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【メルマガ日台共栄:第880号】 李登輝先生「奥の細道」探訪記念句碑を建立して(上) [相沢 光哉]

2008/10/14


>>>>> http://www.ritouki.jp/━━━━━━━━【平成20年(2008年) 10月14 日】

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<<INDEX>>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━[Vol.880]
1>> 李登輝先生「奥の細道」探訪記念句碑を建立して(上) [相沢 光哉]
2>> 内田勝久大使の遺稿集『ボク』 [柚原 正敬]
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1>> 李登輝先生「奥の細道」探訪記念句碑を建立して(上) [相沢 光哉]

 本年6月8日、本会の宮城県支部(嶋津紀夫支部長)と宮城県日台親善協会(相沢光哉
会長)の共催により、宮城県松島の国宝、瑞巌寺境内に李登輝元総統の句碑が建立され
た。李氏の句碑は日本初となる快挙だった。

 昨年の来日で瑞巌寺を訪問した李氏もこの建立を大変喜ばれ、自ら筆を執って墨痕鮮
やかに自作の句と曽文惠夫人の句を原寸大で大書し、また除幕式当日には懇篤な祝辞も
寄せられた。

 その模様は6月13日発行の本誌第792号でもお伝えしたとおりだが、この句碑建立の発
案者で、本会理事の相沢光哉氏(前宮城県議会議長)が責任役員をつとめる仙台市内の
大満寺(曹洞宗)の「大満寺たより」(平成20年9月20日発行、NO.28号)に、「なぜ句
碑を建立したのか、芭蕉と李登輝氏はどういう関係なのか、そもそも李登輝氏とはどう
いう人物なのか」など、建立に至る経緯やその意義について詳しくつづられている。

 いさかか長いものなので、本誌では2回に分けてご紹介したい。

 相沢氏は「松島の風景に溶け込む新たな千歳の形見として、後世に伝えられることを
心から期待していきたい」とこの一文を結んでいる。その思いは本会関係者ばかりでな
く、日台の「千歳」の共栄を願う人々にとっては共通の願いであろう。

                                  (編集部)
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李登輝先生「奥の細道」探訪記念句碑を建立して(上)

                          大満寺責任役員 相沢 光哉

 昨年6月、台湾の元総統李登輝氏が「奥の細道」を探訪するため、東北地方を訪れ、
各地で大歓迎を受けたことを記憶している人は多いと思います。宮城県では、多賀城の
壷の碑、奥州一の宮といわれる塩竈神社、日本三景松島など、松尾芭蕉が紀行文「奥の
細道」の中で見事に描写した各所を李氏も訪れ、特に松島では夕暮れの松島湾を展望し
ながら、「松島や光と影の眩しかり」という俳句を詠じました。

 私は宮城県日台親善協会の会長を務め、また日本李登輝友の会の理事であることから、
李氏の三日間の本県滞在中のご案内や歓迎会の開催などに関わってきました。そして、
来県1周年に当たる本年6月8日、松島の国宝瑞巌寺境内地に、李氏直筆の揮毫による句
碑を建立することができ、その除幕式を盛大に開催いたしました。

 この句碑建立に当たっては、大満寺西山廣宣住職にも多額のご協賛を賜り、深く感謝
しております。

 なぜ句碑を建立したのか、芭蕉と李登輝氏はどういう関係なのか、そもそも李登輝氏
とはどういう人物なのか、について以下記してみたいと思います。

■李登輝氏の存在感と日台間の相互互恵関係

 李登輝氏は、蒋介石、蒋経国総統に続いて台湾(中華民国)の第3代総統に就任した
人で、初めての台湾出身者でした。その任期中、一滴の血を流すことなく台湾の民主化、
自由化をめざましく進展させ、現役を退いた今も「台湾の父」として政党を問わず慕わ
れています。

 一方、李登輝氏はわが国においても大変な信望と賞賛が寄せられる政治家であり、そ
の人気は本国を凌駕するほどです。戦前生まれの李氏(85歳)は、本人自ら「22歳まで日
本人」と語るように、日本の統治下にあって徹底した日本の基本教育を受けました。「も
しそれがなかったら、現在の私には己の生命と魂を救う基本的な考え方は得られなかっ
たと思う。また、台湾は日本の植民地でありながら、日本内地と変わらない教育を与え
られたが故に、非常に近代化した文明社会がつくり上げられた」とも述べております。

 このように、李登輝氏はアジアを代表する大政治家であるだけでなく、日本人以上に
日本を愛する理解者であり、わが国の歴史・伝統・文化に深い造詣を寄せる文化人であ
り、大局的見地からズバリ本質を突く警世家でもあります。外国の政治家で他に例を見
ない「友の会」という組織が、東京に本部を置き、地方に支部が多数つくられているこ
とも、その人気の高さを証明しています。一言でいえば、李登輝氏は、日台両国の現代
史に燦然たる存在感を示す希有の逸材でありましょう。

 ところで、日本と台湾は、今日正式な国交がない状態が続いています。しかし、日台
間の実質的な相互互恵関係は、シーレーン(中東からの石油輸送海路など)の確保やア
ジア外交のパワーポリティックスの面で、極めて重要で、かつ国益に合致するものです。
また経済・文化・観光など活発な民間交流は、地方経済にも多くの恩恵をもたらしてい
ます。

 例えば、宮城県を訪れる外国人は近年台湾が連続してトップを占めています。本年7
月より、台北・仙台間の航空直行便が週5便に増えたこともあり、将来、台湾観光客の
来県者数は年間5万人を超えるかもしれません。そうなれば、本県の代表的な観光地で
ある松島や蔵王への経済波及効果は一段と拡大するものと思います。

                                  (つづく)
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2>> 内田勝久大使の遺稿集『ボク』 [柚原 正敬]

 内田勝久氏は2002年(平成14年)2月から2005年5月に至るまでの約3年間、台湾の日
本交流協会台北事務所代表(駐台湾大使に相当)をつとめられた。

 この間に、日台関係はめざましい伸展を遂げた。台湾で日本のナショナルデーである
天皇誕生日レセプションの開催、台湾人への叙勲、2004年12月の李登輝元総統の来日実
現、来日台湾人へのノービザ実現など、数え上げれば切がない。

 台湾高座会の大会にも赴任早々の2002年10月に出席しており、このような草の根交流
にも積極的だった。

 帰国後は「一私人として日台友好関係の促進にお役に立てたら」と、真美子夫人(猪
木正道氏三女)ともども本会にご入会いただいた。入会は李登輝元総統との約束だった
という。機関誌『日台共栄』のインタビューを受けていただき、台湾研究フォーラムで
も講演していただいた。神奈川李登輝友の会の講演会にも、ご夫妻で出席していただい
たことがあった。

 その内田大使が昨年の7月29日、多発性骨癌のため亡くなられた。69歳だった。1993
年(平成5年)に前立腺癌の手術を受けていたが、台湾大使を引き受ける直前に再発し、
しかし治療よりも大使を選んで赴任したという。

 一周忌を済ませた本年9月、真美子夫人が遺稿集『ボク』を私家版で出された。表紙
の、屈託のない満面の笑みをたたえた内田大使の写真がとても印象的だ。

 全9章立てで、第2章の「バラード ボクの歩んだ道」は、「洒落男」のメロディーに
乗せて歌えるように、幼少時代から入院時代までを作詞している。台湾大使時代は「特
に最後の1年 ボクは痛みを抱え 真美子の“社交”に頼りつつ なんとか任務を果た
した」とつづる。

 イスラエル、シンガポール、カナダの各大使時代に行った講演や外務省への報告要点
なども収録されていて、読み応えがある。

 特にグッときたのは、最終章第9章の「ボクの短歌もどき集」と、真美子夫人の「あ
とがき」にあたる「もう一度あなたと歩きたい」だ。

 「ボクの短歌もどき集」にはイスラエル大使時代から台湾大使時代まで、真美子夫人
の作品をまぶして掲載されている。歌でウソはつけない、というのが僕の持論だが、内
田大使の歌にはその人柄など人格のすべてが現れているように思った。

 台湾大使時代の歌にどうしても目を引かれ、次のような歌に心を惹かれた。

 新築の 台中校でも 世話になり 李登輝抜きに 語れぬ日台

 台湾の 南の端の 元旦は テレビの陛下に 頭を垂れる

 そして、「台湾を去るに際して」との詞書のある4首の最後が次の歌だ。

 神様に もひとつ命 賜らば 繰り返したし 我が人生

 真美子夫人の「もう一度あなたと歩きたい」は、夫に宛てた手紙になっている。この
中に「あなたが一番嫌いだった言葉は『前例がありません』。よく口にしていた言葉が
『ドアは叩けば開けられる』でしたね」とつづられている。内田大使の勇気の源泉を垣
間見た思いだった。

 最後に「神様がもしひとつだけ私の願いをかなえて下さるならば、この住みなれた奥
沢の周辺をもう一度あなたとゆっくり歩きたい」と述べ、「これが、私の願い続ける最
高の夢なのですから」と締めくくられている。

 私家版の遺稿集ゆえ、一般に読むことはできないのが残念だが、このような充実した
内容の遺稿集はめったにお目にかかれない逸作だ。改めて内田大使の事跡に思いを馳せ
るとともに、御霊安かれと祈らずにはいられなかった。

 なお、内田大使は亡くなる1年前に『大丈夫か、日台関係−「台湾大使」の本音録』
(産経新聞出版)から出版している。今でもその内容は色あせていない。台湾問題にか
かわる人々にとっては必読の書だ。ぜひお奨めしたい。

                   (メルマガ「日台共栄」編集長 柚原 正敬)

■内田勝久著『大丈夫か、日台関係−「台湾大使」の本音録』
 http://www.sankei-books.co.jp/books/title/4902970406.html
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