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【メルマガ日台共栄:第778号】 追悼 李清興さん

2008/05/28



>>>>> http://www.ritouki.jp/━━━━━━━━【平成20年(2008年) 5月28日】

  ☆★☆★ 日本李登輝友の会メールマガジン「日台共栄」 ☆★☆★
          新しい日台交流にあなたの力を!!
<<INDEX>>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━[Vol.778]
1>>【追悼】李清興さん ここ半年の経緯 [片木 裕一]
2>>【追悼】李清興さん 李さんの笑顔 [早川 友久]
3>>【追悼】李清興さん 千の風になった李清興さん[冨澤 賢公]
4>>【追悼】李清興さん 研修団でお酒を酌み交わして [門田 永稔]
5>>【追悼】李清興さん とても悲しいお知らせ [片倉 佳史]
6>>【追悼】李清興さん さよなら、李清興さん [野村 勝美]
7>>【追悼】李清興さん 李清興さん、多謝 [古市 利雄]

■本号は李清興さん追悼号です
 昨日、急逝された台湾の李清興さんを悼む本誌編集長の記事を掲載しました。その後、
 日頃から李清興さんと頻繁に連絡を取り合い、入院先へお見舞いにも行った李登輝学
 校日本校友会の片木裕一理事長から「ここ半年の経緯」も報告され、また李清興さん
 を悼むお便りをいただきましたので、メールマガジン「台湾の声」に掲載されたお便
 りも併せて掲載し、本号を「李清興さん追悼号」とし、以て李清興さんのご冥福をお
 祈りいたします。                         (編集部)
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1>>【追悼】李清興さん ここ半年の経緯 [片木 裕一]

ここ半年の経緯

                    李登輝学校日本校友会理事長 片木 裕一

 第9回李登輝学校研修団は41人参加で23日〜26日に催行、無事終了しました。従来と
は講師の顔ぶれやメニューをかなり変えましたので、2回以上参加されている方にも新
鮮だったのではないか、と思います。

 しかし、何といっても驚かされたのは、李清興さんの急逝でした。

 既にいろいろな形でご存じかもしれませんが、李清興さんは第2回研修団から野外研
修の案内や通訳、ときには講師となり研修団に寄与していただいただけでなく、他のツ
アーでもお世話になった方も多数おられることと思います。片木自身恐らく2ヶ月に1度
はお会いしており、「レストラン・リー(=ご自宅)」に何度もお邪魔しました。

 既に「関係者」を遥かに越え、友人であり台湾の兄貴であり、ときには父親のような
存在だっただけに、言葉も出ませんでした。

 以下、お伝えすべきか悩みましたが、やはり知っていただきたいと思い、ここ半年の
経緯を掲載いたします。

 昨年11月末からの第8回研修団でも野外研修の案内をしていただいたのですが、声が
あまり出ない。「先月ぐらいから風邪をこじらせたのか、熱も出たりして……」と、研
修の後半は欠席、病院へ。それでも「直ったら、今年の『日台共栄の夕べ』に行くつも
り」とのことでした。

 ところが、12月中旬から全く声が出なくなり、さらに1月末には食事もできなくなり
入院。2月初め咽頭癌であることが判明、以降、抗癌剤や放射線治療に入りました。

 4月にお会いしたときには、「ようやく喉のリハビリに入ったよ、皆さんの応援があ
るから、絶対に負けない」(筆談)、さらに5月には明らかに好転の兆しが出てきたと
聞いていただけに、25日朝、訃報を聞いたときには信じられない思いでした。そもそも
26日の李登輝先生の講義には出席する予定で、名札も用意していたのですが……。享年
60歳、合掌

 しかし、お墓の前で泣いていても始まりません。

 李清興さんのおかげで私達は台湾をより知ることができたのです。どんな形であれ、
日台関係の促進に努力することが李清興さんへの恩返しになると思いますので、今後と
もよろしくお願い申しあげます。

                      (5月27日「校友会ネット通信」より)
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2>>【追悼】李清興さん 李さんの笑顔 [早川 友久]

李さんの笑顔

                       日本李登輝友の会理事 早川 友久

 李登輝學校台湾研修団をはじめとする本会主催のツアーでは、抜群の日本語力と博識
で通訳・ガイドとしてずっとご協力いただいてきた李清興さんが5月24日に亡くなられた。
5月20日に還暦の誕生日を迎えたばかりだった。

 奇しくも、本会は23日から台北で第9回李登輝學校台湾研修団を開催しており、突然
の訃報に片木裕一・事務局次長、伊藤英樹団長ら数名でお悔やみに駆けつけた。自身が
李登輝學校の卒業生でもある李さんには本会事務局だけでなく、個人的にお世話になっ
た会員諸氏も多い。

 ガイドになった当時、多かった関西からのお客さんの日本語を聞いて必死に習得した
ために、関西訛りの日本語になってしまい「もう今さら直せない」と笑っていた李さん
の笑顔が眼に浮かぶ。ご冥福をお祈りします。
                                  (5月26日)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
3>>【追悼】李清興さん 千の風になった李清興さん[冨澤 賢公]

千の風になった李清興さん

                              千葉県 冨澤 賢公

 今回、第9回李登輝学校研修団の一員として参加し、3日目の5月25日の朝、李清興さ
んの訃報に接した。ただただ、驚き、言葉も無かった。

 あの、人なつっこく、にこにこしたお顔と、関西訛りのある流暢な日本語が脳裏に浮
かぶ。

 氏の仕事に対する情熱、誠意、優しさは、接した人なら皆、共感をおぼえるだろう。
日本と台湾の交流のため、李清興さんは大きな功績を残した。

 年齢は小生と同じである。いままで、台湾で、日本でお世話になったことは数知れな
い。同じように、お世話になった方は多いと思う。

 だが李清興さんは、「死んでなんかいません」

 お付き合いいただいたそれぞれの人々の心の中で永遠に生きている。

 李清興さんは、今回の李登輝学校最終日に、李登輝校長の、ご講義だけは病を押して
出席されることになっていた。

 私たちもそれを楽しみにしていた。

 しかしその前日の悲しい知らせに、李清興さんも楽しみにしていたはずなのにどうし
て、という深い悲しみに教室は包まれた。

 教室の机の上には李清興さんの名札が置いてあった。しかし、そこには「千の風」に
なった李清興さんがきっといたはずである。

 李登輝校長の講義を楽しみに、学友との再会を楽しみにしていた李清興さんが「千の
風」になって教室の中を吹き渡っていたに違いない。

 李清興さんの机の上には、日本から持参した「千の風になって」の歌詞を置いた。

 この歌は、李登輝校長ご夫妻が大変好んで歌われる、歌である。

 第8回李登輝学校で、李登輝先生と一緒に合唱したこともあり、今回も修業式のあと
の昼食会で歌えたらと思って用意をしていたものである。

 それがこのような結果になろうとは、誰が思っただろうか。

 今は、ただただ、李清興さんのご冥福を心よりお祈り申し上げるだけである。

 李清興さん、日本と台湾の空を「千の風になって」吹き渡ってください。

 どうか、その行方を、私たちを、あの優しいまなざしと、笑顔で見守ってください。
 
 合掌                              (5月27日)
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4>>【追悼】李清興さん 研修団でお酒を酌み交わして [門田 永稔]

研修団でお酒を酌み交わして

                  第3期・第7期 李登輝学校研修団 門田 永稔

 「李清興さんを悼む」という表題を見て驚きました。

 台湾李登輝学校研修団ではお世話になりました。第7回では、台風の影響で来ること
ができない先生の代わりに、急遽講義をしてくださいました。

 昨年の李登輝総統ご来日の際にも一緒に日本に来られていました。日光では随行され
ていた方々がとても疲れた様子でしたが、李清興さんは元気に東照宮を歩かれておりま
したので、体力のある方だなと感心しておりました。

 第7回研修団で一緒にお酒を飲んだとき、そのことを話しますと「疲れてましたよ」
と笑ってらっしゃったことを思い出します。

 ご冥福をお祈り致します。                     (5月27日)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
5>>【追悼】李清興さん とても悲しいお知らせ [片倉 佳史]

とても悲しいお知らせ

                  台湾在住フリーランス・ライター 片倉 佳史

 片倉佳史です。

 拙ブログにも書かせていただきましたが、今回はとても悲しいお知らせです。

 在台邦人はもちろん、日本国内でもとりわけ高い信頼と知名度を誇ってきた勝美旅行
社。ここを切り盛りしてきた李清興社長が5月25日、他界されました。

 一年ほど前から健康を害してはいたものの、あまりにも突然の知らせでした。

 私も知らせを受けて動転してしまい、今も信じられないままでいます。李社長は気さ
くな人柄で誰にも愛され、私も台湾での披露宴時に親代わりをしていただいたり、ビル
マや金門などへご同行させてもらったりしました。また、李社長から教わったことも多
く、私が講演などの機会にお話しさせていただくエピソードも、李社長に教示されたも
のが少なくありません。

 多くの人々に愛されていた方なので、きっと読者の中にもお知り合いが多いことと思
われます。今はただ、心よりご冥福をお祈りいたします。

 今回のメールマガジンは変則的な内容になりますが、どうかご了承ください。

 先日の高雄の許昭栄さんの「抗議の焼身自決」といい、あまりにも傷ましく、つらく
なります。ただ、これから台湾の歩んでいく道のりに幸多きことを祈るばかりです。

                                     合掌
 
             (5月26日「片倉佳史の台湾便り」第3号 李清興氏追悼号)
                             http://katakura.net/
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6>>【追悼】李清興さん さよなら、李清興さん [野村 勝美]

さよなら、李清興さん

                    神奈川李登輝友の会副支部長 野村 勝美

 神奈川県支部の野村勝美(ノムラ カツヨシ)でございます。

 勝美旅行社・李清興さんの訃報に、びっくりしております。

 私は第3回、第4回の李登輝学校研修団に参加し、共に李清興さんのお世話になりまし
た。

 勝美という名が共通していることもあり、特別の親しみを感じていました。確かお父
様のお店が「勝美クリーニング店」で、その店は継げなかったので、名だけ継いだ、と
お聞きしました。

 一昨年の5月、屏東へ阮美[女朱]先生の「阮朝日228記念館」を訪ねました。閉鎖
される直前でした。その時に、出発直前になって李清興さんよりメールが入り、「柯旗
化先生の奥様に会ってみる気はないか」とのことでした。

 可能ならば是非、とお願いし、実に貴重な体験をさせて頂きました。

 よろしければ、
 http://www.nomusan.com/~essay/jubilus2006/05/060512.html
 ご覧下さい。

 本当にびっくりしました。

 まだまだお世話になりたいことがいっぱいあったのに、残念でなりません。

 しかし、命だけは、どうにもなりませんね。

 心より、ご冥福をお祈り致します。

                    (5月27日 メールマガジン「台湾の声」)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
7>>【追悼】李清興さん 李清興さん、多謝 [古市 利雄]

李清興さん、多謝

                   台湾研究フォーラム事務局長  古市 利雄

 勝美旅行社の社長、李清興さんが亡くなった。

 台湾ファンの間ではちょっとした有名人。

 台北市の松江路で旅行会社を経営していた。ガイドブック「まっぷるマガジン台湾」
などで、現地の旅行社社長としてたびたび登場するなどで、おなじみ。

 日本語がとても流暢で、日本を、そして何より台湾を愛している愛国者だった。

 台湾に駐在している日本人ビジネスマン、マスコミ関係者など、李さんにお世話にな
った人は数多くいると思う。 僕も留学時代、「貧しい学生を『李レストラン』に招待
してあげるよ」と、ご自宅におじゃまするなど、何度となくお世話になった。

 まだそれほど面識がなかったとき、周りの評判がよかった勝美で、初めてチケットを
買おうとした。しかし従業員が専門用語ばかりを使い、親切とは感じられなかったので
「もう絶対利用したくない」とまで思ったこともあった。

 でもそれから何度となく李さんにお会いして、あの優しい笑顔と、台湾と日本への思
いも聞くうちに、「短気だったかな」とちょっと反省した。その後は、小さな小さなお
得意様として、勝美をよく利用するようになった。

 李さんは、いつも僕ら日本人を「日本鬼子」と茶目っ気たっぷりにからかった。

 僕が学んでいた淡江大学華語中心は、日本語学科が同じ建物内にあった。就職活動の
時期が来ると、勝美の求人案内が貼られることもあった。

 ある学生が面接に行き、「中国語なんて話すんじゃない。台湾語を話しなさい」と言
われたようで、その学生は怪訝な表情を浮かべ、いろいろと不満をもらしていた。

 李さんは台湾を愛するがゆえだけで、こんなことを言ったのではないと思う。

 台湾語が流暢に話せることは、台湾社会で成功するための条件であることを知ってい
るからこそ、これから社会へ巣立つ若者へ、このような苦言を呈したのだと僕は思う。
李さんなりの優しさだろう。

 香港へ遊びに行こうとしたとき、「安いチケットありませんか」と聞いたら「タイ
航空!」と答えられ、「なぜタイ……」と一瞬、目が点になったこともあった。

 結局、このタイ航空にはエライ目にあわあれた。台湾に戻るとき濃霧で香港を離陸
できず、香港にもう一泊させられるハメに。 一泊4〜5万の高級ホテルだったが、財布
がスッカラカン(日本円で300円くらい)だったので、コンビニで飲み物を買うのもド
キドキ。

 しかし、それもいい思い出。

 留学を終え、日本へ帰るときのチケットも勝美で買った。李さん自らキーボードをた
たいて予約してくれた。アジア航空だった。おかげで日本、台湾間のすべての航空会社
に乗ったことになった。

 最後に会ったのは去年6月。来日した李登輝元総統が台湾へ帰国するので、成田へお
見送りに行ったとき。会話は二言、三言だった。

 癌だという噂は聞いていたが、李さんのことだからと、すごく楽観的に、こんな事態
なんて想像もしなかった。

 日本と台湾のために、まだまだこれからやることがたくさんあって、僕たちも李さん
の力が必要だったのに、残念としか言うことができない。

 これは日台民間交流における大きな損失だろう。

 李清興さんのご冥福をお祈りします。

                    (5月27日 メールマガジン「台湾の声」)
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  • 名無しさん2008/05/28

    心よりご冥福をお祈りします。