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【メルマガ日台共栄:第802号】 袁健生氏の台湾駐米代表就任をアメリカ国務省も同意

2008/06/24



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<<INDEX>>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━[Vol.802]
1>> 袁健生氏の台湾駐米代表就任をアメリカ国務省も同意
2>> 水利技師・鳥居信平の知られざる業績【4】 [ジャーナリスト 平野久美子]
3>> 笑ってしまった中国の「台湾旅行参加者への注意事項」
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1>> 袁健生氏の台湾駐米代表就任をアメリカ国務省も同意

 馬英九総統は4月中旬、対中国中関係の窓口となる海峡交流基金会理事長に江丙坤・
国民党副主席の起用を表明し、4月末には大陸委員会主任委員に台湾団結聯盟の立法委
員だった頼幸媛氏の起用を発表、早々に対中国関係を担う責任者を決定した。

 ところが、対米関係と対日関係の担当者はなかなか決まらなかったが、ようやく対米
関係は国民党と親民党のアメリカ駐在代表の袁健生氏に決まった模様だ。袁健生氏の名
前は早くから取り沙汰されていた。

 だが、決まらないのは対日関係だ。許世楷代表はすでに辞任を表明し、馬英九総統も
受け入れているが、正式な辞任手続きは終っていない。羅坤燦副代表を代表代行とする
と報道されたが、6月19日に日本に戻ってきた許世楷代表は引き続き代表としての職務
に就いている。この26日には、岩手・宮城内陸地震の被災地に自ら義援金600万円を持
参してお見舞いするという。

 李登輝元総統は以前「日台関係は中台関係以上に重要で、台湾経済発展のために日本
との提携が重要だ。馬氏は日本をよく知らない。日本を知っている人間が仕事をしてあ
げるべきだ」と読売新聞(4月4日付)のインタビューに答えている。李氏と3月27日に
会談した馬総統も「対日関係発展で尽力するとの話があった。今後、李氏の教えをいた
だきたい」と述べており、やはり李元総統が馬英九政権で日本との橋渡し役として重要
な役割を担っていくものとみてよいだろう。              (編集部)
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米国務省、中華民国駐米代表の人選に同意
【6月23日 Radio Taiwan International】

 中華民国台湾の新たなアメリカ駐在代表の人選に、アメリカ側が同意した模様。大手
日刊紙『中国時報』が22日に報じたところによると、アメリカ国務省は台北時間の21日
に中華民国台湾のアメリカ駐在代表処に対して、袁健生氏が新たなアメリカ駐在代表に
就任することに同意すると通知した。袁健生氏は現在、国民党と親民党のアメリカ駐在
代表で、近日中に帰国して駐米代表就任の宣誓をしてからアメリカに赴任するという。

 袁健生氏は1942年、中国大陸の貴州で生まれた。海軍士官学校を卒業して、1974年に
は中華民国がアメリカ・ワシントンに設けていた大使館で海軍副武官を務めた。1979年
に中華民国とアメリカが断交してからは、外交部北米司の司長、カナダ駐在代表、パナ
マ駐在大使などを歴任した。
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2>> 水利技師・鳥居信平の知られざる業績【4】 [ジャーナリスト 平野久美子]

 鳥居信平(とりい のぶへい)という、いまでも台湾の人々から尊敬されている日本
人技師をご存じだろうか。

 ジャーナリストで、特に台湾関係者には『トオサンの桜−散りゆく台湾の中の日本』
などの著者としても知られる平野久美子さんが、今年の2月1日発売の『諸君!』3月号
に、「日本・台湾=『水』の絆の物語─水利技師・鳥居信平の知られざる業績」と題し
たレポートを発表されました。

 平野さんは「八田與一だけではないよ、多くの無名の民間人が台湾のために尽くして
くれましたよ」──こう話すトオサンたちの言葉に背中を押されて農業土木技師の鳥居
信平(1883〜1946)の取材を始めた。その一端を「諸君!」に発表されたわけですが、
鳥居信平は屏東県林辺渓に独創的な地下ダムを築き、今でも屏東の人々から慕われ尊敬
されている、八田與一の先輩に当たる日本人技師だ。

 この平野さんの「諸君!」レポートを読んで感激した奇美実業創業者の許文龍氏は、
早速、鳥居信平の胸像制作に取り掛かったと仄聞しています。

 平野さんのご承諾をいただきましたので、「諸君!」3月号に掲載されたこのレポー
トを転載してご紹介します。原稿は「諸君!」で10ページ、約11,200字(400字で約28
枚)もの長文ですので、本誌では5回に分載してご紹介の予定です。

 なお、掲載に当って、本誌が台湾関係の媒体であることから、「諸君!」発表時のメ
イン・タイトルとサブ・タイトルを入れ替え、「水利技師・鳥居信平の知られざる業績
─感動秘話日本・台湾=『水』の絆の物語」としたことをお断りします。また、原文は
漢数字を使っていますが、本誌では算用数字に改めています。      (編集部)

■平野久美子(ひらの くみこ)ジャーナリスト。東京生まれ。1972年、学習院大学卒。
 出版社勤務を経て、アジアを多角的に捉えた執筆活動を続ける。99年『淡淡有情幅で
 第6回小学館ノンフィクション大賞受賞。『中国茶・風雅の裏側』(文春新書)や『ト
 オサンの桜−散りゆく台湾の中の日本』(小学館)など著書多数。
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水利技師・鳥居信平の知られざる業績【4】
 ─感動秘話日本・台湾=「水」の絆の物語

水は農民の命。いまも土地を潤す地下ダムの設計者に、台湾の人々はけっして感謝の心
を忘れない

                          ジャーナリスト 平野 久美子

■死ぬまで仕事一途

 鳥居一家が暮らした屏東市帰来(きらい)町の社宅群は、すでに取り壊され、わずか
に残る廃屋が草の海におぼれかけていた。鉄也さんの記憶によると、社有地には社宅の
ほかに、商店、医院、テニスコーが2面あり、日本人社員の子供たちはその中で遊んだ。
社宅は1軒が500坪くらいあり、日本から連れてきたお手伝いさんと台湾人の書生を住ま
わせていた。

 製糖の季節になると、工場からバニラが焦げたような濃厚な糖蜜の香りがあふれてく
る。すると、子供たちは立ち入り禁止の工場へ忍び込み、顔見知りの工員から内緒でざ
らめを分けてもらい、カラメル焼きを作ってほおばった。

「私が4、5歳の頃から父はほとんど家にいませんでした。友だちとケンカをすると、お
まえの父親には蕃人の嫁さんがいるといじめられました。この噂に母はひどく怒ってお
りましたね」(鉄也さん)

 脳裏に浮かぶ父親は、カーキ色の作業服に地下足袋をはいた姿だが、「珍しい写真が
ある」と言ってアルバムから一枚取り出す。大理石の床が涼しげな室内に、竹製の飾り
棚と籐の家具。慈愛のこもったまなざしで息子を見やる(次頁参照)和服姿の信平が写
っている。

「たまの休みや正月に社宅に戻ると、風呂にゆっくりと入り髪や髭を整えて、入念に
“ベイラム”(註・月桂樹をラムに浸した芳香液を頭髪香水にしたもの)をつけるんで
す。わざわざ日本橋の『丸善』から取り寄せていました。その後和服に着替え晩酌をや
る。ほんとうにおしゃれな人だった」

 1934(昭和9)年、信平は入社から20年目で取締役に就任した。会社に多大な貢献を
した割に昇進が遅かったのは現場第一の技術職だったせいかもしれない。1937(昭和12)
年に常務取締役になったが、1938(昭和13)年に離台。55歳の働き盛りで後進に道を譲
ったのは、衛生状態の悪い奥地で眼病を患い、視力が年々衰えてきたためだ。

 『台湾製糖』に在籍した約25年間、彼は農業工学に基づき、約60カ所の各種施設と、
3万ヘクタールの農地を改良した。自社農場だけでなく、周辺住民の土地まで灌漑の恩
恵を広げ、一企業の枠を超えて、台湾の人々に感謝された。

 退社後、1941(昭和16)年に設立された「農地開発営団」の副理事長に就任。太平洋
戦争が始まると、食料増産を緊急課題とする内務省と農林省は八郎潟の干拓を営団に託
した。信平は実現に向けて奔走したが、地元の反対や物資不足もあり計画は頓挫した。
1945(昭和20)年、日本が敗戦を迎えると、営団は復員兵の受け入れをまかされた。信
平は業務に没頭する。1946(昭和21)年2月14日、いつものように新宿の営団事務所へ出
かけ、海軍省の復員兵を受け入れる開拓地について打ち合わせをしている最中、信平は
突然脳溢血を起こした。

「親爺は戸板に載せられて、戻ってきました」(鉄也さん)

 当時鳥居一家は、空襲で焼けた西大久保の自宅の前に借りた一軒家に住んでいた。か
かりつけの医師が手当てをしたものの翌15日に死去。鳥居信平(享年63)は、死ぬまで
仕事一途の男だった。特に営団の業務は戦中と敗戦直後の混乱期と重なり、心労は並大
抵のものではなかった。今なら過労死にあたるだろうが、これもまた一種の“戦死”か
もしれない。陸軍省の南方・開発派遣要員としてフィリピンに赴く途中、輸送船が米軍
の魚雷攻撃を受けて亡くなった八田與一と同じように。

 葬儀は、折から新円切り替えのための金融緊急措置令や銀行貯金の差し押さえと重な
ったため「後になって弔問客の方々から、香典に苦労したとこぼされました」と鉄也さ
ん。

「親爺は働きづめの人生でした。ほんの短い間でも、母と2人でのんびり過ごすなり、
人生をもっと楽しんで欲しかったと、つくづく思います」

 鉄也さんは、遠のいてしまった日々をゆっくりとたぐりよせる。

「あの糖蜜の匂いだけは、もう一度だけ嗅いでみたい」

 地球化学者となり、戦後は研究室を飛び出して極地へ通い続けた鉄也さんは、1937(昭
和12)年に台湾を離れて以来、一度も生まれ故郷を訪れていない。     (つづく)
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3>> 笑ってしまった中国の「台湾旅行参加者への注意事項」

 この記事を読んで思わず噴き出した。最初は驚いたのだが、こんなことまで国が注意
しなければならないなんて……呆れると同時に笑ってしまった。中国というのはなんと
も民度の低い国だ。未だにそういう国なのだ。戦後、蒋介石軍が台湾接収に乗り込んで
きたときの台湾の人々の驚きと戸惑いも、さもありなん。

 これで台湾を併呑しようとしたり、オリンピックを開こうというのだから笑止千万、
台湾の法治精神を見習って欲しいものだ。これだけの民度差のある国同士が統一などで
きるわけがない。それを実感させてくれる記事だ。           (編集部)
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大陸のイメージを損ねるな!台湾への初のツアー客にマナー徹底を呼びかけ─中国メディア
【6月22日 Record China】

 2008年6月20日、中国の「国際先駆導報」は、7月に予定される、台湾への大陸からの
初の観光ツアーについて触れ、「大陸のイメージを損ねるな」と参加者らのマナー徹底
を呼び掛けた。

 中国大陸からの台湾ツアーは7月18日に正式にスタート。その先遣隊として7月4日に
国内13の省と市の旅行会社が主催する旅行団が出発する。8−10日間の日程で8000元(約
12万円)から1万元(約15万円)と高額な料金設定にもかかわらず、各旅行会社には申
し込みが殺到。ほとんどの客は、18日以降の通常ツアーに変更を余儀なくされた。

 迎える台湾側では、7月4日夜に交通部門主催の盛大な歓迎会を開く予定で、環境保護
部も2億5000万台湾ドルを投じて観光地とその周辺を整備。団体客を受け入れるホテル
やレストランでは、「大陸の味付け」を調理師に学ばせるという力の入れようだ。

 歓迎ムード一色の台湾だが、かねて指摘される中国人旅行客のマナーの悪さには懸念
を示す向きもある。欧州のホテル業界が行った外国人観光客評価で、中国人はワースト
3位で、ところかまわずツバや痰を吐く、大声で騒ぐ、列に割り込むなどの「非文明的」
行為は、台湾でも嫌がられることは必至。

 「国際先駆導報」紙の記事では、台湾へのツアー客に対し、「台湾と中国大陸は異な
る文化や習慣を持つ。言動に注意し、現地の習慣を尊重するように心がけるように。旅
行者の一挙一動が台湾の人々が抱く“大陸のイメージ”を左右する」などと呼び掛けて
いる。(翻訳・編集/本郷)
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台湾旅行参加者へ「注意事項」発表、個人行動を厳しく制限−中国
【6月23日 Record China】

 2008年6月22日、中国新聞網は「海峡両岸旅遊(旅行)交流協会」が発表した「大陸
住民台湾旅行注意事項」について紹介。

 これによると、台湾旅行は同交流協会が指定する旅行会社が主催するものに限られる。
台湾旅行参加者には「大陸住民台湾往来通行証」と「観光ビザ」が必要で、必ず旅行団
(ツアー)に参加し、団員全員で戻ることが原則。台湾旅行期間中は現地の風俗習慣を
尊重し、大陸からの添乗員の指示に従わねばならない。常に団体で行動し、団からの離
脱や帰途拒否は許されない。自由行動の時間では、添乗員の指示と同意を得たうえで行
動すること。賭博や淫行、麻薬などの活動には参加せず、両岸関係を損なうことはしな
い。

 旅行会社側には、現地での旅行日程変更や観光内容の減少を許さず、参加客に旅行規
定にない追加料金を要求してはいけない。また旅行会社や添乗員、現地ガイドはツアー
参加客に対し両岸関係を損なう行為や賭博、麻薬などの犯罪行為に誘導してはならない。

 同交流協会はこの注意事項の他に、「台湾旅行添乗員管理方法」や「『台湾旅行団員
リスト』管理方法」なども発表している。(翻訳・編集/本郷)
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