳥居 早川 友久

■ 帰ってきた二つの鳥居(台北事務所ブログ:4月11日)
  http://twoffice.exblog.jp/
  *ブログでは関係写真を掲載。

 ここは南京東路と林森北路の交差点にある大きな公園。行政上は南北に走る林森北路を
挟み、東側を14号公園、西側を15号公園と呼んでいます。これは特別な呼称ではなく、台
北市内にある公園の行政上の名称はすべてこうした番号で呼ばれています。ただ、番号で
はあまりにも味気ないので、こちらの公園も通称「林森公園」の名称で市民に親しまれて
います。

 付近には日本人が集まる歓楽街の林森北路があり、晶華酒店や老爺酒店など日本人の宿
泊客も多いホテルに隣接していることから、台北を訪れたことのある方なら、この公園の
そばを一度は通ったことがあるのではないでしょうか。

 この公園に昨秋、2つの鳥居が帰って来ました。そもそも、この公園一帯は日本時代、「三
板橋墓地」と呼ばれる日本人墓地でした。鳥居が「帰って来た」というのは、この2つの鳥
居は、この墓地に眠っていた明石元二郎・第7代台湾総督と、その秘書官であった鎌田正威
氏の墓前に建てられていたものだったからです。

 この日本人墓地は、戦後、中国大陸から敗走してきた国民党の下級兵士たちの塒へと姿
を変え、その墓石はバラックの梁や床石となり、鳥居は物干し台に流用されてしまいまし
た。着の身着のままでやってきた下級兵士たちが好き放題に住み着き、行政上はもちろん
違法であったものの、数十年も経つと、いつの間にやら住所プレートまで掲げられる始末
(台湾の街角でよく見かける緑色の住所表記プレートがこのバラック地帯にも存在したの
です)。

 もともとが違法建築の嵐ですから、しょっちゅうボヤ騒ぎが起きており、犯罪の温床に
もなっていました。そのため、1997年頃、ときの陳水扁・台北市長の号令下で、この場所
の浄化が行われたのです。住み着いていた人々には多額の補償金をくれてやることで立ち
退かせ、その後、この場所は公園として整備されました。

 また、整備の過程で、明石総督の墓所からは棺も見つかり、亡骸は改めて台湾海峡を望
む台北県三芝郷(李登輝元総統の生まれ故郷)にある福音山基督教墓地へと葬られたので
す。この顛末については、蔡焜燦先生が著した『台湾人と日本精神─日本人よ胸をはりな
さい』(小学館文庫)にも描かれていますので、お読みになった方も多いかと思います。
他の日本人のお骨は、そのほとんどが台中市の宝覚禅寺へと葬られています。

 明石総督は在任中の大正8年(1919年)、公務で内地に戻る船上で病に侵され不帰の人と
なりました。しかし、民政長官として仕えた下村宏(海南)に対して「必ず台湾に葬るよ
うに」との遺言を残していたため、遺骸は台湾に運ばれ、当時この場所にあった墓地へ埋
葬されたのです。明石総督の墓所は、台湾の人々からの寄付によって作られ、その規模は
「皇族方を除けば、明石ほど立派な墓に葬られた軍人はいない」と形容されるほどだった
そうです。墓所にある大鳥居は、明石総督の後を継いだ田健治郎・第8代総督により、翌大
正9年(1920年)、建立されたものです。

 また、小さいほうの鳥居は、もともと「乃木希典・第3代総督の御母堂である寿子さんの
墓前にあったもの」というのが長らく伝えられてきた定説でした。三板橋墓地には明石総
督、乃木総督の御母堂、鎌田秘書官の墓所と、3つの鳥居があるとされていましたが、1990
年代に現存していたのは2つの鳥居だけでした。定説が元々間違っていたのか、途中で破壊
されてしまったのかは分かっていません。

 今回の鳥居移転に伴う調査で、鳥居に「昭和10年」という建立時の刻銘があること(乃
木総督の御母堂が亡くなられたのは明治29年)、日本時代にこの墓地を遊び場にしていた
地元の老人による「乃木総督の御母堂の墓前に鳥居はなかった」という証言、またそのこ
とが当時の写真の検証によって確認されたことから、最終的に小さいほうの鳥居は鎌田秘
書官の墓所にあったもので間違いないだろう、と結論付けられました(鎌田秘書官が亡く
なったのは昭和10年8月8日)。

 この地が公園に整備されると、2つの鳥居は行き場を失い、国立台湾博物館の正面入り口
左側の襄陽路沿いに並べて建てられていました。取り壊されたり撤去されることもなかっ
たのは幸いでしたが、縁もゆかりもない場所に2つの鳥居が並んでいたのは奇異な感じがし
たものです。

 手元に残しておいた新聞記事に、2年前の2009年11月14日付の聯合報台北版があります。

 この記事によれば、もともと2つの鳥居は、公園が完成したら元の場所に戻される予定だ
ったにもかかわらず、何年経ってもその気配がないため、公園の地元である康楽里の王金
富・里長(町内会長のようなもの)と正義里の王明明・里長が、陳玉梅・台北市議会議員
に陳情したそうです。そして陳議員の奔走により、台北市議会では鳥居の移転を決定、
近々元の場所に戻されることになる、と報じています。

 陳玉梅議員は青山学院大学卒業。国民党所属で、台北市議会議員を5期務めるベテランで
す。つい先日、年末に行われる立法委員選挙への立候補を「断念する」と報じられたばか
り。たとえどの党であろうと、日本留学経験のある議員は大事にしたいものです。

 また、この記事の中でも、小さいほうの鳥居は乃木総督の御母堂の墓所にあったもの、
と書かれており、まだ調査が進められていなかったことが伺えます。

 台湾でも大きく報道されることなく、昨秋、「いつの間にやら」という感じで移された
鳥居ですが、その後、東京新聞や朝日新聞でも鳥居の「引越し」が報じられました。前出
の王金富・里長は、朝日新聞の村上支局長のインタビューに「明石総督が福岡で死んでも
台湾に戻ってきたと知って、感動した。この場所は日本人の宿泊するホテルや免税店も多
く、日本人が観光ついでに見学しやすい。多くの日本人に見てもらえるのではないか」と
答えています。

 気持ちいい青空が広がった春の一日。大勢の市民でにぎわう公園の一角に2つの鳥居が鎮
座しています。

 明石総督の鳥居のところでは子供たちがサッカーに夢中。鳥居をゴールがわりにして遊
んでいます。確かに鳥居の幅はゴールにぴったり。日本だったら「この罰あたりが!」と
怒られるところでしょうが。

                           【台北事務所長 早川友久】
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