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日本の「生命線」台湾との交流活動や、他では知りえない台湾情報などを、日本李登輝友の会の活動とともに配信するメールマガジン。

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【メルマガ日台共栄:第799号】 水利技師・鳥居信平の知られざる業績【1】 [ジャーナリスト 平野久美子]

2008/06/21



>>>>> http://www.ritouki.jp/━━━━━━━━【平成20年(2008年) 6月21日】

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<<INDEX>>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━[Vol.799]
1>> 水利技師・鳥居信平の知られざる業績【1】 [ジャーナリスト 平野久美子]
2>> 海保本部長から船長に詫状を届けて事故は落着
3>>【良書紹介】岡崎久彦『台湾問題は日本問題』
4>>【読者の声】日本の本当の友人は台湾
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1>> 水利技師・鳥居信平の知られざる業績【1】 [ジャーナリスト 平野久美子]

 鳥居信平(とりい のぶへい)という、いまでも台湾の人々から尊敬されている日本
人技師をご存じだろうか。

 ジャーナリストで、特に台湾関係者には『トオサンの桜−散りゆく台湾の中の日本』
の著者としても知られる平野久美子さんが、今年の2月1日発売の『諸君!』3月号に、
「日本・台湾=『水』の絆の物語─水利技師・鳥居信平の知られざる業績」と題したレ
ポートを発表されました。

 平野さんは「八田與一だけではないよ、多くの無名の民間人が台湾のために尽くして
くれましたよ」──こう話すトオサンたちの言葉に背中を押されて農業土木技師の鳥居
信平(1883〜1946)の取材を始めた。その一端を「諸君!」に発表されたわけですが、
鳥居信平は屏東県林辺渓に独創的な地下ダムを築き、今でも屏東の人々から慕われ尊敬
されている、八田與一の先輩に当たる日本人技師だ。

 この平野さんの「諸君!」レポートを読んで感激した奇美実業創業者の許文龍氏は、
早速、鳥居信平の胸像制作に取り掛かったと仄聞しています。

 平野さんのご承諾をいただきましたので、「諸君!」3月号に掲載されたこのレポー
トを転載してご紹介します。原稿は「諸君!」で10ページ、約11,200字(400字で約28
枚)もの長文ですので、本誌では5回に分載してご紹介の予定です。

 なお、掲載に当って、本誌が台湾関係の媒体であることから、「諸君!」発表時のメ
イン・タイトルとサブ・タイトルを入れ替え、「水利技師・鳥居信平の知られざる業績
─感動秘話日本・台湾=『水』の絆の物語」としたことをお断りします。また、原文は
漢数字を使っていますが、本誌では算用数字に改めています。
                                  (編集部)

■平野久美子(ひらの くみこ)ジャーナリスト。東京生まれ。1972年、学習院大学卒。
 出版社勤務を経て、アジアを多角的に捉えた執筆活動を続ける。99年『淡淡有情幅で
 第6回小学館ノンフィクション大賞受賞。『中国茶・風雅の裏側』(文春新書)や『ト
 オサンの桜−散りゆく台湾の中の日本』(小学館)など著書多数。
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水利技師・鳥居信平の知られざる業績【1】
─感動秘話日本・台湾=「水」の絆の物語

水は農民の命。いまも土地を潤す地下ダムの設計者に、台湾の人々はけっして感謝の心
を忘れない

                         ジャーナリスト 平野 久美子

■日本人の知らない日本人

 台湾には、今も日本を母国のように慕い、戦前に習い覚えた日本語を流暢に話す70代
以上の年配者が少なくない。そうした彼らを「多桑」(トオサン、日本語の“父さん”
の発音にそのまま漢字をあてはめた台湾語)とも呼ぶのは、映画監督の呉念真さんが、
自分の父親をモデルにして1994年に製作したヒット作、『多桑』のダイトルにちなんで
のこと。一昨年、台湾各地を取材してまわったとき、トオサンたちは口癖のように繰り
返した。

「戦前の日本人は、ほんとうによくやってくれた」

 もちろん、日本統治時代(1895〜1945)には教育から就職の機会、賃金、人権まで、
さまざまの差別があった。それでもなお台湾人にこう言わせる気骨や知恵を、戦前の日
本人は発揮していたのだろう。トオサンの代表とも言える李登輝前総統(85)や世界的
なABS樹脂メーカー『奇美実業股[イ分]有限公司』の創始者である許文龍さん(79)
らは、「戦後生まれの日本人に、正しい認識を広めたい」との思いから、台湾のために
貢献した日本人の功績を顕彰し、知らしめる努力を続けている。

 その甲斐もあってか、台湾社会の基礎作りに尽力した第4代総督児玉源太郎(1852〜
1906)や、彼のもとで民政長官を務めた後藤新平(1857〜1929)、殖産局長となった新
渡戸稲造(1862〜1933)、歴代総督19人のうち、唯一台湾に骨を埋めた第7代の明石元
二郎(1864〜1919)、烏山頭ダムを造った水利技師八田與一(1886〜1942)らの名前は、
日台の若い世代にも知られるようになってきた。

 台湾のお年寄りたちは、偉人の功績を称える一方、こう強調する。

「お役人ばかりではありませんよ、名もない多くの民間人が、台湾のために献身的に働
いてくれましたよ」と。

 2007年春、南台湾に位置する屏東(へいとう)県から招聘を受けて1カ月ほど滞在した
とき、曹啓鴻(そうけいこう)県長(59)から「鳥居信平(ニヤオチユーシンピン)」
という名前を聞かされた。初耳であった。

 彼は、1923(大正12)年に、県内の林辺渓という川に独創的な地下ダムを造った民間
技師で、中学校の副教材にも登場するという。県長は地図を広げ、「このあたりは、河
床の下を流れたり、また表面に出たりする伏流水が豊富なので、それを利用して灌漑し
たのです。風景や生態系を壊さず環境に配慮した工法を、私たちは高く評価しています」
と説明する。「鳥居の造った二峰[土川](にほうしゅう 註・[土川]とは人工的に
造った用水路のこと)は南部台湾の宝ですよ。後世に残るよう大切に使っていきたい」
と結んだ県長の決意に、トオサンたちの口癖とも言える言葉が重なったのだった。

■鳥居信平、南へ下る

 80年以上も前に、環境に優しい工法を思いついた鳥居信平とはいったいどんな人物な
のだろう? 帰国後の6月、都内に住むご子息に連絡を取り、挨拶がてら訪問した。玄
関先でまず目に入ったのは、ごろごろ並ぶ奇岩の数々だ。中から出てきた夫人が、「主
人が南極から帰るたびにねえ」と笑う。「増えちゃったんですか?」と私。そこへ白髪
をきれいに整えた紳士が現れた。広くなだらかな額、柔和な瞳が写真で見ていた鳥居信
平にそっくりだ。長男の鳥居鉄也さん(89)だった。69歳まで、南極と日本を28回も往
き来した鉄也さんは、私が子供の頃憧れた南極越冬隊の、隊長を務めた地球化学者だっ
たのである。大正時代に北回帰線を越えて南へ下り、熱帯の荒れ地へ分け入った父、そ
の子息はさらに南へ、南の果ての南極まで下り、我が国の極地探検に貢献した。

「今日まで元気でいられるのは小さい頃の環境がよかったんでしょうなあ」

 極寒の地に適応できたのは、台湾で生まれ育ち新鮮な果物を沢山食べて育ったおかげ
と、鉄也さんは今も信じている。

 父親の仕事に関しては、2004年に台湾から研究者が訪ねてくるまで、「特別の関心も
なかった」。

 ましてや、南台湾の20万を超える人々が、父親の造った二峰[土川]の恩恵を受けて
暮らしていることなど、想像もつかなかったらしい。

「私は13歳で台北の中学に入学し、その後内地へ転校しましたから、正直言ってあまり
記憶にないんです」

 そう言いながらも鉄也さんは、おぼろげな父の姿を追い始めた。

 鳥居信平(とりい のぶへい)は1883(明治16)年、静岡県周智郡山梨村(現在の袋
井市)の農家に生まれた。地元の中学を終えると金沢の四高に進学し、1904(明治37)
年、あの八田與一と入れ替わりに卒業。東京帝大農科大学に入学し、卒業後は農商務省
農務局、清国山西省の農林学堂教授、徳島県技師を経て、1914(大正3)年、台湾に本
社をかまえる『台湾製糖(株)』へ転職した。ちなみに四高から東京帝大工科大学土木科
へ進んだ八田與一は、1910(明治43)年、台湾総督府土木局技手を拝命して渡台。信平
が『台湾製糖』に入社した年には土木技師に昇格している。

 ご存じのように台湾製糖業の発展は、第4代児玉総督のもとで殖産局長を務めた新渡
戸稲造の尽力による。彼は、「糖業改良意見書」を1901(明治34)年に作成。サトウキ
ビの品種改良や大型機械による工場の近代化を提案し、保護政策を奨励した。国策に沿
って1900(明治33)年に創業した『台湾製糖』は、当初から農民との共存共栄を図りつ
つ、自社農地の所有を社是として事業を拡大してきた。しかし、1911(明治44)年、19
12(大正元)年と2年続きの大型台風によって、サトウキビ畑は泥流に呑まれ、収穫高
憾前年度の半分にも届かなかった。台風の影響はその後も続く。病虫害の発生により農
民の意気は消沈、折から米価が上がったため、サトウキビから米作りに転業する農家が
相次ぎ、原料の確保もままならぬ事態になった。こうした危機を乗り切るには、風雨に
強い優良品種の育成、土地改良、灌漑と排水システムの改善など、農業土木の専門家が
ぜひとも必要だった。

「父が台湾に渡ったきっかけですか? 恩師の上野英三郎先生のお薦めが大きかったこ
とは間違いありません」(鉄也さん)

 上野英三郎博士(1871〜1925)は、近代的な農業土木、農業工学の創始者であり、
「忠犬ハチ公」の飼い主としても知られている。東京帝大の教授と農商務省の技断を兼
務していた博士は、早くから台湾の水利事業に瀾心を寄せ、現地を視察して総督府の殖
産、土木行政に提言をしていた。そんな博士と親交のあった『台湾製糖』の社長山本悌
二郎(やまもと ていじろう 1870〜1937)に、愛弟子の鳥居信平を推挙したとしても
不思議はない。1914(大正3)年、青年技師は、南へ南へと下っていった。

 大正時代初めの台湾といえば、反日運動は収まっていたものの、山地に行けば“生
蕃”(せいばん 帰順しない原住民)や毒蛇が侵入者の命を狙う。ペスト、腸チフス、
発疹チフス、赤痢、天然痘、トラコーマ、しょうこう熱、ジフテリアといった伝染病と
風土病(マラリア、デング熱)が、いたるところ、まだ猛威をふるっていた。
                                   (つづく)
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2>> 海保本部長から船長に詫状を届けて事故は落着
   日本の課題は台湾側と正面から話し合える場の設定

 6月10日未明に起こった尖閣諸島付近の日本領海で台湾の遊漁船が海上保安庁の巡視
船と接触し沈没した事故で、馬英九総統は政権発足後初の国家安全会議を6月16日夜に
開き、今回の衝突事故について「平和的解決」と「日本との漁業権交渉再開」に全力を
挙げるよう指示し、事態が収束へ向かったことはすでに本誌でも報じた通りだが、昨20
日、第11管区海上保安本部の那須秀雄本部長名で遊漁船の何鴻義船長に詫状を届け、こ
れを受けて台湾総統府が「事件は平和的に発展した」とする声明を発表し、この一件は
落着した。

 このような落着のさせ方について、日本領である尖閣諸島の領海を侵したのは台湾の
遊漁船なのだから、領土主権について触れないのはおかしい、弱腰だという批判的な見
方もあるかもしれない。

 だが、日本の対台湾窓口・交流協会台北事務所の池田維代表と会談した欧鴻錬外交部
長も「事件は一段落した」と表明し、許世楷代表の身を挺した諫言もあり、すでに16日
夜の段階で日台双方は「関係をこれ以上悪化させない」との認識で一致したのだ。

 その背景として、この件で中国政府が介入してくる前に事態を収束させたいという台
湾政府の姿勢を日本側も理解していたというから、早々の幕引きのためにこのような形
での落着をお互いに了承したのだろう。

 俗な言い方だが、雨降って地固まる──今後は日本と台湾がこれまで築いてきた親和
力を背景に、中国に左右されることなく、台湾側と正面から話し合える場をいかに設定
できるかが日本の課題として浮上してきた。

 台湾が求めている漁業協議を再開し、その場を通じて粘り強く主権問題を説くことも
一法だろうし、事実、領海侵犯してきた漁船などはすべて海保が駆逐し、台湾には尖閣
諸島が日本領という認識を持つ有力者も少なくない。ましてや日米安保条約を馬英九総
統も容認しているのだから、尖閣諸島が日本領だという現実は揺るごうはずもない。

                   (メルマガ「日台共栄」編集長 柚原正敬)
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船長に「心からおわび」台湾遊漁船沈没 海保本部長が書簡
【6月21日 西日本新聞】

 【台北20日小山田昌生】尖閣諸島(中国名・釣魚島)近海で台湾の遊漁船が日本の巡
視船と衝突後、沈没した事故で、日本の対台湾窓口機関、交流協会台北事務所は20日、
遊漁船の何鴻義船長に「心からおわびする」とした第十一管区海上保安本部(那覇)の
那須秀雄本部長名の書簡を届けた。

 同事務所の舟町仁志副代表が台北県内の何船長宅を訪れ、那須本部長の書簡を読み上
げると、何船長は「早く元の生活に戻りたい」と言葉少なに答えた。書簡は、賠償問題
についても「法令に基づき誠実に対応していく」としている。

 これを受け、台湾総統府は「事件は平和的に発展した」とする声明を発表。「日本側
の善意を感じた」と評価する一方、今後、台湾の関係機関に日本側との漁業交渉を始め
るよう求める考えを示した。

 台湾側は、那須本部長が15日の記者会見で「遺憾」と述べたことについて、「きちん
とわびていない」(馬英九総統)と受け止め、より明確な謝罪を求めていた。
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台湾 海保が遊漁船船長に謝罪の手紙 尖閣事故「落着」か
【6月21日 毎日新聞】

 【台北・庄司哲也】沖縄県石垣市の尖閣諸島・魚釣島(台湾名・釣魚台)付近の日本
領海で、台湾遊漁船が日本の巡視船と接触し沈没した事故で20日、日本側が遊漁船の何
鴻義船長へ謝罪の手紙を手渡した。これに対し、台湾外交部(外務省)の欧鴻錬部長
(外相)は「日本側の善意を歓迎、肯定する」とし、今回の問題は落着したとの見方を
示した。

 手紙は、巡視船を指揮していた第11管区海上保安本部の那須秀雄本部長から船長にあ
てられ、「船を沈没、負傷させてしまいあなたに対して心からおわびする」という文面
となっている。

 今回の事故で台湾側は謝罪を要求し、日本側は那須本部長から船長個人への「おわび」
という形で決着を図った模様だ。また、事故調査の過程で巡視船に過失が認められたこ
とから、この過失責任の範囲内で賠償にも応じる。

 台湾外交部も発表した声明の中で「日本政府」という言葉は使わず、「本部長が心か
らのおわびを表した」との表現で日本側の対応に呼応。尖閣諸島の主権問題には触れず、
議論が平行線をたどっている漁業交渉の再開を求めている。

 日本側はすでに15日に「遺憾の意」を表したが、対日批判が過熱していた台湾では遺
憾に謝罪の意味が含まれるかどうかが問題となっていた。「謝罪の意味を含んでいる」
と発言した対日交流窓口機関の台北駐日経済文化代表処の許世楷代表が批判され、辞任
表明する事態となっていた。
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3>>【良書紹介】岡崎久彦『台湾問題は日本問題』

 本書冒頭に「読者へのお願い」として、著者の岡崎久彦氏が読み方の順序を示してい
る。まず終章、次は第8章の第1論文、はじめに、第1章、そして第7章の第2論文の順を
示し、「それ以外は、特別な興味のある方以外は、お暇なときに拾い読みしていただけ
れば光栄に存ずる次第です」と述べている。それに従って読んでみた。

 やはり、終章の「台湾問題の将来」からが確かにお勧めで、まず総統選挙のときに民
進党の謝長廷候補の勝利を期待した理由として、国民党が政権に復帰することによって
台湾の民主主義に危機が訪れることを危惧したからだと述べる。

 また中国と台湾のこれからの関係を予測し、台湾は中国の「一つの中国」原則を受け
入れる場合は国際機関加盟という実質的な対価を得て、それ以上の譲歩は峻拒し、中国
との経済交流が拡大したらその代償として武力行使放棄宣言を求めよ、と提言している。

 今後10年、民進党が政権復帰する可能性が低いことも指摘し、日本と米国は台湾が主
権と安全保障で譲歩しないよう緊密な協力関係を保ち続けることの重要性を指摘する。
台湾も軍備の充実を怠らず、間違っても中国と中立の約束などしないようにと釘を刺す。

 この論文の最後に、氏は40年も台湾問題に関わったことを述べ、さらに10年は関わる
覚悟を披瀝しつつ、「それは日本の国益に関することだからである」とその理由を述べ
て括っている。

 それにしても、氏の文章は考え抜かれた達意の文章である。それに加え、文字が立っ
ている。名文家であることを改めて思い起こさせる一書だ。台湾問題に関わる全ての方
々にお勧めしたい。

 なお、本日の産経新聞に書評が掲載されていたので紹介したい。ただ、その冒頭で台
湾を東西ドイツ、南北朝鮮と同様の分裂国家だと腑分し、1970年に「暗に二つの中国論」
を述べた佐藤栄作首相のスピーチ原稿を書いたという岡崎氏の言説を引用しているが、
果たして台湾は分裂国家なのだろうか。

 当時ならいざ知らず、現在において中国から分裂したと捉えられる危険を冒してまで
台湾を分裂国家と位置付けるのはいかがなものだろう。誤解を招きやすい表現であり、
問題を複雑にさせるだけのように思われる。

 台湾は一度たりとも中華人民共和国の統治下に入ったことはない。分裂のしようがな
い。分裂とはレトリックでしかない。それを、現在でも有効であるかのように用いると、
それこそ「一つの中国」の思う壺だ。                  (編集部)

■書名 台湾問題は日本問題
■著者 岡崎久彦
■体裁 四六判、上製、384頁
■版元 海竜社
■定価 1,890円(税込)
 http://www.kairyusha.co.jp/ISBN/ISBN978-4-7593-1020-7.html
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岡崎久彦『台湾問題は日本問題』■平和の鍵を握る最重要課題
【6月21日 産経新聞「産経書房」】

 1970年代、世界には東西ドイツなど分裂国家が複数あり、そのうち3つが東アジアに
ありました。すなわち南北ベトナム、北朝鮮と韓国、そして中国と台湾です。南ベトナ
ムは北ベトナムに統一され、残り2つが、日本にごく近い隣国です。

 日本にとってこの分裂国家の存在は、自国の安全保障だけでなく、毎年軍事費を20%
以上膨張させている軍事大国中国と、日米同盟に直接かかわるアジア全域の平和維持と
いう観点からも、現在の最も喫緊な国際問題になっています。

 もし中国がなんらかの方法で台湾を併合した場合、どうなるのでしょう? 中国人民
解放軍は台湾に進駐し、貿易によってのみ成り立つ資源小国日本のシーレーン(海上補
給路)の生命線である台湾海峡の制海空権は中国の手中に落ち、有事の際は日本経済は
たちまち大混乱に陥ること必至です。

 さらには、台湾が中国に制圧されると南シナ海の航海路も中国の扼(やく)するとこ
ろとなり、日本にとって地理的、歴史的環境から言って米国につぎ大切な貿易相手であ
る東南アジア諸国も中国の意向を重視せざるを得なくなります。『台湾問題は日本問題』
そのものであるゆえんです。

 本書は台湾問題を日本の安全保障にとって最重要課題と位置づけた著者が、1990年初
めから2008年の台湾総統選挙までに発表した台湾問題に関する論文を網羅し、現在の観
点から、そのおのおのの論文に論評を加えるという非常にユニークな仕事です。歴史に
残る労作といえます。(海竜社・1890円) 

                            海竜社編集部 藤波定子
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4>>【読者の声】日本の本当の友人は台湾

 阪神大震災・新潟大地震の時に、新聞の一コマ漫画で被災者を見下し馬鹿にした隣国
とは天と地の差ですね。やはり日本の本当の友人は台湾です!
                                  (6月20日)
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  • 名無しさん2008/06/21

    私の意見を掲載してもらって有難うございました。余談ですが、中国産ウナギから台湾産ウナギへシフトしているみたいですね。温暖な気候で生産されている為、国産よりも薬品使用が少ないと評判です。フルーツの通信販売も良いですが、安全な台湾産ウナギもアピールされてはいかがでしょうか?阪神ファンなので野球中継を見るのですが、林威助選手の応援の時に甲子園のスタンドの阪神ファンが台湾の国旗のボードを両手で持って応援しているのを見ると嬉しくなります!これから益々暑くなり体調を崩しがちになります。スタッフの皆様方、林建良さんお体にお気をつけてくださいね。